【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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プロローグ・A

暗闇が、とても気持ち良かった。

ずっとこの暗闇に愛されていたい。

 

身体が無くなっていく。

指先の感覚などとっくのむかしに失って、ただ、在るという感覚に包まれている。

 

たとえるなら、暖かい水の中に包まれている。

顔に水を浸すことすら嫌がっていた自分なのに、そのたとえが出てきたことがちょっとだけおかしかった。

 

ずっと眠っているのに、ずっと起きているような感覚。

この感覚にはいまいち慣れることはなくて、すこしつらかった。

 

何日も、何十日もこの感覚に包まれている。

 

空気からも遮断されたその空間はとても心地よく、ボクはずっと眠り続けていた。

手足を広げると何かにぶつかるから、きっととても狭い空間で──。でも呼吸はどうしてもできなくて──。

 

でも、ま、地獄なんてこんなもんだよなと思う。

天国かもとは思ったけど、《シルバーバレット》など世界に売りつけた自分が、救われるはずなどがない。

それに、たまに夢を見るのだ。

 

自分が爆豪になって、耳郎を抱きしめている夢。

 

地獄だよ地獄。ふざけんなよ、マジで。

必死に暴れるけど、ここから出ることはできなさそうでさぁ……。ここしばらくは諦めている。体感ひと月くらいはいるんだけど。

 

寝て起きてって繰り返しているから、体内時間なんて当てにもならないけどなー……。

まれに外部からの刺激もあるから、おそらく捕まっていると思うんだけど。

 

あー……研究材料になってる可能性とかある?

そうだよなー……《複製》の個性返されただけで身体溶けるとかわけわかんないもんな。

いまさらそんなことに気づくのかよ。ずいぶんと思考力が鈍ってやがる。

 

どうすればこの状況を打開できるか。

考えろ、考えて、考えなきゃ──。

 

そんなある日、状況が一変した。

身体を包んでいた水が流れ出した。

ちゃんとした肌があるらしく、皮膚に外気があたってひどく冷たく感じる。そのおかげで指が残っていることも感じ取れた。

 

溶けた身体がなにかの実験で元に戻った?

ありがたいが、嫌だぜ爆豪の子ども抱いてる耳郎とか。

 

足元がせり上がって、押し出されていく。

あー、やだ、なんか、絶対異常事態。

ボクで対処可能な状況であってほしい。

 

頭に、なにか当てられた?

いや! 待て! 待て待て待て!!

狭い! 床が迫ってくるし!! ふさげんな! 無理だよ! あー! 頭から音してる! みちみち言ってる!! あー!!

 

三十分、一時間。どのくらいその痛みに耐え抜いていたのかはわからない。肺も頭も悲鳴を上げて何度気絶したのか数え切れなかったけど、ようやく痛みが引いてきた……。

周囲は明るいらしく、でも、相変わらずなにも見えない。視界が悪いというか、まぶたという感覚がない。まだ身体が溶けた状態なのか? それにしては、人の声は聞こえる。聞き取れなくて難儀しているけど。

 

手になにかを乗せられ、それを握る。でけぇ……。なにこれ……。握るって言うか、掴むという感覚に近い。

感覚と言えば、どうやら皮膚はあるらしい。ずっと寒い。毛布かなにかを与えられたらしく、そこは暖かいが……。

 

声が出ないのがネックだな。

正確には声を出したかもしれないけど、耳が聞き取ってくれないってのがデカい。

 

いまの自分の身体がどうなっているのか。そんなことすらわかりゃあしない。

たまに口になにかを突っ込まれて、どうにかそれを吸い上げることで生きているのだと実感できるが……。欲を言えば味が欲しい。水じゃあないと思うけど、味を感じる器官が衰えている。

あー……やっぱり最後のカレー食べとくべきだったなぁー。

 

外部の刺激は激痛感じた日を境に多くなっているため、もしかしたら人に戻れる日も近いかもしれない。

あれから何年経ったのだろうか……。できるなら、数年以内に収めて欲しいが……。五十年とか経ってたら絶望どころか生きる意味すら失いそうだ。

口も手足も感覚はあるので、あとは視界と音。この二つが──。

 

「この子が大金持ちのお坊ちゃんかい?」

 

音が──最悪のタイミングで戻って来た。

 

「可愛い坊やだねぇ。この子も将来はヒーローを目指すんだろうねぇ。まったく、忌々しい世の中だよ」

 

忘れない。

この声も、この悪意も、吐息すら、忘れたことなどない。

なぜ、なぜ生きている。

 

「オールマイト……あの時のガキが僕の組織を瓦解させようとしている……。まったく、そろそろこっちもいい歳だって言うのに」

 

なぜ生きてる! オール・フォー・ワン。

 

「ああうるさいガキだ。嫌いだなぁ。……心配しなくても殺さないよ、利用価値は無限大だし、八百万家のガキの個性も、いまなら奪えそうだ。あとは個性の発現を待って──おや?」

 

やばいやばいやばい! とにかく! とにかく隠れて! 考えろ! 脳無になってる? ありえる! やばい! ヒーローが負けた? ありえないだろ! 勝てるはずだ! ボクが捕まってるだけ? 目が開かない! 脳無ならなんでも個性使えるだろ! 動け! 動けボク!!

 

「すごいなこの子……。見てよドクター、もう個性が使えてるよ。あはは、可愛いねぇ。そんな小さい器だと、すぐに死んじまうぜ?」

 

拘束具でも付けられているのか、動くことはできなかった。

同時に、身体から力が抜けていく。

 

「見たところ、《複製》ってところかな? 赤ん坊でも使えるってのは、ずいぶんと便利そうだね。個性もらっちゃって良いかな?……でも、僕が奪わないときっと死んじゃうぜ?」

 

赤ん坊……? なんの話だ? 考えろ。脳無は死体利用……。目覚めて間もなければ赤ん坊としての勘定をする? マッドサイエンティストめ! 発目と同じ発想を──急に身体が軽くなった。

個性を、奪われた……?

