「みんな……」
携帯端末を見ていた策束が、ぽつりと零した。
みんな、と言ったが正しくはないはずだとナイトアイは考える。
この時間ならエンデヴァーとショートはまだ負けておらず、なによりも勝利する。ヒーローとしてはこれ以上ないほどに敗北してしまうのだが、この局面においてはさして重要ではない。
それはそれとして、無意識ながら情報を遮っているらしい。
本能でわかっているのだろう、これから、すべての情報をオール・フォー・ワンに読み取られてしまうのだから。
(まったく、どいつもこいつも、ヒーローだな)
オールマイトは策束の言葉を聞いても、表情を変えなかった。
ずっと、笑顔を張り付けている。
「しかし良いのか? スピナーと黒霧に逃げられたのは全国区で流されているんだろう。《シルバーバレット》の売れ行きが怪しくなるぞ」
「《予知》ではどうなってたんですか《予知》では! いい加減教えてくださいよ!」
策束は表情豊かに怒った【ふり】だ。
心を上手く切り離したのだろう。
「ギガントマキアをヒーロー側に引き入れるなんて! しかも《洗脳》? 殴られてギガントマキアがオール・フォー・ワンに味方してたらどんなことになっていたか!」
「まあまあ策束少年。ナイトアイはそれも《予知》していたんだろう?」
「もちろんだ」
オールマイトとナイトアイとの会話に、策束は大きく肩を落としてため息を吐いた。
顔を上げた策束は、薄っすらと笑っている。
「サイドキック復活おめでとうございます。ボクは後ろで見てますので、できるだけここで終わらせましょう。問題は? ナイトアイ」
「まったくないな。やるぞオールマイト」
「もちろん! なぜって?──私が、あ、さきに連絡しないと」
ナイトアイと策束は視線を一瞬だけ絡ませ、《エルピス》の最終調整に移った。
「まあこんなもんでしょう。さすがに起動せずに終わるってことはないと思いますが、途中でエンストしても許してくださいね」
「問題ない。そんな《予知》は視ていないさ」
「もうすこし教えてくださいよ……いやこれマジですからね! 教えてくれれば作戦も立てられるのに!」
「断る──が、そうだな、決戦が終わって、我々が生き残っていれば全部視てやるさ」
「お、良いですね。それちゃんと教えてくださいね。約束ですよ」
「ははは、ああ、約束だ」
防水すら処理しきれぬ強い雨で服は重く、革靴の中まで濡れている。
それなのに、どうしてこんなに笑えるのだろうか。
「もしもし! おーい! あー! あー! ん! つながった!」
オールマイトの声が一段を高く跳ねた。
嬉しかったのかと二人で耳を傾ければ、オールマイトは驚くような笑みを浮かべていた。
「二人とも! まだ無事だってな! 時間が惜しい。手短に伝えるね! キミたちはいますぐ群訝へ走れ!」
空を見上げながら笑うオールマイトを見て、策束は眉を歪めてナイトアイに事情の説明を求める。
「ショートとインゲニウムだな。聞いていればわかるはずだ」
策束からは鍍金が剥がれ落ちるように余裕が消える。
心配なのだろう。群訝山荘は、現在トゥワイスと荼毘がいるのだ。案の定、オールマイトの話す内容は荼毘に関わるものだった。
「荼毘が爆発寸前。範囲内には避難ブロックが停止中。現在エンデヴァーが荼毘を見ているが、彼の個性では爆発を止められないだろう。
「……飯田少年、キミは走れるはずだ。
「轟少年、心と体は一元だ。悩み進んできたキミならわかると思う。
「──大丈夫! まだ強力な助っ人が控えてる! 三人もな!
「迷いを抱いて戦ってもアレには勝てない。悩んで迷って……そんな少年が心に決めた想いこそなにより尊い。
「燈矢を止めてみんなを安心させてくれ!
「キミが! キミであるために!
