【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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ユアネクスト・White Nightmare

 

 

何年も、あるいは十年以上の不眠症に悩まされていた男は、ここ数年間でもっとも心地の良い眠りについていた。

まどろみの中で、太陽の温かさに包まれているような、そんな幸せな時間。

 

「──ショータ」

 

それを邪魔するのは、クラスメイトの声だった。

跳ね起きて周囲を確認する。寝ている場合ではない。いま、とても重要な──。

 

「お、おい、なんだよ寝ぼけてんのか?」

「めちゃくちゃビビってるいぃーえ!」

「ビビビってねーよ!」

「……白雲」

 

【事務所】にある姿見に視線を移した。無精髭も生えていない、いつもの暗い目をしている自分が映っている。そしてその鏡の中にも、元クラスメイトたちの姿が映っていた。

 

「山田、これは……えっと」

「プレゼントマイクって言えよ」

「まだ寝ぼけてんのか? ひざし、起こしてやれ」

「プレゼントマイクって言えって」

 

相澤は、自身に割り当てられているテーブルへ向かう。三人の机が向かい合っており、その上の三角名札にはそれぞれ、『イレイザーヘッド』『プレゼントマイク』『ラウドクラウド』の名前が彫られている。

 

「えーじゃあ、リーダーの俺から、今日の指示を出すけど! ちゃんと聞けよぉ、ひざしぃ」

 

舌打ちする山田を見て、相澤はなぜか【納得】した。

そうだ、【昨日じゃんけんで白雲が勝利した】のだ、と。

 

「寄せられてんのは、指名手配ヴィランと思われるの目撃と、高校周辺での不審者の目撃情報。なもんで、今日はパトロールがメインかなー」

「目撃者に話を聞くべきじゃないか」

「そっちもあるかー。ひざし行ってくれるー?」

「イェー!」

「んじゃショータは俺とパトロールな」

 

頷いて、窓の外を見た。

皮肉なほどに綺麗で、すぐに視線を逸らしてしまった。

 

 

「ショータ! そっちに!」

「わかってる!」

 

駅周辺をパトロールしていた二人は、不審者を見つけて追いかけていた。

マスクにサングラスにロングコート。絵に描いたような不審者の男だった。

 

「ジェ、ジェ、ジェ!」

 

呼吸を荒くして走る男を追いかける相澤。看板やゴミを道路に倒し、障害物を作り出す男の罪状を心の中で数えながら、援軍を待つ。

不審者はビルとビルの間を進み、そのうちに袋小路へ突き当たった。行き場に困った不審者がビルの外壁を登ろうとするよりも早く、空から《クラウド》に乗った白雲が舞い降りる。

 

「ジェントルー!!」

「鳴き声かあんた……。お疲れ白雲」

「ショータもな」

 

拘束した不審者は、二人の読み通り指名手配のヴィランだった。ハイタッチを決めていると、山田から連絡が入る。

 

『聞こえるかリスナーたちぃ! 不審者の特徴を詳しく上げ連ねてくぜイェ! マスクにサングラスにロングコートの不審者三点セット! プラス鳴き声がジェントルって話だぜー!』

 

その報告を聞いて、相澤と白雲はどこか気の抜けた笑い顔になった。

 

「「単純な事件だ」」

 

グータッチをして、事務所へと戻ることになった。

ああ──なんて楽しいんだ。

 

「さぁて、報告書完了、明日のリーダーが届けるっつーことで! 行きますか!」

 

白雲が立ち上がり、拳を振り上げる。山田も一緒のポーズを取った。相澤は一度ため息を吐いて、手の平を振った。

 

「俺は遠慮する」

「良いじゃねーか。ショータもそろそろよぉ」

「そうだぜ、消太。三人連名なんだしよぉ」

 

二人に我がままを言われ、相澤は笑って拳を振った。

 

「最初はぐー! じゃんけんポン!」

 

力無く振った相澤のぐーと、白雲のぱーと、山田のちょきで、あいことなった。

それぞれが意地になっているのか、二度、三度と繰り返してもあいこが続く。

 

「変えろってショータ!」

「お前もな朧!」

 

