「お久しぶりですイレイザーヘッド。卒業式は恙なく?」
長い、ながぁいため息が通話口から零れてきた。ひどく珍しいだみ声が聞こえてくる。
『だぁー! 山田! 録音しろ! 逆探知!』
「ええと、逆探知はハワイの中継地で止まると思いますよ」
『どこにいる。つーかなんで卒業式のこと……いや、知ってるか』
オレに情報を送ったのは根津校長の独断? 意図が読めないが、考えさせるのが一つの手かもしれない。《ハイスペック》には逆立ちしても勝てそうにないからなぁ。
「知り合いが多いですからね。あといまは中国です。なんと光る赤子の聖地ですよ。写真送りますか?」
『──青山が、雄英を立った。一週間前だ』
もちろん知っている。
たった独りで生きてきたヒーローなのだ。どこだって、彼は青山優雅として生きていけるだろう。
「かっけぇっスね、青山」
『……ああ』
「でも話題の変え方が下手すぎません? 会話を引き延ばすにしろ、もっと交渉上手い人に代わったほうが良いですよ」
『オールマイト先生、お電話です』
「いや一番ダメですって!」
『冗談だ』
ん? え? ちょ!? 冗談言うのこの人!? すげー!!
『おい……お前いまどこにいる』
「え、なんですかいきなり。中国の軽慶市ですが──」
『ハワイからスリランカに一瞬で移動したことになってるぞ』
仕様です。あと観光したときの写真は添付いたしました。
『……トガヒミコだと』
「おや、初耳でしたか? すみません、そちらを出立するときはドタバタしていたものですから」
『おい、トガヒミコを行方不明リストから外しておけ。ヴィラン連合コンプレス、迫圧紘も同様に』
「竹下社長に連絡をしていただければ、情報を随時開示していますのに」
『お前を追えってか? 大物ぶるな』
「一応めちゃくちゃ大物だと思いますよ。いまのオレって」
それに、追われたくないから情報を出しているんだけどね。日本は味方であってくれると都合が良い。デトネラットを他国に置けば、《シルバーバレット》の流通に違和感が生じてしまう。各国も《シルバーバレット》の成分は調べ終えているだろう。策束壊理に行きつくのはそう遠い話ではない。こうなると養子縁組したのは失敗だったのかもしれないな。
だけど、オレたちカルマ組が練り歩いている以上は、壊理ちゃんにターゲットが向くことはない。
ジェントルたちには苦労を掛けるが、これらの行動にはいくつもの理由がある。納得してくれよ。
『ずいぶんと【情けないヴィラン名】の大物だな』
「やめてくださいよ、本当に……」
ヘルメットマンよりひどいことになっている……。そりゃあ日本の感覚と外国の感覚ではだいぶ差があるけど。
「ところで、青山はどこに」
『両親にも恩赦が下った。復興に紛れれば新天地で何事もなく暮らしていくこともできるだろう』
「彼、個性は……」
『《シルバーバレット》の投与はない。すくなくとも、先週の卒業式まではな』
その報告を聞くまで緊張していたのか、ため息を吐いていた。
良かった、彼はいまもヒーローなのかと安堵した。
『青山は引き込むなよ。来年には推薦枠で招集するつもりだ』
「え……? じゃあ青山後輩ですか? えー? えへへー」
『同級生だ。お前休学中だぞ』
「え……? じゃあオレ後輩ですか? えー……えー……」
なんか、やだなぁ。ヤオモモ先輩とか言いたくねぇ。
……耳郎先輩ってのは、悪くないかもしれない。
「つーか籍抜いてくださいよ、さすがに復学できませんって」
『それに関してはこっちも画策している最中でな。あまり派手なことしなけりゃ、レポートの提出でもいいぞ』