「いま群訝の危機をどうにかできる可能性があるとすれば、《エンジン》と《半冷半燃》、キミたちだけだ!」
通信を切ったと思われたオールマイトだったが、そのあとすぐに耳を抑えて痛がる素振りを見せた。
「つぎは?」
「塚内だ。あいつめ、私より多少オールマイトと付き合いが長いからと調子に乗っているようだな」
「さようで」
急に不機嫌になり、ハンカチがあれば噛みしめていそうなナイトアイ。
策束はいまさらながらナイトアイの残念なネクタイの柄を見て、一度肩から力を抜いた。
「いま? いまはぁ……そのぉ……オール・フォー・ワンの進行予想位置に、立ってて。えっと、三人は、その、ごめん、はい、うん。ナイトアイと、策束少年。もう一人いたけど、いまはどこかに隠れてるね。顔出すのかな? ちょっとわかんないけど。あとこれ、ドローン。見えるかなー?」
『馬鹿野郎!!』
ナイトアイたちにも聞こえる声量が携帯端末から聞こえてきた。あまりの音量にオールマイトは耳を塞ぐ。
「これで良いんだよ塚内くん。もともと私の戦いだったんだから。ナイトアイと策束少年は、私のサイドキックということで、ね?」
オールマイトの呼びかけに、ナイトアイと策束はサムズアップで返答した。
その間にも塚内は叫び続けているようで、オールマイトは雑談しながら《エルクレス》からケースを取り出しながら道路の真ん中へと立った。
「では、任せましたよ」
「ああ、死ぬなよ、策束」
「まあ、二人が足止めに成功したら、生き延びますかね」
最後の最後まで軽口を叩く策束に笑いかけ、オールマイトの隣にナイトアイも立つ。そのナイトアイも、自然な口調でオールマイトへと声を掛けていた。
「七年前は向かって行ったが」
「今回は向こうがチャレンジャーさ……。まったく、思い出すよなぁ。永く戦ってきた……。死柄木弔の憎しみが本体にまで影響を及ぼしているって? じゃあ──無視はできないだろうなぁ……。なんたって」
「私が──来た!!」
空を進んでいた青年が、オールマイトを見下ろして嗤っていた。
──その男を見上げて策束は今日何回目かもわからぬほどのため息を吐いた。
「【お前】か……だよなぁ。で? ラブラバ、撮れてるか?」
『問題ないわ、配信中よ』
「配信? え、いや、まあ……良いかぁ」
策束は一人、《エルクレス》の助手席へと座り込む。
その瞬間に天井が分割し飛んでいく様を見上げ、上着を用意すれば良かったなと携帯端末の配信映像に視線を移した。
◇ ◇ ◇ ◇
デトネラット社の社長就任挨拶と同時に、世界が驚愕した新商品。その配信が終わって余韻に浸る暇もなく、べつの配信が始まった。
ネットで流れ始めたそのライブ映像は、渦中の日本の内戦のものだった。
世界中の人々がサーバーの落ちそうなほどの勢いでそのチャンネルへと流れ、再生回数を伸ばしていく。
その動画のチャンネルは、ほとんどが紅茶を淹れるだけの動画だった。なぜそのようなチャンネルでこの映像が流されているのかもわからず、信憑性だって薄い。
日本語で、オールマイトとオール・フォー・ワンが戦うというタイトルだけしかない。
だが、その死闘は──オールマイトの活躍は、人々を魅了するに至った。
暗闇に浮かぶ激しい閃光に、目を覆うような残酷な攻撃。
この戦いが日本の未来を決める天王山であると、動画を見ている人は理解しているだろう。
「──あっぶねー……」
策束はオール・フォー・ワンの攻撃で割れた地面に視線を送った。
初撃、光のレーザーを放ったオール・フォー・ワンだったが、その攻撃は分厚いコンクリートを切り裂いて、オールマイトを巻き込みながら空へと消えて行った。光の刃のようなレーザーは背後のビルもいくつか切り裂いたのか、崩れ落ちる轟音と白煙を含んだ風が策束の背中を押した。
