「ラブラバー。策束少年が来たよ、休憩にしよう」
「ええ! ありがとうジェントル!」
海沿いの倉庫に案内されると、そこにはラブラバの秘密基地があった。
可愛らしい内装が施され、中央には大型のスーパーコンピュータが鎮座している。ふかふかの絨毯が敷き詰められて土足禁止らしい。ベロスなどは文化的な問題なのか、倉庫で靴を脱ぐという発想がないらしく、二度ほど怒られたと聞いた。
……オレが聞きたいのは、いつからこの秘密基地を作ったのか、ということだ。
すくなくとも、蛇腔や群訝山荘での一戦後ではないだろう。そこからさきは日本中がしっちゃかめっちゃかだったから、こんな内装に時間をかける余裕などなかったはずだ。……なかったよな?
「土禁ですって」
「ハァ……」
笑いながらどうするのか様子を見ていると、素直に靴を脱いだステイン。意外と従順というか、団体生活に向いている性格をしている。顔はちょーっと怖いけど。
ステインを警戒するジェントルと視線を合わせ、ラブラバにデータチップ三つを手渡した。
解析は任せて、こちら面接と行こう。
敵の敵は味方という精神でステインを【こちら側】に引き寄せるとしても、最低限のマナーというものがある。
ヒーロー殺しステイン。つまり、大量殺人を行った極刑ものの大悪党を手元に置いておくことが利になるのか、というものだ。
ここで殺してしまったほうが世のため人のためになると思うんだよな。
「策束少年、殺気が漏れているぞ」
「おや、失敬。どうにも贅沢な間抜けを前にすると、ねぇ」
安い挑発には乗らない、か。
義賊を名乗るジェントルですらオレの殺気を咎めるほどだ。ステインが気づかなかったとは思わない。オレが弱すぎて歯牙にもかけないというのは十分に考えられることだけど。
かと言って踏み込みすぎてもな。現在進行形でベロスにはステインの監視をお願いしているが、彼女がステインを圧倒できるかなどわからない。乱波がいても同じことだろう。手駒にしたとしてオレが制御しきれない、か。ラブラバもオーバーホールもそうだが、これ以上ヴィランを引き入れるのは、正直及び腰になってしまう。
まあ、それでも──。
「坊主。一つ聞きたいことがある」
「え? あ、はい、どうぞ」
ステインから質問? 勤務形態や給金の話などではないだろう。殺しを許容しろという話なら断固拒否しなければならないな、決戦後は即逮捕だ。
「世界というのは、複雑か?」
はぇ? 哲学だ? コイツって哲学の使い方間違えてるんだよな。学問だ。数学と一緒。なぜそれを立証するためにナイフを握るんだろうか。
おっと、笑顔笑顔。
オールマイト仕込みの笑顔をステインへ向ける。
「単純にしたいのなら、そうすれば良い」
「……そうか」
「ただ……私に見える世界はずいぶんと複雑だなと思います」
だれが裏と表の薄っぺらな世界に命を賭けるものかよ。
百面ダイスすら真っ青で。
糸が複雑に絡め合って丸いゴミができるような。
汚い悪意が蔓延って。
それをどうにか明日を生きようとする希望で蓋をして。
そんな言葉遊びすらがらんどうに感じるほどの、果ての無い密度。
それがオレたちの世界だ。
「“個性”なんておまけもおまけ。ヒーロー? ヴィラン? 本物に偽物? そんなもの、この世界を形作る一つの要素でしかありませんよ」
「ならば……正義はどこにある。オールマイトが守り続けてきた正義を、お前はどう考える」
これはまた難儀な……。
哲学者にとっての命題の一つだ。辞書に載るような定義は存在するが、果たしてそれが子どもの口にする【正義】と同じ意味かと言われれば違う。
荼毘に呼びかけるために使った言葉遊びにも関係するが、ヒーローってのは法の番人であって、正義ではない。
オールマイトはヒーローを超越して正義側に立っている。それがステインにとって本物なのだろう。
