完結おめでとうございます。
本当にありがとうございました。
後日談は4話となります。
──喉が渇いた。
うだるような暑さのせいかもしれないし、水分補給のタイミングをミスったせいかもしれない。
そう考えた男は、緊張で指先まで冷え切っていることは自覚していなかった。
チャイニーズマフィアである彼は、その組織では中くらいの立ち位置だった。荒事にも生意気な新人の扱いにも慣れてきた頃合いで、ポストさえ空けば自身の名前が入った組織をもらえる。その程度にはどっぷりと裏家業に染まっていた悪党だった。
「良いか、テメェは絶対になにも言うなよ」
「わかってるけど……兄貴よぉ」
「情けねぇ声出すんじゃねぇ」
血のつながったじつの兄ではなく、マンホールチルドレン時代から慕っていた頼れる兄貴分である上司だ。彼は顔を真っ青にして目の前の扉を睨みつけていた。
その扉の先にいる面々は、チャイニーズマフィアを束ねる幹部たちだ。顔を見たとしてもだれがどこを仕切っているかなど理解もできない殿上人たち。
なぜ自分たちが呼ばれたかすら彼らは理解していない。下手を打ったか、責任を押し付けられるかの二択だと、なんとなく察していた。
超常黎明期以来、マフィアをはじめ裏家業の組織拡大は有史以来最速であり、その失速も早かった。
単純な話で、個性の恩恵を受けたのはチャイニーズマフィアだけではなかったということだ。各国の裏の組織が利益を求め拡大し、互いに衝突し消費されていく。
面白いことにそれらを抑えたのは個性を操る軍隊でも、民間のヒーローの存在でもない。
伝説の支配者、オール・フォー・ワン。
彼は暴れ馬を御するように魔王として君臨していた──という伝説の法螺話だと思っていた。
裏社会を纏め上げて、本人は表舞台どころか裏舞台にも姿を見せることがない。抗争による体力の低下を恐れた日和見する老人たちの言い訳だと噂されていたからだ。
ところが半年前、日本でその名前が使われた。
偽物だと思う。
彼らの噂話は超常黎明期からまことしやかに囁かれている世迷言なのだから。
「入って。ええと……シンチン」
扉を開けたのは美しい女性。だが、その立ち振る舞いだけで一般人やゴロツキとは一線を画す相手だと理解できた。すくなくとも、町で見かけたらすぐにその場を離れている。そのような印象を覚え、気を引き締め直す。
兄の怯える表情を盗み見しつつ、二人は部屋に入った。
「ひっ」
部屋に入って一歩。扉も閉まらぬ間に怯えて逃げ出しそうになった。
背中に入れ墨を掘られたヤクザ者が数人、壁に向かって膝をついていた。若い者はおらず、その全員が老人や中年過ぎである。
どう考えても、この部屋の主たちだろう。
日本での内戦騒動以降、この中国でも大きな変革が起きた。
日和見をしていたはずの老人たちは、口から泡を飛ばして混乱を起こせと指示を出した。
他国も似たようなもので、それぞれの国で活動している黒社会の者たちはマネーロンダリングのようなホワイトカラーの仕事を離れ、刀や銃や個性を使った直接的な破壊行動を行っていくことになる。
本能のままに個性を使って暴れるのは、非常に気持ちが良かった。
解放──その言葉が妙に合う。
だからこそ日本の戦争が治まり、自国のヒーローや軍が活気を取り戻してしまったことは非常に窮屈だった。
だがこの部屋では、その指示を出していたマフィアのボスたちすら、許されているのは膝を折って手を挙げ続けるあの空間だけ。
男の呼吸が、狭く細くなっていく。
この部屋を支配しているのは、目の前に座る新たな魔王なのだと理解した。
「ナガン、閉めて良いよ」
「ああ、さっさと進みな」
隣に立っていた女性に尻を蹴とばされ、みっともなく四つん這いになって転倒を回避する。
扉が閉まる音と、流暢な中国語が耳に響いてきた。
「ご足労ありがとうございます。今日は面談でね、そう緊張しなくて良いですよ」
気さくな声が、頭上から響いてきた。立ち上がるタイミングを失っていると、背後から無理矢理起こされる。さきほどの女性だった。八十キロを優に越す成人男性を腕力だけで起き上がらせた女性は、『面談』なる言葉を使った少年へと歩み寄る。
本来であればこの支部のボスが座る席に腰かける少年。
見覚えがあるどころではない。
現代の魔王。死の商人。人権差別主義者。悪の発明王。
最悪のヴィラン、フェイカー。
「面談というのは……なんの……」
「マフィアって邪魔なんですよねー。無駄に向上心があるし、かと言って立派な思想があるわけじゃあない。なので管理したいと思っていまして」
