畏れが欲しいと思った。
求められるべきだと思った
自己分析するまでもない単純な理由だ。ドクターには何度も笑われたさ。
悪いことをしたいと思った。
一番悪いことをしたいと思った。
コミックは現実的じゃないしね。もっとも相手が嫌がることをしないと。
未来を阻みたいと思った。
未来を摘み取りたいと願った。
ただ、そう在りたいと願ったんだ。
──赤ん坊が、泣いている。
◇ ◇ ◇ ◇
嵐の中、目を開けた。
オールマイトとナイトアイが、オール・フォー・ワンと戦っている。
全身が雨で濡れているというのに、冷や汗だけは自分のものだとわかるものだと笑ってしまう。
雨音の爆ぜる音が耳元から聞こえてくるが、それもしかたないさ。
「あのー」
『なんでしょう』
「画面に映像出してくれない? 空撮してるんでしょ?」
ほら、《エルクレス》のフロントガラスも屋根も、飛んで行っちゃってるから。雨が痛くてとてもじゃあないけど目が開けられないんだよね。
『オーダーを承認中──作戦遂行に支障があるため却下します。シートベルトの着用を求めます』
「留め具がもう無いんだよ」
頑張って目を開ければ、床の隙間からコンクリートが見える。シートベルトを必死に握り締めて、車体から放り出されぬよう耐えるばかりだ。
カッコつけて乗り込むんじゃあなかったよ。携帯端末も落としちゃうし、情報を得ろってナイトアイの助言もテキトーかもなぁ。
「体温低下してない? めちゃくちゃ寒いんだけど」
『機能ロストのため判定不能です。お大事にしてください』
ポンコツとは叫ばずにおいてやった。
コイツだっていまはオールマイトと一緒に魔王の足止め最中だ、ボクなどのために容量を割かせるつもりはなかった。
シートベルトを身体に巻き付けて、ドアも無くなった不安定な車体で、両手を自由にする。その両手で水中眼鏡のように目を覆う。それでも水滴はぶつかってくるが、ずいぶんとマシになったな。
オールマイトとナイトアイの最強タッグに、最悪のヴィラン──オール・フォー・ワンの世紀の戦いを最前列で見学できるのだ。多少無理してでも見させてもらうさ。
半世紀か……。数字としてはわかるけど、ずいぶんと途方もない数字だと思う。
ボクが生まれたときには、すでにオールマイトは平和の象徴だった。
いや、彼の場合はデビューした直後からだ。
『もう大丈夫!! 私が来た!!』
約五十年前──災害現場から幾人もの怪我人を救い出すオールマイトの鮮烈なデビュー。
その映像を見たことがないという日本人は、いないだろう。
動画の冒頭では、すでに百人以上を救い出したと説明されていた。動画はそこから七分程度だがさらに百人を救出。
動画外でも活動し続け、彼は一日かけて千人以上を救い出したヒーローになった。
当時、それだけでも話題を呼んだだろう。オールマイトが広く認知されたのは、間違いなくその災害があったからだ。
事件で、事故や災害で有名になるヒーローはすくなくない。というか、多くのヒーローが願っているだろう、どうか目の前で事件が起きますように。活躍の場が与えられますようにと。
だが、オールマイトはそうじゃあない。
寝る間を削って、日本中を走り回った。
自身を救う勘定には入れず、大丈夫だと言い聞かせる姿は──献身。
鎧を纏い剣を振るう騎士ではなく、ボクの目には聖職者のように映っていた。
それが、罪悪感から来るものだと聞かされても。
高校二年生。奇しくもボクらと同い年のオールマイトは、師匠の志村奈々、グラントリノらとともにオール・フォー・ワンに戦いを挑んだ。それはもう、五十年以上前の話になるそうだ。
結果は敗北。オールマイトは単身アメリカへの逃走。
オールマイトのデビューの大災害は、帰国をオール・フォー・ワンに狙われた攻撃だったわけだ。
平和の象徴の称号を与えられたとき、オールマイトはどう思っただろうな。
日本を戦場にすることを、どう思っただろうな。
それも、今日で終わる。
半世紀もの戦いも、今日、どちらかが勝って終わる。
あ、世紀というか、世紀末の戦いかも。
負ければ、日本はオール・フォー・ワンに支配される。……勝っても《シルバーバレット》に支配されるけどな。
