【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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38日・訓練

 

13号考案のUSJは、水難事故、土砂災害、火事などの救助活動訓練を目的とした施設であったが、去年、一年A組がヴィランに襲われた事件があり立ち入りが制限されていた。

 

だが、雄英グラウンドの多くはいま仮設アパートメントが作られていることと、施設の切り替えがほかのグラウンドに比べると安易に行えることでUSJに白羽の矢が立つことになった。

 

訓練開始から三日──現在はシルキーが指示を出して水辺での混戦が行われていた。

 

「フロッピー! お前がサポートに回ってどうするんだ! 海ではお前が主力だろ! デクに全部任せるつもりか! こき使うために連れ戻したのか!」

「ごめんなさい!」

「デクも一人でオール・フォー・ワンに勝てるのか!? チームなら連携を意識しろ! ヴィランが嫌がることをしろ!」

「はい!」

「テンタコル! 怪我を恐れないのは良い! だが怪我を負えばその場での回復はできないぞ! 戦闘継続! 戦線維持を意識しろ!」

「了解!」

「ファットガム! 浮き輪になるだけなら出て行け!」

「かわええやろ!」

「俺のほうが可愛いモン!」

 

当初は動けなかったヒーロー科だが、混戦でも乱波クラスのヴィランを確保するほど連携をとれるようになってきていた。

 

連日、早朝から深夜まで、大怪我を伴う訓練。

この場にいる学生全員がなにかしらの大怪我を負い、《治癒》あるいは《オーバーホール》を体験済である。

ヴィランたちの中でも乱波は凶悪なヴィランそのものであり、忖度の類が一切欠如している。大柄であり、攻撃方法も殴ることのみ。多くの生徒が乱波の姿にトラウマを植え付けられたことだろう。

 

次いで多部空満。

一年A組に限らず、雄英高校ヒーロー科の訓練は過激になる傾向があり、卒業までに骨折もせず裂傷も負わず、という生徒は極僅かであるが、果たしてその卒業していった生徒たちの中で、何人が『指を齧り取られる』経験をしたのか。

 

おまけに、取り返しのつかない重傷であるはずの学生たちを、プロヒーローも教師たちもサポートをする素振りはなかった。

ゆえに、生徒たちは常に周囲の負傷者の数を気にしながら立ち回らねばならず、結果、自身の得意を押し付けられずに守りに徹することが多くなっていく。

 

教師の多くはヒーロー側として参加しているため、生徒の撤退を手助けすることはすくなくない。

だが、それを許さないのはラビットヒーロー、ミルコだった。

 

「おいおい! なんだよ! こんな授業で良いなら私も教師になってやるぜ!!」

 

彼女の主軸となる攻撃は《兎》個性の特徴でもある脚力だが、いまはそれに加え、義手が用意されている。一日毎に付け替えるその義手には法則性がなく、今日は、刃渡り三十センチありそうな五本の爪が付けられて大量の出血を促していた。

 

おかげで水辺の訓練では水色であるはずの池が、どこか赤く染まっていた。

 

「死なないってのもいいな!! ほら! 早く運んでやれ! 死ぬぞ!!」

 

ヒーローの腹に大穴を開け、吐血し動けなくなった生徒を強く放り投げる。

八百万を受け止めた飯田は、《エンジン》で治崎の元へ駆け出した。

 

「またか……。おいメガネ、あのミルコってやつにいい加減にしろと伝えろ。そもそもヒーローが付ける武器じゃないだろ。どっちがヴィランかわかんねーな」

 

治崎の指先が八百万に触れた瞬間、裂けた皮膚とコスチューム共々、訓練開始同等にまで再構築された。

 

「あと、二週間……お願いしますね……治崎さん」

「──ハァ」

 

八百万は消えたはずの痛みに怯えながらも戦線へと戻っていく。飯田は、視線を治崎の背後にいる赤黒へと向けていた。

 

