皿の上のミルクをこぼしてしまった   作:am24

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 1話 こぼれ落ちるミルク

 オルレアン公邸の庭の一画にて、右手に杖を持った小柄な少女が青年と対峙している。陽光の下で煌めく青い髪を肩口まで揃えた少女は、目の前の青年を期待に満ちた眼差しで見詰めている。少女の慎ましやかな胸には夢と希望が満ち満ちている。

 

 少女の名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。此処オルレアン領領主の一人娘(・・・)である。白いシックなドレスに身を包む姿は正にお姫様然として愛らしい。さらに、赤淵の眼鏡が少女の知的な印象を演出している。

 そして、少女と対峙している青年こそ、少女の父であるシャルルその人である。もう40歳にもなるとは見えない程、若々しい容姿の美男子である。彼の肩程までもある長い(スタッフ)を持って佇む姿は、まるで物語に登場する英雄のようだ。

 

 今日は予てより予定していたシャルロットの初めての魔法を使う日である。

 シャルルは自身で娘に魔法を教えようと、忙しい仕事や社交界の予定を調節してこの日に臨んだのである。彼は確信していた。娘は類稀な才能を有していると――。

 

 彼のこの世で一番敵視している兄ジョゼフには、シャルロットより2歳年上のイザベラと言う娘がいる。イザベラもまた、兄と似た才能の片鱗を見せていたが、やはり兄と同じく魔法の才能には恵まれなかった。

 彼女が彼に魔法の助言を求めて来た時、実感した。親子とは似るものであると――。彼女に対して親身に助言をする傍ら、彼は必死に笑いを堪えるのだった。

 

 シャルルはガリア王国が誇る天才スクウェアメイジである。彼に魔法で対抗できるのは、彼の【烈風】のみであると言わしめる程である。

 その自身の才能を娘は受け継いでいる。彼の兄に対する狂気が、互いの娘の些細な優劣にさえ一喜一憂させた。

 

 

 

 遡る事1週間前、シャルロットの10歳の誕生日パーティーの翌日の事である。その日、彼女は杖を持つ事を許された。やっと魔法が使える、と彼女は大層喜んだものである。そして、その日から杖との契約を開始した。

 

 メイジが魔法を使うのというのは、此処ハルケギニアでは常識である。そして、メイジは杖を用いる事によって魔法を発動させる。しかし、ただの杖では魔法は使えない。メイジ自身が契約した杖でのみ有効なのである。杖との契約は1週間、長くて1ヶ月程で成立する。そしてその方法は至ってシンプルである。手に馴染むまで只管に杖を持ち続けるのである。そうすると、何となく契約が完了したと分かるのだ。

 

 シャルロットの場合、杖を手にして3日程で契約を完了させたのである。

 これには彼女の両親も大変驚いた。彼女は、すぐにでも魔法を教えて欲しいと強請ったものの、シャルル側の予定の変更が効かなかった。結局、実践日までの間、彼女は書物により魔法の予習を行った。と言っても、杖を持たされる以前には、これ等の内容は既に暗記している程に何度も読み耽っていた。

 幼心にとって、この期間はとても心躍るものであったが、同時に窮屈なものでもあった。

 父には、勝手に魔法を使ってはいけないと注意されていたが、彼女を見咎める者は此処には居ない。それこそ、簡単なコモン魔法ならばれることは無いだろう。

 そんな悪魔の誘惑を跳ね除けられる程の精神は、この時の彼女には持ちようが無かった。

 彼女は杖を構え、呪文を唱える。

 

「――【ライト】」

 

 一瞬の静寂。……失敗? 落胆しそうになった次の瞬間、杖の先端に光の玉が出現した。驚いた拍子に彼女は仰け反ってしまった。そして運悪く後ろの本棚に衝突して本が落下し、盛大な衝撃音(・・・)が部屋中に響き渡った。

 当然、その音に何事かと、使用人達が部屋に駆け付けて来た。

 彼女は何でもないと言い、使用人達を帰らせた。

 肝が冷えた彼女は、せっせと部屋を片付けながら、魔法は当日まで自粛しようと決意するのだった。

 

 

