【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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期末テスト・学科

 

ヒーロー活動にセクシーさは必要か。

そんなくだらない番組のテーマを見ながら、プロヒーローのミッドナイトとマウントレディの言い争いをきっかけにテレビの電源を切る。思いのほか見る価値がなかった。

 

次の日の月曜日、午前の授業が終わると、相澤先生が期末テストに対して切り出した。

 

「期末テストまで残すところ一週間だが、お前らちゃんと勉強してるだろうな。当然知っているだろうが、テストは筆記だけでなく演習もある。頭と身体を同時に鍛えておけ」

 

「以上だ」と言って教室から出て行く相澤先生に、脳内のピンク色がべりべりと剥がされていく気分だった。

いま彼はこう言った。「テストは、筆記だけでなく、演習もある」と。

テストは余裕だ。中間では二位。一位こそ八百万に譲ったものの、点差はほぼない。三位の飯田とは二十点ほどの差が出ている。

まあ中間のテスト範囲などたかがしれているし、八百万とオレ、飯田にとってもほとんど復習に近かった。それは期末テストの範囲にも言えることだ。

問題は、演習だ。

まずい、非常にまずいである。

なんの対策もしておりません。

正直、あの耳郎と会話したときから、勉強や身体鍛えることよりも、オレが彼女のことをどう思っているのか、あるいは彼女はオレをどう思っているのかが気になっている。ノートの端っこにハートマークの落書きがちらほら増えていて恥ずかしい。

 

芦戸と上鳴はオレと真逆で、勉強に対して焦りを見せている。

双方とも中間テストではドベとブービーだ。しかたあるまい。

 

そんなやつらにも救いの手はある。八百万が胸に手を当てながら、勉強を見る約束をしている。彼女は、オレと同じように演習に対して不安を感じているようだが……。

なんというか……やばいよなぁ。そもそも演習ってなにするんだろう。全然聞いていなかったな。

 

八百万に、耳郎や瀬呂も勉強を教えてほしいと声をかけた。耳郎とはあれきり、挨拶する程度だ。向こうは平気な顔をしているし、あれ以来恥ずかしそうな表情は一切見せていない。……オレが勘違いしている可能性のほうが大きいよな。「それだけ」だもんなぁ。

 

さて、そんな八百万に尾白も勉強を教えてほしいと声をかけたことで、八百万のテンションは振り切れた。

八百万家で勉強会を開くと宣言したのだ。

別にそれは悪いことじゃない。だけど彼女の家に【友だち】がくるなんて初めてのことだろう。講堂を空けるところから計画をし始める。

良いか、みんな。オレがバスで友人を集めたことが小さく思えるぞ。

 

「みなさん! お紅茶はどこか御贔屓ありまして!? 我が家はいつもハロッズかウェッジウッドなので、ご希望がありましたら用意いたしますわ!」

「ではよろしければ私の分でCTCを。私も参加よろしいですか?」

「ああ業さんはそうでしたわよね! もちろん勉強のことも任せてください! 必ずお力になってみせますわ!!」

 

本来なら参加を自分から言い出すなんて失礼な真似はしないのだが……。張り切りすぎる八百万はたいてい空回りするので、後からだとフォローが面倒なのだ。

 

 

昼休みには頭いい組の飯田や轟などが食堂に集まって、演習の話をしていたので参加させていただく。

緑谷は演習が不透明であることに不安を感じているが、オレほどじゃあないだろう。マジどうしよう、お腹痛い。

赤点、生まれて初めて取っちゃうのかなぁ。

 

昼食の最中、緑谷が頭を肘で突かれた。

 

「ああ、ごめん、頭大きいから当たってしまった」

 

突いた主は、B組の物間寧人。明らかに喧嘩を売ったな、コイツ。イライラしているときに良い度胸じゃあないか。

緑谷が言い返そうとするが、彼はあくまで緑谷をとっかかりにA組に喧嘩を売ってきたのだ。緑谷の言葉を遮って、自分の領域を作り出そうとする。

 

「キミら、ヒーロー殺しに遭遇したんだってねぇ」

 

