会議が終わり、雄英高校へ移動しようと提案した最中、ナイトアイに呼び止められた。
「この名簿を持って行け」
「なんですかこれ」
「名簿だ」
ははは、ユーモアに溢れる返答だぶっ飛ばすぞ。
中身を確認すると、A組の名前が順不同に並べられていた。二枚目にはB組や、見覚えのある先輩方の名前が印字されている。
んあ? 三枚目に関しては士傑の名簿もあった。夜嵐、毛原……ああくそ、名前と顔が一致しねぇよ。シュガーマンの本名は砂藤くんってのだけ理解した。
上目遣いで媚びてみたが、ナイトアイはすでに興味を失ったのか部屋を出ようかというところだった。
せめて士傑には──と携帯端末を弄っていると、背中は向けられたままである。気障だねぇ。
「《予知》の内容を教えてくれる気になりましたかー?」
「ああ」
お、おお! マジか!
「策束──良くやった」
背を向けたままのナイトアイに労われ、ゆっくりと頭を抱える。その隙を突いたわけじゃあないだろうが、扉が閉まるとナイトアイの気配は感じなくなった。
もっと……もっとあるやろがい!
こっちはいまさら情報の一つや二つ伏せられたってかまわないんだよ。だけど出された食事がじゃがバター一個みたいな! できるよ!? 察することもさぁ! オレのやろうとしていることナイトアイだけは応援してくれるみたいな! あるいはオレが数秒時間稼いで死んじゃうとか! そこじゃあないんだよ! 欲しいのは日本を立て直すための情報なんだよ!
「ふ……ふふ、舐めやがって」
ずいぶんと引きつった笑みだが、及第点だろうか。オールマイトの特別授業がなければ心のままに怒鳴り散らしていたかもしれない。
まあ、はっきりわかったこともある。
オレは、《個性破壊弾》の流通を許容したんだ。
世界を戦火に巻き込む選択をした。
足元が揺らぎ、波打っている気がする。
覚悟すらしていないことを、未来のオレは──二十日後のオレは決断しているのだ。ナイトアイによるミスリードであることを願うばかりだが……。《予知》をもらったらもらったでこれかよ、情けねぇなぁ。
ミルコたちを雄英高校へと案内しながらも、ずぅっとその考えが頭から離れなかった。
ポケットに入れていた個性破壊弾を布の上から触れて形をたしかめる。もう空っぽだ。最初の一発を、オーバーホールに使用した。
腰に差した拳銃には、すでに装填してある。
まだ、止まれる位置にいると思っていた。
まだ、制御できるはずだと思っていた。
車の窓に流れる真っ暗闇が、まるでオレの進む道であるかのように錯覚してしまう。
不意に、面白い想像をしてしまった。もしかして臆病風に吹かれぬようにと、ナイトアイに突き落とされたのかな。
はは、一緒に地獄を歩こうというデートのお誘いだったかもしれない。
ガラスに映り込む笑い顔のフェイカーに、吐き気が止まらなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
オレの除籍を宣告した相澤先生は、自前の両足で体育館を出て行った。壊理ちゃんを抱く通形先輩にはずいぶんと睨みつけられたものだが、こちらとしても想定外だった。
体育館に運び込まれてくるヒーローたちに《オーバーホール》を使用する治崎に、集中力が途切れない程度に話しかけた。個性を暴走させないとも限らないからな、監視も兼ねている。
「組長さんのことで。身寄りもないということで施設に入れますが、希望などはありますか?」
「……旨い飯食わせてくれるところに入れてやりてぇ」
良いだろうとも。決戦に勝ったら高級老人ホームにでも入れてやろう。それにしても、自分で世話をしたいとは言わなかったな。叶えさせるつもりもないが、罪悪感かもしれない。
傍らに立つ玄野を盗み見るが、治崎にしか視線は向いていない。たまに、驚いたように眉を動かす仕草があるが、それらは《オーバーホール》したヒーローが治崎に対して握手を求め、それに彼が応じたときに表れた。
とうとう観察していることがバレたが、玄野は破顔しながら「ありがとう」とオレに言うだけ。聞けば答えてくれるだろうが、感謝されるのもちょっと癪なので適当に流すことにした。
こっちも壊理ちゃんとの約束で、キミらは奴隷のように扱わなきゃあならないからな。
