【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間 最終決戦トガ戦・後編

 

ウラビティは、トガヒミコのことをそれほど多く知っているわけではない。

警察から渡された資料。《予知》による行動の考察。数度の会話。

 

どれも、これも、すべてトガヒミコは笑顔で人を殺す、シリアルキラーだと結論付けられていた。

 

不思議なものだと、ウラビティは思う。

サイコパスと診断された彼女が、なぜ自分を複製したあとに個性を使えるのか。

逆にこの状況で彼女が、なぜ死柄木や荼毘の個性を使えないのか。

 

「ヒーローは殲滅する……!」

 

ウラビティの周囲には数百のトゥワイスの姿があり、群読のように叫び続けている。

荼毘の炎によって生み出された嵐が、この場では殺意に負けそうになるほどだった。

 

だが、その殺意は彼女に届かない。

周囲から伸ばされた手にワイヤーを振るって、指先のような脆い箇所から破壊する。たったそれだけのことで、複製体のトゥワイスは形を保てなくなって崩れていく。

動きは、最小限で良かった。

 

(遠い)

 

トゥワイスが脆いということは、ここはまだ末端だ。

もっと突き進む必要がある。もっと悪意に晒される必要がある。

 

(デクくんや策束くんも、こんな感じやったのかな)

 

トゥワイスが生み出した輪の外では、いまだヒーローたちの怒号が聞こえてくるし、良く見れば《ダークシャドウ》の姿も見える。

一人ではないのに、ウラビティはただひたすらに孤独だった。

 

きっと、外にいるヒーローたちはトガヒミコを殺すべきヴィランとして認識している。

 

(成りたいヒーローに、成れないかもしれない)

 

彼女がヒーローを目指したのは、笑顔が好きだから。

人の喜ぶ顔が好きだった。

 

だから彼女は、涙を見逃さない。

 

(──ああ、泣かせちゃったんだ)

 

麗日お茶子は一人のトゥワイスを見て、そう思った。

 

(そこにいたんだね)

 

泣き声も上げず、だれよりも孤独の只中にいる少女に向けて走り出す。

それはあまりにも愚策であり、背後に捨て置いたトゥワイスに髪を掴まれ、地面へと引き落とされた。周囲のトゥワイスも追随し、集結し、《二倍》によってさらに増え続ける。

 

涙を湛えたトゥワイスは地面に押し付けられたヒーローから視線を外し、興味を失ったように空を見上げた。

空から、異常な蒼さが消えた。大気から伝わる熱も引いている。

 

『笑おうぜ、トガヒミコ』

 

そう言っていた彼は、笑えただろうか。

笑って逝ってしまったのだろうか。

また、いなくなってしまうのだろうか。

 

──ちゃんとエンデヴァーは、殺せただろうか。

 

(範囲攻撃はヒーローで随一、オール・フォー・ワンとの戦闘で疲弊しているとは言え、余力を与えれば焼き尽くされる。

(相手は一流、私のミスディレクションが破られる可能性がある。

(仁くんになっていられるのは、せいぜい残り二十分。

(私にエンデヴァーは殺せない。

(その前にアイツだけは──ホークスだけは殺さないと。

(闇雲に増えてちゃだめだ。仁くん、お願い仁くん。まずは、邪魔なこの土の壁を──)

 

反感はない。トゥワイスたちは、自我を失くしたようにトガの思考に沿って動きを変えた。

 

「ヒーローは殲滅する!!」

 

トゥワイスの叫び声を聞いて、トガはトゥワイスの塔を作った。遥か高みから、戦場を俯瞰するために。トゥワイスの意志に従うために、一番効果的だと思ったからだ。

 

「──待って!」

 

下界から、押しつぶされたはずのヒーローが声を上げる。トゥワイスの群体に飲み込まれたヒーローを待つのは、死のみだ。いくら脆いとはいえ質量は存在し、一人に乗られてしまえば、その上にはあっという間に数百のトゥワイスが増えてしまう。

生きているのだとすれば、それは幸運か、トガの気分か、あるいは──。

 

周囲のトゥワイスを浮遊させたウラビティが、ワイヤーで一人のトゥワイスの腕を繋ぐ。

彼女は、その腕を起点に空高く舞い上がった。

 

堕ちろよ。

 

