学校を出てUAと書かれた装甲車へと乗り込む。運転手はUAロボットだ。
「ナガンとベロスは?」
装甲車には治崎と玄野の二人だけ。セントラル病院で陣頭指揮を執る予定の宝生たちがいないのは当然で、後詰のジェントルも問題ない。だがこういうときに使えないのはちょっとなと思っていると、すでに乱波やミルコと一緒に向かっているらしい。
出発してすぐ、玄野に携帯端末を渡し襲撃者情報の共有を行う。
「ゴリーニ? 日本はまるで魔境でやんすなぁ」
「知ってるんですか?」
ホークスもオールマイトも知っている様子だった。世界のマフィア構造なぞさすがにわからないが、必要だよな。距離もあるし、いまのうちにボクも情報を漁ろうか。
差し当って、ジャパニーズ・マフィアから教えてもらいたい。
「廻のほうが詳しいでやんすよ。なんてったって会食すらした仲でやんすし」
相澤先生も興味をもったのか、治崎へと視線を向ける。
その治崎は、玄野から受け取った携帯端末をスワイプしながら眉をしかめていた。
「ファミリーっていうだけあって、その関係性は盃交わしたヤクザよりも濃い血の契約だ。義理人情じゃなく、身内のためならなんでもするって感じだな。だが……ほとんど知らん」
治崎が携帯端末を投げ返してきた。
ボクよりは詳しいんだろうけど、まあそれだけなのかな。さすがに他組織の幹部ならまだしも、構成員までは知らないだろうし。
そもそも組員百人いるかも怪しい死穢八斎會と、ヨーロッパ圏最大のマフィアじゃあ釣り合いがとれないしな。
そう安易に答えを出したが、治崎の答えはべつものだった。
「オヤジ同士は仲が良かったんだ。どちらも前時代的な考え方だったからかもな」
「組長ってことですか? へぇ」
深夜近くの時間では、病院に電話しても対応してもらえないだろう。それに回復してから治崎と接点をあまり作らないようにしている。壊理ちゃんの実祖父と言えど、大切な人質だ。
それに情報としては十分だ。
「組長同士ってことは、いまの組長はべつなんですか」
「ゴリーニの先代が病死して、息子のバルドが引き継いだ。会ったことはあるが……そういえば日本の文化にずいぶんと興味を持っていたな」
「日本の文化?」
「……いや、まさかな」
治崎の独り言とは珍しい。玄野もよくわかっていないらしく、相澤先生が治崎に質問した。
「言ってみろ、なにがヒントになるかわからない」
「……オールマイトが好きだったんだ。ポスターやら活躍集やらを手土産にしたこともある」
車内に沈黙が降りた。
まさか……まさかな。
緑谷の話では、光る船には八人確認されている。もっと多い可能性はそりゃああるが、何人いようともリーダーらしき男はダークマイトだ。
んで、そのダークマイト以外はゴリーニファミリーの構成員であることが確認されている。
相澤先生が携帯端末に出された人物の画像を治崎に見せると、彼は首肯した。そのまま相澤先生が雄英と通話を始める。
調べればデータベースに情報があり、個性は《錬金》ということもわかった。おまけに暴力的な男のようで、暴行や殺人未遂で逮捕歴がある。
もっとも──。
「整形ですかね」
ラブラバから送られた写真で笑っているものは一枚たりとも存在せず、演技しているにしてもダークマイトとの共通点は見出せない。顔つきで性格がわかるとは言わないがそれにしたって生気がなく、暗い目だと思った。
ダークマイトは、どちらかと言えば狂気に呑まれている。両者とも陰鬱であることには違いはないが、些細な違いとは言い難い。
「策束、あいつの演説を聞いてどう思った」
「演説? なんか言ってましたっけ」
あ、ああ! あれか!
