皿の上のミルクをこぼしてしまった   作:am24

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 5話 シャルル

 ラドグリアン湖での出来事の後、意外にも大きな騒動には発展しなかった。シャルロットが水の精霊と盟約を交わしたらしいと言う事は広まっても、大半の貴族にとって、それが何を意味するのか理解していなかったからである。

 ここ数百年、トリステイン王家の魔法――【調和】――は使われた記録が無かった。歴史の事実として残っていたとしても、次第に嘘や誇大表現であるなどと思われる様になり、真実を知る者は王族やそれに類する者達だけになってしまった。そして今となっては、その魔法は王家の者のみで発現する物と解釈される様になったのである。

 事ここに至って、問題の重大性を正確に理解出来ている者など殆ど存在しなかった。その少数派にはシャルルとジョゼフの名が挙げられるが、今回の顛末の当事者である為、積極的に情報の歪曲に努めた。

 結果として、シャルロットの件は予想外であったが、トリステイン相手での示威行為としての成果は十分であった。これにより、トリステインは早急に新たな水の精霊との交渉役を選定する必要に駆られる様になる。さらにガリアに対して抗議しようにも、現在のトリステインは王位が空席である為、強く出られない。そして血筋と言う意味でなら、他の王家にも水の精霊との繋がりを持つに値する正当性を主張出来るので、付け入れられる隙を作った側が悪いと言う事になってしまうのである。

 

 実際、トリステイン王国の反応で、この件に関して抗議をする事は無かった。僅か2ヶ月で次の交渉役を決め、事態を収束させたのである。

 しかし、そのような対応が取れたのも、(ひとえ)にマザリーニ枢機卿と一部の上位貴族の手腕によるものであった。事件当初は、ガリア王国に抗議をするべきだと多くの貴族達がいきり立ったが、リッシュモン高等法院長の一声により、それは阻止されることになった。後は枢機卿により穏便に事を終わらせる事が出来たのである。

 

 

 

 

 

 ラドグリアン湖での儀式より明けた次の日、件のシャルロットはとても困惑していた。

 儀式後、硬直より覚めると屋敷へと帰還し、あれよあれよと言う間にパーティーが開かれ、半ば会の主役の様に振る舞ったのである。そして、その日は両親とゆっくり話も出来ないまま疲れて眠ってしまったのである。

 目が覚めて一番に確認したのは、寝る前に宝石箱に入れておいたとある指輪の存在であった。この指輪は、気が付いたら指に嵌まっていたのである。

 しかし心当たりはある。水の精霊に覆われた時である。その時、指輪を持たされたと考えると辻褄が合う。そして、水の精霊と指輪、この2つからシャルロットはとある指輪を連想したのである。

 

 ――アンドバリの指輪。

 

 しかし彼女はその予想をすぐに否定した。何故なら、アンドバリの指輪は水の精霊が守る秘宝として有名だからである。そんな指輪を自分に与えるなど、到底信じられなかった。あの時は混乱していたので、無意識の内に誰かに持たされたと考えた方が、まだ信憑性が高いが……。

 結局、彼女には結論が出せず、扉を叩くノック音に、慌てて指輪を宝石箱にしまって考えを放棄したのだった。

 

 そして、父シャルルと真面に話が出来るまで、3日の時を有した。その日は予てより延期され続けていた魔法の訓練の日であった。ついでとばかりに、シャルロットは例の指輪を持って訓練に臨む事にした。

 

「よろしくお願いします。父様」

 

「あ、ああ」

 

 シャルロットは開始前の挨拶をした。しかし対するシャルルは、何処かはっきりとしない態度であった。

 それもそのはず、シャルルにしてみれば、娘が魔法を使えない事は分かり切っている事である。兄ジョゼフとの話し合い、水の精霊の不可解な行動と、虚無の可能性は既に濃厚である。

 しかし、彼は娘にその事実を伝えるつもりは無い。シャルロットが虚無であると知れ渡ると、当然、ジョゼフもまた虚無であると知られる事になってしまう。その事に関しては既に兄と相談し、2人だけの秘密とする事にしたのである。

 そうすると問題となるのが、何時まで娘に魔法を使えない事実を隠せるかである。原因を話せない以上、娘は自身が魔法を使えない事に悲観するはずである。かと言って、何時までも魔法を使わせないでいる事など不可能だとも分かっている。それも、もし勝手に魔法を使いでもしたら、爆発で怪我をしてしまうかもしれない。

 そのため、彼はシャルロットに魔法が爆発する事を早々に自覚してもらうべく、今日の訓練に臨んだのである。

 

「今回も【ライト】の魔法ですか?」

 

