【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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決戦・フェーズ2

 

『ご覧いただきありがとうございます。デトネラット社、新社長──策束業です。

『旧体制のデトネラット社が、みなさまの生活に大きな迷惑を掛けて、本当に申し訳ない気持ちと、胸が張り裂けそうな悲しみに苛まれています。

『ですがご安心いただきたい。この新生デトネラット社が、かつての日本の平和を取り戻します。

『我らのヒーローサポートアイテムの高い威力は、つらいことに人を傷つけるために用いられました。それらは前社長四ツ橋の──』

 

 

「相場! この放送はなんだ!!」

 

作戦指揮を任された数人のメンバーが押し込められた倉庫に、怒鳴り声が響き渡った。

怒鳴りつけた同僚を抑えつけ、塚内は相場愛美──ラブラバに事情の説明を求めた。

ラブラバが操作する動画編集のソフトが、まさか日本を救うことになるとも知らずに。

 

テレビとネットのいくつかのチャンネルにアップロードされた策束業社長の就任挨拶。

これは、計画にはなかったアクシデント……ではないのだろう。

 

「これは、遺言よ。策束業の生きた理由よ。黙って聞きなさい」

「いまがどんなときかわかってるのか! セントラル病院に向かう暴徒の数は──」

 

同僚の悲痛な叫び声を、塚内が遮る。

 

「それも、彼ならなんとかできるというのか」

「できるわ」

 

塚内は張り詰めていた糸が切れたような感覚に陥った。決戦は今日だと定め、オール・フォー・ワンを罠に嵌めた。あとは各個撃破であり、この司令官部屋でできることなど伝達程度だった。

本来であれば自身も現地に向かってオールマイトとともに戦えれば、それが一番良いことだと思っていた。

 

「こんな戦い方も……あるんだな」

「そうね」

 

呆然と画面を見続ける塚内から視線を逸らし、相場はインカムに向け作戦のフェーズが移行したことを伝えた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

『まずはこちらをご覧いただきたい。

『我々の敵は、オール・フォー・ワン率いるヴィランだけではありません。

『セントラル病院に向かう異形個性たちが列を成し、声を張り上げています。彼らがなにを欲しているか、知っているでしょうか。

『恐るべき指導者? 異形個性への理解? 罵倒した者への復讐?

『──いえ。

『答えは、平穏の日々です。

『これから産まれる次世代の異形個性を持つ子どもたちの、平穏を求めているのです。

『もちろん、やり方は間違えているでしょう。武器を持ち、暴力を振るい、欲求を押し付けようとしている。

『そして彼らの多くがデトネラット社のサポートアイテムを手にして暴徒と化しています。

『なので、最初にその武器を捨てさせましょう──』

 

 

「編集が上手いな……。でもこれは録画だ」

「参考になりますね」

「こんなときに向上心かよ。大物になるぜお前」

「へへへ」

 

女性記者がカメラマンとともに携帯端末を見ていた。

プロのカメラマンは、この動画がリアルタイムで操作されていることを直感で理解していた。おそらくは大量の録画からこの戦争の状況を言い当てているように編集している。

狙いは不明だ。

不明だが──。

 

「公安の子犬が……なんでこんな不安を煽る映像を……?」

 

ヒーロー公安が用意した無個性の子ども。印象操作のプロバガンダの一環だと思われていた。その証拠に、最近では雄英高校の一年生がおままごとのようにニュースキャスターの真似事を行っている。

つぎはどこぞのアイドルヒーローが──そう思われていたのだが。

 

映像は少年から上空カメラへと入れ替わっており、武器を持った異形個性のヴィランたちが大通りを埋め尽くして進んでいた。

世界の終わりを彷彿とさせるおぞましい映像だ。

一団の先には、百名ほどのヒーローと警官隊の姿。消防車と装甲車が数台と、ただの盾と警棒を構えるだけの存在。素人目に見ても、勝てるわけがないと理解できる。

 

「異形どもが……」

「個性差別ですよ」

「これを【見ればわかる】じゃねぇか。日本がこんなときにヴィランについて暴れようってんだ。平穏な日常? 笑わせるぜ。お前も庇うなよ。世論はもう決定した。フェイカーのせい、で!?」

 

思わず、携帯端末を見つめ直した。

ヴィランの列から煙が上がり、悲鳴が同時に入って来た。

 

