【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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エピローグ・B

 

雄英高校──講堂。

過去、数多のヒーローを輩出し、日本におけるヒーローの歴史の礎を作った雄英高校。

十年前に起こった日本最大の内戦の引き金を作ったとして責任をとり、ヒーロー科という存在とともに、その栄華を手放すこととなった。

 

現在では、策束・八百万の両家がスポンサーとなり、日本最大のサポート科を有するだけの普通高校である。

 

だが【十年前】の内戦──個性戦争での雄英高校の功績は大きく、入学を希望する者は多くいた。

それでなくとも、雄英高校には卒業していった英雄たちがいる。

 

このたび、講堂で講演会を行っている教授もその一人だ。

参加自由ながらも、立ち見を出すほど多くの観覧者に見守られている。

 

『──長くなりましたが、まとめに入りましょう』

『超常黎明期と呼ばれる当時から、個性因子は人間のDNAに影響を及ぼすことが判明していました。

『三十億の塩基対。染色体数四十六。私とほかの誰かのDNAを比べたとき、その差は一厘にも満ちません。そして人とチンパンジーとの差は四パーセント程度でしょうか。

『加えるなら……無個性の方との差は、二厘となっています。

『さきほども述べたように──私の友人の言葉を借りるなら、私たちはすでに新人類に進化しているのです。

『ひどい迫害が、あったと聞いています。

『現在は四歳までに発現する個性が、当時はまるでウイルスに感染したように、三十、四十の年齢の方々も発症していくのです。

『異能と呼ばれていた個性は、狩られました。文字通りの人狩りです。異形排斥集団が多く生まれ、悪夢のような差別があったのです。

『十年前、異形個性の方々が数万人集まって、反旗を翻しました。現代では薄まった差別だとお思いでしょう? ええ、私もそう思います。……それが他人事だと言うことです。

『差別はいまだに残っています。でなければ、《シルバーバレット》の需要はもうすこしだけ少なかったでしょうね。

『……失礼、話が逸れました。話を戻します。

『我々が個性因子を読み解くに必要のプロセスは、異形個性でした。

『まず、個性を一つの能力として捉えてください。火を吹く、物を引き寄せる、様々な個性がありますね。

『一転、異形個性とはなんでしょうか? 能力なのでしょうか。

『たとえばギャングオルカ。シャチの個性です。シャチの能力を使えますね。では、彼の能力はいったい【いくつ】あるでしょうか。

『超音波を発する能力、超音波を受け取る能力、シャチに比肩する水泳能力、シャチの咬筋能力……。私が把握しているだけでも、四つの個性があると判断できるでしょう。

『もちろんシャチの姿をしているのだから、それに合わせた能力があって然るべき……。そう思われる方もいると思います。

『では、異形個性の方はそれぞれ、見た目に【見合った個性】を持っているということになりますか?

『こちらの画像の方はアニマルヒーローの『アニマ』。彼の個性は動物を支配下に置く強力な個性です……が、その異形の見た目と能力とは一切関係がありません。

『注目していただきたいのは頭部の角ですね。個性による支配権が増したと同時に、急激に成長したということでした。

『つまり人間の身体は、個性因子によって作り替えられていると考えられています。

『一つは【能力に適合した変化】とします。その人の持つ個性因子に対して、受け入れるための身体機能の変化ですね。

『十年前の決戦で現れた、死柄木弔というヴィランが良い例かもしれません。彼は体内に入れられた大量の個性因子に適合する身体を作ろうとしていました。

『そして、もう一つは【変化した身体に見合った能力】。身体が変化したから個性を使えるようになった。それは穿った言い方をすれば、進化に近いかもしれませんね。

『この区別は、卵か先か鶏が先か、という哲学ではありません。

『どちらも正解で、あるいは、どちらも不正解。

『個性因子に適合した変化と、個性を発動するための変化を一括りにしてしまい、人は指を差して『異形個性』と総称してしまうのです。

『その無知から生まれる括りこそが、超常黎明期から続いてしまっている個性差別の正体です。

『異形個性こそ、人類が個性因子をコントロールしているという証拠なのです。

『無知が恐れを生み、恐れが排斥を生み、排斥が差別を生む。

『──読み解けば、なんてことはありませんでした。

『私たち研究者は個性因子を研究しているつもりで、ただ知らない出来事に怯える【人間】を【個性】という観点から追いかけていただけだったのです。

『研究としては面白かったですが、二時間の講義のオチとしては弱かったですね。ご清聴、ありがとうございました』

 