 

「おや……? いや、この子、個性が二つ入ってた。《複製》と、んー、蓄積系の個性だなー。記録系の個性か」

 

あれ……なんか、音が、消えて行く。

 

「記憶の蓄積だとすれば……ああ、面白そうだな。なあドクター、実験をしないか? 個性を改造するんだ。それで──」

 

なんだっけ……ボク、なんでここに……。

 

「──もう一人の僕を創ってみないか?」

 

ボクって……だれ……?

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

死体安置所に移動した殻木とオール・フォー・ワンだが、それは人目を気にしての密談ではない。

彼らの前には、一体の死体が無骨なストレッチャーに乗せられていた。皮膚には霜がついており、低温処理されている死体だった。

 

その死体を前にしても、二人が動じることなどありえない。

 

「本当は《抹消》が欲しかったんじゃがのう……」

「まだ言う。時の運だよドクター。欲は身を亡ぼすのさ」

「はは、はっはっはっは、お前がそれを言うかオール・フォー・ワン。【あれ】からいくつ個性を増やした?」

「呼吸をしても、それは増やしたとは言わないだろう?」

 

殻木はオール・フォー・ワンの軽口に笑って同意した。眼鏡の奥では、オール・フォー・ワンを観察する瞳が弧を書いて歪む。

 

「一呼吸で二つの個性を、か。……《複製》とはまったく別系統の個性じゃが、なぜあの赤ん坊がそんな個性を?」

「さて。あんまり興味ないな、たまにこういうバグはいるからね。僕が若いころは良くあったことさ。それより彼の《クラウド》……やっぱり改造できない?」

 

愉しそうなオール・フォー・ワンに、殻木は渋い顔を向けた。

個性の改造。

非公式ながら人類初、外科手術で個性因子の取り出しに成功して以来、二人で何度も研究していた。だが、その一歩は踏み出せずにいる。

個性因子は生きているわけではない。正確に言えば、抜き取ってしまえば個性因子は死んでしまう。

保存した個性因子をほかの生命体に埋め込もうとしても、今度はつぎの宿主の身体が保たない。稀に一つであれば受け入れる被験者もおり、いまはその規則性の研究段階にある。

 

各地に孤児院を作り、行方不明になっても困らない実験体を集めている最中にはなるが、順調だった。

その手を止めてまで──いや、飛躍させてまで《クラウド》を改造?

 

「そこまで欲しいのか、もう一人の自分が」

「孤独なのさ。【あの日】以来ね……」

 

殻木が断片的に聞いている、与一という弟の話。

全てに執着し、全てを手にし、全てを諦めている男の、たった一つの心の拠り所。

 

「はっきり言うが、改造は無理じゃの」

「んー……じゃあ、個性を【纏めてみる】というのは?」

「──ほお?」

 

オール・フォー・ワンの提案は、いままでとはまったくべつのアプローチだった。それまで個性の改造と言えば、一つの個性を弄り回すことで強力にするものだった。

理由は、二つの個性は一人の人間には入れられないからだ。運が良くて二つ。奇跡的に三つ。

 

「赤ん坊から奪った個性は二つ。それを一つの個性として……。《複製》に《記憶保持》で、同じ人間を創り出すというのもあながち……」

「うんうん! まあ、あの子の《記憶保持》ってそういうのでもなさそうだけど。でも、ほかの個性なら代替になるかもね」

「個性の強化ではなく、個性の世代的の促進……。なるほど、なるほど。やってみる価値はある。じゃがのぉ──」

 

同時に、すぐに思いついてしまうデメリットもある。

 

「記憶を入れて、本人の個性まで。結局二つの個性が入っていることになる」

「問題は素体の強度か」

「まあ人間の改造なぞ個性因子の改造に比べれば楽じゃわ。規則性さえ見つければなんとかなるかもしれんな。案外、身体が二倍なら個性を二倍入れられるなんて簡単な話かもしれんぞ」

「あははは、試してみようドクター。まずは失敗してみないとね」

 

オール・フォー・ワンは、凍らせた死体の頭を撫でた。

ざらりと、露出した脳みそに指が触れる。その彼は、不意に顔を上げた。

 

「ねえドクター、さっき個性を抜いた赤ん坊ってさ、ずいぶんとお金持ちなんだよね」

「そうじゃの。策束家の資産なら、儂らより上じゃろうな。さっそく赤子に埋め込むか? お前さんの記憶を」

「そんなもったいないことしないさ。だけど、どうせあの子もこの子みたいにヒーロー目指すんだろう? どいつもこいつも、オールマイトなんて臆病者に憧れているんだから。ならさ──個性欲しがっちゃうよねぇ」

「ははは、ずいぶんとエコじゃ」

「地球には優しいんだよ、僕」

 

愉し気な嗤い声が、死体安置所に響き渡った。

 

 






お詫びです。

転生系主人公だった主人公の裏設定のことですが……。
オリ主の個性は《複製》。それに加え、前世で押し付けられた個性の中に《記憶保持》や《記憶蓄積》があったと仮定していました。
原作では、死柄木への記憶のアップロードを可能にする元になった個性だと考えています。
タイムリープ物で良くある、永遠に続く始まりの個性を想像していました。

が、そんなこと考えずともオリ主のママの個性を《絶対記憶》とかにしちゃえば良かったんだって気づきました。へへ。
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