「──はは」

 

男は笑った。

デトネラット社のサポートアイテムが爆破されたらしく、ヴィランたちは両手から血を流して呻いている絵が映った。

ざまあみろ、そういう気持ちが湧いてくる。

 

『五万の軍勢は武器を失いました。雌雄は決したと私は思いますが、どうでしょうか。まだ五万の個性があります。無秩序に個性を使って暴れまわるヴィランの恐ろしさ。現代を生きる【あなた】なら良く理解できるのではないでしょうか』

 

画面が切り替わり──策束業と視線が合った。

気持ちが悪い。魚のように笑っていやがる。

【こちら】に語り掛けてこようとしてやがる。

カメラマンも、リポーターも策束の言葉の意図が読み切れない。最初は異形個性を貶めたいのだと思った。ならヴィランは数も多く強力だが、それに打ち勝つヒーローを演出したい、のか?

 

『我がデトネラット社は、異形個性へのライフサポートを主な業務に定めております。それが、時代に沿うことだと思っていたからです。ただ、四ツ橋前社長の理念に共感こそすれ、サポートアイテムをばら撒いたことの罪はあまりにも重い。

『そのために我が社が威信をかけて用意した新商品。そのお披露目を行わせていただきたい』

 

「商魂逞しいですね」

「さすが金持ち……。なんだ? 注射?」

 

真っ赤な薬液の入った、小さな弾丸。

策束業は、注射針を見せつけるようにその銃弾を構えていた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

ビビるな──ビビるなよ──。

男は、ぎゅぅうと【覆面】をかぶり直した。

 

強く瞑っていた目を開けて、手に持つ【アサルトライフル】を握り締める。

重さは本物だ。間違ってもエアガンなどではない。

 

「銃を持つなんてな……」

「俺も思わなんだ……」

 

隣を見れば、そこには男と同じように覆面と黒いコスチュームを身に纏う男性。いや、老人だろう。

どこかで聞いたことがある気もするが、【契約時】にだれの素性も問わないことを条件に大金を受け取っている。

 

廃墟のオフィスの一室に集まった十数人の黒服たち。老若男女問わずいるだろうが、無駄口を叩いているのは男と老人くらいだった。それでも、緊張感は途切れない。

 

それは経験を積んだからだ。

彼らは場数が違う。

 

フェイカーが手ずから集めたこの人員に、雑兵も新兵も存在しない。

ただ、心が折れた者たちの集まりだ。目先の利を優先した集まりだ。

 

「おら、元ヒーローども。仕事だぜー。社長からの合図だ。あの軍勢目掛けて撃つだけー。フルオートにはするなよ。単発で良く狙って撃てってさ。頭は撃つなよ、死んじまうかもしれねー」

(実弾入ってたら内臓撃たれても死ぬだろ……)

 

部屋に入って来た金髪の男に指示を出され、緩慢な動きで立ち上がる。

雑兵も新兵もいないが、まさか下っ端から出直すことになるとは……。男は、自嘲しながらもう一度覆面がズレていないか確認する。

コスチュームは脱いだ。だが、それでもこんなにコスチュームに依存していたとは思わなかった。

 

(顔が隠れて、ちょうどいいぜ……)

 

銃など撃ったことはないが、それでもこの部屋だけで二十人以上。このビルにはそれ以外にも多くの黒服たちがいるらしい。

これなら、だれか一人が恨まれるということはない。

 

長年【コスチューム】に身を包んでいたが、顔を隠す安心感など知らなかった。

 

「んじゃ構えてー」

 

気の抜けた掛け声に合わせ、割れたガラスから銃口をすこしだけ出す。

スコープを覗けば、ほかのビルから突き出された銃口が確認できた。おそらくは、地上から確認することは難しいはずだ。

 

奇襲としては絶好の位置であり、一方的に撃ちおろすことになるだろう。

卑怯者の所業ではあるが、不思議と覚悟は固まっていた。

 

(強盗のマスクと同じだな……。人間、素性がバレないとなれば、こんなことも出来ちまうのか)

 

体格差はあれど、銃を支給された面々に“個性”などない。

同じマスク、同じ黒いコスチューム。まるで役割をこなすために用意された駒である。

 

「爆発すっけど、まだ撃つなよー」

(爆発?)

