【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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if 雄英体育祭三日目・中

 

約一時間後。

会場に三年の部のファイナリストたちが息を切らして駆け込んできた。観客たちは彼らを拍手で出迎えている。

 

「ウチら……だけ?」

「策束たちは?」

 

そのうちに観客たちが楽しそうにカウントダウンを取り始めた。

六十から始まったそれはそのうちに三十と数えたタイミングで歓声へと変わった。

 

一年の部、二年の部が一塊となってゲートから入場しはじめる。三年生のようにスマートな入場ではなく、押し合い圧し合いの情けない様相だった。

 

最後尾の男子生徒は軍隊のようにべつの生徒を担いで、入場を果たした。

 

「どわー!」

 

担いでいた女子生徒をゆっくりと寝かせ、大の字になって寝転がった策束。彼を見て、寮の前にいたHUEたちが雄英の仕掛けだったことが判明した。

 

『おっとー? 全員ギリギリになっての到着だー! なんだなんだどうしたー? 余裕の表れかー?』

 

含み笑いのプレゼントマイクの声がスピーカーを通して響き、観客は楽しそうに笑った。

一年・二年の入場が無様だった、という理由ではないだろう。

 

緑谷は会場のモニターに編集されて映し出される。自身らの姿をクラスメイトにも知らせた。

 

「一年はヴィランとの模擬戦かよー。個性めちゃくちゃ使ってるな」

「二年は避難誘導がメイン。戦闘はファイナリストじゃない人たちが代わってくれてるね。数多いなぁ……」

「つーかヒーローまでいるってことは、二年は完全にサポートだな」

「一年どうなんだ? 俺のチーム、個性余裕あるかなー?」

 

余裕をもって観察する三年生たちだったが、彼らもミッドナイトの指示を受けてチームごとに移動を開始することになった。

リーダーはもちろん三年。二年、一年は肩で息をしながら疲れた視線を向けることになるだろう。

 

「お疲れ無個性くん」

「あー……本当にな。三年は?」

「避難所の確保と要救助者のトリアージ。ヴィランは無し」

「そりゃあまた……」

 

すこし遅れて、一年優勝者の天犬も物間、策束のチームへと合流した。

とは言っても作戦を聞くつもりも足並みを揃える気もないらしい。青ざめた顔色はあるものの、これからの戦いも自身に任せろという様子が窺える。

 

「物間が昨日あんなこと言うから」

「本当のことだよ。彼がどこまでできるか、見物じゃん。ねぇ、一年くん」

 

物間は天犬の背中を叩く。煩わしそうに顔をしかめた天犬は、首を擦ってすこし離れた。

それを見て策束はくつくつと笑い声を上げた。

 

「で? 彼の個性の使い方はわかったのか?」

「──は?」

「遠距離攻撃、移動、索敵が高い水準の個性だね。気に入ったよ」

 

天犬は言われて首に手を当てる。

 

(いまの一瞬で個性を《コピー》された? だけどそれだけで個性を完璧に使いこなせるわけがねぇ)

 

物間寧人──万能個性ファントムシーフ。

先の大戦でヴィランの個性を《コピー》し、日本中でヒーロー側が有利になる戦いを演出したヒーローだ。

 

(いや、違う、昨日だ! 昨日も触れられてたんだ!)

 

チームメイトにも隠し、天犬の個性を把握していた。

 

(一年には間違っても頼りたくねぇってか。ふざけやがって)

 

思えば、話を聞けば三年に仕掛けられた雄英の罠は、個性を使用するものではない。

一年、二年はもう何人も個性が使えなくなっている者がいる。

策束が担いできた者など自力では動けなくなるほどに衰弱していた。

幸い天犬は個性の使用を極力抑えられたが、どこのチームも主力は三年となってしまっているはずだ。

 

気さくに雑談をこなす二、三年生を睨みつけ、口を噤む。

 

(どうかにしてダイナマイトとタイマンになる状況を作らなきゃ……。いまのままじゃ三年の引き立て役で終わっちまう)

 

天犬の焦りは、ミッドナイトによって無視される。

 

『チームごとに集まったわねー! 観客に分かり易いように、チーム分けしたハチマキ巻いてねー。コスチュームが邪魔でってことならべつの場所でも良いわよー』

 

