雄英への移動は深夜、秘密裏に行われた。
大型装甲車に揺られ、ヒーローたちが雄英の正門前へと辿り着く。そこには数台のバスが停まっていて、人が周囲に降りているのか、懐中電灯が揺らめいていた。
「義手の練習台にしては豪華そうだな!」
「ヒーローですかね」
「知らんが、みんな動けそうやな」
ミルコたちが懐中電灯を握る人物を確認する。統一された黒い衣装は最新のステルススーツであり、いまだ市販されていない特注品である。
「おせーよ社長」
フードを目深にかぶった大柄の男が、ミニバンから真っ先に降りたフェイカーに文句をつける。
「失礼しました。さあ、始めましょう」
「おぉい、手早くやろう」
背中を向けて作業開始の指示出しした男を見ながら、ファットガムが目を細めた。なぜか見覚えがあるのだ。
ファットガムはマニュアルとも面識がなく、それでも保須で活躍したマニュアルの活躍は、過去、脳無事件の資料をHNで読んだ記憶がある。
おそらくはその手の情報で見知ったなにかだろうと考えていたが──ストレッチャーに乗せられた人物を認識し、深夜にも関わらず声を荒らげてしまう。
「治崎!? なんでおんねん!? おい策束くん!! どうなっとんのやこれは!」
いや、それだけではない。ベッドの男が治崎だと認識した瞬間、さきほどの男の正体が理解できてしまった。
「宝生結か! 社長ってどういうこっちゃジブン!」
ファットガムがフェイカーに掴みかかろうとしたが、それは太い腕に阻まれた。
「よぉデブ!! 久しぶりだな! 殴り合おう!!」
「乱波くん!?」
ファットガムの驚きの声に、ミルコの耳が集中するように乱破に向いた。
一触即発の空気ではあったが、フェイカーが口を挟む。
「乱波……。契約忘れているんですか? 止めませんよ」
「──チッ」
降参とばかりにファットガムから手を離し、両手を遊ばせながら数歩離れる。
「まずは中へ。聞かれてないとも限らない」
「詳しゅう説明してもらおうやないか」
ミルコたちが通されたのは校長室だった。そこには治崎も、乱波の姿もない。
根津から朗らかに挨拶をされたヒーローたちは、説明を引き継いだフェイカーから事情を聴くこととなる。
「──つまり、俺はイレイザーヘッドの個性のサポートだと」
「蛇腔市であなた方の調和性は立証されましたからね。主役じゃあなくて不満ですか?」
からかうように聞かれ、マニュアルは慌てて首を横に振った。
「まさか! さっき聞いたときから胃に穴が開きそうだったよ! むかしから本番には弱いんだ……」
「あはは。正確にはイレイザーヘッド及びファントムシーフの《消失》のサポートとなります。あと、あなたが失敗した場合は我々ヒーローの敗北に近い」
「あ、あはは、そうなんだ……」
視線を泳がせるマニュアルだったが、ふと蛇腔市の戦闘を思い出す。
イレイザーヘッドはあの戦いで片目と片足を失っているはずだ。《抹消》は隻眼でも発動できるのだろうか。
そう質問を続けようとしたとき、さきにファットガムが割り込んできた。
「ほな次や! 乱波くんのことも気になるがぁ……治崎をどう使うつもりや! 運ばれとったベッドはいくつや! 全員ヴィランか!?」
「……根津校長、よろしいですか?」
「一任しているよ」
ソファーに寝そべるミルコも、そちらの話題は気になったのか座り直した。
「治崎廻。死穢八斎會若頭。分解と再構築の複合個性《オーバーホール》の持ち主。ミルコの腕も、イレイザーヘッドの足も治せる個性です」
「やからって──」
「もちろん、【保険】は掛けています。一般市民の殺害もさせない保険です。ご安心を」
そこまで告げても不満が溢れ出そうになるファットガムだったが、ミルコが躍るように立ち上がり、フェイカーの真正面に駆け寄った。
義手がフェイカーの喉を掴み上げる。
壁に押し付けられたフェイカーは、咳き込みながらそれでも笑っていた。
「エンデヴァーがお前の行動には気を付けろ、だとさ」
「あなたの、腕を、治させる、予定、ですが、ぐ、首を、ひねりますか?」
「そうしてやりたくなってきたよ」
獰猛に笑うミルコだったが、それは止められてしまう。
「──僕の生徒から、手を離してくれるかい?」
