日常パートです。変態注意。
オルレアン邸にて、今日もシャルロットは父の帰りを待っていた。あれから、もう1週間は経とうとしている。最近は魔法を使えない鬱憤をトーマスに晴らすか、厨房で食事を貰って晴らすかしている。
トーマスは呼び出しをされた後も、何事も無かったかのように仕事をしている。彼女はそれが不思議でならなかったが、何があったのかを聞いても、いつもニヤニヤしてはぐらかされてしまう。母に尋ねても、似たような反応で頭を撫でられて終わりである。
そしてどうにも、以前にも何度か似たような事があったが、よく分からず仕舞いである。
「お嬢様、今日はどちらに?」
その件のトーマスが彼女に問い掛ける。彼はこれでもシャルロット様付の執事と言う事になっている。と言っても、未だ見習いを脱していない為、大抵は執事長の指導の下、執事の勉強をしている。ただ最近は、彼女に付いている事が多くなってきている。
そして、今日の予定について一考する。ちらと、彼の方を見る。あの日以降、彼と出合い頭に蹴り上げるのは、もう習慣となりつつある。もう一度――と考えていると、目が合ってしまった。彼は笑顔のまま、彼女の目を凝視している。と言うより、始めから見詰めていた感じがする。そんな視線に耐えられず、彼女はすぐに視線を逸らした。
「……厨房に」
書庫で読書をするか厨房で食事をするかで迷ったものの、結局今日も厨房の世話になる決断をするのであった。
厨房に着くと、コック達が忙しなく料理の仕込みをしていた。今日は何の仕込みをしているのか、ハーブの爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。彼女は毎回違った香りを漂わす厨房に行くのを楽しみにしていたのである。
彼女達が厨房に入って暫くすると、やたら恰幅の良い男性が話し掛けてきた。
「おはようございます、お嬢様。今日もいつもので?」
彼女はコクと頷き、備えのテーブルで待つ。暫くすると、先程の男性が大皿を彼女の前へと差し出してきた。皿の上には山盛りのサラダが乗っている。
「それでは、倅を暫しお借りしますね」
そう言うと、嫌な顔をするトーマスを連れて厨房の奥へと消えて行くのだった。彼はトーマスの父親なのである。そして料理長でもある彼に、シャルロットがトーマスを手伝わせる様に頼んだのである。いつも自分が食事をしている最中に、じろじろと眺めているのが鬱陶しかったからでは決して無い。近頃の彼の扱いはこれ位が丁度良いのだと判断したからである。と内心愚痴りながらもサラダを咀嚼していく。
青野菜特有の苦味が口いっぱいに広がる。そして噛めば噛む程、その苦味の奥に甘味が現出していく。それが、青々とした香りと併さって独特のハーモニーを醸し出すのである。彼女はこの何とも言えない風味が大好きなのであった。
この野菜の正体はハシバミ草と呼ばれる香草の一種なのである。それこそ、香り付け為や飾りとして使われる事が多く、その独特の苦味から、直接料理として出されることは珍しい。それこそ、此処オルレアン邸での食事にも、香り付け以外の用法で出される事は無かった。
しかしそれは飽くまで、貴族向けの料理の場合であった。平民の間では、ハシバミ草自体を食べる風習が存在した。それは、このハシバミ草は塩や香辛料よりも安価に、それも大量に手に入れる事が出来るからである。それでも、大抵は香り付けとして使われるが、食糧事情に厳しい家庭では草の根一つ無駄に出来ず、草自体も食べるのである。それでも、この苦味を忌避する人は多く存在するのであった。
シャルロットがハシバミ草と出会ったのは5歳の頃であった。それは丁度、トーマスと初めて出会った頃と同じであった。
最初、彼女は10歳程歳の離れたトーマスに戸惑ったものの、彼の気さくな態度のおかげですぐに打ち解けることが出来た。簡単な自己紹介をする中、彼の父親の話題が飛び出した。彼女もまた、自身の父の事が大好きであり、父の事を楽しそうに語る彼に共感を覚えたのだった。そうして、彼の父に会ってみたいと思うのは、自然な流れでもあった。
初めて訪れる厨房の喧騒に、彼女は目を回してしまったのだった。そんな彼女の目を覚まさせる為に、トーマスは近くにあった葉っぱを彼女の口へと押し込んだのだった。突然の事で、彼女はそれを吐き出してしまったのだった。