「なんですかそれは……」
『足枷だ。ビビッて戻ってこいってことだよ』
なるほど……。オレの暴走をすこしでも抑えるための雄英の策だろうか。
だが残念ながらすでにずいぶんと派手に行ってしまっている。
『担任は継続して俺。心操がA組に加入して十九名、明日から復興・再建チームとして活動を開始させる』
「二年も半ばで……。単位間に合うんですかー?」
『その間も治安悪化地域でパトロールを行う予定だ。人手なんざいくらあっても足りない。お前なら政府と交渉して特別班みたいなの作れんだろ』
「ステインやトガヒミコを法律に許容させるおつもりですか? 冗句が上手くなりましたね」
『録音されている状態でそんなこと言うわけねぇだろ。なんの話してんだ』
はいはい、察しますとも。合理的だからね。
──だからそちらも、察してくれ。
「今日、マフィアを一つ潰しましたよ」
『殺してないだろうな』
「そいつらは《シルバーバレット》を強奪するために警備員を七人、ヒーロー及び警察とのカーチェイスの影響で一般市民三人が犠牲となりました」
『策束……』
「その影響で、いま警官隊と一般市民との間で火炎瓶と放水車を使っての対話が始まっていますよ。死者も出ています。さて、これって元を正せばだれが悪いんでしょうね?」
道具に罪はないというのなら、それを武器として配るオレの罪だ。個性破壊弾は包丁ほど人類の隣人にはなれないのさ。
販売ルートを国家間で絞ったことで、裏の世界では価格の高騰が甚だしい。おまけに赤い液体を《シルバーバレット》と称して販売する詐欺が後を絶たない。薬を巡って破産する人はこれから増えていくことだろう。
ここまでは予測していた。
そう、予測していたのだ。
オレが、見殺しにした。
『策束少年! 背負うな! そんなもの!』
おや、この声は……。
ただのイレイザーヘッドの冗談ではなかったらしい。そりゃあいるよな、【あなた】も。
「オールマイト、見損なうなよ」
強い口調で言い返していた。
感情が制御できやしない。
「こちとら新たな大魔王ですよ? 命の一つや二つ、背負い続けてみせますとも」
『どこまで……!』
「どこまでも──」
ああ、最後まで笑ってやろう。
机に携帯端末を放り投げ、前に並ぶヴィランたちを見る。
「最後の選択です。選んでください。あなた方は決戦時の貢献により、日本政府から恩赦が与えられています。ここで引き返せば平和な日本で、平穏な仕事と、平凡な家庭をもつことができる」
「必要ねーよ社長」
「だな、第一それにトガちゃん入ってないだろ?」
窃野とコンプレスが拳の腹をぶつけ合って笑っている。宝生は多部に選択を委ね、彼は空腹であることを主張した。
「ジェントルは?」
「日本のことは竹下くん……竹下新社長に任せるさ。我らは我らの道を往こう」
「ジェントルカッコイイわー!!」
「治崎……は捨て置いて、玄野は?」
「答える必要あるか?」
治崎の肩に手を置く玄野。治崎は拒絶することなく受け入れたままだ。潔癖症は見る影もないらしい。
盗み見たトガは、一人だけこちらが用意したコスチュームを拒絶し、どこかから手に入れた真新しいセーラー服を着ている。高かったんだよ、彼らのコスチューム。
ナガンとベロスにも視線を向けるも、二人は肩を竦めるのみだった。だれよりも凛々しいなこの人たちは。似非ヒーロー気取りのステインとは大違いだ。
「一応聞いておきますが、ステインは? あなただけ恩赦なく、日本に戻ったら即死刑ですけど」
「ハァ……ヒーローの芽は育っている……。ならば、俺の出番はしばらく先だ」