治崎の仕事が終わったのは、朝方だった。三人で眠い目擦っているが、これからもう一仕事ある。治崎にもやってもらいたいことがあるので、すぐに場所を移すように指示を出す。
……ちょっと前まで人体実験をするほど過激なヴィランだったはずだが、いまは暗い目も見せずにオレの言うことを聞いている。薄気味悪いとは言わないが、素直過ぎて信用できるか甚だしい。悪いやつほど普段は良い子に過ごすものだ。
欠伸を噛み殺してUSJを闊歩する。すでに先遣隊がいて、それが乱波とミルコとファットガムだった。三人とも良い汗を流している。
治崎にミルコの手足を治すように声を掛けたが、ミルコが了承したのは右足だけだった。治崎を、あるいはヴィランを信用できないのかと聞けばそうではなかった。
「すげー義手があるからな! 使わねー手はねぇ! あっはっはっは!」
わぁおブラックジョーク。ミス・ジョークがいれば腹を抱えて笑っていただろう。戦闘用に用意した義手は握力が一トン近く。銃火器やブレードへの換装もできる。加えて銃よりも安全なのだ。ヴィランに拾われたり奪われたりしても使われることはないからな。……オール・フォー・ワンの近くに行くときは奪われない武器を持って行こうか。
高火力の武装で、奪われても良い物……。ちょっと考えておくか。
ともかく、三人は模擬戦でも行っていたのか、肩で息をしているようだった。
オレたちの登場に喜んだのは乱波。笑いながら治崎に殴りかかって、軽くいなされた。拳の勢いによろめきながら、乱波は首を傾げてもう一度襲い掛かった。
「なんだ? なあオバホ、なあ! おい! 壊さねぇのか!? なんだよ! 殺し合いにならねぇじゃねぇか! おい!」
あー……本当にだれよりも素直。こいつだけは戦時でしか生きられないだろ。
しかし、治崎め。治療では散々《オーバーホール》使ったくせに、防御のためにも使わないなんてなぁ……。
「避けるんじゃねぇ! 殴れねぇじゃねぇか!」
「相変わらず、エンジンがかかると厄介だな」
厄介程度に済ますレベルではないと思うが……。もしかして治崎って個性無くてもめちゃくちゃ強い?
オレの隣で腕組みをするファットガムも、治崎を警戒してひどく睨みつけていたが、時折憎しみではなく、意外そうな表情を作った。技量の高さに感心しているのだと思う。ファットガムの陰に隠れたミルコが、楽しそうに屈伸しているのが証拠になるだろう。
治崎が暴れ出したらオレに止められるかなぁ……。
「乱波、いまは大人しくしてください」
彼自身、埒が明かないと思ったのだろう。声を掛けると戦闘を止めて、数歩離れて気だるげにオレへ視線を向けた。
「ずっと大人しくしてやったのに、まだ大人しくしてろって?」
どこがだとツッコミしたくなるが、必死に我慢する。
「いまからレッドライオットはじめ、あなたと戦って欲しいヒーローたちを百人近く用意しています。その戦いが終わったら、治崎の貸し出しを許可しますよ」
「俺は物じゃねぇ」
乱波もそうだが、治崎の体力も恐ろしいな。よくあれだけ動いて息一つ切らさない。雄英一年間では、このレベルのヴィランたちは荷が重いな。緑谷はさすがだな、《ワン・フォー・オール》があるからと安易に挑める奴らではない。
にやけ面を晒す玄野も、その一人なのかな。
「ずいぶんと懐いてやんすね、あの狂犬が」
「懐かれてもね」
くつくつと笑い合っていると、ファットガムから不可解なものを見る視線を向けられた。
ここしばらくで、すっかりヴィランと仲良しだよ。
早目の朝食のために休憩を挟んでもらって、こっちはナイトアイからもらった名簿とにらめっこだ。いささか瞼が重たいが、乱波が訓練でやりすぎないとも限らないからなぁ……。《強肩》すぎるだろ。
くわぁと欠伸を噛み殺し、名簿を観察する。A組ですら順不同で羅列されている。緑谷が一番上なのはヒントか? 戦闘力順にしては峰田の順位が高い気がする。侮っていると言われればそうだが、焦凍や飯田より上ってことはないだろう。
そのうちUSJに、呼び出したヒーロー科一年が集まってきた。
まさか教師側に立つなどと一年前は思わなかったなぁ。まあ二年前は生徒側に立つなんて想像もできなかったのだから面白い。