そう宣うフェイカーは、慣れた手つきで机の上の細巻を咥える。さきほどの女性が火でも付けるのかと思ったが──そのまま食った。
クッキーでも食べるかのように咀嚼していくフェイカー。
どんな個性があるのか、一般人なら一口でお陀仏だ。
「いま、どのくらいの給金で働いてます? その金額より上乗せするし、待遇も良くなりますので、どうか私の手足として働いてもらえないかなぁと」
「黙れ!!」
拒絶したのは男たちではなく、壁際で動きを封じられているボスの一人だった。
「お前はオール・フォー・ワンの恐ろしさを知らない! 我々がお前のような小僧に従うわけがない!」
「……と、まあ、あなた方の上司はこの調子なんですよね。死んだ人間に忠義を尽くしていらっしゃるわけだ」
フェイカーは怒鳴り返すこともなく、呑気に二本目の細巻を手に取っていた。「実際に一度死んだ扱いされてるからねー」と日本語で呟いたが、それらがマフィアたちに伝わることはなかった。
「オール・フォー・ワンは死にました。ですから、彼らに影響された者たちがマフィアや警察組織の上層部にいるのは都合が悪いんですよ。かといってあなたたちを全員殺すのも後味が悪い」
後味。
その程度が自身たちの命の価値なのかと思う。フェイカーの気分が悪くなるから殺さないと、情けを掛けられている。
いっそここで殺されてもこのフェイカーだけ殺せれば──喉元に、ナイフの刃が添えられていた。
「トガ、離してあげなさい」
「惜しいですねー。あとちょっと踏み出せばカアイクなれたのに」
セーラー服を着た少女が意気消沈した男の隣を歩き、フェイカーの隣に立つ。彼は美女二人を侍らせているのに、鼻の下を伸ばす様子もなかった。
「あとでお説教」
「助けてあげたんですから、いつものご褒美が欲しいくらいですよ」
「得な性格してるなぁ」
フェイカーは服の上から二の腕を擦り、視線を男二人に戻した。
「さて、私の命を狙うのはあなたたちだけではなく、マフィア、ヴィラン、ヒーロー、ヴィジランテ、政府、軍隊、警察……と、まぁなかなかですよね。申し訳ないですが、あと何人か護衛を控えさせています。続けますか?」
二人は、もはや戦意を失って膝をついていた。
従順の意を汲み取り、フェイカーも笑顔で対応する。彼らの前で膝をつき、葉巻を二本、ライターで炙っている。
匂いはフェイカーが咥えていた細巻よりも薫り高く、男たちが普段吸っている粗悪品の煙草とは雲泥の差だ。
「今後、組織を仕切る側にお二人は立っていただきます。私の意志には従ってください。ああそれと、自分を安く売らぬよう、お気をつけくださいね」
男たちは小刻みに首を縦に振り、一縷の望みを賭けていたマフィアのボスたちは政府へ引き渡されることになった。
◇ ◇ ◇ ◇
二本目のシナモンスティックを食べ、目の前で騒ぎ立てる連中を見やる。
「トガちゃん! 危ないことしちゃダメでしょう?」
「えへへ、ごめんなさいレディ・ナガン」
「おい、ナガン! 俺の服どこやった!」
「あんたのママじゃないんだから知るわけないだろー」
あーあーうるさーい。
マフィアのボス連中に紛れさせていた治崎が、苛立った様子で自身のシャツを探している。面接もようやく終わったからなー。あー疲れた。
おまけにこの街にはべつのマフィアもあるからなー……。潰すべきか引き込むべきか。
さて、オレたちカルマ組はただいま世直しの真っ最中で、世界各国を平和に導こうとしている。
──と言いたいところだけど、実際はマフィアを武力によって傘下にしている最中だ。
先の戦争で、オール・フォー・ワンが各国の裏社会に指示を出し、暴れた連中がいる。そいつらの掃討は、じつは終わったわけではない。沈静化しただけで、それ以上ヒーローも軍も踏み込んだりはしない。
窮鼠猫を噛む。追い詰めすぎるとゲリラ戦にならざるを得ないからな。
末端を潰さなければ組織の中枢に届かないが、末端を潰し続ければ市民に被害が及ぶ。守るべきものが多いヒーローにとっては最悪の二律背反だな。
日本でヤクザが衰退したのは、彼らの秩序を重んじる精神故の自壊に近い。ま、破れかぶれになられても困るし、当時はオールマイトもいたからな。……それとも、暴れるなという指示をオール・フォー・ワンから出されていたとか? ありえるなぁ。
「で、これからどうするんだ」
どこかから持ってきたジャケットだけを羽織る治崎。こいつイケメンすぎない? なんなの? モデルさんなの?