教師陣から渡された黄色のハチマキは『⑧』と描かれていた。あまりに半端な数字に顔をしかめ、片手で器用に腕に巻いていく。

頭にはなにも付けていないが、チームメイトも教師陣もなにか言うことはなかった。

 

『じゃあ呼ばれたチームから移動を開始してねー! それまでこの二年間の活躍を流すわ! どこにも出したことない失敗シーンもあるから楽しみなさい!!』

 

モニターの映像がファイナリストたちから三年生を中心にしたインターンの光景へと切り替わった。おそらくテレビでもいまはそちらが流されているだろう。

 

「行くよ」

「はぁいリーダー」

 

先導する物間に対し、策束が軽口を叩いた。

途端、冷たい視線を物間が彼へ送る。

 

「で? 作戦は?」

「なんのことカシラデスワー」

「もうちょっと寄せなよ。天犬くんはなにか聞いてる?」

 

天犬は肩をしゃくって返答を断った。だがその反応で物間には十分だったらしい。

 

「気を付けな一年、上ばっか見てると足元救われるよ」

 

無個性に? 普段であれば無視するような話題ではなかったはずだが、いまは体調の回復とダイナマイト、ショートへの対抗策を考えている最中だった。

三年で警戒すべきはこの二人だけではない。

 

デクの個性《ワン・フォー・オール》は、オールマイトから引き継いだ特別な物だが、その個性は決戦の結果、大きく弱体化していると聞いている。継承者のパワーが失われて本人曰く、従来の五パーセントしか出せないとのこと。

それでもヴィラン確保件数は堂々の第三位。支持率、社会貢献度はミルコやエッジショットを抑えてナンバーワンである。個性が弱くなったと軽く見て良い相手ではない。

とくに、デクは象徴だ。

決戦を勝利に導き、日本の平和を守り抜いた守護の象徴。

 

本人はことあるごとにそれらを否定して──というか自身はまだまだと謙遜しているが、それが一般的なデクへの認識である。

 

(インゲニウムとツクヨミもだ。それでも、ビッグスリーに届きうる先輩は全員倒す)

 

三年生で警戒すべきヒーローの情報はすべて頭に入っている。

二年の部の映像は昨晩確認したが、その多くはどうにでもなりそうだった。

 

(見返してやる……! こんな無個性あてがいやがって!)

 

呼吸が乱れそうになり、慌てて心を落ち着ける。

──走るときと一緒さ。集中するべきだ。

 

「あ、あの!」

 

女子生徒から声を掛けられ天犬は振り返る。

その生徒は天犬のクラスメイトだったが、用事があるのは、天犬にではなかった。

 

「ありがとうございました! 運んでもらって!」

「いいよいいよー。一のAの真堂さんだよね。お兄さんに似て良い個性だ」

 

(真堂のやつ、兄貴がいたのか……)

 

「あんなクソ兄貴マジどうでも良いんで! カルマ先輩の陰口めっちゃ言うし! 次会ったらぶん殴って良いですから!」

「あはは、嫌われてるなぁ。あれでも結構すごい人だからさ、参考にして良いと思うよ」

「えー……んー……カルマ先輩が言うなら」

 

まんざらでもなさそうに、自身の兄の賞賛を受け入れる真堂。

クラスメイトの兄などどうでも良いが、それがヒーローとなれば話は変わる。天犬は真堂に兄のヒーロー名を聞いたが、わざとらしく無視された。

 

不快感を顕わにする天犬の視線を切るように、爆豪が立ちふさがった。

 

「ダ、ダイナ、マイト」

「どけ」

 

爆豪は威圧感だけで天犬を数歩引かせた。

そのまま、にやにやと笑う策束の前に立つ。

 

「なに企んでるか知らねーが関係ねぇ──俺は、お前に勝つ」

「譲るよって言いたいところだけど、チーム戦だからね。強いよ、一年の優勝者は」

 

天犬の名前を出したにも関わらず、爆豪と策束は視線を合わせ続ける。火花が散っている幻覚すら見えるほどに。

しばらくそうしていたのちに、爆豪が背後に控えていたチームメイトに向けてあごで指図した。

 

「一年、行くぞ」

「は、はい! カルマ先輩! 本当にありがとうございました!」

 

