【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

113 / 138
ユアネクスト・Blood Born Evil

 

 

高笑いに反応して、全員が空を見上げる。

空中に出現したバルコニーから、市民を見下ろす一人のヴィラン。

ド派手な化粧に黒い全身タイツ。自慢の肉体美なのか、ポージングを作って笑い続けるオールマイトそっくりの男。

 

策束はアンナをねじ伏せて庇う。腰に手を当てて銃を取り出そうとしたが失敗。どこかに拳銃を落としてきてしまっていたようだ。

代わりにデク、ダイナマイト、ショートが、空中に出現した窓とテラスからこちらを見下ろす男に飛びかかった。

 

「むむむ、個性が発動──しなーい!」

 

大きな拳を振るい、《爆破》されながらもダイナマイトを殴りつける。デクとショートは身体が空中に浮かびあがり、身動きがとれないまま吹き飛ばされた。

 

「カミル、ウーゴ。せっかくヒーローたちが頑張っているんだ、邪魔をしてはいけないよ」

「はい、ダークマイトさま」

 

ダークマイトの背後に控えていた老人たちが頭を下げて一歩引く。

 

「あー、キミだね私の個性を消したのは。うんうん素晴らしい個性だ。しかしキミたちは被検体であり、人質だ。それを忘れてもらっては困るなぁ」

 

イレイザーヘッドはため息を吐いて両手を挙げた。

噴水を見下ろせる建物内部から、銃で狙われていたからだ。説明しようと避難民を集めていたことが裏目になり、イレイザーヘッドは身動きが取れなくなる。

 

「ふふふ、さすがは荒廃した世界でもがき続けるヒーローたちだ。命を握られようとも一つも闘志が薄れていない」

 

ダークマイトは、個性で壁に押し込まれ、それでももがくデクとショートに視線を送った。

イレイザーヘッドの《抹消》で個性を使えないはずなのに、その余裕は一切崩れていなかった。

 

「おはよう諸君! まずは自己紹介といこうじゃあないか! 私はダークマイト。良い名前だろう? 自分で決めたんだ」

「こんなに人を攫ってなにをする気だ!」

「オールマイトがなぜ世界中からリスペクトされるに至ったか! 真剣に考えたことはあるかね?」

 

数舜質問を送った切島の──いや、全員の時間が停止する。

会話がすこしも成立していないからだ。

 

「人は強さに惹かれる! そう! 力こそエンターテイメント! この施設! 《シンボル・オブ・パラダイス》は平和のランドマーク! サイモンのゲームをクリアしたキミたちは俺の同志だ! 俺が象徴となる瞬間をともに祝おう! ともに歴史を作ろう! わかったら挙手したまえ!」

 

もちろん手を挙げる者などいない。

反応に不満があるのか、ダークマイトはつまらなそうな表情で指を鳴らし、ピエロのような格好から白いスーツへと【着替えた】。

 

「キミたちはわかっていないようだね。まあしかたない。オールマイトとて活躍できる場所を【演出】していたからこそ、その凄まじい力が認知されたわけだからねぇ」

 

反論する者はいなかった。

それはダークマイトの言い分を認めたわけではなく、会話が成立しないヴィランであると認識したからだ。

 

「ならば私もダークマイトとして!! その力を示さなければならない!! 見よ! 新時代の幕開けを! 次代のヒーローたちを打倒し! 私が頂に立つその瞬間を!」

 

背後のヴィランが拍手をし、異様な光景を作り上げる。

その瞬間、自由になったデクとショートの空圧と炎がダークマイトを包み込もうとした。しかし、いつの間にか控えていた若い男性がバリアを張ってそれらを防ぐ。

 

「カミル、ウーゴ。パウロ以外回収しろ」

「はい、ダークマイトさま」

 

背後のヴィランが指揮者のように腕を振ると、気絶したままのデボラ、サイモンが浮かび上がる。

 

「きゃあ!」

「なんでボクまで!?」

 

石階段を掴んで抵抗した策束も遅れて、アンナとともにダークマイトのいるテラスへと吸い込まれていった。

 

「ジュリオ!」

「お嬢さま!」

 

ダークマイトへの注意によって拘束が緩んだ隙をつき、ジュリオが義手での銃撃を行うも、その空間はまるで空気に溶けるように消えて行き、銃弾は天井に穴を開けるに留まった。

 

悔しさで吠えそうなジュリオの耳に、スピーカーからダークマイトの声が響いてきた。

 

『ここからは命を賭けた殲滅戦。生き残った者には! この私の力を見せてやろう! はーっはっはっは!!』

 