笑う二人に釣られて、相澤も笑っていた。

五回目を越えるくらいにはとうとう三人とも噴き出すように笑い始める。

楽しくて、楽しすぎて、ずぅっとこの時間が続けば良いなと思った。

 

 

「──それは都合良すぎだろ」

 

 

「白雲?」

「ん? なに? ぐー以外出す気になった?」

「山田……か」

 

そう考えたが、あいこで悔しがりながら笑う山田が相槌を打つとは思えない。幻聴だったのだろうか。

気のせいだったのだと拳を振り上げ、背後から掴まれる。

 

「なに納得してんだ。見てみろよ、全部都合が良い」

「……都合良いのは、悪いことなのか」

「悪いね」

「なんで──」

 

振り返って白雲と【向き合う】。制服姿の彼は、相澤を睨みつけていた。

 

「なんで? なあ、それは疑問か? 質問か?」

「どっちも同じだろ」

「同じ? それをお前が決めんのか。都合良いよな、相変わらず」

「都合、良かっただろ、いままで! お前が出てくるまで!」

 

振り返れば、楽しそうに笑っている白雲と山田がいた。こちらの視線に気づいて、戻ってくるように促している。

 

「お前の都合良いなんてのはな、最低だ。最低最悪だ」

 

言い返そうと振り返ったとき、白雲は笑っていた。

 

「都合悪いやつ、助けに行けよ。なあ、ヒーロー」

「……そうだな。お前は、そういうやつだ」

「だろ? ほら、行ってこい──!」

 

腕を強く引っ張られ、白雲の横を駆け抜ける。

なぜか不思議と、笑えていたと思う。

 

 

転びそうになりながらも顔を上げると、そこには夕焼けに染まる日本の街並みが広がっていた。都心や高級住宅ではない、古き良き住宅地である。

すこしだけ呆然と、しかしさきほどより、よほどしっかりとした思考で周囲を見渡す。

 

相澤の背後には、子どもが適当に組み合わせたような、歪なドールハウスがあった。風景ともミスマッチであり、その丸見えの部屋には見慣れた顔ぶれも並んでいた。

 

「なにやってんだあいつら……」

 

A組が各々の部屋の中で長閑に過ごしている。自分の世界に閉じこもっているようだった。

近づいて叩き起こそうとしたのだが、それは止められる。

 

「無駄ですよ」

「……策束?」

「すみません、やられました」

 

スーツのネクタイを緩め、八百万とともにティータイムを楽しんでいる策束が、相澤を見下ろしていた。彼女の部屋から飛び降り、持っていたティーカップを投げ捨てる。

 

「べつの区画に避難民が集まっている家もありましたよ。そちらも無反応です」

「……緑谷はいないのか、上出来だ」

「不出来ですみませんねぇ。でもあれ見つけましたよ、褒めてください」

 

策束が指差す先には、丘の上に立つ西洋の城があった。

見つけたというには、ずいぶんと巨大な建造物だった。

 

「なんで行かなかった」

「ああ、そう来ますか。いまちょうどだれかを叩き起こせないか頑張ってましてね。ほっぺ痛くないですか?」

 

相澤は無言で頬を擦った。

 

「行くぞ」

「ええー……あと数人いたほうが……いやでも相澤先生なら言うだろうなぁ……」

「どういう意味だ」

 

駆け足で城に向かいながら雑談をする。

 

「だって、これがボクの夢じゃあないなんて言えます?」

「ああ……まあそうかもな」

 

さきほどまで見ていた夢を回顧する。実際、いまだヴィランの個性に囚われている。ヴィランが閉じ込めるだけではなく、夢の中に介入できる場合、そこで殺されればどうなるかなどわからない。

それにこの目の前にいる生徒が、夢から脱出した本人だと、なぜ言えるのだろうか。

 

「どうして夢から覚めれた? あいつらは楽しそうだったぞ」

 

さきほどの生徒たちは、誰一人不満そうな表情はせず、楽し気な夢に浸っているかのようだった。

相澤自身、あの夢の中に囚われていたかったかと聞かれれば、頷くしかない。

それなのに、策束は相澤が起きるよりも遥かに早く、個性から脱出を試みていたという。

 

