【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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決戦編は0~4となります。



決戦・プロローグ

 

「初めまして、四ツ橋社長」

 

開け放たれた鉄の扉を叩き、床に座り込む男性に話しかける。手錠を着けたままの四ツ橋力也──リ・デストロがこちらを見た。

 

「やあ、キミが……。お父上によく似ているね」

「良く言われます。あなたもそうなのでは?」

「どうだろうね。私は、父ほど高尚な人物だとは自身を評価できないな……」

 

ボクから視線を逸らした四ツ橋は、視線を下げた。刑務服のズボンの裾は途中で垂れていて、おそらくはそちらを見ているのだろう。

 

「あなたのことを調べたのは私です。……《個性の母》のことに辿り着いたときはずいぶんと驚かされました」

 

個性の母──“個性”の生みの親。異能排斥派によって衆人環視のもとに惨殺された女性だ。彼女が死ぬ間際に放ったとされる言葉が、超常や異形とされていた能力を、人がそれぞれ持つ“個性”という存在に押し上げた。

想像でしかないが、当時の異能排斥派は戸惑っただろう。自分たちが恐れて迫害していたものが、基礎体温が低いとか、背が高いとか、その程度のものだったのではないかと。

 

怯えたはずだ。そんなもののために、自分たちが行った行為を。

 

そして、その《個性の母》が命を賭けて暴徒たちから守り抜いた赤子こそ、異能開放軍指導者デストロ──四ツ橋主税。

デストロの落胤が目の前の四ツ橋である。

 

「そんな雑談をするためにこんなところに? 日本は解放されようとしている。個性の母が封じ込めてしまった、父が成し遂げられずに屈した法律。……個性などというまやかしから解放されようとしているのだ」

「だとしてもテメェは一生出れねぇよ」

 

おっと、感情が。

笑いながら開放している扉を拳の腹で三度ほど叩く。並みの金属ではないのか、石を叩いたかのような感触と音だ。

 

「個性から異能に? ああそう、で? 名前変えるのが目的? 良いんじゃない? せいぜい無個性って扱いが無能とか馬鹿にされるようになるだけだと思うけど。っていうかこれからは能力あることが当たり前になるんだから、べつの名前考えたら? 異能? 古いって。一世紀前のカビの香りがするわ。個性の母のほうがよほど時代の先駆けだね」

 

さきほどまでの疲れた中年のおっさんは、檻の中にはもういない。恐ろしいまでの形相でこちらを睨みつけるヴィランがそこにいた。

だが《ストレス》は浮き出ていない。感情のコントロールの精度が恐ろしいまでに高められている。あまり挑発はできないか。

 

「ボクの父親から交渉の申し出は?」

「知らないのかい? 信頼関係がなっていないな」

「聞き方を変えよう。デトネラット社の負債額は知ってるか」

 

……いかんな、黙ってしまった。

挑発がすぎたか。

 

「ボクからの交渉を受けるつもりは?」

「……聞いてやる」

「ブラックマーケットに流したデトネラット社のアイテムは、すべて自爆装置が付けられてるよな」

 

これは確証のないデータだし、すべてというには語弊もあるだろう。だが、発目は怒り狂っていたため、多くのアイテムにはいまだ自爆装置が組み込まれていることは間違いない。

 

「それを起爆させたい」

「は、はは! 市民を殺す気か! これはこれは! とんだヒーローだ!」

 

認めやがった。

おまけに広範囲の同時起爆も可能っぽいな。

ナイトアイが乱戦と《予知》した以上、ヴィランがデトネラットのアイテムを使うことは間違いがなく、あわよくばそれを逆手に取りたいのだが、上手く行きそうだ。

これはすぐにでもヤオモモに伝えるべき事項だな。

 

「起爆コードを教える代わりに、なにを差し出す?」

 

いや……申し訳ないけど、起爆コードはわかってるんだ。メリッサさんがものの数秒で解析して手元にある。確証がなかったし、本当に市民の手元で爆発させるわけにはいかない。家の箪笥の奥に隠されていれば火事にも繋がってしまう。

 