響く笑い声を無視し、イレイザーヘッドが取り残されたヴィラン二人を見る。

捕縛布で縛り上げられていた個性を封じる異形個性のパウロ。もう一人はさきほどのバリアを張ったヴィランであり、ヒーローを見て怯えるように一歩下がった。

 

逃げ出そうとしたその男性を背後からダイナマイトが蹴り飛ばし、転がった彼に覆いかぶさって低い声で脅す。

 

「なんでも喋れ。全部喋れ。わかったなモブ!」

 

涙目で何度もうなずくヴィランを見て、イレイザーヘッドは作戦の立て直しを行う。ヴィランの目的は移り気で、雄英を目指していたはずが、いまや力の誇示に夢中である。

 

策束とともにアンナの精神空間を探索した記憶は新しいが、ヴィランのプロファイリングを行うには、あまりにも情報が足りない。

 

「なんでも話すから! 殺さないでくれ!」

 

その怯え方は、ヒーローたちには過剰に見えた。

いくら日本が混沌の最中であるとはいえ、ヒーローを名乗る者が情報を得るために暴力を用いることはない。

 

「爆豪、あまり脅すな」

「チッ!」

 

聞こえるように舌打ちをすれば、苦しそうに顔を伏せて身を強張らせる男性。彼らもなにかの被害者であると、どことなく直感した。

どこから聞けば良いかと頭を捻ろうとしたとき、イヤホン=ジャックが前に出た。

 

「あんたは、あのアンナって人の個性に適合したの?」

「し、してない……。俺たちはゴリーニですらない。パウロさんの個性との相性で、拾われただけで」

「適合者になるとどうなるのですか?」

 

詰め寄って来たクリエティに怯え、ヴィランが言葉を詰まらせる。

 

「ダークマイトの目的はなんなのですか?」

「知らない! でも、適合者の国を作るとか、オールマイトのようにとか……」

「あ! そういえばアイツってなんであんなにオールマイトに似てるのー? 兄弟だったり!?」

「違うよ、全然違う。笑ったときの皺が不自然なんだ。整形なのかな、それとも張り付けているとか。目の窪みも再現できていない。元々の顔の相当彫りが深いんだと思う。眉も違うよね。オールマイトはもっとキリっとしていて格好良いんだ」

 

デクの観察眼に全員が辟易しつつさらに情報を得ようとしたのだが、その前にパウロが目を覚まし、ヒーローを牽制する。

 

「お前らはボスの恐ろしさを知らない! お前ももう黙れ! 殺される!」

 

パウロの声にバリアの男も冷や汗を流して黙り込んでしまう。

 

『ふふふ、残念だパウロ。本当に! 残念だ!』

 

鳴り響くダークマイトの声に、ヴィラン二人が怯えて悲鳴を上げる。

 

「待ってくれボス! もう一度チャンスを!」

『もう一度……。そうだ、その言葉を信じて次を許した。その先にあったのはなんだと思う?』

 

明らかな粛清へのカウントダウンだ。イレイザーヘッドは周囲のヒーローに視線で合図をし、どのような攻撃にも対処できるよう布陣を固める。

たとえヴィランであろうとも、目の前で起こる殺人を行わせるわけにはいかない。

 

『怠惰だよ! 大罪一つだ。どれだけの馬鹿がゴリーニの名を穢してきたことか。オールマイトは一度たりとも敗れたことはない』

「もう負けない! 失敗しない! 必ず仕事をやり遂げる!」

 

その言葉はなんとも空っぽだった。

パウロも、もう一人のヴィランも捕縛布に絡めとられ、芋虫のように身もだえるのが精一杯。ただの命乞いであるのだが、ダークマイトから届く音声には一瞬の間があった。

 

『慈悲を与えるのも、また平和への一歩か──』

 

パウロたちは目の前に垂らされた希望に縋った。何度もうなずき、ご機嫌を窺おうとする。

しかし、二人は忘れている。

 

これは、ただの見せしめなのだ。

 

『生まれ変わって必ず俺の下へおいで』

 

瞬間、パウロたちが寝ていた床に穴が空いた。

イレイザーヘッドが二人に手を伸ばすが、その手はなにも掴めない。

 

地獄への入り口のように深いその穴へ、悲鳴が木霊していく。

 

──その悲鳴に笑い声が混じって、大きくなって返ってくる。

 

「──だはははははは! 私の勝ちだ! 乱波!!」

「この間抜けどもが降ってこなけりゃあ俺の勝ちだった!」

「重いっての! ダイエットしなあんた!」

「……脂肪じゃない」

 

