シャルルは現在、ジョゼフと共に王都リュティスに訪れている。今回の王都訪問は、ただの帰還のついでと言う訳では無い。とある案件についてガリア王に許可を貰いに来たのである。
事の発端は、ジョゼフのある一言から始まった――。
「そう言えば、お前の所のラドグリアン湖には水の精霊が居たよな?」
ジョゼフが朝食のハムをフォークで突き刺しながら、シャルルに問い掛ける。
「……ええ、それが何か?」
シャルルは怪訝な表情で兄を睨みつつ、紅茶を一口口に含んで落ち着いた後に返事を返した。ジョゼフは待ってました、とばかりに次の質問をする。
「それなら当然、トリステインのモンモランシ家の事件も知ってるだろう?」
「!? それは……やはりご存知でしたか。何でも、水の精霊の怒りを買ってしまったとか。そのおかげで、今年は例年に比べ収穫が悪く、領民も戸惑っていましたね」
シャルルは皮肉気にそう語り、早く解決して欲しいですねと独りごちた。ジョゼフもその返答に満足そうに頷いてハムにソースを絡めて口に入れた。
そう、それは水の名門モンモランシ家での出来事である。モンモランシ家は代々、水の精霊との交渉役を務めてきた。
トリステイン王国が水の国と呼ばれる所以は、王家と水の精霊との間に盟約を取り交わしているからである。その盟約により、王家の者は【
――【調和】。
水はあらゆる物質に浸透し、調和する。それは魔法さえも例外では無い。
本来、どんなに優秀なメイジであってもスクウェア・スペル、つまり4つの系統の足し合わせまでしか出来ない。しかし例外として【唱和】と呼ばれる技術がある。それは、複数のメイジが集まる事により初めて成立し、5つ以上の系統を足す事を可能とする。ロマリアの
しかしそんな中、【調和】は【唱和】のような努力を必要とせず、魔法の足し合わせを可能とする技術である。それは特別な詠唱さえも必要としないのである。【水の精霊の息吹】を与えられた者が他のメイジと精神を同調させる事により、自然と他の魔法と【調和】し系統を足し合わせる事が出来るのである。
つまり、【水の精霊の息吹】を持つ王家の者が1人でも戦列に加われば――メイジ同士の力量にもよるが――強力な
その魔法の威力たるや想像を絶するものとなる。そもそも、魔法の威力は足し合わせる系統の数が増えるに従って上昇する。その上昇量は等倍、では無く相乗的に上昇するのである。4系統のスクウェアメイジ1人に対して1系統のドットメイジ4人または、2系統のラインメイジ2人で相手をしたとしても、単純な魔法戦では決して敵わない程の力量差が生じるのである。つまりそれだけ足し合わせる系統数が増えると言う事は、魔法戦において明確なアドバンテージとなるのである。
すると、どれだけ【調和】が優れたものであるかが分かるであろう。
事実、トリステイン王国の歴史では、ハルケギニア大陸の過半数の領土を支配していた時期も存在する。当然それは、当時の王家の力に依る処が大きかったのであった。そして近年のトリステイン王国の衰退は、王家の後継者に恵まれなかった事が最大の要因となったと言えるであろう。
それだけ、トリステイン王国の繁栄と水の精霊との盟約は、切っても切れない程の結び付きが存在するのである。
つまり、王家と水の精霊との盟約の橋渡しをする交渉役とは、それだけ重く重要な役割を担うのである。
それが今、モンモランシ家が交渉役を解任させられたのである。それは、トリステイン王国にとって多大な損失となる出来事であるが、盟約自体が解消された訳では無い。そのため、すぐにでも解決しなければ問題が顕在化すると言った類の出来事では無い。
せいぜい問題点を挙げるとするならば、水の精霊の怒りを買った事により、湖周辺での作物の収穫量が減少した事であろう。しかし、そもそも水の精霊が其処に存在しているだけで、周囲の自然は豊かになるのである。従って、収穫量が減少したと言っても他の地域と比べると、十分な収穫量を誇っているのである。
そのため、この問題も後数年もすれば、トリステイン王家が代わりの交渉役を選定して解決する出来事だと言えるのである。
閑話休題
ジョゼフは口に入れたハムをゆっくりと噛み締め、徐に水を口に含んで一気に胃の中へと流し込んだ。
「何、少し面白い事を思いついてな」
ジョゼフはシャルルの訝しむ顔を楽しそうに眺めつつ口元を歪めて、そう宣言した。
「――何を……ですか?」
シャルルは嫌な予感を感じたが、何とか平静を装って尋ねてみた。
「少しトリステインに圧力を掛けてみようかと思ってな」
「? 何を――」
「ああ、それはな――」
ジョゼフは嬉々として己の考えた策をシャルルに語って聞かせた。概要は兎も角、要はトリステインに早く次の交渉役を選定しろと、促すものであった。しかしその内容は――、
「――!? そんな事をすれば外交問題に発展しますよ! 第一、父さんが許可するとは思いませんよ」
