職場体験四日目。夜通し消火活動に徹していたマニュアルさんと事務所に戻って、その日は始まった。
「じゃあ、オレ風呂沸かしてきます」
「ありがとう……えっと、報告書……」
「先に少し寝てください。十時には警察署に行かなきゃですし」
個性を使いすぎて動けなくなっているマニュアルさんを、飯田が使っていたマットレスに寝かせる。
風呂を沸かし、事務所のパソコンで報告書を作成しておく。これって詳しく書きすぎると飯田がやったことバレるし、それってマニュアルさんの責任になるの? え、どうしよう。
風呂が沸いたところでマニュアルさんのところへ行ったが、完全に熟睡している。
とりあえず一息つけたので、携帯端末を使って緑谷が一斉送信した経緯を説明、緑谷、飯田、轟が怪我を負ったが命に別状はなく、検査入院していると告げておく。詳しくは三人が話すだろう。
目覚ましをセットして、先に風呂をいただいた。
「甘いもんないぞこの家!」
妖怪風呂覗きならぬ、おじいちゃんヒーロー。緑谷の担当ヒーローらしいが、我が家のように冷蔵庫を漁るのはやめていただきたい。
「パンで、いいですかー」
湯舟からお湯を掬って顔にかける。眠いし疲れたし、でもオレも腹減ったなぁ。
風呂から上がってトーストとジャムを手渡し、オレもシナモンスティックをかじる。食べるかと聞いたが「臭いからいらん」と言われ、舌打ちしそうになった。
マニュアルさんを無理やり起こして、風呂に入れる。
この絵面がどこに需要があるかはわからない。しまいにはおじいちゃんが乱入してきて背中を流してあげる。このおじいちゃん筋肉お化けかよ。オレの背中より硬いぞ、これ。
マニュアルさんに報告書を見せたところ、飯田のところはしっかりと直されてしまった。正確に詳しく、事細かに報告するに至る。
怒られはしなかったけど、次からはちゃんと書こうね、と窘められた。
おじいちゃんヒーローはマニュアルさんに向かって「真面目じゃのー!」と嫌そうな顔をしていたが、緑谷に変な影響は与えないでほしいね。
「じゃあ、車出すから」
とマニュアルさんの運転で、まずは警察署へ向かう。警察署も物凄い慌ただしさではあったが、ひと際大きな身体の、スーツの人が対応してくれた。
人っていうか、もう犬である。
「署長、お忙しいところ申し訳ありませんでした」
しょ、署長!? マニュアルさんいま署長って言った!? 人を見かけで~とかの話じゃなくて、あんなことがあった次の日の朝に署長が話す内容ってなに? 怖すぎるんだけど!
「お久しぶりマニュアルくん。あなたはグラントリノですね。初めまして、面構犬嗣です。ここで署長をやらせていただいていますワン」
語尾に取って付けたようなワンがくっ付いている。顔はダルメシアンっぽいし、身長なんてオレやマニュアルさんの五割増しだ。
最低限の挨拶だけ交わして応接室から出されたオレだったが、五分としないうちに三人が出てきて、病院へ移動することになった。
パトカーに先導されるってのは、やましいことなんてないのに緊張してしまうな。
署長が向かう先は一般病棟。てっきりステインや捕まえた脳無の検分になるのかと思ったが、全く別の用件らしい。そういえばオレもマニュアルさんも必要ないよな。
署長が「ここですワン」と案内してくれた先、その扉を開けると、四人部屋の病室でベッドを三つ占領したクラスメイトがいた。
「グラントリノ!」
「マニュアルさん……」
「……策束か……」
反応は三者三様。轟の場合、名前なんて呼ばなくて良かったのに、流れでオレの名前呟きやがったな。飯田は両腕、轟は左腕、緑谷は左足と右腕に、それぞれ包帯をぐるぐるに巻かれている。思ったよりも全員重傷だな。
そんな三人に、面構署長が挨拶をする。
話題はすぐに本題へと移っていった。警察署のときもそうだったが、せっかちなのかな。待てとか言ったら殴られそうだな。
「逮捕したヒーロー殺しだが、火傷に骨折となかなか重傷で、現在厳戒態勢のまま治療中だワン」