つまり、ステインが求めているものは真のヒーローではなく、彼自身の正義を体現してくれている存在だ。
残念ながらオレには、《正義とはなにか》ってものに答えは出せない。
悪は簡単なんだ。結果だから。多くの人にとって負の感情を齎すものが、悪だ。秩序を破ることが悪だ。混沌を生み出すものが悪だ。
だが、なぜ正義がなにかを【答えられない】のかは、十分に理解しているつもりだ。
ある人は言った。
『光あるところに闇は必ずある』
ある人は言った。
『オールマイトは正義の味方だ』
ある人は言った。
『正義とは大衆の味方だ』
『正義とは公平性である』『いや善意こそが正義だ』『悪の反対は正義だ』『不義じゃない状態』『正義とは積み木のように一人ひとり違うものだ』『もっと超全的なもの』『そんなものはない』『明確な答えなどなくただ語韻に寄った問いだ』『そんなものをまだ信じているのか』『子どもじゃあるまいし』『青臭い』『笑える』『辞書を読め』『正しいことが正義だ』
『──私が正義だ』
きっとそれらは、全部が正解だ。そして全部が不正解。
『人にはそれぞれ、正義がある』
良く聞くそれは、正義とはなにかという問いへのアンサーではない。
だからって、誤魔化しなどではない。
「人にはそれぞれ、感情がありますから」
正義が結果に表れることは稀だ。
正義とは【行い】ではなく、その人のもつ【思考】そのものだから。
「あなたのなかに正義があるように……。多くの人がそれに共感したように……。きっと、死柄木やオール・フォー・ワンにもあるんですよ、正義がね」
自分で言っていてなんだが、おぞましい話だな。
日本をこんなにしたヴィランたちに正義の心だって? そりゃあ戦争が無くならないわけだ。
「坊や、人生の意味を考える前に、こっちの意味も考えてもらえるかしら」
「それは私が考えてわかるようなものですか?」
ラブラバが指差す画面には……心電図? 音楽の振動を可視化したものにも見えるが、これはなんだ?
「発して、受け止められ、反響がある。それも三度ほど」
「はあ」
「わからない?」
わからないよ……。どういう意味だ?
不機嫌そうなラブラバの表情から視線を逸らし、ジェントル、ステインへと視線を向けた。
「このデータをステインが拾ったのは、タルタロス襲撃後なのよ。それがデータで残っているということは、この【会話】はタルタロス襲撃前に交わされたということよ」
薄ら寒いものが背中を撫でた。
「中と外から、連絡を取り合った?」
「でしょうね。言っておくけど音波じゃなくて電磁波の類よ。会話の直後にデータが破損しているわ。会話ではなくカウントダウンかもしれないけど、でもこの波長は、日本語だと思うのよね。その手の専門家を呼びなさい」
「うっす」
「暫定、会話として想定するわね。その通話が終わった数秒後にタルタロス内部が停電。放電に近いかもね。ヒーロー殺しさん、あなた、ずいぶんとすごいことをしたわね」
ステインはラブラバに褒められてもつれない態度だ。
「俺がなにかをしたわけではない」
「ああそう。まあいいけど。タルタロスは本来、外界からの侵入を防ぐためにスタンドアローンなのよ」
スタンドアローン──極端な言い方をすれば、ネットを繋いでいないパソコンである。ハッカーにとっては難攻不落の要塞だし、天敵と言っても良い。
攻略方法は三択だろう。
用意した外付け機材を取り付けるか、直接操作するか、設置される前にシステムを改ざんしておくか。《I・アイランド》の強風吹き荒れる地上数百メートルの屋上付近で、《浮遊》したことは記憶に新しい……。
それはさておき、もしステインがこのデータを持ち出さなければ──いや、職員のだれかがステインに【託して】いなければ、タルタロスで起こったことは一生闇の中だった情報だ。