シャルルは勢い良く、ジョゼフに捲し立てた。それ程ジョゼフの案には危険を孕んでいたのである。
「まぁ、そうだな。しかし、デメリットばかりじゃないだろ」
「それは……」
ジョゼフの自信たっぷりの言にシャルルは気圧されてしまった。
「何、上申するだけしてみよう。実際、やるかどうかは親父が決める事だ」
ジョゼフはここぞとばかりに、そう諭した。シャルルも、つい頷いてしまったのであった。
そして、父王への上申。それは意外にも簡単に許可を出されてしまったのである。ジョゼフの弁舌が冴え渡り、側近達も大いに感心させたものであった。
シャルルは父が許可を出した事が、信じられなかった。父は実直な性格であり、決して他国を挑発する様な真似はしないだろうと確信していたからである。
それに彼はただでさえ、この案件に乗り気では無かった。何故なら、この案件の最大の肝は自身の娘に他ならなかったからである。失敗してしまえば、それで良い。しかし、万が一成功してしまったらと考えると――。
そんな息子の葛藤をいざ知らず、ガリア王がこの案件の許可を出した最大の理由と言うのは、自身の死期を感じ取っていたが為であった。次期ガリア王国を担う息子達の枷になるまいとしての、彼の善意からの行いであった。
しかし今のシャルルには、父がそんな事を考えていたなんて知る由も無かった。
シャルルがオルレアン領へと帰って来てから、それはもう大変な慌ただしさであった。
シャルロットは、やっと魔法の訓練を再開出来ると思っていたが、ついぞその希望は叶わなかった。父は帰って来て早々、書斎に閉じ籠り仕事を行っている。そして偶にやって来る貴族の相手にと大忙しであった。母も母で、トーマスと共に何やら準備をしているようであり、その間、シャルロットは一人で暇を潰すのであった。
そんなある日、シャルロットは母に告げられるのである。
「明日、皆でラドグリアン湖に行きます。シャルロットは何もしなくて大丈夫よ。ただ水の精霊様とお話をするだけで良いから」
シャルロットも当然、ラドグリアン湖については知っている。何度か家族で訪れた事があるからである。しかし、水の精霊には一度も会った事は無い。それでも彼女は知識として水の精霊の事を知っている。水の精霊は人の世と交わりを持ちたがらない。唯一の例外として、トリステイン王家と盟約を交わしているのである。だからこそ、今回の訪問はただ事では無いと、シャルロットは感じ取ってしまった。しかしそれと同時に、水の精霊とお話をするのが楽しみでもあった。
次の日、朝早くからシャルロット達はラドグリアン湖へと向かった。父や母を始め、多くの貴族達と一緒であった。その中には、流石にガリア王の姿は無かったものの、叔父のジョゼフや数人の神官まであった。
その多くの同行者は皆、仰々しい装いであったが、シャルロットの姿はとりわけ特徴的であった。その装いは、淵に金色の刺繍を施した淡い水色をした巫女装束であり、肩口から腰まで垂らした蒼色リボンを背中で纏めた姿が印象的である。そして頭には服と同じデザインをしたベールを被っている。
揺れる馬車の中、流石のシャルロットも、これから何かしらの儀式を行うのだと感づいた。しかも、それぞれの装いから自分がその中心となるのだと分かり、緊張に身を硬くした。そんな姿を心配してか、湖に到着するまで隣に座る母は優しく彼女の手を握っていたのだった。
ラドグリアン湖に到着したものの、準備のためかシャルロットは母と共に暫し馬車の中で待機されていたのである。暫く経って呼び出されて外に出ると、湖から少し離れた位置に貴族達が並んでいるのが見えた。そしてその奥、水際にて父シャルル、叔父ジョゼフ、そして神官達が佇んでいる。
そうして母に手を引かれるまま、最前列へと連れて来られた。
「それでは、始めさせて頂きます」
神官の1人がそう宣言すると、残りの神官が水色の水晶らしき物を取り出して、それを湖の中へと投げ入れた。
「ラドグリアン湖に居わす水の精霊よ! 我らの前へ姿を現し給え!」
神官が唱えると、湖の中心が突然光り輝いたのである。そして光が消えたと思った束の間、湖の水が蠢き渦を描き出した。
「水の精霊よ! 我らと話をするに相応しい姿を顕現させ給え!」
再び神官が唱えると、渦を描いていた水が集まり、徐々に人の形を形成していった。そしてその姿たるや、将に正面で佇んでいたシャルロットと同じ姿を取っていた。
シャルロットは驚きつつも、水の精霊の姿に感動を覚えた。それは、自身と同じ姿であるものの、透き通った水が光に反射し、幻想的な出で立ちであった。
「何用だ。単なる者よ」
水の精霊が問い掛ける。するとそれに対してシャルルが返事をする。
「トリステイン王家の盟約における交渉役が不在の今、我らガリア王家と水の精霊との新たな繋がりを得たい。どうか我らの願いを叶えてくれ給え。その交渉役として我が娘の血の交わりを願い給う」