教授がお辞儀をすると、プレゼントマイクがタイミングを合わせて進行役を買って出た。

 

『退屈しないすごい授業だったぜプロフェッサー! みんな、拍手ー!』

 

生徒は立ち上がって拍手する。コンサートのように送られる拍手に、教授は照れた様子を取り繕いながら中央に用意された席へと戻った。

講義は終わりだが、これから質疑応答が始まるからだ。

 

いくつかの質問。

たとえば、教授が若かりし頃は雄英で授業を受けていたことや、ヒーロー免許を取得しているという好奇心に満ちた問いもあれば、個性因子の発現条件をいくつかの論文に当て嵌めなければ答えられないような意識の高い生徒の考えもある。

 

そのなかでも、ひと際尖った質問が飛び出した。

 

「三年A組、島乃真幌です。ヤオ……じゃなくて……教授は、個性終末論は破綻しているとお考えなのでしょうか」

 

教授──そう呼ばれた女性は内心、学生の良質な質問に対して舌を巻いた。彼女の講義の内容は時間内に抑えるために多くを削り、狭く深い個性因子に限ったものだったからだ。個性終末論については触れておらず、視野の広さが伺える。

 

プレゼントマイクも広がってしまった議論に気づき、講義の内容に質問を絞るようにと立ち上がったが、教授のアイコンタクトによって安心して身を引く。

 

『その質問に答えるためには、《シルバーバレット》と異形個性について話さなければなりませんね……』

 

教授が手元の携帯端末を操作すると、背後のスクリーンに画像が映し出された。

何人かの生徒たちから短い悲鳴が上がる。

 

『見覚えがある人も多いかと思います。近代個性論に置いて、もっとも研究される事柄ですから』

 

それは十年前──。

オール・フォー・ワンによって複数の個性を与えられて身体が変化した、少年の姿だった。

スライムのようなどろどろの身体。これが【人間】であるなど、だれが思うだろうか。

 

『【これ】が個性終末論の結末ではないか。かつてそのような理論が多く乱立され、一時は《シルバーバレット》を全人類に接種させるべきだと、そういう風潮がありました。

『一度、十年前の死柄木弔の映像を出します。

『さきほどの異形個性の話にも繋がりますが、死柄木の場合【能力に見合った変化】ですね。これが、進行形で何度も変化を繰り返して、その内包する個性に見合う身体を作り替えているのです。

『裏を返せば、数百にも及ぶ夥しい個性を身体に入れたとしても、適性があれば異形個性のように身体が勝手に適応していくということ。

『たった十年前まで、私たちは異形個性を人間ではないかのように扱っていました。まるで、百年前の超常黎明期の異能排斥運動のように。

『都会では気にしてないなどという風潮がありましたが、この雄英高校近くの避難シェルターですら、異形個性は入れないようにという要望があったと聞き及んでいます。

『死柄木の姿は、異形個性がどうして生まれるのか、その仕組みを見直す良い機会であったでしょう。

『無知は、差別を孕んでいるのですから。

『理由がわかれば、理屈がつけば、差別は無くなる。

『ゆえに質問の答えは、【こう】です。

『──個性終末論に怯える日々は終わりました。十年前の、あの日から』

 

質問者がお礼を言うことで、質疑応答の時間が終わったらしい。

進行でつぎの項目へと移り、在校生が教授に花束を渡して講義は終了となった。

 

その後は有権者を含めた立食会があり、そこに数人の生徒たちも参加する段取りとなっている。

集まった生徒たちは、すこし早めに教授の控室を訪れた。

 

「百お姉さん!」

「壊理さん! お久しぶりです」

「えへへー」

 

教授──八百万百に抱き着き、その胸に顔を埋める策束壊理。彼女を抱き留めながら、八百万は扉前に佇む生徒たちに笑いかけた。

 

「洸太さんも、活真さんも、お久しぶりです」

「私もいるんだけど」

「ええ、真幌さんも」

 