ラブラバがステインを指差して、すごいと言ったのはそこだろう。
「ラブラバは残ったデータの解析をお願いします。それがあれば──」
タルタロス職員の行動に一切の不備が無ければ、彼らを責め立てる声も抑えられる──いや、やめよう、それは余分な贅沢だ。【そんなもの】、オレのような存在が望むべきではない。
「……なによ」
「いえ、データの解析をお願いします」
「ま、いいけど」
些事は捨て置け。オレの手が届く範囲はその程度だ。いい加減自覚しろ無個性野郎。
もう、ヒーローに憧れている時分は過ぎた。全部引き寄せて、全部道連れにして、ヒーローを生き延びさせるしか、残っていないんだ。
ヒーロー公安委員会にも、タルタロス職員にも、エンデヴァーにも、悪しき存在として次代の礎となってもらう。その指導者がフェイカーだ。個性破壊弾が、きっとそれを可能にしてくれる。
「いま、捨てたな、小僧」
動揺してしまった。
肩を震わせ、自分でも取り繕ったのがわかるほどに引き攣った笑みを浮かべてステインに向き直る。情けなさすぎて困っちまうな。
「なにを捨てた」
「なにも。私の目的は決まっています。拾いも、捨てもしません。私は、オールマイトのように手は広げない」
「それは見捨てたのとなにが違う」
「言葉遊びに興じるつもりはありません。役割をこなすだけです」
「ハァ……」
ざらついたため息だ。彼は刀を抜き放ち静かにオレをねめつける。
「やはり、贋物などその程度だということだ」
「でしょうね。ではどうします? 私を殺して正義を成しますか?」
「笑わせるな」
倉庫の入り口から轟音が響き渡り、見れば扉が大きく歪んでいた。隙間から入り込む人の姿も見える。
「はぁ!? ヴィラン!?」
どうやって場所が!
「緑谷ってガキはどいつ──」
凶悪な笑みを作ったヴィランは、一歩踏み出そうとした格好のまま、床に頭から突っ込んだ。
その背後には、ステイン。
オレはさておいて、ジェントルですらラブラバの傍に駆け寄ろうとしている最中だった。
一瞬。
そう表現しなければならないほどの、戦闘能力。
目の前にいたはずのステインが、どうやって移動したのかも把握できない。
だが、ステインが刀を振りかぶったのは、逆光で良く見えた。
「やめろ!」
近くに拾うものなどなく、無手でステインに立ち向かわなければならない。
走り出して思ったが、絶対にステインのほうが早いよな。くそ、どうすりゃあ良かったんだ。傷を負わせて硬直させる。戦闘不可欠などぎつい個性だ、たしかに彼がヒーローになるのは難しい。だが、だからってヴィランになってんじゃねーよ!
左手を盾に、床を転がるヴィランの首根っこを掴む。片腕で動かせるほど軽くなくて、次の手を考え──。
「いだぁ!!」
振り下ろされた刀が、左手に当たった。オレのヒーロースーツ防刃・防弾のため、切断はされなかったものの、なんか、違和感が。
「折れたか」
ぽつりとつぶやいたステインは、短くなった日本刀を背負った鞘へしまう。
刀を振り下ろしたタイミングも遅ければ、殺気らしい殺気も感じない。まあ彼なら殺気など放たずとも殺せるのだろうが……。
それにしても、模造刀だったか。どうやってヴィラン切ったんだよ。個性が無くても十分化け物レベルじゃあないか……。
「えっと、ダツゴクの確保、ご苦労さまです」
痺れどころか打撲で激痛感じる左手を振りながら、ステインに労いの言葉を掛ける。
「坊やー、逃げるわよー! ステインに印が付けられてるんでしょうねー!」
「え? あ、ああ、そうか!」
いかん、気が動転している。
ヴィランは緑谷の名前を口走っていた。つまりオール・フォー・ワンの指示を受けた──タルタロスからの脱獄犯ということだ。加えるなら直近、リアルタイムで指示を出されていた。
