『レディ・ナガンとの問答は楽しんでくれたかな。緑谷出久くん──』
ジェントルの淹れてくれた紅茶を飲み、プロジェクターに映し出される男の笑い顔を見つめた。
見覚えはもちろんある。神野で出遭ったオール・フォー・ワンに相違ない。
だけど、どうしても見覚えがあるんだよなぁ。いや、聞き覚えというか……。いや一度会ってるからそうなんだけど、そうじゃあなくて、こう──。
「あのなぁ社長。そいつを見てると美味い料理も台無しだ」
「そうだぜ、せめて音楽でも流してくれよ」
宝生と窃野に窘められ、映像を一度止める。
背後には薄暗いホテルの会場内で食事する元死穢八斎會ことカルマ組の姿。ヒーローと距離を置くと決めたいまとなっては、頼りになる仲間たちだ。
治崎と玄野が一緒にいるのは、成り行きに近いものがあるのだが、それはともかく──。
「食べ終わったらこっちに来て情報出せっつってんだよ! 元ヴィランだろうがお前ら!」
「ヴィランったってこっちはずいぶんと小物だぜ?」
怒鳴りつけてようやく、食後のデザートを手づかみで食みながら窃野が歩み寄って来た。ほかのは、ダメか、食事に夢中だ。本当に全部食べ切りそうだな。
「世界をめちゃくちゃにしたがるようなヴィランと一緒にするなよなー」
「それはそうですけど……」
「はい、おかわり。ありがたく飲みなさい」
給仕のように紅茶を差し出すラブラバ。オレにはないのか。まあ良いけど。お腹ちゃぽんちゃぽんだし。
デザートを紅茶で流し込んだ窃野は、すこし考え込んでから話し始めた。
「状況を整理すっとぉ? 緑谷ってガキがスゲー個性をオールマイトから引き継いで、それをこのスーパーヴィランが狙ってる。ナガンっつーヒーローはスーパーヴィランにとっては完全に捨て駒。勝っても負けても緑谷連れてきても意味がなかった」
「興味がなさそうなわりに、正確ですね」
「給料アップか?」
「ええ、もちろん」
「へへへー、やったぜ」
日本円が価値を失うかもしれない瀬戸際だけどな。
「なんだよ、なら俺も案を出すぜ。死柄木ってヴィランはスーパーヴィランの予備だろ? 二か月後にはスーパーヴィランが二人になってるって寸法だ。どうだ?」
「ええ、そうです。……え……案は?」
黙り込んでしまった宝生は、手近にあった肉料理を皿ごと抱えて離れて行った。減給です。
正直、レディ・ナガンが撒き餌でしかなかった時点で、ここから四時間の位置にオール・フォー・ワンがいるという予測すら眉唾ものになっているんだよな。ほかのナガンやさきほどの緑谷襲撃犯も、適当な位置にダツゴクを配備しておくだけで良い。
緑谷に懸賞金をかけておけば、選ばれたダツゴクたちは追わざるを得ないからな。
ナガンの現状をテレビ中継して、仕掛けられた爆弾のことを伝えられれば味方に引き込めるとは思うが……傷口からして全身モザイク処理か。無理か。
「……時間稼ぎだよな?」
お、窃野が推理を一歩進めてくれていたようだ。
彼の言葉を肯定すると「そうだよな」と納得して、口角を上げた。
「二か月ってのがかなり重要な時間だっつーこった。実際は何日必要なのか知らねぇけど、その時間が大切で大切で、絶対に邪魔されたくない」
「ええ。ナガンの件で確信しましたが、ダツゴクを捕まえてもオール・フォー・ワンの居場所に届くことはない」
「二か月とかさぁ、社長は我慢できるか?」
「と、言うと?」
腹が膨れたはずの窃野は、テーブルの上からステーキの一欠けらを摘まみ上げる。
「食欲、睡眠欲、性欲。三大欲求だわな。それだけじゃねぇ。喋りたい、暴れたい、歌いたい、風呂入りてぇとか、ネットは映画は酒はギャンブルは──我慢、できるか?」
「なるほど……ですが、二か月待てば万全の状態で日本を征服できるんですよ。多少の無理は──」
「なら、俺たちは? 社長の目から見て、俺たちが我慢できると思うか。金や環境で縛らなきゃまた暴れ出すようなヴィランだぜ? 二か月、我慢できると思うか?」
たしかに……たしかにそうだ。オール・フォー・ワンと死柄木は納得するだろう。たかが二か月だと思えば、オレなら山での野宿だってかまわない。
だからって乱波を二か月閉じ込めておけるか? 荼毘を閉じ込めておけるか?