落下していったヴィラン二人に加え、さらに四人が穴から這い出てきた。

ミルコ、乱波、レディ・ナガン、ベロスである。

 

「いよぉイレイザー。遅れちまった」

「ミルコ……なんで」

「下のほう壊してたんだが、どうしても入れなくてなー。ところがちょうど穴が空いたから駆け上った」

 

ダークマイトが造り出したこの空中要塞は、全高およそ五百メートル。悪趣味なダークマイト像で嵩増しされていたとしても、真下がどれほどの高さかはわからず、百メートルほどの穴だとしても驚かない。

 

あまりの無茶苦茶さに言葉を失う。

それはヴィランたちも似たようなものだった。

 

乱波に担がれていたヴィランたちは、地面に放り出されると床に怯えて逃げようと呻く。

イレイザーヘッドは捕縛布の拘束を解き、後ろ手を縛るに留める。ウラビティが《無重力》で漂う風船のように拘束する。

監視はされていると思うが、それ以降パウロたちの足元に穴が空くことはなかった。

 

「こ、殺そうとしやがった! 本当に殺そうとしやがった! バルドの野郎! 親殺しのキチガイ野郎め!!」

「親殺し?」

「バルド? おい、それはダークマイトの本名か」

 

治崎とイレイザーヘッドは、それぞれべつの単語に反応する。

 

「そうだよ!!」

 

パウロがどちらの質問に答えたのかはわからないが、どちらにしても答えは肯定だった。

 

「ボスは病死なんかじゃねぇ! バルドのボンクラがぶっ殺しやがったんだ! 幹部のだれもがバルドの追放に賛成した! ところが! あのアンナとかいうのをどこからか攫ってきやがって! 力でねじ伏せやがった! おまけにあの間抜けな面だよ! 終わりだ! ゴリーニはもう終わりだ!!」

 

半狂乱になるパウロの言葉で、イレイザーヘッドはようやく合点が言ったとため息を吐いた。

 

「策束、お前はどう思──っていねぇか」

 

おそらくは適合者として連れて行かれたヒーローに同情してしまう。

話を総合するに、アンナの個性は、触れた相手の個性因子を増大させる。適合者にとってはデメリットのないトリガーのようなものだ。

 

個性因子そのものを奪われている策束に、影響がないのは必然だ。

 

「ミルコ、俺とあなたで──」

「八百万! 耳郎! 障子! 要救助者たちを連れて脱出経路を探せ! ミルコ! 妨害がきたら排除しろ! 出久、轟、飯田、常闇! 俺についてこい! 残りは護衛だ!」

 

矢継ぎ早の指示に、イレイザーヘッドに向いていた視線がダイナマイトへと集中する。そのことにも気づかず彼はさらに続ける。

 

「女のヴィランは視線を合わせることで洗脳! 俺のスタングレネードで倒せる! つまり雑魚だ! ガリヒョロ眼鏡はモンスター出す個性! 本体は雑魚だ! 個性主体の寄せ集めでしかねぇ! イレイザーヘッドがアンナって女の個性を封じれば鍍金も剥がれる! あの似非オールマイトの個性は……《錬金》だぁ? ヤクザヴィラン! お前の個性と似てんなぁ! テメェも来い!」

「はいはい」

「ナガンと矢筒女! お前らはなにができんだ!」

 

ジュリオが持ち込んだバイクを腕力だけで引き起こすベロスと、それを見て引いていたナガンがダイナマイトの質問に答える。

 

「敵を倒す」

「敵を殺す」

 

あまりに物騒な物言いに周囲がどよめくが、ダイナマイトは納得するようにうなずいた。

治崎が《強肩》を温める乱波へと近づく。

 

「お前はミルコについて護衛に回れ」

「あぁ!? 殴れるほうに付いて行くに決まってんだろ!」

「どっちも殴れる。量と質どっちがいいかって話だ」

「どっちのほうが殴れるんだ!?」

「ミルコについていけ」

「わかった!!」

 

扱いさえわかっていれば乱波は優秀なヴィランである。

 

「イレイザー。乱波とミルコで護衛をさせる。生徒の中で使えるやつはミルコに教えておけ」

「俺が言う必要もなさそうだがな」

 

イレイザーヘッドは、柔らかな笑みを浮かべて生徒たちを見た。

教師に言われるまでもなく、プロに指示を請い、自分たちで役割を分担し、要救助者へ優しい言葉をかけて移動を促している。護衛の位置や、進むべき道をも、自分たちで決めていた。

 