口元を抑えて笑う八百万が手を向けると、真幌は近づいて彼女の手を掴んだ。

 

「卒業式にも挨拶いたしますからね」

「もっと会いに来なさいよ」

「あらあら、ごめんなさい」

 

真幌は手を放して、壊理ごと八百万を抱きしめる。

 

「最後……ごめんなさい……」

「いいえ、とっても良い質問でしたわ」

「でも、策束さんの、あの、姿……」

「大丈夫、受け入れていますもの。あれから何年経ったと思っているのですか?」

 

彼女の笑顔に騙されそうになるが、それが嘘であることはわかっていた。

八百万百と策束纏の婚約破棄は、とっくのむかしに為されている。それがなぜかなど、考える必要はないのだから。

 

「それより、ヒーロー免許取得、改めておめでとうございます、真幌さん」

「い、良いのよそんなこと! いまじゃヒーロー免許って言ってもそれほど価値があるわけじゃないし」

 

ヒーロー免許の取得難易度が年々下がっていることもあり、むかしのようにヒーローを街中で見かけることも多くなった。

それは十数年前のヒーロー飽和期を超える数であり、そして、取得者の多くが富や名声を得ようとしての動機ではない。

個性を公に使用できるというメリットが大きいのだ。

自衛という意味で、銃やヒーローアイテム、《シルバーバレット》といった規制されている存在の中で、もっとも自由度が高いもの。それが“個性”なのだ。

 

ヒーロー免許を取得した者の全員が全員ナンバーワンヒーローを目指しているわけではない。

そのためその質の高さは雄英高校出身というだけで事務所から声がかかるほどで、いまだにヒーロー出身校としての権威は落ちていない。

雄英高校はヒーロー科こそ無くなってしまったものの、個性を伸ばし、把握する授業は積極的に推奨しており、その中身は十年前のヒーロー科授業よりも真剣さが増している。

 

そのような環境でのヒーロー免許取得であり、島乃真幌の優秀さは学年随一。ビックスリーの名を体現している存在だった。

 

「あんたも頑張んなさいよ、活真!」

「う、うん……」

「活真はすげーぜ。バフ役として団体戦だと引っ張りだこだ」

「でも、僕だけだとあんまり……」

「それ言い出したら私の個性だって一対一は弱いわよ。サポートも大切ってだけね。ねー、ヤオモモさん」

「ええ、そうですわね」

 

八百万に頭を撫でてもらい、ご満悦な姉の顔を眺めて活真はため息を吐く。

すっかり【失恋】の痛手からは立ち直ったようで安心だった。

洸太が腕時計を眺めて、移動の提案をすることで、八百万を連れ添っての立食会への出席となった。

 

「ヤオモモー!」

「三奈さん! お久しぶりですわね」

 

生徒たちは、気を遣ってその場から距離を置く。

芦戸はそんな生徒たちに手を合わせ謝罪しながらも、久々に出会った旧友を抱きしめた。

 

「変わりませんね」

「なんのなんの。この前白髪見っけた」

「あら、ふふふ。A組のみなさんもこちらに?」

「だいたい揃ってるよー。全員じゃないけどね」

「そう……ですか」

 

笑顔を曇らせた八百万の手を引いて、芦戸は歩き出した。何人ものが八百万に挨拶をしようと近寄ってくるが、芦戸は「あとにして! あとに!」と強気な姿勢であしらっていく。

その姿に、八百万は口元を抑えて笑っていた。

そして迎えるは、気が置けない仲間たちだった。

 

一年A組──。

いないのは──青山、耳郎、爆豪、緑谷、そして、策束業。

 

「お久しぶりです、みなさま!」

 

それでも、彼女は笑顔だった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

翌日、八百万は友人の家にお邪魔していた。

 

「お久しぶりですね、響香さん」

「もう聞いたってー。なにー? 昨日行かなかった嫌味ー?」

「もう、響香さんったら」

 

街の郊外にあるその家を見て、日本のトップヒーローの家だとは思わないだろう。

内装も奇抜なものなど一つもなく、ごくごく一般的な一軒家だった。

 

「いて! んー? もー……」

 

八百万のもとに紅茶を出した耳郎がソファーに腰かけた瞬間、短い悲鳴と不満そうな唸り声を上げた。

ソファーの隙間に手を入れると、そこから出てきたのは変形合体しそうなプラスチック製の玩具。

 