 

行列はすでに目の前だ。大軍が地面を揺らしている錯覚に陥る。

そして警告通り、眼下のヴィランが振るっていた暴力装置が次々に爆発していく。悲鳴を上げて手を庇う異形個性たちが良く見えた。

 

(個性攻撃? 不良品? なんだってんだ……。)

「まだ、まだだぜ……んじゃあ、撃って良いってよ、ほら! 撃て!!」

 

この銃の中身がもし実弾だったら──金髪の男に急かされ、最初に火蓋を切ったのは話をしていた老人だった。

慌てて男も引き金を引いた。

男が撃ち抜いたのは、タコ型の異形個性の中年男性だった。銃弾が蛸の足のような吸盤を持つ二の腕に当たって、痛みに悶えている。

 

──二射目は、撃てなかった。

 

「……はあ?」

 

ただ、間抜けな音が喉から零れた。

 

 

『ご覧ください。これこそが我がデトネラット社の新商品。

『個性が不便であるというのなら。個性終末論に怯えなければならないのなら。

『いっそのこと──』

『個性など、無くなれば良い』

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

個性とは──。

 

およそ、世間一般に使われる“個性”とは、その人だけが持つ特別な特殊能力という扱いに近い。

自分の個性を誇りに思っている人もいれば、恥じる人も多い。

その違いは、似たような個性であっても、日々過ごす環境に依って大きく変わる。

個性を聞くことがマナー違反である国もあれば、非常にオープンにひけらかす関係性もある。個性が浸透している土地もあれば、個性を差別する地域もいる。

 

異形個性とは、その個性差別の代表例だろう。

動物に依存したような個性が目立つものの、無機物や汚物にも近い見た目の異形個性もあり、それらの存在は現在人口の三十パーセントを占める。

それなのに、人の見た目ではないからと忌避されたことがある異形個性はすくなくない。

 

手が多かったり、足が多かったり、目が三つだったり、口が二つだったり。

獣のような見た目で喋り、人の音域では出せない言葉で語りかけてくる。

食卓にあがる具材の見た目だ。

人ならざる者だ。

 

ほら、気色が悪い。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

『異形個性に向けた最高にして最良のライフサポート!

『時代に合わせねば暮らせぬのなら! 時代に逆らえば良いだけの話だ!

『効果は覿面! 即効で人命には影響を及ぼさない安全性!

『見ているか個性終末論者! 人類は個性を超越した!

『その名も! 個性破壊弾《シルバーバレット》!』

 

 

口が裂けそうなほど笑う兄の声が、携帯端末から響き渡る。

映像では、五万の進軍が途端に鈍くなるのが、素人目にも分かった。先頭集団が、動きを止めてしまったからだ。撃たれたのだ、当たり前だと思う。

 

だが、防御態勢をとっていた彼らは、撃たれたことより自身の変化に驚いていただろう。

ズームアップされた暴徒たちの姿を見て、思わず父に声をかけていた。

 

「父さん、これって……」

「ええ、良い商品ですよね」

 

父は寂しそうに笑い、壊理を抱きしめる母の背中を撫でた。

動画の中で兄が掲げる銃弾には、見覚えがあった。

 

雄英に入学した兄に、学校の教えを問うた。答えは個性を伸ばせの一点張り。

そのため個性を伸ばす訓練を見様見真似で始めた。

その訓練の最中、兄から一発の弾丸を渡される。

赤い薬液の入った透明な弾丸。

 

──個性《複製》。

 

その《複製》された弾丸には、同じように薬液が入っていて──兄は笑った。寂しそうに、嬉しそうに、苦しそうに、神に、縋るように。

 

『良いんじゃないか? んじゃつぎは二個な』

『わーったよ……』

 

二発が四発。二十発が四十発。

いつしか、五分の《複製》で箱一つを一杯にするほどに個性を使うことができるようになってきて、自分が何万発《複製》したかなど忘れていた。

 

『おお、すげぇじゃん! この調子で個性伸ばそうぜ!』

 

褒められることが嬉しかった。

成長していることが嬉しかった。

学校の友人よりも個性の伸びが実感できていて、いつの間にか自分がなにを《複製》していたかなど忘れてしまっていた。

──いや、忘れたことなど一度もない。

あの兄の笑みを、忘れるなんてできるわけがない。

 

「……お兄ちゃん」

 