髪の毛が逆立った相澤先生に怯え、慌てて弁明する。
「いや、でも! あれで全部ですよねたぶん! オールマイトの影響力がなくなったと判断し、ナンバーワンになるべく日本に来た。ゴリーニの名前を出さなかったことと、あのアンナという女性のことがわからないくらいで、あとはそのままだと思いますよ」
オールマイトと話していたときも、似たような感想しか抱かなかった。
「被検体という言葉も気になりますが、脳無の改造手術には時間がかかります。ヨーロッパの技術で進化したとしても、とても数日後に終わるものとは思えません。となれば、オールマイトの概念を纏うような個性や、それを誘拐した日本人に根付かせる個性だとすれば厄介だとは思いましたが」
ゴリーニファミリー二万人の構成員の中にそのような個性があるのかを調べるには、ちょっと骨が折れそうだ。
回答に満足したのか、腰深く座り込んで腕組みをする相澤先生。話しかければうるさいぞと言われる予感がある。
生死不明のバルド・ゴリーニはさておいて、確実に敵となるヴィランたちの個性をHNに共有するとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇
いまだ走行中なのだが、ゴリーニファミリーが作ったと思われる巨大な建造物。
言葉にするのは難しい……。立方体のダイヤ状の箱がいくつも連なって、巨大な要塞と化している。
しかも、それが浮かんで、移動しているのだ。
電気が通り、まだ生きている街までもが、浮遊する要塞の進行ルートとして呑み込まれていく。
浮遊といっても上限があるようで、どうやら五メートル程度しか浮かんでいない。それでも数キロもの巨大要塞が浮かんでいるというのは、なかなかどうして吐き気がする光景だ。
『想定進行ルートの避難誘導、七十パーセント』
「了解しました。お気をつけて」
『そちらも、気を付けてくれ』
通信先はなんと毛原先輩。
現在、要塞の進行ルート上を士傑高校ヒーロー科が総出で避難誘導に当たってくれている。学生を戦場に出すとは何事かとまぁた文句を言われそうだが、正直言うと助かっている。
ちなみに想定進行ルートは、雄英高校一直線だ。ナイトアイ情報なので間違いはない。その彼は、山越えした先で、エンデヴァーやエッジショットらが乗り込む地点を準備中。ならばこれからボクらが乗り込むのも想定内だ。
できるのならエンデヴァーたちに有能さを見せつけたいが、ナイトアイの作戦を考えるとお察しだな。
さて、どこから入れそうだろうか。
玄野に視線を送り、個性でこれを留めてくれたりしないだろうかと視線を送るも、「無茶いうな」と語尾もつけずにツッコミを受けた。
となると治崎頼りだな。
試しにと、要塞のつま先部分に治崎が触れて破壊したのだが、どういう原理か修復されていく。
「飛び移るか」
「え……どうやって……」
相澤先生はなにか心当たりがあるのか、どこかに電話し始めた。その後は矢継ぎ早に指示を出され車で出立。時速二十キロ程度の要塞を差し置いて、逆走することになる。
「片道三十分。追いつくためには合計で二時間かからないくらいだ。賛成か?」
「治崎にトリガー撃ち込めば五分で乗り込めますよ」
「やめろ」
軽口を叩けるほどに余裕があるのか、それともそれだけ修羅場を踏んだのか。
どちらにせよ、いまのボクは景色を観察できるほどに視野が広く保てていた。
壊れゆく街を見て思うのだが……ダークマイトは象徴になると言いながら、どう考えても破壊の象徴にしかならない。もしこの要塞がどこかで立ち往生するようであれば、それは立派な観光地になるかもな。
会話だけ聞く限りは衝動的な小悪党だが、馬鹿が力を振るうとこうなるのだという見本市だ。
オール・フォー・ワンとの合わせ技で追い打ちをかけられたと思うか、多くの人が事前に避難していたおかげで人的被害が最小限に済んだと思うべきか。
相澤先生が立ち寄ったのは、ミスターブラスターというヒーローの事務所だった。シャッターは閉まり落書きも目立つ事務所の前に立つ男性は、室内に案内してくれた。
治崎たちを残し、相澤先生と足早に事務所へ入る。
「充電は」