まあ、それはヤツの身体を見ればわかっていたことだ。一歩踏み出すことすら限界を越えての行動だっただろう。まさかヘルメットで倒すとは思わなかったけど。
この三人が倒したらしいが、よほど運に恵まれたのか、それとも実力か。後で聞いておこう。
「雄英生徒ならわかっているとは思うが、超常黎明期、警察は統率と規格を重要視し個性を武に用いないこととした。そしてヒーローとは、その穴を埋める形に台頭してきた職業だワン。個人の武力行使。容易に人を殺められる力。本来なら糾弾されて然るべきこれらが公に認められているのは、先人たちがモラルやルールをしっかり順守してきたからなんだワン」
そう、当時の警察は個を認めず、群であることを重視した。公務員であることも理由の一つではあっただろうが、強い個性がルールを乱すことを良しとしなかったのだ。結果、百年経ったいまでは、警察が捜査権・逮捕権を持ちながらも、警察はヴィランに対抗できない、歪な社会になってしまっている。
もしヒーローたちが、署長のいうモラルやルールを守らずに個人の武力行使を行えば、それは確かに社会ルールの、一つの崩壊に違いない。
「資格未取得者が保護管理者の指示なく個性で危害を加えたこと。たとえ相手がヒーロー殺しであろうとも、これは立派な規則違反だワン。キミたち三人および、プロヒーロー、エンデヴァー、マニュアル、グラントリノ。この六名には厳正な処分が下されなければならない」
ああ、クソ。
「待ってくださいよ。飯田が動かなきゃネイティブさんが殺されてた。緑谷が来なけりゃ二人が殺されてた。誰もヒーロー殺しの出現に気づいてなかったんですよ!? 規則守って見殺しにするべきだったって──」
「ちょ、ちょっと」
反論する轟に、それを押しとどめる緑谷。
こんな反省の色もない二人を見ながらも、面構署長は冷静に告げる。
「結果オーライであれば規則などうやむやで良いと?」
「──人を! 助けるのがヒーローの仕事だろ!」
「……だからキミは卵だ。まったく良い教育をしてるワンねぇ、雄英も……エンデヴァーも……」
馬鹿にされたと思ったのだろう、轟が激高するも、面構署長は涼しいものだった。
鼻の頭をポリポリと掻いて、厳粛な空気をすっ飛ばすような口調で言った。
「以上が、警察としての公式見解。んで、処分云々はあくまで公表すればの話だワン。公表すれば世論はキミらを褒め称えるだろうが、処罰は免れない。一方で汚い話、公表しない場合、ヒーロー殺しの火傷痕から、エンデヴァーを功労者として擁立してしまえるワン。幸い目撃者は極めて限られている。この違反はここで握りつぶせるんだワン」
「だが」と彼は続けた。
「キミたちの英断と功績も、誰にも知られることはない。──どっちがいい? 一人の人間としては、前途ある若者の偉大なる過ちに、ケチを付けたくないんだワン」
「まあ監督不行き届きで俺らは責任取らないとだしな」
グッドサインを送る面構署長と肩を落とすマニュアルさん。そのマニュアルさんに飯田が駆け寄って、頭を深々と下げながら謝罪する。
マニュアルさんは、そんな飯田の頭にチョップを加えながら、笑って許している。
「他人に迷惑かかる。わかったら二度とするなよ」
「あ、ちなみにここの他人ってのは、マニュアルさんが活動制限されたときのせいで助けることができない人の話だからよォ、本気で反省しろよ飯田ァ!」
茶々を入れたわけではない。本気で、そういう場合もあるんだ。それに、オレは本当に怒っている。マニュアルさんだって怒っているはずだ。それを一切見せないマニュアルさんが大人なのか、オレが子どもすぎるのかは難しいところだろう。
轟も、緑谷も現状の把握はできただろうか。二人ともマニュアルさんと面構署長に頭を下げて謝罪した。
「大人のズルで、キミたちが受けていたであろう賞賛の声はなくなってしまうが、せめて、平和を守る人間として──ありがとう」
そう、深々と頭を下げる面構署長。
なんてことはない。
