「無個性ですね」
そう、医者に言われた。
「珍しいですが、無い話ではありません。原因はわかりませんが、そもそも個性の発現自体が原因不明ですから」
医者はそう続け、レントゲンを母に見せた。子どもの足のレントゲン。あれはボクのだろう。母さんは「どうにかなりませんか?」とか「どうすればいいのですか?」とか、まあ、そんな慌てた様子だった。ボクは、すこしだけ冷静で、ただ、心がぽっかり空いたようだった。
個性と呼ばれる、ひと昔前は超能力とか言われていた特殊能力。
それがボクにはない。
無個性。そのレッテルが貼られたのは、五歳くらいだっただろうか。
テレビの中のフィクションのヒーローたち。そして、現実にいるヒーローたち。それらに成れないのだと、ボクは五歳で教えられた。
かと言って、ヒーローに対する憧れが消え失せたかと言えば、そんなことはなかった。ただ、現実のヒーローと同じ個性だと自慢するクラスメイトを見るたび、ただただ深い劣等感があった。
そしてボクが小学校に上がったとき。
その年は少しだけ特殊だった。
一年生から、六年生まで。すべて合わせた生徒の数は三百人を超す学校だったのだが、無個性の子どもがいなかったのだ。
知っての通り、ボク以外。
なんなら学校の先生から用務員に至るまでを含めても、ボク以外の無個性がいなかった。
日本に限っての話にはなるが、無個性であろうとも学校が特別に分けられることはない。養護学校や支援学校もあるにはあるが、社会に出ても【そもそも個性を使える】環境がないのだから、無個性であろうとも、どのような個性を持っていても、関係ないのだ。
だから、ボクが無個性であっても。
「あの一年無個性なんだって」
「えー? うそー? いるんだー」
ボクが無個性であっても。
「おーい無個性! ジュース買ってきてくれよ!」
「無個性なんだから足くらい鍛えなきゃな!」
ボクが無個性であっても。
「キミは無個性なんだから、ほかのやつより頑張んないとな」
「大丈夫、先生たちは無個性だって気にしないよ」
「大人になっちゃえば無個性のほうが気が楽だからな」
話が変わるが。
たとえばオレが暴力を振るったとしよう。
無論、暴行罪で捕まる。未成年だから、過度が見られれば少年院に入れられるのかな? だけど決してヴィランとしては捕まらない。
ヴィランは、免許を持たず個性を使った者の総称だ。
最初の名称は超能力犯罪者。現在でも、個性犯罪者となっている。
物を動かせたり、姿を消せたり。一見単純な犯罪も、個性が関わるだけで犯行の推移が複雑化してしまった。そのため警察は多くの冤罪や未解決事件を抱えることになる。頭を抱えたのは、各国の政治家たちだろう。多くの国で、警察に当たる組織は公務員なのだから。
犯罪率も増加し、凶悪化の一途を辿る個性黎明期とも言われる、個性を使える人間が増え始めた時代には、日本に限らず多くの国が傾きかけた。
そのため、既存の警察組織とは別に、個性の使用を許された組織が発足することになる。いや、組織というと語弊があるだろうか。
言ってしまえば運転免許証だ。個性の使用を許された者たち。個性を管理され、国の要請に応える者たち。
今でいう、ヒーローたち。
とは言ってもヒーローという呼び名は俗称だったが、ヒーローが倒すなら、と、超能力犯罪者の俗称も変更されることになる。
それがヴィランの第一歩だろう。
いまだにヴィランの正式名称は個性犯罪者である。
さて、面白い話をしよう。
オレは無個性であり、どのような罪を犯そうとも。
いっそヴィランに加担して人を殺してまわろうとも、ヴィランとして捕まることはない。
だが、なぜかヒーローには成れるのだ。
ヒーローはあくまで免許制度。高校、あるいは大学のヒーロー学科を卒業し、ヒーロー試験を受け合格できればヒーロー免許を取得することができる。
つまり、無個性でも、ヒーローになれる。
だが、まあ、成ったところでなにができるのか、という疑問は残る。
人助け? ヴィランを取り押さえる? 金目的?