ああ、最後に話したのって、いつだっけ──。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

《シルバーバレット》を撃たれた異形個性が、個性を失っていく。

周囲の異形個性と顔を合わせて、涙を流して喜んでいた。

個性を失ったことに絶望して泣いてしまう者もいる。

 

この【攻撃】をヒーローが行ったことは明らかで、明らかに人権を無視した攻撃だ。

「また奪うのか!」と怒り狂っても良いはずだ。

なのに、暴徒ではいられなくなってしまう。

 

人間に、戻っていく。

 

「ま──まやかしだ!! ヒーローが幻覚を見せている! ヒーローどもがまた我らを愚弄した! 代弁者の言葉を聞け!」

 

超常解放戦線レムナントを纏め上げていたヴィランは声を張り上げる。

 

代弁者──指名されたのはスピナーだ。

無数の個性をオール・フォー・ワンに付与され、五メートル以上の巨体と、銃弾すら通さない硬い鱗を手に入れた。

だが脳無などに施された手術も受けず、ただ個性を与えられたスピナーの身体は、呼吸は荒く、身体は熱を持ち、意識すら飛びそうだった。

 

それでも、スピナーはこの戦いに命を賭けている。

大義名分はステインから。個性はオール・フォー・ワンから。

なにも持たずにここに立つスピナーがなによりも誇れるものは、仲間だけだったから。

 

「黒霧を! 奪還しろぉぉぉおおおお!!」

 

一般人と比べると、スピナーの巨体は三倍にも及ぶほどだった。その個性の与えられ方は明らかにギガントマキアを意識されており、同時に、ただの捨て駒だった。

 

「同志よ! 代弁者の歩みこそ虐げられた者の逆襲と勇気!!」

 

声を張り上げ、スピナーを先導させて後詰を畳みかけさせる。前線が潰れたのなら踏みつぶして肉壁にすれば良い。

止まらなければそれで良い。

 

「進め! やられたら! やり返して良いんだ──!?」

 

ビルの上で、一人のヴィランが崩れ落ちた。太ももに痛みが走り、膝をついて太ももに刺さっている針付きの銃弾──《シルバーバレット》を抜いた。

 

「あ、ああ!」

 

太ももとはべつに背中の激痛でもんどりを打った。背中の触手で身体を支えようとして、無抵抗に後頭部を床に叩きつける。

 

「おのれヒーロー……!」

 

四つん這いになって初めて、自身の手が見えた。

昆虫を思わせる節がある関節は肌色の皮膚に覆われていた。その手で、顔に触れる。彼の顔からは、意識せねば勝手に動く触手が生えているはずだった──が、すぐに頬に、鼻に、唇に指が触れる。

 

ヴィランは痛みに耐えながら、屋上からビルへと戻っていく。

トイレを見つけて駆け込んだ。

 

「──は……ははは」

 

こんなときに、笑うだなんて。

ビルの外からは暴徒による進軍の足音と、怒声や罵声が続いている。何度かの銃声も聞こえたが、男は鏡に夢中だった。

 

黒い髪の毛は生れてから一度も切ったことがなく、とても長い。左眉の上には太い傷が付けられており、その位置なのかとちょっと面白かった。

泣き笑いしそうな情けない表情で、涙よりも鼻水が垂れていた。

 

「こんな顔なんだ、俺って……」

 

鏡なんて、もう何年も意識して見ていなかった。

異形個性をだれよりも受け入れてなかったのは、自分自身だから。

そう気づいてしまった男は、暴動が鎮静するまで何時間も、鏡の前から動けなくなっていた。

 

奪われた時間は戻らない。

それでも、いまこのときだけは──。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

『《シルバーバレット》は製造数も製造ルートも非常に限られていまして、全人類になど配れるはずもありません。

『それに加え扱いを間違えば、人が当たり前にもつ“個性”を否定する、非人道的な【兵器】として認識されてしまう。

『実際に、日本ではいままさに内戦の真っただ中ではありますが、それもこの《シルバーバレット》を使った以上、今日にでも鎮静するでしょう。

『最低な兵器か、最良の隣人か。そのような背景もあり、販売に関しては国あるいは政府に対して行うことを、日本政府は検討しています。つまり、使い方はその国の法律に照らし合わせようということですね』

 

 

オールマイトは《エルクレス》の車内で、ナビに映し出された映像を見て急ブレーキを踏んだ。

無言でその映像に見入っていた彼は、血の気を失っていく四肢の感覚を味わいつつ、助手席のナイトアイに話しかける。

 