トガはその殺意をもって。ナイフでワイヤーを斬ろうとする。

だがそれより早く、ウラビティはトガへと語りかけた。

 

「去年の夏からの短い付き合いだけど! 私、結構考え変わったよ!!」

 

ひどい喧噪の中、彼女の声は嫌になるほどトガへと落ちてきた。

 

「遅いって言ったでしょ」

 

トガの諦めの声は、ウラビティには届いていない。二人を繋ぐワイヤーにそんな機能などないし、雨と風とで消し飛ばされている。

──はずなのに。

 

「遅くてごめん!! でも! 見つけられた! あなたは泣いてた! きっと、トゥワイスに出来ることが出来なくて! 成り切れなくて!」

「うるさい……!」

 

違う──そんなんじゃない。

私を、お前たちの枠に当て嵌めるな! 組み込むな!

拒絶したのは、お前たちだろう!

 

「殺意が混ざって──いまは純粋な【好き】だけじゃないから……!!」

 

虚を突かれ、トガは呆然とトゥワイスたちを見下ろした。

殺意が、憎しみが、諦めが、トガをヴィランとして完成させたというのなら。

 

それは本当に、自分のやりたかったことだったのだろうか。

なぜここにいるトゥワイスたちは、笑ってくれていないのだろうか。

 

クールぶって、お茶目で、怒りっぽくて、人一倍笑って、人一倍悲しんで、一緒にいるのに、一緒に笑い合ってくれない。

 

「ヒーローを! 殲滅しろ!」

 

トガの腰にしがみつく【これ】は、本当に、仁くんなのだろうか。

 

その疑問を、トガは拒絶した。

 

「──うるさいんだよ麗日お茶子!!」

 

トゥワイスのコスチュームが破け、殺意に塗れたトガヒミコ自身の視線がウラビティを見下ろす。

 

「あなたが私の!! なにを知ってるの!?」

 

さらに混沌を求めるようにトゥワイスの塔が大きくうねり、中腹から一人のヒーローの頭が見えた。そのヒーローの意志などお構いなしにトゥワイスたちが担ぎ上げ続け、最後には塔の天辺からトガとともにウラビティを見下ろすに至る。

 

「フロッピー!!」

 

ウラビティの呼びかけに答えるように、フロッピーは薄目を開けた。しかし血だらけの顔にボロボロの様相から、もはや抗える状態にはない。

 

そのフロッピーを視界に入れることなく、トガはナイフを逆手に持ち替えた。

 

「なに一つ不自由なんかなかったくせに!!」

 

ヒーローに向けた殺意は、いまはたった一人に向けられている。

 

「ルールに合ってただけのくせに!!」

 

蛙吹梅雨を殺すことで、麗日お茶子を殺す。

 

「生きやすく産まれただけのくせに!!」

 

大切なものを理不尽に奪われろ。

私と、同じように。

 

【だからあなたはフタをした】

 

その声は、ヒーローのものではなかった。

耳元で、沸き上がるように声が聞こえる。

 

【抑圧し仮面を作った】

 

そうだよ、良いことでしょ?

頑張ったんだよ? 我慢したよ? 笑顔もカアイイって言ってもらえたよ?

 

【自分じゃないだれかになった】

 

成り下がった。

可愛いものを、好きなことを、普通のことを、トガヒミコの“個性”を殺した。

ずっと、ずっと殺し続けた。

 

──チウチウ。

 

一度だけ、溢れた。

あとは、転がり落ちるだけだった。

 

我慢しても、我慢できなくても、どうせ堕ちるのなら──。

明確な殺意を乗せて、ナイフを振り下ろした。

 

ナイフは狙いを大きく外し、フロッピーの鎖骨をなぞるように斬りつける。トガの左腕が強い力で引かれて、トゥワイスの塔から引きずり出された。

 

「麗日ぁぁぁああああ!!」

 

ワイヤーで繋がれたウラビティに向かい、トガは落ちていく。

追いかけようとしたトゥワイスの、ただの一人をフロッピーは呼び止めた。

 

「トガ! ヒミコちゃん! 聞いてっ!」

 

ただの群体の一体だ。意味など、きっとない。

あまりに不合理な会話だというのに、目を離さず語りかける。

 

「私は! ルールを守ることが! ヒーローだと思ってた! 外れることがヴィランだと思ってた!