フェイカーとミルコの間に入って、彼女を見上げる根津であった。
大型とは言え元がネズミであるためその身体はとても小さく、ミルコと戦闘を行えるとは思えない。
なら、見た目通りの小物だろうと無視しようとしたのだが──目が、離せない。
「離すんだ」
「あ、ああ」
気が付けば彼女は手を離していた。
咳き込むフェイカーをマニュアルが支えに行き、ミルコから距離を取る。
「まったく、轟くんとももう一度話さなければね。ミルコ、心配ありがとう。だけど僕も教師たちも、策束くんのことはまったく疑っていないのさ」
短い手足で校長席へとよじ登った根津を、ミルコはフェイカーよりも警戒していた。
ハイエンド脳無数体に囲まれても、自然体でいられる彼女を気圧させるほどの人物だとは思わなかった。
根津はフェイカーに続きを促し、彼はちらりとミルコを盗み見てから説明を再開する。
「治崎はヴィラン連合と一時的に手を組んでいましたが、裏切られ個性発動に必要な両手を失っています。いま個性を戻しても我々を裏切ってオール・フォー・ワン側に付く可能性は非常に低い」
「せやけど! ヴィランやで! 壊理ちゃんのこと忘れたわけちゃうやろ!」
「治崎壊理のことも説明しておきましょう。個性は《巻き戻し》。多少は制御できるようになりましたが、無差別に周囲の生物の時間を《巻き戻し》すると認識してください。そして、治崎は彼女を実験材料にして個性破壊弾とそのワクチンを開発しました」
「ひどい……」
シリウスが顔をしかめてフェイカーを責めるように見る。ファットガムが一方的に暴れているのかと思えた状況だが、事情を聞けばファットガムの正当性のほうが高い。
フェイカーはポケットから取り出した銃弾を、指で弾いてミルコへ送る。
彼女はそれを観察して、すぐに顔を上げた。
「……これが個性破壊弾? カラじゃねぇか」
「カラぁ?」
投げ渡された銃弾をファットガムが受け取ると、ガラスと薬莢で作られた個性破壊弾の中には、たしかになにも入っていなかった。
「これって、イレイザーヘッドの足に残ってたやつ?」
「いえ、死穢八斎會に突入したとき、一つ回収しておきました。あ、偶然ですよ」
悪戯めいた笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てるフェイカー。
ファットガムは驚いたが、それでもいまは咎めるつもりはない。
もう使用後だとすればいったい誰に──そう考えて、ファットガムは一つの可能性に辿り着いた。
「まさか策束くん……保険ってのは、治崎に──」
「ええ、個性破壊弾の中身を脳みそと心臓、その二か所に分散して取り付けてあります。それらが【離れた】場合、あるいは私の管理が及ばなくなった場合、治崎はその時点で無個性になりますね。それに、【保険】はそれだけではありませんし」
「おい校長先生。やっぱりこいつぶっ飛ばしたほうがいいんじゃねぇか?」
フェイカーの悪そうな笑顔を見て、ミルコは根津にそう質問していた。根津は身体ごと視線を逸らせた。
「脱線してるぜ、フェイカーさんよ」
「ちょ、船長! 言い方気を付けてくださいよ」
サイドキックに注意されたセルキーは、への字に結んだ口元を隠そうともせず、フェイカーへの質問を続けた。
「治崎ってヴィランが怪我を治せるっつーすごい個性なのはわかった。だがそいつの両腕をどうやって治すんだ? リカバリーガールの《治癒》じゃ腕まで生えてこないだろ。治崎壊理、その子の個性を使わせるのか?」
続いてファットガムがいきり立った。
「ありえんやろ……!! 治崎が壊理ちゃんになにしたか覚えとらんのか!!」
「いえ、ありえます」
「なんやと!?」
「というか──……どうやら終わったようですね。では根津校長、よろしくお願いいたします」
校長室から出てったフェイカー。引き留めようとしたファットガムではあったが、真剣な眼差しのセルキーが牽制していた。
「なんで止めんねんセルキー! 壊理ちゃんがどないなつらい思いしてきたかも知らんと!」
「知らねぇさ。俺はなぁんも知らねぇよ。ミルコがエンデヴァーになにを言われたのか知らねぇ。壊理って子どものことも知らねぇ。……だけど、この混乱した日本で、最初に立ち上がったのはフェイカーだ。生意気にもオールマイトの前に立って、演説かましやがった」