「これは……どういう……」

「だから言っただろう、閉じ込めておきたいと」

 

オールマイトは、勘違いしていた。

策束が抱える無個性の闇。それが明らかになったことで、閉じ込めておきたいという評価が【そこ】に当たるのだと、錯覚していた。

ナイトアイはいつかの策束のように外を眺めている。映像を見る必要もないのだろう。

 

「これでは! 戦争になるぞ!」

 

《シルバーバレット》は劇薬だ。

頭に過るはデヴィット・シールドの開発した個性強化装置。もしヴィランの手に渡ればどのような被害が生まれるかも不明であり、《I・アイランド》によって封印された発明品。

 

それよりも小型で安易で、おそらくは安価。

ヴィランが手に持てばヒーローなどいないも同然になり、軍が持てば戦場を支配できる。

 

「壊す気か……! 策束少年! 世界を!!」

 

ハンドルを叩き、歯を食いしばる。

ヒーローなどで有り得ない。ヴィランですらない。

戦争を支配する神か悪魔の所業だ。

 

「ナイトアイ! 戻ろう!」

「無駄だ。もう、だれにも止められない」

「こんなこと策束少年は望んではいない! 追い詰めたのは私だ! 彼を……! 私は彼を……【英雄】にしてしまった!」

 

ナイトアイはいきり立つオールマイトを一瞥し、ため息を吐いた。

もう手遅れだ。ここはすでに《予知》の範囲内。

 

それに、策束業は英雄になど成らない。

 

「今日、策束は死ぬ」

「そんな──」

 

自身の死を《予知》されても動揺一つ見せなかったオールマイトは、触れれば崩れ落ちそうな砂の人形に見えた。

 

「雄英教員陣には伝えてあった。オールマイトには、教えないように、とな」

「なぜ!?」

「耐えられないと思ったからだ。あなたと策束が同じだからだ。悪意には滅法強く、そして善意にはあまりに弱い。策束は、日本を救おうとしている。あなたが死を受け入れてここに立つのと同じように」

 

日本と言ったが、この戦争の規模は日本だけに留まらない。勝っても負けても、その影響は世界を揺るがすだろう。

策束を止めるということは、世界を諦めることと同義なのだ。

オールマイトが、ヒーローを諦めないことと同じように。

 

「折れるなオールマイト! あなたならできる! 策束を救い! 自身を救い! 世界を救え! 《予知》などに負けるな! 私も! あなたを信じているんだ!」

 

ナイトアイは涙を流し、オールマイトの胸倉を掴んだ。

オールマイトは、足から力が抜けそうになりながらも、その掴まれた手に支えられていた。

 

「私たちはただの足止め役か!? いや! ここが最後の砦なんだ! 人類の希望なんだ!」

 

ナイトアイは、《予知》を恐れた。

 

七年前──オール・フォー・ワンとの決戦で負傷したオールマイトを《予知》した。

その結果見えたのは、年端も行かぬ子どもに殺されるオールマイトの姿。

 

ただ殺されたわけではない。上半身と下半身を千切られるというおぞましい姿だ。

ただ敗北したわけではない。それは全国区でテレビ中継されていたらしく、多くの人の《予知》の先で見ることになった。

 

そのことに気づいて以来、ナイトアイは《予知》の使用を極力抑え、経験による予測で対処していくことになる。

 

ナイトアイは、《予知》に敗北したのだ。

敗者の叫びに、オールマイトは答えない。

 

代わりに、《エルクレス》が電子音声で危険を知らせた。

 

『後方カラ高速ノ小型機接近中』

 

後方──。もう見えぬが、背後には雄英が上空を飛んでいる。

死柄木ではあるまいと、二人は車から降りて道を睨みつけた。

 

『反応ヲ確認。同型デス』

「同型!? それは──」

『名称ハ異ナリマスガ、私ノ妹デス』

 

到着したのは、一台のバイクだった。

 

「策束少年! なぜここに!!」

「ナイトアイにお届け物がありまして」

 

バイクの後部座席に乗ったまま、策束は朗らかに二人へ挨拶を行った。笑顔に闇も険もなく、まるで偶然友人に会ったかのような、自然な笑顔だった。

 

──なぜ、どうしてそのような表情が作れるのか。

 

