【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

114 / 138
ユアネクスト・Time as Oath

 

 

カミルとウーゴが守っていた城壁の向こう側。

白い洋館と庭園が広がっていた。

 

そのバルコニーに、二人はいた。

 

「お目当ては俺の大事なお嬢さんかな? しかし渡さないぞ」

 

洗脳状態のアンナは、ダークマイトに肩を引き寄せられ、頬に触れられても無反応だった。無防備な女性を汚すような行為に、ヒーローたちがダークマイトを睨みつける。

 

ジュリオがバイクを急加速しようとしてすぐに、荷台に積まれた玄野が肩を強く叩いて警戒を促す。

屋敷に辿り着くまでもなく、一人のヴィランが庭園を守護していたからだ。

 

「それじゃここはあっしが」

「玄野」

 

治崎が忠告めいた含みをもたせて玄野の名を呼んだ。その目は、気障な男を睨みつけている。

ブルーノ・ゴリーニ。ヤクザで言えばバルド同様に若頭の一人であり、範囲内の物体を遅延させる個性《ドレイン・スポット》。

似たような立場ではあるものの、玄野が地位や個性を気にしての立候補とは思えず、対抗心を燃やしているわけではないはず。

 

玄野の個性はたしかに対人戦特化だが、一対一で真価を発揮する能力ではない。味方の数が多ければ多いほど、ジャイアントキリングを狙いやすい、言ってしまえば初見殺し特化の個性。

 

にもかかわらず、玄野は一人での足止めを選択した。

 

「舐められっぱなしは癪に障るんでねぇ」

 

ただの意地だと、彼は口にした。

黒いフードを被り、久しく被っていない仮面を着ける。

 

死穢八斎會現若頭、玄野針。

ヴィラン名──クロノスタシス。

 

治崎が最も信を置く、幼馴染の親友だ。

 

「行くぞ」

 

バイクに一度蹴りを入れ、屋敷を迂回するようにその場を離れる。ブルーノが《ドレイン・スポット》を発動させて捉えようとしたが、それは玄野が発砲した拳銃によって牽制される。

足元にできた弾痕を一瞥し、ため息を吐きながら玄野を見やる。

 

その間にヒーローたちはぞろぞろと抜けて行った。それを確認し玄野が話しかける。

 

「わざと外した」

「お前の情報もあがってきた。日本のヤクザだってな」

「なに言ってんのかわかんねーよクソマフィア」

「個性も組織も立場も俺のグレードダウン。やるの? 本当に?」

「日本に来たなら日本語話せよクソが」

 

発砲。

しかしそれはブルーノの個性で簡単に防がれる。透明な球体のなかに残る弾丸は、目に見えるほどゆっくり回転して進んでいる。

人間が巻き込まれれば、時間停止と誤認してもおかしくはないほどの能力だ。

 

おまけに玄野の個性とは違い、接近する必要もなければ、針を刺す必要もない。

何度も発砲するも、そのたびに銃弾は空中で止まった。透明な球体がいくつも空中を漂っているように見える。

 

「面倒だな」

「個性で負けているからって拳銃とは紳士じゃないな。まあアジア人ならしかたがないか」

 

銃弾の軌道を避けてから個性が解除されると、捉われていた銃弾は本来の速度を取り戻してコンクリートへ穴を開けた。

 

玄野は足元に散らばった空の薬莢を投げつけ、個性の軌道を確認しつつ前進する。

二度ほど発砲したが、それらもブルーノの前で停止する。

 

「動けるのかよ」

「狙いはなんだジャパニーズマフィア。個性のインターバルか? それとも範囲か? 残念なお知らせの一つだ。自滅もしないんだよ」

 

ブルーノは空中の弾丸を摘まんで、すこしだけ角度を上げた。個性が解けた瞬間、明らかに進行方向が逸れて空へと消えて行く。

 

「映画みたいにキミに向けたりしないぜ、残念ながら慣性までは操作できないんだ」

「なに言ってんのか、わかんねぇって言ってんだよ」

 

銃口を向けたまま、玄野は動こうとしない。

彼の作戦は結局奇襲だった。策を弄して針を打ち込む。拳銃など楽に人を殺せる程度の道具でしかない。

 

だからこそ、これ以上打つ手がなかった。

 

「諦めたかジャパニーズマフィア。カミカゼってのを見たかったんだけどなぁ」

「神風? ヤクザが神さまに頼るわけにはいかねぇだろ」

 

ああ、そうだったと、玄野はマスクの下で笑った。

神などいないと、彼は知っているから。

 