「お前は参加しないのか」

「……俺は闇雲に力を振りかざす輩とは違う。この力は、世を正すために使う」

「相変わらず話が通じないな……。だが、お前は一対多を得意としているだろう。いま俺たちが行っている訓練は、世を正すための訓練だ。それとも、決戦が終わったら俺たちヒーローが人々を苦しめるように見えるのか」

 

治崎が小さく「ミルコは味占めてるだろ」と呟いたが、それは赤黒と飯田に無視された。代わりに一人ヒーローが駆け寄ってくる。

 

「ちょーっとちょっと──天哉、訓練中だ。まずは戻れ」

「【兄さん】! だけど!」

「天哉。怪我人を放置か?」

「……──行きます」

 

韋駄天ヒーローインゲニウム──飯田天晴は、弟の背中に笑みを向けた。連れてきた生徒を治崎に手渡しつつ、赤黒へと視線を向けた。

 

「【あの時】、お前に殺されたやつさ……。性格には難ありだったけど、良いヤツだったぜ。お前さ、あいつの夢も知らねぇだろ。やりたいことも知らないだろ。なにも知らないのに殺して、闇雲に? 笑わせんじゃねぇ」

 

天晴は赤黒の胸倉を掴み、歯を食いしばりながらヒーロー殺しを睨みつける。

 

「決着つけるぜ、ステイン」

「──ハア……。【ノッてやる】」

 

ステインは水辺へと歩き出し、その背後を続く天晴は治崎と上鳴に向けてウインクしながら笑った。

 

「やるなぁ飯田の兄ちゃん」

「怪我人が増えるじゃねぇか……クソが」

 

ヒーローインゲニウムは昨年六月にステインに襲われ、脊髄を損傷する怪我を負いリハビリ中であった。一年近いリハビリを行って回復の兆候は見られていたが、それでもヒーローとしての活動ができるかは、医者からすれば奇跡のような確率だろうと認識されていた。

 

その奇跡を、治崎は片手間に創り出せる。

そして彼が起こした奇跡は、一つではなかった。

 

「ほらどうした坊主! 個性の切り替えが甘―んだよ!」

「ぐっ!──はい!」

 

空中から水面へと叩き落された緑谷は、頭上から叱咤してくるしゃがれ声に、一切の笑みを返さず《浮遊》して立ち位置へと戻る。

《浮遊》する緑谷を殴れる人物はすくない。彼は《黒鞭》も相まって、爆豪並みの空中移動を実現させているし、その二つの個性を使いこなし、レディ・ナガンを捕縛するに至っている。

だが、空中は緑谷の独擅場ではないのだ。

 

「《発勁》!!」

「見え見えだっつーの!」

 

頭上からからかうような笑い声が聞こえてきたと思ったときには、緑谷は水の中で呼吸もできずもがいていた。

すぐに《ジェット》で水中から空へと浮上させられた。

 

「げほっ! ありがとう、ございます! グラントリノ!」

「動きがなってねぇな小僧! 《危機感知》に頼りすぎだ。それで死柄木を救いたいって? 甘いんじゃねーか?」

 

だが、緑谷はすでにただ教えを鵜呑みにする段階にはいない。

グラントリノは《ジェット》で壁から壁へと移動することもできるし、緑谷の最速にも対応できる。その威力は、加減していても地面を抉れるほどに高い。

だがそれは逆に、壁を使わなければ変則的な軌道は難しいということだ。

直線的な動きを捨て、円を描くように動き始めた。

 

経験が薄いためにグラントリノのように視線や足運び、重心移動ですら爆豪に劣る。だが、この一年緑谷は常に意識してきたのは、《ワン・フォー・オール》の制御方法だ。

水面を蹴って跳躍できるほどの高威力もあれば、常人と大差ない速さも実現できる。

 

「やるじゃねぇか!」

 

その速度の差は緑谷ですら予期せぬほどであり、そのデタラメな動きに《ジェット》では対応しきれないと悟ったグラントリノは、空中へと避難してしまった。

 