「うぇ、……な、にを、たべしゃせた、の?」
彼女は苦しそうに舌足らずになりながらも、懸命に質問をした。
「これ――」
ですよ、とトーマスが説明しようとした刹那、コック達に引き摺られ厨房の奥へと消えて行った。
彼女はその時彼に差し出された葉を手にし、不思議そうにそれを眺めた。
「申し訳ありません! うちの倅がとんだ粗相を!」
いきなり、彼女の目の前でコック服に身を包んだ男が、地に頭を擦り付ける勢いで土下座をしだした。しかし彼女は、そんな男には目もくれず、葉っぱを眺め続けた。
「いいにおい」
彼女の予想外の発言に男は顔を上げた。彼女の表情には怒った様な雰囲気は無く、嬉しそうな気配が漂っていた。そして、彼女と目が合った。
「へぇ、それはハシバミ草って食材でして……って、お嬢様!?」
男が彼女の物聞きたそうな雰囲気を察し、葉っぱの説明をしようとした矢先、彼女はそれを口に含んだのだった。咄嗟に止めようとしたが時すでに遅く、彼女はそれを飲み込んでしまった。
男は大変な事になったと狼狽えたが、彼女の次の発言に耳を疑った。
「おいし……でしゅ」
彼女はおいしいと言ったのである。流石に、男も彼女のこの反応は想定外であった。何故なら、大の大人でもハシバミ草を好き好んで食べる人は珍しいからである。それを、まだ5歳の少女がおいしいと言うのを察しろと言う方が無理なのである。男が混乱の渦中の中、彼女は質問を投げ掛けた。
「!? トマは?」
そう、彼女は此処に来て一緒に居たはずのトーマスの不在に気付いたのであった。因みにトマと言うは、トーマスの愛称である。
「あ、えぇ、…………ト、トーマス!!」
泣き出しそうな彼女に慌てて、男は厨房の奥に向かってトーマスを呼んだ。そして、奥からトーマスらしき人影がやって来た。そして――、
「――お、お呼びしょうか?」
――それは鼻を摘まんだかの様な声のする、顔の原型を留めない程に腫らした青年であった。
そんな青年、トーマスを見たシャルロットは大声で泣き出してしまったのである。コック達が慌て出したのを余所に、トーマスはマイペースにもハシバミ草を取り出したのである。それを泣いている彼女の口元に置きやると、彼女は泣きながらもそれをモグモグと咀嚼し出した。そんな不思議な光景に周囲のコック達は息を飲んだ。
そして、そんな彼の行動は彼女が泣き止み、眠るまで続いたのだった。
そんな事があり、それ以降彼女はよく厨房へと訪れる様になったのである。当然目当てはハシバミ草である。そして、余談ではあるが、トーマスのその奇怪な英断が広まり、屋敷の使用人達は彼に一目を置く様になったのである。それと同時に、彼を選出した屋敷の主人であるシャルルも、より一層の尊敬を集めたのだった。ただし、シャルル自身はそんなトーマスの事など知る由も無く、全ては、彼の妻であるエレンの策謀なのであった。
トーマスとエレンは初めて出会った瞬間、お互いにシンパシーを感じ取ったのである。シャルロットと歳の近い若者が居なかったのもあるが、それが切っ掛けで、エレンは男でもある彼を娘の遊び相手にと夫に進言したのである。彼になら娘を任せられると、全幅の信頼を寄せる事が出来たのである。当然それは、男と女としてでは無く、
そうして彼がシャルロットを愛でる余りに何かを仕出かしてしまう度、彼を呼び出してシャルロットの可愛さについての報告を聞くのである。当然、そんな二人の関係は周囲の誰にも悟られていない。否、執事長だけは感づいている様だが、彼もまた、彼女達と同郷の士である。ただ、彼の場合は執事としての本分の域を出ない為、仲間から外されているのであった。
その第1回目の会合の事である――件の厨房での事件後の呼び出しである――。
初めは、シャルロットとの自己紹介での出来事である。幾分か警戒されていた様だが、簡単な手品を披露する事によって、グッと距離が縮まった様である。やはり彼女も人一倍、魔法に興味がある事が見て取れた一幕であった。娘が魔法への興味をきちんと持ってくれて、エレンも母として誇らしい様だ。