「おい! 待て小僧! どこに行く!」

 

火事と言えば、トガヒミコの生家が燃やされたらしい。決戦前日にそんな情報もらったってな……。彼女の生まれた県はA組の捜索範囲からは大きく離れた場所であり、そこからならオール・フォー・ワンのだいたいの位置も予想が立った。

 

──が、今更だよな。

 

「親子ともども馬鹿にしやがって! 私を甘く見たことを後悔させてあひゅー!」

 

気持ち良さそうに頬を染めて、笑いながら崩れ落ちる四ツ橋。看守に指示をして扉を閉めてもらう。ストレス発散のため効率的なものとは言え、男の喘ぎ声など聞くに堪えない。

 

「最高指導者! ご無事ですか最高指導者ー!」

「うるせーなー」

 

すこし離れたところから、四ツ橋を心配する絶叫。

覗き窓で盗み見る限りは若い男性。白髪の、どこか轟の母親を彷彿とさせる白髪のイケメンだった。個性も氷系統らしく、部屋全体に霜が張り付いている。

リ・デストロのことを最高指導者というのならば、根っからの異能解放軍か。こいつから抜ける情報などたかが知れているか……。

 

その隣の部屋には……なんだ?

生命維持装置らしきなにかに繋がれた青年の姿──というかおっさん。

隣のイケメンはこちらの視線に気づいている様子はすこしもなかったのに、こいつにはすぐに目を合わせられた。おまけに笑ってやがる。

 

「彼は?」

 

看守に聞くと迫圧紘だと言われた。ヴィラン名は、ミスターコンプレス。

自傷を顧みずベストジーニストに拘束された状況を打破し、死柄木を回収。

 

しばらく悩んで、四ツ橋と同じように扉を開けてもらう。

 

「やぁ、お前ヘルメットマンだろ? 初めまして」

「また懐かしい名前を。ヴィラン連合、コンプレスですよね。お久しぶりです」

 

まあ、あのときは《二倍》になったコンプレスだったし、素顔も初めて見た。

緑谷のような天然パーマのせいで、無駄にやる気になってしまった。ボクは死柄木などどうでも良いというのに。

 

「お聞きしたいことが」

「マジックのタネなら、墓まで持っていくぜ?」

「あなたのお墓参りはずいぶんと手軽に行えますね。……聞きたいことは一つ。あなたは、オール・フォー・ワンと死柄木、どっち派ですか?」

「はぁ? どういうこと?」

「いえ、実は私も良く理解していないのですが。そこも含めて聞きたいんですよね」

 

コンプレスは初めてボクから視線を逸らして、宙に視線を泳がせた。

ミスターコンプレス。林間合宿襲撃に際し、ヴィラン連合へと加入。そして、こいつの機転によって相澤先生の目すら掻い潜り爆豪が誘拐されることになり、結果、神野区の悪夢と繋がっていく。

憎むべき相手ではあるが、情報はべつだ。

 

「俺は、まぁ、根っからのショーマンだからな。人が必死になってる姿ってのが、好きなんだよ」

「……続けて」

 

無駄話だ。看守の目も冷たい。

だがこの手の話は、情報をくれと言って貰えるわけではない。我慢我慢。

 

「トガちゃんもスピナーも、トゥワイスもマグ姉もさ、言っちゃえば俺も、自分の居場所を守るために必死だっただけなんだよ」

「荼毘は?」

「あー、あいつはどうなんだろうな? でも、まあ……夢はあるだろうな。エンデヴァーの息子なんだろ、荼毘って」

「荼毘はそのことをヴィラン連合でも秘密にしていたわけですか。徹底していたんですね。ええ、我々は確信していますし、おそらくはあなたもそうでしょう」

「……ああ、だと思ってる」

「そいえば、ボスって?」

「ボスはボスさ。死柄木だ。さっきの答えだけど、死柄木の先生なんぞ、俺はどうだって良いね」

「なるほど……そちらも徹底されていましたか」

「どういう意味だ、それ」

「いえ、さすがにヴィランへ情報は……」

「答えてやったろ。教えろよ」

 

