【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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後日談─世界を変える─

 

学術移動都市と呼ばれる巨大な浮島であり、治外法権を持つ移動国家──《I・アイランド》。セントラルツインタワーに用意された学術会議場では、一人の男がマイクを握っていた。

 

男の背後には、夥しいほど遺伝子配列を模した図形と計算式が並べられ、傍聴している学者たちは持ち込んだ機器に写し込んでいく。

 

「五年前まで我々が『個性数値』として扱っていたエネルギー指標だが、この数式でもわかる通り矛盾や例外が多く存在する。それらをいままでは、個性自体にエネルギーが変動するための誤差と認識していただろう」

 

マイクを握る男はデヴィット・シールド。

どこか楽しそうに話す彼を、周囲の学者たちは固唾を飲んで見守り続けている。彼が《I・アイランド》に逆らった犯罪者だから──ではない。

 

どれほど倫理観がなかろうとも、どれほどレッテルを貼られようとも、デヴィットが一人の学者として優秀だからだ。

 

ゆえに、彼らはこの空間を楽しんでいた。

その狂気のままに。

 

 

発表が進むたび、感情が渦巻くように広がっていく。

だれかはデヴィットに賛同し、だれかは論文の穴を突こうとする。笑顔のデヴィットはそれらに左右されることなく、楽しそうにプレゼンを続けていた。

 

「おお……おおお……」

 

その光景に一人の老人が膝を付いて涙を流す。

彼の名は殻木球大。

百年以上もまえに、超常を扱う学会から追放された科学者だ。

 

その理由は当時の彼が発表した論文が、あまりにも革新的で、過激だったからだ。

未知の病である異能を『ヒトから枝分かれした新たな遺伝子』と定義していた。

 

それはあまりに無神経で早計だった。群生生命──旧人類と新人類──を隔つその発表は、混沌を加速させた。

旧人類たちは異物を排除するために立ち上がり、異能と称される新人類は身を守るために手を取り合った。

取り合ってしまった。

 

そこから先は正義と正義のぶつかり合いであり、生存権を守るための、永い、永い戦争。

それは百年経ったいまでも、差別という確執を残すことになる。

 

切っ掛けとなった論文は闇から闇へと葬られ、研究グループの代表は学会から追放された。旧人類と新人類という区別は、噂から生まれた迷い事として片づけられてしまう。

 

学者・殻木球大の人生は、そこで終わったはずだった。

 

彼の人生を紡いだのは、二人。

一人は殻木の友であるオール・フォー・ワン。

もう一人が、いままさに発表を続けるデヴィット・シールドだ。

 

「人間を進化させた個性因子。

「個性は基本的に、発動型、変形型、異形型の三つに分けられているが、発動型と変形型はその誤差が大きく異形型は安定している。

「異形型は母体の子宮内で個性因子が増大し、出産時には安定していることが特徴とされていた。世代の積み重ねにより、異形型と変形型を兼ね備えた者も近代ではすくなくない。

「数値の向上は個性因子が活性化するためだと考えられていたし、今回の研究と重ねてもそこまでの誤解ではないはずだ。近年増加傾向にある個性数値の平均値上昇は、個性が遺伝によって複雑に絡みあることで説明することができる。

「ここで重要なことは、異形型は、そこでも発動型と変形型に分けられることだ。

「母体の中で個性因子に適合し、個性数値を最も安定させたはずなのに──。

「さきほどの計算式は置いといて、ここで概念の話に切り替えよう。

「先の日本の大戦に用いられた脳無という人造人間。人間の死体をベースに筋肉を繋ぎ合わせ、個性因子に負けない強い肉体を与えられている者たちだ。その中には思考を残す脳無という存在も確認されており、人間の不死という可能性も見出せる素晴らしい研究だと思う。はは、話が逸れたね。

「強力な個性因子は、筋力、いや、肉体強度によってある程度抑え込めるということだ。

「だが稀に、個性には親から遺伝しないイレギュラーなものがある。それは総じて身体能力と呼ぶにはおこがましい、強力な個性であることが多い。

「そして彼ら突然変異因子は、母体内で発現する事案も少なくない。

「さきほどの話に関わってくるが、異形型、変異型、そのどちらも共通して、発現が胎児または乳児であり、個性因子に耐えうる肉体とは程遠い。

「異形型は、その肉体を個性因子に適合させることで生存することができる。一転、変異型は内包する個性因子によって個性の発動の有無に関わらず、適合していたはずの因子によって身体が壊されていく。