震える自分の拳に向け、さらに言い募る。
「その漢が必要だと言うなら! 俺は従う! アイツの覚悟に俺も殉じる!……つっても、ホントはあんな子どもに決断させるなんてツレェこと、させたくねぇけどよ」
乾いた笑いでお茶を濁すセルキー。
その隣ではシリウスがフェイカーの出て行った扉を目で追っていた。自身の所属する『沖マリナー』という規模ではなく、この狂った日本をあんな子どもに背負わせているなど、思ってもいなかったから。
フェイカーが指定したのは、一般授業で使う体育館だった。
アパートメントを作れる雄英には必要ないが、体育館の広さを有効活用するために簡易避難所としてカーテンが張られていたために、その場所を選んだ。
本来ならだれもいない体育館に、男の泣く声が響き渡っている。
「当てが外れたか」
乾いた声で体育館の中心へと歩いて行く。
部屋の中心にはイレイザーヘッドとルミリオン、そして、二人に守られるように壊理がいた。彼女は、泣き声が聞こえるほうから視線を逸らし、怯えるように身体を丸めている。
「策束」
フェイカーに気づいたイレイザーヘッドが、苛立った視線を向けた。それはルミリオンも同じことで、フェイカーを睨みつけている。
フェイカーは謝罪するために頭を下げ、《巻き戻し》を受けたイレイザーヘッドを見て、安堵するように微笑んだ。
「壊理ちゃんを守っていてください」
壊理に対して挨拶するでもなく、フェイカーはカーテンの向こう側の光景を見て、大きなため息を吐いた。
ベッドに寝ている老人に、頭を撫でられている治崎の姿。治崎の【両手】は老人を抱きしめるように回されていた。
「玄野、あれだけ見張っとけって言ったでしょう」
「悪かった。あの、子どもは?」
「怯えています。まあ、このまま帰すわけにはいかなくなりましたね……ハア」
フェイカーは治崎に近づくと、先に気づいた老人が治崎の肩を叩く。泣き声がすすり泣き程度になったことを見計らって、フェイカーは治崎に声を掛けた。
「感動の再会おめでとうございます、と言いたいところですが、ここに壊理ちゃんがいることはお伝えしていましたよね、治崎」
「壊理は、壊理の個性で、巻き戻しが足りなくて、俺の個性じゃないと、だから、だから」
フェイカーは治崎の胸倉を掴み、老人から引きはがす。咄嗟に治崎の左手がフェイカーの頭部に触れたが、個性は発動しなかった。
「廻……」
老人のか細い声に、治崎が動きを止めたからだ。
近くにいたフェイカーですら聞こえないほど小さな声に、治崎はフェイカーに引き寄せられたまま老人へ身体を向ける。
「オヤジ!」
数秒、二人は視線を合わせていた。そのなかにどのような通じ合いがあったのかなど、フェイカーには理解できない。
だが、治崎は両手から力を抜き、目を瞑る。閉じたまぶたからも、涙は溢れて止まることはなかった。
「──謝りたい……」
「賭けになりましたが、まあいいでしょう。許可します」
治崎の胸倉から手を離すことなく、フェイカーは体育館の中心へと歩き出す。
彼らの背中に、老人は声を掛けた。
「すまなかった」
その謝罪にどのような想いがこもっているのか。
「俺も、ごめんな、親父……」
その声はあまりにも小さく、きっとフェイカーにしか聞こえていない。だが、きっと届いているだろうと思った。
フェイカーはカーテンを押し退け、警戒するイレイザーヘッドとルミリオン、そしてその間で背中を向けて丸まっている壊理の姿を見る。
ヒーローの二人は、主従関係のように治崎を連れ添うフェイカーの姿を見て怪訝そうな表情だ。
フェイカーは大きく腕を引き、治崎を床に落とす。
四つん這いになった治崎の頭をさらに下げさせて、壊理へ声をかけた。
「こっちを、向けるかい?」
震えていた少女が、今度は石のように固まってしまう。
これは荒療治であり、彼女のトラウマを大きく刺激するものだ。
【あのとき】のマントを背負う彼女の勇敢さに、泥を投げかけるほど無責任な行為だ。そう思っていても、フェイカーは止まらなかった。