コンプレスは苦悶の表情で近寄ろうとする。身体からコードを何本も生やした死にたいでようやるわ。

 

「取引、という形ならば」

「俺が知ってることならなんでも教えてやるよ」

 

ちょっと優しすぎたかな。まあ良いさ、こいつは決戦には関わらない。

 

「死柄木の中身には、いまオール・フォー・ワンがいます。正確にはドクターの元で改造されているときにでしょうか、オール・フォー・ワンをダウンロードしています」

「は?」

「ダウンロード後、定着するのに三十八日。それが明日になります。つまり明日、死柄木の精神は死ぬ」

 

唖然とした様子のコンプレスを見ながら、なんの情報をいただこうかと考える。

こちらが質問する前に先手を取られた。

 

「──トゥワイスは、死んだんだろ」

「ええ、そう聞いています」

「そっか……。まあ、そうだよなぁ」

「あなたも、半死半生の大怪我でしたよ」

 

コンプレスはどこか照れるように笑い、俯いて肩を震わせている。

顔を上げたとき、彼の表情は真剣そのものだった。

 

「逮捕者の一覧見せてくれるなら、超常解放戦線の残存勢力を教える」

「大盤振る舞いですね」

「だから──俺をここから出しやがれ」

「あははは、取引になってねぇ」

「なんでもする」

「身を挺してまで仲間を守る男を信用できるか」

「──頼む」

 

コンプレスが手の拘束具で土下座をすると、ケーブルが引っ張られて寝床に血が垂れ始めた。

たっぷり十秒、そのままにする。

 

「頼む!! もう俺のショーは終わった! もうヴィランは名乗らない!」

「扉を閉めてください」

「待ってくれ! 頼む! お願いだ!!」

 

扉が閉められると、遅れて扉を叩く鈍い音が聞こえてきた。

ケーブルの長さを考えると、届くわけがない。

──ああ、死ぬな。死ぬよな、この血の量は。

 

コンプレスの必死の叫びが、扉の向こうから聞こえてくる。

看守には待機を命じ、踵を返して駆け出していた。

 

施設から出て、装甲車の壁を叩く。

手の平が裂けるかと思うくらい痛かったが、その甲斐あって装甲車がすぐに開けられた。

 

ドアを開けた治崎は、ボクの表情を真似るように渋い顔を作った。

 

「厄介そうだな」

「挑発しすぎた。一人死にそうだ」

「……間抜けめ」

「ああそうだよ!」

 

治崎の手を掴んで走り出す。潔癖症なのに申し訳ないとは思うのだが、獄中で克服したそうなので許してくれ。

あと頼むから生きていてくれ。

 

治崎を連れて戻ったときには、コンプレスは血溜まりでうつ伏せに倒れており、すぐに《オーバーホール》してもらう。リカバリーガールの《治癒》では間に合わなかっただろう……。

 

「オーバーホール!? テメェなんでいやがる!」

「あ? お前だれだ」

 

生命維持装置とケーブルから解放されたコンプレスが真っ先にしたことは、治崎に喧嘩を売ることだった。そっかー、知り合いだったよなー。

 

あー……生きてて良かったー……。

血が垂れ始めたとき固まっちゃった……。びっくりするほど覚悟固まってなかった。

 

結局、コンプレスのことは引き取ることになってしまった。

治崎にコンプレスの説明をすると、ボクが手を握ったときよりも嫌そうな顔をした。

 

情報をいただければそれで良かったし、ヴィラン連合を許す気にはなれない。だが、罪悪感に負けてしまった。

装甲車の機器に興味津々と言った様子のコンプレスは、ベロス、レディ・ナガン、玄野の三人に見張ってもらっている。

 

「優秀な個性……こいつは使える……理由はある……こいつは使える……優秀な個性……」

 

一方のボクは、コンプレスに治崎と同じ心臓と脳の手術を依頼している。傷は《オーバーホール》で治せるために即戦力だが……信頼はできねぇなぁ。個性どころか、仲間のためなら命捨てるようなやつだから。

 