彼らに事情を説明しつつ緑谷の様子を確認したが、どうやら精神は安定しているかな。すくなくとも昨日の今日で独り飛び出す──なんてこともなさそうだな。その隙は与えない。この訓練で決戦の日まで疲れ切ってもらう予定だ。夜はぐっすり眠れるだろう。
「──カルマちゃん」
梅雨ちゃんに呼ばれ彼女を見る。どうやら話があるとのこと。
不安そうだが、決戦が二十日後にオレの背後にはヴィランがずらりだ。黒服の中にステインがいると知られれば、もっと不安になるかもな。
「カルマちゃんがしていること、教えて欲しいの」
「ああ、ははは、なるほど、お断りします。理由、いります?」
説明ったって、そもそも大局で大切なのは決戦に勝つこと。作戦はオレの手から離れている。
……それとも個性破壊弾のことか? どこかから漏れるような間抜けは晒していないつもりだが。
梅雨ちゃんに賛同するように怒鳴り声を上げた焦凍の様子から、根本は把握されていないと判断する。
個性破壊弾は、ヒーローにとって許容することは絶対にできない計画だ。そう思うと相澤先生の判断の早さは素晴らしいな、小学校から道徳をやり直したくなってきた。
とにかく、激昂してしまっている焦凍に落ち着くように説明を続けていると、寂しそうな笑みを浮かべた梅雨ちゃんに遮られた。
「じゃあ、独りになりたいわけではないのよね」
「は?」
「私たちのことが、嫌いになったのかと思ったの」
「──ああ」
なにを言われるのかと思った。
焦凍のように怒鳴り散らしてくれると思っていたのに、まさか心配してくれているなんて。
彼らに嘘までついて、緑谷から遠ざけた。実際、彼らの年齢や戦闘力は、本来であれば決戦時に投入するような基準に達しているわけではない。
もうどうしようもないほど戦えるヒーローがいないから──なんて言い訳、学生を死地へ送り出して良い理由にならないのに。公安委員会が那歩島へA組を送ると聞いたときはあんなに怒ったのに。
もしかしてオレは【独りになりたくなかったのかな】。
「いえ、そんな意図はありません」
ちゃんと、答えられていただろうか。その判断を下すには、すこし時間を掛けすぎてしまった。
右頬に風を感じたと同時に、切島が後方へ吹き飛ばされた。次いで聞こえる乱波の高笑い。バトルジャンキーというか、バーサーカーというか……。
切島のボロボロになった腕を見る限り、絶対に外に出しちゃいけないヴィランだな。
眠い目を擦って場を離れようとしたとき、ミッドナイト先生から呼び止められた。彼女にも心配をかけてしまっているようで申し訳ない。
まぁ問題ないだろうと治崎とステインに声を掛ける。この二人ならば乱波がドン引きするほど暴走してもなんとかしてくれるだろう。乱波は死ぬかもしれないが。
本当は、【彼女】にも付いていて欲しいし、訓練に付き合ってほしかったのだが、昨晩それらは断られてしまった。
『ちょっと、眩しすぎるかな』
レディ・ナガンの口調は優しくて、断り文句も乱暴ではなかったが、明確な拒絶を見て取れた。ヒーローのときに犯した殺人に対しての嫌悪感かもしれない。ランチラッシュの美味しいごはんで釣れそうだったのだが、そこはオレの交渉力が足りなかったな。
代わりに彼女から提案されたのだ。
『あんたの護衛、引き受けてやるよ。その代わり、あんたの計画を聞かせてもらおうじゃないか』
個性が二つ使えるナガンの存在は、護衛という意味では申し分ない実力だ。
──ただし。
オール・フォー・ワンがじつは物陰から覗いていると仮定しても、無個性のオレに《サーチ》の百人分を割り当てることはできない。
だから、彼女はこう言っているわけだ。
──もしまだ私が《サーチ》されているなら、緑谷出久の代わりにヴィランたちを全員ぶち殺す。
どうやら、彼女が殺した公安委員会の会長と、オレは同じ匂いがするそうだ。そいつもずいぶんと恨まれることをしていたらしい。
ははは、ま、オレには及ばないだろうがな。
雄英高校から出てすぐに、竹下さんが運転する車が横付けされた。足早に乗り込むと、助手席のナガンから睨まれるように視線を向けられる。
「じゃあ、私との約束も守ってくれないかい?」
なにが約束か。オレにとってメリットがほぼない契約だろうが。装甲車でもなくただの乗用車なのは、襲われる可能性をすこしでも増すためだぞ。