「──窃野、ボーナスは期待して良いですよ」
「っしゃー! 二か月くらい我慢してやるぜー」
「なんだよ、提案じゃなくても良いんじゃねーか」
「へへへー。小金持ちだぜー」
多部と宝生に、得意気な窃野が凱旋するように戻っていく。三馬鹿だ三羽烏だと見くびっていたが、相も変わらずオレがだれより情けなくて涙が溢れるわ。
しかし良いヒントだったな。
ダツゴクは時間稼ぎとして全国に散らせているわけではなく、管理しきれないから放出しているだけの可能性がある。ヴィラン連合はどうだ? 思い起こせばこの状況で荼毘が大人しくしていること自体がありえない。下手すりゃあオール・フォー・ワンに不利益だと判断されて殺されているってこともあるのか。
「視野が狭いねぇ……」
「しかたないわ、まだまだ坊やってところね」
淹れたての紅茶がテーブルに置かれた。ラブラバめ、ちょっと年上だからって余裕を持ちやがって。
「視野が狭いわね」
「二度も言わなくったって──あ……」
テーブルの上には、ラブラバが用意した携帯端末が置かれていた。紅茶しか見えていませんでした……。底を見透かされた恥ずかしさで熱くなった頬を掻いて、誤魔化すために携帯端末を持ち上げる。
操作してアドレス帳を起動させると、ヒーローの名前がずらりと並んでいた。まあ、ははは、全員引退しているのだけれど。
「まとめ作業ありがとうございます」
「良いのよ、こんな状況でも紅茶が入ってくるんだもの。多少は融通するわよ」
ずいぶんと安上がりである。
それに比べてこのヒーローどもはなぁ……。いまさら年収約束したって意味ないから突発的に即金を用意したのだが、こいつらのせいで復興財源が目減りする勢いだ。
おまけに情報を金で取引する程度の連中だ。忠誠心は欠片もないが、欲望には忠実。敵でなければ上等であるし、味方に引き込めれば真っ当に運用できる。ヒーローを辞めた以上、第二の人生では大人しくしていただこうかな。
さぁて、敵の手札も朧気ながら見えてきた。根津校長に相談は必須だな、オレの知能では太刀打ちできそうにない。明日は元ヒーローチームの編成があるから、予定通り明後日になるだろう。
元ヒーローチームに良い人材がいれば、異形個性の集会にどうにか参加させたい。スピナーを代弁者と掲げて、指定避難所の指示を無視して集結している行動も見受けられる。
それが本当に異形個性のための動きなどとは思わない。メリットを提示して人を操っているのは、間違いなくオール・フォー・ワンだろう。
人材を使い捨てにするつもりだろう。短期決戦しか見ていない。……二か月が短期かどうか、議論の余地はでてきたな。
もう一度会っておかなきゃならないか。
ドクター──殻木球大に。
◇ ◇ ◇ ◇
「本当に、若の減刑を約束してくれるのだろうな」
「……ああ、それどころか、壊理ちゃんのこと以外は無罪にしたってかまわない」
「ふむ、良いだろう。契約成立だ、フェイカー」
……いま、個性を使われたのだろう。【こいつ】に壊理ちゃんのことを話すつもりはなかったのに。違和感もほぼなく、強力な個性だ。
眼鏡にオールバックで、中肉中背のヴィラン。
元死穢八斎會鉄砲玉『八斎衆』音本真。個性《真実吐き》。
本人も囚人のはずなのだが、協力要請した条件が治崎廻の罪の軽減。……なぜこんなヴィランがオーバーホールに心酔しているんだよ。
警察官から渡された書類にサインをしていると背後からべつの警察官に声を掛けられた。