残った銃弾をすべて撃ち込み、素早く弾倉を入れ替える。

迫りくる銃弾を個性で封じ込め、挑発の言葉のために口を開くブルーノ。その薄ら笑いを見ないように、玄野は叫んだ。

 

「いまだ!!」

 

マスクのために視線は見えない。しかし、ブルーノは玄野の視線が自分に向いていないことは理解した。

 

背後を振り返って個性を放ち──だれもいないことを確認してため息を吐いた。後ろ歩きを加えて玄野へ視線を戻すと、長い髪の束が空中でうねっていることで視界は塞がれていた。でも、完全にではなく、姿勢を低くし走り出している玄野の姿は十分見えていた。

 

ブルーノの勝利は、たった一歩で十分だった。それだけで身に纏っていた《ドレイン・スポット》が玄野の髪の毛を個性の支配下にする。

当人は無事だが、操作できるはずの髪の毛から感覚が途切れている。ナイフでもあれば髪の毛を切って逃げ出すこともできるだろう。

だが、銃を捨ててナイフを握るという隙を、ブルーノが見逃すことはない。

 

「あー、さすが東洋の猿だ。刀振って奇声を上げれば勝てると思っていやがる」

 

目隠しに使った髪の毛の隙間を縫うように、銃弾が向かって来ている。そのあまりの無様な足掻きに、言葉にならない笑みが浮く。

すこしだけ乱れた髪の毛を正し、玄野に白い歯を見せつけた。

余裕なのだ。

命のやり取りにすらならない相手であり、かといって玄野を倒してダークマイトのために駆けずり回るような忠誠心など欠片もない。

 

(オール・フォー・ワンとやらに声かけてみるか)

 

玄野に向けて歩を進めながら、考えることはこれからの展望だった。ゴリーニで甘い蜜を吸う時代は終わり、バルドの薄っぺらい理想郷など興味もない。

 

(アンナを手土産にするのは難しいが、バルドがオール・フォー・ワンに潰されれば楽に──ん)

 

《ドレイン・スポット》に取り込まれた髪の先端が、震えたように見えた。

もちろん気のせいだろう。玄野は逃げられず、もはや銃口すら呑み込まれている。

なにかの打開策があるとしても、《ドレイン・スポット》の中にいるブルーノに傷をつけるためには音速の約二倍、時速二千キロメートルでも出せなければお話にもならない。

 

銃を構えたまま、玄野の腕が《ドレイン・スポット》に呑まれた。ジェット機でもあるまいし、勝敗は決した。玄野の個性でこれ以上なにが──。

 

「──あ?」

 

足に痛みが走り、反射的に視線を下げようとした。

しかし身体の動きに制限がかかり、それすらままならない。

 

(なんだ? なにがおこった?)

 

ブルーノの身体は《ドレイン・スポット》から出ておらず、玄野の個性の発動に必要な髪の毛はブルーノの個性下にある。

しかし、もはや一歩踏み出すこともできず、水の中にでもいるように身体が動かない。

 

(クソ、動けない。なんでだよ! 猿の個性じゃないだろ! 何者だ! くそ!)

 

空中を漂う髪の毛を睨みつけ、打開策を模索しようとする。

眼球すら動かせないその中で得られる情報は、ほぼなかった。玄野の長い髪の毛が球体状に伸びて周囲を囲んでいるからだ。その隙間から見えるのは、玄野本人のみ。

 

その玄野に違和感を覚えたのは、体感時間にしてゆっくりと十秒を数えたときだった。

 

(……動いて……いる?)

 

地面に映る玄野の影が、錯覚のような速度で動いている。

 

(ありえない……)

 

ブルーノの個性でゆっくり動くようになるのは当たり前だ。そしてそれは、人間が数ミリ単位だろうと動けるような遅延ではない。

 

それはつまり、玄野が音速に近い速度で動いていることを意味する。

アンナの個性の強化が外れたと言われたほうが、まだ現実味がある正解だ。

 

(なんだ、なんなんだコイツは)

 

バルドに見せられたデータでは、侵入してきた者たちの中で異色ではあった。逮捕されたヴィランとしての経歴と、ヤクザの若頭補佐、そして個性。たったそれだけだ。ヒーローではなく、ヴィランとしても木っ端者だ。かのタルタロスに収監されるでもなく、保釈されたのが良い証拠だろう。

 

それなのに、アンナの個性で強化された個性にも、抗えるというのか。

 

(ありえない!)