「一年後、誰もが策束と同じことを出来ていたら、か……」

「なんだそれ」

「教師としては嬉しい限りってことだ」

 

パウロとバリア個性のヴィランを風船に見立てて身体に巻き付けているミルコ。彼女は準備が整ったとしてイレイザーヘッドへ最後の挨拶に訪れた。

 

「本当は私もそっちに加わりてぇが、任せたぞ」

「はい。そちらも、お願いします」

「任せろ、ヒーローたちにな! クリエティ! 行動開始だ!」

 

指示を任されたクリエティが頷いて声を張り上げた。

 

「まずは街から出て草原に出ます! この空間の端へ向かいます!」

「そこから……どうすれば……」

 

不安そうな避難民の声に、クリエティは笑顔を作った。どうするか、などヒーローたちにもわからない。ここにいたほうが安全かもしれない。出たら出たで、さきほどと同じようにヴィランやモンスターたちに襲われるだけかもしれない。

 

「大丈夫!」

 

クリエティの代わりに、フロッピーが答えた。

傷は治り、しかし顔に付いた血の跡を色濃く残す彼女の瞳には、有無を言わせぬ力がある。

 

「絶対、大丈夫よ」

 

彼女の言葉に、避難民の子どもが安心するように笑った。それを認めた大人たちも、過度な緊張がすこしだけ薄れていく。

 

その責任感に、フロッピーの手足が痺れるように震えた。

だが、その責任は決して一人で背負わせないと、彼らは心に決めてここに立っている。

クリエティが再び声を張り上げた。

 

「私について来てください!」

 

一人も置き去りにすることがないように。だれにも置いて行かれぬようにと。

 

彼女と同じように、周囲のヒーローたちが周囲の警戒に当たり始める。

 

「慌てないで! 落ち着いて行動してください!」

「ヤオモモ。さっきかすかに破壊音が聞こえた。たぶん、外側からの攻撃だと思う」

「きっとプロヒーローだ!」

「耳郎さん! その方向へ避難誘導を──」

「──それには! 及ばないね!」

 

ヒーローたちの監視を軽々と掻い潜り、その男は現れた。

 

「通形先輩!?」

「ルミリオン!」

「遅くなってごめんね」

 

雄英高校ビッグスリーの一人、通形ミリオことルミリオン。

何キロもある分厚い壁を抜けるに、彼以上の適任はいない。しかし同時に、彼の個性《透過》は方向性を決めることはできない。

上空から何度も落下を繰り返し、ようやく辿り着いたことは想像に難くない。

 

それでも、彼は人を安心させるために笑うことができる男だ。

 

「パトロールしてた場所が遠いのなんのってさー! と、まずはヴィランより人命優先! 僕についてきて!」

 

A組は先導役をルミリオンに譲り、声を大きく避難民の誘導へ当たることができた。自覚はないだろうが、さきほどよりも声は明るい。

 

「ふーん、良いヒーローじゃんルミリオン」

「つえーしな。楽しみだ」

 

建物の上から、ミルコと乱波が見下ろしていた。

そしてすぐに草原へと視線を向ける。

森までは二百メートル。素直に通れるとは思っていない。そのときが楽しみで、二人の笑みが深くなった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

街から飛び出したダイナマイトは周囲を見渡す。

 

「中の構造はダークマイトが好きに変えられる! 僕もジュリオさんもべつの部屋から隠し通路を使ってこの街に来たんだ!」

「わざと繋げていやがる。あの橋は絵か!」

「ううん、たぶん違う」

 

デクの《ワン・フォー・オール》によって鍛えられた視力は、遠方に見える石橋に絵にはない【質量】を感じ取った。

 

「いや! しかしあんな橋は麗日くんの話ではあんなところに橋は」

「さっさとアップデートしろ飯田ぁ! あの似非マイトは《錬金》でなんでも作っちまう! おまけにアンナとかいうお姫さまの個性で何十倍にもなってんだろ!」

 

言うが早いか両手の《爆破》で高く飛び、直角で橋へと空を駆ける。

 

「ついてこい!!」

「待ってよ!」

「待つか!」

 

言い合って進む幼馴染のコンビを、残りのメンバーが追随する。

ベロスとともにバイクの荷台に乗り込んだ玄野は、前方を走るヒーローたちに目を見張った。バイクの速度は安全運転ながら四十キロ。イレイザーヘッドはさらに速い。個性によって速度を維持するほかのメンバーとは明らかに異なる。

人間が出す速度とは思えなかった。

 

(ベロスや廻もそうだが、化け物揃いでやんすねぇ……)