胸ポケットの上から《シルバーバレット》の感触を確かめる。実銃はなく、この状態では刺しても薬液は注射されないため、お守りのようなものだ。
『同乗者に告げます。エネルギー残量低下。停車いたします』
「ま、待て! まだ遠いって!」
焦り虚しく、丁寧な運転で路肩に停まった《エルクレス》。降りれば、骨組みとタイヤだけが残された、骸骨のような有様になっていた。
停車してすぐに、エンジン部分が轟音を上げながら飛んでいく。
一度ながぁいため息を吐いてから、大きく息を吸った。目測八百メートル。ボクの足では二分ほどだ。
死ぬ気で走れば間に合うだろうか。
「──乗れ」
背後からの声に、咄嗟に手を差し出す。地面を引き摺るように引っ張られた。
ステインの乗って来たグライダーのような機械にしがみつき、舌を噛まぬようにバランスを保つ。
「作戦は!?」
「そんなものはない。ただ、敵に刀を振り下ろすのみだ」
「ああそう!」
脳筋だがその分速い。天から降る眩い光の柱が消えるころには、最前列に辿り着いた。
《エルクレス》の外部装甲もなく、下半身はアーマーによって繋がれているだけなのか、ブースターの出力が崩れるたびに揺れているオールマイトの姿。
ナイトアイは、わからん、どこだ? 大声を出せば届くだろうか。
「行け!!」
叫びながら飛び降りて、地面をごろごろと転がった。痛みはあるがさて置こう。
削いだ鼻を鳴らすステインはビルの隙間を縫うように飛び上がり、急降下する。個性でも使ったのか、動きの鈍くなった青年の背中を斬りつけた。
あいつ、なんで光ってるんだろう。顔も見えぬほどに光るオール・フォー・ワンに、近づいていく。
「──ここで来るのか、策束業……」
気付くの早いって。身だしなみも整えていないというのに。
オール・フォー・ワンの言葉でオールマイトもボクの存在に気付いたのか、こちらを見たのが分かった。
「一撃、耐えます──なんてね」
オールマイトは慌てたように止めようとするが、それには及ばない。アーマーの出力が失われたのか、背後ではオールマイトが地に落ちる音が聞こえた。
ああ、これなら、【お前】はボクの心を読むだろう。
「ステインもありがとう。その刀はどうぞご自由に」
代々伝わる家宝なんだから大切にしてくれ。蜻蛉切りと同じ刀鍛冶なんだぜ? トンボは切ったことないけどな。
「こっちを向けよ」
攻撃的なオール・フォー・ワンの威嚇。なんか性格変わってないか? 観察しようと視線を向けたが、眩しくて目を細めなければならない。
本当になんで光ってんだコイツ。
「ナイトアイ! 聞こえてますか! つぎこんな機会があったら! 情報はたくさん落としてくださいね!」
ステインの足場の飛行機もっと早く手配できてたのに。あれあれば長距離移動簡単だったろ。もっと作戦立てられただろ。
しかし、つぎか。つぎはないよな。自分で言って笑いそうになってしまった。
一撃どころか掠って死ぬわ。はぁー、耳郎と最後の晩餐食べたかったー。
「心の中では僕のことしか考えてないくせに」
きめぇよ! もう! ナイトアイと良い緑谷と良い、オールマイトの熱烈フォロワーなんでみんなこんな癖が強いんだよ!
「つれないこと言うなよ、僕とキミとの仲じゃあないか」
ボクとあんたとの仲ぁ? まあなんとなくは察してるけど、あれだろ、あんた誘拐されたとき来ただろ。
「そうそう、僕は命の恩人なんだ」
ああそうありがとう、とても嬉しいよ。スターめ、余計な記憶を取り戻させてくれた。正気に戻してくれやがった……。
だけど一つ疑問も残る。ボクの個性をコイツがいつ盗ったのかってことだ。まあいまはそんなこと気にする必要ないんだけどさ
「教えてあげようか」
本当? お優しいことで。余裕かな? それとも回復に時間がかかってる? 巻き戻し結構つらいもんな。わかるぜ。
目的は時間稼ぎなんだ。聞いてやるよ。
「キミは、八百万百の代替品だったんだ。《創造》、欲しいだろう?」
欲しいだろうが、脳筋のあんたには無理だろ、楽しくお話しながら戦いたいなら使えないぜ。《ハイスペック》でも持ってるのか?
いや、そもそも代替ってなんだ? ボクの個性がヤオモモの代わりに奪われた?