「私の、せいだ……」

「オールマイト?」

「私の言葉が……行動が……キミの背中を押していた」

 

突き落としていた。

その言葉は、終ぞ口にできなかった。それは罪悪感からなのか、それとも認めることが怖かったのか。

策束業という人生を否定したくなかったからかもしれない。

 

「なんの話かわかりませんが、オールマイトに責任を押し付けることはありません。むしろ引退したあなたを指令室から引きずり出したことへの責任感すらありますよ。まったく」

 

策束は据わった目でナイトアイを睨みつける。

見られたナイトアイは気にする様子もなく、風で崩れた前髪を手癖で直しながら、策束の跨るバイクに視線を送った。

 

「それが私の【スーツ】ということで良いのか?」

「ええ、正式名称は大型二輪車型圧縮拡張ナノテクノロジー変形機構搭載機試作二号機」

「長いな」

「滑舌の練習になりますね。よろしければ二号と」

「ユーモアが足りない。《エルクレス》の妹らしいからな、それらしい名前を付けてやらねば」

「では移動しながら。群訝山荘まではまだずいぶんと距離があります」

 

はたと、考え込もうとしていたナイトアイは動きを止め、策束を見る。

 

「なんだ、察しが悪いな」

「……馬鹿にされたのはわかりましたが?」

 

ちゃらけた返答をしつつ、策束はナイトアイの言葉の裏を探した。

群訝山荘にまでこの地点からも三百キロメートル以上の距離があり、急いだとしてもオールマイトとナイトアイの二人が参戦する頃には勝敗が決している可能性がある。

 

障害物さえなければ、《エルクレス》なら一時間とかからず到着できる距離だ。

しかしそのような時間を与えてしまえば、おそらくは泥の個性のリチャージ時間の経過により逃げられるだろう。

なにより、《予知》のあるナイトアイならもっと合理的に行動しているはずだ。

 

そう考えて、策束は周囲を見渡す。

 

「まさか」

「ああそうだ。群訝山荘の戦線はそろそろ崩壊する。荼毘の捕縛は聞いたか?」

「……いえ、情報はできるだけ遮ろうと思っていたので」

「失策だな」

 

策束は視線を逸らしながら顔をしかめている。

その少年の頭を、ナイトアイは撫でつけた。

 

「一度の失敗で心折れるな。私も失敗したことがある。……まあ、いまも半信半疑だがな」

「半信半疑? 《予知》のあなたが?」

「これから【わかる】。オールマイト、そろそろ進もう」

 

策束の行く末を案じているオールマイトが、言葉足らずに策束をこの場に押し留めようと提案したが、それは却下される。

 

「策束、【合流地点】はもうすこし先だ。それまでに情報はできるだけ入れておけ」

「了解っす」

 

敬礼するようなポーズを決めた策束を乗せ、バイクはもう一度走り出した。策束たちが【合流地点】を知っているとも思わないが、いまは──。

 

「オールマイト……笑っているか」

「ああ、笑ってやるさ。まったく、ははは、この歳になると涙脆くてね!」

 

オールマイトは袖で涙を拭い、真っ赤なテールランプを追いかける。

暗雲が空を覆い始めていて、それに気づいたナイトアイがぽつりと零す。

 

「嵐が来るぞ」

「大丈夫さ……。なぜって? 私が来た!」

 

オールマイトはアクセルを踏み込んだ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

分断作戦は──失敗した。

 

緑谷が奥渡島に連れ去られたことではない。

実際、それはすぐさま回収された。

緑谷はすぐに雄英高校で死柄木弔との戦闘に参加している。

 

立案時、過剰な戦力だと指摘する者はいたが、蓋を開けてみれば緑谷がいてようやく戦闘は膠着状態になっている。治崎の《オーバーホール》による怪我の修復が無ければ、より厳しい戦いだっただろう。

 

だが、死柄木の放つ触手のような【手】が邪魔をした。

個性はすべて《抹消》されているというのに、死柄木の身体は【成長】している。

 

その手は、無数であり巨大。

すでに雄英高校は半壊しており、【手】がうねるだけで地面が削れていく。

 

イレイザーヘッドとファントムシーフの二人が交互に《抹消》を掛けていなければ、とっくにこの空中要塞は《崩壊》していただろう。

 