「死ねぇぇぇええええ!!」

 

その、さらに上。

地上に向けられた爆豪の攻撃は、水面すら焼くほどの高熱で放たれた。

直撃してしまったグラントリノは、自身の失策と燃えるコスチュームに舌打ちしながら、煙とともに逃げようとする。

 

「ナイス爆豪! ハートビート! ウォール!」

「ぐぬっ!?」

 

耳郎の心音がグラントリノを捉え、動きを止めた。

その隙を見逃さずに瀬呂が《テープ》を巻きつけて、グラントリノを地面へと叩き落した。

 

「腰がぁあああ!!」

 

隠れていた葉隠が、悲鳴を上げるグラントリノに素早く拘束具を巻きつけ引き摺っていく。

 

A組には緑谷以外、《ジェット》の最速に追い縋ることができる個性主はいない。だが、相手が早いだけなら罠にかければ良いだけだ。

 

「大丈夫ですかおじいちゃん」

「おお痛てぇ……お嬢ちゃん……頼むから紐の位置を変えてくれ。腰が痛すぎてよ……」

「ダメでーす!」

 

さきほどまでの溌剌さは消え失せ、悄気る年老いた老人がそこにいた。

 

「策束くーん! ヴィランもう一人確保ー!」

「お疲れさまでした。おやグラントリノ、笑っていますが、腰は?」

「ええ? いやぁ、雄英ってのは良い教育してやがんなぁ。根津の野郎とは良い酒が呑めそうだ」

「勝利の美酒であればお付き合いしたいところですよ」

「策束くんは未成年でしょ! それじゃ私行くからねー」

「はい、お願いします」

 

フェイカーはグラントリノの拘束具を外し、『激かわ据え置きプリズン』へと誘導するその中にはすでにもう一人のヴィランの姿があった。乱波である。

その姿を見つけたグラントリノは、腰の痛みはどこへやら、矍鑠な歩みで近づいていく。

 

「おめぇさんはだれにやられたんだ?」

「ブドウと、影の鳥のやつと、ジェットのやつだな。足の」

「わしも足のジェットだ」

「緑谷と爆豪は覚えた。あいつらは良い」

 

笑う戦闘狂に、グラントリノがフェイカーへと視線を向ける。本当に外に出して良いヴィランなのかと問うているが、フェイカーはそれを無視して手元の資料にチェックを入れていた。

 

「緑谷、爆豪、轟、飯田、常闇。そして峰田と耳郎ですか……。乱戦は耳郎の苦手分野かと思いましたが、意外ですね」

「名前なんてどうでもいいが、そいつらは良く動けてる。もう三馬鹿じゃ相手にならねぇな」

 

寝転んだ乱波が、狭い檻の中で拳を振るって喜ぶ。

 

「おい狭ぇんだから暴れんなよ」

「レッドライオットとファットガムの二人と戦えりゃあ満足かと思ったが、ご馳走が並んでやがる。こんなことならさっさと雄英殴り込んどけば良かったぜ」

「いますぐ刑務所に戻りましょうか」

 

乱波と距離を取るグラントリノの代わりに、フェイカーが疲れたように話しかけたが、すぐさま乱波は否定した。

 

「いや、いますぐオバホも呼ぼうぜ。オールマイトとも戦いてぇな。エンデヴァーはどこだ?」

「てめ反省しろ」

 

舌打ちするようにフェイカーが呟き、その話を盗み聞きしていた葉隠がびくりと肩を震わせる。

何事もなかったかのように雑談を続ける三人を尻目に、彼女はおたおたと走り出していた。

 

 

夜、深刻な声でクラスメイトを呼び出した葉隠が、昼間のフェイカーの様子を伝える。

 

「じゃあ……ヴィランにはいつも通りだったの?」

「うん、敬語も使ってなくて。あ、使ってたけど、でも、いつもの策束くんだった」

「俺たちじゃなに話しても敬語なのにさー。ヒーロー嫌いになっちまったかな?」

「いや、いまさらそんなレベルの話はしないでしょ。乱波さんと特別仲良いとか」

「仲の良さで敬語使うの? オールマイトの話だと緑谷のこと守ってたの策束じゃん……」

 