「旧人類の見た目とさほど変わらぬ変異型はそのじつ、個性因子に適合などしていない。

「異形型こそが、新人類にとっての、個性と共存する証明だ。

「発動型、変化型、異変型。それら既存の新人類と、異形型の個性を持つ新人類は、すでに種のあり方が異なっている。

「そのため彼ら異形型を新たな存在として定義したい。

「個性因子の真の適合者として」

 

デヴィットは背後の映像を切り替え、数式から文字列へと変更させた。

 

《la survie du plus fort》

 

「ギリシャ語で適合者を表す言葉だ。弱肉強食とも訳せるがそれもまた、生命として正しい姿のように思える。しかし──」

 

文字が消えて行き、《plus》だけが残った。デヴィットは手元のパソコンを操作し、一文字ずつ加えていく。

 

「これは、私の大好きな人の言葉でね」

 

たった五文字で、それは完成した。

デヴィットの言葉の意を拾うならば【それ】は、個性因子によって意図せず遺伝子を組み替えられた新人類。その個性因子を人間という種が進化によって適合した新たな存在。

 

迫害され、追いやられ、それでも困難を乗り越えてきた彼らの、新たな試練。

 

《plus ultra》

 

さらに向こうへ。

人類史にとって、異形個性という言葉が【過去】になった瞬間の出来事だった。

 

それらを見届け、フェイカーは静かにその場をあとにした。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「良くやったぞフェイカー! これで儂の研究が後世に残る! この儂の名が人類史に刻まれる!」

 

ブランデー片手に高笑いする殻木。

一口飲むだけで芳醇な香りと強い酒気に脳みそが包まれるような感覚に陥るが、それでもオレの心は乾いたままだ。

だが、美味い。

 

「名前は少々気に食わんが、そこはあの小僧を立ててやったわい。しかし、デヴィット・シールドとの共同研究なぞ思いもせんかったわ」

 

ドクターのグラスが空いたので、手酌で酒を注ぐ。

木の匂いが立ち昇り、彼は酒を飲むでもなくうっとりとした表情でその匂いを追って天井を見上げた。

 

「この人生ずいぶんと長かったが……まさに小説より奇なりじゃ」

 

ブランデーをカウンターに戻しておく。どうせもう飲まないだろうから。

カウンターに居座っていたマスターこと、ジェントルに目配せすると、彼は一つ頷いて出て行った。

 

「ところでドクター、奇妙なことと言えば──」

 

長い人生と言えば──。

 

「日本にいた家族は良いんですか? こちらに呼びます?」

「なんじゃ藪から棒に。あんなのカモフラージュ用じゃよ。本当の妻は何十年も前に死んだ。いや、死ぬ前に儂が捨ててやった。いまは気分が良い、聞くか?」

「いえ、だいたいのことはわかっています。超常関連の学会から追放され、名を変えて殻木球大を名乗り始めたことも知っていますとも」

 

問題は、こいつに関することじゃあない。

 

「オール・フォー・ワンと協力し、孤児を集めて、中には養子にする子どももいたことも」

「善行ではないがな」

「そう──子どもたちは皆、短命だった」

 

善行ではない、だと?

いやはや、認識が温くて助かる。

 

「変な考えは起こすなよフェイカー。オール・フォー・ワンの手足となって研究していたにすぎん。それに、お前さんよりは殺してないぞ」

 

ソファーの背もたれに頭を預けたまま、視線だけでオレを見る。いや、見下されている。

 

「この四年でお前が背負った命はいくつだ? 千や二千ではきかんじゃろうな怪物め」

「誉め言葉ですか?」

「かかか」

 

脳無のデータを見たとき、孤児たちの中にオール・フォー・ワンは遺児がいて、そのカモフラージュにしていると思っていた。

だが実際には、生死を気に留められない人間を集めての実験材料に過ぎなかった。

 

トガやステインなど可愛いものだ。死柄木弔でようやく対等の悪党になるだろうか。

 

「そりゃあ儂もずいぶんと殺したもんだが、しかし最後には脳無という結果を残し、それが今回の研究に繋がった。科学の発展というものはそういうものだ」

「真理ですね」

 