──その言葉に、無視を決め込んでいた飯田と轟がかすかな反応を示す。敵は増やさないほうがいいと思うけどねぇ。

 

「体育祭に続いて、注目浴びる要素ばかり増えていくよねぇA組って。ただその注目って、決して期待値とかじゃなくて、トラブルを引き付ける的なものだよね。あぁ怖い! いつかキミたちが呼ぶトラブルに巻き込まれて僕らまで被害が及ぶかもしれないなぁ」

「お前、それ被害者の前で絶対言うなよ」

「策束くんっ」

 

なにか言い放つ前に、もう黙ってもらおう。緑谷も黙って聞いておけ。自覚のないヤツがオレは一番嫌いなんだよ。

 

「トラブルに巻き込まれたやつを助けてこそのヒーローがよ、厄介だなんだって……。お前ふざけてんの?」

 

物間を見据える。彼は明らかに反発するような視線を向けている。だが、正論にはさすがに反論はしないようだ。

 

「オレたちに喧嘩売りたい気持ちはわかるけど、言葉は選べよ……。なあ、B組」

 

彼だけではなく、後ろに立つB組の拳藤一佳にも告げておく。

 

「ごめん! 物間シャレにならん! 飯田の件知らないの?」

 

嫌そうに物間を睨みつけながらも、オレたちには申し訳なさそうな視線を送ってくる。まあB組でここまでオレたちを嫌っているのは物間くらいだろうな。

それでも気持ちはわからないでもない。彼も雄英高校ヒーロー科一年なのだ。それなのに、蓋を開けてみれば世間からの評価も、体育祭の評価も、A組を高く見る意見に占領されている。それが学校内からも上がる声であり、そこにきてヒーロー殺しっていうネットを騒がせているヴィランとの対峙だ。B組なら、ヘルメットマンがオレだってことも知っているだろう。

ひどい劣等感に苛まれているのは、想像に難くない。もしこれがA組とB組が逆の立場だったら、八百万などは自身の力不足を嘆いていたはずだ。

 

「あんたらさ、さっき期末の演習試験が不透明とか言ってたね。入試のときみたいな対ロボットの実践演習らしいよ」

 

──えっ!? 予想外の助け舟!!

隣も物間が余計なことを! と言いた気な目で拳藤を睨みつけているが、その彼女は物間の顔面を躊躇なくアイアンクローで固めていく。

 

「私、先輩に知り合いいるからさ、聞いた」

 

ちょっとズルだけど。と付け加える彼女は、非常に真っ当な性格らしい。不正は許さず、か。いいヒーローになるんだろうな。

彼女の言葉を聞いてブツブツと呟きだした緑谷に、ドン引きする拳藤だったが、彼女のアイアンクローから逃れた物間が吐き捨てるように言う。

 

「せっかくの情報アドバンテージをォ……憎きA組をォ……」

「憎くないっての! 行くよ物間」

 

物間を引き連れて行こうとしてしまうので、その前に物間にもう一つ言葉を足す。

 

「物間、緑谷にぶつかったな。謝っていけ」

「フン、謝ったじゃないか!」

「『頭が大きくてぶつかってしまった』だっけ? 自分の不注意を、相手の身体的特徴のせいにするのが、お前の謝罪のしかたってことで、受け取っていいんだな」

 

そんなやつ、誰が認めてもオレは認める気にはならない。

物間としばらくにらみ合うが、拳藤が肘で彼を突いたことで、ようやく謝罪の言葉が聞けた。まあ、いまはその程度でいいだろう。だけど、子どもの張り合いだなんて言い訳、もうそろそろ通用しない年頃だと理解しているのかね、彼は。

 

 

放課後、緑谷がみんなに向けて、期末の演習テストについて告げると、芦戸と上鳴が歓声を上げた。ロボット相手なら二人は無双状態だろうな。とくに上鳴はゼロポイントの撃破経験まである。

この二人は、あとは八百万家で勉強さえクリアできれば、期末はクリアだろうな。

 

耳郎は入試試験こそ撃破ポイント低かったものの、いまはコスチュームのおかげで広範囲攻撃が可能となっている。

そのため、このクラスでは葉隠とオレが演習への不安を抱えているんだろうなぁ。

 