ソファーの上で胡坐を掻く芦戸は、手枕に頬を乗せ、力なく空気を鼻から抜いた。

結論が出せぬ議題なだけに、クラスメイトも似たようなものだ。

 

点けっぱなしにしているテレビには、フェイカーの姿が映っていた。

ヒーローたちが捕まえたヴィランの数を報告するのはフェイカーの仕事のように扱われ、この二週間強で見慣れた日常となってしまっている。

 

一日だけ──エンデヴァーたちが休息のために、ホテルで過ごしたとニュースになったときだけ代役で公安委員会が報告する日があったが、そこではフェイカーの予想を大きく超える批判が集まっていた。

 

曰く、『金持ちだから国外に逃げた』

曰く、『無個性なんだからその程度の仕事はしろ』

曰く、『オール・フォー・ワンと繋がっている』

 

現状、フェイカーが中核から抜け出すことも、代役を立てることも不可能となっていた。

なら、彼の笑顔を否定することは良くないことだと、クラスメイトは結論付けていた。

それがフェイカーの【コスチューム】であるなら、なおのこと。

 

「たぶんだけど……俺はあの敬語が好きじゃねぇ」

 

眠そうに目を擦る轟の発言。

それに同意しようと耳郎が声を上げようとしたとき、背後から小さい悲鳴が聞こえてきた。

 

「大丈夫ヤオモモ? ごめん一人でやらせちゃって」

 

お盆に紅茶やコーヒーを載せた八百万が、バランスを崩したのか飲み物を零してしまっていた。

慌てた素振りの八百万は、お盆をテーブルに置いてタオルを《創造》し始める。

珍しいなと耳郎と葉隠も手伝いに立ち上がったが、クラスメイトは議論を続けていた。

 

「あの敬語って距離あるよなー」

「わかる! 結構話しててキツイっつーか」

「たまにコイツだれだよ! ってなんねーか?」

「ちょ! ちょっとストップ! ストップ!」

 

麗日が両手を振って議論を遮った。

A組の面々は麗日のほうへ視線を向けると、彼女の振るう手の向こう側に、真っ青な顔をした八百万の姿が見えた。

 

視線に気づいた八百万は、逃げるように立ち上がろうとテーブルに腕を乗せ──お盆に体重をかけてしまい、乗っていたコップが梃子の原理で空を舞った。

 

耳をつんざくような食器の割れる音が響き渡る。

いつにないドジっ子アピールにクラスメイトは首を傾げ、なにかを察しているらしい麗日は「ちょっと黙ってて!」と学友を嗜めてから八百万へと近づいた。

 

割った食器には目もくれず、濡れたタオルを胸に抱く八百万を立ち上がらせる。

 

「麗日?」

 

彼女は耳郎の声掛けにも答えず、八百万をソファーへと誘導した。濡れたタオルを葉隠が預かると、八百万は自身の髪の毛で顔を隠してしまう。

 

「ヤオモモ……ごめんね。ずっと、その、知らんぷりしてて……」

 

隣に座った麗日は八百万に向け、言葉を選んで謝罪した。

 

「麗日……えっと、話が見えてこないんだけど?」

 

耳郎がクラスを代表して質問を行ったが、麗日はいつになく不機嫌そうな表情で床を見つめるように視線を下げた。

 

「みんな、はさ……。策束くんのこと、元に戻したいって思ってるよね。あ、えっと、ウチもそう思っとるけど。

「ウチの策束くんのイメージってさ、結構ハチャメチャで、クラスのだれよりも必死で、だれよりも頼れて、でも暴力振るったり、口悪かったり、粗暴な面もあって……。たぶん、【ウチら】はそんなにイメージ変わんないと思う。

「それがこんな事態になって、策束くんって言うよりは、フェイカーっぽいの、わかる?