「まあまあ気にしなさんなって。俺も多少は殺してるけど、ステインほどはやってないさ」

「数の問題じゃねぇんだよ……」

「しかし驚いた。雄英のお坊ちゃんがヴィラン集めてヒーロー名乗ってやがる。笑えるねぇ」

 

笑い死んだら良いのに。

手術前に脱走されたらどうしようと怯えていると、ナガンの《ライフル》がコンプレスのこめかみに当てられた。コンプレスが反応する暇もなく、こめかみを起点に床に引き落とされる。

……どんな体術だよ。

 

「こんな阿呆が必要なのかい?」

「さあ。ですがボクの行動はすべて《予知》の規定内です。目障りではあっても、イレギュラーではない」

 

ナイトアイがもうすこし情報を落としてくれれば嬉しいんだけど──とは、もう言うまい。

 

耳には、ねっとりとしたオール・フォー・ワンの声が残っている。

 

最初に教えられた決戦時期を考えるに、明日になるだろう。

そう、ボクが仕向けた。

電話越しで心を読むことはできなかったと判断しているが、それとも罠を食い破る気でやってきたオール・フォー・ワンと戦うのかな。

 

「おいヘルメット坊や、頼むから彼女をどけてくれ」

「個性を使った瞬間に脳みそぶちまける」

 

ナガンは本気だ。

彼女も決戦を前にしてヒーローを取り戻してしまっているらしい。

手を叩いて注目を集めた。

 

「ナガン、もうあなたが人を殺める必要はありません。ヴィランと言えどもです。ボクのことは、まあどうぞって感じですけど」

 

わざとおちゃらけて言って、彼女の視線を無理矢理こちらに向けさせる。

 

「あなた方を雇ったのは、正直に言えば敵側の戦力を一つでも減らしたかったからです。味方にいる限り敵にはならない。良い案だと思いませんか?」

「それとコイツを外に出したの、どういう関係があるんだい?」

 

ナガンは《ライフル》を収めて、元の座席へと腰かける。遅れてコンプレスもボクの隣に腰かけた。

 

「彼なら、スピナーやトガを止めてくれる可能性があると踏んだからです。ただ死なれるよりは、マシな使い方でしょう」

 

言い訳を作ったが、ビビっただけですすみません。

コンプレスが馴れ馴れしくも肩に義手を乗せてくる。あとで腕も《オーバーホール》するように指示を出しておくか……。

 

「良いねぇこっちのボスも。話が早いのはありがたい。命を張った甲斐があるぜ」

「指示にだけは従ってくださいね」

「りょーかい」

 

軽薄に笑う彼から、心情を読み取ることは難しい。

ただ一点。

こいつは仲間のために命を使う。それだけ理解しておけば良い。

 

ヴィランのくせに、とは言うまい。

ヒーローへの信用が崩れたこの日本において、ヒーロー免許だけを頼りに、ヴィジランテに立ち戻っているのだ。

 

求められているのはヒーローではない。

なにを為すかだ。

 

三馬鹿トリオもジェントルもいないが、装甲車の中にいるヴィランたちを見渡す。

レディ・ナガン、治崎、ステイン、乱波。そしてミスターコンプレス。

ああもう、なんと頼もしい連中だ。

 

「──さあみんな、英雄に成ろう」

「嫌なこった」

「英雄症候群め……」

「ハァ」

「殴れればなんでもいいぜ!」

「ははは! こっちもなかなかぶっ壊れてるな!」

 

A組に戻りたい……。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「業さん、首尾は?」

「あー、まあ半々。情報は得ましたね」

 

ヤオモモに警察から提供してもらった個性登録証を数人分提出する。面倒なヴィランはこれで対応ができるようになるかもしれない。オール・フォー・ワンにあと三日くらい間をおいてもらえばよかったかな。

 

「おせーぞ策束ー。もう飯食っちまった」

「忙しいんだよこっちも。オール・フォー・ワンのシンパが増えすぎて、まともな議論になりゃしねぇ」

「詳しく話せ」

「金の話だけど。まずは円安止めねぇと」

「……聞く」

 

無理をしようとしている焦凍に一つ笑みを向け、小学生にでもわかるように解説をしてやろう。

 