そのレーザーの直撃を受けたオールマイトは、ダメージなど感じさせぬ軽快な動きで空へと高く上がった。
ナイトアイはバイクに乗った状態でオール・フォー・ワンの真下へと進んでいる。フルスロットルで進んだナイトアイは、《エルピス》を【纏って】空に向かって高く跳ぶ。
《エルクレス》と《エルピス》。二つのアーマードスーツ。
それでどこまでオール・フォー・ワンを足止めできるか。
加えて、ナイトアイの《エルピス》は第一次決戦後、突貫工事で作り上げたこともあり《エルクレス》に比べて性能は劣る。
もっとも、製作者としては産み出したベイビーに対して妥協することはなく、《エルクレス》を基準に削った性能分、底上げ仕掛けを《エルピス》にも施しているはずだが、車と二輪車をモデルにした関係で、どうしても装甲面は削らなければならない。
そして、《エルクレス》ですら初撃のレーザーを防いだだけで外部装甲全体の六割を失うこととなった。
自動運転へと切り替わった車両の装甲が外れ、次々にオールマイトのアーマーへ外部装甲として加わっていく。
策束の視界にはすでにハンドルも屋根もないため、強い雨と風に吹き晒されている。
それどころか高速で移動するオールマイトたちに適切な距離を取り続けるため、痛いくらいの雨粒が当たって目を瞑りたくなる。
それでも空を見上げ続けるのは、戦い続ける人たちがいるから。
初撃を防いだオールマイトは、周囲のビルへと隠して配置していた《エルクレス》のパーツから黒いワイヤーを噴射し、オール・フォー・ワンを空中で拘束する。
一瞬遅れ、自身のアーマーからも同じワイヤーをオール・フォー・ワンへと突き刺した。ワイヤーを巻き取り、アーマーのブーストと、《エルクレス》の追加パーツを使ってヴィランへと肉薄する。
オール・フォー・ワンは余裕をもって様子見していたわけではない。
だれかから奪ったレーザー個性は出力によって自壊するほどの威力であり、右腕を犠牲に放ったものだ。
だが、その自壊を彼はデメリットとしては数えていない。
オーバーホールが治崎壊理から創り上げた個性破壊弾の【ワクチン】。それをドクター殻木が改変した《巻き戻し弾》。
七年前にオールマイトによって負った致命傷を回復させ、エンデヴァーに追い詰められたすべてが【無かった】ことになった。
もっとも彼は、エンデヴァーなどに使用するつもりはなかった。
オールマイトの努力の果てに使って、絶望を与えるつもりだったのに。
そのかわり、もうすでに反動による自壊など、デメリットに数える必要などない。
そのオール・フォー・ワンの余裕を、オールマイトは手に取るように見透かしていた。
「ブラックウィップ──《チャージズマ》」
レーザーの反動で弾けた右腕が再生しかけたまま、ワイヤーから送られた電撃によって四散した。
(電流で再生の妨害を──!)
(知らないだろう! お前は!)
オールマイトの【総力戦】は《チャージズマ》だけに留まらない。
レーザーによる初撃を防いだ外部装甲は、《レッドライオット》。切島鋭児の必殺技は、だれも傷つかぬようにと生み出したものだ。
アーマーの両腕部から射出したワイヤーの名称は《セロファン》。場を和ませるのが得意で、わざと空気を読まない発言をする優等生、瀬呂範太。
「お師匠との最後の戦いからずぅっと! まず雑に遠距離攻撃だよなぁ!?」
オール・フォー・ワンの手の内など、オールマイトは数える程度しか知らない。彼に内包された個性の数すら、把握できるような関係性になかった。
なのに、わかりやすい。
「弱らせてから個性を奪うってなぁ!!」
《エルクレス》の追加武装が続けざまに飛行し、アーマードオールマイトの左足を覆う。その装備名は──《インゲニウム》。
自身の心の弱さ受け入れ、ひたむきに成長を続ける偉大なヒーロー、飯田天哉のヒーロー名だ。
(ずっと強かったんだよな! お前は!)