「でもねトガヒミコちゃん! 私のお友だちはいま! そんなルールよりあなたと! 向き合おうとしてる!

「それはただ殲滅するより、ただ確保するより、困難な道だと思う!

「だから、お茶子ちゃんのこと! 遅くなったかもしれないけど!

「すこしで良いから! 話を聞いて!」

 

蛙吹は、少女に願った。

その対話が、凶刃によって阻まれたとも知らずに。

 

「構造が違う!! お前たちが言う祝福も喜びも! 私はなにも感じない!!」

 

(熱い)

 

神経を握りつぶされるような痛みが、腹部から伝わってくる。

遅れて口から血が溢れ出た。吐き気ではなく、行き場のない流血から口と鼻から逆流しているのがわかる。

 

それも束の間──。

 

「そっちのルールで! 私を可哀想な人間にするな!!」

 

ヴィランが慟哭を上げ、ナイフが腹部から引き抜いた。

傷口からの大量出血が起こり、周囲に表面張力を起こした血の球がいくつも浮かぶ。

もう終わりだと思ったからこそ、トガは驚いて呼吸を乱した。

 

「同情なんかじゃ……ない……!」

 

《ゼログラビティ》は、まだ、解除されていない。

 

歯を食いしばった麗日は、トガへと抱き着いていた。トガの背に回した両手が、彼女の背中に触れる。

重力を失ったトガは、重傷を負った死に体のヒーローを蹴り飛ばす。体重も重力も失った蹴りに威力はそれほどなく、しかしお互いが空中で回転しながら距離が空いた。

 

「耳当たりの良いこと言ったって! 結局檻に入れて死刑でしょ!? でなければ仁くんのように殺すだけだ!!」

 

高く、天まで積み上がったトゥワイスの塔に、トガは足を置いた。

破れかけていたトゥワイスのコスチュームだけが溶けるように消えて、トガヒミコの裸体が宙に浮く。

トガとトゥワイスたちが、血の海で溺れる麗日を睨みつけた。

 

「勝つか負けるか!! 生きるか死ぬか!! 生存競争なんだよこれはもう!!」

「それ……は……! お互い! 当たり前っ! だね!」

 

麗日も負けることなく、涙と血で視界を歪ませながら立ち向かう。

痛みで呼吸もままならず、その一呼吸で身体の力が抜け続けているのがわかる。

 

重傷のヒーローを見て、トガは彼女の意見を否定した。

 

「──同情じゃないなら、ただのエゴだ」

 

そんなもの、この殺意の戦争には、まったくの無意味だ。

 

「互いにそうなら、死ねよ、ヒーロー」

 

トゥワイスが《二倍》でさらに増える。

その数が多ければ多いほど、その両手も増えていく。

 

地上を覆いつくす群体は、もはや群訝山では収まりきらずに近隣の街へ流れ出す。泥を孕んだ津波のように、すべてを拒絶するように。

 

「圧し潰れろ!!」

 

麗日は押し寄せるトゥワイスに手を伸ばす。その中には、クラスメイトやその場にいたはずのヒーローたちが見えた。

 

(ヒミコちゃんがトゥワイスを生み出して、トゥワイスがヒミコちゃんを生み出してるの……?)

 

それは、どこかボタンの掛け違えたような推測だった。だが、痛みという靄がかかってしまった思考では──届かない。

 

(みんなは、無事かな)

 

トゥワイスたちに触れるたび、血が麗日の身体から抜けていく。

もう指先の感覚がなく、ショック状態を自覚するほどだった。

 

それでも、麗日は個性を発動し続けた。

 

解除は、しないのだろうか。

──ならば、無意味だ。

 

「浮かせるだけだ!! なんのダメージもない!!」

「そうだよ!」

 

このヒーローはなんのためにここにいるのだろうか。

ねぇ、私を、どうしたい?