 

おまけにその速度の中で、イレイザーヘッドは雑談を始めた。

 

「デク、ショート。ウォルフラムってのは何者だ」

「ええと、《I・アイランド》で出遭ったヴィランで! よくわかりません!」

「覚えてないです」

「鉄の個性を使って、あとパワーが強いんです!」

「……もういい」

 

残念ながら、策束の携帯端末にもデータは入っていなかった。もっとも詳しい策束が連れ去られたいま、個性や人物についてはブラックボックス化してしまっている。

 

「ダークホースか……」

 

それはウォルフラムだけではない。

携帯端末には、オールマイトとは似ても似つかないバルド・ゴリーニが映っていた。逮捕歴多数。どれも短絡的な暴行罪であり、すぐに保釈されている。さきほどダイナマイトを殴り飛ばしたのはただの腕力。

不意に無個性の中年男性と喧嘩した記憶がよみがえり、鼻で笑ってしまった。

 

長い橋を渡り終えると、そこは中世のコロシアムを模した空間と繋がっていた。

低い唸り声を上げ、壁の中から人ならざるなにかが這い出てくる。壁を壊したわけではなく、ダークマイトの個性によって壁を構成する物質から生み出されている。

 

《錬金》によって生まれた兵たちがコロシアムの会場に降ってくる。それらはサイモンが生み出したモンスターにも似ているが、より大きい。おまけにスーツを着込んでいる。

 

「立ち止まるな!」

「《ダークシャドウ》!」

『オオ!!』

 

インゲニウムとツクヨミがルート上を塞いでいたモンスターたちを弾き飛ばす。

 

「飯田くん! 常闇くん!」

「追いつく!」

「行ってくれ!!」

 

判断は一瞬だった。

デクは前を見て走り抜ける。

 

「乱波連れてくりゃあ良かったな。宝生たちだけでも」

「あの三人なら大丈夫だ」

「あ? 二人だろ?」

 

言葉の意図が読めなかった治崎がベロスとナガンに視線を向けるも、イレイザーヘッドは笑みを深くするばかりだった。

 

その二人は周囲を見渡して目を細めている。なにか視線を感じ取ったのだろう、さきほどまでとは顔つきが変わっていた。

人を殺す覚悟を、その目に宿している。

 

薄暗いトンネルを抜けると、そこにはS字にくねる石橋が続いていた。

その奥には切り立った崖の上に造られた廃墟。コロシアムと続き、古代ローマ──しかもオリュンポスに強い憧憬があるとわかった。

その証拠に広がる廃墟はここで数十年経過したわけもなく、ダークマイトの趣味であることは間違いない。

 

「ベロスとか言ったよね。抱っこしてやろうか」

「いらん世話だ」

 

ベロスはバイクの荷台で器用に立ち上がり、右手を弓に変化させて矢を番える。

 

「行け! ヒーローども!」

 

拙い日本語を叫び、ベロスは飛び降りた。身体を回転させることで慣性を捩じ切り、おまけに矢を放つ。

広場で待ち構えていたのは、老人二人。左右をバイクやヒーローたちが通り抜けるものの、手出しはしなかった。

 

「やるじゃん。おじいちゃん」

 

喉の奥を鳴らしてカミルとウーゴが笑っている。

データでは、二人の個性は《エクスカージョン》という回遊能力と、《テレキネシス》という念動力。

策束の見立てでは、この二人のどちらかの能力が、巨大要塞を浮遊させているとなっている。

 

そのこともあり、ただの個性頼りのヴィランだと思っていた。

もしナガンとベロスを前に視線を逸らせてヒーローたちに意識を払えば、ベロスの矢を封じたという油断を衝いて、二人の眉間を撃ち抜けたとナガンは笑った。

 

「ワシらの相手は可愛いお嬢ちゃんたちかい」

「おいおい、私らがお嬢ちゃんってのは甘やかしすぎなんじゃないかい?」

 

矢を空中で止めていたウーゴは、指でつまみ鏃をナガンたちへ向ける。

 

ベロスの小さな舌打ちを聞いて、ナガンは右手を《ライフル》へ切り替えて矢の迎撃を行う。

矢は《テレキネシス》の効果で上書きされ、ナガンたちに襲い掛かった。二本はナガンが撃ち落とし、最後の一本はベロスが矢で相殺されて地面に刺さった。

 

「さすがこの要塞を動かす個性。厄介だねぇ」

「ふふふ、それはウーゴには無理ですよ、お嬢さん」

 