言わんとすることは理解できる。

例えば人工内耳。その開発に何千匹の生きた猫の頭蓋骨に穴を開けたのか。

薬一つ創り出すのに、そのジェネリックを生み出すために、何千、何億のマウスに投与し、役目が終わったら殺処分してきたのか。

畜産など例に挙げることすらおこがましい。人類の発展に犠牲は存在し続けるだろう。豚や牛を殺すことは悪で、虫や植物ならセーフなど、人のエゴにすぎない。

 

人類の発展に伴う犠牲をすべて一つにまとめて、必要悪と呼ぶ。

 

「社長、みんなを呼んできたよ」

 

ジェントルに呼ばれて振り返ったとき、ドクターのほうからコップを落とす音が聞こえてきた。

集まったカルマ組とともにドクターを見やると、まぶたを閉じぬようにと踏ん張っている姿があった。

 

コップを拾い、中に残った酒を舐めとる。

ああ本当に良い酒だ。

 

「なにを……した……」

「《摂生》というなら、お酒は控えないと」

 

くつくつと喉で笑う。

床に寝そべって呻く男を見て、小さい男だと思った。

 

彼は自身が安全だと信じていたのだろうか。

 

オール・フォー・ワンとともにいたときは、彼に利用価値があったから生かされていた。でなければギガントマキアのように捨てられるのが当然であるように思う。

どうなのだろうな、ドクターはオール・フォー・ワンを友人という存在として接している。それはオール・フォー・ワン亡き後もそうだ。

 

二人が本当に友人だったのだとして、彼はオレとの関係をそうあるように努力しただろうか。

否、否だ。

 

それなのになぜ、彼はオレの出す酒が安全だと思ったのだろうか。

オレも一緒に飲めば安全だと? 氷の中に毒を隠しているとは思わなかったか? グラスの縁に毒が塗ってあるとは思い当たらなかったか?

 

意識を手放した彼にそれを聞くことはできない。

オレにわかるのは、【オレにもそろそろ薬が効いてくる】ということ。

 

重くなる頭を片手で支えながら、グラスをテーブルの上に置いて尻餅をつくように座り込んだ。

 

「では、手筈通りに」

 

カーペットに身体を寝かせて、カルマ組を見上げた。

オレもいつか、ドクターのように裏切られるときが来るのだろうか。

 

 

目を開けると、一時間経過したことを治崎に告げられる。

殻木は移送済みであり、もう《I・アイランド》の地下から出てくることはないだろう。抜け出して復讐する分には彼の権利だ、殺さない選択をした自分の温さを呪うだけだな。

 

立とうとしたが、力が入らずよろめいてしまう。控えていたトガに支えられた。

最近ではすっかり秘書としての貫禄がついてきた。オレとトガを並べると、彼女はずいぶんと大人びて見えるらしい。

吸血欲求は変わらずだから、オレの服の下の皮膚はボロボロだけどな。

 

「さぁて……じゃあそろそろ──」

「あー……本当にやんのかい?」

 

レディ・ナガンが頭を掻くと、背中まで伸びた髪がゆらゆらと揺れた。ここ二年はナガンを連れ歩くほどの激戦はなかったからなぁ。

一年前のジェントルとラブラバの結婚式の準備中、「美容室行くなんて何年ぶりだろうね」などと照れている彼女は、とても美しいと思った記憶がある。

 

懐かしいなぁ結婚式。

去年のラブラバとジェントルの結婚式は盛大に行えた。島民の多くが祭りだと思って参列し始めたのは、コンプレスとともに大笑いしてしまった。

不満に思ったのは大量の参列者に自身の飯を食われた多部だけだろうな。

 

多部を一角に収める三馬鹿は、そこが日本だろうと中国だろうと《I・アイランド》であろうと、通常営業で麻雀をしている。むかしは四人目に竹下さんを入れていたが、いまや治崎、玄野、ベロス、ナガン、おまけにステインを含めて遊んでいるらしい。

 

その面子ならコンプレスも混ざりそうなものだが、彼は手癖が悪いらしく出禁であるとのこと。乱波はルールを覚えるところからだな。

 

そんな乱波とミスターコンプレスは、プロレスとマジックという個性とはほとんど関係ない技術で、《I・アイランド》の名物と化している。

披露宴のあと、ノリでリングに上がって頬骨を折られたのは一生忘れない。

 

海外遠征の護衛は乱波とトガであり、友好も深まったと思う。

反面、いまだにお互いの距離感が掴めない【メンバー】もいる。

 

「頼む、フェイカー」

 