オレたちは、やっぱりただの子どもで、わがままで、もっと大人を頼らなきゃいけなかったのだ。
この日、マニュアルさんの活動制限を受けて、オレと飯田の職場体験は終わりを告げた。どのみち飯田と緑谷は二、三日入院するという話だし。
一番傷の浅い轟も、左手にナイフが刺さるという大怪我だった。幸い病院にいた個性持ちが多少は回復してくれたというので、縫うほどではなかったらしいが、それにしたって安静にしていたほうがいいレベル。
シナモンスティックを齧りながら、雄英高校に辿り着く。
職員室に向かう途中、コソコソと携帯端末を抱える見慣れない教師を見かけて会釈はしたが、電話に夢中で気付かれなかったな。
職員室の扉をノックして、プレゼントマイクと談笑していた相澤先生にレポートを提出する。
「あの、さっき、新しい先生ですかね、すれ違ったんですけど」
「……ああ? 知らんな」
知らなかったら知らなかったで問題があるだろう。
「それより、飯田にはお説教だな」
「はい、お願いします」
「脳無か……。間違いなくヴィラン連合が関わっているだろうな。どう思う、山田」
「マイクって呼べよ」
プレゼントマイクがオレの報告書を読みながら、少し考え込む。
「オールマイトを殺せるってお触書の脳無を三体導入。量産してやがんなァ……。劣化型か?」
「そう考えるのが妥当だろうな。策束、直接見た意見は? 記憶戻ってるんだろう」
「十トントラックぶん投げるパワーですよ。劣化って言い切るには確証が持てませんね。それと真っ向から組み合えるエンデヴァーが化け物すぎましたけど。あ、そのエンデヴァーが再生持ちだとか言ってたと思います。詳しくはエンデヴァー事務所か轟に聞いてください。正直オレはそれどころじゃなかったので……」
「【また】複数個性持ちかよぉ」
「山田!」
プレゼントマイクが口を押えて、オレを覗き見る。
聞いちゃダメなやつか。
「えーっと、卵割ったら黄身が二つ出てきた話します?」
「誤魔化し方下手すぎるし全部聞いちゃったよなソレ!!」
「なんでお前がツッコんでんだ」
USJの時の脳無も複数個性持ち。複数個性ねぇ。
完全に人造人間だな。人間なのか? 脳みそがあるってことは人間だったのかもしれないな。左脳と右脳で別々の人間だったりして。明らかに常軌を逸しているし、思考もほとんどなさそうだ。
「オレとしては、気になるのは緑谷を誘拐しようとしたってところですね。報告書にも書きましたが、駅前広場でも飛行タイプはヒーローを捕まえて飛んでいます。人質か、空から落とすって二択だとは思ってたんですけど、誘拐って可能性も出てきましたね」
「誘拐してどうする」
「最終目標はオールマイトの殺害。ただ、解せないのは、今回狙ったのは雄英生ではなかったということでしょうか。生徒がいるかもどうかわからない保須にオールマイトを倒せる可能性を含む脳無を三体。しかも三体とも警察が確保した。……それがわからないんですよね」
「突発的な騒ぎを起こしたが、雄英生がいたため変更した、と?」
「わかりません。駅前広場でオレが特別に狙われる、ってことは無かったですし。緑谷だけが不運で上空に連れ去られ、落とされそうになったってことも十分あるかと思います」
プレゼントマイクが唇を尖らせたまま、机を脚に乗っけた。飯田が見れば怒鳴り出しそうだな。
「ヴィラン連合とヒーロー殺しは繋がっていると思うか?」
「繋がりがないと思うほうが不自然だろ」
その通りだ。元々か保須市で知り合ったかは知らないが、あの手のひら仮面とステインはなにかしらの繋がりがある。ステインが脳無の一体を殺害したことを考えると、敵対していたとは思うが、どんな理由があってだろうか。
まさかとは思うが、ヒーロー殺しの殺害のために脳無を三体も送り込んで、暴走したとか? 可能性はゼロじゃないが、能天気が過ぎると言われそうだ。
「そういえば、脳無ってどうやって操っているんですか?」
「ああ? どういうことだ」
「いえ、単に、脳無が全て超パワーで再生持っている複数個性持ちだったとした場合ですよ?」