「雄英の坊主……っていうか、あれか、フェイカーか。まったく、大人の忠告を無視しやがって」
「ゴリラさん」
「……ゴリで通ってる」
ゴリラのような見た目の異形個性。たしかジェントルの逮捕直後で融通してくれた警官だ。管轄は大きく違うはずだが、異動になったのか、この非常事態だからか、ドクターの監視を行っているらしい。
「今回は悪辣でもなんでもないですよ。超法規的措置というだけです」
「だけって、あのなぁ……。まあいいさ。だけど、こいつの逮捕にいったい何人のヒーローが死んだか覚えておけよ」
「心に刻みます」
音本を睨みつけたゴリさんは、次いで歩く先の扉の手前で立ち止まった。
「前来たときはからかわれただけだったろ?」
「ええ。坊やだ赤ん坊だ、散々ですよ」
「厭な嗤い方をするやつだ。耳から離れやしねぇ」
「そのための対策です」
「そうか」
彼がドアのロックに数字を打ち込むと、電子音とともに扉の開錠の気配も伝わる。扉を開ける前に、ゴリさんはこちらを見ずに、ぽつりと零す。
「すまない……大人たちが役に立てなくて……」
オレだって役に立っているのかどうか……。まあ、そんな軽口はあとにしよう。いいぜ、全部が終わったら愚痴を言い合おう。
ゴリさんが扉を開けると、手錠の掛かったドクターが壁を背もたれにしている姿が見えた。六畳ほどの部屋にはマットレスすらなく、死んでも良いというのが見え透いている。
背後で扉が閉まり、ロックがかかった音が聞こえてきた。
「男三人では狭いの。して、今日はどうした?」
こちらを見ることなく、音だけで判断している。オール・フォー・ワンのモノマネか、それともオレの知らない個性をいくつも抱えているのか。まあ、そんな観察は意味がない。
音本が、オレの渡した書類に目を通しながらドクターへと語りかける。
「名前は?」
「殻木球大。……おや、個性かの」
「個性は?」
「身体に入っているのは《摂生》だけじゃよ。本来の儂は無個性。坊やと同じじゃな?」
殻木は嗤った。その醜さに反吐が出そうになる。
オレも、このように笑っているのだろうか。
「皮肉なもんじゃの。儂の話を聞きたくて個性まで持ち出す……。当時の学者連中が聞いたら、腹を抱えて笑ったじゃろうなぁ」
音本に視線を送る。
「どういう意味だ」
「個性特異点──儂が七十年前に学会に上げた説じゃ……」
聞いたことがある。百年だか二百年だか前に個性が突然生まれ、そこから世界中に広がったという説だ。
その提唱者がこのじいさんだと? オール・フォー・ワンの根の深さに舌を巻くね。
「……オール・フォー・ワンが個性特異点だとでも?」
あ、やべ、質問しちゃった。
いや、だが……【そういうこと】なのか? こいつらはそう思っているのか?
「答えろ」
音本にフォローしてもう。そして、その答えの真実はさておいて、殻木の答えは肯定だった。
「中国軽慶市の発光する赤子。始まりとされておる赤子じゃが、オール・フォー・ワンはそれよりも一年も前に産まれておる。それにあやふやな情報にはなるが、インドでは光る赤子よりも前に何人も超常が報告されておった」
あやふやな情報か──。あり得るんだよな。
個性の起源を主張する国は、世の中が平和になればなるほど増えた。超常黎明期では個性で世の中が大混乱になり、その責任を取らされたのが中国だと見る説も良く聞く。
だが……オール・フォー・ワンが個性の起源? 人類を進化させた張本人?
