【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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保須市襲撃

 

巡回から帰ってくると、マニュアルさんはオレたちに基礎的な知識から教え始めた。

 

「知っているとは思うけど、まず俺の話を聞いてほしい。

「俺たちヒーローは公務員だ。給料が税金から給付されるわけだから、わかりやすいよね。だけど、ヒーローっていうのは元々ヒーローなんかじゃなかったから、法律全部が公務員に当てはめられるわけじゃない。俺なんかだとローン組むのにも一苦労だよ。

「そんな実情は置いといて、ヒーローの活動内容は個性犯罪の取り締まりだよ。事件発生時は警察から応援要請がくる。地区ごとに、一括でね。

「逮捕協力や人命救助に応じた貢献度を役所に申請して、専門機関が調査。審査が通ってはじめて報酬が支払われる。まあ簡単に言えば歩合制ってこと。なかなかシビアだよー。ボーナスもないしね。

「代わりに、なのかな? 公務員とは違って副業が許可されている。俺には縁遠い話だけど、CMとか雑誌とか、テレビに出ているのだって、あれはちゃんと給金が発生しているんだよ」

 

事務所の一室の会議室で、ホワイトボードに細々としたことを書きだしながら、マニュアルさんは笑う。

 

「まあ、こんなこと言う必要もなかったけど、規則としてね。ところで、夜はどうする? 近所なんだろう? 帰るかい?」

 

オレと飯田は泊まることを選択。この会議室をそのまま寝床に使っていいそうだ。となると二階の荷物置き場は……?

 

「上は自宅兼事務所で、一階がマニュアル事務所になるんだ。ごめんね手狭で」

「いえ! 感謝の至りです!!」

 

会議室の椅子に座ったまま、大きく頭を下げる飯田。オレもお礼を言って、上から荷物を持ってくる。二階の物置だと思っていた部屋には、水、非常食、タオル、オムツ、ホッカイロと書かれた段ボールが所狭しとおいてあり、その奥にはベッドがあった。

ここは、きっとマニュアルさんの城なのだと思った。

ただの事務所ではないんだ。

 

マニュアルさんの用意してくれたマットレスで毛布に包ってそう思う。

 

「明日、オレの布団もってこようかな……」

「寝づらいのか?」

「いや、なんか、全部用意してもらって、申し訳ない気持ちでいっぱい……」

「意外と繊細なんだな」

 

飯田は、昼間からニコリともしていない。

オレから聞くべきかなぁ。

 

「飯田って、マニュアルさんの事務所希望したのって、お兄さん絡みか?」

「……話す必要があるのか」

「いや、それが聞ければ十分」

 

情けない。

 

飯田の眼鏡叩き割ってやろうか。どうせつけてても見えやしねぇんだから。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

二日目、三日目も同じように、コスチュームを着込んで、日が沈むまでマニュアルさんの後ろについていく。

凶悪犯罪が起きた保須市とは言っても、知らなければ平和そのものだ。マニュアルさんはせっかくの職場体験なのにね、と苦笑いをしているが、オレは一ミリも気にしていない。

 

気にしていたのは、マニュアルさんのほうだった。

 

「キミたち、ヒーロー殺しを追っているんだろう」

 

飯田はヒーローマスクの中で大きく息を吸った。驚いたのだろうか、まあオレも驚いた。だってオレは追っていないので。

 

「ウチに来る理由が他に思い当たらなくてね。あ、でもウチに来てくれたことは嬉しいんだぜ」

 

へへへと笑うマニュアルさんは、ペチっと自身のヘルメットを叩いた。でも次の言葉のときには、全く笑っていなかった。

 

「ただ、私怨で動くのはやめたほうがいい。我々ヒーローに逮捕や刑罰を行使する権限はない。個性規制化を進めていった中で、個性の使用を許されているんだ。だから、ヒーローはいかなる場合においても、己のために個性を使ってはならない。もし私利私欲のために個性を使えば、それはとても重い罪となる」

 

太陽が沈む夕焼けより、それは重い言葉だった。

オレにとっても、飯田にとっても。捉え方は全く違うだろうけど、飯田はこの言葉をちゃんとかみ砕けるだろうか。

 