《エルクレス》の武装イメージを設計者に尋ねられたオールマイトは、最初は便利な個性や、強力な個性を追加武装の候補として挙げていた。
だが強力な反面再現性が難しく、《エルクレス》の開発者はやり方を変えた。
『おじさま、もうすこし具体的に個性の説明をしていただけませんか? 技名だけでは、ちょっと……』
『だけどエンデヴァーもベストジーニストも本当にすごくて。二人がいればオール・フォー・ワンなんて!』
『ですから! 彼らの個性を説明してください! 分かる範囲で構わないから!』
『プロだから、そこまで詳しく説明してくれてなくて……。A組の子たちだったらいくらでも説明できるけど』
『あ! それです!! 教えてください!』
『いいよ。すごく、良い子たちなんだ』
話題は武装に向いた個性などそっちのけで、一人ひとりの“個性”を──“長所と短所”の話を、授業のエピソードを交えて話していた。
『おじさま、ありがとうございます』
『もう良いのかい? ここからが面白いのに』
『ええ、データは十分。それに……ちょっと妬けちゃいましたから。あーあ、いまからヒーロー科目指そうかなー』
嫉妬というにはどこか寂しそうに笑う設計者。
それは彼女の父──ともに戦うことを諦めたデヴィット・シールドの笑顔を思い出させた。
オールマイトだけが知っている。覚えている。
「このスーツと《エルクレス》はすこしでも戦えるよう私が考え! 設計を頼んだ! かつてお前に敗れ! アメリカへ亡命を余儀なくされ! その地で出会った友人との! 縁だ!」
絶望の淵で、デヴィットの笑顔に救われた過去を──。
「私が与えられてきたもの! すべてぶつける!! 長い付き合いだ! わかるだろ! 親友!!」
《チャージズマ》の雷撃で痺れさせたまま《セロファン》で距離を詰め、《インゲニウム》による《シュートスタイル》。
長い付き合いというには、すべてが新鮮だった。
連続の蹴りによるスマッシュは、弟子から教えられたものだった。
拳による威力が低いのなら、補えば良い。
一撃が軽いのなら、なんどでも立ち上がれば良い。
諦めとか、妥協とか、そんな話は後回しだ。
最後の最後──死んでからで十分だ。
「私は! 過去一度たりとも、負ける気で戦ったことはない!!」
「私【たち】だぞオールマイト!」
ナノテクノロジーで作られた刃が、死角からオール・フォー・ワンの左手を刎ねた。
オールマイトは、ケース状のアーマーと、車両型の《エルクレス》。
そしてナイトアイは、バイク型の《エルピス》を身に纏っていた。火力も耐久も《エルクレス》に劣るが、《エルピス》の機動力はアーマー形態になっても健在である。
オールマイトの大振りの蹴りが逸れぬように、防がれぬように、背後から筋肉の筋を絶つように斬りつけた。
「まったく気が滅入るよなナイトアイ! 五十も半ばを越えて幼気な青年を嬲るってのはァ!! 魔王が聞いて呆れるぜ! 無個性でも戦れる程度とは!」
慣れない挑発を繰り返す。オール・フォー・ワンに合わせれば口撃と言ったところだろう。
それには、理由と勝算がある。
(貴様は《ワン・フォー・オール》を手に入れるため『激しい怒り』を宿した。そこに付け入る。それのみが、この戦いを唯一成立させる! 私から目が離せないくらい! 夢中にさせてやるよ!)
かつてヒーローが指摘していた『感情の欠如』が、いまのオール・フォー・ワンからは感じられない。実際、この至近距離でナイトアイとともに攻め立てられ続ける状況へのフラストレーションを肌でひしひしと感じとることができる。
ナイトアイも感じるところは同じなのか、オールマイトの無理攻めに同調することなく、サポートに徹していた。
まるで、個性頼りのヴィランを対処するように、感情とはべつに淡々とした作業にも似ていた。だが二人が対面するのは、二百年近く生き続ける個性の王。
両手を失い、背中を深く斬りつけられ、身体には電撃のワイヤーが身体を貫通していてもなお、魔王としての矜持を見せる。
──内包する複数の個性を無秩序に発動。
ビルを何棟も巻き込むような範囲攻撃をオールマイトに放ち、ワイヤーを引きちぎりながら無理矢理に距離を空けた。
背後のナイトアイに動揺はなかったが、サポート向けに開発された《エルピス》では出力が足りず、振り返ったオール・フォー・ワンに吹き飛ばされてしまう。
落下していくナイトアイに追撃することなく、オール・フォー・ワンは暗い目をしてオールマイトへと向かう。
砕けたビルの中で立ち上がろうとするオールマイトへと話しかけた。
「戦えている? なにを勘違いしている出がらしのゴミクズが……。ゴミ袋を被ったら気が大きくなったか? あ? 壊れて失うだけだ。道具は限界を超えない」
「……気が合うね、親友」
砕けた左の二の腕は、いまやアーマーで骨まで締め付けられてようやく動かせる状態だ。その左手でオール・フォー・ワンを指差した。
道具に依存してしまったヒーローは、オールマイトにとって良く見た光景だった。面白いことに、弟子に向けて似たような意見を述べたこともある。
跳躍しオール・フォー・ワンの顔面を殴りつけるが、それは額に当たっただけでびくともしない。ヴィランは空中に浮かんでいるというのに、まるで大地でも殴ったかのようだった。
「キミの時間稼ぎに釣られたんじゃない! ゴミ拾いできるほどゆとりがあるんだよ僕には!」
衝撃波の直撃を受けたが、吹き飛ばされる前に掴まれて距離を保つ。
壊れかけた《エルピス》を纏うナイトアイがいた。その背後から《エルクレス》に送られてくるパーツが見える。
ああ──支えられている。
なら、何度だって立ち上がれるさ。
「取り繕ってんじゃないよみっともない!!」
壊れた左手で注射針を受け取った。《ピンキー》の強酸薬液をオール・フォー・ワンの腹へと撃ち込んだ。
心を読まれているはずなのに、痛みはあるはずなのに、オール・フォー・ワンは【受けた】。
まるでそれが、王者の余裕であるかのように。
──笑わせる!