「だけど【あのとき】、あの新生児室で、キミの個性はすでに発現していたんだ」
おいおい……殻木の病院のどっかでボクとヤオモモが産まれたってのか?
「そうだよ。シーツと枕に埋もれるキミは、僕がいなければ死んでいたんだぜ?」
大人ですら栄養失調で倒れる《複製》が赤ん坊の頃から……? なんだよ、ちゃんと命の恩人じゃあないか。
まったく……救われないねぇ。
「二度も命を救った僕に逆らうなんて、恩知らずも極まっているね」
教育が良かったものでね。
個人の感情よりも、大義が重要なこともあるのさ
「それなのに、エンデヴァーとの戦いでも邪魔するなんて」
なに? どこで戦ってたのかすら知らなかったんだけど。
「ああ、そうか、この泣き声はキミの個性か」
おーい、聞こえてますかー?
言葉と思考の速度の違いか、会話が妙に噛み合わないな。
「いやいやこっちの話さ。さて、それじゃあキミたちを殺して先に進むよ。プルスウルトラってやつさ」
うははは、面白れぇー。
目的より感情が優先されてやがる。
ま、そうだよな、最後くらい感情を大切にしたって良いよなぁ。
オール・フォー・ワン──本当に、【ありがとう】。
「──は?」
ありがとう、嬉しいんだ。あなたに会えて。あなたがしたことも。
全部、全部だよ。
世界を壊してくれてありがとう。
個性を奪ってくれてありがとう。
命を救ってくれてありがとう。
青山に個性を与えてくれてありがとう。おかげで彼と出会えた。無個性として彼の友だちに成れた。嬉しいなぁ。
絶望的に強くてありがとう。あなたが強いから計画が上手く行く。死柄木じゃこうは進まなかった。
計画知りたい? 読んでるよな?
簡単だよ、ここであんたを倒して《シルバーバレット》を売りまくる。日本は個性社会における完全なイニチアチブを手に入れた。ワクチンは治崎が作り方を教えてくれた。壊理ちゃんの血が必要だけど、まあ年に一、二回の献血なら許してくれるよな。知ってる? 彼女将来は医療ヒーローに成りたいんだって。あははははは、絶対成れるよなぁ。
「つまんないことを言うね。気でも狂ったのかな?」
いやいや、気が狂ってるのはあなたのほうさ。
組織を裏から操ってふんぞり返ってくれれば【こう】はならなかった。
顔を見せた。悪が形になった。
あなたを倒せば、悪のナンバーワンって席が空く。
あはははは! あなたは間違えたんだ! 戦いの果て、自身が魔王になる道を望んだ! 死柄木に【託そう】としているんだ! まだわからないのかオール・フォー・ワン!
あなたは離れ時を誤った。
あなたは死に時を失った。
素直に死柄木を魔王にしていれば良かったのに! 座る順番を創り出してしまった!
まだわからないのか?
本当にわからないつもりか?
いや、いやいや、わかってる。あなたはわかってるはずだ。
ここで負ければあなたはすべて失う。
全部──ぜぇんぶ、ボクが奪う。
「キミはっ、ここでっ、死ぬんだよ!」
そうだろうとも。死ぬだろうとも。
だけど無駄だよ。
一度でも座れれば良い。
世界はどう思うだろうね!
日本を破壊したヴィランと、世界を破壊したボク!
どちらを恐れる? どちらを畏れる!?
「ならキミの会社を乗っ取るとしよう! 策束家も! それに付随するなにもかも! 《シルバーバレット》? そんなものがなんになる! 僕が個性を与える! 世界を壊したのは僕だ!!」
あー……わかってない。わかってないんだ。そりゃあそうだ、神さまに人間の事情を知れというのも酷だ。そうだろう?
無個性が暴力で死ぬなんて当たり前なんだよ。
だけど《シルバーバレット》はボクの商品だ。ボクの名前が付随する!
【策束業】という人権を無視した悪逆非道な【魔王】が! ここにいるんだ!
ヒーロー? ヴィラン? あはははは!
あなたが穴倉で隠れている間に、暴力で解決できる段階なんて通り過ぎてるのさ!
──すべてボクのものだ。
あなたが壊したものすべて、ボクのものになる。
どうだい個性の王さま、あははは! 無個性に時間を奪われた気分は!
あなたの未来は、すべてボクのものだ!
「あ、そっか」
歩み寄ってくるオール・フォー・ワン。どうしようもなく恐ろしい。同時にあまりの情けなさに涙が溢れそうになる。さて、どんな殺され方をするのだろうか。
二分ほどは稼げたかな?