ナガンの否定的な態度に頭を下げたのは、オレではなかった。

四年前、ドクター殻木のついでに拾ってきたスピナーだ。

 

彼の願いを叶えるのは簡単だ。

いまからラブラバに一本電話を入れるだけ。彼女がエンターキーを押せば完了するところまで状況は進めてあるはずだ。

 

「私は反対だからね」

「《シルバーバレット》のときは背中を押していただいた記憶がありますが」

「それは……金になるからだ」

 

ナガンは口を尖らせてそっぽを向いた。

金になる、メリットがある。そうだろう、良い商品を売れば儲かるなんて、子どもでもわかる世の中の仕組みだ。

 

だから、怖いだろう。

オレは怖かった。《シルバーバレット》を売ることで世界がどのように変化をするのか怖かった。

溶いた卵が白身と黄身に戻ることがないように。

コーヒーに一滴でもミルクを垂らせば味が元に戻らないように。

 

《シルバーバレット》も【これ】も、世界を壊すためのものだ。

人類は《シルバーバレット》を手に入れてしまった。

 

もう、それ以前の世界には戻れない。

 

「見てみたいとは思いませんか、レディ・ナガン」

 

今度はオレが、彼女の背中を押してあげよう。

 

「上辺だけじゃあない澄んだ世界ってのは、きっとキラキラ綺麗だぜ」

 

突き落としてあげよう。

底から見れば見るほど、きっと世界は美しい。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「カレー食べたい」

 

言ってから、耳郎響香は「しまった」と目を閉じた。恐る恐る目を開けると、前後左右から視線が突き刺さっている。

頬の紅潮を鎮めるように、【左右の】《イヤホンジャック》を握り締めて肩を落とす。そして耳郎の読み通り、彼女の気の抜けた態度が注意されることになる。

会議室の教壇に立ち、彼女を睨みつけるはヒーロー公安委員会の幹部だった。

 

「学生気分なら帰っていいぞ、イヤホン・ジャック。それはキミたちも同じこと。元クラスメイトだからと言っても、相手は世界征服を目論んでいる新たな魔王だ」

「ですが、日本政府は業さん……策束業のことを指名手配はしていないはずです」

「政府は金を握らされて腐敗した。復興資金は策束家から。ならば策束家はどこから金を生み出している? 《シルバー・バレット》の利益だよクリエティ。その利益がどこから齎されるか、それがわからないほど無垢ではないだろう」

 

舌打ちしそうなほどに顔をしかめる男性は、ヒーローたち、さらに背後に立つ一人の男性へと視線を向けた。

 

「ホークス。いえ、鷹見会長。あなたが反対派であるのは十分に理解しています。そして、ヒーロー公安委員会がどれだけ策束家に助けられているかも、会長と策束業の関係も、理解しているつもりです」

 

自身よりも二回りは若い上司。政治のセの字も知らぬ若人に、現実を教えてやろうと息巻いていた。

 

「世論も各国政府も策束業の逮捕に賛成しており、彼が乱した秩序を取り戻そうと必死に奮闘している。ヒーロー諸君も聞きたまえ。彼の逮捕には、日本の威信がかかっているんだよ」

「あの、すみません」

 

一人の青年が手を挙げる。その顔を知らぬ日本人はまずいない、人気投票でナンバーワンの地位を確保し続ける厄介な無個性。

 

「デクか。どうしたのかね」

「あ、えっと、世論は策束くんの逮捕に賛成なのはわかるんですけど……策束くんが自国にいるとき、各国政府が他国にヒーローの要請をしたことはありませんよね?」

「……なにが言いたいのかな」

「いえ、その、たぶんですけど、各国政府はできれば自国のヒーローで策束くんの逮捕をしたいと思っているんじゃないかなと。えぇとつまり──」

「策束くんを自国で逮捕して尋問したいってこと?」

「そうか、欲しいのは策束くんじゃなくて《シルバーバレット》か!」

 

緑谷の隣に座る麗日と、飯田が咄嗟に反応した。

その言葉を聞いて声を荒げたのは公安の幹部ではなく、緑谷の背後に座っていた爆豪である。

 

「んなこたぁわかってただろ! 馬鹿か! 策束が自分の国にいるとわかった途端他国へのヒーローの派兵を取りやめ! 違う国にいるとわかると策束の逮捕を強く叫ぶ! なんとしてでもテメェの国で策束手に入れるぞって腹積もりだろうが! 問題は! なんでいまになって日本がそれに乗っかったかってことだ」