これはチャンスだ。いますぐ考えろ。ヴィランが起きたらすぐに尋問を行う。
オレたちがラブラバの隠れ家に来て十分程度。指示を受け、遠方から駆け付けたってのは可能性としては排除する。つまりステインは物理的に監視されていた? ならオールマイトが危ない、か? いや彼のパワードスーツに加え、《エルクレス》の性能は一種の兵器だ。オールマイトの戦闘技術も加味すれば、ヴィランの一人や二人なら問題ないだろう。
そもそも《予知》で一か月後の決戦までは生存が確認されているのだ。オレの杞憂にすぎない。
考えろ。
オール・フォー・ワンはヴィランたちの多くを放置していたと思われていた。だがナガンをはじめ数人は、あらかじめ緑谷確保の命令を下している。だが、コイツは違う。
捕縛布で手足を縛ったヴィランは、《凝血》の効果時間が切れ、枷から逃れようと暴れている無様な男だ。タルタロスのダツゴクかどうか……。
「ラブラバ、情報は?」
「そんな時間はないでしょ。連れてきなさい。データにはタルタロスの収容者の情報もありそうだから、一気に進展しそうね」
身支度を終えたらしい彼女は、紫色の薄いチップだけを握り締めているようだ。
この場所もスパコンも放置なのだろうか。だれよりも器が大きいのは彼女なのかもしれない……。
それにしても、最後の【会話】どころか収容者の情報か。ありがたいし、貴重だ。
タルタロスがスタンドアローン化しているせいなのだが、ひと月前のタルタロス襲撃からこっち、ダツゴクたちの情報が無いんだよ……。
逮捕した側のヒーローたちの記憶と、ヒーロー公安委員会の逮捕者リストの二つを、裁判記録を引っ張り出して、タルタロスに収容されているダツゴクを炙り出している最中になる。ステインやオール・フォー・ワンなどの名のあるヴィランは分かりやすいが、治崎廻など初犯に近く裁判の初公判すら行われていない。オレたちが死穢八斎會の突入に関わらなければ、そんな人物が収容所されているなどとは知らなかっただろう。
タルタロスは極悪の犯罪者を収監する場所ではなく、裁判すら行わせずに収容し続ける施設なのだ。そのおかげでダツゴクが何人いて、何人確保したのかすら、オレたちの情報力では予測しか立てられなかったんだよなぁ。
「ボス、無事か?」
「ベロスも、無事でなにより」
倉庫から出ると、そこには傷だらけになったベロスの姿。一足先に襲撃されたらしい。「日本のヴィランもそこそこやるな」と無感情に言う彼女は、壊れたインカムをこちらに投げて寄越した。その足元には、背中から矢を生やしたヴィランの姿。首元に指を当てて、死亡を確認する。
死体……死体だ。
初めて見たわけではないから、動揺は、ない。
那歩島でナインたちに殺された人たちの姿は、もっと悲惨なものだった。【あのとき】のメイドも同じように。
だが、オレの指示下にある人物が人殺しをした。
──殺人を、許容した。
その事実を受け入れるために、大きく息を吸った。
絶望は、オレが引き受ける。
「──上等ォ」
ステインに向き直り、笑いかける。
「折れた刀の補填をしましょう。策束家の業物が何本かあります。このヒーロースーツ程度の防刃性能であれば余裕で貫通するでしょうね」
「それで斬り殺されるとは思わないのか?」
「そいつは冗談のつもりですか、ヒーロー殺し」
お前に殺されたのなら、それはそれでヒーローだ。どのみち、オレの計画を知ればだれもがオレの不幸を望むだろう。
日本を守ると言い訳をして、世界に戦火を撒いて金を稼ぐ成金ヒーローだ。
「私の行動を見極めてみてはいかがでしょうか。ヒーローか、ヴィランか」
「……俺は自身の正義に沿わぬものを粛清するのみだ」
あ、やべ、粛清されちゃう。
「ま、まあ私は無個性ですので! どっちにも当てはまらないんですけどね! がははは!」
「……ハァ」