そして自己紹介での出来事はまだ続くのであった。シャルロットが、たどたどしくも自身の名前をきちんと言えた時、彼は思わず彼女を抱きしめてしまいたくなったものの、次の自身の紹介の時は悶絶死してしまいそうになった。何故なら、彼女が言うのである。
「――トーマシュ」
その舌足らずな口調で彼の名前をきちんと発音しようと、何度も何度も名前を呼ぶのである。そして、その度に失敗してしまうのである。
「トーマシュ……トーマシュ……」
しかも、段々と涙ぐみながらである。終いには、上目使いで何とも申し訳なさそうな視線を送って来るのである。余りの夢心地に彼は鼻血を噴出しそうになり、慌ててトマで良いと言い含めたのであった。しかし、彼女は渋々と了承していた為、きっとまだ諦めていないだろう。と言う事は、彼女は夜な夜な自室にて名前を言う練習をするのだろう――。
「トーマシュ、トーマシュ、トーマシュ」
しかしそれが実を結ぶ事が無いと言う事は、想像に難くないだろう。奥方もその姿を想像したのか、身悶えて感動を表しているのだった。
そして彼は息も絶え絶えになりながらも、次の報告をした。次はいよいよ厨房での一件である。それは厨房へと入った瞬間に始まった。シャルロットは厨房の熱気に当てられたのか、突然目を回し始めたのである。やはり5歳の身空では、大勢の職人達が行き交う
彼は硬直する彼女が可愛らしく思い、ついつい悪戯をしてみたくなったのである。当然、いかがわしい事では無い。彼は紳士なのである。彼は近くのテーブルの上にあるハシバミ草に目が行った。これの独特の苦味は彼も知って居た。彼女にこれを食べさせると、きっと一層可愛らしい表情をする事だろうと彼は瞬時に思い至った。
そして予想通り、否予想以上の成果を得られたのである。彼女は突如、口へ入れられた異物に吃驚して目を覚ましたのも束の間、口に広がる苦味に再び吃驚してハシバミ草を吐き出したのである。彼女の一連の表情も然る事ながら、その後の必死に疑問を問い掛ける姿はもう――。
しかし彼はその後、コック達に連れられボコボコに殴られるのだった。刃物を使わなかったのは彼等の良心だろう。奥方も楽しそうに話を聞き、最後に彼の顔を見て得心が行ったと言いたげに頷いたのだった。彼女達はもう、
そして、暴行を受けながらも脳内でシャルロットについて妄想していると、必死な声色の父に名を呼ばれたのである。彼の
彼女と再会すると、彼女は彼の顔を見て突然泣き出してしまったのである。事態の把握が追い付かなかった彼は、取り敢えず再びハシバミ草を彼女へと差し出してみたのである。
すると彼女はそれを泣きながらも、何とも美味しそうに咀嚼するのである。モグモグと頬袋を膨らませながら食べる様は、まるで森の妖精の如く神々しさ醸し出している。そして、ハシバミ草を与えれば与えるだけ食べてくれるため、彼は彼女が眠るまで与え続けたのだった。その話を聞いた奥方も、今度は自分もやってみようと決意するのだった。
そして最後に彼は提案したのだった。可愛い子には可愛さを引き出す
――眼鏡である。
そんなの、彼女の顔を隠してしまう道具だと思う人もいるだろう。だが、それは断じて否なのである。眼鏡がある事によって、より一層目元を意識が向かう事になり、今まで以上に彼女を愛でる事が可能となるのである。さらに、眼鏡によって隠される領域に心を奪われ、それはもう聖域と呼ぶに相応しい代物となるのだ。そして極め付けは、眼鏡によって遮られた彼女の上目使いもう、天上の宝物と同等の価値がある。否宝物さえも曇って見える程である。彼は眼鏡についての熱意を語って行ったのだった。
そして、シャルロットに眼鏡を送る事が決定し、彼女達は、眼鏡についてお互い意見を出し合ったのであった。
そうして彼女達の第一回目の会合は双方、有意義に終わったのだった。
そしてこの会合の事を彼女達は、シャルロットを満天の夜空に輝く美しくも儚い月と称して、こう呼んだのだった。
――『
am24の自重が崩壊した回。
『la réunion qui aime la lune』
はフランス語で『月を愛でる会』です。(エキサイト翻訳を使用。読み方は不明。)
シャルロットはフランス語圏の名前だったので洒落てみました。
今回については敢えて何も語るまい……
次回、シャルル再び。