ヒーローの堕落とともに現れるダークヒーロー気取り。しばらく行動を共にしているが一ミリも共感できるところがない。さっさと殺したほうが世のため人のためだが、使えるうちは使っといてやるよ。
「では、出立は明朝。寝坊したら日本に強制送還しますからね」
「「「おー」」」
気の抜けた掛け声を聞いて、彼らを部屋から追い出した。
残ったのは、トガヒミコただ一人。
こちらを窺い、気恥ずかしいのか頬を染めてにじり寄ってくる。
「ボーナス払うほど仕事はさせていませんが?」
「でも、我慢の限界なのです! もう三日も我慢しているのです!」
まだ三日だろうが……。
「では、寝室のほうに」
「キャッ!」
両の掌で顔を隠すトガ。いや、オレも言いながらすげーセリフだとは思ったけどさ。
狭い部屋を駆け足で進み出てベッドに飛び込むトガは、楽しそうに振り返った。舌なめずりをしながら……。
「今日のご気分はいかがでしょうか、お嬢さま」
「今日は! 今日は! えっと! 首が良いです!」
ネクタイを緩め、そのまま外す。シャツのボダンもいくつか外して首を晒した。
「包帯邪魔です!」
「やめろ首が締まる!」
首を【噛まれる】のは初めてではない。というより三日前にトガに付けられた傷も首だ。
「ぐふ、ぐふ」
汚い笑い声を上げて包帯を剥ぎ取るトガ。興奮してきたのか、一瞬でベッドの上でマウントを奪われる。身体能力では圧倒しているはずなのに、彼女の動きに目すら追いつかない。
「痛い? 痛いですか? ボロボロですよ?」
「痛いよ。太い血管はやめてくれ」
噛みつき、その傷を爪や歯ですこしずつ広げる彼女の手法はわかっている。
若い男女がベッドで身体を重ねるのだ。正直最初の夜は物凄く興奮した。
このまま童貞卒業するんじゃないかとめちゃくちゃドキドキした。
だけど、このトガヒミコとかいうヴィランさ──油断するとナイフ握ってるんだよね。
このまま殺されるんじゃないかとめちゃくちゃドキドキした。
「あはっ! とってもカアイイですよ!」
かさぶたを取り終えたのか、血が垂れたようだ。彼女の猫のような舌で傷口をなぞられる。どうやら今日は、吸血ではなく舐めとる気分らしい。
官能的というかなんというか……。
AB組対抗戦のときから、円場が梅雨ちゃんの舌が唇に触れたことを切っ掛けに思春期を迸らせていたが、彼がこの光景を見たら卒倒してしまうのではなかろうか。
受ける身としては大変だ。傷口を丸々口内に収まるように吸われ、おまけにさらに噛まれて数センチだけ距離を取られる。
痛い、というのも一つあるのだが、なによりも怖い。
彼女が興奮し、いま口にしている皮膚をそのまま噛み千切ったら……。首の血管は手足の比ではない。出血死もあり得るだろう。
緊張が伝わったのか、トガは口を離したようだ。
恐る恐る目を開けると、彼女は無表情でこちらを見下ろしていた。
四つん這いになる彼女との距離は吐息を感じるほど近く、なのに、なにを考えているかは読み取らせない。
「えっと……もう良いんですか?」
返答は沈黙。この間にも血はシーツへ広がっていく。
血を好む彼女らしからぬ行動だ。社会的な人生を棒に振るほどに血を求めていたはずだ。
それともオレの血は緑谷よりも価値が低いとか? まあありそうだけど。
……飽きたとか言われたら殴ってしまいそうだ。
「なんで、血を吸わせてくれるんですか?」
え……え? いま!? え!? いまさら!? 二か月目でいまさら!?
そういうの普通初日で聞かない!? 興味なさすぎだろいろいろと!