老人、鷲鼻、マフィア。その共通点を持ちながらもカミルはウーゴを馬鹿にしたように口元を抑えて微笑んでいる。

 

「範囲も威力も立場すら、彼は私の下位互換ってやつですね」

「抜かせ間抜けめ。降って湧いた幸運をいまのうちに味わっているとよいわ」

 

ヒーローから視線を外さなかったベテランたちだというのに、いまは相手を貶めるために火花を散らすように睨み合っている。

 

ナガンは髪を引きちぎって筒状の銃弾へと変える。

多くのヴィランにとって彼女の遠距離狙撃は脅威だと認識されているが、彼女は近距離ので戦闘も不得手ではない。

むしろ、人を殺していたときは、相手の返り血を浴びるほど近く殺し続けていたのがレディ・ナガンという女である。

 

「死ね」

 

躊躇いなく弾丸を発射した。スラッグ弾とも言われる散弾は、発射されると筒を破って小さい弾丸を大量にばら撒く凶刃となる。

貫通力があるわけではないが、一つ一つに個性をかけるには個性の特性によっては血反吐を味わう訓練が必要になる。

 

案の定、二人は引き寄せた石柱を空中に固定させて銃弾を防ぐ。

 

(殺し方はわかった)

 

ナガンは追加で散弾を撃ち込むも、それは空中の岩を削るに留まる。

 

リロードの隙間を縫い、ブレードナイフを握り締めるベロスがヴィランたちに駆け寄った。

石柱の下をスライディングで抜けると、予測していたようにウーゴが手を動かす。背後の石柱にベロスが押し潰されたように見えただろう。

 

油断はしない。

ナガンの対応をカミルに任せ、ウーゴは追加で周囲の岩を土煙の中へ撃ち込む。

 

その瞬間、矢がウーゴの周囲へと降り注ぎ、小人のようなウーゴが地面に縫いつけた。矢が刺さった反動で長い両手が力無く暴れている。

 

しかし、血の匂いはしない。

 

空を【駆けて】いたナガンはカミルに向かって発砲。周囲には多くの岩が浮き上がって、まるで半球状のバリアのようにカミルを守っており、彼が手を動かすだけで不規則な軌道で岩が盾となった。

 

《エアウォーク》を解除し、地面に落下するナガン。着地の際に、両手を強く握りしめた。その手には、彼女の髪と同じ色のナックルダスター。

自身に特攻するナガンを見て、カミルはうす笑いを浮かべて岩を前方へ集めた。その際にナガンを見ることも忘れない。

 

土煙の中から這い出した彼女は、額や肩にできた擦り傷から血を流しているものの軽傷の域を出ない。

周囲に守るものがないと見たカミルの背中に向け矢を放つ。

 

しかし、その矢は空中で止まり、反転してナガンに襲い掛かる。

 

「危ない危ない」

 

笑うのはウーゴ。矢が大量に刺さった地面の中心で、長い手を叩いてナガンを褒めた。

カミルが視線を岩へと戻すと、ちょうど炸裂するところだった。

ナガンが拳に嵌めたナックルダスターには火薬が仕込まれており、拳を打ち付けることで岩を粉砕した。

そのまま右手を《ライフル》へと変化させ、スラッグ弾を撃ち込む。しかし、それは横から飛ばされた石柱に邪魔される。

 

長い《ライフル》の先端が石柱にへし折られ、ナガンは苦悶の表情のまま体術に持ち込もうとした。

しかし、自分の身体が浮き上がり、天井へと叩きつけられる。

 

骨折するようなヘマこそしなかったが、それでも身体は外壁を削るように押し込まれていく。

 

カミルは片手をナガンに向けながら、もう片手でベロスを攻撃。ウーゴの石柱攻撃を彼の視線を読み解くことで避け続けていたベロスにとっては予想外の一撃となり、地を抉る投擲攻撃によって右足を文字通り削られる。

膝が逆に折れ、足首から下は押しつぶされた。急激な重心のずれに股関節が砕ける音も聞こえてきた。岩を抱きかかえるように地面を転がる。

 

「邪魔するなカミル」

「なぁに、礼には及ばないよウーゴ」

 

カミルは自身の執事服のネクタイを片手で整える。もっとも、攻撃を受け流し続けた彼の服装は乱れていなかった。

代わりに、ベロスの攻撃で吹き飛ばされたサングラスを《エクスカージョン》でウーゴの手元に戻す。

 

そのサングラスを手で払いのけ、カミルを睨みつけた。

 