「まず円安ってのは悪じゃあない。円安で喜ぶ企業もあれば、円高が続いて苦しむ日本企業も多くいる。企業レベルで言えば、どこの層をターゲットにしているのかで対応が全く違う」

「策束、すまなかった」

「諦め早いよ轟くん!」

 

葉隠と焦凍の漫才を尻目に、周囲にボクの行動を説明しようとしたのだが、耳郎からも視線を逸らされる始末だった。

ため息一つ挟んで、もっとかみ砕いた説明を行う。

 

「世界の金持ちに協力を要請した!」

「おー! セレブー!」

 

よし! 成功!

拍手を送って来た芦戸に、教育の勝利を確信する。

 

「んで、その際にオール・フォー・ワンも同じことをしていたことが発覚した」

「世界の金持ちに、オール・フォー・ワンがってこと?」

「正確には、裏の金持ちに、だな」

 

各国の犯罪組織に暴れまわるように要請したのだろう。結果自国の鎮静に力を割かねばならなくなり、日本の要請を無視せざるを得ない状況が出来上がる。

 

つまり、オール・フォー・ワンは、ヒューマライズのときのオセオンのように、他国からヒーローを招くのを恐れたわけだ。

 

目的が世界征服? 個性によって世界のインフラを支配しようとしている?

勝っても負けても政府はオール・フォー・ワンに【媚びる】ことになる。その土壌は、この荒廃した日本。それは良い。

そうすればオール・フォー・ワンの量産化が始まる。

だが、それらは政府が首を垂れずとも叶う。その証拠が、那歩島で対面したナインである。

 

音本というヴィランの個性を使ってドクターに尋問を行ったことがあるが、ナインはオール・フォー・ワンの個性因子に適合した被験者だ。

その実験ではナイン以外の被験者は死亡し、脳無の【材料】にせざるを得なかったらしいが、それはこの際さて置いて。

つまり、オール・フォー・ワンは十年程度の年数で、死柄木とナイン、二人のコピー先を見つけていたことになる。

 

政府が関われば、それは確かに効率が良くなるだろう。

だが、他国で暴れているヴィランたちが鎮静されるまでに何日かかる?

先進国では長くてひと月が良いところだ。

日本のヴィランにも当てはまるが、迫害され、だれかを害さねば生きられぬ土地のヴィランたちとは比べ物にならない。

 

そのため、ヒーローたちが殲滅するまでもなく、ヴィランたちの息は長くない。そいつらの多くは遊ぶ金欲しさに暴れているに過ぎないからな。加えるなら、六年間も息を潜めていたオール・フォー・ワンの命令に命懸けで従うようなイメージが沸かない。

事実、この荒廃した日本でも、いまだに暴れているのはダツゴクたちだ。それ以外のヴィランは被害が及ばぬよう身を隠してしまっている。

 

さて、そのひと月で、いったい何人のコピー品を作れる?

政府が協力して、ドクターを開放させ、施設を立て直し、その結果、いったい何人のオール・フォー・ワンのコピーが作れる?

 

答えは──ゼロだ。

 

「ゼロって……どうして言い切れるのさ」

 

それを言い切ったのはボクじゃあない。

オール・フォー・ワンが残していたじゃあないか。

 

「三十八日!」

「あ、ああ! そうか!」

 

長くてひと月と言ったが、たとえばアメリカのヒーロー、スターアンドストライプが軍と協力すれば、おおよその組織は数日で崩壊するだろう。普段それをしないのは、ヒーローは正義というイメージを守るためだ。実際は虐殺になるだろうからな。

 

「じゃあ、スターたちが日本に来て、全部解決してくれるってこと?」

「しかし、ヒーローたちの個性が奪われたら、世界は終わりだぞ」

 

このタイミングで各国のヴィランを暴れさせたのは、オール・フォー・ワンも決戦が数日後だと気づいている可能性があるってことだ。

短期決戦で良い。勝っても負けてもなにかしらの手は打っている。

 

「それが日本政府を抱き込むってことか」

「なんか……つながったね……」

 