 

 閑話休題

 

 杖を構えたシャルルは初歩的な魔法、コモン魔法の【ライト】を詠唱する。今は、講師の立場であるため、分かり易くゆっくりと詠唱を紡ぐ。

 

「――【ライト】」

 

 彼の杖の先に白光が僅かに灯る。

 

 【ライト】は灯りを灯すだけの簡単なコモン魔法である。よく使われる魔法なだけに、殆どのメイジは微妙な光量まで調節出来る。しかし、実力が有る子供は、慣れない内は目を潰してしまい兼ねない危険な魔法となってしまう。

 そう言った危険性は、他のコモン魔法であったとしても、必ず存在し得る。そのため、きちんとした立会人の下、娘に魔法を使わせたかった。娘が勝手に魔法を練習していた事など、彼は知る由も無いのだが……

 

「今度はシャルロットの番だ。呪文は覚えているね?」

 

「はい、父様!」

 

 魔法の光を消滅させたシャルルは娘に問い掛けた。

 【ライト】処か、系統魔法まで既に暗記しているシャルロットは自信たっぷりに返事を返す。そして呪文を唱える。

 

「――【ライト】」

 

 …………しかし何も起こらない。

 

「【ライト】! 【ライト】!! 【ライト】!!!」

 

 自棄になって何度も唱えるが、やはり何も起こらない。

 シャルロットは目元に若干涙を浮かべ、申し訳なさそうに父を見上げて助けを乞う。

 

「初めから成功なんてしないさ。私だって、何度も失敗したものさ。……そうだね、杖の先が光り輝くのを明確にイメージしながら呪文を唱えてごらん」

 

 シャルルは優しく娘に諭す。あまりの娘の可愛さから、つい嘘を吐いてしまったが……。

 

 その後、何度も挑戦してみるものの、一向に成功する気配が無い。

 シャルルは、期待していただけに酷く落胆してしまったが、まだ初日だと自身を納得させておく。そんな内心をおくびに出さず、今日の練習の終了を告げる。

 しかし、やはり何処か悔しいのか、シャルロットは最後に一回だけお願いします、と懇願する。

 娘に甘い彼は次で今日は最後だ、と彼女の提案を受け入れる。

 

 最後に手に入れたチャンスを物にしようと、シャルロットは気合を入れる。そして、彼女は尊敬する父の姿を脳裏に思い浮かべる。胸がドキドキする。高揚する意識の中、魔法の確かな成功をイメージする。そして――、

 

「行きます! ――【ライト】!」

 

 杖の先に膨大な光の奔流が発生する。シャルロットが成功を確信した次の瞬間、衝撃波が彼女を襲う。そのまま地面へと体が投げ出され、彼女は気を失ってしまった。

 

 シャルルは驚愕の余り、そんな娘の事態を何処か、他人事の様に静観する。そして彼に押し寄せる衝撃波に何の受け身も取れず、只々吹き飛ばされてしまう。此処に来て、兄ジョゼフの姿が脳裏に過る。しかし、次の瞬間に訪れる背中の痛みに意識が覚醒する。そして、体を起こし周囲を見渡す。

 最初に目に入ったのは抉れた地面である。魔法の練習の為に選んだ庭である。何らかの拍子に倒れても平気なように、柔らかい芝生が広がっていたはずである。それがまるで、系統魔法を使ったかの様に、吹き飛ばされている。

 そして抉れた地面の遥か後方に娘が倒れているのを発見した。急いで娘の下へと駆け付ける。見ると、息はしている。彼はほっ、と溜息を吐く。眼鏡が割れていたが、目立った外傷は見当たらない。気絶しただけのようだ。

 

 その後の屋敷は大変な騒動だった。妻は動揺し涙を流し、使用人達も大慌てである。彼は意識の無い娘に、取り敢えず【ヒーリング】を掛け、医者の手配をした。医者の診断結果は命に別状は無いとの事で、妻諸共、安心したものである。

 

 

 

 騒動の終えた夜、シャルルは一人自室で今日の出来事について考え込む。あれは何だったのだろう。否、彼には既に答えが出ている。しかし、如何してもその答えを否定したいと考える自分が居る。悶々と答えの出ない葛藤を繰り返す内に、遂に彼の思考は収束する。そうだ……。