緑谷の攻撃ですら本体の死柄木には届かず、すべてが【手】に防がれている。

もっとも、無数で巨大の【手】とて、無限ではないはずだ。

体力さえ、気力さえ続けば、人数差でヒーロー側が勝利するだろう。

 

問題は、そのほかの地点だ。

奥渡島、那歩島、多古場競技場、そして神野区では超常解放戦線含め多くの残党幹部の確保に成功。

ダツゴクとして危険視されていたKUNIEDAも、キャントストップトゥインクリングとインビジブルガールの二名が捕縛。ヴィラン連合幹部として最も警戒されていた荼毘も、ショートが捕縛した。

 

作戦が破綻したのは、超常解放戦線本隊でのことだ。

黒霧の解放を目的としたセントラル病院襲撃。

五万人の軍勢の先頭集団の多くは、《シルバーバレット》により無個性となった。だが、スピナーは役割を果たしてしまう。

 

脳無のようにオール・フォー・ワンから複数個性を与えられたスピナーだったが、その中の一つ、《スケイルメイル》が《シルバーバレット》を弾き返し、ただひたすら、ただ真っ直ぐに黒霧を奪還した。

どのような呼びかけにも答えなかった黒霧をどのように覚醒させたのかは謎だが、いまはそれを気にするような余裕もなく──黒霧は、《ワープ》を発動させた。

 

最初に開いたのは奥渡島だった。

 

『死柄木たちを助ける──あなたはどうしたい?』

 

その声を聞いて、ウラビティはその《ワープ》がファントムシーフのものではないと察した。

トゥワイスへ《変身》したトガヒミコに向けワイヤーを射出し、ウラビティとフロッピーの二人は《ワープ》を潜った。

 

そこで見たのは──青い炎と、黒い壁。

 

「黒霧だけじゃないわ! 荼毘まで!──轟ちゃん! 障子ちゃん! みんな……!」

 

フロッピーは《無重力》で浮遊して目下の戦況を窺う。

作戦の失敗を直感した。黒霧によって集結されてしまった。

 

「ウラビティ!! フロッピー!」

「ツクヨミ! イヤホン=ジャック!」

 

声を掛けられ振り返ると、傷ついたクラスメイトが飛んで近寄って来た。

 

「戦いは混迷の一途を辿っているようだ」

 

ツクヨミの言葉を無視し、フロッピーはイヤホン=ジャックの怪我を心配した。彼女の右耳の《イヤホンジャック》は失われ、出血を手で抑えている。

その喪失感はあまりに痛々しく、しかし当のイヤホン=ジャックはそれほど気にしていないようだった。

 

「魔王と戦ってこれくらいなら運が良かった! 同じゲートから出てきたってことは、あのトゥワイス群はトガってことね……」

 

日常では当然すべき配慮を、ウラビティたちも捨てることにした。

すぐさま戦況を把握する。

とはいっても、それは絶望的な状況の再確認にすぎない。

 

「このままじゃ日本が埋め尽くされる……。止めなきゃ!」

「だが荼毘の熱が強すぎるぞ! トガはかまわず増殖するが我々は逃げ惑うだけ! もはや戦いにならない!  分断作戦は破れた!」

 

ツクヨミの言葉にイヤホン=ジャックは反論しようとしたが、それよりも先にツクヨミはウラビティに提案をした。

作戦負けしたところで、諦める要素の一つにもならない。

 

「すまないが、トガは任せるぞ」

「どういうこと!?」

「荼毘とエンデヴァーが戦うのではな。《ダークシャドウ》は足手纏いだ。それに──魔王がいない」

 

イヤホン=ジャックは慌てて周囲を見渡す。

視界の端に捉えられる距離で、激しい個性による戦闘が行われていた。おそらくオール・フォー・ワンは移動している。

 

──なぜ?