「差し当ってはここの上位連中を潰します。そちらは壊滅させましょう。問題はステインとトガに不殺を徹底できるかどうか……」
とくにステインは最強の手札だ。使えるのなら切らないという選択肢はほぼない。その臆病さで窃野たちが死ぬのは間違っている。
「私がどうしましたか?」
ナガンとカップルのように腕を組みトガが近寄って来た。陰口叩くには近すぎたかな。
「殺しはしないって話です」
「もちろんです! さっきも加減できました!」
ナガンから離れ、今度はオレにまとわりつくトガ。椅子の手すりに腰かけ、オレの右手を手に取った。いかん、興奮している。待て、ちょっと!
ナイフが袖に差し込まれ、布を引き裂いて腕を露出さられる。ついでのようにナイフでつけられた傷跡と、数日前につけられた歯形が見えた。
「んふふふー」
耳元で彼女が笑うと同時に、ナイフの傷痕を狙って噛みついてくる。尖った八重歯がさっくりと皮膚を割いた痛みが届いた。
暖かい唇と、傷をなぞる舌の感覚があり、顔をしかめてナガンと治崎から視線を外す。
「あはは、顔真っ赤よ、社長」
「い、痛いんですよ」
こう、トガが舌を動かすたびに息が漏れ、こう、湿った音がさぁ、耳にさぁ。
「と、というかトガも! 血なら冷蔵庫に入れて置いたでしょう!」
「ん……溢れ出るのがカアイイんです!」
なんか、なんかこう! センシティブだよね! 良くないよね!
「んー……」
トガが唇を離して、もごもごと舌を動かしている。放置された腕の傷口から血が溢れ、指まで流れて床に滴っていく。なんだ、飽きたのか。
「また増血剤飲みました?」
「飲んだよ! 抗生物質も飲んだよ!」
血のテイスティングなんてするんじゃねぇよ!
チウチウという音に集中しないように、慌てて治崎に声をかける。
「えっと……将棋しませんか」
ため息を一つ挟んで治崎が将棋の準備を始めてくれた。マグネット将棋だけどな。
ちなみにお願いではなく、命令だ。治崎だけはカルマ組でもオレの小間使いとして動いている。オレの命の代わりに切り捨てるなら真っ先に彼だ。個性の有用性など壊理ちゃんとの約束の前には塵以下だからな。
「堅実だな、相変わらず」
「治崎も駒組がお上手で。組長さんから?」
「ああ、そうだな」
「昔話って聞けたりします?」
「命令とあらば」
気難しい輩だなぁ。
しかも時期を特定しなければ話さないつもりらしい。お互いに囲いが完成したな、攻めるべきか守りを固めるべきか。ファイルに載っている程度のことは把握しているが、幼少期はどうだったのだろうか。しかし、堅実と挑発されたばかりだからな。乗ってやっても良いけど、カウンター受けたとき美濃囲いでは受け切れないかもしれない。
まあ、そこまで気負う必要はないか。困ったときは中央突破だ。
「なぜ、組長を寝たきりにさせたんですか?」