「なんでって……だって金では動かなそうじゃあないですか、トガって」
「血を差し出せば私にメイレーできるって?」
不機嫌な表情を作るトガ。演技……なのだろうか。トガのようなサイコパスの内面を読み取ることは、一般人には不可能だろう。死柄木とは別ベクトルで厄介だな。
そもそもオレの読みはどこまで行っても金銭的なものだ。彼女のような人種が望む返答は導き出せそうにない。
──となれば、真っ向勝負かな。
「こちらは選択肢を差し出すだけですよ。どれを選んでも良い。選ばないのならオレの敵だ」
「ステさまのことは?」
ああ、不満なのはそれか。
トガヒミコがヴィラン連合に加わった理由に関わってくるのだが、彼女はステインに憧れた。
ステインに成りたい。ステインを殺したい。
どんな理屈かオレには理解できないが、彼女なりの思考があるのだろう。
そんなわけで、彼女を含めたオレたちが日本から離れてすぐ、トガはステインを殺そうとして──返り討ち。だがステインはトガを殺さなかった。トガもトガで、力量不足を思い知ったのか、それ以上戦いを挑むことはなかった。
それに付け込んだのがオレだ。
ステインを殺す権利を彼女に与えた。すぐ近くで、すぐ隣で、ステインの隙を窺い続けろと。
結果彼女は大人しくなり、コンプレス共々日本を害する意志を失ってくれた。まぁ、元々無さそうだというのを、なんとなく察していたからできた交渉だったけどな。
「ステインのことも選択肢の一つですよ。興味がないのならここを去れば良い。それは許容します」
「私がこの場所で人を殺し続けても問題ないって?」
そんなことするつもりなの? いやまあそうか、そうだよなぁ。
根本的にこの子はヴィランだ。いったい何人殺したのだろうか。
「かまいませんよ。もちろん目の前でその凶行が起こるのなら止めます。説得はしません。殺します。でもね、あなたのようなヴィランが、いまこの地に、この世の中に何人いると思います? いいや、ヴィランというのもおこがましい。家族を守るためにだれかを害する人もいるでしょう。襲われそうだという疑惑で、先に殺す人もいるでしょう」
──その世の中にしたのはオレなのだ。
「あなたの対処は現地のヒーローに委ねます。どうか日本以外の土地で死ね」
優しく告げる。
彼女はオレの返答に満足したのか、首の血を削ぐように舐めた。そしてすぐにさきほどの体勢へと戻る。
「カルマくんは笑っていると悪党みたいですね!」
口の周りを真っ赤に染めたトガは、楽しそうに笑っていた。
冗談ではない殺意を向けた相手に対して、どうしてこうも笑いかけることができるのだろうか、この破綻者め。
「でも、血をくれる理由の答えになっていませんよ? 治崎はカルマくんが命令できるし、レディ・ナガンはお願いすれば噛ませてくれますよ?」
「だって血が欲しいって言ったでしょう」
道筋ができていないにも限度がある。
トガは眉を顰めて首を傾げた。
「いや、え? だから、血が欲しいんならあげますよって話です。臓器とか肉ならお断りしましたが、血ならべつに。いや、治崎がいる限り臓器でもあげられそうですけど、そのときは麻酔をお願いします」
言っても、彼女の表情に変化はない。
伝わっていないのは伝わっているが。
「それは、答えになっていません」
ほらな。
「なってます」
「なってません」
「なってるって」
「なってませんよ」
「なってんの」
「なってませんって!」
「いてぇ! 噛むな!」
ナイフでやれって意味じゃねぇ! しまえ!!