小粋なジョークで場を和ませていると、ようやく迎えの車がやってきた。
運転手は、新人だ。
助手席にはガムを噛んでダッシュボードに足を乗せる窃野の姿が見える。調子乗ってるなぁ。
「ステインじゃねーか! おいおい嘘だろ……」
「やあ、顔を合わせるのは初めまして、ですね。社長の策束業です」
元ヒーロー、デステゴロ。コスチュームを脱いでいても、その存在感と頼れる肉体はオーラがある。……だが、心が折れた中年男性だ。前線では使えないのが残念だ。
「初めましてってわけでもねぇがな……。俺は、なにをすれば良い」
会ったことあったっけ? 記憶にはないものの、そんな雑談に興じるつもりはなく、足元のダツゴクを装甲車に運ぶように指示を出した。
ステインを警戒しながら、ヴィランを車に詰め込んでいく。もう一人の死体は顔の写真だけ撮って捨て置いた。海沿いだ、すぐに腐るだろう。
「坊や、つらいなら私が指示を出すわよ」
「──まさか」
ラブラバに見抜かれているのなら、ジェントルにも、ステインにも見抜かれているだろう。オール・フォー・ワンなど、毎晩オレを見て笑っているかもしれない。
だがあと一か月半、取り繕えればそれで良い。
こっちはオールマイト仕込みの笑顔なんだぜ。
「相手の嫌がることをしましょう。ステイン、雄英に興味はありますか?」
ため息を吐く彼を見て、頬が痛くなるほど笑顔になれた。
◇ ◇ ◇ ◇
タルタロスが襲撃されてから約二週間。
緑谷が戻ってきて二日。
ステインが回収したデータを解析して──今日。
「三十八日……」
自分自身が発した言葉だというのに、どうにもふわふわとした感覚だった。
決戦は避けられない。この状態のまま一年経過などしてしまえば、その先に未来がないことは明白。むしろ雌雄を決する場を望んですらいる。
だが、猶予があると思っていた。
殻木の言葉を鵜呑みにし、裏取りをしたと認識し……結果。
「残り二十日」
「笑ってるの?」
モニターの画面を見て、いつの間にか笑っていたらしい。ラブラバに指摘され、頬に触れた。
上等だ、泣き喚くよりよほど良い。
「オール・フォー・ワンは死柄木を乗っ取りかけています。百パーセントとならずとも仕掛けてくる可能性がありますね。……一つ質問ですが、ヴィランたちはこちらが二か月だと予測していることに気付いていると思いますか?」
「前向きね。もっと驚いたりしないの?」
驚きすぎて腰抜かしそうだっての。あと二十日程度?
準備の前倒しどころではない。削るところはとことん削って、最低条件だけクリアしないと。とりあえず根津校長に連絡して、あとは壊理ちゃんの《巻き戻し》を今日一斉に使う。怪我を負った引退ヒーローのリストにはインゲニウムの名前もあるからな。飯田は喜ぶかもしれない。
だが、選別はできなくなったな。近場の病院や避難施設から適当に連れてくるしかない。
携帯端末で指示を出している最中、ラブラバが独り言のようにさきほどの質問に答えてくれた。
「気付いてないでしょうけど、知りたいはずよ。向こうからすれば三十八日以降は万全の態勢で奇襲を掛けられる状態になるわけだし」
……となると、スパイの出番だろうな。避難民の中に紛れている者、政府中核に寄生していた者、知らずに契約し続けている者。彼らが、オール・フォー・ワンの指示によって動き出す。
「──では、よろしくお願いします。……午後から警察とヒーローを集めてミーティングを行います。ラブラバは身を隠してください」
「ジェントルと離れ離れになるなら御免よ」
「そう言わずに……。異形解放運動も気になりますから、情報を手に入れていただけますと」
「私からも頼むよ、ラブラバ」
「わかったわジェントル!」
最初からジェントルに任せれば良かった。無駄な会話だったな。
さて、異形解放運動。
