先に謝ります。でも後悔はしていない。
シャルロットが魔法の訓練中に意識を失った報せは、此処オルレアン邸の使用人達にすぐに知れ渡った。庭師の言では、庭の一部が大きく抉れ、砂の破片が方々に霧散して居た。さらに一部焼け焦げた跡も見つかったとの事。
そして直接現場を見た者達、シャルロットの看病に携わった者達からも話が広まり、様々な憶測が飛び交う様になった。
――曰く、賊に襲撃されてしまった。
――曰く、エルフによる攻撃だ。
――曰く、魔法が爆発した。
――曰く、…………。
そんな噂が飛び交う中、屋敷に勤める一人の青年は居ても立っても居られなくなった。彼は執事見習いを務めるトーマスと言う青年である。彼は嘗て、シャルロットの遊び相手を任されていた時期があり、彼女の事を歳の離れた妹のように可愛がって居た。
「執事長、庭の様子を見てきます!」
本当はシャルロットの下へと駆け付けたかったが、今の彼女の周りでは、使用人達が忙しなく動き回って居り、今の彼では会う事が適わないだろう。そこでせめて、現場をこの目で確認して噂の真偽を確かめたかった。
執事長も彼の心意気を感じ取り、彼の行動を黙認した。そして、彼の後姿を微笑ましく見守ったのだった。
執事長の心遣いに感謝し、何時かお礼を――と考えていると、件の庭へと到着した。時々、数人の庭師の方々とすれ違いながらも現場を捜索してみる。
現場に辿り着いた彼が見た物は――。
――庭師よって補修されたいつも通りの庭であった。
無駄足だったと落胆してしまった。それもそうである。荒れた庭が何時までも放置されるはずも無いと、少し考えれば分かる事である。
気を取り直して仕事に戻ろうと、踵を返そうとした所、不意に何か光る物が目に入った。気になって、その付近を捜索すると、ある物を発見した。初めはそれが何なのか分からなかった。しかし、
「――まさか!? でも、【固定化】を……」
彼は譫言の様に何事かを呟く。そして、突然走り出した。彼が向かう先は仕事場――では無く、彼の自室である。
その日の彼の部屋からは、何か奇怪な声が聞こえたと言う…………。
次の日の朝、シャルロットはいつもの様に目が覚めた。そこで、彼女は不意に違和感を覚えた。しかし、起き抜けの頭では上手く思考が出来ない。そうこうしている内に、部屋をノックする音が聞こえた。
「失礼しまーす」
何処か抜けた声と共に部屋に入って来たのは、いつも彼女を起こしに来る侍女の一人であった。そんな彼女と目が合うと――、
「お、お嬢様が、……お嬢様がお目を覚ましになりました!!」
突然大きな声を出して部屋から飛び出していってしまった。いきなりの事で、軽く眩暈がしてしまったが、同時に目を覚ます事も出来た。しかし、彼女に思考させてくれる余裕を与えてもらえないようだ。すぐに、大勢の使用人達が彼女の部屋へと駆け付けた。
皆、口々に彼女を心配する声を掛ける。突然の喧騒から目を逸らして、彼女は俯きながら情報を整理した。どうやら、自分は魔法の訓練中に意識を失ったらしい。
未だ、腑に落ちない点はあるものの、彼女はある事に気付いた。今現在、彼女が思った事は――、
「着替えたいので、皆さん、出て行って下さい!」
そう、彼女は寝間着姿のまま、大勢の使用人に囲まれていたのである。10歳の身空であるが、男性に寝間着を見られるのは恥ずかしかったのである。
彼女の姿に気付いた女性達によって、すぐさま、男どもは退去させられた。その後、着替えを済ませ、朝食の席へと向かった。
朝食の席でも、彼女の母が心配してくれたが、大事無いと言うことで、安心してくれたようだ。
食事が終わる頃、彼女はある事に気付いた。ここで彼女は母に疑問を尋ねた。
「父様はいらっしゃらないのですか?」
そう、朝食の席に、父が居ないのである。何かと忙しい父である。朝食の席に居ない事は珍しくない。しかし、今日は昨日に引き続き、魔法の訓練をする為に家に居るはずである。
「あの人は急用が出来たと言って、今朝早くに出立してしまったわ」
仕方のない人だ、と言いたげに説明してくれた。
父に急用が出来た事は仕方がない。しかし、そうすると――、
「それでは、今日の魔法の訓練は――」
「暫くお休みになるわね」
またお預けになるのかと、彼女は落胆した。しかし、目の前の人物へと目が留まった。
「母様が代わりに教えて下さいませんか?」
彼女は一縷の望みを託して母に懇願する。
「ごめんなさいね。あの人に魔法を使わせない様に言われているの」
望みは潰えた。つまりこれで、父が返って来るまで、魔法は使えないと言う事である。