「久々に会ってよくそんな無愛想にできるな。生徒は大変だろうな」
「ええ、そりゃあもう」
薄暗い事務所の通路に、相澤先生を小馬鹿にするヒーローの笑い声が響く。それを聞いて相澤先生は大きなため息を吐いた。
「先生になっても変わらねーようで安心したぜ。山田は?」
「同窓会ならあとにしろ」
「顔出したことねーくせに」
事務所内の倉庫で、シートに被った巨大な物体を見せられる。
それを捲って中を確認した相澤先生だったが、その対応も冷たいものだった。
「飛べるのか」
「飛べる。出所は言うなよ」
「なんなんですこれ」
それは四つのプロペラがついた巨大なドローンだった。人ひとりなら余裕で乗れそうである。実際つけられた取っ手を見ると、そういう用途なのだろう。
「これって」
「ああ、授業でも教えたな」
「問題になったヒーローアイテムの項目で合ってます?」
人を乗せて移動する全翼式タイプのヒーローアイテムは、試験的な規模で十年ほど運用されたことがある。しかしエンジントラブルは言わずもがな、ヒーロー同士の接触、操作ミス、小回りの利かなさなどなど、様々な理由により頓挫したと習った。それこそボクらが産まれたくらいの話である。
なにより、事故を起こしたあとの保険が適応できなかったというのが一番ネックだというのが笑い話だな。
「こいつはな、フェイカーさんよ……」
彼はもう一台のシートも剥がして、ドローンを撫でつけて寂しそうに呟いた。
「学生んとき、どうしても勝ちてー生意気なクラスメイトたちがいてよ。こいつがあれば移動面もカバーできて負けねぇぞって自慢の逸品でな。俺のオリジンみてぇなもんだ。結局負け越したまま、超えられなくなっちまったがな」
「閃走寺」
「へ……サイドキックたちが逃げ出したことで、ようやく初心に立ち戻れたのかもしれねぇな」
「いや、そういうのは良いから準備してくれ。急いでるんだ」
う、うわぁ! 生意気ぃ!
しかし、本音を言えばボクも相澤先生寄りの意見だ。この一分一秒で街並みが壊されていくし、呑み込まれた人たちの安否もわからない。A組が全員呑み込まれたのは不幸中の幸いだ。彼らならば、きっと民間人の被害を最小限に食い止めてくれるだろう。
その事情もある程度は知っているのだろうか、ミスターブラスターは相澤先生の言葉に歯を食いしばって耐えていた。
二台の巨大ドローンを車に積み込むと、ほとんど人の乗れるスペースなど残されていない。治崎、玄野、相澤先生には車の屋根登ってもらって進むことになった。
「俺はエンデヴァーと合流する。んで、だ、相澤」
「なんだ」
「白雲のこと、頼んだぞ」
「──ああ」
白雲……? なにかの暗号だろうか。
質問をすることもなく、一時間ほどかけて車は浮遊要塞に追いついた。
ここからは単純で、治崎と相澤先生、玄野とボクで一台ずつドローンに乗って上昇。《オーバーホール》で修復される穴を無理矢理開けながら穴を掘り続けるだけ。
下手すれば生き埋めだが、多少のリスクは《予知》の未来を優先した。
こればかりは外れてくれるなとお祈りだ。
「結構、マズいですかね……」
治崎は身体能力こそ乱波やファットガムを大きく上回っているが、個性は広範囲というわけではない。トリガーを摂取しているわけもなく、死穢八斎會で突入したときのような、他人との合体と巨大化なんてできないし、死柄木のように街一つ《崩壊》させて~などもできない。
四人が円を描くように並んでいるのも良くなかった。分解する範囲が安定せず、狭くなったり広くなったり。それもそのはず、真っ暗なのだ。携帯端末の光でどうにか誤魔化すが、光源不足も甚だしい。
あと忘れていたのが酸素問題。畳二畳分程度の広さに成人男性が三人に、負けず劣らずの体格の少年が一人。外壁というか天井というか、まあそちらが修復されたときの相澤先生のため息が忘れられない。
それに要塞内部が巨大な空洞だった場合、ちょっと床を分解しただけで落下することもありえる。
ナイトアイに一生懸命お祈りをした。
掘り進めているうちにわけもわからなくなった数十分後、いい加減酸欠で大汗を搔き始めたくらいに床に隙間が生じた。
まぶしい……!