 

ピタリと。

見えない紐が額と銃口を繋ぐような錯覚。

 

心だけが恐怖で凍り付いていく。

懇願することもできず、止める術もない。

もしいま《ドレイン・スポット》を解けば、瞬時に殺される。

引き金を引かれるわけにはいかない。

 

(そうだ! さっきみたいに逸らせれば──)

 

動けない状態だというのに、名案とばかりに思い付いた。しかし、すぐに現実に否定され、代替案を練ろうとする。

 

自分がパニック状態であることの認識もできず、ただ時間だけが過ぎていく。

幸いにして銃弾とブルーノとの距離は十メートル以上離れている。《ドレイン・スポット》を展開している限りは猶予があるはずだ。

 

(時間があればウーゴとカミルが自由になるはずだ! ジルだって連絡のために動き回ってるし! パウロならこんな雑魚の個性を消せる!)

 

淡い期待を仲間に抱いて数分。

銃弾はすでに五メートルを切っている。

 

(なんでこうなった! なんでだれも来ない! どこで間違った! バルドの馬鹿のせいだ! なにがダークマイトだ! なにが気に入らなかったんだ! ボスまでやっちまって! ゴリーニ潰して! 良いじゃねぇか! 酒飲んで! 女集めて! 男は従えて! ふんぞり返って! 俺はそれで満足だったんだ! お前となら! なんだって!)

 

ひとしきり不満を叫び、それでも状況は変わらない。

いや、銃弾は確実に進んでいる。もう一メートルもない。

 

(いやだいやだいやだいやだいやだいや──あ)

 

銃弾がとうとう視界から消えた。しかし、銃弾が消失したわけではない。固定された眼球が銃弾を見失っただけであり、その銃弾はいまも回転しながら着弾地点を探している。

 

何分もしない間に、額になにかが触れる感覚と、爪を押し付けられたような痛みが伝わってくる。

 

諦めようと思考を手放そうとして──痛みによって覚醒させられた。

押される程度の痛みは一瞬で、そこからはカッターナイフで皮膚を捩じられる感覚から、マイナスドライバーで骨を削られる感覚へと変わる。

 

(俺がなにしたってんだよ! 痛い! やめてくれ! 神さま! いますぐ殺してくれ! 痛い! なにもしてない! 見ていただけだ! 痛い! 悪いのは俺じゃない!)

 

神に頼らずとも自身の個性を解除さえすれば、銃弾はすぐに本来の速度でブルーノの頭部を貫く。そんなことすら、彼は考え及ぶことができなかった。

 

彼はここに至るまで、覚悟など持たずについてきただけだったから。

 

すこしずつ、確実に削られていく頭蓋骨の振動を感じ、そしてとうとう彼は【背後に倒れ込んだ】。

転んだ拍子に《ドレイン・スポット》が解け、留まっていた銃弾が何発も飛んでいく。額から滲むような血を流しながら、ただ呆然と空を見る。

 

「ああ……ああああ……」

「……良い格好になったでやんすねぇ」

 

焦点が合わぬ瞳に、涎と小便を垂らして小刻みに震えるブルーノ。鮮やかな金髪は、なぜか白髪交じりになっていた。

見下ろす玄野は、拳銃をブルーノに向けて「バン」と玩具の銃を撃つような素振りをする。

ついでに、昇っていない硝煙の煙を口で吹き消す仕草。

 

それにもブルーノは反応を見せず、喉から音を漏らすばかりだった。

マスクを外し、笑顔のまま地面に転がる玄野。その口から、ブルーノ同様音を漏らすような苦悶の声が響く。

 

「いだだだだ……」

 

死穢八斎會現若頭、玄野針。

ヴィラン名──クロノスタシス。

 

個性《クロノスタシス》。髪の毛が矢印のように形を作り、それらを自在に操れる。そしてその針を刺した相手の体内時間を、矢印の種類によって制限することができる個性だ。

 

ブルーノに刺した針は『長針』。たった五分ではあるがほぼ動けなくなる。一時間ほど拘束できる『短針』であれば銃弾が貫けたのに、とブルーノの幸運に笑って首を擦った。

血を拭きとり、【自身を刺した】三本目の矢印を指で弾く。

 

役割は『秒針』。

その効果は、刺し続けている相手の反応速度を、物理法則を越えて高めるもの。簡単に言えば高速移動能力。

それだけ聞けば一見最強の自己や味方の強化のように思えるが、残念ながら玄野が実戦で『秒針』を使うのは滅多にない。

 

というのも、この『秒針』はあくまで肉体的な高速移動を実現させるだけで、肉体強度そのものを高めているわけではない。

一歩踏み出せばその速度は音速に近く、その反動だけで足の骨が折れる。よしんば骨折しなかったとしても、いや、動かなかったとしても、脳みそは体感時間分の処理を要求され、ひどい頭痛に襲われる。