「キミはいまから治崎に、オーバーホールに謝罪を受ける。だけど、許さなくていい。死ぬまでこいつを恨むと良い。こっちを見なくてもいい。こいつには残りの一生、キミを苦しめた罪を背負ってもらう。どんなことをするのか知らなくていい。キミの人生から切り離して良い。ただただ、ああ、今日も治崎は泥水を啜って生きているんだなと思い込んで良い。安心してくれ、オレが絶対、そうさせる」
壊理はルミリオンのマントを掴みながら、勇気を出して振り向いた。
治崎は、いつの間にか手のひらを着いて土下座していた。
その姿を見て、壊理は大きく息を呑む。
「すまなかった……。本当に……すまなかった……」
果たして治崎の謝罪は──受け入れられることはなかった。
壊理が治崎の言葉を聞いて、質問をしたからだ。
「もう、だれも、傷つけませんか……?」
「……ああ」
「もうだれにも、痛いことしませんか?」
「ああ」
「もう悪いこと、しませんか?」
「ああ」
「もう──もう──」
治崎を見下ろす壊理の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
呼吸が荒れて、感情が爆発した。
しゃっくりを上げるように震える声で、それでも力を振り絞って、最後の質問をぶつける。
「もう、ひどい、こと、しません、かっ!」
「──しない。約束する」
治崎の言葉を聞いて、そこから彼女は泣き声を上げるばかりになった。
ルミリオンのマントに包まれ、その上から抱きしめられて、喉が裂けるほどの大きな泣き声で。
五分としない間に、壊理の泣き声は小さくなっていき、最後には小さな寝息となった。
壊理の頬についた涙の痕を拭い、イレイザーヘッドがフェイカーへと向き直る。
「久しぶりだな」
「お見舞いに来てほしかったんですか?」
くつくつと笑うフェイカーに対し、彼は、どこか寂しそうに告げた。
「お前は──除籍だ」
「冗談じゃあ、なさそうですね。でも、まあ、ははは、良いですよ」
治崎と玄野を連れ添って去ろうとしたフェイカーへ、さらに言葉をかける。
「戦いが終わったら、一からヒーローのなんたるかを教え込んでやる」
「──それは、夢のようですね」
その指示に応えることなく、フェイカーは元ヴィランたちを連れ添って体育館からイレイザーたちを追いだした。
「さ、忙しくなりますよ。オーバーホール」
「その名で呼ぶな」
搬入されるストレッチャーと車いすは、朝まで途絶えることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、雄英高校に留まったフェイカーは、部下を連れ添って、ナイトアイから指示された名簿を、眠い目を擦りながら睨みつけていた。
その名簿の人員を『ウソの災害と事故ルーム』、通称USJへと集めたのだが、本当に決戦に必要な人員なのかと、なんども首を傾げている。
「いい加減説明してもらおうじゃねーか策束よぉー」
コスチューム姿の切島が、警戒するようにフェイカーを見ている。
それもそのはず、彼の後ろにいる大男がさきほどから切島に対して熱烈なコールを行っているからだ。
「なあクミチョー! もう良いだろう! 全員揃っただろう! なぁ! なあ! 早く殺し合おうぜレッドなんとか!」
「レッドライオットだ!!」
自身のヒーローネームを叫んでから、周囲の【黒服たち】を隙なく窺う。
緑谷や爆豪にとっては見覚えのあるステルスコスチューム。それはヒューマライズ本部の強襲作戦にも用いられた最新技術を存分に織り込んだ高級品である。
それが【八人】──。顔が確認できないためその多くは不明だが、一人は元ヤクザの用心棒であることは確定している。おそらくはそれに準ずるなにかであることは予想がついていた。
なお、ヒーロー科と対面するのは黒服たちだけではなく、教師陣や、ミルコやセルキーなどのヒーローもいる。
まさにプルスケイオスといったメンバーが一堂に会していた。
連れてきたヴィランに動揺する一年A・B組混合のヒーロー科と、名簿とを交互に見ていたフェイカーは、名簿を折りたたみ胸ポケットにしまった。
「何名か足りませんが、説明を開始しましょうか。えーまず、二十日後、決戦が行われます。つぎに配置についてですが──」
「ちょー!! ちょー待ったー!!」