暗闇の隙間から、目いっぱいの青空が差し込んでいる。
しかし、陽の光ではなさそうだ。
治崎が穴を広げて顔を覗かせる。
「……問題無さそうだ。降りるか?」
「見せてくれ」
治崎と相澤先生が代わり、床の穴に顔を突っ込んだ。治崎が先生の指示に従い穴を大きくする。
その空は触ってみればコンクリートで目も荒い。小さな光源が散りばめられ、青い空を錯覚させているようだった。
「降りるぞ」
相澤先生が眼下に広がる森へと降り立つ。木の切っ先に掴まって周囲をしばらく警戒していた先生は、降りてくるように指示を出した。……飛び移れと? このボクに?
「目ぇつぶってろ」
見かねた治崎に小脇に抱えられ、浮遊感を体験する。悲鳴を上げそうになったが、どうにか着地まで我慢することができた。
恨み言の一つでも言おうと思ったのに、それは相澤先生に遮られる。
「監視されている。音声も聞かれている可能性があるから下手に話すな」
「……了解」
しかし……。
木の葉に触れた時点で思っていたが、やはりこの木はイミテーションだ。プラスチックだろう。
巨大要塞が創り出されたとき、周囲の建物も地面も呑み込まれていた。おそらくはその素材を利用している。
怖いのは、呑み込まれた人間という素材がどうなっているか、だな。
「どういう個性でやんすかね? 変換とか」
「ありえるが、浮かんでいるのはどういう理屈だ?」
「個性だとは思いますが……」
麗日も似たような個性だが、範囲があまりにも違いすぎる。ヴィランは複数だから、複数の個性で浮遊させて雄英まで進もうとしていると考えられるが、それにしたって麗日何人分なのか、という話だ。
「マフィアだ。トリガーなら説明がつく」
先生を先頭に、森の中を彷徨うこと数十分。
もちろん迷っているわけではない。外壁に沿って脱出ルートを探っているんだ。ドームの中央にある街になんの策も持たずに直行する勇気は、この四人にはなかった。
その数十分のおかげで方角だけは掴んだ。ヴィランたちの個性でこの場所が急に作り替えられたりしても、脳みそには入っている。圧し潰されたりしなければ大丈夫だ。
問題は、脱出手段が治崎の《オーバーホール》で来たときと同じように穴を掘るしかなく、おまけに大人数での移動は物理的に不可能ということだろうか。四人でアレだったからなぁ。
「街に行くぞ、気を抜くなよ」
「了解でやんす」
玄野は笑っているが、明らかに雰囲気が変わった。治崎は……変わらんな。強者の余裕か、相澤先生の指示に従いたくないのかは読み取れない。
「──なんだ」
相澤先生が一足先に駆け出した。治崎が追随し、その後ろを付いて行く。
「策束! お前は避難民を集めてさっきの壁を背負え!」
「え!? はい!」
なんのことかわからんぞと思っていると、男女入り混じった悲鳴が聞こえてきた。近づいてきているのがわかる。
「針、護衛は任せた」
「無茶言うなぁ」
玄野はこちらに残って、相澤先生と治崎だけが森の外へ走り抜けていった。
入れ替わるように逃げ出してきた市民に声を掛ける。
「こちらへ! 慌てないで! だれも置いて行きません!」
「子どもたちが! まだ襲われてるんだ!」
A組のことだろう。相澤先生が向かった以上、きっと大丈夫だと信じたい。
森のせいで見通しが悪い。これで全員か? 人数が多く瞬間的な管理も不可能だ。
「声についてきてください! 置いて行かれそうな人がいたら助けてあげて!」
「意外とヒーローやってやすねぇ」
茶化すな……。市民に余裕の表情はない。
誘拐されてから十時間。怪我人が多く、しかし治療の痕跡は見て取れた。
それなのに森に逃げ込んできた中にA組メンバーはおらず、おそらくはヴィランの足止め係。相澤先生が市民の保護より優先したということは、ヴィランが迫っていたということだ。
移動に時間を掛けすぎたという後悔と、それでも紙一重で間に合ったことと、どちらを味わえば良いのだろうか。
壁際に人を集め、ヴィランか相澤先生が来る方向へ両手で拳銃を構える。相澤先生が返してくれたやつだ。人に向けるとしたら二度目だな。
ちなみに玄野が抜いた拳銃は本物の鉛玉が飛び出るものだ。渡した記憶はないのだけれど……。
「さぁて、鬼か蛇か──!!」
「ケロ!」
蛙!! っつーか梅雨ちゃん!