真堂も見送って、天犬は手汗を服で拭った。

緊張していたのは彼だけだったのか、策束と物間は早々に雑談を再開していた。

 

「真っ先にボクら狙いか」

「それ言うならA組全員がキミ狙いでしょ」

「モテる男はつらいなぁ」

 

その言葉で、天犬は調子を戻すために鼻を鳴らす。

 

「穴だからだろ。どうするんですか物間先輩。二対三が出来上がってる」

「はぁ? キミ、本当に……」

「なんスか」

「いや、良いよ。先手は打ってるだろうけどね。どうなんだい策束くん」

「後の先は、ね。こっちのチームはどうする? どう動きたい?」

 

ようやく始まった作戦会議に、天犬は有益な情報を送る。

 

「さっきの戦いで、俺は個性をほとんど使わなかった。逆にほかの一年は個性の無駄打ちが多かったから、かなり同条件に近づいたと思う。あんたが真堂拾ってこなければ、ダイナマイトのチームが欠けてたんだけどな」

「あはは、そんなもったいないことしないよ」

「なに言ってんだあんた」

「待った待った」

 

熱くなる天犬を、物間は手を叩いて治めた。

視線を集めた物間は、自身の肩を親指で二度叩く。

 

「一応、これ撮影されてるから」

 

指先を追えば、たしかにドローンが飛んでいた。

 

「開始の合図はまだだけど、もう見られていると思っていい。優勝したらここも流されるよ」

「そりゃあまずい。肩でも組む?」

「ざけんな」

 

策束の軽口に舌打ちし足早に進む。

市街地を模したグラウンドベータに辿り着くと、策束は二人を呼び止めた。

 

「このまま進むと東口だな。良いか?」

「良いかって、どういうことだよ」

 

天犬はこの言葉足らずの無個性に苛立っていた。

言葉の意味が読み取れず、補足を求める。その行為そのものが、まるでこちらの底を探るようで気に入らなかった。

 

「僕は良いよ。人が多いほうがやりやすい」

「素直に《コピー》させてくれるかなー」

「A組がいたらキミに任せる……よ……」

 

東口には、だれもいなかった。

三人は無駄口をすくなくするため、集合場所から最短距離でグラウンドベータに辿り着いたはずだった。その間、約二十分。

 

「先手を取られたねぇ」

「甘いねぇ。知ってるか物間、人間、罠に獲物がかかりそうなときは集中して動けないものさ。うはははは! 天犬くん、最初の獲物はボクらになったよ。問題は【毒】が回るまで時間がかかる。最初は逃げ回るのが安定かな」

「は?」

「こいつ生意気だろ? 一年くん」

「詳しく説明したいけど、残念ながら耳郎が聞き耳立ててるだろうからね。二年にもこの状況を【視る】個性主はいるし」

 

策束が腕時計を確認しながら、入り口に視線を移した。

すでに解放されており中に入ることはできる。

 

「まだ良いの?」

「あとすこししたらね」

 

言い切る前に、プレゼントマイクの『ハイスタート』と聞き逃しそうな声が聞こえてきた。

もはや雄英のお家芸。物間は当時の受験時に、天犬にとっても推薦入試の記憶は新しいものだった。

 

走り出そうとした二人だったが、策束が動かないことに気付いて足を止める。

 

「北と南から東門に向かって来てくれてるはずだからさ。天犬くんは上から、どっちのチームがどこと組んでるのか、確認してきてくれないかなぁ。一年生の名前だけで良いよ、もう覚えてるから」

「なんでお前が仕切ってんだ」

「じゃあ……物間先輩、よろしく」

 

物間は一つため息を挟んで、背に生やした金色の翼を羽ばたかせた。

彼の《コピー》は、天犬鴉の個性を模倣している。

 

「早く入ってくれよ、いまかいまかと狙ってるね」

「はいは──」

 

策束が一歩踏み出した途端、東門の仕切りが爆発した。

天犬は咄嗟に策束の背を掴んで、空へと舞い上がる。

 

「先先の先……。地雷とはやるなぁ爆豪め」

「ダイナマイトの!? すげぇ……」

「おいおい、敵を褒めるなよ。不味いぜこれは。三人とも空飛んじまった。天犬くんの個性目立つからなー」

「無個性よりはそりゃあな!」

「言うねぇ──へい!!」

 

