◇一年A組◇出席番号一番◇青山優雅◇
オール・フォー・ワン及びヴィラン連合捜索のためにA組が割り振られた地域は、雄英から車で二時間の距離にある、県外の街だった。
この捜索は【ハリボテ】であり、本当にオール・フォー・ワンの居場所を特定できるものではない。
むしろヴィラン側がヒーロー側の足掻きを、足元を見て嘲笑うことを想定している。油断させる罠であり、決戦前にダツゴクが襲ってくればヴィランが一人減る、程度の作戦である。
イレイザーヘッドは、青山に対しそのように語った。
それはきっと、オール・フォー・ワンを裏切ることに怯える自身を安心させるための、一つの手管の意味合いがあるだろう。
それなのに──全身から冷や汗が噴き出し、手足の震えが止まることはなかった。
その程度の作戦ですらこれなのだ。
やはり自身は、もう救いようのないヴィランなのだと、我慢していた涙が溢れ出す。
「青山ー、大丈夫かよー?」
俯く視線に、ピンクの影が映り込む。
芦戸が手の平を、青山の視線に入るように振っていた。
◇一年A組◇出席番号二番◇芦戸三奈◇
降り立った街で、A組は青山を含めて四人一組でチームアップを組んでいた。
決めたのは、くじ引きだった。
こんな局面になにを──そう笑われたが、提案者である芦戸はだれよりも笑っていた。
だから、泣いているクラスメイトの顔を見て、彼女は自然に抱きしめていた。
「怖いよねー。めっちゃわかるわー!」
抱き留めたまま、青山の背中を優しく叩く。
だって、わからないから。
わからないのだ。
彼女は、青山のことも、策束のことも、無個性のことも、《ワン・フォー・オール》のことも、決戦でどうなるかなど、わからない。
わからないから──怖い。
未知は、恐怖だった。
青山を抱きしめつつ、晴天に仰いだ。
瓦礫が視界から消えて、真っ青な空だけが視界に映る。
「なんとかなるなんて言わない……。怖いよね、でもね、でもね──」
彼女は一瞬、躊躇った。【その言葉】を言えばどうなるか──芦戸は知らない。
でも、恐怖に打ち勝たねば救えぬ魂がここにある。
ならば、助けなければならない。
ヒーローならば、救わなければならない。
「大丈夫。絶対、大丈夫にしようね」
「──うん!」
青山がどれほど自身を諦めたとしても、ヒーローは諦めないのだから。
◇一年A組◇出席番号三番◇蛙吹梅雨◇
「ケロ……ありがとう羽生子ちゃん。無茶しないでね」
蛙吹は受話器の向こうから聞こえる暗い声に、すこしだけ落ち込んでいた。
諦めが伝播し、心のどこかが挫けそうになる。
青山のことで、策束のことで覚悟は決めた。
だがそれは、【勝つ覚悟】だ。倒す覚悟と言い換えても良い。
彼女の視界には、崩壊した街並みが見えていた。
地盤沈下した道路、詰まって溢れ出す汚水、倒壊したビルディング。巨大な個性が突き刺さり、何ブロックもの建物が潰れている箇所もある。
この街だけではない。日本各地で、この光景が広がっているのだ。
勝利して──そのあとは?
まだ一キロと歩いていないのに、呼吸が乱れていく。
壁に寄りかかり、空を見上げた。
万が一、負けたら──?