「ちょっと都合良すぎて明晰夢みたいになっちゃって」

 

無言でいると、恥ずかしそうに策束は答えた。

 

「決戦で、なぜかボクがオール・フォー・ワンを倒して、オールマイトやエンデヴァーからめちゃくちゃ感謝されるんですよ? おまけにじ──好きな人から告白されて結婚だーってなってて。途中からドン引きです。【こっちはヒーロー目指してるのに】、中身はこんな俗物なのかと……」

「はは」

「うわー!」

 

途端に策束が転んだ。進むことを拒むように立ち上がらない。

 

「どうした」

「いや、これも夢なんだろうなーって。痛くないし……」

「どういう意味だ……」

「だって相澤先生が笑うなんてありえないんですよ!! あー! もー! どうしたもんかなー!」

「永眠してろ」

 

策束を置き去りにして走り出す。

すると、彼は慌ててついてきた。

 

「俺が夢だったらお前一人だぞ」

「本物ではなくとも、ヴィランが先生の皮を被っていなければどうにかしましょう! もう!」

「ふふふ」

「笑ったー! 夢だー!」

「ならやめとくか? フェイカー」

「行きますよ、せめて一緒によろしくお願いします、イレイザー」

 

ついてくるヒーローの頼もしさを味わい、イレイザーヘッドは速度をすこしだけ上げた。夕焼けは、どこか晴れ晴れとしていた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「お前はなにさまですかガキさま」

(ガキさま!?)

 

光の糸に呑み込まれる寸前に吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれていた彼は、目覚めてすぐにデクへ流暢なヨーロッパ言語でそう言い放った。

大怪我と称して差し支えない負傷を、先に起きたデクが手当していたのだが、服を着せている最中にそのように物凄く優しい口調と荒々しいスラングによって、デクの脳は一瞬翻訳を失敗したのかと思ったくらいの衝撃を受けた。

 

「先刻、私の邪魔をしてくれたヒーローとお見受けしますが……ここでなにを」

「え、ええとあの! 僕たち光の糸というか繭というか、なんかそういうのにぐわーって巻き込まれて! 周りにはだれもいないし! 芝生も地面も偽物で! だからあのぉ!」

 

アメリカ英語を数か月ぶりに使うことになった。上手くは話せず、説明も要領を得なかったはずだ。

しかし男性はすべてを察したかのように頷くと、寝ているバイクを力で押し上げようとする。

大型バイクの重量は二百キロを超えるものが多く、いま持ち上げようとしているバイクも類に漏れない。日本では車検も通ることがなさそうな改造も施され、重量は平均値を大きく超えるだろう。

右手が義手であること、そして左足も義足であることを見抜いたデクは、個性を使って引き起こすのを手伝った。

 

胡乱な瞳で睨まれたため、信用を得られていないことを自覚し、せめて笑顔を提供することにした。

 

「力仕事得意なんです!」

 

視線に変化はなく、こんな状況でなければクラスメイトに笑顔の練習を付き合ってもらったところだろう。

 

デクを警戒しつつ、男性はバイクに積んでいた荷物を広げる。

そこから彼が取り出したものは、ガラス製のティーポットだった。

 

「……え」

 

デクが驚いたのはそこではない。

彼は取り出さなかったが、箱の底にアクリル板に挟まれた写真ケースを見たからだ。

 

視線に気づいた男性は写真を裏返す。

義手が、器用にお茶の準備を整えていた。

 

「あの、その女性……アンナさんを、撃とうとしてましたよね」

 

デクが思い出すのは、ギンジに向けられた最初の銃撃。

最初は入射角度の問題で、ヴィランに向けられた銃弾が誤って人質側に寄ってしまったのではないかと思っていた。

だが、そこからこの場所に至るまで、この男性が銃口を向け続けたのは、人質アンナだと気づいてしまった。

 

「なぜあんなことを」

「ガキさまには関係ありません」

「関係あります。人を傷つけることはいけないことです」

 

そんな当たり前の綺麗事を口走るヒーローに、男性は深くため息を吐いた。

 

「アンナお嬢さまを殺す。それが私の役割です」

「な……あなたはヴィランたちと敵対しているのに」

 