「巻き戻ったそばから腐食し続けちゃうなぁ!?」
「オールマイトぉ!!」
「生ごみじゃなかったっけ!?」
空を、飛んだのだと思う。
オールマイトはナイトアイとともに、数キロ吹き飛ばされていた。
『肋骨骨折──全身打撲──呼吸器二異常──』
「まったく、挑発しすぎだ」
「は、は、は、は──」
ナイトアイも満身創痍だ。それでも、すぐには立ち上がれぬオールマイトのために前に立つ。
背中をオールマイトに向けながら、ナイトアイは話しかける。
「またすこし幼くなった。おそらく体内の《ピンキー》を個性の反動で身体をわざと欠損させて排出したんだろう。その反動を《巻き戻し》した。それを続けて行けば、どうなる?」
オールマイトの鍛え上げられた筋肉がアーマーによって圧し潰される。砕けた骨が肉に食い込む音が体内を通して聞こえてきた。
ナイトアイの手足もずいぶんと細くなっていて、同じような状況なのだと察しがつく。
「ハハ、ハハハハハ」
笑いながら、鼓舞しながら、オールマイトは立ち上がった。
気付いたナイトアイも、堪えきれず笑っている。
『私が笑うのはヒーローの重圧、そして内に湧く恐怖から己を欺くためさ』
死に瀕して、そんな言葉を思い出した。
そして、間違っていたのだと自覚する。
(嬉しい──)
こんなに痛いのに、こんなにつらいのに、怖くない。
無駄なことなんてなかった。足止めなどではなかった。
すべてが、繋がっている。
(人の役に立てて、嬉しい──)
《エルクレス》の外部装甲が、アーマーのマント《ツクヨミ》と結合していく。
背後に生えた何本ものアームすべてが、オール・フォー・ワンをロックオンしていく。《テンタコル》をベースにA組の子どもたちの個性が組み込まれている。
どのような境遇でも決して諦めない、強いヒーローの個性だ。
「教えてやるぞ! オールマイト!」
「ああ!! スラスター《ウラビティ》! 出力全開!」
アームとスラスターを使って真横へと飛ぶ。ナイトアイが反対側へ飛び退いたことを目視してすぐに、二人の立っていたビルが衝撃波によって吹き飛ばされた。
(これらで機動力を増速しより小回りを。圧し一辺倒じゃヤツも飽きるだろう)
ビルの隙間を縫うように、アームを使って静かに移動していく。ドローンのように飛ばした《アニマ》は、泣いている人のために個性を使う、優しいヒーローのものだ。
「馬鹿笑いの次は逃げ隠れか?」
思考を読み取るオール・フォー・ワンにとって、隠れるという行為にはほとんど意味がない。空飛ぶ《アニマ》を撃ち落としたオール・フォー・ワンは、オールマイトの持ちうる最大の手札を封じ、満足そうに笑っていた。
「キミの狙いはわかった。そのにやけ面を苦悶に歪ませるのに、大げさな力はいらない……。省エネでいくよ」
両手を広げることも難しい狭い通路に、オール・フォー・ワンの黒い爪が網のように生える。スラスターの出力を上げ、オールマイトは逃げるようにオール・フォー・ワンの頭上を取った。
「──嘘つきめ!」
ビルの上で見たのは、黒い爪を二匹の巨大な人面の蛇のように形作る個性。どのような個性かすら理解の範疇を越えたものであり、オールマイトはすぐさまべつのビルの隙間に身を隠した。
だが、巨大な蛇はコンクリートをバターのように歯で切り裂きながら追跡されてしまう。
「笑顔が消えてるぞ! それじゃあ臓腑の欠けたただの老骨だ! 若者の個性の上っ面だけを模倣し自分を介護させているだけの!」
悪意の塊のような声。
しかも、人面蛇は見せかけだけの囮だ。蛇から伸びる細い黒い爪が、アームを切り裂いてなおもオールマイトを追い詰める。
「いいのか!? 撮られているんだろう!? みんなが見てるぞ! 平和の象徴が無力の象徴に堕ち絶えるさまを!!」