「蛙吹!」
彼女の視界の外で、なにかが爆発した。
咄嗟の判断でその場からすぐに離れると、状況が良く見えてきた。
「ありがとう爆豪ちゃん」
「戦場でぼさっとしてんじゃねぇ」
崩れた瓦礫を《爆破》した爆豪は、蛙吹を一瞥して歩き出す。
瓦礫はきっと直撃はしなかっただろう。それでも、落ちた衝撃で破片が飛び散れば、重傷を負った可能性もある。
「ふふふ」
「なに笑ってんだテメェ!」
「ごめんなさい。ちょっと難しく考えすぎてたの」
爆豪は半ば蛙吹を睨みつけ、鼻を鳴らして前へ進んでいく。
「生きてるやついたら音出せ!! ヴィランはさっさと襲ってこい! ぶっ殺してやる!!」
爆豪の単純な物言いに、彼女はもう一度笑っていた。
そして、一歩、また一歩と前に進んでいく。
たとえ、いまがどうしようもない状況だとしても。進むことが最善手ではなかったとしても。
前を歩く人は、象徴は、きっと必要なのだから。
◇一年A組◇出席番号四番◇飯田天哉◇
「策束くん! 前に瓦礫があるぞ! 気を付けたまえ!」
「あ……ああ……」
飯田は常に策束の前を歩き、道筋の危険を口頭で忠告していた。
あまりの気の遣われかたに辟易する策束であったが、飯田の意図が読み切れず、隣を歩く尾白と視線を合わせて首を傾げる。
「飯田……どうした?」
索敵していた常闇が挙動不審のクラスメイトに向け発言すると、飯田はすこし考え込むような様子をして、三人の視線と真正面から向き合う。
「俺は──僕は、策束くんの役に立ちたいと考えている」
自身は副委員長であり、クラスメイトを監督するべき立場であったはずだ。その監督という言葉のなかには、親身に話を聞くことも、もちろん含まれている。
だが、入学からこの一年、自分がなにかしただろうか。
離れてしまった緑谷を迎え入れ、満足していた。
青山や策束のことは、二の次、三の次になっていたと言われれば、肯定するほかない。
一緒にいた二人が悲鳴を上げ続けていたことなど、飯田は考えもしなかった。
「腹を割って話せば、僕は策束くんが無個性であることは、デメリットにしか感じていなかった。ペアになれば足手纏いで、クラス単位で考えても、穴であると思っていた」
「飯田!」
「良いよ良いよ。んで?」
「結果は、逆だった。保須でも、神野でも、那歩島でも、キミは足手纏いであるはずの僕を助けてくれた。そのうちにキミの個性の有無なんて、僕は気にしなくなっていた。策束くんがテレビに映り、キミががんばっているんだから僕も──なんて、キミを理由にすらしていた……」
それがあまりに残酷なのだと、飯田はつい最近まで気づかなかった。
もし策束がどこかで折れれば、壊れれば、それが言い訳として通ってしまう。
そして、そう考えているヒーローは、あまりに多い。
いまのヒーローの心の拠り所は、策束が占めてしまっている。
「せめて、せめてキミの歩く道だけは──そう考えている」
「いやめっちゃ物理。そういうのって概念的なものだろ?」
笑い始めた策束に返す軽口を持ち合わせておらず、飯田は補足していた。
「もちろんだ。キミの前のヴィランは僕らが必ず倒す」
「あははは! 最高だな! 女だったら惚れてたぜ!」
褒められても驕ることなく、飯田はコスチュームの懐から一枚の紙きれを取り出した。
「惚れたと言えば、僕なりにデートプランというものを考えてきた。耳郎くんの気持ちはどうしようもないが、データを集めて作り上げた、極めて一般的なものだと思っている」
「はぇ?」
「あとは策束くんと耳郎くんの好みに合わせてカスタマイズして──」
「あの……。え? なに?」
「いやだから──どうした策束くん!」
大量の汗を流し始めた策束を見ながら、尾白と常闇は笑いながら視線を合わせた。
◇一年A組◇出席番号五番◇麗日お茶子◇
普通──。
(策束くんは、普通のことを、きっと、よく考えている……。うちは……どうなんやろ……)
常識人のつもりだ。それが、良いことだと思っていた。
民主主義では、多くの意見が正義となる。
つまり、常識は正義なのだ。
正義──。
悪の定義は分かりやすい。自分以外のものに害を為す行いであり、考え方。
なら正義とは?
悪を倒す行為──そんなわけがない。
それでは、悪が有らねば正義もないことになる。
常識を外れた者をすべて悪にするのか?
道を踏み外した者を指差して、悪だと断罪する行為が正義だとでも?