せっかく合流したというのなら、共闘したほうが安全なはずだ。

 

「ギガントマキア? それとも死柄木?」

 

ウラビティの言葉に、ツクヨミは含み笑いで返答する。

 

「どちらでもかまわない。合流する前に俺とコイツなら」

『アア! 俺トこいつナラ!』

「魔王の闇を喰らい尽くしてやる』

 

クラスメイト【たち】がオール・フォー・ワンへ身体を向けた。

イヤホン=ジャックが慌てた様子で《イヤホンジャック》でダークシャドウを叩く。

 

『ナンダヨ』

「がんばれって意味!!」

『──オウ』

 

照れたように笑うダークシャドウとともにツクヨミは空を飛んでいく。

 

『俺ハ応援サレタ!』

「あれは俺にも言ったんだ」

『ハハハ! 負ケ惜シミ!』

「集中しろ! まったく!」

 

怒りながらも、どうしたって口角が上がっていく。必死に感情を抑えて、オール・フォー・ワンの背後をとった。数秒の観察でわかることがある。

 

「攻撃している間は、動けないのか」

『俺タチナラ一生足止メデキルナ!』

「ああ」

 

楽観だ。それはダークシャドウもツクヨミも理解している。

だが、それでもここで一分でも長く足止めすることが、勝利へ必要なピースの一つだ。

 

『楽シカッタ』

「俺もだ、ダークシャドウ」

『征コウ、カゲフミ』

「我らツクヨミ」

『二人デ、一人』

 

ツクヨミは、嵐の中で技名を叫ぶ。

我らはここに在りと、技名を叫ぶ。

 

 

「《深淵暗躰──光明》」

 

 

ヒーローたちを見下ろしていたオール・フォー・ワンは、背後を振り返った。

目に入るは、《闇》。

 

ツクヨミは見知らぬ中年を見下ろしていた。

白い短髪の、優しそうな男性だ。

 

だが、わかる。

この汚い悪意は、悪臭は、すでに体感済みだから。

 

『闇ニモ、イロンナ味ガスル』

「お前が、闇を語るな」

 

光があれば闇が生まれる。それは自然の摂理だ。

青山を、策束を、緑谷を、苦しみ続けた悪意が闇など騙るな。

 

「お前が生んだどぶのような味の闇なら──」

『──ミンナデモウ喰ッチマッタ』

 

防ごうとしたオール・フォー・ワンの守りの上から、ダークシャドウの巨大な拳が降り注いだ。

ツクヨミが纏うは、皆が繋いだ闇だ。

 

ピクシーボブが、マボロミケミィが、エンデヴァーの超光熱で生まれた嵐が。

まるで奇跡のような、暗くか細い架け橋を掛け続けていた。

 

「がんばれツクヨミ! 抑え続けて時間を稼ぐんだ! やつはいまおそらく無敵状態だが時限付きだ! エンデヴァーさんが一度倒したおかげでそうなった! ここで抑え続けて止めるんだ!」

 

空に追い縋って来た師匠に言われるまでもなく、ツクヨミたちはひたすらに拳を振り下ろし続けた。

だが一つ、ダークシャドウには致命的な弱点がある。

 

「ぐあっ!?」

 

爆音と閃光。

スタングレネードの数百倍の規模で、光が天に昇った。ダークシャドウが一瞬でかき消され、ツクヨミの影へと戻ってしまう。

地上部分もひどいもので、足止めに加わっていたヒーローたちが吹き飛ばされていた。

 

なにより──青年がツクヨミを見上げていた。

それは、おぞましい光だ。

 

光を纏ったオール・フォー・ワンが放つ腐った悪意。逃げ出さなかったのは、先にオール・フォー・ワンがその場を離れて飛び立ったから。

 

「逃がさんぞ!!」

「突風で運ぶっス! 追いつける!! 絶対行かせねぇっス!!」

 

その言葉は強がりだ。

ツクヨミとホークスを運ぶのは、士傑高校所属のレップウ。個性は《旋風》であり、人を何人も運ぶことができるほどの風力を生み出す、強力な個性だ。

だが、追いつけない。

二十秒足らずでオール・フォー・ワンに一キロ近く進まれている。

 

(亜音速に近いっス! こんなのホークスより──!)

 

なにか──なにか──!

そんな諦めにも似たか細い希望を、繋ぐ者たちがいる。

 

レップウの視界の端に、巨大な岩が舞った。

その岩よりも巨大な男が、オール・フォー・ワンに向けて山肌を削って投げ飛ばしたのだ。悪夢のような光景のはずなのに、レップウの高揚感は止まることを知らなかった。

巨大な男──ギガントマキアの後ろから、サポートするようにマウントレディが駆けつけていたのだから。

 

ダークシャドウが。

ギガントマキアが。

マウントレディが。

 

純粋な力でオール・フォー・ワンに攻撃を与え続け──そして、敗北するさまを、カメラが捉えていた。

 

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