そうして、朝食を終えた彼女は、今日は何をしようかと思い悩む。そして、遠い地に居るであろう父に想いを馳せるのだった。
そのシャルルはと言うと、彼は朝早くから竜籠を使い、一路王都リュティスへと向かった。何も、王都に用事がある訳ではない。彼はこれから兄ジョゼフに会う心算なのである。
兄の所領はロマリアの国境沿いにある。オルレアン領からは程遠く、竜籠でも丸一日掛かってしまう。そんな強行を行ってしまえば、兄に何事かと感づかれてしまう。そのため、ガリアのほぼ中心に位置する王都を経由して兄の領地へと向かおうとしていた。
王都では父王に挨拶をした後、数日王宮に滞在した。その間に、兄の領へと使者を出し、訪問する旨を伝えた。そして今度は数人の護衛と共に、馬車にて出立した。
そしてとうとう、兄の屋敷へと到着した。火竜山脈が近いこの領では、亜人や幻獣の襲撃の被害が度々報告される。そのため、他の屋敷に比べて堅牢な造りの門構えは、何者をも寄せ付けない重圧を感じさせる。さながら、兄ジョゼフが弟シャルルの訪問を拒むかのようである。
屋敷へと通されて、使用人に客間へと案内された。此処に来るのも何時振りだろうかと、感慨に耽っていると――、
「久しぶりじゃないか、シャルル」
立派な顎鬚を携えた、シャルルに負けず劣らずな美男子が部屋に入って来て早々、挨拶をしてきた。
「お久しぶりです。兄さん」
間髪入れずに返事を返す。そう、彼こそ、シャルルの兄であるジョゼフその人である。弟の突然の訪問を歓迎していると言う雰囲気を醸し出している。
「それにしても、お前が家に来るなんて珍しいじゃないか」
兄は口角を吊り上げ、急所を突いてくる。
「ええ、それは――」
理由を説明しようとした矢先、機先を制される。
「その前に、久々の兄弟の再開に乾杯するとしよう」
兄はそう言い、弟にグラスを無理やり持たせる。そして、テーブルに備え付けていたワインをグラスへと注いだ。
「「乾杯」」
シャルルは渋々とグラスを合わせて乾杯をする。そして、兄弟の取り留めのない話が始まった。
兄に話の主導権を握られて、シャルルは苦虫を噛み潰したような思いがした。そこで、話が一区切りついた頃を見計らい、話を切り出した。
「ところで兄さん。魔法の調子は如何ですか?」
ジョゼフの動きが止まる。そして、一瞬だけ弟を睨み付け、その後は無表情を貫く。
「何のつもりだ?」
先程までの和やかな雰囲気は一転して、寒々しいものへと変貌した。
「いえ、最近、娘に魔法を教えているのですが……思う所がありまして、久しぶりに兄さんの魔法を見てみたくなりました」
雰囲気の変化も気にせず、話を続けた。
「ふっ、今さら……今さら俺に魔法を使わせてどうしようと言うんだ」
ジョゼフは自嘲じみた返事を返した。
「心境の変化、と言うものでしょうか? 娘を持った今では、あの頃と違って何か助言が出来るのではないか、と思いまして」
「変化、ねぇ。……シャルロット、だったか、お前の娘と言うのは…………」
ジョゼフは少し考えた後、再び笑みを取り戻して返事を返した。
「――いいだろう」
二人だけで屋敷の外へと赴いた。初めは使用人がお供を申し出たが、その一切を断って外出した。
其処は、屋敷から程なく離れた草原地帯である。外出に使用した馬の手綱を近くの木に括り付け、いざ、魔法の確認である。
夕闇が辺りを照らす中、二人の兄弟が草原にて対峙する。
「始めようか、兄さん」
ジョゼフは杖を構え、近くに有った岩を睨む。そして――、
「――【レビテーション】」
岩の周囲が光ったと思うと、大きな衝撃音と共に、岩が爆砕した。
シャルルは、やはりと思った。やはりシャルロットは――。
「それで、何が分かった?」
ジョゼフは悠然とシャルルに問い質す。
「あぁ、これは――」
「虚無か」
「!?」
シャルルは適当に誤魔化そうとした矢先、ジョゼフが嫌らしい笑みを浮かべて切り替えしてきた。流石のシャルルもこれには息を飲んだ。
シャルルもジョゼフが虚無である可能性を何年も前から理解していた。その魔法の特異性、威力、速効性、隠密性。その何れかでさえ脅威となる。その魔法を以って、自身が虚無であると嘯けば、多くの貴族達はそれを信じただろう。何せ、それはコモン魔法でも、系統魔法でも無い魔法が発現しているのだから。