「ああああいや! ヒーロー殺しに罪がないとかじゃなくてね! キミ、真面目そうだからさ! 視野がガーッとなっちゃってそうで、案じた!」

「いやいやもっと言ってやってくださいよ! ずうっと心ここにあらずで、それなら一度お兄さんの見舞いでもしてくればいいのに」

 

合わせて軽口を叩くと、マニュアルさんはオレを見て首を傾げた。言いたいことはわかる。でもオレはヒーロー殺しを追おうとは思っていない。目の前に現れたのなら別だが、オレにできることなどさほどもない。せいぜい大声上げて逃げることしかできないだろう。

 

飯田もマニュアルさんの言葉で謝罪したが、前向きな言葉ではなかったな。マスクってのは、ヒーローの腹の底まで隠してしまうものなのだと、勝手に納得する。

 

 

事務所に戻る最中には辺りは暗くなり、オレは勝手に、この日を初日や二日目のように扱ってしまった。

携帯端末を弄りながら、新幹線で保須を越えるという緑谷に、遠方の線路を見上げながら返信する。いや、しようとした。

 

「マニュアルさん!!」

 

オレの叫ぶような声に、マニュアルさんも空を見る。遠くの空が赤く染まっている。夕日? 考えるまでもない、火災だ。爆発らしき音も聞こえてくる。なににしても、いまは非常事態ということだ。ケースから小型インカムをマニュアルさんと飯田に投げ警察に通報。マニュアルさんの個性なら、消火活動は消防車一台分の活動はできる。だがこれが爆発だったら?

 

「こちら保須市! 事故、あるいは事件の火災ないし爆発を確認! 駅前付近です! ヒーローマニュアルが現在急行中!」

「貸して!!」

 

端末をマニュアルさんに渡して、オレは拡声器を取り出す。

 

『こちらはヒーローマニュアルです! 火災発生! 火災発生! 駅方面から離れてください! 爆発する可能性があります!』

 

この文言を繰り返す。これがヴィランか事故かは知らないが、行うべき手順はこの三日間でマニュアルさんから教わったことの一つだ。

──なのに、なのに!!!

 

情けねぇ!!!

飯田天哉!!!!

 

いない、背後にいない。マニュアルさんはまだ気づいていない。

冗談じゃあねぇぞ飯田!!

 

『駅方面から離れてください!! 倒れている人がいれば助けてあげて!! 室内はダメです!! 駅方面から離れてください!!』

 

合間合間で袖口のマイクで飯田に呼びかけることで、警察と話していたマニュアルさんにも伝わったらしい。彼も辺りを見渡すが、やはり飯田はいなかった。

 

「天哉くん!! どこだ!!」

「マニュアルさん! いまは火災現場へ! あなたの個性が必要なはずです!!」

 

マニュアルさんは辛そうな顔をしながらも、先陣切って走り出す。オレも追走しながら耳が痛くなるほどマイクを使って呼びかけた。

なのに、どうだ、どういうことだ。

 

火災現場には、明らかに人外の様相を持つ、ヴィランがいた。

 

『接敵!! ヴィラン確認!! 近くのヒーローは至急応援お願いします!』

 

警察とは通話を繋げたままだ。この声も届いているだろうか。あれは、脳無だ。オレが記憶を失った原因。オールマイトを殺す兵器。喉がカラカラに乾いて、呼吸が荒くなる。

 

「業くん!」

 

マニュアルさんに呼びかけられるが、恐怖心が勝ってしまう。でも、でも伝えなければ。

 

「あ、あれは、雄英襲撃、事件の、ヴィラン連合の──」

 

くそ、なんだよ、ビビってんのかオレ。泣きそうだ、泣いてんのか? はやく、はやく伝えて逃げなきゃ、逃げて、逃げて、どこに、なんで。

 

「業くん!!」

 

マニュアルさんに押し倒されると、勢いで深呼吸ができた。脳に酸素がいきわたり、思考がクリアになっていく。

そして、さきほどオレが突っ立っていた場所には、脳無がいた。羽根つきの脳無。

畜生!! マニュアルさんはオレを守るためにここにいるわけじゃないんだよな!!

 

『ソイツは脳無!! 雄英襲撃事件の犯人グループヴィラン連合!!』

「よっしゃわかった!!」

 

ぐいっと持ち上げられる。横を見上げれば、牛のような角を持つ男性。コスチュームということはヒーローだろうか。

よく見れば彼だけではなく、他のヒーローも集まってきていたらしい。他所からの援軍にしては早すぎる。保須ってこんなにヒーローいたのか?