器用に天犬の右腕を掴み、重心移動を行う策束。バランスを崩して落下していくのを慌てて支える。

 

「──いっ!?」

 

左羽根に衝撃が通過し、痛みを堪えて体勢を立て直す。

視線を巡らせれば、ビルの中腹にイヤホン=ジャックの姿があった。

 

ツクヨミと同様に、タイマンで魔王を足止めしたヒーロー。ビックスリー候補の一人。

襲撃に失敗した耳郎はチームメイトに指示を出して姿を消した。

 

直後、その場所から大量のレーザーがガトリング砲のように薙いだ。

 

(狙われすぎだろ! くそ! こっちは無個性ってビハインド抱えてるってのに!)

「トゥインクルトゥインクルの《ネビルレーザー》! ヒーロー科復帰戦、気合入ってるな!」

(……いたかそんな、ヒーロー)

「あ! そっちはまずい! 上! もっと上!!」

 

歯を食いしばって翼を動かす。そもそもこの翼にホバリングという能力はなく、一種の念力によって浮かんでいるに過ぎない。その浮いている身体を羽根で制御しているのだが──成人男性一人分はあまりにも重い。

 

結果、策束の言葉に逆らうように《ネビルレーザー》を避けて地面へと近づいてしまう。

 

「策束ぁぁぁぁああああ!!」

(ダイナマイト! 狙われた!!)

 

落下に合わせるように、爆豪は《爆破》で空を飛んだ。止めることなどできはしない。

次の手を考えている間に、策束は天犬の手を振り払って飛び降りた。

 

妙にスローモーションのように、その背中を見送ってしまった。

地上二十メートル。

 

もしダイナマイトと取っ組み合いにならなければ、死んでいたのに。

 

「爆豪ぉぉぉぉおおおお!!」

 

約七十キロの加重もあり、さしもの爆豪でも急激に高度を落とす。地上一メートルで《爆破》の反動によって浮かび直したが──策束はそれを狙っていた。

 

爆豪のコスチュームを掴んだまま頭を大きく振り、二人で地面へ落下する。

策束は腰を強かに打ち付けているようだが、ダメージは顔から落ちた明らかに爆豪のほうが多いだろう。

 

爆豪が《爆破》で宙を駆けるのは、そのじつ非常に効率が悪く、見えない技量の高さで補っているに過ぎない。

《爆破》と《爆破》とを組み合わせて、彼は難度の高い立体起動を見せているのだが──明確な弱点がある。

 

一つ目の《爆破》の反動で空を飛ぶというのなら、空中での停止や直角的な【移動】は二度目の《爆破》がなければ成り立たない。

男性二人分の体重を支えられるほどの《爆破》の慣性が、いま二人が味わった地面の威力になる。

 

腰を抑えた策束は転がりながら逃げ出したのに、最短距離では追えないほどのダメージ。方向感覚を失っていたらしい爆豪は、空中の天犬と視線が合った──のに。

 

「一年! はやくこっち!」

「え!? だけどアイツが!」

「アレは良いって! 問題ない!」

 

物間に呼ばれ、後ろ髪を引かれる気持ちで策束を見捨てた天犬。爆豪に追われる以上、捕縛はほぼ確定事項だろう。

近くのビル屋上へと降り立つと、物間は開始一分で得られた情報を共有した。

 

「ダイナマイト、イヤホン=ジャック、サーティーンが一チームだね。インゲニウムとショートが組んだのが重たいけど、いまは骨抜たちが相手してくれてるから助かった」

「な、なんでそんなこと分かるんスか」

「策束くんが嗾けたからでしょ。まさかこのタイミングでA組とB組で煽るなんてねぇ。まったく、一番勝ちに拘ってるのはお前じゃないか……」

 

なんのことか半分も理解できなかったが、どうやら策束がなにかしたのかは伝わってきた。

 

「さあ、行くよ一年くん。このままじゃ最後のチームになるまで戦わないなんてことになりかねない」

「え、あの──」

 

物間のぎらぎらとした笑いに怯えていた天犬だったが、【その齟齬】はあまりに致命的だったために、物間に質問を行うことにした。

 