麗日が必死に大声を出して、フェイカーの言葉を遮った。
「はつか!? 二十日後って言った!? さらっと言った!?」
「ナイトアイの《予知》だよね!? オール・フォー・ワンの居場所がわかったの!?」
麗日、緑谷を筆頭に、ヒーロー科全体から悲鳴のように質問が殺到する。
遮ったのは爆豪だった。彼は地面に《爆破》を向けて破裂音とともに粉塵をまき散らす。
「続けろ、策束」
「ごほ……ええ」
顔の周りの煙を払って、フェイカーは話を続ける。
「オール・フォー・ワンの居場所はわかりませんが、ナイトアイの《予知》から導き出した情報で、戦いの時期と場所を割り出しています。最後の訓練を行うよう、という提案ですね。そのために用意したのがこの方々です。何人かは見覚えがあるでしょう。テレビにも映ったヴィランどもですから」
「俺たちまでヴィランに見られちゃうダロ!」
口元に両こぶしを当てて可愛い主張をするセルキーだが、それを見ていたシリウスは頭を抱えていた。
「ごめんねフロッピー。久しぶりなのに」
「いいのよシリウスさん。それより──カルマちゃん」
蛙吹に呼ばれたフェイカーが視線を向け、彼女の言葉を待っていた。
彼女は一度目を瞑り、自身を落ち着かせるようにフェイカーへ語りかける。
「お話が、あるの」
「なんでしょうか?」
「カルマちゃんがしていること、教えて欲しいの」
「ああ、ははは、なるほど、お断りします」
優し気な笑みを浮かべ、フェイカーは蛙吹の意見を切り捨てた。
「理由、いります?」
「当たり前だろっ」
怒鳴り声を上げたのは轟だった。
「親父もお前も全部自分で抱え込みやがって! 頼りねぇのは知ってるよ! だからって、なにもできないわけじゃねぇだろ!」
「ええ、もちろん。だから残りの二十日間はあなた方の強化に当てます。ほら、適材適所というやつですよ。私もエンデヴァーも、役割をこなしているにすぎません」
加えて、内通者の存在もある。
フェイカーはその言葉を飲み込んで、当たり障りのない話題で流すことにした。
「オール・フォー・ワンは人の心を読む個性をもっています。前線に立つあなた方には説明できないことが多くある。申し訳ございませんが、こちらの手の内を晒すことは私が許さない。それは私の部下も同じです。だれかが捕まったところで、これ以上日本を脅かすような情報はだれからも盗めない」
唯一フェイカーよりも深い知識を得ている人物は一人いて、それがラブラバだ。
そのため、彼女の居場所はフェイカーすら把握していない。元ヴィランとして逮捕された人物で、管理できなくなるリスクはあったが、それは許容することになった。
どのみちジェントルが手元にいれば、彼女の弱みを握ることにもつながると確信している。
「そうなの……。じゃあ、独りになりたいわけではないのよね」
「は?」
蛙吹の言葉に、フェイカーが素っ頓狂な声を上げた。
「私たちのことが、嫌いになったのかと思ったの」
「──あ、ああ、いえ、そんな意図はありません」
途端、フェイカーの顔が【にやけた】。それはまるで、叱られたときに笑って誤魔化す子どものような表情だった。
あまりの違和感にA組がざわつき、言葉を重ねようとしたが──切島が吹き飛ばされて空を飛んだ。
麗日が切島を空中で掴み落下を防ぎ、緑谷、爆豪、轟は切島の心配をすることなく臨戦態勢に移っている。
その好戦的な学生たちを見ながら、乱波は高らかに笑った。
「やるなレッド! 一瞬で《硬化》しやがった!」
「なにしとんねん乱波くん!」
ファットガムが遅れながら生徒を庇うために乱波と向き合う。
「良いよな! もう良いよな! クミチョー! もう──!!」
堪えきれぬとばかりに、乱波はファットガムに向け駆け出した。乱波一人に対してどう対処するべきか迷う学友たちを見て、フェイカーは拡声器を手に持った。
「えー、今回みなさんに行っていただく訓練は──混戦です。では、初めてください。連携して黒服及びヒーローたちを倒して、捕縛して、動けなくするように。手加減するな。彼らにも手加減しないように指示を出しています」
フェイカーの言葉が終わる前に、ステルスコスチュームを着込んだ《カルマ組》が走り出していた。