『私たち、一緒だよねぇ』
トガヒミコの言葉を何度も噛みしめてしまう。
雄英からトロイアに移動して、壊れた街並みを見た。だから、緑谷へトガを切り捨てる覚悟を騙った。でも彼は死柄木を助けようとしている。
周囲の瓦礫から、悲鳴が聞こえてくるようだった。
許してはいけない。
彼女は、取り返しのつかないことに加担したヴィランだ。
一転A組は、自分たち、青山優雅は許した。いや、許したわけではない。でも、許したい気持ちが勝ってしまった。
なぜ、緑谷出久は死柄木を助けたいと思ったのか。
なぜ、自分はトガヒミコを許さないと思ったのか。
なぜ、トガヒミコを悪だと思ったのか──。
自分が正義だと、思い上がっていたのだろうか。
自分の普通が彼女と違うから、そのような思想になったのだろうか。
(普通──ああ、もっと考えないとダメだった。もっと、お話しないとダメだった……)
涙が、頬を伝って消えて行く。
◇一年A組◇出席番号七番◇尾白猿夫◇
飯田からデートプランを聞かされている策束の顔から、状況が理解できていないことが良く理解できた。
「まあ、寝ぼけてたしね」
「あのあとすぐに寝息を立てていたからな……」
障子の複製腕が甲高い声で呟き、尾白は笑いながら息を吐いた。
ゆっくりと、息を吐いた。
古武術で最も大切とされるのは、呼吸だ。合気と呼ばれる武術に至っては、他者と呼吸を合わせることを奥義と称する流派もある。
もちろん尾白はその境地には無く、それでもわかることがある。
吐いたら吐いた分だけ、勝手に空気が入ってくる。
緊張に緊張を重ね、もがくのに必死でそんなこと忘れていた。
「あははは、埃っぽい」
「……意外だな」
「え? そう? なんか耳郎さんと策束くんだったら、ありかなーって思ったけど」
「いや、そうじゃない。尾白がそうやって笑うのが、な」
「え、そうかな? うーん……そうなのかもね」
尾白は首を傾げた。A組のなかで言えば、目立つほうではないものの、かといって轟ほど寡黙ではないつもりだ。自分で言いたくはないが、中間。普通だ。
普通──普通か……。
「なんか、難しく考えすぎてたかなって……。僕さ、普通ってコンプレックスでさ」
コンプレックスになったのは、きっと雄英に入ったからだ。
尾白も、同じく中間位置にいる瀬呂も、中学時では学年一位が当たり前だった。学力も、体育も。委員長どころか生徒会に所属して、学生の運営に携わっていた。
だが、中学から一歩踏み出せば、自身は井の中の蛙だったのだ。
だから普通が嫌になっていた。もっと高みを目指せるはずだと思っていた。
「だけど、策束の話聞いて思い直したよ。普通の、なにが悪いって思ってさ」
普通とは、平均ではない。
その人の『当たり前』であり、その人の“個性”なのだ。
「ほら、僕らもからかいに行こう」
「不謹慎だ」
「普通だよ、普通!」
悪趣味な笑みを浮かべた尾白は、消沈する策束へと近寄って行った。
◇一年A組◇出席番号八番◇上鳴電気◇
いつもなら元気溌剌な彼なのだが、今日に限ってはだれよりも静かに活動していた。
壊れた街並みを見て、心が痛いということもあるが、それ以上に一睡もできていないというのが大きい。
「大丈夫かよ上鳴。今日の会見オイラが出んぞー」
周囲の警戒に当たっていた峰田が、小休憩していた上鳴の様子を見て顔を引き攣らせた。とてもヒーローが見せていい表情ではなかった。
「なんというかさぁー……応援したほうが良いんだけどさぁー……」
「え、もしかして上鳴も、耳郎のこと好きなの?」
「違──く、ないかも……」
座り込んだ上鳴は、無理矢理自身の頭を抱える。
知らなかった。自分の気持ちなど。
知りたくなかった。策束の気持ちなど。