「個性を返そう」
おっと……予想外だ。
◇ ◇ ◇ ◇
──赤ん坊が嗤っている。
うるさくて、煩わしくて、黙らせなければいけなくて、右手を伸ばす。
個性がまるで意志を持つように僕のことを止めようとしている。
それはあまりにも滑稽だ。笑う気にもなれはしない。
だから、返してやろう。
どうせこの身体にはもう必要のない個性だ。お前の身体を使って、僕がどれほど人類を救済できるか教えてやろう。
僕のことをわかったつもりか、無個性の猿が。
いまからでも人類を再教育してやろう。
だって世界は、僕の手中にあるんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
──その手が、地に落ちる。
策束業へと伸ばしていたオール・フォー・ワンの右手が、肘から消えた。
「なっ!?」
慌てて策束の心を読み、不発。
その瞬間、策束は自身の命を奪う腕が無くなったことすら理解せず、最後の思い出としてカレーの味を脳内で再現している最中だった。
(ナイトアイでも、ステインでも──ない!)
オールマイトではありえない。
彼はもう限界であり、彼の武装は限界を超えるわけがない。
オール・フォー・ワンの失策は、耳と個性で探ったことだった。
ただ上を見れば済んだ話だった。反応が、決定的に遅れる。
空を舞う新たなヒーロー。
空気の刃で魔王を切り裂いたそのヒーローの名前は──。
「『私は!! 強い!!』」
(あり、えない──)
着地よりも早い拳がオール・フォー・ワンの顔面に突き刺さり、身体を破壊しながら吹き飛ばした。
策束はそのヒーローの姿を見ることなく、衝撃波で吹き飛ばされた。後方で待機していたナイトアイに掴まれ痛みに喘ぐ。
慌てたのはオールマイトも同じだった。
彼も策束も【彼女】の参戦には否定的な立場であり、政府を通して断っていたからだ。
アメリカのナンバーワンヒーロー──スターアンドストライプが大口を開けて笑った。
「もう大丈夫!! なぜって!? 私が来た!!」
「キャシー!? なぜここに!」
オールマイトが質問を投げかけるために大声を出すと同時に、大量に吐血した。
「愚問だなマスター。あなたが困ってる、二の足を踏む理由がどこにある?」
「だ、だが!──いや! ありがとう! ヒーロー!」
オールマイトの言葉に、スターの髪型が頭上に伸びる。ちらちらとヴィランから視線を切りながら、照れるようにオールマイトを気遣う様子を見せた。
実際、オールマイトもアーマーも《エルクレス》も限界を迎え、身体はすでに限界の向こう側にあるという自覚がある。それはナイトアイも似たようなもの。いまもし策束になにか起こった場合でも、オールマイトは指一本すらオール・フォー・ワンに歯向かえなかっただろう。
戦いは、もう任せることしかできない。
「困る、困るなぁスター! キミの分の椅子は用意してないんだよねぇ!」
「必要ないさ! 私の椅子はお兄ちゃんたちだ!」
煙の中からスターを狙う黒い糸──鋲突が伸びる。見せ札だろうとスターは鼻で笑った。地中からも狙われている。
「切り札を使うまでもないな。ずいぶんと肩透かしだ」
太平洋に配備された空母には、ティアマトと呼ばれる極超音速大陸間巡行ミサイルが搭載してある。日本へミサイルを撃ち込むことになるため、その扱いはスターの来日よりも気を付けなければならなかった。
もしもの場合は使う許可があったものの……これでは。
──その舐めた思考は、オール・フォー・ワンの怒りに触れ続けている。
「勘違いするなよ。僕はお前を嫌がったんじゃあない。《ワン・フォー・オール》との共闘が面倒臭かっただけだ。……だが死柄木が完成したいま、キミがいるのは都合が良いくらいさ」
「キャンキャンうるさいぞ! 負け犬!」
スターが大地を踏み鳴らすと、割れた地面から潰された触手のようなものが飛び出してきた。軽い裏拳で、払うように吹き飛ばす。
「《新秩序》は欲しいが、コレクション用にだよ。すまないねぇスター。キミの価値はその程度さ」
「ヒーローを個性でしか判断できないから、お前はその程度なんだよ」
「舐めるなよ、小娘が」
「馬ァ鹿」
オールマイトを苦戦させた顔のある触手を難なく避けるスター。彼女は地面を蹴って高く跳んだ。
スターの一撃を受け、薬の効果で《巻き戻し》され続けているヴィランは、すでに子どもだ。まさか四十を過ぎてそのような見た目の子どもに小娘扱いされるとは思わず、気を抜いて冗談を受け流す。
魔王の挑発は、まさに鼻で笑える程度の冗談でしかなかった。
スターにとってヴィランとは殴り倒す存在であって、言い争いなど児戯だ。
口撃? 暇つぶしにはちょうどいい。
そら、もっと囀ってくれ。
オール・フォー・ワンは舌打ちを我慢して押し黙る。
スターの存在は予想外だった。