 シャルロットは小首を傾げて問い掛けた。

 

「いや、今日は【念力】を試そうかと思っている」

 

 シャルルはそう答えた。

 【念力】は対象を操作出来る様になる魔法である。ただし、余り複雑な操作は出来ないという欠点はあるものの、少し離れた物を動かすのに使え、多くのメイジが日常生活で利用している魔法である。

 今回、シャルルが【ライト】でなく【念力】にしたのは、この魔法が離れた対象を指定するからである。【ライト】も離れた空間を指定して発動させる事が出来るものの、初心者だとそれが難しく、最初は杖の先端を指定して発動させるのである。しかしシャルロットの場合、爆発する事が分かっている為、前回の様に至近距離で爆発に巻き込まれてしまうのである。

 その点【念力】だと、ある程度遠くで爆発する為、危険も少ないと彼は踏んだのである。

 それに、確かめたい事もあった――。

 

「では、お手本を見せよう。――【念力】」

 

 シャルルは【念力】により、小石を右へ左へと転がして見せた。

 

「やってごらん」

 

「はい、――【念力】」

 

 シャルロットも同じように小石に【念力】を発動させた。そして――。

 

「出来ました。これで良いでしょうか?」

 

 シャルロットもシャルル同様小石を右へ左へと操作して見せたのである。

 

「……? …………」

 

 シャルルは来たる爆発に備えて身構えていたが、普通に魔法を成功させた娘に一瞬呆けてしまった。

 

「父様?」

 

「!? あ、ああ、それで良い。よくやったな。流石、私の娘だ」

 

 シャルルは娘の追及に慌てて返事をし、彼女の頭を撫でる事で何とか誤魔化した。

 

「今日はこのまま【念力】の練習をしよう。細かく操作出来る様に心掛けるんだ」

 

「はい!」

 

 そしてシャルルはシャルロットの練習風景を後ろから眺めながら考えるのだった。

 

 水の精霊との盟約の影響について考える。彼が知っている内容は水の魔法力の増加と王家同士の(・・・・・)魔法の合成である。

 

 魔法力の増加に関しては言わずもがな。水の精霊に力を分け与えられているからと考えられる。

 此処ハルケギニアに存在する三大王国とロマリア皇国は、それぞれ始祖ブリミルが齎したとされる4つの系統を司っている。水を司るトリステイン王国、風を司るアルビオン王国、土を司るガリア王国、そして火を司るロマリア皇国。

 しかし、それぞれの系統を冠していても、王家の者が必ずしもその系統に秀でた者とは限らない。その最たる例がロマリアである。ロマリアは三大王国と違い、世襲制ではなく、信仰によって教皇が選ばれるのである。

 それは兎も角、トリステイン王家には代々、水に秀でた者が歴史に残されているのである。それは現在のトリステインのように他の王家から婿入りし、王家の血を残す場合を除いて必ずと言って良い程、優れた水メイジなのである。

 その理由が、水の精霊との盟約の恩恵であると言われている。それは水系統の才能が低かろうと、幼い頃に水の精霊から力を分け与えられた影響が表れているのだろうと言うのが、現在の貴族達による共通認識である。

 

 魔法の合成に関してはよく分かっていない事が多い。古くから親交のあるトリステイン王家とアルビオン王家で、その魔法が確認されているが、ガリア王家とはどうなのかは資料が残されていなかった。

 原理を調べようにも、それは対象が王族である為、今まで真面に研究されていないのである。

 

 合成魔法は兎も角、魔法力の増加に関して言えば、シャルロットも何かしら影響を受けているはずである。それが例え虚無であったとしても――。

 実際に【念力】は正しく発動出来ていた。以前の爆発が見間違いであったなどでは決して無い。そもそも、水の精霊と盟約を交わせただけで、娘は只者では無いのであるのだから。

 そして、今後の娘シャルロットの周りを取り巻く環境に変化が生じるであろう事をシャルルは1人懸念するのであった。

 

 

 

 そして彼が考えに耽っていると、不意にシャルロットが振り向いて来たのである。

 

「あの……父様、少し良いですか?」

 

 シャルロットは額に汗を流し、少し息を整えながら話し掛けて来た。

 

「ん? 何だい?」

 

「実は……」

 

 そう言って彼女はと指輪を取り出してシャルルに差し出し、事情を説明するのだった。

 

「……そうか、……この指輪は私が預かっておくよ」

 

 そしてシャルルは指輪を預かり、その日の魔法の訓練を終了させたのだった。

 

 

 

 

 