「……ヤクザの復権には金が必要だった。壊理の身体を俺が確保している以上、《シルバーバレット》とそのワクチンの販売権は、俺たちが独占したも同然だからな」
「あ、それも聞きたかったんですよね。なんで金持ちの病気を治して歩かなかったんですか? その個性があれば金なんていくらでも稼ぎ放題でしたでしょうに」
「……どっちから聞きたいんだ」
話の腰を折ってしまったか。こちらが歩を進めても守りを固める治崎。堅牢になっていくが、歩はオレのものだ。
「親父は、壊理を切り刻む俺の行為を良しとしなかった。実孫ってのもあるが、それ以上に、俺が人の道を踏み外すのが許せなかったんだろうな」
「その優しさが邪魔だったと」
「いや、楽をしたかった。順番を省いただけだ」
おや、意外な言葉だ。聞き耳を立てていたトガも顔を上げたらしい。
「親父が反対したとき、理論立てて説明したはずだった。でも親父は任侠を重んじていた。そのせいで説得しきれなかった。そのせいで俺に組から抜けろとまで……」
任侠を重んじないヤクザなどチンピラに過ぎないということか。治崎はまさにヴィランだったからな。
「金持ちの件もそうだ。個性で金持ちに媚びを売るなんてヤクザのやることじゃねぇとさ」
「ギブアンドテイクだとは思いますけどね。組長さんからすれば怪我も病気も天命っていうことでしょうか」
桂馬が跳ねるぞ、飛車じゃあ太刀打ちできないな。さて、どこから切り崩すべきか。
「親父の息子さんはヤクザにはならなかった。嫌われていたとも聞いたことがある」
「身内にヤクザではヒーローにも成れませんからね」
「あら、ならラッキーじゃないか。ヒーローなんざクソだからね」
「賛成でーす!」
ナガンとトガの茶々に、治崎は鼻で笑って駒を進めた。
「同感だな。居心地が良いぜ」
「いや、あの……まあ良いですけど」
ナガンだけは偏見無しでヒーローアンチだからな、取り付く島もない。
将棋のほうもさっそく美濃が崩されそうだ。やるなぁ治崎。
「ふぅ」
満足気なため息が耳たぶに当たった。トガは丁寧に傷口を拭いて、ついでに大きな絆創膏を貼ってくれている。
「トガちゃんは優しいな」
「へへへへ、おだててもなにも出ませんよぉレディ・ナガン」
「あのね、ナガン。この傷はトガが──なんでもないです」
さ、さぁて、敵陣の右翼はずいぶん崩せた。そろそろ決着かなー。
「膠着してますね。ショーギって面白いんですか?」
「そう見えるよな。ねぇ治崎? 膠着しているんですって」
「ちっ」
こちらが一歩成金を進めるごとに、治崎の眉間のしわが深くなっていく。次の一手もずいぶんとかかるようだ。
破れかぶれで置かれた歩を捨て置いて、包囲網を完成させる。お遊び将棋で穴熊はちょっと硬すぎたな、丸焼きだぜー。
「……お腹が空きました!」
血ぃ散々吸っただろお前!