さきほどとは打って変わって、静かに吸血するトガ。その変化に耐えきれなくなり、話題を提供することにした。
静寂のなかでじっとしていると、彼女の体温に集中しそうになってしまうからだ。
「スピナーが、目を覚ましましたよ」
「スピナーくん……」
「脳無化が進んでいて、《シルバーバレット》を投与するかどうか見極めている最中だそうです。あと、緑谷が面会に行ったらしいですね」
「デクくんが……」
「スピナーは、死柄木弔のことを本にするそうですよ」
そちらはあまり興味がないのか、彼女は鼻を鳴らすに留まった。
「なんでそんなこと知ってるんですか? さっきのイレイザーヘッドとの会話でもあがらなかった話題のようですが」
「壁に耳あり障子に目ありってね。お友だちが多いんですよ、オレって」
それは聞きたいことじゃないはずだ。彼女たちはステインに憧れ、ヴィラン連合に加わった。それはきっと、オレたちA組の絆と大差ないと思っている。
本当はもっと聞きたいことがあるはずだ。
「スピナーくんに、《シルバーバレット》は……?」
そうじゃあないだろう。
「日本をはじめ、各国の反応として《シルバーバレット》は罰則には当て嵌めるつもりはなさそうです。個性犯罪の刑罰に《シルバーバレット》を使ってしまっては、無個性になりたい異形個性が結局犯罪者のように扱われかねませんからね」
そのうち異形個性の研究は進み始めるだろう。
きっかけは死柄木弔になるはずだ。決戦時、彼は個性に適合する身体へと進化し続けた。雄英バリアさえなければ街を飲み込むほどの【手】を伸ばしただろう。それはつまるところ、【異形個性】は【個性因子に身体が変化すること】を指す。
死柄木がオール・フォー・ワンに見初められた理由は、その適合率の高さ故。
なぜ異形個性になるのか。それが解明されれば、その防ぎ方も、あるいは異形の姿自体が受け入れられる未来も、そう遠くないかもしれない。
でも、そんなことが聞きたいのか? キミは。
「でもでも、スピナーくんは個性をいっぱい与えられて、とても苦しそうでした……」
言い終え、彼女はオレの肩口に頭を押し込んでしまう。せっかくのセーラー服が血で汚れてしまうとも思ったが、違うか、彼女は、血が汚いなどと微塵も思っていない。
「又聞きなので、間違った言葉を伝えてしまったら、すみません」
その前置きをしておく。彼女は繊細だ。間違えば、すぐに退治すべきヴィランへと成るだろう。そしてそのときは殺すことしか選択できない。
「死柄木は、スピナーにとってのヒーローだったそうですよ」
「ヒーロー?」
「友人であり、仲間であり、そして、心を救ってくれたヒーローだと」
トガはヒーローという言葉と二度繰り返す。
ヒーローというと、きっと語弊があるだろう。ヴィラン連合はヒーローと戦い続けてきた。その首魁である死柄木弔をヒーローなどとは、本人が聞けば怒り狂うかもしれない。
英雄。
スピナーが死柄木に見出したものは【それ】だ。
「スピナーはステインなんかじゃなく、死柄木弔に成りたかったのかもしれない」
「私だって、弔くんに成りたいです」
「難儀な個性ですね、二人とも」
彼女もそうだったよな。
根底にあるのは、二人とも同じだったのかな。
成りたい自分に、成りたかったんだ。
二人? ははは、違うだろ、まったく。みんなだ。みぃんな、成りたい自分に成りてぇよな。夢ってのはそういうもんだ。
「個性の話ってなにか関係あるんですか」
こっちが壮大な哲学に打ちひしがれている最中、トガは目を細めてオレを睨みつけていた。個性に関してのトラウマを刺激したかな。だが安心してほしい、個性に対しての劣等感なら、きっとだれにも負けていない。
でもそれを指摘するのはあまりにも器が小さい。度量の広さを見せつけてやろう。
「異形個性は差別が多いですからね。成るべき存在を押し付けられたでしょう、という話ですよ。オレもそれらは良くわかります」
一般常識に当て嵌められるあの感覚は、ひどく惨めだ。
オレに無個性の診断を下した医者に詰め寄る母の必死さは、自分自身が世界にとっての異物なのだと認識させられるものだったから。
「カルマくんは無個性なので、スピナーくんのつらさはわからないと思いますよ?」
「……わかります」
「わかりません」
わかるのに! もう!
「良いですよ! どうせ無個性にはわかりません!」
「でも、私もわかりません」
それはサイコパスだからでしょ!