過激な思想であり、本来であれば殺人予告として逮捕されるべき発言だ。しかし、デクはその瞳に燃ゆる覚悟を見た。

本人はデクから視線を切ると、紅茶をコップに移して一口含む。

 

その所作には丁寧さがあり、このような場所でなければ彼の燕尾服が物語るように、執事としての有能さが伝わってくる。

 

「あの、紅茶を飲み終わったら移動しませんか~?」

「……まさか着いてくるおつもりで?」

 

むしろ護衛のおつもりですが……とは言えず、同じように囚われているはずのA組や、避難民たちの心配もある。この場にはいないようだが、おそらくはこのような【部屋】がいくつもあるのだと予想していた。

 

「ええと、壁があるからわかりにくいですけど、半径七百メートルの建造物。このかすか感じる微振動は動いているんだと思います」

「……だとしても目的は変わりません」

「それは僕もです。みんなを、助けます」

 

言外に、アンナを助けることを含ませていた。

それには気付かず、あるいは意図的に無視した男性が、デクに質問をする。

 

「ガキさまには打開策があるのですか?」

「ヴィランたちの目的を考えていました。まずは三つ。王国を創るため、新たな国民としてアンナさんや日本人を誘拐。つぎに日本の混乱に乗じて世論を誘導し、オールマイトに成ろうとしている。最後の一つの確率は低いですが、人質をとってなにかの目的を達成しようとしている」

 

こういうときは状況の確認だと、デクはこの一年学び続けた。

たとえヴィランがどれほど強大でも、オール・フォー・ワンがどのような画策をしていたとしても、相手に目的があるのならば、必ずそれを崩せる穴はある。

 

「人質をとって日本を征服。それが一番可能性ありそうに思えますが」

 

ティーセットを片付け、箱に戻す男性。

底に伏せていた写真を一度撫でつけ、バイクに積み直す。

 

「七百メートルと言いましたが」

「この部屋は、ですね。あの境目が見えますか?」

 

デクは壁の端を指差す。

男性はデクから見えぬように眼帯をずらすと、その両目でデクの指摘する空を観察する。

 

「四角の部屋だと思います。すくなくともワープのような個性で、アルプス山脈なんかに送られたわけではないですね」

「それでこの振動を移動だと……見た目通りのガキではないということですね」

 

バイクに跨りエンジンを掛けた男性は、デクを置き去りに急発進した。

 

「え!? な、なんで置いて行くんですか!」

 

ヘルメットも被っていないせいで大声の非難が聞こえたのか、男性は舌打ちをする。《ワン・フォー・オール》で強化されていた聴覚にもそれは届いて、デクは苦笑いをした。

 

周囲を警戒と観察しながらしばらく走ると、二人は部屋の端へと辿り着いてしまった。デクの注意喚起によってバイクを停めた男性は、壁の絵に沿って移動を再開する。

そうは言っても狭い部屋の中で、バイクでの移動。三割ほどは湖の区画があり、すぐに行き場を失ってしまった。

 

「クソ……」

「閉じ込められている? いや、でも──……あの、ちょっと良いですか」

「なんでしょうガキさま」

 

何度目かそう呼ばれても未だに慣れず、しかし自己紹介などと悠長なことをしている暇もない。

 

「銃を持っていましたよね? 撃ってもらえますか?」

「ガキさまを?」

「ち、違います! 反響音です! きっとどこかに空洞がありますから!」

 

デクは黒鞭を耳の付近から出して地面に突き刺した。指で男性にサインを出すと、銃に変形した義手で発砲。

 

「やっぱり出入口はありますね。空気ダクトのようなものもあるし、それに、あの岩」

 

立ち上がったデクが指差したのは、風景に紛れた岩肌だった。精工な風景と交じるせいで、距離があるとそれが壁なのか造り物なのかも男性には判断がつかない。

 

「通路です」

「信じましょう。乗ってください」

「え!? あ、はい!」

 

バイクの後部座席は荷物で埋まっているため、運転手の荷物の間にしゃがむように乗り込む。

男はなにも言わずに発進させたが、それで転がり落ちるような鍛え方はしていないし、そのような軟弱な個性でもない。

 