「こんなところに……。隠したなアイツ。昨日これ無くて大変な騒ぎだったんだからー」

「可愛らしいですわね」

「可愛いときなんて一瞬だったよー。いまはイヤイヤ期。片付けろって言ってもこれ! そっちのソファー大丈夫?」

「ええ、こちらはなんとも……」

 

そう言いつつ、小さな玩具のパーツがソファーの隙間にあるのを見つけて、耳郎へ見せつけた。二人で笑ってしまう。

 

「はぁー……。あ、来た来た」

 

リビングにノックの音が響いてくる。

足音など八百万は気づくことはなかったというのに。

 

感心しながら、八百万はノックに対して返事をした。

 

「どうぞ」

「しつれい! します!」

 

舌ったらずの敬語とともに入室を果たしたのは、絵本とお菓子を両手に抱えた一人の少年。

 

「もーちゃん! おひさしぶり! です!」

「なぁにが失礼します、だ。ねえゴウ? これなにかなー?」

「あ! ママ! それさがしてたの! なんで!」

「あんたが詰めたんでしょうが、あんたが……」

 

荷物を床に置いて、母親へと駆け寄る少年。母親からロボットのパーツを奪うと、それを部屋の隅に投げやった。けたたましい音に響香が顔をしかめて「床が……」と呟いた。

 

「もーちゃん! しつれい! します!」

「したあとなのよ。ごめんね、最近失礼って言葉にハマっちゃって」

「ママしつれいなこと言わないで!」

「これよこれ。もう本当失礼しちゃうってねー」

 

喧嘩する親子を見て、八百万はふぅと、重たいため息を吐いた。

 

「大きくなりましたね」

「ね。一年前まであんな小さかったのに」

「もうゴー大人だもん!」

「はいはい大人大人」

 

頬を膨らませて母親の太ももを叩く少年に、八百万はくすくすと笑った。それに気づいた子どもは、顔を真っ赤にして母親から離れる。

すぐに戻ってきた彼の手には、自室からもってきたと思われるスナック菓子の袋と絵本。

 

「もーちゃん! これよもう! ママは向こう行ってて!」

「ずるいでしょそれは。ママだってヤオモモと一緒にいたいもん」

 

親子の取り合いに巻き込まれ、八百万はもう一度笑った。

 

絵本を読み聞かせていると、興奮した様子の子どもだったが、そのうちに八百万の膝の上で眠ってしまった。

 

「電池切れだー。すごいよね子どもって。見てて飽きないわ」

「ええ、すごいですわ。それにもう個性の発現があったみたいで」

「ウチと旦那との掛け合わせって感じ。最初は大変だったわー……。前ヤオモモ来てくれたじゃん? あれから一週間後だったかな?」

 

八百万の太ももを枕に眠ってしまった子どもの手の平を見るようにと、指でサインを出す。少年の手の平を見ると、指の先と手の平にいくつかの穴が空いているのが見えた。貫通しているわけではなく、おまけに薄い膜が張られている感覚がある。

 

「スピーカーみたいになってて、爆音出すわ音を吸うわで大変よ」

「音を、吸う?」

 

聞き慣れぬ単語に、響香へと視線を移す。

 

「音って振動じゃん? 床とか壁に手の平つけて、その振動が反響しないようにしちゃうの。おかげで怒鳴っても無駄。この悪知恵はどこで身に着けたのやら……」

「すごいですわね」

「ウチの《イヤホンジャック》みたいに爆音出すこともできるんだけど、本人が音に敏感で嫌がっちゃうから、あんまり使いたくないみたい。ただねぇ──」

「どうしましたか?」

「ここだけの話、どうにも《崩壊》みたいな使い方もできるみたいでさ……」

「超振動のように、ですか?」

「そ。まだ小さいから、せいぜいプラスチックの玩具が壊れるくらいなんだけど……。安易に《シルバーバレット》打つわけにはいかないし……旦那は滅多に家に留まらないし……」

 

ストレスからか、彼女は不満そうな表情を隠そうともせず、左の耳たぶを弄った。そこに《イヤホンジャック》はなく、左耳には薄っすらと傷跡が見えた。

 