最速は多部。
「──え?」
フェイカーの言葉を最後までのんびり聞いていた峰田の頭にかじりつこうと大口を開けていた。
尾白が多部の頭を《尻尾》で叩くも、痛みに悲鳴を上げる。彼の《尻尾》の一部が欠け、血が勢い良く周囲に飛び散る。
「尾白くん!」
葉隠が駆け寄ったが、尾白は自分の傷より峰田とともに距離を置くことを専念した。
多部の背後から、拳に《結晶》を纏わせた宝生が走り出していたからだ。
「ヒーローもヴィランとして、手加減などなさいませんよう、お願いいたします」
「趣味じゃねーが! やってやろうかぁ!!」
ミルコはヒーローのなかでも順応が早く、笑いながら走り出した。
彼女が狙うは、緑谷。
オールマイトの後継者。実力を見るには絶好の機会だった。
「しまっ──」
狭い体育館だ。彼女の初速に反応しきれず、緑谷は《ワン・フォー・オール》を発動せぬまま攻撃を受けそうになった。
「……硬ぇな」
「いっ──てぇ! なぁ!!」
切島がミルコの蹴りを受けていた。その彼の右腕は【崩れて】白い骨が見えている。そしてその白い骨すら、《硬化》していた。
「切島くん無茶や!」
「無茶でもなんでも! やってやるぜ!」
痛みで意識が飛びそうになる状況ですら、切島はその一歩を踏み込んだ。
「策束!! 俺の分の義手も頼むぜ!!」
右腕を振るうも、それは跳躍したミルコに避けられてしまう。だが、彼女は空中で《爆破》の直撃を受けた。
煙を纏いながら吹き飛ばされたミルコは、建物の壁を足場に、自身を吹き飛ばした爆豪を楽しそうに睨みつける。
爆豪を目標にしたのは彼女だけではなく、乱波も周囲の生徒たちを吹き飛ばしながら爆豪へと突進していく。
──突如始まった地獄絵図に、多くのヒーロー科生徒は動揺し動けなくなっている。
そのため、USJから出て行こうとするフェイカーに声を掛けられたのは、教師であるミッドナイトだけだった。
「もう出て行くの?」
「ええ。戦争の勝ち方も、勝ったあとのことも、まだ詰めなきゃならないことは多いですからね。それに──」
怒号聞こえる乱闘騒ぎを振り返り、フェイカーは鼻で笑った。
「無個性がこれに混じってなにができます?」
「あら、マキア足止めの実績を忘れているのかしら」
彼は肩をしゃくって話を逸らした。代わりに、USJの外にたむろする黒服たちに声をかける。
「では【オーバーホール】。負傷者の対処お願いします。【ステイン】も、気が向いたら中に入ってくださいね」
「ハア……」
見る人が見ればおぞ気のするような組み合わせの二人が、地べたに座り込んで将棋の駒を弄っていた。
そして、もう一人。
壁に寄りかかっていた一人の女性が、治崎の頭を撫でながらフェイカーへと歩み寄る。
「壊理ちゃんって子の約束、ちゃんと守るんだよ」
「触るな」
「あはは」
壊理の《巻き戻し》に加え、治崎によって再構成されたレディ・ナガンだ。
おそらくは《ライフル》と《エアウォーク》の個性のみが残っている、という治崎の見立てであるため、ここに残して訓練に付き合ってほしいとフェイカーは彼女に告げたのだが、それはナガンが断った。
竹下の隣に座り、後部座席へ乗り込んだフェイカーに意識を向ける。
「じゃあ、私との約束も守ってくれないかい?」
「約束? 俺が聞いても良いの?」
「構いませんよ」
竹下が聞いたのは、戦後の日本の復興計画。
その、あまりにも【おぞましい計画】に粟立つ肌を擦りながら、次から運転は玄野に任せようと心に決めた。
一方のナガンは、そのいくらか澄んだ計画を聞いて、手を叩いて喜んだ。もし隣に座っていればフェイカーを力一杯抱きしめていただろう。
「そいつは──ずいぶんと、夢がある計画だね」
「上手くいくかどうか……。金は湯水のように【使えるようになる】んですけどね」
「もうやめてくださいよ!! 俺はなにも聞かなかった! 巻き込まないで!」
竹下の拒絶反応が一般的なのだなと、フェイカーは笑った。
「ああ、楽しくなってきた」
「私が現役ならぶち殺してやったのに。ははは、残念だ」
「あはは、それは残念ですね」
仲良く笑う二人にドン引きしながら、一刻も早く目的地に着きたいと、竹下は思い切りアクセルを踏み込んだ。