「わかんねぇよ……。考えたこと、なかったもん……」
「……オイラ気づいちまったんだけどさ」
上鳴の隣に峰田が座った。視線を峰田へ送ると、彼は晴天を見上げていた。
「いま策束と耳郎が付き合えば、ヤオモモがフリーだよな」
「……お前、お前あれだね。本当、言葉に出来ねぇわ」
「私がどうかいたしましたか?」
大慌てで八百万をフォローしようとする峰田を見ながら、上鳴はそこまで前向きな考え方ができないことにすくなからず傷ついている心を実感する。
策束が耳郎を好いていることは、緑谷と策束の密談を盗み聞きしたときに、実は知っていた。
考えないようにしていた。
ヒューマライズのテロ騒動もさることながら、群訝山荘でもひどい被害を見ることになった。
恋愛なんて後回しだ。
自分のことなんて後回しだ。
それが、こんな瓦礫の街のど真ん中で、足を竦ませるほどに心を傷つけるとは思いもしていなかった。
「代わるか、会見」
轟も戻って来たらしく、普段は干渉してこない彼に心配されてしまっている。
いや、それとも、やはりヒーローとしての活動を求めているのだろうか。父親がエンデヴァーであるぶん、置いて行かれたという気分は、きっとほかのA組メンバーと比べてより深く感じるところなのかもしれない。
「手の平に『人』って漢字を書いて飲み込むと良いぞ」
「は?」
「緊張してんだろ? わかる、俺もそうだった……。親父や燈矢兄のこと聞かれて、やっと冷静になれたくらいで」
「え? 轟って──【そう】なの?」
あまりに抽象的な言葉の方向性に轟は端正な表情を歪めた。それを見て上鳴は言い直そうとする。
(だって、エンデヴァーや荼毘のことを答えるほうが緊張するだろ? カメラ向けられて緊張? 轟が?)
失礼な話で、上鳴はもっと轟を高尚な人間だと思っていた。尾白などとは良く話していたことだ。冷静な性格、強力な個性、優秀な血筋を持つ轟は、彼らにとって理想のヒーローに近い。
昨日の会見も、質問された受け答えもそつなくこなしていた。それは、【轟だから】できることだと思っていた。
『努力してるんだよ、これでも』
そう笑った策束の顔を思い出す。
上鳴は、笑って言葉を改めた。
「轟は、めっちゃくちゃ成長してるってことだってことだな!」
「ああ、一年で身長伸びたぜ」
「あは──あはははは! そーそー! そういうことだな!」
「策束ほどじゃねーけど」
「一回小さくなっちゃってんじゃんアイツ」
轟は鼻で笑っていた。馬鹿にしているわけではないだろうが、それだって、一年前の轟からは想像もつかない表情だ。
上鳴も笑って立ち上がり、息を強く吸い込む。
「さあ! つぎのところ調べ行こうぜ!」
八百万の太ももに張り付く峰田を引きはがし、上鳴はつぎの場所へと進むことを選択した。
◇一年A組◇出席番号八番◇切島鋭児郎◇
「切島くん! 進みすぎだよ! 三奈ちゃんたち置いてきちゃったよ」
後ろを歩く葉隠に咎められても、切島は暗い表情で進んでしまっている。
「もー! どうしちゃったの切島くん! 怒ってるの?」
「……怒ってる……は、そうなんだけど」
ようやく足を止めたことで、葉隠は安堵の息を吐いた。
「あのね切島くん、あんまり青山くんと距離を空けちゃうと、その、えっと」
「青山が裏切るって言うのか」
「違う! 違うよ! えっと、耳貸してね」
切島が腰を折ると、彼女が切島の耳元で囁いた。
「裏切ったのバレてたら、命狙われちゃうかもしれないんだから」
「あ、ああ……そうか。ごめん……」
ヴィラン側がどのような個性を持っているか不明であるため、本来はこの会話すら怪しいものだ。
それを誘発してしまった自分の行動に自戒し、二人は来た道を戻ろうと振り返る。