 

「大丈夫かい業くん!」

「うっす! すみません!! 助かりました!!」

「キミは周囲への呼びかけを続けて! 警察にも引き続き連絡を!」

 

マニュアルさんに言われ、オレは周囲へと声掛けを続ける。しかし、それがいけなかったらしい。脳無が、もう一体。

 

『ヴィランをもう一体発見!! 大型! 羽無し!!』

 

ビルの影から現れた脳をむき出しのヴィランが現れた。その手には……トラック……?

はは、やめろよ、そんな冗談みたいな──!

 

『逃げろー!!!!』

 

トラックはオレの頭上を越えてヒーローたちに投げられた。地面に落ちたトラックが爆発、炎上。爆風に目を焼かれるが、それでも目はつぶることができなかった。

 

大丈夫、マニュアルさんは生きてる。ほかに集まってきたヒーローもすぐさま戦闘態勢を取っている。

 

『ヴィラン襲撃事件と似た個体です!! 黒い皮膚! 超パワー! 前の奴はオールマイトを殺せると用意されていました!!』

 

情報の出し方が悪かったか、周りのヒーローが逃げ腰になる。まあそれでいい。無警戒で突っ込んでいくよりは百倍マシだ。

 

マニュアルさんの豪快な消火活動も始まった。

炎に巻かれるビルにマイクで呼びかけるが、窓からも誰かが出てくる様子はない。中に救助者がいれば、オレに残された方法は室内に入るしかないが、いまこの状況で入れば間違いなく要救助者扱いだ。あとはここを離れるか、俯瞰して空からの強襲に対応するか、だが。

 

「策束くん!!」

「……緑谷!? なんで!!」

 

実らない救助活動と眼前の脳無と、どちらを優先すべきか天秤に掛けていると、裏路地から見知ったクラスメイトが現れた。ヒーロースーツになっているということは、ここに救助活動をしにきたということか。

いや、違う、いまはそんなことどうだっていい。

 

「飯田が消えた!! ヴィランが二体! 飛行と超パワー! たぶん対抗できない!」

「じゃあ三体だ! 新幹線で他のヒーローが襲われていた! そっちは足止めが効いていると思う!」

 

新幹線が緊急停止してる? それで緑谷と職場体験のヒーローが応援に。

 

『新幹線が緊急停止してます!! ヴィランは最低三体!! 他のヒーローが対処中!!』

 

緑谷にインカムを渡して、渡して──どうする。緑谷はインターンシップ中だ。個性使えば倒せるかもしれないって可能性に賭けさせるわけにはいかない。

かと言って、素人二人じゃ戦闘中の負傷者回収なんてできるわけもない。

 

ああクソ、情けねぇ!

 

「緑谷、頼みがある。飯田がいなくなった。動けない救助者抱えて、とかじゃない。理由はわかるだろ」

「……うん」

「お前もめちゃくちゃ怒られるぞ」

「うん!」

 

緑谷はすぐに走り出す。オレたち学生に個性使用は許されていない。実質無個性の緑谷にオレは何を求めてしまったんだ。後悔が、いまは、捨ておけ──。

 

『飯田が消えたのは駅南側。たぶん新幹線側だ。ごめん、緑谷』

『ありがとう!!』

 

ああ、情けない。

真っ直ぐに、愚直に、振り返ることなく、友だちのために走る緑谷に、あまりにも無力感を嚙みしめることになる。

わけもわからない状態で、オレはただただマイクで叫び続けることしかできなかった。

 

 

それから五分もしないうちに、携帯端末に位置情報が送られてくる。保須市の地図で、現在地としてマークがついているのは、駅からほど近いエコー通り四丁目の裏路地。緑谷からの発信で、言葉は一切なにもない。慌てていたのかクラス全体に一斉送信だ。

これは、迷う。

まずはマニュアルさんへの報告にしたって、これが飯田のことだと信用を得られない。得られたとして、どうする。近くのヒーローは誰一人も余裕がない。なんども脳無に叩き伏せられ、それでも応援がくるまではと立ち上がり続けている。

 

『右上! 空! 後ろに避けて!!』

 

曖昧な指示。空から狙われているヒーロー以外も怯えて後退してしまう。牛角さんがいなければ、ここにいる全員がやられていただろう。

 