彼が仕込んだ内通者は青山一家や避難所だけではない。議員や政務官にも一派を置いている。それらは使い捨ての駒としてではなく、のちの政府の基盤となる存在であり、情報も正確だ。
そのため各国と関わる救援要請も把握している。スターどころかアメリカへの救援も日本は行わなかった。
三十八日の、それも決戦の日を狙ってスターを呼び寄せる。
だれにも知られることなくそんなことができるのは──
策束業、否。心を読んだ。
オールマイト、否。
ナイトアイ、否。
ステイン、有り得ない。
ラブラバは最有力だが、だとすればスケプティックがなにかしらの反応を示す。
(何者だ)
寸前まで、計画通りだった。
もう一人のオール・フォー・ワンは《ワン・フォー・オール》と戦っている。絶望するオールマイトも見られた。策束業がなにをしようとも関係がない。
(僕の感情も成長した。弔の感情を貪り食うほどに! 【譲渡】を行えば! 僕の勝ちだ!)
策束業が信じているのは勝利だ。勝利したあとのことしか考えていない。ヴィランが勝利すれば《シルバーバレット》は廃棄処分されるかもしれないが、作り方はわかっている。オーバーホールの思考を読み取り、治崎壊理から個性を奪って、個性を《複製》すれば──。
『誰もついてこないっスね、あんたの物語には──』
(黙れホークス……。付いてこないんじゃない。置いてきたんだ! 誰も、ついてこられないから!)
スターの頬に傷がつき、コスチュームはそこかしこが解れて血がにじんでいる。それを見てオール・フォー・ワンは大口を開けて笑った。
「ほら!! 遅い!!」
「むかしピアス開けようとしたんだけど針が途中で止まってね。もっと血が出たよ」
「耳を削いでやる!!」
「ベロピの話だよ! おじいちゃん!」
ヴィランよりも大きく口を開け、長い舌を見せびらかすスター。挑発にも見えるその顔で、彼女は攻撃を与えていた。
大気が揺らいだのも束の間、オール・フォー・ワンは雲の上にいた。
(掴まれて、持ち上げられた……。だが、ずいぶんと高い。角度をつけて落ちれば、最速だな。失策を聞かせてあげられないのが悲しいぜスター)
陽炎のように揺らめく大気の形を見る。本来目に映るものではないが、彼の目には女性のような形をした透明のかたまりが映っていた。
「《空気を押し出す》」
胴にあたる部分が霧散し、四肢や頭が崩れていく。
どれだけ押し固めた存在であろうとも、空気であることには変わりがない。
(どのようなモブ個性でも、使い道があるのさ)
【五年前】に、彼はそれを学んでいた。
(いま行くよ、弔──)
遠くで、彼が振り向いたのが分かった。どうやら彼も理解してくれたらしい。
《ワン・フォー・オール》は、僕のものだと。
スターと、彼女を守る戦闘機が立ちふさがる。
オール・フォー・ワンは、嗤っていた。
自身すら知らぬ自身の限界。それを超えた力を、いま、見せてやろう。
「全因解放──」
大気が【割れる】。
まるで赤い満月のように、地上を照らす巨大な塊。
欲望のままに集めた個性因子が、形となって顕現する。
「すべては、一つの目的のために」
どれほど個性因子を集めても無駄だった。
どれほど人を支配しても意味がなかった。
(いま行くよ。与一)
幾機もの戦闘機からレーザーが射出され、直撃することなく集光していく。それらは空中で一本の槍へと変貌した。
その槍を握り締める巨人を見て、もう一度嗤う。
「押し通る」
巨大な個性因子の塊が、弾丸のように放たれた。
レーザーの槍に迎撃され真正面の中心を射抜かれても、止まることはなかった。
嗤い声が空から降り注ぐ。
それを阻むは、一組の師弟。
アメリカのナンバーワンヒーロー、スターアンドストライプ。
そして、日本のナンバーワンヒーロー、オールマイト。
「『八木俊典』は!! 『オールマイト』だ!!」
スター──キャスリーン・ベイトの個性《新秩序》には、限界がある。とくに生命に対するパワー強化の程度には、どのようなルールを付与しても【壁】を超えることはない。機械が限界を超えぬように、彼女の個性にも目に見えて限界があった。
おまけにいまは『オールマイト』などという曖昧な定義付けを行ってしまった。
筋肉質に成れば良し。金髪になって顔の彫りが深くなる程度だとしても驚かない。
「はーっはっはっはっはっはっは!!」
それなのに、どうして、こんなに──。
「もう大丈夫! なぜって?」
彼は何度でも、世界の壁をぶち壊す。
「私が! 来た!!」
師弟揃って、拳を構える。
「「ダブルデトロイト──スマッシュ!!」」
オール・フォー・ワンは放たれた拳をそれぞれ両手で抑え込む。鋼よりも硬いはずのその両手は大きくへしゃげ、巨体も空中で動きを止めた。
だが、まだエネルギーは残っている。
何度止められても、意味など──。
(また! 来る!)