「俺はそれで良いんですけど、勝ちたいのなら戦わずに隠れるって選択肢もあるんじゃないですか。つーか無個性がいるならそうしないとダメかなって思ってて……」

「……どういう意味? あ、ああ、そうか……」

 

物間もその食い違いにようやく気付いた。

 

「僕らにも隠し事かよ策束くん! 絶対キミ気づいていたよね!」

 

空に向かって物間は叫んだ。

物間はルールの解釈を『最後の一チームになるまで戦うこと』とした。

一転、天犬の言うルールの解釈は『時間制限まで生き残ったチームになること』だ。

雄英体育祭三日目のルールの不明瞭な箇所にそれにいったい何人が気づいていただろうか。

 

その叫び声を聞いたのは、天犬だけではなかった。

爆音とともに、ビルの屋上に爆豪の姿を見た。

 

「ダイナマイトォ!!」

(無個性が捕まって二対三──ここからだよなぁ!)

 

すくなくとも、この好戦的に笑う爆豪は気づいていないだろう。

なにせ、全員倒せば勝ちなのだから。

 

雄英体育祭一年の部優勝者──天犬鴉。

その個性は、翼を生やし、念力を使い、突風を操るものだ。感情によって肌は赤く、髪は羽根と同じ金色に染まっていく。

 

その複雑怪奇な個性に、一つだけ日本の伝承が当てはまる。

──《烏天狗》。

 

「大嵐!」

 

自身に扱える最大級の突風で空中の爆豪と距離を稼いだ。空中機動で、自身の個性が負けるわけがないと知っているから。

 

「物間先輩!?」

 

一足先に空へ昇った天犬は、物間のことを置き去りにしたと勘違いしていた。

ポケットに手を入れたまま爆豪と視線を合わせ続ける物間。まさか《コピー》が切れたのかと不安になる。

チーム戦で自身だけが個性を持っているなど、考えたくもない。

 

「僕はね、常々思っているんだけど。わざわざすべての勝負で勝つ必要なんてないんじゃないかな」

「温いこと言ってんじゃねぇぞコピー野郎!」

 

爆豪はすでに突風から抜け出し、フェイントを加えながら物間へと接敵していく。

 

(速い!? デタラメだコイツ!)

 

四度振るってすべてが透かされた。

その間に、爆豪の手の平はすでに物間の前にある。

 

「吹き飛べ」

 

だが、《爆破》は起こらずに、爆豪の手は物間の顔の前で止まっていた。

勝負が決まったから手加減した様子でもない。

 

「慢心かなぁ? 良くない、良くないよ爆豪くぅん。最初の脱落者は──キミだ」

 

物間は微動だにしなくなった爆豪の右手に手錠をかけ、それを左手にも繋げた。

 

「フィーッフィフィフィ!! ビッグスリー? ナンバーワン? ざぁんねん! キミは僕の養分だ!」

「なん……で?」

 

天犬は物間の隣へと降り立った。爆豪の目の前で手を振るが、反応がない。まるで、精神が壊れてしまったかのように──。

 

「《洗脳》!? ペルソナコードか! いつの間に……」

 

物間と分かれたのは一度。爆豪の地雷によって分断されたスタート地点だ。物間が離脱して戻ってきて、それでも二分とかかっていない。

 

(ファントムシーフ……この人……すげぇ……)

 

天犬が目標にしていたダイナマイトが、自身でなければ勝てないと思っていたダイナマイトが、開始三分で土を付けられる。

予想などしていなかった。

 

腹蔵なく言えば、天犬に勝てる展望はなかった。

自分が持つ武器を駆使すれば、良い戦いはできると思っていた。運が良ければ勝てる。その運を、虚勢で誤魔化していただけだった。

同い年なら、同じ経験を積めば自分なら勝てる。

そのような言い訳をしていれば、その瞬間だけはナンバーワンに成れたから。

 

それだけの目標だったのだ。

そしてそれは、物間にとっても同じことだ。

 

「アイツのお膳立てでってのは気に食わないけど、ふふふ、優勝が見えてきた」

「──これからどうします?」

「え」

 

緩むどころかつり上がっていく物間の笑い顔から視線を逸らせ、天犬は振り返った。

すぐ後ろから、声がしたから。

 