まあ、まあ良いさ、盗聴はされていないと踏んで、計画の全貌を告げる。
「《個性破壊弾》を、世界中に売りつけます。その金は復興財源に。金が払えないときは、日本に有利な条件で契約をしてもらおうかなと。販売は政府のみにします。表向きの理由は二つ。一つはそれが国際社会にとって正義の行いであるから。もう一つは販売したあとの戦争を日本やオレの責任にしないためです」
「それが表向き? 裏にはどんなあくどいことを隠してるのさ」
「隠してはいませんよ。《個性破壊弾》の販売元としての悪名は、全部受け止めたいと考えていますからね。で、裏の目的ですが、横流しがあれば、その国をオール・フォー・ワン一派だと考え、制裁を主導します。日本はテロにも屈さなければ、今回の騒動など経済や政治になんの影響もなかった。そう印象付けたい」
言うと、ナガンと竹下さんは怪訝な表情を作った。わかっているさ、絵に描いた餅だ。机上の空論と言い換えても良い。
だが、このままでは日本は他国から食い物にされる。
「私が本当に売りつけるものは、《個性破壊弾》でも戦争でもない。信用と信頼ですよ」
笑顔が張り付いたのがわかった。良いね、フェイカーらしくなってきた。
「そいつは──ずいぶんと、夢がある計画だね」
「上手くいくかどうか……。金は湯水のように使えるようになるんですけどね」
「もうやめてくださいよ! 俺はなにも聞かなかった! 巻き込まないで!」
ナガンからの理解は得られたのだが、続けて補足説明を聞いた竹下さんは車を加速させた。
そこから約二週間。
雄英高校を中心に全国津々浦々とナガンとの旅行を楽しんだのだが、襲って来たのは木っ端なヴィランだけで、ステインが持ってきたタルタロスのダツゴクの情報とは一致しない雑魚ばかり。
レディ・ナガンへ《サーチ》の印をつけているのかすらわからない。決戦では彼女の戦力を当てにして良いのか? ナガンを配置した瞬間に百人のヴィランに襲われれば、殺害しなければ脱出は不可能だ。命令を下す気にもならない。
彼女は、もうそんな世界からは解放されて良いはずだ。
オール・フォー・ワンも、ずいぶんとこちらの嫌なことをするよなぁ。
「社長、雄英で動きがあったってさ。オール・フォー・ワンからの連絡があったっぽいです」
ラブラバから連絡があったのだろう。竹下さんから投げられた携帯端末を受け取って、添付されていた音声ファイルを開く。
『お久しぶりですおじさん』
『ああ、久しぶりだね』
慌てて再生を停止させ、車の天井を仰ぐ。ナガンは貫禄のあるため息を吐いた。オレたちの様子を見ていた竹下さんに、間違いなくオール・フォー・ワンの声であることを告げた。
二人に断りを入れて、再開させていただく。
『雄英はどうだい?』
『過ごしやすいですよ。ただ、最近、外から少年が一人戻って来たところです。噂では訓練してるとか』
『ふぅん。あと一週間くらいだからねぇ』
『……一週間で会えますか?』
『そうだよ。待ち遠しいよねぇ』
『ええ、本当に』
『雄英に留めて置くことを反対する人も多くいるだろう?』
『はい』
『なら、まずは彼らを味方にしないとねぇ。そうじゃないと、その少年は、また出て行かなきゃならなくなる。そうだろう?』
『はい』
『それじゃあまたね。次はもっと近くで話せると良いけど』
『ご期待ください』
通話はそこで切れてしまったのか、音声ファイルも停止した。
ふぅむ。一聴にして違和感はない。だが、オール・フォー・ワンは是が非でも緑谷を独りにしたいらしいな。反対派を味方に付けて、緑谷を追い出す作戦なのだと予想が付く。最後のはなんだ? 幹部に取り立ててやるとかか? だとしたら騙されている。味方に引き込める可能性はゼロじゃあないかな。
いや、口約束だ。たとえ味方にしたとしても、オール・フォー・ワンがこの通話の相手を信用するなどありえない。なまじ男性の家族が人質に取られていて、家族の声を『近くで話せると~』などと揶揄していれば、ヴィランを裏切るどころか情報は積極的に売りに出すはずだ。
ああ、厄介だ。内通者が手に届く場所にいるのに、それを放置せざるを得ないとは。