 

トリガーと併用してもし使いこなせていれば、オーバーホール率いる死穢八斎會は、きっとヤクザたちが勝利していただろう。

 

その場合、きっといま感じる痛みでは済まないだろうなと、玄野はよろりと立ち上がる。

ふらつく身体に鞭を打って、ブルーノを見下ろすために近寄っていく。

 

「ヤクザ舐めんなよ」

 

組長が目を覚まし、死穢八斎會は解散することになったが、それでも彼は極道である人生に誇りをもっていた。

それはきっと、意地みたいなものだ。

 

勝利ではなく、屈服に満足した玄野だったが、その薄ら笑いはすぐに引っ込んだ。

足元から伝わる振動は、すぐに空気中にも響き渡ってきたからだ。

 

ブルーノの首を『短針』で刺し、その髪を紐のように首にまとわりつかせて引き摺り始める。

 

「まったく、ヒーローってのは無粋の極みでやんすね」

 

へっぴり腰の力業でブルーノを引き摺る玄野の姿は、きっと幼馴染が見たら笑ってしまうかもしれない。

そう考えて、玄野は笑みを浮かべた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ミルコと乱波が、いや、その場のヒーロー全員が予想していた通り、避難誘導はヴィランたちに妨害されることになった。

サイモンというヴィランの個性で生み出されたモンスターたちに加え、マフィアのようにスーツを着込んだ、ダークマイトに生み出された錬金兵たちも街の隅々から襲い掛かるようになった。

 

クリエティは誘導を指示しながらも、ヴィランたちに誘導されていることを悟っている。

ヴィランたちの思惑に逆らおうと指示を撤回しようとしたが、それはミルコによって防がれた。

 

「問題ない! 正面突破だ!」

 

彼女の蹴りは吹き飛ばしたモンスターごと建物の壁をも粉砕した。背後で笑う乱波は、モンスターに狙われすぎてすでに姿が埋もれて見ることも叶わない。救助しようという意見もあったが、乱波は単騎でこそ威力を発揮すると、A組は訓練で思い知っていた。

 

クリエティはとうとう街の外に出るように指示を送る。

当初の予定から大きくずれこんだその外には、案の定錬金兵とモンスターたちが大量に湧いていた。

 

「勇者諸君! よくぞこの魔王サイモンが支配する最終ダンジョンに辿り着いた!」

「……なんだあいつ」

 

平原の遠くに聳える塔の中腹に、豪華な椅子に座ってこちらを見下ろすサイモンの姿。どこにマイクがあるのか、声は至るところから響いて来ていた。

屈伸しながらミルコが隣のクリエティに質問をした。クリエティとしても、モンスターたちを生み出しているヴィランであるとしか返答できず、彼のゲームのようなロールプレイには一切説明することができなかった。

 

「ぶっとばしゃあ良いか」

 

ミルコが息を吸うと彼女の上半身が膨らんでいくような錯覚。どこまで息を吸うのか、その呼気に耳の奥がざわつき、サイモンの声などすでに周囲のヒーローたちには届かない。

 

ミルコが身体を前傾にした途端、地面が爆発して背後の切島たちが後方へ吹き飛ばされた。ミルコは前方のモンスターたちを鎧袖一触とばかりに吹き飛ばして、サイモンへと突き進む。

 

サイモンの怯えた声が響き、轟音とともに塔の一部が砕け散る。

A組が一晩費やして防ぎきれなかったサイモンというヴィランを、瞬く間に打倒したことで民衆は沸き立つ。

 

「まだだ!!」

 

叫びながら塔から飛び降りたミルコの言う通り、モンスターたちは民衆を襲うように包囲網を狭めていく。

最後尾を務めていたルミリオンも、街から出るように声を張っていた。

 

それを建物から見下ろすのはサイモンと、彼を抱きかかえたジルというヴィランの姿。塔の椅子の背後に控えていたジルは、ミルコの突出を見てすぐにサイモンとともに個性で脱出していた。

 

「あ……ありがとうジル……」

「ああ」

 

静かに返事するジルは、すでにミルコと視線が合っていた。

 

「あとは、なんとかしろ」

「え!? そんな!」

 

捨てられた子犬のように悲鳴を上げるサイモンを捨て置いて、ジルは《エニーテレポー》で加速しようとしたミルコの背後へとワープした。

 

後ろに目でもついているのか、ミルコは背面へ蹴りを繰り出したものの、そこにジルはもういなかった。代わりに側面から顔面を殴られて芝生に転がる。そこを周囲のモンスターと錬金兵に寄って殴られて蹴られる。