 

「《ゼログラビティ》は人を……傷つけるための力じゃないの……!」

 

麗日は血と胃の内容物を吐き出した。いまごろ、胃は血液でいっぱいになっているだろう。筋肉に行きわたる血の量は減り、もう動けなくなるはずだ。

 

それでも、彼女はわざとトゥワイスの近くを通り、《ゼログラビティ》を付与していく。

 

だれも傷つけない。

戦いを止める。

 

そんな天地がひっくり返っても許されない贅沢を、麗日は堪能していた。

それは、エゴだ。

 

「──そうかもね……。故意に人を殺めたこと……無かったことにはしてあげられない……! ただ! あなたの顔を見て! そうならざるを得なかった! 理由があったんじゃないかって!」

 

同情したい。理解したい。

対話が足りない。感情が乏しい。もっと、もっと、もっと必要なのだ。

 

「【あの日】! 世界がグチャグチャになった日! あなたにあまりにも悲しい顔をさせたから……!!」

 

傷つけて、初めて理解する切っ掛けを得た。

あまりにも無責任に言い放つ人間に、トガは怒りが振り切れていた。

 

「あれがお前だろう!?」

「あれも私!!」

 

認めた。

なんて……ひどい女なのだろうか。

 

「聞いてトガヒミコ! 初めて会ったとき怖かった! わからなかったから! あの状況でなんで! あんなに純粋に笑えるんだろうって!」

「……うるさい。死ね!! なんで死なない!!」

「一度は突き放したけど! あなたの居心地の良い世界ではないけれど!!」

 

トガに従い、大量のトガヒミコが麗日お茶子を圧し潰す。

もう良い。救おうとするな、助けようとするな。

欲望を、押し付けるな!

 

地面に落ちていくはずのトガヒミコたちが、浮いた。

崩れた一団の隙間を縫うように、麗日は飛び出す。空中には、真っ赤な血が線のように引かれている。

その少女の目は、真っ直ぐにトガを見つめていた。

溢れた涙が、空へと昇っていく。

 

「好きなものを好きというあなたの顔は! 羨ましいくらいに!! 素敵な笑顔だと思うから!!

「私は! あなたの笑顔を!! 見なかったことにはしたくない!!

「罪をなかったことにはできない!!

「すべてを肯定はしない!!

「でも!!

「まだすこしでも私と話してくれる気持ちがあるなら!!

「血なんて一生くれてやる!!」

 

 

「あなたと恋バナがしたいの!! ヒミコちゃん!!」

 

 

ようやく、トガにも理解ができた。

この子は、こんな【普通】のことを言うために、こんなに頑張っていたんだって。

 

一度は途切れたワイヤーが、二人の間に張られた。

血を失った身体は冷え、もう腕を上げることすら難しい。

だけど不思議と、触れてもいないのに周囲のトガたちが浮遊して空へと昇って行っている。

 

そんなことは、きっと些細なことだ。

 

ただ、己が欲望のために、麗日は手を伸ばした。

ただ、触れたい。トガヒミコという女の子の悲しみに、触れたい。

 

ヒーローも、ヴィランも超越した、ただのエゴだ。

 

「私は……家が貧乏で……両親がよく暗い顔してた……! だから……楽して欲しくて……ヒーローを目指した……!」

 

喘鳴を響かせる彼女の声は、この距離ですら聞き取れないほどに小さい。

なのに、なぜか良く伝わってきた。

きっと、どうでも良い内容のはずなのに、なぜか伝わってくる。

 

「でも大きくなるにつれて! 世界は両親と家だけじゃなくて! 他人が存在することを知った! そして緑谷出久を好きになって! いまはあなたを止めたい!」

 

なぜだろう──そう考えて、すこしだけわかった気がした。

 

「これが私! だから私はいま! ここにいる!!」

 

あの子は、ずっと私の目を見て、話してくれているんだ。

 

「うああああ!!」

 

赤子のようにトガは叫んでいた。

ワイヤーを手繰り寄せ、ナイフでさらに傷を増やす。

圧倒的に優位である状況など、もはやどうだって良い。

 

「教えて……! 思ったこと……! 思ってきたこと……! 全部……!」

 

呼吸すらままならず、掠れた声で語りかけてくるこの女の子が怖くなった。

わからなかったから。

なぜこんな状況で、こんなにも純粋にいられるのだろう。

 

振り上げたナイフが、振りかざした殺意が、空へと飲み込まれていく。

 

「──すぐ、好きになっちゃうの……」

 

トガは、溢れる涙を拭うことなく、お茶子へと話しかけていた。

 

「動物でも、ヴィランでも、ヒーローでも男の子でも女の子でも……。だって、みんな綺麗な血ィが流れてるんだもん……」

「──……うん」

「笑うなって言われたもん……! 羨ましかったんだもん……!」

「うん……!」

「出久くん、好きだった人に似てたの……。斎藤くんって言うの……」

 