男がハンドルについたボタンを操作すると、バイクの装甲からミサイルが発射された。それらは岩壁に当たり、粉塵を巻き散らす。

 

デクは顔を引きつらせた。男性は、スロットルを目いっぱい解放していたからだ。もし自分が聞き逃しをしていたら、バイクも通れないような通路だったら──そのような不安をすべて置き去りにして、土煙の中を通り抜ける。

 

「うわぁ!」「なんだこいつ!」

 

男たちの怒声が反響する。

煙を抜けると、そこは暗い通路になっていた。今しがた岩に開けた大穴で光が通り、待機していたであろう四人マフィアたちが、迎撃の準備のために銃を構えようとしていた。

 

その隙を見逃すようなことはせず、飛び降りたデクは《黒鞭》で男たちの銃を絡め取り引き寄せる。

バイクも息を合わせるように、スライドブレーキによる制動を行った。タイヤと義足によるブレーキで床に跡が残る。

その姿勢で、腰から抜き取ったリボルバーでの発砲。

 

デクとの綱引きで無様に床を転がっていた男たちはそれぞれが悲鳴を上げた。

 

「銃って!?」

「ショック弾です」

 

念のため二人に追加の銃弾を撃ち込み、リロードする。一発ずつ詰め込み、まだ気絶していない男に銃口を向けた。

 

「アンナお嬢さまはどこですか」

「し、しらねぎゃあ!」

 

もう一人の男にも拳銃を向ける。

 

「アンナお嬢さまは──素直でよろしい」

 

通路の先に指を伸ばした男にも銃弾を撃ち込み、もう一度バイクへ乗り込む。

昏倒した男たちをどうしようかと悩んでいるデクに、男性は呼びかけた。

 

「なにしているんですがガキさま。行きますよ」

「え、あー……はい!」

 

アサルトライフルだけ叩き壊し、デクはもう一度バイクに乗り直した。

 

「えっと、あの、あなたは、傭兵とかですか?」

「いいえ、私はアンナお嬢さまの忠実な執事です」

 

ちらりと背後を確認する。壊れた壁に、倒れ伏す四人。バイクにミサイルまで積んで、なにが執事なのだろうかと聞きたかった。

 

「えっと、あの……」

 

どう聞くのが正解なのかと思案していると、代わりに男性が答える。

 

「ジュリオです。ジュリオ・ガンディーニ」

「僕は緑谷出久です! ありがとうございますジュリオさん!」

「ありがとう? 善意で助けたわけではありません。戦力になりそうだから連れて行くだけです。もし邪魔するようならば敵。ただそれだけですよ」

 

取り付く島もなさそうな様子と、どことなく幼馴染にも通ずるジュリオの態度に、デクの顔がくしゃくしゃになった。

 

 

松明のような光源で照らされた薄暗い通路を抜けると、そこには草原の中に佇む小さな街があった。

半径二百メートルもないような小さな円に、建造物が所せましと並べられている。おそらくは人が住むためのものではなく、モニュメントのような役割を果たしているのだろうと推測。

聳える巨大な金色のオールマイト像も相まって、趣味の悪さが際立っていた。

 

周囲には森くらいしかなく、ここから移動すれば敵から丸見え。

それでも二人は、臆することなく街を目指す。

 

街に乗り込むと、すぐに人ならざるなにかが反応するのがわかる。街の建物の上から、漫画から出てきたような、丸みを帯びたモンスターたちの姿──サイモンの個性で生み出されたインプたちがいた。

 

しかし手出しはなく、警戒を強めて進むことが最善手に思える。

 

「右へ!」

 

警戒していたため狭い道を進んでいたのだが、デクの指示で大きな道へ出る。そこは広場に繋がっていた。

 

おそらくは街の中央には噴水があり、囲うように何人も倒れている。おまけに、なんの冗談か花びらが散らされている。

 

「みんな! 麗日さん! 相澤先生!? なんで!?」

 

倒れ伏す一人、ウラビティに駆け寄って抱きかかえるものの、険しい表情で目は瞑ったまま。

視線は彼女の周りの花びらに向く。それにはどこか見覚えがあった。

アンナという女性を思い出す。

 

「うわあああ!!」

 