あとすこしでビルを抜けられる。その後はナイトアイと協力して雄英から引きはがして──。
「法の灯は消える」
声は、巨大な蛇の背後から聞こえていたはずだ。
振り返ったままのオールマイトは、耳元で囁くような声をビルの壁面から聞いた。
直後、激痛とともに下半身の感覚を失う。
どのような攻撃をされた──など、どうでも良い。
地面に縫い付けられるような強力な攻撃を受け、アームでオール・フォー・ワンを締め付ける。
アーマーの腕部に加わった追加武装《ショート》を、オール・フォー・ワンの口に突っ込んだ。
「わかっちゃいないな! 親友! 人は明滅するのだ! 私の灯が消えようとも! 私の灯を受けただれかが必ず照らす!」
個性を託した緑谷出久のように。
勝利を掲げる爆豪勝己のように。
象徴に成った策束業のように。
取り残された? 出がらし? 上等じゃないか!
「そうして照らされた暗がりに──彼らの光により強く追い縋れる! 輝きたいと! 腹の底から思える! 私【たち】がいる!! そうして暗がりは照らされ! 私もまた! 瞬けるのだ!!」
オール・フォー・ワンは空を見上げた。
《エルクレス》の最後のパーツが空に浮かんでいるが、それはただ浮いているだけだ。《アニマ》を破壊したことで動力を失って──。
(頼んだぜ、相棒──)
オール・フォー・ワンは、信じられぬとばかりにオールマイトを睨みつけた。
心を読む個性は発動し続けていた。《アニマ》を壊されて絶望したオールマイトの心を読んだ。身体も折った。すでに死に体であり、死を意識するばかりだったじゃないか。
まさか、考えるまでもなく、ナイトアイを信頼していたなど、有り得ない話だ。
「負ける気がしないぜオール・フォー・ワン!!」
空に浮いていたのは《エルクレス》だけではなかった。
二輪車型に戻った《エルピス》は、動力をすべて《エルクレス》の砲台に回していた。
「この名に灼かれな!」
空から地を照らすその追加武装は、きっとオールマイトに似ていた。
どれだけ追い詰められても、心が砕かれても、それでも、何度だって立ち上がるそのヒーローの名前は──《CAN,T STOP TWINKLING☆》。
本来、レーザーに質量はない。
アニメや映画で良く見られるビームという表現は、現実であれば視覚に捉えることのできない可視化技法の一つだ。
いま用いられているビームは荷電粒子加速器を用いた、簡単に説明すれば超高圧・超高温の水鉄砲である。光輝いているレーザーの正体は、超高速化した重金属の粒子──《エルクレス》に使われているナノ粒子を弾丸として発射している。
つまり、もう二度と使えない切り札だ。
事実、オールマイトはもう《エルクレス》の追加武装に頼ることもできず、壊れかけたアーマーの武装のみで戦うことになる。
そのことを【知る】ナイトアイは、砕けた両足とビルの屋上の手すりで身体を支え、眼下を見下ろす。
「オーバーヒートまで四十一秒! 援軍は二人! 未来を変えろオールマイト!!」
ここまでは、まだ《予知》の範囲内だ。
一方のオールマイトは、地面を削りながら沈んでいくオール・フォー・ワンが復帰しないよう、最大限の妨害行為を試みている。
スラスターで宙に浮かぶオールマイトから放たれたのは、《イヤホン=ジャック》の音の壁だった。その彼の両足は、血に濡れ、ただぶら下がっているに過ぎない。
ビルから這い出てきたオール・フォー・ワンの一撃は、《テイルマン》と《テンタコル》で防ぐことができたが、下半身の感覚はなく、ただ痛みだけが脊髄から伝わってくる。
(私の表情見たさで頭を狙わなかった阿呆が! 安く上がったぜ!)