勢い良くボクの胸に飛び込んできた梅雨ちゃん。抱き合う形となって背後に倒れ込み、そのまま彼女に顔を足で踏まれた。
「みなさんもっと逃げて! べつのヴィランが!」
逃げろと言われても無理だ。壁には森の絵が描かれているための勘違いだろうが、それ以上は壁で、左右のどちらかにしか行くことができず、おまけにこの空間は半球のドーム状。
戸惑う市民を前にようやく梅雨ちゃんもそのことに気付いたのだろう。「そんな」と力なくつぶやき、自身が飛び出してきた森へ向き直る。
「来やす!」
玄野が飛び出してきた後続を止める。
その人影は玄野を拳で吹き飛ばし、下卑た声で笑った。
「お前はあのときいたガキかぁ?」
正直A組のだれかだと思いたかったが、これはヴィランだ。しかも見覚えがある。
「ウォルフラム!」
「消去法なら、俺の部下のフリしてた間抜けだな」
なんで、なんで! なんでこいつがいるんだよ!?
発砲したが、《シルバーバレット》が空中で停まる。
「それ以上進むなよヴィラン。個性の解除が面倒だ」
「命令するなマフィア野郎」
おまけにヴィランは二人組。
雄英も少人数のチームを組むことを軸にしている。梅雨ちゃんが単騎で森に突っ込んできたとは思えない。残りは、こいつらにやられてしまったのだろうか。
銃のような直線武器は効果が薄い。
空気の膜に阻まれるように空中で停まる《シルバーバレット》が証明している。だが、怪我をしている梅雨ちゃんにこの二人の相手を任せても、時間稼ぎすらできないだろう。
とくに、ウォルフラムとはそういう相手だ。
銃口を向け、梅雨ちゃんの前に立つ。
正直お手上げだ。現状、逃げ出すためには《オーバーホール》が必要不可欠。ここで時間を稼いでもヴィランを挑発する行為にしかならない。見せしめに一人二人殺しても──そういう過激派がヴィラン内部にいないとも限らない。
「降参だ。市民にこれ以上怪我人を出したくない。救助は外のヒーローに任せて、ボクらも人質に加わる」
「その賢しらな様子……やっぱりあのときのガキだよなぁ?」
ウォルフラムの楽しそうな声色を聞きながら、銃口を空に向けしゃがんで拳銃を地面に置く。
立ち上がると、彼のにやけ面が良く見え……いや、見にくいな。
それは彼の個性の影響だ。異形個性とも言い難い顔の下半分を覆うマスクのような痣。両目の周りも黒く縁取られ、仮面を被っているように見える。
まあ実際、【ボクらが会ったときは仮面を被っていた】わけだが。
ヴィランとマフィアの関係性は良好ではない、ということ以外わからない。だが、こちらを恨んでいるのならチャンスはある。
……ごめん梅雨ちゃん。
「まさかタルタロスに収監されてました? すみません、小物にはあまり興味がなくって」
「カルマちゃん!?」
「ガキてめぇ……!」
顔を歪ませるウォルフラムの横で、マフィアが口元を抑えて失笑している。逆に仲が良かったりするのだろうか。
「味方の個性に隠れて、戦えもしない一般人追いかける役割……。個性を二つもっているわりに、信用はされていませんね。あなたは監視役ですか?」
「違うが、尻ぬぐいかな? いまのボスはちょっと大雑把なところがあってね」
いまの、ねぇ。
治崎の話ではバルド・ゴリーニなる人物がゴリーニファミリーの代表だ。血統で結ばれたマフィアを従えるダークマイトって何者なんだとは思っていたが、このウォルフラムを見てなんとなく察しがついた。