「まずは無個性くんと合流して──」

 

天犬は、心操と目を合わせていた。

心操も、天犬と視線を合わせている。その心操は無表情のまま、口を開いた。

 

「あとはお前だけだな、一年」

「──っ!?」

 

心操の手から放たれた捕縛布を避け、大きく避ける。

 

「いまだ!!」

 

心操チームの二人が物間に手錠をかけるために飛び出し、天犬は念力を使って二人の動きを止めようとするも、心操によって阻まれた。

足に絡みついた捕縛布を嫌い、より高く飛ぶ。

 

その天犬に、心操は背を向けた。

 

「なんで──」

 

呼びかけようとして口を噤む。

 

心操人使──個性《洗脳》。

会話はあまりにもリスクが高い。

 

だからって、なぜ背を向けるような安易な行動を。

空中で動けずにいる天犬に、心操は一瞥するように振り返る。

 

「悪かったな。もう行っていいよ」

 

その声はあまりにも感情が込められておらず。だからといって三対一を行えるほどの余裕はない。

──もし、このときに念力で物間を攻撃していれば反撃は可能だったかもしれないが、天犬はいまだ『時間制限まで生き残ったチーム』になることが目標のままであり、長期戦を主軸にした考え方をしてしまっていた。

 

 

天犬は早鐘を打つ心臓を抑えて、物陰に隠れていた。

 

(これで、良いのか……? これが俺の勝ち方か?)

 

正しい選択をしたと思っている。

あの爆豪を鮮やかに捕縛した物間が、つぎの瞬間には確保されていたのだ。レベルが、ステージがあまりにも違いすぎる。

個性の練度や戦い方の技術の差が読み切れず、残るサイドキックは無個性。

物間は三年の部ながらベスト八位。心操に至ってはベスト十六位。

 

天犬が圧倒して然るべきはずなのに、なぜ、こんな状況に──。

 

「天犬くん」

 

ビルとビルの間に身を隠していた天犬は、名前を呼ばれて身体を硬直させた。

素直に応じて良いのだろうかと、呼吸すらできぬほどに緊張してしまう。

 

「味方だよ、策束業。物間はどうだった? さぞや間抜け面だっただろうなぁ。あっはっはっ痛いわ!」

 

ビルの隙間に策束を引き摺り込み、薄暗い状態で本人か確認する。

爆豪に追われてどうして確保されなかったのか──無個性だから見逃されたのだと勝手に納得し、天犬はべつの質問をした。

 

「なんでこの場所が」

「三人一組とは言えどほかに味方を作るなとは言われてないですし? バックアップは常に準備しておかないと」

 

策束は手にしていた携帯端末の画面を見せる。そこには暗闇に天犬と策束の姿が映っていた。その画角へ顔を向けるとドローンが一機飛んでいた。

 

「ああ、あれはボクの知り合いがクラッキングしてくれていまして。物間を見捨てて逃げ出したシーンべつの映像に切り替えてありますよ。良かったですね、ボクがサイドキックで」

「そっ……そもそも! 無個性が!」

「違う違う……違うでしょう?」

 

策束の笑い声が喉の奥で潰されている音を聞いて、顔を上げられなくなる。

 

「勝ちたいのは、キミですよ? 負ければ周りのせいにして、勝利だけは自分のものだと? ふふふ、甘えちゃあいけない。キミは条件さえ整えばダイナマイトにもショートにも、デクにもビックスリー候補にも勝てる……と、思っていましたが、見込み違いでしたか?」

「舐めるんじゃねぇ……」

「ほぉらやっぱり。できますよね? ショートにインゲニウム、ツクヨミにクリエティ。この四チームが手を組む前に場を荒らしたい。ね、できますよね?」

 

できる──そう言いたかった。

こんな無個性に馬鹿にされるなんてあってはならない。

 

だが、さきほどの爆豪の敗退がどうしても頭から離れなかった。

 

「どうしたら、良い……」

 

俯いたままそう呟いていた。

反応がなく、上目遣いで顔を上げる。

 

「素直な子は、好きですよ」

 

天犬を見下ろす策束の笑顔は、艶やかなものだった。

策束はその場で、状況の説明を始めた。

 

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