「私も、異形個性ではありませんので」
「はぁ?……離れてください」
「なんですかその顔は」
キスするような至近距離で、驚いたトガと向き合う。不機嫌な顔になっていなかっただろうか。
「近いなぁって、思いまして」
言うと、彼女は立ち上がって制服を正す。襟元は血で真っ赤に染まっていたが、スカートの捲れは気にしても、血のシミを汚れと認識することはなさそうだ。
化粧台の姿見に全身を映し、自身をじろじろと睨みつけている。
「……あ、この八重歯ですか? カアイイですよねぇ?」
両頬を内側から唇を広げ、口内を見せつける彼女。鋭い犬歯を見て思うのは、オレの身体中の傷はこの形をしているということ。
「ずいぶんと鋭いですが、その程度なら一般人の範囲内では? 欧米では歯並びが悪いと言われて矯正されることが多いそうですよ」
「やめてください、とってもカアイイです」
彼女は慌てて口元を隠す。
「はいはい可愛い可愛い。そうじゃあなくて、スピナーはトカゲ……イモリでしたか? 個性は。まあイモリの異形個性であり、能力はとくにない。つまり、彼からすれば自身はトカゲの身体の一般人。異形個性など嫌いだと育ってきた」
「それはちょっと聞いたことあります。でも興味があんまりありません」
「仲間だったんでしょう? 深い話とかしなかったんですか?」
「してました。弔くんと二人でゲームの話ずっとしていてつまらなかったです」
深い話とは……。
他人に興味がないのは社会不適合者の典型例だ、しかたがない。むしろそのトガを受け入れたヴィラン連合が居心地の良いというのは、読み取れる彼女の思考の中でも、分かり易い道筋の一つだ。
次の話題は、オレが彼女を難解にする一つの要因だ。
「【トガも異形個性なんだから、もっとスピナーと話が合うかと思ってました】」
「……カルマくんはときどき、わけのわからないことを言いますよね」
「なんでだよ」
「弔くんも言ってましたよ、あいつの思考はぶっ飛んでるって」
不名誉すぎるだろ。死柄木にそんな評価されてたのかよオレって……。懐かしきショッピングモールのときだろうが、あんなのは口から出まかせだ。それにオレが指摘するまでもなく人は死ぬ。
「そうじゃあなくてさ、え、本当にわかってない?」
「なんの話をしているのですか?」
自身の手の平や、関節の可動域を確認するトガ。自身が異形個性であると本当に認識がないらしい。
「サイコパスってのは、医者がヴィラン名トガヒミコに与えた診断です。あなたの両親もそのような判断を下しています」
口を尖らせ、俯く彼女。身体を反転させてベッドに座り込む。
ちょっとプライベートに踏み込み過ぎたかな。だが、彼女の両親に話を聞き、医療記録に目を通してしまっている。わざわざそれらを隠すような面倒くさいことはしない。
「資料で見ましたが、トガの両親は診療科に通わせたそうですね」
「……矯正しようとしていましたね」
「まったく、馬鹿馬鹿しい」
鼻で笑う。それらはトガに同情したものでも、トガの意見に合わせて仲間に引き込もうとするものでもない。
「基本的にサイコパスってのは精神病の類ではなく、脳の異常です」
「私は! 普通です!」
表情を見せることなく、彼女は声を荒げた。サイコパスである彼女が、唯一反感情をあらわにする【普通】という言葉。
きっと彼女にとっては大切な想いに、土足で乗り込んでいる。
だが、オレは自覚のないヤツは嫌いなんだよ。
「本当にわからないんですか? 【異形個性】ってのは身体の異常ですよ。なんでそれらが【脳には変化を与えない】なんて思うんです?」
例えば緑谷出久。
彼の自己犠牲は異常だ。《ワン・フォー・オール》が精神に異常をもたらしたと考えている。あるいは、その精神がなければ《ワン・フォー・オール》を受け入れられなかったという可能性もあるだろう。
「もっと言えば、異形個性は変化ではありますが、異常ではありません」
A組には三人の無個性がいた。……オレは違うか。二人だ、二人の無個性がいた。
確率の問題でA組だけ物凄いことになっているが、全体で見れば一万人の受験生の中に二人。
無個性は五千人に一人。異形個性の確率はだいたい七人に一人くらいか?