地面の中から繰り出されるオール・フォー・ワンの反撃に対して、オールマイトは身を守るアーマーの一部を使い、ナノテクで球体二つを創り出す。
《グレープジュース》は数秒で融けてしまうものの、四つん這いになったオール・フォー・ワンの両腕に張り付き、切断を行った。
──最後は、自らビームの中へと飛び込む覚悟を決める。
アーマーのナノテクノロジー、通称《クリエティ》を折れた左腕へと集めて拳の装甲を厚くした。特殊光学樹皮《インビジブルガール》。それがあれば数秒は耐えられるはずだと信じて。
そう考えたところで、自らの失策を知る。
空の荷電粒子加速器と《エルピス》が、オーバーヒートによる破裂音を響かせながら崩れて行った。
なのに、なぜこんなに、眩しいのか。
レーザーの照射地点。そこから這い出してきたオール・フォー・ワン。
彼はまるで、ビームの光を吸収でもしたような発光を身体に纏わせる、少年の姿へと変わっていた。
「言ったろう……。道具は、限界を超えないと」
「ジャリかよ!」
悪意に塗れた笑顔をオールマイトに向ける。
「笑顔を忘れたな、親友」
背中が膨れ上がり、それが攻撃の予備動作であることは間違いなく──だが、その攻撃がどのようなものか、オールマイトが知ることはなかった。
身体を一度だけ震わせたオール・フォー・ワンは動きを止め、上空から降り立ったステインに背中を切られ、オールマイトには顔面を殴られた。
二撃目を与えようとしたオールマイトは、オール・フォー・ワンが自分を見ていないことに気づき、スラスターを使って離れる。
ステインも全翼機型の足場に乗ったまま、オール・フォー・ワンから距離を置いた。
ヴィランに近づくは、この場ではただ一人。
「──ここで来るのか、策束業……」
軽くネクタイを引き上げて、笑顔のまま少年は歩き続ける。
オールマイトの真横を悠々と歩き抜け、すこしだけオール・フォー・ワンから視線を外す。
「一撃、耐えます──なんてね」
「む、無理だ!」
引き止めようとスラスターで前進しようとしたが、エネルギーが枯渇して地面へと落下してしまう。
光に向かって行くヒーローの背中を、オールマイトは見送ってしまった。
たった数分の時間を、命を代償に稼ごうとする少年の背中なのに。
「ステインもありがとう。その刀はどうぞご自由に」
「こっちを向けよ」
「ナイトアイ! 聞こえてますか! つぎこんな機会があったら! 情報はたくさん落としてくださいね!」
「心の中では僕のことしか考えてないくせに。
「……つれないこと言うなよ、僕とキミとの仲じゃあないか。
「そうそう、僕は命の恩人なんだ。
「教えてあげようか。
「キミは、八百万百の代替品だったんだ。《創造》、欲しいだろう?
「だけど【あのとき】、あの新生児室で、キミの個性はすでに発現していたんだ。
「シーツと枕に埋もれるキミは、僕がいなければ死んでいたんだぜ? 二度も命を救った僕に逆らうなんて、恩知らずも極まっているね。
「それなのに、エンデヴァーとの戦いでも邪魔するなんて。
「ああ、そうか、この泣き声はキミの個性か。
「いやいやこっちの話さ。さて、それじゃあキミたちを殺して先に進むよ。プルスウルトラってやつさ。
「──は?
「…………つまんないことを言うね。気でも狂ったのかな?
「…………キミはっ、ここでっ、死ぬんだよ!
「ならキミの会社を乗っ取るとしよう! 策束家も! それに付随するなにもかも! 《シルバーバレット》? そんなものがなんになる! 僕が個性を与える! 世界を壊したのは僕だ!!
「…………あ、そっか」
オール・フォー・ワンは策束へと歩み寄る。
その距離は一メートルもなく、身長差で言えば、策束のほうが高かった。
その策束の額に手を当てて、オール・フォー・ワンは醜く嗤った。
オールマイトの視界から、闇が一つ消えた。
「個性を返そう」
──ビチャリ
策束業が崩れて消えた。