 

 あれはまるで……――兄と同じではないか――。

 

「……ジョゼフ!」

 

 重く、闇夜に溶け渡るような声色で兄の名を呟く。暗く昏い思考の奔流に支配される。握り込んだ拳からは血が滴り落ちる。

 

「……お前は! ……お前が!!」

 

 そして、彼は憎しみを以って闇夜の遥か彼方を見詰め、嘗ての兄の姿を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 兄がまだ10歳の頃、兄は品行方正で才気煥発な麒麟児として持て囃されていた。当時、彼はそんな兄に対して言いようの無い劣等感を抱いていたが、同時に心の何処かで尊敬もしていた。そんな兄に追い付き、追い越す為に必死に努力をしていた。

 しかし、そんな兄でも魔法が使えなかった。そして兄は魔法が使えないと分かるや否や、杖を手放したのである。その後は自室に引き籠るようになった。彼はあの兄がこんな事で終わるのか、と幻滅もしたが、自身の魔法の才能が分かると、自分こそは王に相応しいのだと確信した。

 そうして暫くすると、突然各地を転々とする毎日である。それは、領地を下賜された後も変わらなかった。

 貴族達は兄の奇行を最初は戸惑ったが、次第に嘲笑うようになった。此処まで来ると彼もまた、内心でほくそ笑むようになった。

 

 我ら兄弟はそれぞれ成人した折、爵位と共に、現在の領地を拝領した。彼には自然の溢れる穀倉地帯を。兄には資源の豊富な鉱山地帯を。

 拝領時期に若干の違いが生じたものの、2人の領地の差は殆ど見られなかった。が、次第に兄の領地の発展の方が目立つ様になってきた。

 彼はこの時既に、独自の手勢を持っていた。それらを使って各地の情報を手に入れていた。当然、兄の領地にも間諜が居たが、何年も有力な情報を手に入れる事が出来なかった。

 そして手に入れた情報を吟味して彼は戦慄した。

 

 ――兄は独自の魔道具を開発していたのである。

 

 兄の領地の急速な発展は、その魔道具の恩恵に依るものだった。しかも、その情報を今の今まで、秘匿し続けていたのである。

 そして、彼はこの事実を知るのは自分だけだと自負している。彼の間諜組織は既に、ガリア、否ハルケギニア随一の組織となっている。そんな組織から何年も情報を秘匿出来る程の防諜組織を兄は有している事になる。

 兄は魔法が使えない不利を、魔道具で補おうとしているのである。それも、秘密裏に行っていたのである。つまり兄は、

 

 ――まだ諦めていない。

 

 彼は兄が自分を嘲笑っている錯覚に陥った。そして、自分は兄の掌の上で踊っていただけなのだと……。

 

「クク……ハハハ! …………ジョゼフ!!」

 

 この事により、シャルルはジョゼフに対して更なる憎悪と共に、闘志を燃やし始めたのだった。

 

 

 

 

 

 一方、気を失ってしまったシャルロットはと言うと、医者からは直に目覚めると診断されたが、今もまだ自室にて眠ったままである。

 夜の帳が下り、誰もが寝静まった頃、そんな彼女の部屋に一人の男が近づいていくのだった。彼の表情は能面のように感情を押し殺し、何処か思い詰めたようである。彼はそのまま、息を殺して彼女の部屋へと侵入を果たす。そして、懐から取り出した物体は、部屋に差し込む月明かりに反射して妖しく煌めく。彼は一歩一歩着実に彼女の寝台へと近づいて行くのだった。

 

 

 




シャルロットはジョゼットでした~の回。
実際、50%で起こり得る事象ですよね。

シャルゼット(笑)の虚無については他の担い手と同格の扱いで行きます。
原作通りの予備扱いだと、詰むので……鬱々な未来しか想像できない。
その点は、ご理解ご了承の程よろしくお願い致します。

そして本作の主人公はシャル……あれ?
……まだ仕方ないですね。うん。今後に期待。

次回忍び寄る影!?
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