それも一瞬。起き上がり様の回転蹴りで周囲のモンスターたちを文字通り蹴散らしていく。

 

「お前! やるじゃん!」

 

垂れてくる鼻血を舌で舐め取りジルを見上げるミルコ。その瞳には未知の個性に怯えなどなく、闘志だけが沸き躍っていた。

まずはあの目が邪魔だなと、ジルはもう一度【跳躍】した

 

一方、サイモンはモンスターを総動員してヒーローたちの圧殺を図った。その姿はさきほどの余裕などなく、プロには勝てないという怯えだけが刻まれている。

それもそのはず、イレイザーヘッドに続きミルコとの差は、明確な敗北感だった。

 

ゴリーニファミリーの一員ながら、彼は幹部でもバルド派でもない。ただ親がマフィアだったから自身もなった。それだけだ。

それがアンナの個性に適正があり、おまけにバルドからオタクな知識を褒められて調子に乗ったまま日本に来ただけだ。

ヴィランもマフィアも、サイモンにとってはただ趣味の延長でしかない。

 

「くそ! なんだよ! くそ!」

 

悪態をつくサイモンだったが、足首を掴まれて身体を強張らせる。

足元を見ると屋根から手が生えており、その手に掴まれていた。その隣には、顔だけが出ていて不気味にサイモンを見上げている。

 

「捕まえちゃったもんねー」

「ひっ!」

 

ルミリオンは足を掴んだまま上半身を屋根の上に乗せた。その動きによってサイモンは無様に転がってしまう。

周囲のモンスターたちにルミリオンの攻撃を指示したが、その攻撃はすべてルミリオンの胴体や顔を《透過》して空を切ることになる。

 

「パワー!!」

 

攻撃されながらもルミリオンの拳はサイモンの腹へと突き刺さり、苦悶の呼吸とともにサイモンは気を失った。

 

周囲のモンスターたちは消え去り、視界が開けたルミリオンはサイモンを掴んで屋根から飛び降りた。着地の瞬間両足を《透過》させて、すぐに解除する。重力を無視したかのように飛び跳ねたルミリオンは、サイモンを後方要員として配置されたアニマへと投げ渡す。

 

ヴィランを拘束しつつ、アニマもインビジブルガールも、ルミリオンの技量の高さに感動すら覚えていた。

いつかルミリオンにA組全員で挑んだことがあるが、いまならきっと──そんな甘い幻想を打ち破るほどの【強さ】だった。

 

「さあ! かかってこいよ!」

 

大量の錬金兵たちを前にして、ルミリオンは笑顔で叫んだ。

それは敵意を集めるためでもあったし、周囲に安心を齎す笑顔でもあった。

 

そして、もう一人笑顔を絶やさない人間がいる。

 

「あははははは!! いいぞ! 足りねぇ! もっと! もっとだ! おら! どうした! ぶっ殺してやる!!」

 

民衆の最後尾にて、錬金兵をなぎ倒し続ける乱波の姿。怪我を負い、至るところから血を流しているにも関わらず、その闘志はミルコ以上に燃えていた。

 

彼の背後には錬金兵の残骸が積み重なっており、その錬金兵たちも時間が経てば欠損部位を補強して立ち上がるようだ。

そして、その数はいまも増え続けている。

 

街の外壁を食い破るように、周囲のコンクリートに命が宿ったかのように、いくらでも這い出てくるのだ。おまけにその力も並みではない。

クラスでも上位を誇るテンタコルのパワーと拮抗する錬金兵は、草原と街の境目にいるヒーローと民衆に襲い掛かって来た。

 

クリエティは前方の錬金兵に向けプラズマ固定砲台を三台《創造》し、その充電をチャージズマに任せる。

送られた電気は収縮を繰り返し、三本のレーザーとして放たれる。高熱のレーザーは射線上の錬金兵と草原を燃やし尽くした。しかし、それはあくまで射線にいる錬金兵だけの話であり、それ以外の錬金兵たちはレーザーに怯えることなく襲い掛かってくる。

 

「ハートビートファズ!」

 

イヤホン=ジャックの攻撃が音の壁となって錬金兵たちの動きを封じる。本来であれば地面すら砕く威力があり、その耐久力はサイモンの生み出したモンスターの比ではないことが理解できた。

すくなくとも、昨晩のような持久戦は期待できそうになかった。

 

テイルマン、テンタコルのパワー勝負を得意とするヒーローは、とくにその認識が強かっただろう。

 

(押し負ける!)