噴水から死角になっていた建物付近から悲鳴が聞こえ、ジュリオとともにそちらへ向かう。

そこには一塊になったヴィランたちと、アンナと呼ばれた金髪の女性の姿。それらに付き従うように呆然と立ち尽くす人々。そこには策束の姿もあった。

 

叫び声は列の先頭にいる尾白のものだった。彼の身体から吐き出されるように花びらが舞い、同時にアンナの金髪の根本が黒く染まる。

 

「お嬢さま!!」

 

ジュリオは義手の銃でアンナを狙う。

殺意なき殺人。躊躇など、心など、あのとき捨ててきた。

 

覚悟の銃撃は、しかし飛び降りてきたモンスターによって防がれた。

 

「あれー? キミってあれだよね、ダークマイトが言ってた小物だよね? そっちのキミはヒーロー? なんだ、まだいたのか。悪いね、僕はそろそろ寝る時間なんだ。ねぇ、デボラ」

「そうねサイモン」

 

欠伸を噛み殺し、和やかなに笑い合うヴィラン。彼らに向けてエアフォースを放とうとしたが、個性は発動しなかった。コントロールのミスなどではない。

 

「個性が使えなければただのガキだ。さっさと適合者を集めろ」

「あーら必死だねぇ先代派のパウロくん」

 

パウロが憎々し気に舌打ちをする。

なにか言い返そうと注意を逸らしたヴィランたちの隙をつき、ジュリオは義手に組み込まれたタッチパネルを操作した。

 

乗り捨てられたバイクが自立し、ヴィランに向けて加速する。

反応が遅れたパウロ、サイモンともどもバイクに撥ねられ転倒した。

 

隣を通り過ぎたバイクと衝突の衝撃に目を白黒させるデボラは、自身の無防備な状況に気付くのが遅れた。

自身を狙う銃口に身体が強張り、顔が引きつった。

 

逃げようと身を反らしたときに裾を踏み、四つん這いに転がる。それでも狙いはかわっておらず、彼女は逃げ出そうと立ち上がった。しかし裾は踏んだままであるため、膝立ちの状態で上半身だけバランスを崩すことになった。

結果、彼女は噴水の角に後頭部を強か打ち付けた。

 

喉の奥からか細い呼吸音が零れ、気を失ってしまう。

その瞬間、デボラの個性の影響下にあった全員が覚醒した。

 

「夢──覚めた!?」

 

真っ先に策束が状況を確認する。ほかのヒーロー含めた全員も状況を把握しようと周囲を見渡していた。

 

「策束くん! えっとあの──」

「ジュリオ」

 

階段を駆け上ったデクとは反対に、アンナがジュリオへと駆け寄る。

しかし、その笑顔はすぐに消え去り、向けられた銃口に怯えることになった。

 

「ジュリオさん!」

「え!? なに!? なんなの!?」

 

状況が理解できず喚く策束を無視し、デクはアンナの前に出ようとした。歯を食いしばり《黒鞭》を操作するも、間に合わないと理解してしまう。

しかし、その視界の端から見慣れた捕縛布が伸び、ジュリオの義手を絡めとる。発砲された銃弾は地面に埋まり、だれも傷つくことはなかった。

 

「なにもわからないやつらが!」

「やめてくださいジュリオさん!」

 

策束がアンナの背後から抱きかかえ、デクが前方でジュリオから庇う。

 

「は、離して!」

「セクハラですよねすみません!」

 

見当違いな言葉を吐いた策束ではあったが、アンナはそれらを無視して自分を触れる【適合者】を見上げる。

その直後、立ち昇る火柱を見てヴィランが来たと勘違いした。

 

「ジュリオ! お願い!」

「お嬢さま!」

 

腰から抜き放った拳銃を向ける。アンナは神に祈るように胸の前で手を組んだ。

それは、死を受け入れた呼吸だった。

 

「ふっざけんな!」

 

アンナを自身の背後に投げ捨て、顔を守りながら走り出す策束。

放たれた銃弾は策束の胴体に当たり、「ぎょえー」と叫び階段を転がり落ちる。痺れて動けないのも当然で、義手に組み込んだ銃弾には非致死性のショック弾しか装填されていなかった。