 時は経ち、シャルロットはコモン魔法をマスターし系統魔法に取り組んだが、ここに来て再び悩ませられる事態に陥ってしまった。シャルルやその報を聞いたジョゼフは一応の納得はしたが、シャルロットはその間大変落ち込んでしまったのである。

 そして、そんな娘を見かねて真実を打ち明けようかと考え出したある日、オルレアン領へと急報が届けられたのである。

 

 ――ガリア王崩御。

 

 時はシャルロットが11歳の誕生日を迎えた2月後の季節だった。

 

 

 

 シャルルは急いで王宮へと駆け付けた。そして王宮には既に兄の姿も見えていた。彼等は2人、王の眠る部屋へと赴き、そこで遺言書の確認を行った。

 兄がそれを読み上げる。最初は息子達に対する挨拶と謝罪が綴られていた。そして――、

 

「――!? ……次期ガリア王は…………――ジョゼフに任命する」

 

「……お、おめでとう兄さん……」

 

「やめろ、皮肉のつもりか?」

 

「い、いや、でも……」

 

 シャルルはしどろもどろになりつつ、混乱していた。否、理解したくなかっただけである。

 彼は父王に対して1度も王位に関する話をしなかった。これは単に実力で兄と勝負したかったからである。あの日以降も、お互いにその事は承服し合っていた。尤も、兄においては自身が選ばれるなんて思いもよらなかっただけであるが……。

 今となっては何故父が兄を選んだのか知り様も無い。――嫡男だから選んだのか……否、父に限ってそのような単純な理由で選びはしないだろう。それとも兄の実力を見抜いていたと言うのか……。彼は思考の海へと埋没する。

 

 ――後悔、焦り、嫉妬、憎悪、嘆き、苦しみ、悲しみ、焦燥、怒り、…………。

 

 様々な感情が彼の中に駆け巡る。そして最後に辿り着くのは――、

 

 ――――諦め。

 

 彼は理解してしまったのである。これは既に取り返しの付かない事である(こぼしたミルクは戻らない)と――。

 

 不意に紙が潰れる音がしてシャルルはジョゼフへと向き直る。

 ジョゼフは遺言書を握り潰していた。

 

「え? 兄さん、何を――」

 

「前も言っただろ、俺は王になるつもりは無い。お前がやれば良い」

 

「でも、遺言に――」

 

「お前が選ばれたと言っても誰も疑わんよ。……即位まで時間はある。それまでに気持ちの整理をしておけ」

 

 そう言ってジョゼフは部屋を後にした。部屋に残されたシャルルは、ただそんな兄の後姿を見送るだけであった。

 

 

 

 ガリア王崩御の報は各地へと知れ渡った。そして国葬も恙無く終わり、喪に服す期間中に事は起こった。

 

 

 

 

 

――シャルル暗殺。

 

 

 

 

 

 次期ガリア王と期待されていたシャルルの突然の死である。

 事は宮中内での出来事だった。偶々、外を出歩いていたシャルルの胸元へと矢が飛来してきたのであった。或いは、これが魔法であったなら違う未来が齎されたかもしれない。しかし、現実に矢の凶刃に倒れてしまったのである。

 この時の彼は精神的に追い詰められ、何時もより警戒心が薄れていた。しかし、護衛の騎士も傍に居り、まさか自分が命を狙われるとは思いもしなかった。そんな中での事件である。

 

 犯人はすぐに見つける事が出来たが、既に自害して居り、黒幕に繋がる情報は何も手に入れる事が出来なかった。

 そんな中、最初に犯人だと思われたのはジョゼフであった事は言うまでもないだろう。

 王の崩御、そして次の王の即位直前での出来事である。彼が疑われるのは無理も無い事である。しかし、そんな証拠は一切無く、周囲の貴族達は彼に対して言い様の無い怒りと共に、敵愾心を強めるのだった。

 

 そうして、連日行われる事となった王族の葬儀に、国中の者が悲しみに暮れるのだった。

 

 

 

 そしてジョゼフがガリア王に即位した数日後、亡くなったシャルルの娘シャルロットの下に、王宮への呼び出し状が届いた。差出人は先日即位したばかりのジョゼフであった。しかも呼び出されたのはシャルロットのみであり、母については言及されていなかった。

 彼女はジョゼフの事を恨んでいた。父を殺して王になったろくでなしであると。だから自分がジョゼフを――。

 そんな彼女の心内を察したのか、母は彼女を窘める。それは駄目だと。それは自身さえも破滅させる感情であると。

 母の真剣な独白にも近い説得により、彼女は一旦その感情を抑える事が出来た。それはジョゼフと話をした後だと――。

 