一手ごとに意味を持たせる、二手三手先を読むオール・フォー・ワンの手腕は、悪の親玉としては一流なのかもしれない。

だが、駒を動かせば動かすほど、狙いが見えてくる。

 

「ふふふ、言い換えれば──底が知れてきた」

 

オールマイトが四十年掛け追い続け、それでも逃げ続けてきたヴィランに、無個性のボクが手をかけている。

その事実に笑ってしまう。

 

まあ、これ以上は詮無きことだ。

勝利が確定しているのだから、あとは負けたときの保険があれば良い。

 

まだ話し足りない様子のクラスメイトを置いて、部屋に戻って──コスチュームに着替えた。

成長したおかげで何度も作り直すことになったヒーローコスチューム。

 

濃紺のスーツは防刃機能があり、多少であれば防弾も可能。

ネクタイピンには小型カメラが仕込まれて、袖口には隠しマイクもあるのだが、残念ながら明日の作戦では無駄になるだろうと、外させてもらった。

そう思うと、コスチュームと同じように、自分にもずいぶんと変化があったのだろうと考えてしまう。

 

ネクタイとネクタイピンは、ブランドだけ合わせておこうか。私服よりネクタイのほうが多いとは、我ながらずいぶんと趣味が悪い。

好みはセミウインザーノット。

銀と白とのネクタイの結び目を最小に締め上げ、形を整える。

 

このデザインにして良かったと思う。

最後の最後まで、ボクはヒーローでいられた。

 

「じゃあ、ラブラバ、編集よろしく」

『ええ。使わなければ、それが一番良いと思うけどね』

「ボクもそう思うよ」

『そう……。わかってるなら良いわ。──始めてちょうだい』

 

カメラの録画スイッチを入れて、台本を片手に話し始めた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

翌日の昼前に、ボクたち【三人】は探索チームを抜け出して大型スーパーにやってきた。

すでに暴徒によって襲われたあとなのだろう、壊れた車が転がるように廃棄され、立体駐車場も多くの破壊の跡が見て取れる。おそらくはスーパーの中も似たようなものだろうな。

 

「復興に、どのくらい掛かるかな」

「片付けだけで一か月掛かると思うよ……。それに水道やガスのこともあるし」

「キミたち、これからオール・フォー・ワンが来るって理解してる?」

 

ボクと緑谷の会話に、青山がツッコミを入れた。

だれよりも現状を不安に思っているのは彼だろう。あー、椅子でも持ってくれば良かったかな。

 

「緑谷も、作戦の全貌は聞いてないんだろう?」

「うん。A組では、策束くんと青山くん、あとかっちゃんも聞いてないはず」

「キミたち!」

 

とうとう怒られてしまった。

まったく、ずいぶんと遅いが──今日であることは間違いなく、安心して待っていられる。《予知》さまさまだな。

 

「おお、来たんじゃあないか?」

 

緑谷がグローブをぎゅぅうと引いて、青山も空を見上げる。

立駐の屋上から飛び降りた影は、浮遊するようにゆっくりと降りてきた。

 

「おいおいなんだよキミたち。みぃんな僕のお気に入りじゃないか」

 

顔を覆う仮面を着けた、大柄の男性。

その威圧感に、恐ろしさに、足が竦む。

 

男は、笑いながらこちらに向けて順番に指を差す。

 

「僕に個性を与えられた無個性。

「僕に個性を奪われた無個性。

「オールマイトに呪われた無個性。

「ああ、本当、面白いなぁキミたちは」

 

悪意を含んだ笑い声が耳に残る。仮面で顔は見えず、この男がオール・フォー・ワンであることは確信が持てないが──。

パチ、パチ、パチと、拍手の音が聞こえてくる。

 

「お見事だ策束業くん。僕を罠に嵌めたのは、ナイトアイに続いて二人目だよ」

 

ああ、良かった。

本人ならそれで良い。

口にしなくとも勝手にこちらの考えを読み取るのだろうが、わざわざ出向いてくれた謝辞は述べよう。

 

「さぁ、商談を始めよう」

「覚悟しなよ、旧人類ども」

 

──決戦が始まった。

 

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