スピナーが代弁者であるとして、異形個性を認めさせる決起運動。すでに一万近くのネットワークが形成されている。その背景としてあるのが、異形個性を避難所に入れないという差別的な行動だ。
雄英高校をはじめ、ヒーロー科がある箇所ではほとんど聞かない話だが、どこもかしこも個性に怯えている。
そしてその口火を切らせたのは、オール・フォー・ワンの信奉者である可能性が高い。
差別ってのは諸刃。言葉を、思想を疎かにすればその刃は自身に跳ね返る。
良くも悪くも、民衆の前で偏見を含む言葉を叫ぶことは浅慮と勇気が必要だ。
それが全国各地の避難所で行われた? そしてそれを切っ掛けに数万の異形個性がスピナーを代弁者にして団結? 彼らに決起日を聞いて回りたいよ。逆算すればオール・フォー・ワンたちの奇襲予想日も立てられるはずだ。
ま、それはさておき。
電話の主を切り替え、塚内さんに指定したヒーローの呼び出しを願い出た。
ミルコ、ファットガムの武闘派に加え、必要不可欠なヒーロー、マニュアルさん。本人が聞いたら驚くだろうな。
ファットガムはサンイーターの繋がりで雄英と所縁があるが、元々は士傑の卒業生。ミルコは義肢のことで言い訳ができるが、ファットガムは乱波からの要望で無理矢理呼ぶことになる。ツッコミされたらどうボケてやろうか。
まあほかにも信用できるヒーローを何人か呼べば誤魔化せるだろうか。ミルコ同様に武闘派であればあるだけ良い。
二十日──学生たちには訓練をしてもらう。チープな言い方をすれば、最後の追い込みというやつだ。
緑谷の戦闘力は決戦に不可欠。だからって、緑谷を連れ戻したA組が彼を再び独りにするとは思えない。なら、全員が戦力として数えられるのが一番合理的だ。
ある程度の基準に達した場合は前線に投入。ヴィランたちだって無敵じゃあない。著名なヒーローの対処に追われて、この状況で新米ヒーローたちの台頭は予想していないはずだ。基準に達しない者は支援側に送るだけで十分な活躍をしてくれる。
あのナインを足止めできたのは、A組の運などではない。彼らの中に弱卒など一人しかいない。B組にも、ついでに二年、三年にも訓練に加わってもらおう。乱戦は必至だ。楽しくなってきた。
問題は個性破壊弾の販売会社か。適当なゴーストカンパニーを使おうと思っていたのだが、二十日間で実績作って、政府に薬を卸す? 無理だよな……。ある程度の信用と実績が必要だ。信用はどうとでもなるが、実績となるとなぁ。銀行の担保になっている会社に声掛けでもしてみるか?
「実績がないとどうなるのだ?」
独り言が溢れていたらしい。
ラブラバの去ってしまった部屋で、ジェントルから質問を受けた。
「決戦が終わったあと、薬への信頼が低くなります。ヴィランが飲みさしのペットボトルを差し出してきたとして、あなたはそれを躊躇無く飲めますか?」
「毒か……」
「真っ赤な色付きのね」
毒を喰わらば皿までという言葉もあるが、それを戦争終結した国民に強いるのは難しい。おまけに日本が配ろうとするのにも、他国は警戒を増すはずだ。
ナイトアイの《予知》ならば、オレがそれをどう対処したのかわかるはずだが……。教えてくれないよなぁ。
「ともあれ、しばらく内通者たちの動きに注視します。これは機械とラブラバに任せましょう。オーバーホールたちに今日の深夜にでも《巻き戻し》をすることを伝えてきてください。対象のヒーローたちは移送中。宝生たちにも声掛けを」
ジェントルの背を見送り、部屋に一人になる。
携帯端末を取り出して、新しく雇った黒服たちに連絡を取った。
「──準備を開始してください」
会議室に入って来た黒服たちが、机を整然と並び始める。
大量のコピー用紙を前時代的にホッチキスで止める元ヒーローたちを尻目に、すこしだけ目を瞑った。
ああ、喉を潤したいね。