「めちゃくちゃヘビーな光景だな」
「そんな個性持ちが集まって、創造者に反逆しないんですか? する理由はいくらでもありますが、しない理由はなにかなぁって思いません?」
というか、そっちの方が考えやすい。
一つは、支配する個性で動かされている。
一つは、脳無って機体を、誰かが遠隔で操っている。
一つは、人質、弱みを握って、行動に制限をしている。
一つは、盲信。圧倒的カリスマ性をもって脳無を支配している。
一つは、思考力をすべて奪っていて、命令に沿って行動させている。
オレが指を折りながら自分の考えを二人に伝えると、二人はすこしだけ見つめ合い、オレに脳無の秘密を教えてくれた。
「このことはクラスの連中には言うなよ。まずUSJのときに襲ってきた脳無の元になった人間は、もともとはチンピラだ。かすり傷程度を治すって弱個性のな」
「……それは、それは」
「一部のヒーロー、警察には伝えてあるし、雄英教師陣は知っている。マスコミやほかの生徒は知らん」
「なんでオレに……」
そんな面倒くさそうなことを伝えるんだよ。
轟や爆豪に伝えたほうが喜んでくれるだろう。
「脳無に遭ったのが二回目で、どちらも良く観察している。なにか気づいたり、思い出したことがあったらオレに言え」
「うっす」
「【だから】変な詮索するんじゃないぞ」
あ、そっちか。プレゼントマイクの滑った口のせいで大事に巻き込まれそうらしい。脳無に関してオレにできることなんかゼロだ。対面すれば問答無用で殺されてしまう。
とりあえずオレからの報告は以上だ。エンデヴァーの元にいる轟ならもっと詳しく話を聞いていそうだけど。
職員室を後にしようとしたとき、骨ばった金髪の教師が職員室に戻ってきた。
「相澤くーん。グラントリノから新しい話を聞いてきたブェ────!!!」
オレの顔を見ながら血を吐いたものだから慌てて背中をさする。
「大丈夫ですか!?」
「策束! お前もう帰れ!」
「ええ!? はやくこの人を保健室に!」
いいから帰れとケツを蹴られれば是非もない。まあ保健室は近いし、プロヒーローが二人もいれば問題はないだろう。
はて、やはり見たことのない教師(?)だったが、グラントリノって緑谷のインターン先のおじいちゃんヒーローだよな。今回の顛末の情報提供者か?
家に帰ってきたはいいが、まだ夕方にもなっていない。それに来週の月曜日までは暇になってしまった。都合が良いと言えば都合は良いものの、自主練よりも雄英の授業のほうが遥かに環境が整っている。
それでも遊んでいる時間は惜しい。トレーニングウェアを着て保須市まで走るか。見舞いに行けばいいし、マニュアルさんにも菓子折りは持って行こう。
病院に着くころには辺りは真っ暗だし、汗だくだ。死ぬかと思った。都心から近くとは言え、さすがに走るのは無理があったか。
「誰かと思えば、策束くんか」
「飯田? 退院するのか?」
病院の正面口で呼吸を整えていると、飯田と、荷物をいくつか持った中年の女性。おそらくは飯田の母親とともに病院から出てきたところだった。
なにはともあれ飯田のお母さんに挨拶すると、飯田は駐車場で待ってて欲しいと母親に告げた。母親を見送ると、オレに深々と頭を下げる。
「すまなかった。キミの職場体験の機会も奪い、時間を浪費させてしまっている。すべてはオレのせいだ」
「お前が謝るべきはそこじゃねぇんだよ。それがわからない限り、オレはお前を許さねぇし、できるんだったらヒーロー目指して欲しいとも思わない」
飯田は頭を上げない。だから、オレは情けない言葉を続けよう。
「けど、飯田がオレより一億倍は良いヒーローになれるって信じているから、とりあえずは怪我治して、マニュアルさんに元気な姿見せてこい」
それでも頭を上げない飯田を無視して、病院に入る。
面会時間ギリギリだったな。これはこれで目標のある訓練だ。
病室には、オレが来ることを知っていたかのような二人。少しもびっくりしていないことに、オレが驚いてしまう。