「ん、ああ、べつにその個性が嫌とかじゃないんだよ。だけど育て方間違えたら第二の死柄木弔になっちゃう可能性もあるって考えがずっと……ね。育児がこんなに不安なものだとは思わなかった」

「しかたありませんわ。命ですもの」

「いや本当にそれよ。旦那より子どもだって言うお母さんたちの気持ち超わかるもん」

「爆豪さんに悪いですわよ」

「良いの良いの、そんなことでへそ曲げたりしないから。ゴウがショートかっこいいって言ったときはやばかったけど」

 

笑い声を上げると、子どもがむずがって身体を動かした。

二人揃って視線を合わせ、まるでイタズラが見つからぬ子どものように声を落とす。

そのあとは、しばらく昔話に花を咲かせた。

 

A組のこと。決戦から十年間の、それぞれのこと。立ち戻って、A組のこと。

この十年で、二人がともに過ごしたのはたった三年間だ。それなのに、話題が尽きることはなく、近況報告だけでも盛り上がり続け、二人は涙を浮かべて笑い合った。

 

「──あ、ごめんちょっと待ってて」

 

ふとした拍子に響香が立ち上がり、客室から出て行く。

 

「おかえりー。遅かったね、ヤオモモ来てるよー」

「おう」

 

廊下から聞こえてきたのは、爆豪の声だった。

八百万は子どもを起こさぬように膝から降ろし、不躾にも顔を覗かせる。

 

そこで見たものは──爆豪の胸に顔を埋める響香の姿。

八百万は慌てて顔を引っ込めたものの爆豪はしっかりと目視していたらしく、リビングに妻を連れ添って戻ると、真っ赤な顔をした八百万と顔を合わせることになった。

 

「覗き魔」

「そんなつもりでは──!」

「恥ずかしいって!」

 

響香にまで怒られ、落ち込んでしまう八百万。

 

「もーちゃん……?」

「ゴウ、起きた?」

「もーちゃ」

 

響香が抱き上げた子どもは、ぐずぐずと八百万の名前を呼びながら、それでも睡眠欲に負けてしまったのか、重たい頭を母親の肩に預けてしまう。

 

「あらら。ヤオモモそろそろだよね?」

「ええ……」

「起きたとき大変だなー」

「ごめんなさい響香さん」

「良いの良いの。夜更かししてたコイツが悪い」

 

「寝かせてくる」と言いのけて、響香は軽快な足取りでリビングを出て行ってしまった。

残されたのは、八百万と爆豪。

 

「お久しぶりですわね、爆豪さん」

「昨日、悪かったな。本当は俺も出久も雄英行く予定だったけど」

「ええ、聞いております。ヴィラン退治お疲れさまでした」

「ヴィランてか、ただの強盗だ。復興バブルも弾けたからな」

 

テーブルの上のお菓子を無造作に口に放り投げ、つまらなそうに咀嚼していく。

 

「出久のヤローがお前が来ること知ってたみたいでな、事務作業は任せて戻って来た。あんまり、顔は合わせたくなかったんだけどな」

「……そう、だったのでしょうね」

 

雄英を卒業し、八百万と爆豪が顔を合わせたことなど、十回もないだろう。

それは、爆豪の心臓に起因する話だ。

 

シャツの間から、爆豪の生々しい傷跡が見え隠れしている。

 

「響香さんは、まだ……」

「ああ、心音がな……そっくりなんだとよ」

「そうですか……」

 

響香は受け入れ、八百万は拒絶した。あるいはそれは逆だよと指摘されれば、頷くしかない。

 

「ま、意外と生まれ変わりだったりするかもよ。お前にべったりなのは良い証拠かもな」

「おませさんなのでしょう」

 

爆豪の冗談に軽く付き合っていると、響香が二階から降りてきた。幸せそうな母親の顔を見て、八百万も満足そうに立ち上がる。

 

「ではお二人とも。私はそろそろ──」

「え、あ、もうこんな時間……。もっとゆっくりおしゃべりしたいねー」

「しばらくは日本にいますから、近いうちに会いに来ますわ」

「ゴウも喜ぶよ。もーちゃんをお嫁さんにするってうるさいんだから」

「まあ!」

 

八百万は嬉しそうに、年齢を指折って数え始める。

 