「──人でもロボでもぶっ飛ばすのは同じだろ……! なにが楽ちんだアホがっ!」

 

そんな風に喚きだした爆豪に上鳴が反論するが、一瞬で言い返されて、剣幕に縮こまってしまう。

 

情けない。

 

「調整なんて勝手にできるもんだろ! アホだろ! ──なぁデク!」

 

また始まったか。なにかね、発情期かね。

最近は落ち着いていた爆豪の緑谷イビリだが、職場体験を経て成長した緑谷に対して、見下したい欲が現れてしまったようだ。

教壇近くに立つ爆豪は、座ったままの緑谷を強く睨みつける。

 

「個性の使い方、ちょっとわかってきたか知らねぇけどよ、てめぇはつくづく俺の神経逆なでするなっ」

 

その静かな怒りに、クラスメイトが何人かこそこそと話し出す。こんなときこそ委員長当たりに諫めてもらいたいものだけどな。オレはオレのやり方しかできない。

わざと、クスクスと声を上げる。

案の定、爆豪には睨まれるし、クラスメイトには心配される。

 

「言葉使いは悪い、態度も悪い、おまけに頭も悪いって……ああごめん、お前のことだ、爆豪」

「……テメェ喧嘩売ってんのか? アぁ!?」

「うっそそれ質問? こんな露骨に喧嘩売られて? 気づいてないの?」

「おい策束! 爆豪もやめろって!」

 

切島がオレの間に割り込もうとするが、いい加減うんざりだ。

 

「横柄な態度。過度な敵愾心。威圧的な言葉使い。直す気はないのか?」

「ねぇよンなもん!」

「当ててやろうか?」

 

ああ、得意なんだよな、そういうの。

気分は冷め切っている。頼むから、爆豪、言わせないでくれ。

 

「緑谷のこと、ずっと、ずぅっと見下してたろ。その緑谷がお前の上にいるって認識したのはいつだ?」

 

その言葉から先は早かった。

爆豪は切島を飛び越えて、オレの胸倉をつかんで、勢いのまま壁に押し付ける。衝撃ですごい音がするし、壁が軋んだ気がした。

一見暴力に追いやられたのに、彼は黙ったまま、睨みつけているだけだ。なら、オレが話そう。

 

「お前は弱みを見せたくないんだ」

「弱くなんてねぇ!」

「そうか? 格上だと思ったらすぐ個性連発する癖、無くした方がいいと思うけどな」

 

いまだって、これだけ怒りを見せているのに、彼が個性を使う様子はない。

 

「お前は強いよ、間違いなく。センスもある。いまだって冷静だ。なのに、なにに怯えているんだ?」

 

首を壁に押し付ける腕の力が増している。でも喋れる余裕を残すのは、爆豪なりの優しさか、黙らせたら負けだと思ったのか。

彼は一瞬、隣に立って様子を見ている轟を見た。まあそういうことだろう。

 

「いままで一番だったから。一番じゃないと、お前がお前じゃなくなるんだろ」

 

視線を逸らした虚をついた。爆豪は、もう一度オレを見たが、その目にはさきほどの殺意がない。まあもともと殺す気なんてなかったし、当然ではある。

 

「テメェになにがわかるっ! 無個性の雑魚が!!」

「わかるんだよ。不思議と。オレの個性かな?」

 

彼の手を払う。押し付ける強さはあったが、払う分には構わなかったらしい。ただ冷静な爆豪がそこにいた。

よしよし、いつもの爆豪に戻ったかな。

 

「緑谷に勝って、轟に勝って、そうすりゃヒーローか? なにを焦ってるんだ。なにに勝とうっていうんだ。ここはプロヒーローの入口だぞ。もうお前を評価するのはお前じゃない。お前が行なったことを、誰かが見ているんだ」

 

ネクタイを直しながら言うがすでに爆豪は歩き出していた。扉も閉めずに歩く彼に、誰も声をかけられないでいる。

クラスに気まずい空気だけが残った。

 

「切島」

「は、はい!」

 