 シャルロットは首都リュティスへと遣って来た。そして豪華な執務室へと通された。同伴して来た母は別室で待機する運びとなった。

 部屋にはジョゼフが既に待っていた。シャルロットは彼を見遣ると同時に、今にも射殺さんと睨み付けた。

 

「よく来たな。……まぁ、座れ」

 

 ジョゼフはシャルロットの視線に苦笑(・・)しつつも着席を薦めた。

 シャルロットも渋々ながらもそれに従い、再び彼を睨み付けた。

 

「ふっ、そんなに睨むな。シャルルの事は俺も残念に思っている」

 

「……」

 

「……ふぅ、では本題に入るか。お前を呼んだのは他でも無い。シャルルの事と、……お前の事を話す為だ」

 

「――!?」

 

 シャルロットは身構えた。これから何を話されるのかは、ある程度予想していたからである。

 

「まず、確認しないといけない事がある。――シャルルを殺したのは俺じゃない。」

 

「――ッ!?」

 

 この期に及んで犯行を否定するジョゼフに怒りを覚えたが、シャルロットは何とか怒りを抑えた。そしてジョゼフにある書状を渡された。

 

「これは?」

 

「先代の遺言状だ。読めば分かる」

 

 シャルロットは訝しみながらもその遺言状なる書状に目を通した。そしてある一文に目が留まった。

 

「元々俺が王に選ばれていたんだ。俺がシャルルを殺す意味は無い」

 

「……でも、この遺言状が本物だとは限らない」

 

「筆跡は先代の物なんだが……まぁ、お前には分からないか」

 

「なら――」

 

「それでも俺じゃない。第一、俺は王になる気は無かった。本来ならそれを隠してシャルルが即位するはずだったんだ」

 

 そしてジョゼフは事の経緯をシャルロットに語るのだった。

 

「……信じられない」

 

「まぁ、そうだな。俺でも自分が疑われている事は理解している。それでも信じろとしか言えない」

 

「……」

 

「虚無。俺とお前が虚無だったら信じられるか? シャルルもそれは承知だった。初めて魔法を使った時の事を覚えてるか? 爆発したらしいじゃないか。……俺も同じ経験があった。そしてシャルルはその事を俺の所に確かめに来たんだ」

 

 そしてジョゼフはシャルルが自領へと訪れた経緯を話した。さらにそこから、ラドグリアン湖での出来事についても話し出した。

 シャルロットもその話については一応の納得はした。しかし核心については語られていない。

 

「それでは、誰が父様を……」

 

 そう、真の犯人についてはまだ明かされていないのである。

 

「それについては、ある程度予想が付いてる」

 

「――誰が!」

 

 シャルロットは遂に声を張り上げてしまった。しかしそんな彼女には気にせずジョゼフは語りだす。

 

「おそらく、――ロマリアだろう」

 

「――!? どうしてロマリアが?」

 

「ああ、それは――」

 

 そしてジョゼフは己が推論を語るのだった。

 彼の推論はこうだ。ロマリアが虚無を手に入れようと企てたのではないかと。

 

 ロマリアには始祖ブリミルに関する資料も多く残されている。そこからジョゼフとシャルロットが虚無であると知る事も出来るだろう。しかし、いくら他国に対して影響力の強いロマリアであると言えども、王族対して表立った行動は取れない。そこで今回の企てを計画したのである。

 

 ロマリアから見れば、次のガリア王となるのはシャルルが有力であっただろう。シャルルが王に即位してしまったら、その娘であるシャルロットには益々手を出せなくなる。

 ではジョゼフはどうかと言うと、ジョゼフの命が危ぶまれると見えるだろう。それは、ジョゼフ派とシャルル派の対立が起こる様に見えるからである。

 そうなってしまうと、ロマリアにとって益が無くなってしまう。

 

 しかし、ジョゼフが王となった場合は話が違ってくる。当然、王のジョゼフには手を出せないが、シャルロットに関してはそうでは無くなって来る。

 そもそも、ジョゼフが即位するにはシャルルが邪魔となる。その為の暗殺となる。

 そしてジョゼフ派とシャルル派との対立を理由に、亡命でも進めればいいのだから。ジョゼフでは難しいが、シャルロットなら御しやすいとも思われるだろう。

 さらにその暗殺の疑いは自然とジョゼフへと集まる為、亡命の理由には事欠かないだろう。

 

「……確かに、筋は通ってる……けど……」

 

 話を聞いてもまだ、シャルロットは納得半分、疑い半分であった。

 

「だから言っただろ。虚無なら信じるかと」

 

 ジョゼフは徐に黄土色の宝石の付いた指輪と質素な香炉を机の上に置いた。

 