話が壮大すぎて言葉にならんな。
──当時、個性特異点を否定した人も同じ気持ちだっただろう。
根拠薄弱の暴論だ。オール・フォー・ワンが生き証人にならなければ立証不可能。証言されても鵜呑みにはできない。
「決戦が終わってオール・フォー・ワンが生きていれば、あなたの個性で立証できそうですね、音本」
「……興味ない」
そうだろう、オレもだ。
個性の発現などは科学者の領分だ。オレは未来を示さねばならない。
咳払いを一つ挟んで、音本に続きを促す。
「死柄木の上書きは二か月後だと言うのは本当か?」
「本当じゃ。二か月後、本当にヒーロー側が勝つと思うのか? ありえんよ」
「無駄口を叩くな」
「ならそういう個性を連れてくるべきじゃったな。音本とやらの個性は、本当のことしか言えなくなるだけ。儂の口は塞げまい。どうじゃ?」
「オール・フォー・ワンはどこにいる」
「知らんな。心当たりならあるが、もう伝えてあるはずじゃ。個性で聞くか?」
当たり前だろ……。
それからも十か所ほど情報を引き出したが、前聞いたときとそれほど差異はなさそうだ。従順そうな振りをして核心を隠すなんて良くある手段だ。油断はできない。
「二か月を提示した理由は?」
「ダウンロードの切断。おまけに再起動の失敗。上書きはダメじゃったろうな。──じゃが残っているはず。オール・フォー・ワンの因子が。それらは勝手に増えて死柄木を殺す。その期間は二か月じゃろうと予想しておる」
「本当か?」
「ダウンロードの失敗すらありえるんじゃ。二か月でダメなら、死柄木の意志にオール・フォー・ワンが食われとることになる」
「なら、二か月より早いことは考えられるのでは?」
オレの質問に合わせ、音本が「答えろ」と指示を出す。
「実験では、ダウンロードの失敗など試行せなんだ。五体は途中で耐え切れずに死んだ。《ナンバーシックス》は悪くなかったが、暴走かの、あれは。幼すぎた。直近でナインに逃げられなければ検証可能だったかもしれん」
しまった。考えてることを【答えろ】か。失敗したな。もっと良い使い道がある。というか音本だけが立って、オレが裏から指示を出すのが一番効率良さそうだ。
それにしたって五体? いや、六体か。死体を確保してそれを弄ったのか、それとも行方不明者から調べると行きつくのか……。おぞましいな。
脳無と、その失敗作で壊れた人間もいるだろう。合わせて一体何人分の命を弄んだのか。
それに、ナンバーシックスってのはなんだ? 暴走? ナインもいるしナンバリングされているのか? いや、ナインってのは仲間も呼んでいた。研究所や施設でのあだ名か? 那歩島で襲ってきて、黙秘を貫いているヴィランたちの本音も聞き出したいねぇ。
思考実験としては悪くない。考えを羅列されるってのはこういう気分か。
悪くはないが、いま欲しているのは情報だ。
「死柄木弔には、憎しみがある。強い、強い憎しみが。我らが育てた憎しみが。それがオール・フォー・ワンを拒絶することなぞありえない。一つの身体に、二つの記憶。そして、一つの強い感情。混ざり合う。融合じゃ。感情が、魂を美しく、強くする」
音本がドクターの表情を見て数歩離れる。
床を見つめていたはずの殻木は、こちらを見上げていた。薄気味悪い表情で──。
「儂は、そのために生きてきた」
ガンタレてんちゃうぞクソジジイ。
下がるなよ音本。拘束されて動けないただの悪党だ。
「なら進むべき方向を誤りましたね。もしあなたたちが手を取り合って、日本のために、世界のために、命のために立ち上がったのなら、ふふふ、二人は揃って世界中から賞賛されたでしょう。そのあとに、あは、何人でも捕まえりゃあ良かったのに。結果オールマイトに狙われて、いまや臭い飯食って、もう一人はどこにいるんだ? 二か月間の逃げ隠れだ。あははは」