なんで敬語だ。

 

「ああいう手合いは止めたって無駄だよ、たまにはストレス発散させてやるのが一番。緑谷にはいい迷惑だろうけど」

 

あ、そうか。オレも爆豪も似てるんだな。だからわかるのか。

なんてね……。

 

「空気悪くして申し訳なかったけど、主な原因は爆豪だから許してほしいね」

 

オレも鞄をもって教室を後にする。

素直に帰ろうと思ったが、誰かに呼び止められた。

 

「策束」

「相澤先生」

 

放課後なのに寝袋にも入らず、力を抜いて壁に寄り掛かっている。手にはクリップボード。なるほど、【こうやって】クジ分けしているわけか……。普段から付けられているんだろうな。早く気配とか感じるようにならねぇかな。

 

「ちょっと来い」

「うっす」

 

とことこくっ付いて行った先は、校舎を離れたUSJとの中間近い地点。結構歩いたつもりだったが、そこにはなぜか心操がいた。

 

「待たせたな」

「いえ!」

 

あの覇気のなかった心操が、ピリピリした空気を出して相澤先生に答えている。

それに、彼の首元には《捕縛布》が巻かれている。

 

「えっと、これは?」

「お前、帰っても勉強してねぇだろ」

「まあ、はい」

 

雄英の勉強は、に限られるが、たしかに帰ってすることは肉体の基礎を作ることだ。でも大学に向けての勉強はもうしているんですけど。

相澤先生はポケットから綺麗に巻かれた布を取り出す。これが捕縛布か。触った感触はシルクのように滑らかだ。だが少し重い、それに、硬い。

 

「お前も心操と一緒にそれ振ってろ」

 

お、え、マジか。

 

「ヒーローアイテムの分類になるから、終わったら回収する」

「はい」

「返事は?」

「しましたけど!?」

「小せぇんだよ」

 

心操をちらりと見ると、彼はゆっくりとうなずいた。しかたがないと深呼吸し──

 

「はい!!」

 

その日から、オレと心操の秘密の特訓が始まったのだった。

とは言っても、この捕縛布。取り扱いがめちゃくちゃに大変である。

振る振らない以前に、まずは相澤先生のように首に掛けることすらままならず、最初に行ったことは、心操の身体全体に絡まった捕縛布を解くところからだった。

 

「いだだだだだ」

「動くな、動くな!」

「動いてない、締まっていくんだ」

「硬っ、鉄かよ、このっ!」

「イレイザーが五年掛かって習得したものを、オレなんかが本当に扱えるようになれるんですか……?」

「諦め早いよ! 足抜けそう? オレの指ちぎれそうなんだけど」

 

痛みで脂汗を流す心操。絡まった捕縛布を力ずくで剥がすのは諦め、捕縛布の端っこ探すオレ。助けを求めて相澤先生を見るが、彼は木に寄り掛かったまま、心操の疑問に答える。

 

「俺は『ゼロからの独学』で五年だ。ノウハウがあるのとないのじゃ違う」

 

そのノウハウを教えずに、苦しんでいる学生を見ているのはどうなんですかね先生ぇ……。

 

「俺やおまえらのような人間はな、いざって時一人でどうにかできなければ死ぬだけだ」

 

……それは、そうなのだろう。

だからそういった【いざ】には、一人で近づきたいとは思わない。

保須のときだって、マニュアルさんと離れて一人で飯田を探しに行っていただろうか? 緑谷は、そういうことを率先してやってのける。自分がどれだけ危機的状況だとしても、目標は変えない。危うさでもあるが、それは覚悟なんだと思う。

じゃあ、オレは……。

まだ覚悟が決まっていない。だってヒーローになるつもりがないのだ。いまだに大学に向けての勉強は欠かしていないし、名前決めだってそうだ。誰かにまかせて、誰かが解決してくれることを願っている。

万が一ヒーローになったとして、オレにはなにもできない。

マニュアルさんのところで、オレはそれを学んだのだ。たった三日で、それを学べてしまった。

彼の事務所は、彼の覚悟だ。

事務所を自宅にして、自室なんて有って無いようなものだ。それでも、彼はヒーローであり続けている。万が一の災害に備えている。

オレにはない、覚悟なんだ。

 