「ほんと、【あんたら】って自分を騙すのが上手だね」
「なんのことでしょうか?」
ため息交じりのナガンの呟きに眉を顰めると、彼女は自身の頬をとんとんと指で叩いた。
「仮面、張り付いてるわよ」
「それは良いですね。演技する手間が省ける」
「気に入らないね」
「──私もですよ」
二人で笑うと、竹下さんがいつものようにうなだれた。
◇ ◇ ◇ ◇
『ジェントル! 大丈夫? ごはんは毎日食べてる? 変な言いがかりつけられてない?』
「問題ないさラブラバ! たとえどのような苦しみを与えられていたとしても、キミと会えない時間こそが最大の絶望」
『ああ! いますぐ逢いに行きたいわ!』
砂糖を煮詰めた甘ったるい空間で、カルマ組と教師陣が一堂に会している。
モニターに頬ずりをするジェントルを見て、多部が軽くげっぷをした。
「えー……っとですね、ヴィランたちが数日中に動く予想を立てました。その証拠に、オール・フォー・ワンからの連絡が立て続けに七件、確認されています」
ラブラバの解析を全面的に信じるならば、と注釈をつけて説明したのだが、教師陣からの威圧感を強く受けた。だれよりもブチ切れているらしいブラドキングは、低い声でオレに指示を仰ぐ。
「このタジマという男は、捕まえないのか」
「もちろん拘束します。ですが死柄木が万全になる三十八日まであと五日。前日、あるいは二日前に捕まえたいと考えています。彼らの目的はわかってますからね」
「……そうか」
不満はありそうだが、我慢してくれた。いますぐヴィランとして捕まえても良いが、そこで敵になったところで大した脅威ではないからなぁ。
むしろ、ヒーローに潜在的嫌悪を抱いている民衆を扇動しなければならないほどに、困窮した戦力なのはわかったからな。
ヒーローを打倒したあとは、その煽った彼らを国民に、自分たちは王になるつもりだろうよ。ははは、現実味がないね。
「ヴィランのメッセンジャーが間抜けである限りは泳がせます。こちらのチームはともかく、先生方は彼らの動向に注意を」
『八件目、流すわ。十五分前の会話よ』
ラブラバからの通信が途切れると、そのスピーカーからオール・フォー・ワンの声が聞こえてきた。対応したのは女性。声だけ聴けば四十代だろうか。
通話の内容は前の七件同様に平凡なもの。オール・フォー・ワンの声を知らねば、取り立てて騒ぐような会話ではない。
『雄英に、ヒーローが一人戻って来ただろう?』
緑谷のことを気にしていることは変わらずに──
『彼のお友だちとして、ひと役買って欲しいんだ。
『不安がってる人たちから攻撃されちゃうかもしれないだろう?
『だからさ、そうなったときはキミたち家族に守ってほしいんだよ。
『緑谷出久と息子くんは、クラスメイトなんだから』
──ああ、もう。
頭を撫でられ、視線だけ上げればミッドナイト先生が笑顔でこちらを見下ろしていた。
ぎゅうぎゅうに握り締めていたオレの拳が、彼女の手によって解かれていく。いつの間にか、歯も痛いほどに食いしばっていたらしい。唇を窄めて肺の空気を吐き切った。
「相手は……どなたで──」
『青山優雅の両親ね』
淡々と言い放つラブラバに殺意さえ芽生えた。
名前が挙がっても、顔色一つ変えない教師たちに憎しみを覚えた。
なによりも、感情に振り回される自身の不甲斐なさが、あまりにも情けなかった。
だから……だから言ったじゃあないか。オレが内通者ならば首を括れば良かっただけなのに。
声が震える。泣き出しそうだ。
『待って、動きがあるわ。人目を気にして移動中よ』
「どこへ」
『USJかしら。夜逃げか家族旅行ね』
「面白い。さ、さ、行きましょう」
立ち上がり、手を叩いて指示を出す。
動かすのはカルマ組だけだ。先生方はいつも通り一般業務をこなしてもらう。……本当は教壇に立ってほしいけど、ちょっと贅沢かな。
『目標は森で家族旅行よ』
校舎から出て、森林のグラウンドへと向かう。
頼む、青山。USJで訓練をし続けてくれ。
頼むよ──そんな他力本願は、あっという間に挫かれた。
『内通者の会話、流すわね』
ここから先はきっと、オレが語ることはない。
一つどうしても言わなければいけないとすれば、そうだな、これが、オレが世界を壊す覚悟が決まった日なのだと思う。