「敬語やし、笑顔やし……。違和感えぐくて、見ていて、ちょっとキツい」

 

あまりの言いぐさは周囲が戸惑うほどだったが、麗日の真剣な表情を見て、そんな横やりは無粋だと知った。

 

「でもみんなはさ、覚えとらん? 策束くん──」

 

 

「ヤオモモには、ずぅっとそれやったんよ」

 

 

八百万が麗日の手をすがるように掴む。

抑えを失った髪の毛がはらはらと垂れ、八百万の泣き顔が晒されてしまった。

 

両目をぎゅぅうと閉じ、真っ赤な顔で、必死に泣き声を我慢する八百万の表情。

麗日はそのクラスメイトの姿を見ていられず、抱きしめることで彼女の顔を隠した。

 

いまから一年前、クラスメイトたちは『百お嬢さん』という特別扱いを見て喜んだ。それに慣れ、だれも気にしなくなってしまった。

それどころか麗日は、策束が八百万を好いているから、そのような態度なのではないかとすら邪推していた。

 

「ごめん、ヤオモモ。二人は幼馴染やし、その、両親の関係とかもあるって聞いてたし、そういう距離感なんやと思ってた……。でも策束くんがああなって、そうじゃないんやなって、ようやっと気づいた……。ごめん、遅くなって……」

 

小刻みに顔を振る八百万。彼女の涙で、肩口がどんどんと濡れていく。

 

「わ、わたし、みなさんが仰るよう、な、変化が、わからなくて──でも、たぶん、気づかないように、していました! 子どもの頃からお互いに敬語で、不思議に思うこともなくて、それなのに、ずっと、ずっと──」

 

八百万がそれに気づいてしまえば──策束業という人間は、八百万に対して徹底して仮面をかぶり続けていたことになる。

 

「な──なに、それ!」

 

頭に血を上らせたのは芦戸だった。自身だけなら良いが、こうしてクラスメイトを泣かせた男がいるのだ。なんとしても謝罪させなければならないと心に決めた。

 

「だけど切っ掛けがあるはずだ……。ヤオモモ、詳しく聞かせてくれ」

「メンタル鋼でできてんの!? いまはダメっしょ!」

 

轟にツッコミを入れる上鳴だったが、それを制したのは──というより答えたのは、八百万だった。

 

「むかしは、敬語ではありませんでした……」

 

ぐずぐずと鼻を鳴らす彼女は、思い出すようにゆっくりと話し始める。

 

「私のほうが先に個性が発現し、業さんは五歳になっても個性がありませんでした。それまでは、仲が良かったと、思います」

「話に聞いた緑谷くんと爆豪くんみたいだねー」

「個性での確執ってことで良いのかな? でも子どもの頃のそんな引きずる?」

「そりゃ引きずるっしょー。無個性とか、考えないようにしてたけど……。やっぱり……、その……ヒーローになるには必須じゃん? まあ策束はすごいし、俺よりもすごいヒーローだと思ってるけど、無個性全員がそうなわけじゃないだろ?」

 

瀬呂が言葉を選びながら、策束への【理解】を伸ばそうとする。

 

「俺の個性は、機動力高いし拘束向きだろ? むかしからヒーローっぽいって言われてたよ。心操なんかはさ、中学でヴィランっぽいって言われてたそうじゃん。でも無個性って、そうじゃないだろ? 基準に達してないんだよ。というか、基準に入れちゃいけないっていうか、それが──」

 

歯を食いしばり、彼は拳を思い切りテーブルへ落とした。

 

「俺、クソだわ……。それが優しさだと思ってた」

 

空を睨みつける瀬呂の目を見ることができず、何人も視線を逸らせた。

策束への同情を強めれば強めるほど、己がどれほど偏見で人を判断していたか理解ができてしまう。

そして、彼がどれほど偏見の中で生きてきたかが、理解できてしまう。

 