「足……折れるかも……」

「あ、わり」

 

月曜日から金曜日までの放課後を使って、二人がようやくスムーズに訓練できるようになった話は割愛しよう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

期末テスト最後の週末となる土曜日。

八百万家の最寄り駅に、オレ、芦戸、耳郎、瀬呂、上鳴、尾白の六人が集まっていた。

 

心操もこないか? とは誘ったが、そもそもテスト範囲が違うらしい。どんなことをしているのかとノートを見せてもらえば、他校の進学クラスレベルだった。範囲も広いし、なにより一学期の期末ですでに二年生の範囲も混ざっている。これはさすがに手一杯だろう。二年になれば大学受験に向けての勉強を行うらしく、家で勉強する手間は省けるな。いいな普通科。

 

そんな心操に勉強を教えることは難しい。オレや八百万だけならいいが、今回は基礎を教えるための勉強会だ。そのため、弟も来たいと言い張ったが、今回は遠慮してもらっている。

ちなみに勉強会は、泊まりではないものの、土、日、月の三日間を予定している。月曜日は祝日なので、最後の追い込みとなる。芦戸と耳郎は泊まるかも。

 

電車から降りると、途端に暑さが肌を焼く。駅から徒歩の移動だ。さすがにタクシーでの移動となる。徒歩で行けば死ねる距離だ。

その証拠に、携帯端末でマップを操作する耳郎が首を傾げている。

 

「ねえカルマー、教えてもらったアドレス検索しても森なんだけど」

「えー? 間違えてんじゃねー?」

 

肩を寄せ合い、携帯端末を睨みつける耳郎と上鳴に、ちょっとだけモヤモヤしたものを抱えつつ、不穏な気持ちを吹き飛ばすように笑っておく。

 

「あってるよ。さすがに歩いて行った事ないから時間はわからないけど、八百万家の私有地から正門までで大体三十分くらいは歩くかな?」

「えー? なにどういうことー!? 森の中歩くのー?」

「大丈夫、車ならすぐだから」

 

ちなみに、の話をするが、実はいまから行くところはある意味八百万家の別荘である。【日本で暮らすときはそこ】と言えばわかりやすいだろう。

本当の意味でオレの家とは規模が違うのだ。

 

案の定、タクシーで降ろしてもらった彼らは、ポカーンと口を開けている。

 

「セレブだと思ってたけど……」

「策束ん家で耐性付いたと思ってたけど……」

「まさかこれほどとは……」

 

森の中? まあそうだな。彼女の家は森の中だ。

正確に言えば、四つの山を買い取って、一つの山を開拓して自宅が作られているのだ。残り三つの山は『八百万自然森林公園』となっており、避暑地として有名な、宿泊施設も兼ねた観光スポットになっている。

オレたちが立っている場所も、ある意味森の中だ。綺麗な一本道のコンクリートロードが敷かれて、歩道もあり、歩道の脇には柵もある。それが三十キロ続く私道だと言われれば、もうなにを言っているかわからないだろう。

 

蝉の鳴き声は駅で感じる数百倍は聞こえるが、気温は都心部では考えられないほど低いし、乾燥している。正直ここにテントでも張って夏の間過ごしたい気分だ。

 

耳郎が正門のチャイムを鳴らすと、刹那の時間も空けずにインターホンから八百万の嬉しそうな声が聞こえてきた。

それをきっかけに正門が開き、中に案内される。

 

中央にコンクリートの道路。その脇は天然の芝生。芝刈り機に乗る作業服のおじさんは、この家の執事長だった。

正門からも見えた噴水の奥には、どこぞの映画で出てきそうな洋館。扉を開ければレッドカーペット。エントランスの階段からはトタトタと八百万が駆け下りているところだった。

彼女の頭上に絢爛と輝くシャンデリア。サイズは違えど、このシャンデリアがこの家には十六か所ある。八百万のご両親の寝室は見たことがないが、子どもの頃数えたので間違いない。

 