 

テンタコルは口にこそ出さなかったが一対一ですらパワーで拮抗し、テイルマンも一撃で《尻尾》を負傷するほどだった。

 

「このゴーレムはコンクリート並み! っていうかコンクリートだ!」

 

コンクリートをも粉砕するテイルマンの一撃ではあるが、その本質は技術だ。常時その威力が出せるわけではない。

 

となれば、残りは正攻法ではなく──もっと悪辣な方法を使うべきだ。

 

「離れててー! っていっても、まだ一分くらいしかできないけど!」

 

避難民の護衛から抜け出てピンキーが進み出る。

お気楽な声とは裏腹に、その顔には覚悟が宿っていた。

 

彼女は笑顔を絶やさず、アンブレイカブルを発動しているレッドライオットの肩を叩く。ちくちくと彼の《硬化》が指を傷つけたが、それはどこか誇らしかった。

 

「ピンキー必殺──!」

「ばっ! 三奈! 三奈ー!!」

 

心配するレッドライオットの声を置き去りに、彼女は高く跳躍して錬金兵たちに突っ込んで行く。

 

錬金兵たちの身体はひどく歪で、両腕が肥大化して足は細い。そして周囲のコンクリートから《錬金》され続けていることは察しがついていた。

 

「うりゃぁぁああああ!!」

 

草原を溶かし酸の上をスライディングのように滑って、できるだけ遠くへ向かう。

足首を溶かされた錬金兵たちが倒れ、しかしそれでも追い縋ってくる。

髪の毛を掴まれ、とうとうピンキーの歩みは止まった。

 

しかし、もう十分だ。

もう十分、距離が取れた。

 

百メートルも移動していないのに、そこはただ周囲を敵に囲われ別の世界のようだった。

もし一人なら、きっと怖くて泣いてしまっていた。

 

【彼】の背中にから飛び出して、守られることを拒絶する。

 

(だってさー! 隣に立ちたいじゃん!)

 

彼女が行ったのは自殺行為に似た陽動などではない。

ピンキーにとっては聞き慣れた焦げる音や匂いとともに、彼女の髪の毛を掴んでいた錬金兵の指が溶ける。

 

『緑谷さぁー』

 

思い出すは、友人との会話。

 

『個性五つも六つも使えて混乱しないの?』

『するよ。でもコツがあつてね。一回一回道具を出し入れしてスイッチを押すイメージで使うんだ』

 

それは、一つの答えだ。

人を傷つけぬように抑えていた限界値を、スイッチ一つで解放する。

これは、そんなイメージの話だ。

 

意識的に制限している、個性の制御を解放する。

まるで母体の羊水に包まれているような気分になった。

 

「行くよ──アルマ」

 

ツクヨミが相棒である《ダークシャドウ》にそうするように、彼女は自分を包む【溶解液】にそう語りかけた。

 

ピンキーを覆うスライムのような粘質のある酸の塊。

意志などないただの暴力。いや、それどころかただの人を傷つける悪意だ。

 

腕を振るうと、意志を汲むように『アルマ』が吠えるように口を開く。錬金兵を掴み放り投げ、ボーリングのピンのようになぎ倒す。

投げられた錬金兵は周囲に溶解液を巻き散らし、最後は四対ほどの錬金兵と地面とともに溶けていく。

 

「まだまだ行くよぉ!」

 

まだまだと言えるほど発動時間は長くない。

思いつきから生まれたアルマは、必殺技としては未熟だ。練習場所も相手も限られ、改善点の修正も終わっていない。

 

そんなことを理由に、出し渋ることなどしない。

たとえここで倒れて置いて行かれたとしても、隣に立つとはそういうことなのだと知っているから。

 

「ヤオモモ! チャージ完了!」

「ありがとうございます上鳴さん!」

 

左翼側で暴れている『アルマ』から視線を逸らし、クリエティはもう一度プラズマ砲を発射させた。酸ではなく、熱で地面ごと溶けていく錬金兵たち。

 

右側の大群はイヤホンジャックが封じ込めているものの、撃破には至らない。

それどころか、間違いなく全方向からの物量が増している。

 

「芦戸!」

 

レッドライオットがクリエティの隣を駆け抜け、ピンキーの名前を叫ぶ。獣のような『アルマ』が半壊し、崩れかけていた。

そのサポートのためにレッドライオットが拳を振るうが、打開にまでは至らない。もし彼女をこのまま孤立させれば、錬金兵たちによって殴殺されるだろう。

 

「瀬呂さん!」

 

クリエティの指示に、セロファンが《テープ》を空高く射出する。しかし天井は想定以上に高く、ひらひらと錬金兵たちの頭へと落ちていく。残念ながら《テープ》を使って振り子のように飛んでいくことはできない。