「だが策束くんは……僕は、彼が自身の無個性を受け入れて生きているように思えてならない。マニュアルさんとインターンに行ったとき、そのような会話をしていた記憶があるんだ……」

 

だが、そのころの飯田にはクラスメイトを想う気持ちなどなく──機会を逸してしまっていた。

 

「ウチも飯田に賛成。カルマはさ、個性がないことはコンプレックスだろうけど、でもそんなことでヤオモモを僻むようなヤツじゃない」

「耳郎さん」

 

麗日に抱きしめられる八百万を、麗日ごと抱きしめる耳郎。

それを見た葉隠、芦戸が続いて一塊になってしまう。

 

「んじゃ、個性じゃないとすれば? 言われてみれば今回の敬語事件も個性絡みじゃねーもんな」

「策束昔話とかあんまり言わねーもんな」

「というより、聞かなかった、だな……。聞き上手に甘えちゃってたな」

 

男性たちが議論を続けるも、大きな答えは出てこない。

策束はその実、自身の過去をひけらかすことはなかった。金持ちの生活に興味があった生徒も、聞けば「ふーん、そんなもんか」で済ませるような内容であるため、『仲の良いクラスメイト』に落ち着いてしまっていた。

 

「中学校のとき、じつはめちゃくちゃいじめられてたとか?」

「可能性はあるが、中学のころに歪んだんなら敬語と繋がらねぇよ」

 

クラスメイトが必死に策束の過去話を思い出そうとし、一つ、行き当たる。

 

「ヤオモモ、策束の誘拐事件っていつだ?……聞こえてる?」

 

おしくらまんじゅうのように抱き合う女性陣から、か細い声が零れてきた。

切島たちが女性陣を引きはがし、よれよれになった八百万を取り上げる。

 

「──それが、わからないんです。保須のときに誘拐があったことを初めて聞かされたくらいで……。お父さまやお母さま、業さんのご両親にもお話をお聞きしたのですが、はぐらかされてしまいして……」

「それじゃね?」

「えー! 話題にビビらずもっと聞いておけば良かったー! 気になってたのにー!」

 

芦戸が怒りながらも不満を口して──ふと、動きを止めた。

 

「ねえ……。策束って、個性を、奪われてるんだよね?」

「──あ」

 

忘れてはならないピースが、目の前に転がった。

 

「誘拐事件って……まさかオール・フォー・ワン!?」

「個性発現したから誘拐されたってこと!?」

「策束を助けたってヒーロー激強じゃん! オール・フォー・ワン撃退!?」

「マジで!? いまどこいんだろ? かっけー!」

 

盛り上がるクラスメイトを尻目に、轟は冷静に判断を下す。

 

「それなら策束は、個性奪われたってことに気づいてたんじゃねーか?」

「え? そうなるの?」

「そうだろ。個性発現前に個性奪えるならまだしも、個性使えている状態で、急に個性使えなくなるんだ。さすがに気づくだろ。どうだヤオモモ」

 

赤い目元を抑えながら、彼女は首を振った。

 

「業さんは、個性を奪われたことを認識している素振りはありませんでした。それは業さんのご両親にお聞きになっても同じことだと思います」

「個性発現のタイミングを完全に理解してたとか?」

「それか、個性発現前に奪えるかの二択だろうな」

「待て待て論点がずれてる。策束すら知らないことを探っても意味ないだろ」

 

議論を進めようとしても、策束業という人間の欠片の不足分は、あまりに多すぎた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

それからも夜な夜な策束に対しての考察が成され、A組全体に共有されることとなったのだが、大した進展もなく一週間──決戦まで、残り十日間となっている。

 

訓練の規模は広がり続け、いまや二年、三年のヒーロー科、あるいはヒーローに準ずる生徒も加わってまるで戦争のような乱戦訓練が行われ続けていた。

手加減など、ない。

ヒーロー科に入学予定だった新一年生も自分たちにできることがあるのでは──と立候補し、あまりの過激な光景に恐れをなして心が折れた者もいるという。

 