「ボスのお気に入りだからとて、立場を弁えてもらおう」

「立場? はて、よくわかりませんが、もしかしてゴリーニの旧体制のことを仰っておいでで?」

「旧体制!? よくも抜け抜けと!」

「ゴリーニの頂点はダークマイトですよ。旧態にしがみついて意地を張る必要はない」

 

意地を張るという言葉は的を射ていた。

二万人を誇ったゴリーニファミリーは、いまやたった十人以下。

逆らう者を殺し、逆らわずともアンナの個性《過剰変容》に適合しなかった者をゴミのように扱った。

 

だれであろう、ダークマイトが切り捨てた。

力だけが評価される世界を創るために。

 

それらを知ってなおゴリーニを名乗るのは、意地を張ってしがみついているから。

 

ウーゴは言い返さなかった。

意地という言葉を【否定】することができなかったからだ。

否定すれば──もう一つの真実を曝け出さなければならないからだ。

 

「どうしましたウーゴ?」

「……さっさと仕留めて帰るぞ」

 

天井に張り付けられたナガンに向け、岩を投げ飛ばす。

彼女はナイフで服を切り裂いて落下を選んだ。空中の石柱を足場に着地を行う。

 

「馬鹿な女だ」

 

二人で足止めを行ったというのに、一人は戦闘不能。無傷のマフィアが二人で、一体これ以上なにを足掻くというのか。

 

下着姿の女性に欲情を抱くこともなく、ナガンの異形の右手を空中で固定した。カミルの《エクスカーション》と明確に異なる差は、《テレキネシス》は生体にも影響があること。

 

肉と骨が潰れる音が響き、銃身がジグザグにへし折れた。節々から血が噴水のように噴き出し、ナガンは痛みのあまりに白目を向く。

《ライフル》が解除され、腕とは言えないほどに歪んだ白い腕が現れる。地面に倒れ込まなかったのは、右腕が固定されたままだったからだ。

 

カミルは口元を白い布で抑え、侮蔑するように視線を細めた。ウーゴは怒りにも近い感情で睨みつける。

 

「私は執務室に戻りますよ。そろそろ外のヒーローたちの相手をしなければ」

「……勝手にしろ」

 

ウーゴは石柱を二つ持ち上げ、ヒーロー両名のとどめを刺そうと視線を送る。

──そこで、虚を突かれて岩を落とした。

 

ウーゴの挙動が不思議だったのか、カミルはナガンへと視線を向けた。

 

「……馬鹿な」

 

呆れるように呟いた。

ナイフを逆手に持ち、自身の右手をなんども突き刺すナガンの姿を見たから。

 

「ぐうぅぅぁぁぁぁああああ!!」

 

千切れかけた筋肉や筋を引き延ばし、さらにナイフで斬りつける。最後には右腕だけが宙に浮き、ナガンは個性から脱出した。

 

「馬鹿者めが!!」

 

落とした石柱を二つとも飛ばし、着弾によって土煙が舞い上がる。カミルも慌てて追撃を放つ。

二人は強い警戒心でナガンを見据える。

いまの攻撃で死んでいれば良し。

でなければここで、絶対に殺さなければならない。

 

「避けろカミル!」

 

煙を散らす弾丸が射出され、カミルとウーゴの間を通り抜けて、背後の石柱を砕いた。

さらにもう一射。明らかにさきほどの一撃より巨大な銃撃だ。おまけにナガンの《ライフル》は半分以下の長さしかなく、銃弾の大きさもあって目で追えるほどでしかない。

カミルは薄ら笑いを浮かべて銃弾を【加速】させた。

さきほどナガンが砕いた石柱には、下敷きになっていたベロスがいたため、《エクスカージョン》で銃弾を操って攻撃をしかけたのだ。

 

上半身を起こしていたベロスは、頭部に銃撃を直撃されて木の葉のように何度も舞う。

それを見てカミルは笑った。口元を隠したまま、それでも周囲に下卑た笑みであることは伝わっている。

一方のウーゴは薄ら笑いすらできなかった。

 

ただ冷や汗を流し、呆然とベロスを見ていた。

右足が砕け、左足を折り曲げて上体を起こすことでようやく身体のバランスを保っている死に体。食いしばった歯は何本か失われ、唇は横に大きく裂けて、頬は左耳まで裂けている。

 

そしてその両手は、左手が弓に──右手にはナガンの髪の毛をエポキシ樹脂によって

固められた矢が番えられていた。

 

「意地か」

 

放たれた矢は《テレキネシス》での減速をものともせず、ウーゴの腹を貫いて彼ごと石柱へ縫い付けた。

 

「ひっ」

 