膨大な個性因子を防御に送ろうとして、失敗。
巨体の遅さは致命的な隙だった。
──目の前にある危機を全力で乗り越え、
──人々を、全力で助ける。
──それこそが、ヒーロー。
信念だけが、そこにはあった。
限界を考えるなんて、贅沢だ。
「さらに!!」
「向こうへ!!」
プルスウルトラ。
その言葉に、ヴィランの夢は砕け散った。
◇ ◇ ◇ ◇
スターの【足跡】で更地になってしまった中心で、【赤ん坊】を眺める。
「これが……オール・フォー・ワン?」
「ああ、間違いない。……間違いないよねキャシー?」
オールマイトの質問に、スターは恍惚の笑みを浮かべているだけだった。下半身を壊されたオールマイトをお姫さま抱っこして気分が良いらしい。
ナイトアイは……ダメか。
彼も瀕死の域だからな。覚醒と失神を繰り返している。ステインは爪を食むようにスターとオールマイトを眺めている。ベロスは……どこ行っただろうか、生きていれば良いけど。
さぁて、どうすりゃあ良いんだこの赤ん坊。育てる? いやいやいや、恐ろしすぎるわ。
「ところでキャシーはなぜここに? 助かったけど、戦争のど真ん中だよ?」
「呼ばれてね。個人的に」
にやりとボクを見やるスター。オールマイトから意外そうな視線を向けられるが、無実である。なにも連絡はしていない。
「愛だよ、愛」
それはオールマイトに言ってくれ。
ともあれ、答えてくれる気はなさそうだ。ボクでもオールマイトでもないとなると、さすがにナイトアイだよな。
オールマイトへの愛はスターやステインにも負けてないだろうし。
「まあ、良いですけどね。問題は──」
ハイハイするガンギマリの赤ん坊だ。
ステインやスターならデコピンで殺せるだろう。ボクだって石とか使えば殺せるさ。
いや、だけど、倫理的に……無理かなぁ。
個性を失い、肉体を失っているからこそ、ボクらは攻撃などできやしない。
ステインに指示を出すってのもあれだし、ステインが殺すのを待つってのもあれだし……。しかたない、口撃に限るか。
「オール・フォー・ワン。ちょっと話せるかな?」
うわこわ! こっち向いた!! こわい!! ホラー映画の赤ん坊だってこれ!
「アー!!」
あー……話せないらしい。
声帯も出来上がっていない時期まで戻ったのだろう。なにかを叫んだ。
惨めとは思わないさ。あんたは強かった。
心を読めていたとしても、もう無意味だろう。個人的に、もうすこしお礼を言いたかったが……なんて、悪趣味なことはやめようか。
感謝しているのは本当だが、お前がいなければもっと世界は幸せだった。
「ホギャアー!!」
こちらにハイハイ攻撃を繰り出す魔王に、ボクは同情などしない。
彼はやり遂げたんだ。世界を、壊してしまった。
もう、昨日までの世界には戻れない。
「まあなんだ、ボクがあんたと話した──ぎっ!?」
「策束少年!」
赤ん坊の口から飛び出した管が、ボクに刺さっていた。
喉から溢れ出る血を抑えようとして、首を貫通している槍の先端で指先をひっかいた。
──憎い!!
そんな声が、聞こえた気がした。
次回、最終回。