「無理無理無理無理!!」

「同い年だろテメーは!!」

 

見事な夫婦のツッコミに、八百万は最後に大きく笑った。

 

お行儀良く玄関まで見送られて、ドアが閉まってようやく、ふぅとため息を吐いた。

 

今日だけで何度笑ったかもわからない。

会いに来て良かったと思う。その反面──。

 

『爆豪勝己』

『  響香』

『  業』

 

家の表札に掲げられた名前を見て、どうしても息苦しくなってしまう。

響香が雄英を中退し、《シルバーバレット》を投与してから十年。

 

まだ、彼女は進めていない。

 

それでも私たちは、【あの人】が残したカルマを背負って生きて行かなければいけないのだ。

 





バッドエンドはこれにて終了となります。どうにか年内に完結させることができました。
エピローグに関しては完全に解釈不一致で、しかしどうしても個性因子の説明を加えて行きたいと思い、書く決断をしました。この爆耳って誰得なんだ……。
ほろ苦い感覚をすこしでも消していただこうとあとがきでネチネチ書いております。


個性因子の説明ですが、キャラクター目線だけでは語り足りないので、この場を借りて堀越先生がどれだけ凄いことをしたのか、お伝えしたいと思います。

最初に原作三十七巻に言及します。我々読者視点だと、異形個性に関して自分含め「人種差別」が真っ先に思いついたかと思います。

それは間違いでした。

あれは紛れもなく「個性差別」であり「異形差別」になります。
その理由が、ヒロアカ原作では「なぜ異形になるのか」という説明が成されていないからです。原因として、「個性因子とはなにか」がまだ研究段階にあるからですね。
つまりヒロアカ世界の住民にとって、個性とはいまだに「未知」であり、人々は異形個性に対してあまりにも無知です。
加えるなら、個性によって「なぜか」性格が偏るというところまでは踏み込めています。トガちゃんが良い例でしょうか。血で変身する=血が好きという、不思議な関係性だけ納得されてしまっています。
もしかしたら、異形個性は悪い見た目なのだから性格まで悪いのではないか。
もしかしたら、デトネラットに頼った異形個性の人々も悪い人間なのではないか。
そういった俗説が、ヒロアカにおける個性差別につながっていると思います。
地方での異形差別に関しては、超常黎明期に起こった異能を排斥するという考えがどうしても拭えていない、という見方で考察していますが、ここはもっと踏み込んでも面白いと思います。

堀越先生は、個性社会の表と裏を描いた作品を創り上げた。
これも十分凄いことで、オリジナルの世界を作るうえで、表面上を取り繕うことは簡単なんです。ですがその裏──読者に見せる必要のない社会の成り立ち、経済の発展の仕方など、それを作品に練り込むことができた作品は多くありません。
ですが、すくなくもないと考えています。

堀越先生が凄いのはここからになります。
なぜなら、異形個性の差別は、すでに「無くなる」という伏線が描かれているからです。

「なぜ異形個性が生まれるか」
この問いに、堀越先生は死柄木弔の姿で答えを出しました。
内包する個性に適応する身体が異形の正体です。簡単に言えば、生半可な身体では受け止めきれず四肢がもげて爆散します。
緑谷は筋力で補いましたが、普通の赤ん坊が個性を発現させたときに適応するためには、身体を変化させざるを得なかった、ということになります。
「差別とはなにか」
こちらは様々な解釈があると思いますが、南畑うりにとっての差別とは無知です。【断片的な情報】だけで対象を貶め、自分の地位を高めたと錯覚する思考が差別です。
個性差別における【断片的な情報】のマスターピースこそ、「なぜ異形個性が生まれるのか」の疑問であり、その答えである、と考えています。

すでに異形個性への無知は消えました。
無知が無くなれば差別が無くなる。
……これは自分の差別への解釈になるため、堀越先生が意図しているかはわかりません。
ですが、“個性”がある社会において、すでに個性差別も、異形差別も無くなることが示唆されています。

堀越先生はこの理論を、言葉すら使わずに原作内に落とし込んでいる、ということになります。
堀越先生がどれほど凄いことを現在進行形で行っているのか、自分の驚きが伝わればと思い、このあとがきでお伝えしています。

結論、堀越先生はすごい!!
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