しかし、ジョゼフは何も行動を示さなかった。自身が『無能』と蔑まれてさえ、何も反論をしなかったのだ。シャルルには理解出来なかった。稀有な才能が有りながら、それを周囲に示さない兄が――。そして、思ったのだ。もしかしたら、気付いてないのではないかと。そう、兄は人前で魔法を使うのを止めたのである。そのまま、魔法については諦めたのでは、と言う甘言に躍らされる。
そうして今、兄によって真実を告げられたのだ。それはもう、
――お前の行動はお見通しだ。
と言われている様である。シャルルは目の前で笑う兄に、心底恐怖した。しかし、この程度の事、考えていなかった訳ではない。覚悟を持って兄と相対しに来たのである。
シャルルは気を持ち直して答える。
「知って、らしたのですか?」
「分からいでか」
ジョゼフは間髪入れずに切り返す。
「なぜ?」
「なぜ黙っていたか、か?」
シャルルは兄に疑問を訪ねる。ここまで来たら、兄にその真意を訪ねずには終われない。改めて、腹を割って話し合おうと決意を新たにした。
「はい。それを公表すれば、兄さんは王にだって簡単に――」
「ふっ、フフ、ハハ、ハッハッハ!」
なれるはずと続けようとすると、突然、兄は大声で笑い出した。シャルルは兄の奇行に面食らってしまった。
ジョゼフは一頻り笑い終わると、またいつもの様に話し出した。
「ふぅ、……俺がいつ王になりたいと言った」
その一言はシャルルにとって衝撃的だった。なぜなら、今まで、兄は王になりたいとばかりに――。
そこまで考えて、急速に思考が加速する。そうだ。兄は何も言ってはいない。自分が兄に対抗心を燃やしていただけだ。そう、本当に王になりたかったのは――、
――自分だ。
いつの間にか、自分の希望を兄の希望だと取り違えていたのだと気付く。瞬間、今まで心を支配していた闇が取り払われた心地がした。目に映る夕闇に染まる草原は、闇を振り払った暖かな彼の心境を映すかのようである。
「兄さん」
「……」
ジョゼフは無言でシャルルの言を待つ。
「ありがとう」
シャルルは今まで見せた事の無いような、心からの笑みを浮かべて礼を言った。
「ふ、当然だ」
ここで、長年すれ違っていた二人の兄弟の心が繋がった。
この邂逅は、些細な切っ掛けから齎された。しかし、それが齎す無限の可能性は未だ、誰も知る由も無かった。
時間が遡り、オルレアン領の屋敷で朝食を終えたシャルロットは、奇妙な噂を耳にした。その噂の人物とは、自身にとても馴染み深い人物であった。彼女は、噂の真相がとても気になり、件の人物に会いに行こうと決意した。
使用人達に聞き込みをしながら捜すと、件の人物は簡単に見つかった。シャルロットはその人物へと話し掛けた。
「ねぇ、トーマス。あなたの事が噂になっているのだけど、何か知らない?」
そう、件の人物とはトーマスであった。昨夜の奇声が噂になったようだ。
「おはようございます、お嬢様。今日もご機嫌麗し――」
「挨拶はいいから真相を語りなさい」
どこか、飄々とした態度に若干、苛つきながらも尋ねた。
「噂……あぁ、噂ですね。あれは、部屋で我が魂の芸術を作り出していただけですよ」
トーマスは自信たっぷりに答える。トーマスは手先が器用で時々、何物かを作っていた事はシャルロットも知っていた。そんな彼が奇声を上げながら作り上げた芸術とやらが、彼女はとても気になった。
「……迷惑。…………何を作ったの?」
彼女はトーマスを窘めつつも、気になった事を問い質した。
「それなら、そこにあるじゃないですか」
トーマスはシャルロットの顔を差して言う。本来は不敬な行為だが、彼らの仲ではある程度の行いも許されるので、シャルロットは気にしない。そして、間髪入れずに質問を返す。
「? 何を言ってるの?」
「だから、その眼鏡ですよ」
「?」
ますます彼の言っている事が分からない。
「あれ? そう言えばお嬢様は知らないんでしたっけ」
「だから、何が――」
「お嬢様の眼鏡って昨日壊れてしまったんですよ」
シャルロットは薄ら寒い心地がした。
「え? でも朝起きたら部屋に――」
「ご安心下さい。昨夜の内に交換しておきました」
トーマスは一仕事した、と言いたげな表情できっぱりと宣言した。
「……」
シャルロットは無言でトーマスに蹴りをお見舞いして、その場を後にした。
その後、トーマスは奥方に呼び出しをされてしまったのだった。彼がどうなったのか、誰も知る由も無かった。
グラス×2=眼鏡 でした~
ゼロ魔ならこう言うノリもありだと思います。
そして、主人公の当たり知らぬ所で和解イベント。
実際、子供は何も出来ないと思うので、ただの切っ掛けになってもらいました。
次回、シャルロットの扱いが決定したりしなかったり