笑顔のトガをナガンが連れ添って室外へ向かう。
治崎の手は完全に止まったな、オレの番になれば十六手詰みだ。久々にこんな上手い将棋しちまったぜー。
「あのヴィラン連合とはいつまでつるむつもりだ」
「オレはべつに、もう彼女やコンプレスがどれだけ人を殺していたとしても、その罪を問うつもりはありませんよ。理由はあなたが一番わかるでしょう?」
自身の敬愛する父親を個性で昏睡状態にした治崎。彼は個性破壊弾を使ってヤクザの復権を狙っていた。
それがどれほど人の道を外れた行為だったのか、組長さんには──壊理ちゃんのおじいさんには良く理解できていただろう。
ヴィラン連合が行った非道行為など、《シルバーバレット》を世に送り出したオレの罪に比べれば可愛らしいものだ。
非道だ外道だと指を差すなよ。畜生道でも地獄道でも喜んで歩いてみせるのだから。
「トガヒミコの罪などどうでも良いんですけど、あなたは壊理ちゃんとの約束がありますからね。解放するのは壊理ちゃんの死後、ということで」
鼻を鳴らす治崎。だがまだ次の手は考えられていないらしい。しかたないなぁ。
「治崎以外には金銭を発生させていますからね、裏切るのなら殺すまでです。殺人鬼を世に放つ趣味はありません」
「俺が裏切ったら」
「組長さんを殺します」
「──ヴィランだな」
失敬だな、個性は使っていないのに。
それに殺すってのも口からのでまかせだ。多少強いボスとして振る舞っておかないとな。治崎が裏切った場合はこちとら拳銃自殺だ。お前みたいなやばいヤツの個性を消せるのなら、命の代償としてはコスパが良い。
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
「傷、治さなくて良いのか」
毎日毎日、トガはなにかと理由をつけて直接血を吸ってくる。今日は歯だったが、ナイフだったり傷が深かったりする場合もあって、上半身はこの数か月でボロボロだ。
だが、結局一度も《オーバーホール》してもらっていない。
理由は……わからない。
たぶん、だけど……トガが傷痕を見て驚いていたからだと思う。
彼女は同じ傷口から血を吸うことはせず、真新しい傷口から溢れる血が好きなんだろうと推察していた。それと同時に、彼女は傷跡だらけの肌に興奮していることも察している。
べつにトガを満足させたいわけじゃあない。だが、すこしは人の役に立てることが嬉しかったのかもしれない。
「その質問に答える前に、そろそろ次の一手をいただけませんかね? 来週の準備もいたしませんと」
「来週? なにも聞いてねぇぞ」
「オレもさっき連絡もらったんですよ。雄英、三か月遅れの卒業式やるんですって」
盤から視線を外し、携帯端末を取り出す。根津校長から届いた連絡は、出席の有無を確認するためのものだった。
「行くのか」
「まさか」
フェイカーはいまや世界中の政府から狙われる国際犯罪者だ。
どこの国も《シルバーバレット》の利権は欲しいからな。いくらデトネラットとの関わりを無くしたように装っても、オレを捕まえればチャンスが生まれることは理解しているだろう。
それに加え、日本ではオレが犯罪者として捕まることはない──とも言い切れないのが現状だ。トガやコンプレスを引き連れていることも印象は良くないはずだが、それは置いといて。
いまやフェイカーは、オール・フォー・ワンの縄張りを我が物にするために裏社会を支配しようとする一大勢力になりつつあるのだ。
チャイニーズマフィアの支配率はおおよそ五割を超えた。《シルバーバレット》欲しさに媚びる政府や軍も多い。
決戦からたったひと月でカルマ組の傘下は一億人を超えている──ように見える。
実際、オレがスターやオールマイトのようなヒーローに襲われてその一億人が助けてくれるかと言えば、そんなことはあり得ない。
繰り返すが、オレの行動はオール・フォー・ワンの縄張りを食い荒らしているに過ぎないのだ。
ここで手を抜けば、裏社会は新たな支配者の台頭を許してしまう。
すくなくとも、《シルバーバレット》が不要とされるまでは、この平和を維持したいと思っている。
「治崎、オレはね、象徴なんですよ」
正義でも、平和でも、守護でも、なんでもない。
「恐怖の象徴、フェイカーなんです」
「くだらねぇ」
覚悟を一蹴される。その治崎が持ち駒の銀を最前線に送り込んできた。王手だが……狙いはなんだ?
「成りたいやつにやらせりゃ良いじゃねぇか、どうせ世界ではどこかでいまも人が死んでるんだ。それを背負う気か?」
「友だちの前で、背負う覚悟を決めたんですよ」
そんなの一人の人間に背負えるのか、背負わせてもらえるのかなど知らん。叩きの歩……治崎の狙いも……わからない……。角で追加の王手を掛けられたが、詰ませるには治崎の持ち駒が全然足りな──……あ。
「上ばかり見てると、足元掬われるぞ」
治崎が竜馬を引き、詰めに使う予定の銀をかっさらっていく。
おまけにその馬が睨みを効かして、さきほど考えていた詰み将棋は総崩れとなってしまう。この状態から穴熊崩さなきゃあならんのか。さすがに堅すぎるよぉ。
しかたない。最終奥義だ。
一つ咳払いを挟んで、治崎に質問を行う。
「そろそろお腹が空きましたよね? なに食べたいです?」
治崎は両の掌を振って、お遊びを終わらせた。