いやいや普通に働いて稼いだほうが効率的だろう。活躍出来ずにヒーロー免許を腐らせるヒーローは山ほどいる。プロヒーローのビルボードとは、どれだけ稼げたランキングにも似ているのだ。
ここ数十年はずぅっとオールマイトというヒーローが一位の座を独占しているけれど。
さて、じゃあオレがこのヒーローたちより上回る部分があるのだろうか。
議論する必要が一切ない。オレはすべてが劣っている。
人柄? 頭脳? 腕力? おいおい、冗談はやめてくれよと言いたい。例えばオレが肉体的に大人だったとして、目の前にヴィランがいる。そしてオレはヒーロー免許を持っている。
なにが、できる?
とても弱い個性のヴィランが相手なら、泥仕合の末どうにかできることがあるかもしれない。だけど囲まれたら? 逃げられたら?
まあ、そういうことだ。
夢は夢。現実は現実。
日曜日の朝の戦隊物を見るかのように、オレはお正月の特番に映るヒーローたちを眺めている。
それが、現実だ。
「カルマさん、本当に願書出すの?」
「出すのっていうか、とっくに出したよ母さん」
コタツでぼーっとテレビを見ていたら、母さんが話を振ってきた。容器の中で溶けたアイスをシナモンスティックで混ぜつつ応える。
「わざわざ倍率高いところ受けなくても……。いまからでも国立は?」
「滑り止めには受けておくよ。まあたぶん普通科に決まると思うけど」
音を立ててアイスを啜ると「行儀が悪いです」と苦言を呈される。
「あ、そうだ。百お嬢さんも受験されるそうなので、挨拶だけはしておいてくださいね」
「あー……うん」
正月早々一番嫌いなやつの名前を出さないでほしい。どうせ三が日には挨拶に向かうのだ。そして彼女は確か推薦受験のはずなので、受験会場で会うことはないだろう。他校なので詳しくは知らないが、そんな話を夏前に聞いたことがある。
それにしても、挨拶だけ、ね。まあ母さんにとってはオレと彼女がクラスメイトになるなんて選択肢はないようだ。期待されても困るから、それでいいけどさ。
さて、一応説明しておくと。
オレが出した願書は「雄英高校ヒーロー科」と「雄英高校普通科」の二か所と、国立高校の一か所だ。さすがに雄英高校の普通科の学力を国立と比べるのは可哀想だが、この場合の滑り止めは国立高校のほう。学力では圧倒的な優位に立っているし、有力大学への進学率も比べ物にならないのだが、倍率がそもそも狂っている。
地元の一般的な私立高校が等倍。
オレが決めている国立高校が3.3倍。
雄英高校普通科が6.5倍。
そして、雄英高校ヒーロー科が300倍である。
いや、もう、なんというか。
さすがに笑いしか出てこない。このとりあえず受けておこうという記念受験感。どれだけみんなヒマなんだと言いたいが、母からすればオレもみんなと同じことをしているのだから笑えない。
懸念点は雄英高校普通科の倍率が高いことだが、弱個性の記念受験が多いため、これはどこのヒーロー科がある学校でも言えることなので問題はないだろう。
ヒーロー科を受けるにあたってはクラスでも笑いものにされたものだが、クラス、いや、学校の受験生のほとんどがヒーロー科希望だ。いやはや、やる気が漲っていて素晴らしいね。
逆に雄英のヒーロー科はオレを含めて五人程度。彼らも滑り止めや他校のヒーロー科を受けるつもりのようだが、オレ以外の全員が本気で挑むようだ。先生たちも一人でも行かせたいらしく、オレ以外への指導は熱血だ。噂では体育館で個性の練習まで行っているとのこと。無論犯罪だが、ほとんどの受験生が家ではやっていることだろう。さすがに自身の個性を知らずに受験する阿呆はいない。オレは気が楽でとても良い気分だ。
友人の何人かに明けましておめでとうと連絡し、アイスが滲みて柔らかくなったシナモンスティックをかじる。
さて、そろそろ寝るか。
一富士二鷹三茄子。そんな夢が見れたら幸先良いのだけれど。