どうでも良い話のはずなのに。

こんなこと、仲間にも言ったことないのに。

 

「血ィちょうだいって、言えなかったの……。だって……人間じゃないって言われちゃうから」

 

ああ、すごいな。

ねえ仁くん、私ね、大切なお友だちと、恋バナしちゃってるよ。

 

「カァいくないって、思われちゃうから」

 

仁くんびっくりしちゃうかな。燈矢くんには怒られちゃうかも。

 

「お茶子ちゃんと出久くんみたいに、正しいこと言われておしまいだから──だからヴィラン連合なのっ」

 

スピナーくんがいて、黒霧くんがいて、死柄木くんもいて、マグ姐とも、会いたいなぁ。

そうだよ、あそこだけだ。ヴィラン連合だけが、トガヒミコを受け入れてくれた。

それを邪魔したのは、ヒーロー。

 

「私が【好き】に生きられる場所だったのに──!!」

 

理不尽に晒されてきた一人の少女の拳を、もう一人の少女は受け止めた。

 

「ずっとサインをだしてくれてたのに、気づくのが遅くなっちゃった」

 

優しく、抱きとめる。

 

「私もじつは、ボロボロで頑張ってる姿が、素敵だと思うんだ」

 

悪戯を孕んだ笑顔を、トガへと向けた。

だって、友だちなのに、ヒーローなのに、好きな人なのに、そんなこと思っちゃいけないって、わかってるのに。

おかしくて、二人揃って笑っていた。

 

「ヴィラン連合の代わりにはなれないけど……あなたの笑顔が素敵だと伝えなきゃいけないと思ったの」

 

嬉しくて、笑ったら笑い返してくれるのが、嬉しくって──。

大声で泣きそうなのに、我慢してトガは笑顔になった。

 

「私──カァイイ?」

「世界一」

 

世界一優しい笑顔が、そう言ってくれた。

 

暗雲が晴れ、血のような真っ赤な夕日が二人を照らしていた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

トゥワイスたちが消え去った、荒野のような大地にトガは独り立っていた。

足もとには、血でしとどに濡れた麗日がいる。

 

個性の反動で痛みが身体を支配するが、それでも──いまは。

四肢を震わせながら下顎呼吸を行う麗日を見て、トガは疲れたようにため息を吐いた。

 

「致死量の血が出てる。私が刺したあともあれだけ動いてたから……」

 

それが会話ではないと気づいたトガは、死に逝く友人に向けて自分の話をし始める。

 

「お茶子ちゃん、ヴィラン連合は、全部ぶっ壊すの。壊れたさきにあるのはきっと……私が生きやすい世界」

 

想像して、心が温かくなる。

もう我慢しなくて良いし、みんなが笑ってくれている。

 

──でも。

 

膝をついたトガが、麗日の腹部の傷から血を掬って啜る。

《変身》──対象のDNAを摂取することで、量に応じた時間、対象に成る個性。

 

好きなものに成りたくて握ったはずのナイフを、怒りと憎しみで握っていた。彼女が生きやすい世界にするために……。

 

「お茶子ちゃんが言ってくれたこと、嬉しかった。生存競争って私言ったけど、お茶子ちゃんがいなくなるの【だけ】は、やっぱり嫌」

 

自身のコスチュームを拾い上げ、一本のチューブで自身と麗日を針で繋いだ。とても綺麗な流れがトガの目には映っていた。

 

「この気持ちは、本当だから……。私の血、全部あげる」

 

べつのチューブに付いた針を手折りながら、彼女は笑っていた。

自身の死よりもトガの死を感じ取り、麗日は発せぬ言葉と動かぬ身体で止めようとする。

 

そんな麗日の必死さを知りながら、トガはたわいもない会話を選んだ。

 

「まえ死にかけたとき、仁くんがこうやって助けてくれたの。仁くんの個性はもうないから、私がお茶子ちゃんに成る。人の個性が使える以上、血もその人そのものになる」

 

麗日の傷口を針と自身の髪の毛で縫い付け、トガはちょっとだけ気になることを聞いた。

 

「捕まえたら、私が死ぬまで血を届けに会いにくるつもりだったの?」

 