指示は失敗したが、クリエティはすぐさま次の指示を送った。

 

「麗日さん!」

 

錬金兵を《無重力》で動けなくしていたウラビティが、クラスメイトのカバーを受けてレッドライオットのもとへ駆けつける。

 

「いけぇ!」

 

《無重力》状態のレッドライオットを蹴り上げて吹き飛ばす。

 

「──届かねぇ! 麗日!」

 

空中でアンブレイカブルを発動し重力によって落下する。錬金兵の背中へ着地して、すぐにべつの錬金兵へ飛び移る。

 

かぎ爪で進行方向の錬金兵の顔面を半分削る。しかし、彼らは頭に動力があるわけでもなく、思考力もない。

 

その錬金兵に腰布を掴まれ、背後へ倒れ込む。周囲の錬金兵がレッドライオットへ乗り掛かった。

 

「やべぇ! 切島!」

「青山くん! レーザー! 合体で行くよ!」

「ウィ!」

 

インビジブルガールと青山が護衛を離れて前線へと駆け寄る。

その瞬間、背後からの突風で二人揃って芝生へと倒れ込んだ。

 

「吹き飛べええええええ!!」

「馬っ鹿お前! 雄英の人らも吹き飛んでんだろ! よく見ろ!」

 

上空から男性が言い合いする声。

クリエティが空を見上げると、そこには見覚えのあるヒーローがいた。

 

「夜嵐さん! と……えっと」

 

士傑高校のレップウ。数日後の決戦ではキーパーソンの一人として、応援要請を送っているヒーローの一人だった。その足にぶら下がっているのは、どこかで見たことがある黄色い全身タイツのヒーローだった。名前はたしか──

 

「シュガーマンさんでしたか、どうしてここに」

 

シュガーマンはレップウの足から離れて地面に落下する。拳を上げてクリエティに背中を預け、周囲を警戒しながら話し続ける。

 

「先遣隊だ。ルミリオンと夜嵐、それにホークスも来てる」

「ありがとうございます」

「ホークスはツクヨミと眼鏡のヒーローの補助をしてボスに向かった。俺らはこっちでルミリオンの補助。良いように使ってくれ」

「わかりました」

 

ホークスというトップヒーローの名前に安堵することなく、クリエティは周囲を見据えた。

レップウの個性で吹き飛ばされ、転がっている錬金兵の壁。その向こうには、ピンキーとレッドライオットが取り残されている。

 

「──見捨てます! みなさん壁に沿って移動を開始してください! 耳郎さん! 先導を!」

「わかった!」

 

イヤホン=ジャックはすぐさま走り出し、シュガーマンはそのあまりの非情な判断に目を剥いた。

 

「いくらなんでも──」

「上鳴さんお願いします。切島さん! 立ちなさい!」

 

反論よりも先に繰り出される指示とともに発射されたプラズマ砲が錬金兵を焼き尽くす。漂う焦げる匂いに怯えた。シュガーマンやレップウから見れば、巻き込まれた二人がプラズマ砲に焼かれていたとしてもおかしくはない。

 

「心配いらねぇよ! あいつの後ろにゃ! 血は流れうぇーい!」

「うぇい?」

「障子さん! 上鳴さんがダメになりました! 回収お願いします!」

「任された」

「うぇーい!」

 

手早く担がれていくチャージズマの姿に、雄英の教育方針を疑うシュガーマン。

 

「砂藤! 風緩める! 雪崩れ込んでくるぞ!」

「はぁ!? なんで!?」

「中央! 二人見えた!」

 

天井付近から俯瞰するレップウは、溶けてガラスのように固まった錬金兵たちを押し退けて這いずり出る、レッドライオットの姿が見えていた。

 

「目が! 酸で! あとあちい!」

「ありがと切島ー……」

 

背負われたピンキーはアンブレイカブル状態の肌と擦れ合い、痛みで顔をしかめる。

 

「いてぇだろ! アルマ出したままで良いぞ!」

「大丈夫ー。こんなの余裕だもんねー」

 

そう言って首元を強く抱き締め、すぐに離した。

 

「やっぱ痛いね」

「そりゃそうだろー」

「あと、ちょっとまずいかも──」

「こんなときに男女うんぬん言うんじゃねーぞ」

 

すこしだけ赤くなった鼻の頭を器用に掻いたレッドライオットだったが、それはあまりにも緊張感が欠如した発言だった。

 

「逃げろー!!」

「ごめん切島ー!!」

「は!? なに──うわー!!」

 