オレも誤った。彼らの失敗は方向じゃあない。
溺れたのだ。隠れれば簡単にできるから。矢面に立つことを恐れた。
どうしよう、笑いが、堪えられない。
「ははははははは! お前たちに足りなかったのは進むべき道でもなければ、科学力や求心力でも、まして財力ですらない!」
愉しくて、愉しくて。
アンラ・マンユを気取る連中が、とってもとっても可笑しくて。
だから、指二本立てて、自分のこめかみを叩きながら教えてあげた。
「頭だよ。脳みそが足りない。脳無なんて脳みその化け物生み出しているのに! ひひひひ! 面白すぎるだろ! なあ!? あはははは! 無脳の集団じゃんか! へへへへえははははぁー!」
吐きすぎた息を吸うために、無理矢理息を吸ったのが悪かったようで、金属を擦るような呼吸音になってしまった。はぁー、面白すぎる。
共感してもらえただろうかと音本を見ると、彼は壁際に寄りかかってオレを見ていた。なんだよと視線を合わせると、思い切り顔を逸らされた。
慌てて咳払いをして、空気を入れ替える。
「えっと、では、音本、そちらの指示書に従って情報を聞き出してください。私はセントラルに戻りますので」
部屋から出ると、盗み聞きをしていたらしいゴリさんにもすんごい目で見られた。楽しく談笑してしまって申し訳ありません。だって本当に面白かったんだもん。
警察署から出て、待機してもらっていた車へと乗り込んだ。
運転手は玄野。後部座席には両手の無いオーバーホールの姿。安全で結構だね。
「では、病院に」
「廻の手はいつ【戻す】」
「義手で勘弁してください。戻す予定はありません」
……音本を置いてきて良かった。いまからオーバーホールの脳と心臓に《個性破壊弾》の薬液カプセルを設置する手術をするのだ。腕も戻すつもりに決まっている。
だが、それは決戦後、ヒーローがどれほど傷ついているか不明のための保険である。
まずは数日中に壊理ちゃんの個性を使って、ナガンはじめ、怪我をして引退しているヒーローたちを復帰させる。それから六週間の個性の補充期間を置いて、決戦後のヒーローの怪我を《巻き戻し》する。
治崎への《巻き戻し》はその二回目に入れる予定だ。
欲を言えば《オーバーホール》でナガンを治したいけどな。オール・フォー・ワンの仕掛けた人間爆弾が《巻き戻し》されないとは限らないから。
「あなたたちとの契約は、治崎廻の減刑と死穢八斎會組長の快復。どちらも了承しています。蹴ったことは申し訳なかったですが、エンデヴァーの手前ああでもしないと身柄確保できなかったんだから許してください」
「……オヤジ」
昨日の食事会でも玄野の世話になり続けていたが、ようやくまともな反応を見られた。会話誘導はし易かったが、果たしてこの状態で結んだ契約にどこまで効力があるか……。
「オヤジに……《巻き戻し》を……」
「……頼むぜ、社長さん」
陰気だ……。
早くA組に戻りたい……
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、念願のA組に戻って来た──んだけど、なんか、あれだね。空気悪いね。
外出許可を得たいということで校長室に向かうらしいが、反対はしないよ。大丈夫、反対させるだけで。
「……そんなに警戒しなくったって、暴れたりしませんよ。欲しい情報はなんでしょうか? ああ、《ワン・フォー・オール》のことなら、手紙以上に詳しくはありませんよ」