「外の、見てた?」
「うん、まあ」
バツの悪そうな緑谷が、頬をポリポリと掻いている。
「これから毎日お見舞いに来ると思うけど、欲しいのあるか?」
「俺は、明日退院する予定だ」
轟の腕を見る。治療前の刺し傷は深かったが、安静にしていれば病院でも自宅でも問題はないだろう。
一方の緑谷はしばらく入院するそうだ。病院の治癒個性で治してもらってもなお、筋肉にまで達した切り傷は痛みがあるらしく、歩くことも辛いという。自宅も階段で上り下りする集合住宅地。もしもの場合、避難することもままならないのでは、他に選択肢はなさそうだ。
轟のほうは明日にも職場体験に戻るらしく、安静とは? と聞きたくなるアクティブさである。
緑谷には本でも差し入れすると約束して、その日は深夜近くに帰宅することになった。
次の日病院に行くと、轟はもう退院していた。
差し入れは本と新聞をチョイス。新聞は病院の購買で買ったものだ。見出しがあまりにも目に付いた。
『ヒーロー殺しは信念の行為だった?』
許せない記事だとは思ったが、読みこめば否定的な内容だったので、訴えることはできないだろう。
それを見た緑谷も不快感を露わにするだろうと思ったが、随分と真剣な顔をしている。
「んで、これ」
動画サイトので、有志が作ったと思われる、一分半の短い動画を見せる。タイトルが『HEEL THE HERO -STAIN』。
再生カウンターは恐ろしく伸びて二日で四百万再生。
内容がステインの半生を追ったもので、その一部には、なんと保須市でステインがオレたちに向かって歩いている様が映し出されていた。
オレがステインにヘルメットを投げたところはカットされているが、緑谷の倒れこむ姿は確認できるアングル。屋上か? あとで確認しに行くが、入れるかな?
見終わった緑谷の感想は、一つのため息だった。しばらく目を瞑った彼は、深呼吸をして目を開ける。
「すごいね、策束くんは」
「なんで!?」
どんな感想!?
え? なに、オレがその動画作ったって思ってる!?
「僕は、僕たちは、あのステインを前に動けなかった」
「まあ、そりゃあな」
緑谷がステインに近すぎたのだ。エンデヴァーとは距離があって、おそらくステインの攻撃が緑谷に刺さるほうが早い。ならば、とオレが歩幅を確認して気を引いたのだが……。
まさかあれで気絶するとは誰も思わないだろう。
「怖くなかった?」
「いや、はちゃめちゃに怖かったわ。心臓爆発するかもってくらいドキドキしてたよ。つーか、あれ、下手すりゃ緑谷危なかったんだよな。ごめん」
というか後ろのヒーロー軍団に逃げ込んだの見てなかった?
「──ねえ、策束くんにずっと聞きたかったことがあるんだ」
「この流れで? なに?」
「自分に、個性があったら……。もらえるチャンスがあるのなら、どうする」
「……まあ、もらうわな。あるよ、そういう想像したの。もう、なんかすっげー最強の個性使って、ヴィランをバッタバッタなぎ倒すの。レスキューヒーローってのも良いな。車なんかを片手でクイってさ」
緑谷は、オレを見つめたままだ。
その真っ直ぐさが好きになれず、背を向けて緑谷のベッドに座り込む。
「でも、オレは無個性だ」
「だから、その……もしも、の、話」
「いいんだ。オレはそういうの、諦めた。だからいまは、無個性って個性だって思って生きてる」
個性があったら──個性が目覚めてくれれば──。いまでも夢に見ている。諦めてなんか全然ない。
昨日相澤先生たちに語った、脳無のことを思い出す。
盲信。
そう、個性がもらえるとうそぶかれれば、オレはそれに乗るのかもしれない。その結果誰かを傷つけ、思考はできなくなっても、それほどまでに欲しいと思っている。そうして、与えてくれた誰かに、オレは感謝するのだろう。
この個性社会で、個性がないっていうのは、それほどまでにデメリットなのだ。
いまはむかし、イジメがあった。