どちらか異常か比べるのもおこがましい。
「両親も娘がサイコパスであることを喧伝したくなかったのでしょうが、ずいぶんとヤブ医者を引きましたね。日本に帰ったときは良い病院を紹介しますよ」
「病気……」
「いや病気じゃないですって。心の病などもってのほか。個性因子が脳に影響を与えたんでしょうね。CTを撮ればわかるかと思いますよ」
正確にはCTを撮っている最中に質問を行い、そこから脳波の反応を──そう得意気に語ってみた。専門家ではないので推測の域は超えないが当たっているだろう。
彼女も思い当たる部分があるのか、いつの間にかトガはこちらを向いてこちらの話に聞き入っていた。
「なまじ異常がなかったとしても、心の異形化──個性因子が精神に与える影響は無視できないでしょうね。というか、トガって人間の血液の摂取で《変身》できる個性だから血が好きってのはわかるんですけど、緑谷の血が欲しいとかオレの血が要らないとか、趣味趣向の範疇じゃあないですか」
「カルマくんの血も好きですよ?」
嬉しくないけどありがとう。神野区のときはずいぶんと嫌われていたはずだが、彼女も好みが変わったということだろうか。
「そっか……私も異形個性なんですね」
「その呼び方もそろそろ変えていきましょうか。差別の助長どころか、トガのように自分が異形個性であると認識すらできない人は、きっと大勢いますよ」
いっそ政党を立ち上げる? 無個性党などどうだろうか。いや、国連だな。日本の一部地域の認識を変えたって無駄だ。
「あはは」
「カルマくん?」
しまった、感情が高ぶった。
だけど聞いてくれよトガヒミコ。この歴史的瞬間に立ち会ったことを喜んでくれ。
「目標が決まったよ! はは! 研究所に出資する! 個性因子の研究をさせよう! 十年! いや! 五年で! 個性因子のなんたるかを世に知らしめてやろう! ははは!」
笑ながら彼女の手を取ると、二人の手に首から垂れた血が染みを作った。
良いさ、良いだろう、所詮血塗られた道だ。ずいぶんと、面白くなってきた。
個性を殺す薬を──人を殺す武器を売り、その金で個性のなんたるかを──人とはなにかを解明する。
ああ、ひどいマッチポンプだ。
「殻木は必須だな。どこの施設だ? 施設を移動させてそのタイミングで襲撃、奪取。あはは、どうだいトガ、ヴィランらしく成ってきただろ?」
愉しくなってきただろ?
「カルマくん! それすごい面白そうです!」
「怪我してるんだから引っ張るな」
「とっても素敵ですよ?」
ベッドの上で、笑い声に合わせてワルツを踊る。
「殻木の血、いくらでもくれてやるよ、トガ」
「あのおじいちゃんは嫌いです。カルマくんの血ならいっぱい欲しいです」
首筋に這う舌は身の毛がよだつほど、吐き気がするほど気持ち良かった。
「日本に行ったらスピナーくんも攫いましょう! 私と同じ異形個性の彼を!」
「無個性が! あは! このオレが! 異形個性のヒーローになる! あははは!」
「なんだかとっても楽しくなってきましたね! カルマくん!」
ああそうだ、呼べ。なんとでも呼べ。何度でも呼べ。
オレの名前を──。
完結ありがとうございました(二度目)。
劇場版、最終巻、画集、イベントとまだまだヒロアカワールドは広がっていくので、楽しみ切りましょう!