「あ」
すぐそこに、青山と芦戸が手を繋いで立っていた。
「も、もー! あんまり離れないでよ切島ったらー!」
「ワリィ……」
距離を取ったまま、切島は周囲の警戒をしつつ歩き出す。
それはまるですこし前の轟で、心まで《硬化》してしまったように映った。
「どうしたの切島」
芦戸は青山を葉隠に任せ、つぎは切島へと心を傾けた。
「俺のことなんていーから……。大したことないし」
「我慢しないほうが良いよ。たぶん、策束もそうだったんだよ」
「え?」
芦戸の言葉を聞いて、青山も彼女の横顔を見ている。
二車線の道路の真ん中で、芦戸の声が響いていく。
「きっとだれもさ、策束がダメだーなんて言わなかったと思うよ。障子みたいに、ひどいことされたかもしれないけど、たぶん、策束は違う。ちょっとずつ、削られちゃったんじゃないかな……。だって、策束って耳郎のこと好きなんだよ? 中学のときはほかの子好きだったって……。なんていうかさ、偏見だけどさ、好きって、綺麗じゃない?」
それは、凹んだ心にストンと落ちるものがあった。
ちょっとずつ、削られていった。
平凡で、地味で、ヒーローへの憧れを諦めようとしていた自分そのもののようだ。
「ああ、そっか……」
「ね、それなら、策束のこともさ、青山のこともさ、わかりやすいと思わない?」
「うん」
両手の平で、自身の顔面を何度も叩いた。目も鼻も、鈍い痛みに包まれる。
まるで、仮面でも被っているように、すこしだけ皮膚の感覚が鈍くなった。
「なにか、しなきゃって思ってた……。そうしなきゃ、俺の価値なんかないって──」
「そんなことないよね! ね! 青山くん!」
葉隠に押し出され、青山が切島のそばに寄る。
彼は、切島へと手を差し伸べた。
切島はすぐに答え、お互いに痛いくらいの力で握手を重ねる。
「キミが諦めないだけで、キミが煌めき続けてくれているだけで、僕は救われるんだよ」
「そんな優しい言葉かけんじゃねーよ……。空回ってたの恥ずかしいじゃねーか」
男同士の仲直りを見て、芦戸と葉隠が声を揃えて笑っている。
そんな芦戸に向け、切島は声をかけた。
「好きって、綺麗だな」
「う──うん! で、でしょー!」
なによりも恥ずかしい台詞を惜しげもなく言ってしまう切島に、思わず全員が赤面していた。
◇一年A組◇出席番号九番◇口田甲司◇
むかしから、自己主張のすくない子どもだと言われてきた。
口田の母親は自身と似た異形個性の見た目のせいで、すくなくない差別の言葉を浴びてきたという。だからこそ、口田自身の心配をした。
『甲司、怒れるようにね。大切なものが笑われたとき、ちゃんと怒れる大人になってね』
不思議な教育だと思っていた。
怒ったり、感情に身を任せたり、大きな声を出したり……。そういうことは良くないことだと学校では教わっていたからだ。
そして、静かに過ごせば褒められることが多かった。
そのうちに、注目されることが怖いと思いはじめていた。
それは、口田としても望んだわけではなく、母の言葉と相まってこれで良いのかと何度も自問することになった。
雄英の受験は、打算だった。
ダメで元々。合格すれば運が良いし、ダメでもほかの高校を受験しようとしていた。
実技試験の会場に向かうバスの中、自分と同じように記念受験であると言った受験生がいて、心強かった。無個性ならしかたないよね、そう、勝手に評価を付け加えて──。
『見ろ!! ビルが壊されている! 人が死ぬぞ!! ゼロポイント!? おじゃま虫!? 関係ねええええええええ!!』
記念受験であると口にした彼の言葉だと気づく前に、口田はすでに駆け出していた。
負傷者を個性で見つけては、人生で出したこともないような大声を出して。