馬鹿なやつ、運動ができないやつ、恥ずかしいことをしたやつ、ズルをしたやつ、逆になんでもできすぎて気に食わないやつ。そういった者を、自分より下にするために、群れで行う行為である。
無論、今でもある。
決定的に違うのは、無個性であるということは、すでに相手より下なのだ。
群れずとも、下に見ずとも、底辺がいる。それが無個性だ。
個性持ちからすれば恥ずかしいやつで。
身体強化の個性からみれば運動ができないやつで。
個性を使えないルールでは自分たちを抜かせるズルいやつで。
無個性がいるから、個性持ちが我慢しなければならない気に食わないやつ。
幸い、オレの家は上流階級なんて称されるくらいには金持ちだったし、由緒もあった。オレをイジメる勇気のあるやつは中学校にはいなかった。
それでも、無個性や弱い個性がいじめの対象になる光景は何度も見てしまった。
『お前らに合わせてやっているんだぞ』
そんな声は何度聞いたかわからない。
「緑谷が無個性だったってのは、知っている。辛さも、知っているよ。とくに爆豪だもんな、だいぶやられたろ。個性発現して真っ先にぶっ飛ばさなかったのは、よく我慢したと思うわ」
笑いかけるが、緑谷は初めて視線を逸らした。
「一発撃てば骨折だろ? さすがに自分の家で鍛えるってのはできなさそうだもんな」
オレの知っている無個性の連中と、緑谷は性格が似ている。おどおどしていて、相手の様子を見てしまう。個性に憧れがあるから、いろんな個性を知りたがるし、研究してしまう。
オレも、そうなのだから、よくわかる。
オレが緑谷だったら、声高らかに言うだろう。オレは個性を持っているんだぞ、すごいパワーなんだぞ、と。腕一本くらいなら犠牲にしてデモンストレーションをしてしまうかもしれないな。
でも、緑谷はしなかった。
それがどれだけヒーローらしいか、彼は気づいているだろうか。
「オレがここにいるのは、雄英側のテストケースだと思っている。無個性を試金石にしてクラスのバランスを見よう、とか。それって、価値があるってことだろ? 無個性にも価値があるって、雄英高校がみてくれたんじゃあないかな、って。ちょっと嬉しいんだぜ」
「違う!! そんなんじゃ、絶対にないよ!」
「かもな。でも、そうじゃなければ、もっとちゃんとした個性を持ったヤツを取ってほしかったと思うよ。毎年雄英高校からはプロヒーローが輩出される。なかには夢半ばで諦めてしまう先輩や、心操みたいな形で夢を掴んだ先輩もいるだろう。雄英だけじゃなくて、他校のヒーロー科や、大学からだってヒーローになるやつもいれば、社会人からだってなるやつもいる──」
「──それでもやっぱり、雄英高校ってのは、重みが違うだろ」
増してや今年はオールマイトが教師として赴任した年だ。ヴィランの襲撃を受け、それを撃退したと広まったことで、さらに注目を集めている。
そんな渦中の無個性だ。
誰よりも下にいるのは、誰の目からでも明らかで。
どれだけ認められたところで、プロヒーローになったところで、最下層になることは間違いない。
「オレが辞退していれば、ちゃんとしたヤツがA組にはいた。ちゃんとしたヤツは、ちゃんとしたヒーローになったかもしれない。いま、オレはその未来を奪っている最中なんだよ」
「策束くん! キミは、立派だよ!」
「人としては、立派になろうと努力もしてるけど、ヒーローとしてはどないなん? っていうね。直角九十度のお辞儀ができたって、ヴィランは帰ってくれないし、落ちてくる瓦礫は止められないし、なにより、誰も笑顔になんかなりゃしない」
それはきっと、オレも含めて。
「明日も来るけど、明日はもっと明るい話題用意しておいてくれよ。な、緑谷」
「策束くん!!」
緑谷が引き留めようとしてくるが、オレは受け止めきれずに病室から逃げ出してしまう。
緑谷がなにをどう思おうと、オレはクラスメイトにもまともに向き合えない、卑怯者であるのだ。
入院時の轟くんの腕、骨に達する程度には深々とナイフ刺さっているように見えているので、たぶんこの病院には激レアの治療個性持ちがいます。