 

場を仕切ろうとしていた幹部は、その言葉の鋭さに笑みの鉄仮面が剥がれそうになる。それでも必死に繕った。

 

「日本政府は他国からの要請を断り続けていた。金をもらっている者と、恩恵のない者での熾烈な争いがあったのだ。ひどい腐敗だ。それがこの度、私が一任されることになった理由にも繋がる」

 

男性は手を振り上げて叫んだ。

 

「腐った金の流れは断ち切らねばならない! 公安委員会も同じようにだ!」

 

熱弁だが、ヒーローたちの反応は薄い。それどころか背後を振り向いてホークスの反応を見ている。幹部側の話を鵜呑みにするのならば、《シルバーバレット》から生まれた裏金を受け取っているのはホークスも含まれているのだから。

 

「会長になって四年目でさぁ、金はあるんだけどねー。使う暇がないよねー。どうぞどうぞ、続けて」

 

ヘラヘラと促す弱腰な態度に、幹部の男は舌打ちを堪えた。嫌悪感が鉄仮面を押し曲げて表情へと反映されてしまっている。そのことに気付くことが出来ぬほどに、幹部の男は未熟だった。

だが、年齢によるプライドがそのことを認めさせなかった。作戦の概要を淡々と告げる。

 

「日本を出立し、世界に破壊と混乱を招いた史上最悪のヴィラン──死の商人【デスフェイカー】。四年という膨大な月日をかけて、我々はとうとうやつの根城を掴んだ。デスフェイカーは各国の裏社会に通じ、他国の政権をも武力で攻撃を仕掛け続けている。傘下には様々なヴィランがいると予想され、突入時にどのようなヴィランが護衛についているか想像もできない。命懸けの、大変に危険な任務になるだろう。だがそれでも、デスフェイカーがこの世界に及ぼした影響を──」

 

壇上に立つ男は、言葉を止めて眼前に並ぶヒーローたちを睨みつけた。かすかに、笑い声が聞こえてきたからだ。

 

「なにがおかしい」

「いえ、なんでもありません」

 

応えたのは八百万だが、笑い声は彼女ではなく近くのヒーロー。おそらくは上鳴で、顔を真っ赤にして男性から視線を逸らせていた。

口頭で注意することもできるが、士気も下がるし時間も惜しい。公安幹部はチャージズマの評価を大きく落として、思考を切り替えた。

 

「我々日本人の威信をかけた戦いになることは予想がつく。もしここでデスフェイカーを取り逃せば、日本は《シルバーバレット》のばら撒きを公認したようなものだ。なんとしてでも──」

「なげぇ話は続くのか、ホークス」

 

またも話を遮られた男は、背後を振り返っている男の後頭部を睨みつけた。

 

「轟家の……。キミがいまだにヒーローを続けられている理由も、私たちは大変に興味深い。日本を危機に招いた張本人であるエンデヴァーのその息子め」

 

反論しようといきり立つ──その前に、速すぎる男が笑い声を上げた。

 

「俺もちょうど眠くなってきたところ。んじゃあここからは俺が説明引き継ぐよ、お疲れさま」

「なにを言ってる鷹見──」

「お疲れさま、下がっててよ」

 

睨み合いに負け、幹部の男はマイクを会長に渡して引き下がった。

 

「さぁて懐かしい顔勢ぞろいだねぇ。もっと顔見せに来てよ。あ、うんうん、話すから、ごめんね緑谷くん、抑えといて」

 

咳払いしたホークスは別の職員から受け取ったリモコンで、壇上のスクリーンに映像を映し始める。

 

「出発は六時間後、輸送機での出立になる。行先は《I・アイランド》。表側の作戦としては三年前に誘拐された邦人、殻木球大の救出。で、本来の作戦目標は、策束くんの完成させた【なにか】だ」

「わかってないんですか?」

「残念ながらね。殻木球大、デヴィット・シールド、治崎廻。そこに加えて《I・アイランド》の科学者を並べてなにかを作っている。兵器か、薬か。すくなくとも《シルバーバレット》を超える代物であることには間違いない。それを突き止め、可能であれば破壊か奪取したい。デスフェイカーを捕まえるのは今回の作戦では二の次だね。そもそも日本だと逮捕状出してないし。あ、他国はデスフェイカー狙ってるから、撃退もよろしくー」

 