恥ずかしいなんて、他人からの評価なんて忘れて必死になっていた。
自分が勝手に他人を評価したことを、恥ずかしいとすら思っていた。
他人から見られて恥ずかしいなど、どうでもいい。
自分が、自分に恥ずべきことをしなければ良い。
『大切なものが笑われたとき、ちゃんと怒れる大人になってね』
母親の中ではきっと自分は子どもだろう。きっとこの状況でテレビになど映ったら、心配をかけてしまうだろう。
この日本の混沌を、子どものままで迎えれば責任はきっと被らなくて良い。
そんな自分への言い訳など、どうでもいい。
だって、いま僕は──怒っているんだ。
◇一年A組◇出席番号十一番◇障子目蔵◇
──怒りは、いつも自分に向けている。
そうしなければ、誰彼構わず傷つけてしまうから。
彼が生まれた村は、異形個性を毛嫌いしていた。厭悪していたと言い換えても良い。
理由は、きっと本人たちもわかっていないはずだ。
触手のような《複製腕》が気持ち悪いということもあったかもしれない。両親にはないこの個性が、母の不貞を疑わせたのかもしれない。
学校の教員も、生徒たちの保護者も、障子と距離を取ることを推奨していただろう。
村の子どもと遊んだのは、個性が発現する前まで。
その個性で触れたのは、一度だけ──。
増水した川に流された子どもを助けたときだ。
水から引き上げた彼女は《複製腕》を握り締め、
『ありがとう』
そう、感謝の言葉を口にした。
あの場に、異形個性を忌避するような偏見はなかった。
ただ、報われた、そういう感情が残った。
一転、周囲の大人たちは暴力に頼った。
とくに少女の両親の暴力はひどかった記憶がある。『血払い』とやらの掟に従ったからだ。科学的根拠も歴史もない掟だ。まだ目覚めていない少女の個性が、このような異形系にならぬようにと必死に彼を傷つけた。
傷跡は、隠すことにした。
理由はたくさんあるが、それはきっと策束と大差がないはずだと思った。
あの、泣いている策束の悲鳴が耳から離れない。
自分なら、気づけたはずだ。
策束と青山の悲鳴に。
この個性なら、気づけたはずだ。
だれよりも二人を見ていたのに。
それなのに、気づけなかったのはなぜか。
簡単だ。二人が、異形個性ではないから。
一番不幸なのは異形個性だと、【母数】が大きいのは自分たちだと、わけわからない理屈が頭の片隅にあったのかもしれない。
怒りは、いつも自分に向けている。
◇一年A組◇出席番号十三番◇瀬呂範太◇
「障子、あんまり考え込むなよ」
佇む障子の背を叩き、現実へと引き戻させる。
彼はこちらを一瞥するだけで、すぐに前を向いてしまった。
ヒーローそのものだとは思う。だが、そのヒーロー像に対し、すでにA組は答えを出している。
「お前が緑谷みたいになっちまったら、引き戻すの大変なんだよ。デケーし」
声を出して笑うと、障子の歩みが緩んだ。
「ほら、さっき爆豪が言ってたろ? 戦場でぼーっとしてんじゃねぇって。前しか見てねぇとそうなっちまうぜ。あ、まあお前の個性なら大丈夫か! 索敵頼むぜー?」
「──そうだな」
二人で拳を作り、強く合わせる。障子のあまりの気合の入れ方に、瀬呂は痺れた手をひらひらと振るった。
障子の《複製腕》の解放を見て、背後でこちらを見ていた爆豪に視線を向ける。爆豪の視線は、障子にではなく瀬呂に向かっていた。
(おいおい、俺まで心配してくれてんの? 変わっちまったなぁ爆豪ー)
瀬呂は仮面の中で周囲の瓦礫を睨みつけた。
緑谷は、こんなことを引き起こしたヴィランから自分たちを守ろうとした。
策束は、こんな世界をどうにかしようとしている。
じゃあ、自分は? 瀬呂範太という人間に、なにができる?