オール・フォー・ワンは、ゴリーニファミリーの頭目にオールマイト信者を挿げ替えて、日本に入れて混乱を引き起こそうというのだ。小手先の小技だが、対処せざるを得ない。嫌な手段を使う。
「おいガキぃ……」
ウォルフラムが歩いてくる。真っ直ぐではなく、二メートルほど迂遠に、円を描くように向かって来ている。
ボクはそれを止めも咎めもしなかった。ただ奥歯をぎゅぅうと噛んで、その瞬間を迎える。
目の端でウォルフラムが拳を振り上げ、フロッピーには守ろうとしたのか腕を引っ張られた。
だが大丈夫、見せしめはボクだけで良い。
そう思ったのに、痛みも衝撃も、いつまで経ってもやってこなかった。
「社長、無理なさんなって」
黒いコスチュームがほつれ、殴られた腹を抑える玄野の姿。彼の髪からひと房の髪の毛が地面を這って伸びている。その行先のウォルフラムを見れば、憎々し気にこちらを睨みつけ、動こうとして吐息を吐くだけだった。
「おや、新たなヒーローかね」
「あ? 何語だテメェ」
玄野ったら、素の口調が漏れている。
しかし助かった。玄野の個性《クロノスタシス》は破格の初見殺しであり、対人戦に限りヒーローにも引けをとらない個性。
「こちらに攻撃はしてこないのかい? ああ、距離か。それとも、ずいぶんと集中しているようだったし……」
しかし、そのぶん隙は多い。対人戦特化でありながら、対人戦で使いづらそうというのが正直な感想だ。サイドキックがボクでは、その真価を発揮することはないだろう。
まず、玄野針の個性《クロノスタシス》は、髪の毛の二房に個性のトリガーが存在する。二房の内訳は、短針と長針。
短針を相手に刺せば一時間。長針を相手に刺せば五分間、スローモーションのように拘束することができる。壊理ちゃんを救出した際、あのイレイザーヘッドを不意打ちながら拘束した実績があると聞けば、その有用性は間違いない。
しかし、個性を発動するにあたって、まず自分はその場から動けなくなり、加えて刺し続けなければならないという制限がある。
そして髪の毛の針がそこまで伸びるわけでもなく、たとえば《イヤホンジャック》ほどの距離も稼げない。
「相手を遅くしたって、まさかその針で? ははは、こいつはとんだ下位互換ってやつだ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。日本語喋れよ、日本語をよ」
「猿め」
侮蔑の言葉を吐き捨てたと思った瞬間には、玄野も動かなくなっていた。マフィアの範囲個性に敵味方共々巻き込まれたらしい。
実際、ウォルフラムに向けて発射した二発目の《シルバーバレット》が空中で停まっている。厄介な個性だ。
マフィアに銃口を向けるが無駄だろう。
「森を戻ってイレイザーヘッドだわぁ!?……フロッピー!?」
マフィアの意識をボクに向けるために走り出そうとして──転んだ。
フロッピーに腕を強く掴まれたまま、それを振り払えずに転んでしまったらしい。
不格好に転んだまま見上げると、彼女の視線はウォルフラムに向けられたままであり、それどころか身じろぎもしていなかった。
いや、彼女だけではなく、壁を背にした避難民百名近くが全員、凍り付いたように動いていない。
クソ、どんなチート個性だっつーの……。
マフィアに視線を向けると、どこか朗らかに笑っていた。
「連れが来るまで、すこし大人しくしていてくれ、新米ヒーロー」