そんなわけがない。頭おかしいもん。

 

「お茶子ちゃんは、ただヴィランを捕まえるだけで良かったのに。ただ異常者を排除するだけで良かったのに。ヒーローらしく、正しいことをするだけで良かったのに──なのにさ」

 

そんなことしてくれるの、お友だちだけなんだよ。

楽しくてトガは笑った。

腰を落とし、血を失いすぎて真っ白になった麗日の顔を見るように、身体を横たえる。

 

「変だね、お茶子ちゃん」

 

だらだらと口から血を流す麗日が、それでも言葉を紡ごうとする。

繋ぎ止めようとする。

お互いをつなぐチューブのように。

 

「私は好きに生きるの」

 

そんなのじゃ、私は止まってあげない。

 

「だから捕まってあげられない。お茶子ちゃんの捕まえると一緒。……でも、刺してごめんね……怒鳴ってごめんね……本当よ?」

 

謝罪のために上体を起こした。

麗日の呼吸は荒いままだが、必死に生きようと呼吸が深くなっているのがわかる。その彼女の視線が、トガを追いかけた。

 

「……燈矢くんがお家燃やしてくれたんだ。嫌なことが詰まった【普通】のお家──無かったことにしてくれたの。……嬉しかったぁ」

 

ヴィランたちは、過去を振り返らなかった。

麗日のように過去を聞いたりはしないし、我がままを許してくれる。

 

「でも……無くなっても、心は残るの。お茶子ちゃんは無かったことにはしなかった。それは痛くてつらいけど、触れられたとき心がふわって、軽くなったから」

 

個性のおかげかもしれないと、トガは思った。

とっても、とっても、優しい個性。麗日お茶子という人間の個性。

 

「ありがとうねぇお茶子ちゃん……。本当に嬉しかったの、お茶子ちゃん」

 

好きになったら、いままではその人そのものに成りたくて、羨ましくて、愛おしくて、血を飲み干してきた。

 

「ヒミ──コ──ちゃ──」

「はぁい」

 

もしも──

もっと早くに知れたなら。

血を飲み干したくなるのと同じくらい、血をあげたくなるような、そんな【好き】に出会えていたら、世界はもっと生きやすかったかな。

それでも、私は──。

 





「いたぜ! いないぜ! ミスターこっち!」
「うわほとんど裸じゃないの。服着せよう服、おじさんドギマギしちゃうから」
「俺は脱げねぇぞ、複製だからな!」
「トゥワイス邪魔すぎて見つけるの苦労したぜ」
「俺を邪魔者扱いするんじゃねぇよ。こっちのヒーローも助けるべきか?」
「そりゃそうでしょ、トガちゃんのお友だちだろ? 良いねぇ、青春だねぇ」
「二人分じゃ足りねぇかな。チューブ何本余ってる?」
「こっち針折れてるけど使って良いかな」
「良いんじゃねぇか? ダメに決まってるだろ!」
「どっちだよまったく……。ようやく、会えたってのになぁ」
「まだまだこれからよ。黒霧もどっか行っちまうし。荼毘だろ、死柄木だろ、スピナーも。どこにいるだろうな?」
「……お前がいなくなっちまうだろ」
「まだいけるね! もうダメだ! 今回はうんこ我慢し続けてやるよ!」
「だはははは! サイコー! トガちゃん起きるまでは我慢しろよ!」
「あー……そりゃ無理だ。無理ってもんだ」
「ノリ悪いって! なんだよつまんねぇなぁ!」
「夢みたいなもんだからな、俺は。ほかの俺もどきは全部消えちまってるだろ? 俺も、トガちゃんが起きたら消えちまうよ」
「あっそ。あーあトガちゃんカワイソー」
「けっ、こんな幸せそうに笑ってる子にそりゃねぇぜ」
「お前がいればもっと笑えるって。俺もだ!」
「ずっと笑ってろよ」
「あ、捕まってる間に手品考えてよー。見てぇだろ?」
「ああ」
「簡単そうに見えるから、死柄木と荼毘はめちゃくちゃイライラするだろうな! お前には特別タネを教えといてやるよー」
「はは、そりゃ、最高だな」
「だろ? だから……だからさ……だからさぁ! まだ、まださ!」
「俺は本当に、幸せだ──」


「──……おはよう、トガちゃん」
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