自分は、きっと【普通】だ。
普通という言葉を策束から聞いたあとですらそのように思うのだから、軽薄な人間だと思う。
まるで、テープのように薄っぺらではないか。
もし自分がプロのヒーローで、この日本の惨状を目にしたら──辞めていったヒーローのような真似をしていたのではないだろうか。
(あー……なんつーか、笑えるな。ははは、【惨状を目にしたら】? おいおい、これが惨状じゃなかったらなんだってんだよ)
マスクの中で一人、くすくすと笑った。
瓦礫の山だ。ヒューマライズの被害を間近で見た。ヒーローたちの必死な行動も、逃げ出そうとしていた民間人の慌て方も見ていたはずなのに。
あれよりは、よほどマシのはずなのに。
自分にとって、どうやらこれは取り返しのつかない絶望的な状況ではないらしい。
(絶対策束のせいだね。あんにゃろ、なにが金の匂いだよ)
肩から力が抜けていく。
だらんと下げた両手を胴体ごと振るわせて《テープ》を飛ばした。
「爆豪! ちょっと上から見てるから! 下任せたぜ!」
「大爆殺神! ダイナマイトだ!!」
ああ、ダイナマイトって、オールマイトと掛けてんのか。
瀬呂はもう一度笑う。
彼が焦がれたヒーローのように。
◇一年A組◇出席番号十四番◇常闇踏陰◇
常闇は、策束に対して昨日の流れを説明し終える。
耳郎への告白も、そのあとに策束が寝落ちしたことも伝えた結果──策束はすべてなかったかのように行動し始めた。
「強い……というより現実逃避じゃないか?」
「むかしから心を切り離すのは慣れているんですよ」
おまけに敬語に戻っている。
理由が理由のため、一時期の策束より不安に思っているわけではないが、それでも相当のストレスだったことには違いない。
我慢して、心を殺している。
「好いているのにか?」
策束が崩れ落ちた。
「とーこーやーみー!」
地鳴りのようなだみ声で呼ばれ、首を傾げる。
隣を見れば、尾白が口元を抑えて笑っていた。
「そんなに変なことを言ったつもりはないが」
「そうだけど! タイミング悪ければ変っていうか! 恥ずかしいんだよ! 第一! 贅沢だ!!」
策束は立ち上がり、両頬を強く叩く。真っ赤な頬がさらに赤くなっていくようだった。
「タイミングは、悪くなかったと思う」
「悪いだろ! ボクはマンションの最上階の床を薔薇で埋め尽くしてから言うつもりだったんだよ!!」
「あはははは! 面白すぎる!」
噴き出した尾白と策束が追いかけっこし、策束の案を聞いた飯田がメモ帳になにかを書き込み始めた。
身長は《巻き戻し》を受ける前と大差なく、体力も順調に戻ってきている策束だ。勝負がつかないと《ダークシャドウ》で策束だけ回収する。
「目の前に決戦が控えてるというのに」
「それもある! 死亡フラグっぽいだろ! いやだよそんなの!」
ムキになって頭を掻きむしるクラスメイトの様子に、《ダークシャドウ》が頭を撫でつけた。
「耳郎は俺たちが死んでも守るさ」
「いやだね。死ぬなよ。全員でカレー食うだろ。びっくりするほど旨いの作っといてやるよ」
策束は、きっと覚悟を決めている。
自分もその立場になってようやく理解できた。
「策束、俺と耳郎は──」
「言うな!」
鋭い言葉で遮られる。
見上げれば、強い怒りが策束の表情に刻まれていた。
「ボクにだけはダメだ」
「……わかった」
一歩も引かぬ覚悟がそこにはある。
「あと降ろして。ちょっと怖い」
「ああ、すまん」
降ろした策束はすぐに尾白を追いかけはじめた。二人に向け、飯田が注意を行う。
「キミたち、そろそろ日も傾いてきたぞ。そろそろ集合場所に向かおう」
「ああ、そうか」
まだ日は高いが口田と上鳴は会見がある。
それに、諸事情があってほとんどのメンバーが睡眠不足だ。多少は早く切り上げざるを得ない。
「薔薇のカーペットの上でか……」
決戦において、常闇と耳郎が割り振られたのは──オール・フォー・ワンを相手取るチームだ。自分や耳郎が死んだとしてもなんら不思議ではなかった。
それは、きっと策束も同じなのだ。
今回の決戦で死ぬ覚悟がある。それでも、こうして笑おうとしてくれているのは、信じているから。
みんな集まって、策束のカレーを食べる未来を。
「デートプラン、俺も考えておこう」
「おお! 常闇くんが加わってくれるなら心強いな!」
「……お前は皮肉を言わないのが長所だな」
みんな集まって、幸せの未来を──。