「さあ、みなさん、こちらですわ!」

 

嬉しそうに、心底から嬉しそうに先導してくれる彼女の後を追うが、何人か通路の装飾に見とれて足を止めてしまう。

気持ちはわかる。映画のセットですらチープに感じるほど、この家は本物なのだ。

 

講堂に案内されると、彼女はお茶の用意をすると出て行ってしまった。はしゃいでるなぁ。

オレが座って、ノートやお土産を出していると、ようやくみんなも動き出す。

 

オレの正面には耳郎。彼女の私服は初めて見たが、水色のワンピースで、レギンスパンツこそ履いていたものの、ちゃんとスカートだった。いつぞか、私服にスカート持っていないとか思った事を謝罪したいし、ちゃんと「似合ってるよ」って伝えておいた方がいいんじゃないかなでも好きでもないやつにそんなこと言われたら嫌な気分になったりするよなでもなにも伝えないってのも……。

 

紅茶を運んできた八百万がみんなに振る舞う。紅茶を飲んでか、嬉しさを全面に押し出す八百万にほだされてか、少しは緊張がほぐれたようで、みんな勉強を開始する。

隣の芦戸に何度か質問されたが、すべて八百万に任せることにしている。そのほうが八百万も嬉しかろう。

 

「カルマ、それってなんの勉強してるの?」

「全国共通テスト」

「げぇ!? 本気で言ってるのかよ策束!」

「本気っていうか、オレとか百お嬢さん、あとは飯田あたりも、こういう勉強のほうが手っ取り早いんだよ。今回の期末テストの範囲は中学でもやってる」

 

みんなにびっくりされたが、公立と私立中学の差はそれくらい出ているのだ。公立の進学クラスにも言えることだろうが。

それでも、上鳴たちはヒーローを目指している。勉強がヒーローに関する方に寄ってもしかたがないだろう。ただ、彼らも中学校時代は成績優良者のはずなので、ちゃんと勉強する時間さえ確保できれば十分巻き返せるだろう。

 

「セレブって頭いいんだな……」

「努力してるんだよ、これでも」

 

上鳴め、金持ちが全部頭いいなら貧困層には馬鹿しかいないことになるだろう。そんなわけはなく、馬鹿は馬鹿、頭いいやつは頭いい。

 

とくに八百万の化学の成績には勝てる気がしない。個性のためと言えばわかりやすいが、自分が行えるかといえば難しい。化学専門のテストならば、彼女は並みいる学生を押さえて余裕の一位を取るだろう。高校生だけではなく、大学生がいても同じことだ。院生が加わって初めてどうか、と言ったところか。

 

次の日の日曜日には噂を聞きつけた葉隠が、最終日には常闇と麗日も参加して──。

挑むは火曜日、期末テスト。

午後は休みとなるが、それでもヒーロー情報学やヒーロー基礎学などのヒーロー科ならではの学科テストもあるので油断することは許されず、勉強勉強、また勉強である。

三日目ともなると、芦戸や上鳴の気力や集中力は限界だ。骨は拾うぞ。

 

そのテストが終わって、相澤先生の号令がかかった瞬間、二人は八百万に笑顔でお礼を言った。そして、その八百万は浮かない表情ながらも、嬉しそうである。

 

やっぱりテストの日数が進めば進むほど、八百万が思いつめているようにも見えていたが、間違いではなかったらしい。彼女にも実技試験の話は伝わっているし、やることは理解している。だが、彼女は推薦組で、障害物競争で見たロボが初見なのだ。『3』ポイントまでなら問題はないだろう。問題はゼロポイントの巨大ロボットだ。万が一それを二体倒せと言われれば、彼女の個性のストックが無くなる可能性はあるな。

まあそれ以前に葉隠、障子、蛙吹は個性の関係上撃破不可の可能性もあるんだけど。

 

 

そして迎えたテスト四日目。

実技試験会場中央広場に、ヒーローコスチュームに身を包んでA組が集合していた。

対するは、八人のプロヒーロー。

 

これは、本当に、ロボットとの演習テストなんですかねぇ?

そんなオレの不安は見事に的中することになる。

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