人数差で優位には立ち続けているが、攻撃の通りが悪い。双子コスチュームの忍者ヒーローが二人で手裏剣を投げるが、筋肉にはじき返されている。

 

『超パワーに注意!! 空のはもう一度上空に! 降ってきます! 応援ヒーロー到着あと二分!!』

 

「一斉に飛び掛かれ!!」

 

牛角さんの掛け声で、消火活動しているマニュアルさん以外が全員突撃する。あと二分とは伝えたが、持ちこたえられないと判断したのだろう。あるいは誰かの個性が拘束に関するものなのか。

 

なんにせよ不発だ。ヴィランはその超パワーでコンクリートをぶち抜いて土煙を巻き起こす。オレに見えたのは、煙が広がる前にヴィランが動いた方向だけだった。

 

『足を止めるな!!!』

 

マイクを捨てて走り出す。ヴィランも痺れを切らしたらしい、弱いヤツから狙いを定めた。だったら、まずはオレからでいいじゃないか!!

 

「逃げろ!!」

 

叫ぶマニュアルさんの脇を駆け抜け、女性のヒーローの背後に立つヴィランを睨みつける。彼女はマニュアルさんとオレを見てキョトンとした表情を浮かべていた。引き倒すか、押し倒すか、ヴィランとの距離が近すぎる。

彼女のスカーフを掴んで、そのままヴィランに背を向けて抱きしめる。本当は突き放したかったが、もう無理だ。変にクッション入れるより密着していた方がいい。前は胸で受けたから大怪我を負ったが、背中なら──

 

現実逃避染みた考えが、炎でかき消された。

 

背後のヴィランがどうなったかなんてわからない。

ただ、目の前にいるヒーローを見上げることが、精一杯だった。

 

「エンデヴァー!!」

 

九死に一生を得たのだろう。

オレは腰を抜かしていたので、先に立ち上がったヒーローに引き上げて起こしてもらう。

 

振り返ると、あれだけのヒーローが苦戦していた巨躯のヴィランが、同等の巨躯を持つエンデヴァーの、青い炎で頭を焼かれて倒れこむところだった。

 

「マジかよ……」

 

もう一度腰が抜けた。無個性だ、個性だの話ではない。圧倒されてしまったのだ。遥か上の世界が、そこにはあった。

 

「危ない!!」

 

誰かの叫び声で正気を取り戻す。

──なにを惚けているんだオレは!!

見上げると、飛行能力を持ったヴィランに一人のヒーローが抱えられて連れ去られている。

 

エンデヴァーは近場のヒーローに指示だけ残し、そのヴィランを追いかける。一撃を躱された彼は、足に熱を集め、壁を溶かしながらビルを駆け上がっていく様子が見えて、消えていった。

もう一度惚けそうだが、同じ轍は踏まない。

 

「マニュアルさん!! お願いします! エコー通りまで行かせてください!」

「そこに天哉くんがいるんだね!」

 

頷くと、さきほどカバーに入った女性ヒーローがオレに声をかける。

 

「それってさっきエンデヴァーさんが言っていたところね! 聞こえてたの? ついてきて!」

 

えっ、なにそれ。まあいいか、消火活動に勤しんでいるマニュアルさんに許可をもらって、集団で駆け出す。ふいにヘルメットに触れたのだが、表面が少し溶けていた。多分エンデヴァーの拳とすれ違ったときなのだろうが、出力の桁違う。

 

「助かったぜ! 若いのにやるじゃねぇか!」

 

赤いマスクのヒーローに背中を叩かれる。移動時間が唯一気を抜けるというのもおかしな話だ。

 

「あたしも、助かっちゃった!」

 

エンデヴァーが来ていたので、タイミング的にはなにもしなくて良かったっていうね。なんかね。

だがプロヒーローに褒められるというのは悪い気持ちではない。もっとも彼らに混じって脳無を足止めできるかと言われれば、一秒たりとも無理だと今日でわかった。

せめて脳無に言葉が伝わればなぁ。

 

エコー通り四丁目までは歩いても十分とはかからない。話しながらとはいえ、普段から鍛えているヒーローたちのスピードで五分以内にはついたと思う。

その先にいたのは──緑谷だった。

 