「【土のルビー】と【始祖の香炉】だ。俺も即位するまで半信半疑だったが、これで確信に変わった」

 

「?」

 

「指輪を付けてみろ。そうすれば分かる」

 

 シャルロットは言われるがまま、指輪を付ける。すると、今まで感じなかった匂いが鼻腔を擽り出した。匂いの元を辿ると、その【始祖の香炉】と言われた香炉からであった。

 暫く匂いを嗅いでいると、不意に脳裏にある単語と呪文が浮かび上がった。彼女はその呪文を感じるがまま紡いでいく。

 

「――――――【記録(リコード)】」

 

 呪文を唱え終わると、シャルロットの脳裏にジョゼフとシャルルの会話の記録が次々に流れ出す。その記録は先程のジョゼフの言を裏付けるものばかりであった。そして、最後に見せられた遺言状の話が終わり、ジョゼフが1人部屋を退室した後、残されたシャルルが、不意にこちらへと振り向いたのである。

 その視線はしっかりとシャルロットへと向けられている。

 

「シャルロット」

 

 記録の中の父シャルル話し掛けて来た。

 

「はい。……父様」

 

 シャルロットは構わず返事をした。

 

「お前を残して逝ってしまう事は、すまないと思っている」

 

 そう言って記録の父は深々と頭を下げた。

 

「と、父様、頭を上げて下さい」

 

 シャルロットがそう言うと、記録の父は頭を上げた。そしてシャルロットは彼へと跳び付いたが――、

 

「シャルロット。今の私はただの記録でしかない。触れ合う事の出来ない境遇を口惜しく思うよ」

 

 シャルロットは記録の父をすり抜けてしまうのだった。彼女は父の死を今一度実感し、目頭が熱くなって来るのだった。

 

「シャルロット。こうしてずっと語り合っていたいが、そうにも行かないらしい」

 

「!? 父様!」

 

 次第に光の粒子となって消えて行く記録の父。シャルロットは縋る思いで父の名を呼ぶ。

 

「シャルロット。兄さんの事は恨まないでやってくれ。兄さんの言ってた事は本当だ。私を殺したのもおそらく――」

 

「はい」

 

 シャルロットは記録の父の言葉を一語一句聞き漏らすまいと泣き叫ぶのを我慢する。

 

「妻にも悪い事をした……。『君を残して逝ってしまうのをすまないと謝罪していた』と伝えてくれ」

 

「はい」

 

「兄さんには『シャルロットを頼む。せいぜい私の分まで苦労しろ』と伝えてほしい。これが私の最後の本心であり、兄さんに負けた腹いせだと」

 

「はい」

 

 薄れゆく記録の父。シャルロットは彼にはもう時間が残されていない事を悟る。消えゆく父の姿を最後まで目に焼き付けようと、涙を拭う。

 

「シャルロット」

 

「はい」

 

「――愛しているよ。シャルロット」

 

 そして光は完全に消えて無くなった。

 

「はい。……私も愛しています。父様」

 

 虚空へと向かってシャルロットは紡ぐ。

 彼女の目には涙が止めど無く溢れ出して行くのだった。

 

 

 

 気が付くとシャルロットは元の執務室に居た。涙を拭い、今まで見たことをジョゼフに話した。

 

「そうか……【記録】か……」

 

「父様から言伝を預かっています。『シャルロットを頼む。せいぜい私の分まで苦労しろ』だそうです。これが父様の最後の本心であり、その……腹いせだそうです」

 

「ふっ、そうか、腹いせか。ならとことんあいつの分まで苦労するしかないな」

 

 ジョゼフは屈託の無い笑みを見せ、1人決意を固める。

 

「あいつにお前の事を託された。だが、今の俺にはお前を護りきる事は出来ないだろう」

 

「……」

 

「だからこそ、シャルロットお前には一旦トリステインに亡命してもらう」

 

「え?」

 

 

 

 こうして、虚無を取り巻く運命は加速して行く。新たなる虚無との邂逅も後僅か。シャルロットに訪れる運命は果たして絶望か、それとも――。

 

 

 




シャルル生存ルートなんて無かった……
こればかりは完全にam24の都合です。はい。
まぁ、ある意味主人公交代の節目となったかと思われ。

事の原因は死ぬまで引退しなかった先代ガリア王にもあると思ったり。
先代の年齢って若くて60。シャルル達と同じくらいに子を産んでたら70過ぎ。
頑張り過ぎだよお爺ちゃん。

番外挿もうかと思ったけど、話の温度差がありすぎて断念。
またの機会に……

そしてやっと原作の影が見えてきました。
次回は原作開始。か、少し前の話かと。
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