シャルルは一気に捲し立てる。彼自身、願いが叶うはずが無いと確信していたが、この儀式は水の精霊と話をし、交渉をしたと言う事実さえあれば成功なのである。そのため、既にこれからの交渉に意味は無く、ただ淡々と終了する予定であった。そう、シャルロットと水の精霊が交わるまでは――。
シャルロットは父に促され、水の精霊へと近づく。彼女自身、血の交わりを行う事など初耳であった。血の交わりとは、対象に血の情報を記憶させる契約の一種である。本来は高度な魔道具に対して行うもので、彼女にとって、精霊との契約などは話だけの中での行いであり、まさか自分が行うとは夢にも思わなかった。
シャルルは今回の儀式は失敗すると確信していた為、娘には何も詳細を語らなかったのである。血の交わりを行って得た情報から水の精霊がその事実を知るのを防ぐ為であった。それでも儀式の成否は兎も角、詳細を語らなかったのは、聡明なシャルロットならこれが失敗を前提に行っていると気付いてしまうと考えたからである。
この時のシャルルは気付く事が出来なかった。ジョゼフの本当の思惑と、娘の虚無の可能性について――。
「単なる者よ。我は古き約束の為、古き友の一族と盟約を交わした。汝らと盟約を交わす事は無い」
突然の水の精霊の拒絶にシャルロットは戸惑い歩みを止めてしまった。そして振り返り父の方を窺うと、一瞬シャルロットに対して微笑み、水の精霊に言う。
「我らガリア王家もまた、あなたの古き友の一族の血を僅かながら受け継いでいるはず。どうかその確認を――」
父の言にシャルロットはその意図を察し、再び歩みを進める。そして水の精霊の数歩手前で立ち止まった。
「えぇと、よろしくお願いします」
シャルロットは場違いな挨拶と共に水の精霊に礼をし、予め持たされていた儀礼用のナイフで左手の親指を切り付け、そのまま左手を差し出した。
すると、水の精霊の足元の水が彼女の左手まで伸び、そのまま覆い尽くした。そして見る見る内に傷が癒え元に戻ると、水もまた引いて行った。
「あ、ありがとうございます」
シャルロットは律儀にお礼を返した。水の精霊は暫く沈黙を保っていたが、突然語りだした。
「汝との血の契約を確認した。我が盟友の力を受け継ぎし者よ。古き約定を今こそ果たさん」
水の精霊がそう言うと、シャルロットに近づいて行き、そのまま覆い尽くした。しかしそれは一瞬の出来事であり、水の精霊はすぐに元の位置へと戻った。
予想外の出来事でシャルロットも周囲の人々も、事態の把握が出来なかった。当のシャルロットは驚きの余り、そのまま硬直してしまったのである。
この事態に一番初めに動き出したのは意外にも母エレンであった。
「水の精霊よ。シャルロットに何を行ったか教えて下さいませんか?」
逸早く、娘の心配をしたのである。その気丈な姿に、周囲の人々も次第に意識を覚醒させて行った。
「古き約定により、盟約を交わした」
盟約。その事実にシャルルは驚愕した。そして恐る恐る尋ねた。
「み、水の精霊よ。先程は盟約を交わす事は無いと仰っていたはずですが」
シャルルはもう自身が何を言っているのか分かっていなかった。しかし、それを指摘する者は此処には居なかったので、彼が気付く事は無かった。
「我は古き約定を果たしたに過ぎない。汝らと盟約を交わす事は無い」
やはりシャルルにも水の精霊が何を言っているのか理解出来なかった。水の精霊が個人相手に盟約を交わしたのである。そんな例、今まで聞いた事が無かったのである。シャルルが頭の中で逡巡している間に、水の精霊は湖の奥への帰って行ったのだった。
それらの一連の出来事を唯一、終始無言のまま眺めている者が居た。それは、シャルルの隣に佇んでいたジョゼフである。彼は口元の僅かな笑みを隠し、シャルロットを見詰めていたのだった。
そして、この出来事によりシャルロットは『
サブタイまんまの回。
原作ルイズが巫女になるならシャルロットだって巫女になっても良いじゃないか。
ただ、立場が違うのでこんな形になりました。
今回、多くの独自解釈を入れました。で、タグに「独自解釈」追加。
蝶よ花よのアンリエッタがトライアングルってのが疑問だったので盟約とこじつけてみました。
チートっぽく見えますが、活用機会は……
巫女服のイメージの補足すると、ルイズの巫女服を薄い水色にして背中にリボンを付けた感じです。
リボンも腕に一回り巻き付いてて、腰まで垂れてます。背中に固定してるのでひらっひら~になればと……
水! と言う事と、髪の長さ的に背中が寂しいと思ったのでリボンでアクセント。
寧ろ、ロリにリボンは必須アイテムです。
そしてシャルルさん、2度の――を再びでした。あなたが確信する度に――。……もう、無いよね……
次回、ガリア動乱的な~ あ、でも番外を挿むかも……