「オレと同じ職場体験組です! 少年三人はみんな雄英生!」

 

傷を負ったクラスメイトが三人。緑谷を背負っているインディアンのヒーロー、小さいおじいちゃんヒーロー。そして、縛られて拘束されている……ヒーロー殺しステイン。

 

「本物だな。警察には?」

「まだ」

 

弱弱しい返答の緑谷に文句を言いたくなるが、確保してから何分経ったかもわからないので、いまは我慢しておこう。携帯端末で保須警察へ連絡し、ついでに救急車の出動も合わせてお願いした。

警察へは轟に説明を任せつつ、レスキューヒーローを名乗るプロヒーローから救急道具を受け取り、轟の左腕に止血帯を巻き付ける。傷は二か所、ナイフ傷っぽいな、初めて見た。傷が近いから雑菌は入れたくないのでアルコールはふんだんに振りかけておこう。然しもの轟も眉をしかめて言葉が詰まるが、どうにか我慢してくれた。

緑谷は脚、飯田は腕の負傷だ。傷は飯田のほうがひどいので、先に止血させてもらおう。

 

「コスチューム脱げよ。包帯巻くぞ」

 

自分でも、イライラの感情が言葉に乗ったのがわかった。それほどいまの飯田は腹立たしい。

止血帯を張り付け、はがれないように包帯を巻く。肩の傷が一番ひどかったので、止血帯も包帯も品切れになった。不足分で割りを食った緑谷には謝罪しかない。

 

「ところでなんでショートまでいるの? さっきエンデヴァー見たけどそれってそういうことだよね」

「そうだよ……」

 

口調こそ冷たく言い放つ轟だが、口角がへの字に曲げてられている。なんだかんだ言っても、やっぱり親子なのかな。

あ、いかん、完全に気を緩めている。

おじいちゃんヒーローに三体目の脳無は倒しちまったぜとか言われたせいだ。空を飛んでいる脳無はエンデヴァーが追っているし、さきほどまでの絶望的な状況が、エンデヴァー一人に覆されたこと、いくら重ねても感謝しかない。

 

「みんな……すまなかった。僕のせいで傷を負わせた。本当にすまなかった。怒りでなにも見えなくなってしまっていた」

 

飯田がオレたちの背後で頭を下げて謝罪している。声は震えて涙声だ。緑谷は肯定的な返答。むしろ自分が悪いとまで評している。轟はクールに「しっかりしてくれよ、副委員長」などとのたまっている。

オレは、少し前の飯田と一緒だ。怒りでなにも見えなくなっている。いまコイツを殴ればさぞやスカッとするのだろうな。

怪我して、泣いてる、この飯田を殴れば──。

言葉なんか出てこない。ただ、いくら彼が大人ぶっても、真面目であっても、十五歳の少年だと認識はしてしまった。

 

「あとで、マニュアルさんに土下座な、テンヤ」

「……ああ!」

 

ようやく声に力が戻ったらしい。それもちょっと不愉快で、オレは身体ごとそっぽを向いた。いま何時だ、さっきの緑谷のメール全員に送ってたよな、星綺麗だな、あの鳥近づいてきてるけど──さっきのヴィランっぽくない?

 

「伏せろ!!」

 

おじいちゃんヒーローが叫んだことで、ようやく状況を理解する。──あまりの速さに、反応できたヒーローはいなかった。

空を飛ぶヴィランとすれ違ったと思うときには、ヴィランの足に捕まえられている緑谷と目があった。身体を捻って緑谷の身体を掴もうとするが意味はなく、手は空ぶって虚空を掴む。指が拳を作る前より早く、ヴィランは急上昇し始めた。

 

ドンと、背中を押されて倒れこむ。オレを押した誰かは【結んであった腕の縄】を解きながら物凄い速さで脳無へ駆け出す。その脳無はどうやったのかは知らないが失速し、緑谷を抱えながら落ちていく。そのヴィランに向かって、【ステイン】は跳躍した。

 

「偽物が蔓延るこの社会も、いたずらに力を振るう犯罪者も──」

 

まるで呪文のように、呪詛のように、ステインは独り言を唱え続ける。

地上へとヴィランを引きずり降ろしたステインは、口を閉じる力も残っていないのか、よだれをポタポタと口の端から垂らしながら、脳無の頭部に刺したナイフを引き抜いた。

 

「──粛清対象だ……。すべては、正しき社会のためにっ!」

 

ステインは、限界だな。倒れ伏す緑谷の背中に手を置いても、立ち上がれずにガクガクと震えている。

 

「デク動くな! 戦闘態勢!!」

 

じたばたと動く緑谷に声をかけ、飯田と轟の背中を思い切り叩く。気付けにはなるだろう。

負傷した轟と飯田はまだしも、後ろのヒーローたちも十全とはいかず、判断も追いついていない。こんなに簡単なのに! ヤツなら緑谷を殺すだろ! ヒーロー殺しだぞ!