八百万の淹れてくれた紅茶で喉を潤し、睨みつけてくるクラスメイトを牽制する。誤解が誤解を生んでいる負のスパイラル。
原因もしっかりオレなんだよなぁ……。
緑谷がA組から距離を置くことに協力したからなぁ。彼からの手紙もそうだし、エンデヴァーたちからも切り離したかったから嘘までついた。
わかってくれとは言わないが、オレたちは戦力外と捨てられたのだ。ここ数日で緑谷が逮捕したヴィランは二十人を超し、彼の機動・索敵・対人能力はすでに一流のヒーローと比肩しても遜色はない。
当初はオレだって……それで良いと思っていた。
麗日が、轟が、爆豪が問い詰めてくる。
──緑谷のことが妬ましいと思っていた。
個性振るって、心配までしてもらえる。
それがどれほどの犠牲を伴うかなど、一年前のオレは甘く見ていた。良いじゃないか、腕の骨折くらいと、安易に考えていた。
気付いたのは、本当につい最近。
緑谷が助けたはずの人に石を投げられたとき、夢から覚めた気分になったよ。
ダツゴクを無力化するための手加減は手抜きに見えるだろう。数秒でも早く助けて欲しい人にとって、それは怠慢だ。
オレを含めた誰も彼もが、自分のことしか考えていない。
緑谷のことが妬ましいのは当たり前だな。
【みんな】ヒーローなのだから。
「響香ちゃん!」
上半身が浮き、飲みかけの紅茶は反動でカップごと放ってしまった。
何事かと顔を上げると涙目の耳郎と目が合い──瞬間、殴られた。
体重の乗ったとても良いスイングで振り下ろされた拳共々、床に崩れ落ちる。顔面から痛覚が消えて、意識もちょっとだけ飛んだ。
「薄っぺらい!! 話し方!! すんな!!」
殴られて後頭部を床にぶつけて、胸倉掴まれているから頭はすぐに上がって、また殴られて──。
一瞬、夫婦喧嘩でボコボコにされる爆豪が浮かんだ。
ひどい妄想だし、痛みもかなり強くて泣きそう。あまりにつらくて帰りたくなったのだが、五発目はさすがに不味いとクラスメイトが止めに来てくれた。
障子が耳郎を抱き寄せ、上鳴に拳を抑えつけられているが、彼女は涙を流しながらオレに叫び続ける。
「くだらない駆け引きなんてすんな! こっち見ろよ! 笑いなよ!! いつもみたいに!! くだらないことで笑ってよ! 安心させるために笑ってよ! そんなカッコ悪い笑い方しないでよ!」
そうか……笑えていなかったか……。
まあ、そりゃあそうさ。こんな時代に、こんなときに、どうやって笑えって──
「あんたは! ウチのヒーローなんだ!」
──ああ、なんてひどい話だ。
笑って、立ち上がらなければならなくなった。
そうだ、なにをしている。耳郎の言う通りじゃあないか。頼むぜフェイカー。お前が仮面被らないでどうするってんだ。
彼女の手を払いのけ、襟元を正しながら立ち上がる。
フェイカーのコスチュームは、笑顔とスーツなのだから。
「私は、すでにヒーローですよ。認知されつつあります。ああ、嬉しいですね、認められるというものは……。いま誰も彼もが絶望の只中にいます。期待も不安も、私が背負っています。希望は、私が繋ぎましょう」
声は、上擦っていなかっただろうか。
すくなくとも、偽装は成功したようだ。
「──最低」
こんなに薄っぺらな鍍金でも、耳郎にとってはヒーローに映ったらしい。
堪えきれずに噴き出してしまう。
このオレが、ヒーロー?
ああそうだとも。日本の内戦などどうでも良くなるほどの、最悪の戦争を世界にまき散らす、最低ヒーローフェイカーだ。
「上等」
成ろうぜ、最低最悪のヒーローに。
「さあ、そろそろ校長室へ行きましょう。外出許可、下りるといいですね」
耳郎へ差し出した手は無視された。
ああ、これで良いんだ。