非常に砕けた説明だったため、話はそれで終わりになった。

それにも関わらず、何人か顔をしかめて俯いている。

 

それを見ていたホークスは、マイクを口元に近づけて囁くようにつぶやく。

 

「デスフェイカー」

 

何人かが噴き出した。そのリアクションに満足したのか、ホークスはマイクを置いて壇上を後にする。残されたヒーローたちは、公安委員会に誘導されて待機所へ移動することになった。

 

「ああ! 緑谷少年!」

「オールマイト!?」

 

かつては筋骨隆々であり、男の理想の男を体現していたオールマイトは、いまはただの老骨となっていた。

決戦時の怪我により身体中に入れられたボルトの影響で、冬や雨の日などは寝たきりになることも少なくない。

それでも、彼はここにいる全員のヒーローであった。

雄英出身ではないヒーローも、移動を止めてオールマイトと緑谷が笑い合う姿に、羨望の眼差しを向けている。

 

「仰ってくれたら家まで迎えに行ったのに!」

 

ヒーロー免許を取得した緑谷は、つい最近自動車免許を取得したばかりだ。それもオールマイトから取得するように指示を出されていたものだった。たとえオールマイトがかつての姿・力を失ってしまったとしても、緑谷にとってはヒーローその人であるため、命令には絶対服従である。

 

「サプライズプレゼントしたくてね!」

 

オールマイト自身は忠犬のように自分を慕ってくれる子どもに命令などという無体をしたつもりはなく、「タペストゥリーですか!?」と喜んで尻尾を振るう緑谷に、鞄を手渡した。

 

「四年前、私とオール・フォー・ワンの戦いで取れたデータが、なんかすごい可能性を広げるモノだったそうだ!」

 

漠然とした物言いに首を傾げる緑谷。しかし、オールマイトの鞄には見覚えがあった。

雄英から離れた緑谷を、トップスリーととも支えてくれていたあのとき、片時も手放さなかったあの鞄に酷似している。

 

「個性の深化とともに、技術もまた深化していく。マルチに個性を使いこなしたキミで、更なるデータを取りたい」

「え──」

 

緑谷の身体には、いまはもう《ワン・フォー・オール》【らしき個性】しか残っていない。どれだけ全力で発動させても、全盛期の五パーセントを出せたら上等だろう。

歴代継承者の感情も思考も消え失せ、この個性をこれから進化させていく。

 

そう、考えていた。

 

「でも、こんな高いもの」

「策束少年にお願いしたらおつりが出るほどお金を送ってくれたよ。そして伝言も受け取った」

「策束くんから!?」

 

暖かい目で見守っていたA組が、緑谷の叫び声を聞いて駆け寄ってくる。急に押しくらまんじゅうの状態になったオールマイトは、鞄を掲げて必死に耐えた。

身体を押されてやや苦しそうに、オールマイトは伝言役としての役割を果たす。

 

「さ、策束少年は、こう言っていたよ──」

 

 

「緑谷、さっさと来い」

 

 

「──ってね」

 

それを聞いて、緑谷は奥歯を噛みしめて顔を上げた。

涙が零れそうになったから。

 

「待ってて、策束くん」

「肝に銘じておきな。これも、キミ自身が勝ち取った力だ!」

 

呼吸を落ち着かせ、鞄を受け取る緑谷。

改めてお礼を言おうとオールマイトに視線を戻すと、なぜかもう一つの鞄を手に持っていた。

 

「えー、次、心操少年」

「俺もっスか……?」

「データの収集に協力せよ、だってさ。葉隠少女にもあるからね」

「やったー! えー! 嬉しいー!」

「葉隠少女のは一番高いからねー、私の強化アーマーの約三倍。緑谷少年のアーマーの約十倍の値段だから。無くさないように注意してねー」

「わわ! 重い! 金額も鞄も重い!!」

 

そう言い、透明なケースを手渡したらしいオールマイト。

 

「わー! なにこれ勝手にー!」

 

機械音と葉隠の悲鳴が周囲に響く。五秒もしないうちに装着は完了したようだ。

 

「ちょっとぉ! そんなに見ないでってばー!」

 

「見えないんだよなぁ」と、その場の全員がしみじみと思った。

 






作中表現の「異形個性=プルスウルトラ」ですが、『おしゃべりな"個性"』の作者さま、非単一三角形さんからギリシャ語の文章ををいただき、そこから原作リスペクトを加えた形となります。
ありがとうございました!
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