 

「なにを一塊に突っ立っている! こっちにヴィランが逃げてきたはずだ!」

 

背後からエンデヴァーの声がするが、ステインの挙動で目が離せない。というか飛行ヴィラン逃がしてんじゃねーよ!! あと武器は全部取っとけ!!

 

あぁクソ、クソ、イライラする。

なんで、本当に、お前らは──!!

 

情けねぇんだよ!! どいつも、こいつも!!!

 

エンデヴァーの攻撃をおじいちゃんヒーローが止める声がする。その声に反応してか、ステインは立ち上がり、幽鬼のようにフラフラとオレたちに向かって歩き出す。

 

「ニセモノォ……」

 

唸るやつの素顔が見える。焼いたのか、削いだのか、鼻が無く、目の周りもケロイド状に焼け爛れている。

 

一歩踏み出すために、渾身の力を入れているのがわかる。

 

「正さねば!

「誰かが、血に染まらねば!

「ヒーローを、取り戻さねば!

 

──だが、あと一歩──

 

「来い!

「来てみろ偽物どもっ!」

 

その一歩を、ヤツは踏み出した。

 

「偽物偽物って!! 本物の定義はお前しか決められねーのかよ!! インゲニウムは偽物だったのかよ! お前が殺したヒーローの家族はよォ!! 悲しんでるけど偽物だからしかたねーってか!! ふざけてんじゃねーぞ!!! イエスかノーで分けて楽してんのはお前だけなんだよ!」

 

オレも、一歩踏み込む。これは間合いか? いや、相手は短刀。まだ、まだ大丈夫だ。

 

「いまからお前は逮捕される。それはお前が偽物だからでも本物だからでもない」

 

スーツの袖で顔を拭う振りをして、袖口のマイクに『緑谷、離れろ』と告げてヘルメットのベルトを外す。彼がさきほど渡したインカムを付けていれば最高だ。

 

「傷害、銃刀法違反、個性の無断使用の三点で、現行犯逮捕とする──ったァ!!!」

 

ヘルメットを投げつけ、大げさに飛び退いた。

 

「さァエンデヴァー!! お願いします!!!」

 

ヘルメットがなにかに当たる音と、何かが倒れこむ音は聞こえたが、正直それどころじゃない。あのスピードで駆け出されれば、オレじゃあひとたまりもない。

前転するように背後のヒーローたちの一団へ飛び込む。そこでようやく背後を見たが、ステインはいなかった。──逃げた? 逃がした? あの死に体を?

 

「デクは!?」

 

いや、それよりもなぜエンデヴァーが動かない!!

どさりと、横で飯田と轟が座り込む。

 

「テンヤっ! 大丈夫か!」

 

間の抜けた顔をして、オレを見た。

頼むぜ、こんな時に! ビルの間は? 割れたガラスの奥から襲ってきてもおかしくない。緑谷からの返答もなく、よりにもよってエンデヴァーが動いていない!

 

「警戒しろ!!!」

 

そう叫んだところで、おじいちゃんヒーローがオレの頭をポンと叩いた。いや、撫でたのかもしれない。

 

「お前、すごいのに阿呆だな」

 

 

 

……あとから聞いた話だと、ステインの肺には肋骨が刺さっており、とても動けるような状態ではなかったという。つまりは、緑谷たち三人との戦闘、そしてヴィランへの攻撃で限界を迎え、オレのヘルメットが顔面に当たって地面に倒れこんだ。

振り返ってステインを見てもいないはずだ。道路に倒れこんでいるなんて盲点すぎる。っていうか待ってれば気絶してくれたんじゃないだろうか。

 

いたずらに緑谷の命の危機に晒したと知って、自身がすごい阿呆だと気付かされた。

 

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