カミルはそこで選択を誤る。攻撃を向けるべきは矢を失ったベロスではなく、すぐ背後に迫っているナガンだった。

 

彼女は《ライフル》を振るってカミルの顔を傷つけた。ナイフで無理矢理千切ったその先端は歪の爪のように、カミルの両目を抉りつける。

 

悲鳴を上げて両目を抑えるカミル。やけっぱちのように《エクスカージョン》で周囲の物体を振り回すも、なにかに命中することはなかった。

 

痛みと恐怖で怯える声を聞きながら、ナガンは青ざめた顔でベロスを蹴りつける。

矢を放ったまま気を失っていたベロスは、思い出したように呼吸をして、笑うナガンを見上げた。

 

「良い女になったじゃん」

「あなたもダイエットおめでとう」

「言うねぇ」

 

片手で器用に靴紐を解いて、ベロスへ血を垂らす片腕を渡す。

 

「結んでちょうだい。さすがに死んじゃうわ」

「私の足のほうが出血多いんだけど」

 

文句を言いながらナガンの右腕を止血し、ついでに自分の太ももにも巻き付ける。

 

「おい、女ども」

 

腹を抑えたウーゴがよたよたとした足取りで近寄ってくる。一瞬警戒したヒーロー二人に向け、帽子を外して禿げ頭を見せた。

 

「殺すなら殺せ。意地を張ってただけだからな」

「意地張るやつは嫌いじゃない」

「意地を張っていたわけじゃないんだ、お嬢ちゃん」

 

意地を張っていないとすれば、なぜバルドに付いて地球の反対側まで来たのか。

──怖かったからだ。

 

殺されるのが怖かった。

取り残されるのが怖かった。

いままでの人生が、否定されるのが怖かった。

 

「意気地がなかったんだ……」

 

つぶやいたウーゴは、《テレキネシス》で石柱を浮かばせる。目標はナガンでもベロスでもなく、カミルだった。

カミルの周囲に舞う岩ごと、カミルを石柱で吹き飛ばす。

 

目を潰され受け身もとれず、不意打ちのように岩を受けたカミルは面白いほど吹き飛んだ。

それを見てウーゴは笑うこともせず、ナガンたちの傷に目を向けた。

 

「怖くは、なかったのか」

「怖い? あはは、まあね。あんたは?」

「……どうでも良い」

 

ベロスはぶっきらぼうに答え、すこしだけ言葉を続ける。

 

「あいつらと会えなくなるのは、ちょっと寂しいな」

「そーかい」

 

ナガンが左手で頭を撫でると、ベロスは顔をしかめて頭を振った。幼女のように撫でられるような関係性でも年齢でもない。

 

「──おっと」

 

カミルの個性が解けたのか、足元から振動が伝わってくる。ウーゴは歯を食いしばって《テレキネシス》を発動させ要塞を支えようとした。

しかし、アンナの個性での強化倍率は、ウーゴはカミルに大きく劣る。

 

「せいぜい数分だ。着地は成功せんだろうな、衝撃に備えろ」

 

足元の振動が止まる。すでに禿げ頭には脂汗が浮かんでいたが、それでも彼は意地を張った。

張らねばならなかった。

 

でなければ、ダークマイトに付き従った本当の理由がバレてしまうから。

恐怖に支配されていた弱い自分と、向き合いたくなかったから。

 

「ゴリーニは終わりか……パウロよ……」

 

地球の反対側まできてたった数人の残党をもって、ゴリーニの歴史に幕を閉じる。

この数分は、きっと意地だろうと笑った。

 

 






ウーゴ・ゴリーニ
鼻と腕が極端に長い小柄な老人。本来はジル・ゴリーニとともに爆豪・轟の足止め係。
個性《テレキネシス》で、物体を移動させる速度はあるものの、範囲も重量も後述するカミルの劣化個性(というか比較すらされてない)。新生ゴリーニファミリーでは最年長であり、先代を殺害したバルドと仲が良いわけがない。
この二次創作ではなんか良い人そうだけど、劇中ではちゃんと小物で、戦闘中はジルの分もいっぱい喋る。


カミル・ゴリーニ
ダークマイトの第一秘書というか執事というか、そんな扱い。
劇中の巨大要塞はカミルの個性《回遊‐エクスカージョン》を推進力としている。個性の規模だけならダークマイトよりも上位ということになる。
なぜか劇場特典の冊子ではだれよりも悪辣な表情をして描かれているので、戦闘したら楽しそうに笑っていると思う。
(ほかのゴリーニの面々を書き忘れていたので、前話などに後日書き加えます)



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。