USJの床は夥しい量の血が流れ、リカバリーガールだけでは治療が追いつかぬほどに、彼らは自身たちを追い詰めていた。

 

そのなかでも、最も個性を伸ばした四人──。

爆豪勝己、轟焦凍、八百万百、上鳴電気。

 

爆豪は普段のコスチュームに加え、サポート科が爆豪のために作り上げた新装備《面制圧重装備起動 ストレイフパンツァー》。

彼の個性は、すでに『両手の平の汗腺に含まれるニトロのような物質』に留まらず、汗にニトロが含まれているような進化を見せていた。《クラスター》と名付けたその汗を吸い上げ、射出するストレイフパンツァーは、周囲に《爆破》ではなく恐怖をまき散らすヒーローとして扱われていた。

 

一方の轟は静かなもので、胸にバッテンを彷彿とさせる、青と赤の混在する炎を纏わせていた。

だれかを拒絶する半冷でも、だれかを遠ざける半燃でもない。

彼だけが許された新たな境地。

爆豪が作る爆心地ですら平然と歩くその姿は、荼毘の炎を受けることを前提として作り上げたものだった。

 

八百万百・上鳴電気に関しては毛色が違い、二人は混戦訓練にはすでに参加していない。

八百万は、これから起こる戦争のために資材を《創造》し続けており、その量、入学時の限界値と比べるとおよそ三倍。

彼女のように限界値を上げたのは、上鳴も同様だった。

 

「ヴィランのおっさんー、ちゃっちゃとやらねぇと減刑されねーぜ?」

「おのれ小僧! 我が至高の個性をこのような雑事に使わせるとは! 死ねぇ!!」

 

それは、《増電》の個性を持つ超常解放戦線の幹部の一人。群訝山荘の戦いにおいて、もっとも個性が厄介であると判断された結果、《蓄電》をもつ上鳴一人に完封されたヴィランでもある。

拘束されたそのヴィランは、いまは雄英高校の電力供給の一切を任される貴重な人材として活躍していた。

 

「この人情報吐いたとはいえ、刑期終えたらフェイカーに雇ってもらえるんでしょー……。不公平だよねー。あたしらも電気個性なのに」

「一緒にするな! 我が本気を出せば日本の電気を賄えるのだ! うおおおおお!!」

 

最大火力を放つも、それは隣にいる上鳴の《蓄電》へと飲み込まれていく。

三年の女子生徒が、電気が途切れぬようにと弱い電気をヴィランに放ち、一連の流れを繰り返していく。

入学時の上鳴であればとっくに限界を迎えていたはずだが、この一年で、この数日で彼の個性は伸び続けている。

 

「……どうした一年。疲れた?」

「あ、いや……」

 

上鳴は呆然とした様相で女子生徒を見ていたため、彼女は不審そうに問いかけたが、上鳴の返答は要領を得ない。

 

「あ! あたし、ねじれラブだから! ごめん!」

「え!? はぁ!? 違いますって! ただ──えっと……フェイカーって、俺好きじゃないんだなーって思って」

「仲悪いの?」

「そーゆーんじゃなくて……。フェイカーって、名前、好きじゃなくて」

 

視線が泳ぐ。

嫌いなのは、名前だろうか。

フェイカーは強い、あまりに強くて、きっとあのヒーローの力になれる存在などいないと思ってしまう。

上鳴にとって、ナンバーワンヒーローはオールマイトだった。彼は強かった。エンデヴァーがオールマイトを助けたなんて記事は見たことがない。

きっと、オールマイトの力になれる存在などなかった。

 

だが、策束は?

笑って、怒って、励まして、泣いて──。

一か月前まで、ただのクラスメイトの一人だった。尊敬できる人間だとは思っているが、それでも策束業という人間は、ヒーローフェイカーよりも、ずっと弱い。

 

そしてその想像は数日後、最悪の形で現実となってしまう。

 

 

──青山優雅が、内通者として拘束された。

 

 

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