ピンキーが再びアルマを発動し、レッドライオットは酸の海に呑み込まれた。もっとも酸性はほぼなく、粘膜に激痛を感じる程度で──死なずに済んだ。

 

彼は見えていないが、背後からの投擲によって飛ばされた巨岩が着弾した影響で、めくれ上がった地面が広がっている。

アルマとレップウの《旋風》で防がなければ、二人は押しつぶされていただろう。

 

目を抑えるレッドライオットを肩で担いだピンキーは、背後を見ながらも懸命に走る。

 

いつの間にか草原を埋め尽くしていたはずの錬金兵は周囲から消え去っており、代わりに黒い巨木が生えていた。

もっとも、木と表現するにはあまりにも生々しく艶めいており、イソギンチャクの親戚のようで、まるで悪夢の光景に近い。

 

その触手の先端には穴がいくつも空いており、それに気づいたときピンキーの喉から空気の漏れる音が聞こえた。

彼女には、その光景がスローモーションのように見えた。

幹が頭を振るうように胎動し、その揺れが触手まで届く。そして、穴から体育座りした錬金兵が放たれた。

 

もう、なにも間に合わない──。

地面に足を引っかけ、転がりながらそう考えた。

瞬間、背後からの轟音で身体が震えた。

 

「雄英やっぱり頭おかしいって!」

「助かりましたシュガーマンさん! ついでに二人を運んでください!」

「さっきから人使い荒すぎねぇかあんた!」

 

巨大な鉄の盾を構えるシュガーマンの背後で、ピンキーを庇うヒーローの姿をクリエティは見る。

真っ赤な目で視界のほとんど失っているにも関わらず、彼女の怯えを感じ取ったレッドライオットは両手を広げていた。

 

「立ってください! シュガーマンさん! 逃げますよ!」

「待て! 考えがある!」

 

地面に轍を残しながら、集団で後退する。その速度は牛歩に近い。その間にも、いくつもの砲弾が雨のように注いでくる。

鉄の盾と言っても騎士が持つような平らな盾ではなく、装甲車や装甲列車のフロント部につけられるような楔形の鉄の塊だった。

コンクリートを主成分にした錬金兵の投擲であれば傷痕しか残らず、その場に留まるのなら時間を稼げるはずだ。

 

「夜嵐! このお嬢さんらを《旋風》で回収!」

「お前は!?」

 

空に向かって声を張り上げるシュガーマン。答えるレップウは、飛ばされる砲弾を必死に避け続けていた。

 

「動く相手を狙ってる自動人形だ! 全員逃がしたらこの盾で俺が引き付ける!」

「無茶です!」

「先に無茶しやがったのはお前らだろ! 任せとけって! これでも俺ケッコー強いんだぜ!」

 

盾の内側に背を預けたシュガーマンは、ポシェットからスティックシュガーを取り出して、砂糖を口の中へ流し込んでいく。その瞬間、コスチュームタイツに包まれていた彼の筋肉が、目に見えてさらに膨張した。

 

「夜嵐合わせろ! さん! に! いち!」

「行け! 砂藤!!」

 

巨大な鉄の盾の取っ手を握り締めたシュガーマンは、両腕の筋力だけで盾を持ち上げ、走り出した。

轍も残らず、彼の足跡だけが地面へ刻まれる。

 

それらを見届けることなく、クリエティたちはレップウの個性によって回収されA組の元へと舞い戻る。

 

「良かったー! いまルミリオン先輩が外に合図送ってるんだ!」

 

街から大きく外れ、壊れた壁の周囲に避難民たちが雪崩れ込んでいる。壁はどうやら定期的に修復されるようプログラムがされているらしく、ウラビティが説明している最中でもテイルマンが壁を壊していた。

壁の向こうから、インビジブルガールが出て来てクリエティたちの様子を見る。

 

「三人はこのまま外に出てね。残りは囮として──」

 

彼女の判断に反対したのは、レッドライオットだった。

 

「俺たちも、残る!」

 

酸に焼かれ、真っ赤に充血した目で立ち上がる。手を繋いだままのピンキーも膝を立てて笑った。

 

「ヒーローに、成らなきゃねぇ」

 

言葉尻は弱く、それでも、彼女は笑った。

まるで、それこそがコスチュームであるかのように。

 






ブルーノ・ゴリーニ
気障なイケメン欧州人。
個性は範囲内の物体の時間の遅延させる《ドレイン・スポット》。その遅延は銃弾すら止まっているほどのスピードになる。どう考えても強個性だが、緑谷の《発勁》+《黒鞭》+パワーでわりとあっけなく倒された。
立ち回り的に実力№2だと思われるが、思わせぶりなだけだった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。