 

一足遅れて、起き上がったヒーローらがジュリオを取り囲む。

 

「なんで先生がいるの!?」

「助けに来てくれたって感じでも……」

 

気絶したヴィランが三人。負傷者多数。要救助者百名近く。そこに加わって策束とイレイザーヘッドなどの姿が増えている。

状況が好転したことは間違いないが、救助に成功したとは言い難い。

 

「俺たちは先遣隊だ。詳しいことは言えんが救援隊も準備している。だからどうか、安心してください」

 

イレイザーヘッドは集まって来た避難民たちに大きく頭を下げた。そのまま状況の説明をイレイザーヘッドに任せ、策束がデクや暴れ狂うバクゴーを呼びつける。警戒はイヤホン=ジャックとテンタコルの二人だ。

 

「怪我人はこっちだ。治してやる」

 

クリエティに支えられるフロッピーをはじめ、何人ものヒーローが治崎のもとに集まった。その近くに策束がヒーローたちを呼びつける。

 

「ここは数キロの建造物の中だ。たぶんいまも大きくなってる」

「数キロってどんな個性なん!?」

「さぁな。でも、こちらのお嬢さまと、その執事さんに心当たりがあるのでは?」

「あなたは、なんともないの?」

「ええ、なんとも」

 

アンナの視線は、捕らわれたジュリオと、己の手に触れられる策束を行き来していた。

そんなアンナを策束が紹介する。

 

「彼女はアンナ・シェルビーノ。投資家の娘さんで、マフィアとは本来無関係だ」

「え!? なんで!?」

「夢の中で探索させていただきました。ともかく、ゴリーニファミリーってヨーロッパのマフィアがこの一連の事態を引き起こしている。ボスの自称ダークマイトは個性不明。ほかのメンバーはこれで確認してくれ」

 

策束が自身の携帯端末をヒーローたちに渡す。

デクも見たところ、ネオンのように光る船の上にいた面々のほとんどは判明していた。

 

「で、困ったことが一つ。ゴリーニファミリーにウォルフラムが加わっている」

「ウォルフラム……だと」

 

ショートが眼光を鋭くし眉を寄せる。

 

「……だれだ」

「いや、まあ……デクは覚えてるだろ」

「ええと……ごめん」

「《I・アイランド》で戦ったテロリストだよ! たぶんボスの! オール・フォー・ワンから《筋力増強》の個性を与えられている。強敵だ」

「あー!」

「うんうん! いたわそんなの!」

 

ウラビティとチャージズマが納得するように頷く。

頭を強く搔きながら、策束が説明を続ける。

 

「……まあなんでここにいるのかはわかんないけど、正直厄介すぎる。複合個性ヴィランが一人、個性逸脱ヴィランが多数」

「私の個性は、触れた相手の個性を増大させるものです。私の……せいなんです」

「だから殺されることを望んだってのか」

 

策束が苛立った口調でアンナの言葉を遮った。

 

「人の命なんて背負ってまともでいられるわけねぇだろ。それとも私を思い出してどうかぐずぐずのぼろぼろになって欲しいってか」

「だまれ! ヒーロー気取りの偽善者が! なにもわかってねぇくせにお嬢さまの気持ちを踏みにじりやがって! 彼女がどれほど──! どれだけ──!」

 

ジュリオが歯を食いしばってアンナを見る。

しかし、アンナはジュリオから視線を逸らしてしまう。

 

どれほど苦しもうとも。

どれだけ絶望しようとも。

 

それらは、ジュリオの人生を歪ませる正当な理由にはならない。

 

アンナはもう一度ジュリオを見た。

見慣れぬ右手に、裾から見える左足も義肢となっている。彼の眼帯の下がどのようなことになっているか、想像する権利もないと思った。

 

銃を向けられたときより、ずっと、もっと心が痛い。

自分の命よりも大切なジュリオだからこそ、役割を彼に押し付けてしまっていたのだと、甘えてしまっていたのだと理解してしまった。

 

「ごめんなさいジュリオ。私、あなたに──」

「──はーっはっはっは!」

 

伝えるべき言葉よりさきに、悪辣な笑い声が響き渡った。

 

 

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