期末テスト実技試験──第十試合は、おおよそ見ていられないものだった。
峰田が逃走を図った場面も、オレやリカバリーガールからすれば情けない場面だったが、彼は観客すら騙し切って、対戦相手のミッドナイトを実力と作戦で真っ向勝負からの勝利。
しかし、爆豪と緑谷は違う。
彼らのステージは、第一試合と同様の市街戦。
対戦相手は、雄英高校最強の存在。日本における平和の象徴、オールマイトその人だ。
なのに、与えられた作戦相談時間では二人は一言も会話できず、スタート開始してから歩いている最中も、爆豪は緑谷の話を聞こうともしない。
大通りを愚直に歩き続ける爆豪を少しでも止めようと、緑谷が逃げ腰になっているが、それは無理もない。
彼もヒーロー殺しとの対戦経験を持っている。独断専行がどれほど愚かな行為かはわかっているのだ。
そして、それを戯言だと思ったのか、爆豪は緑谷を殴り飛ばした。
モニター室ではあまりの愚行にうめき声があがり、リカバリーガールもため息を一つ。
それでも今回は緑谷も本気のようだ。殴られた後でも爆豪に言い返して──
突如、カメラが砂嵐で覆われた。
「うわっ! なにこれ!?」
「またヴィランとか!!」
慌てる切島と麗日に、リカバリーガールが笑った。
「全部のカメラを見てごらんよ。いまのは、挨拶さね」
砂塵で見えなくなっているカメラはいくつかあるが、ゴール前に設置されたカメラに、老婆のお目当てが映っている。
なにかを殴ったようなポージングのオールマイトを見て、生徒は、先ほどとは全く違ううめき声を上げた。
この砂嵐は、オールマイトがハンディの重りをつけたまま振るった拳の、拳圧によって生み出されたものなのだ。
砂埃が晴れたあとには、地面むき出しの大通り。
オールマイトにはいくつもの伝説がある。
災害から千人を救出した。
ヴィランを一万人逮捕した。
拳の一振りで天候を変えた。
そして、たったいま、彼はオレたちの目の前で、地形を変えてみせた。
以前、ヴィランとして俺たちの前に立ったときですら、手加減してたのだと、鳥肌か立つ。
「逃げれんのか……こんなの……」
それでも、口を開ける切島は立派だな。オレなんか呼吸も忘れてたよ。
モニターに映る爆豪はもっと立派だ。その攻撃を放ったオールマイトを目視した瞬間、飛び掛かり攻撃を放つ。それもリーチ差で顔面を掴まれ、地面へ落とされる。……いまのが力入れてなかったとしても、二メートル以上の地点から後頭部を落下させたんだよな……。ヤバい、オールマイトが完全にヴィランだ。
逃げ腰の緑谷はオールマイトに背後を取られ空へ逃げるが、ダメージからすぐさま立ち上がって空を移動する爆豪と衝突する。
二人は地面へ落ちるが、そのまま戦闘不能とならず立ち上がる。
だが、それでも二人の意見は割れたままだ。
情けない。
オールマイトはちぎり取ったガードフェンスで緑谷を地面に固定。止まることなく、爆豪の腹部へ一撃を放つ。これで心が折れればそれまでだ。
というかオールマイトに勝てる方法とかあるの? 絶対無理だわ。少なくともオレと切島のペアでは百回やって百回負ける。
もちろん、オールマイトは優しいさ。いまだって無理やり立ち上がった爆豪になにかを必死に語りかけている。
それでも、拳は振り下ろされて──!?
「緑谷くん!?」
拘束から抜け出した緑谷が、爆豪を殴り飛ばした。結果的にはオールマイトの一撃は両名が避けられたわけだが、無茶するなぁ。
ゴロゴロと転がる爆豪を緑谷は抱きかかえて、裏路地へと逃げて行った。オールマイトは、すぐには追わない、か。手足につけた重りは間違いなくオールマイトが一番ハンディとして働いている。狙うならそれだろう。
緑谷たちは裏路地での言い争いの末、爆豪が──小手を緑谷に手渡した。
「爆豪!! やるじゃんあいつ!!」
切島は自分のことのように嬉しそうだな。どんな言い争いがあったにせよ、あの犬猿の仲の緑谷に、自分の一部を渡してでもオールマイトに勝利することを選んだのだ。
大通りをゴールに向かって走るオールマイトを爆豪が強襲。渡した小手は見せないように動いているが、それは片手でオールマイトと戦っているようなものだ。戦闘は短いだろう。
緑谷がオールマイトを爆豪と挟むように裏路地から飛び出してくる。
そしてグレネードのピンを、緑谷が外した瞬間に火の柱が発射された。
結果を見ることなく、二人はゴールに向かって飛び出した。
オールマイトは砂埃を吸ったのか、咳き込みながら立ち上がり、周囲の状況を確認する。あれ食らってノーダメージなのかよ……。
それを実証するように【オールマイトは緑谷と爆豪に追いついてみせた】。
これにはモニター室が凍り付く。
さきほどの爆豪が見せた協調性などなかったかのように、麗日は悲鳴を上げ、切島は合掌した。わかる。あんなのヴィランにいたらどうすればいいのだろうか。どんな個性があれば勝てるっていうんだ。
そこからは、あまりにも一方的だった。
もう一度あの爆発を放とうとした爆豪の小手を軽く拳で粉砕したオールマイトは、続けて爆豪を膝で蹴り上げる。彼はそのまま道路からビルの屋上へと蹴飛ばされたのだ。一瞬すぎて見えなかったが、あれアゴに入ってねぇか……? 背後で反撃しようと構えた緑谷の手を掴んで、彼の身体をハンマーのように、爆破の慣性を利用して突っ込んできた爆豪へ叩き落とす。
土埃が晴れると、四つん這いになる爆豪の背は足で踏まれ、左手には緑谷が手首を掴まれてぶら下がっている。その緑谷は投げられて地面を転がった。
「爆豪」
「いや、緑谷くんだ」
オレと飯田の意見が真っ二つに割れる。
何事かと周囲に見られるが、結果はすぐにわかった。
爆豪が体育祭のときに轟に見せた爆破の特大火力を、地面に縫い付けられたままオールマイトに放ったのだ。オールマイトは直撃を避けるべく、空に逃げる。
予想はオレの勝ちだな飯田。
「爆豪の判断の早さはダントツだよ」
「それは考えなしということでは?」
かもね。それはともかく、煙幕の中から緑谷が空を飛ぶように現れた。おそらくは爆豪がゴールに向かって投げたな。
そしてまたも、オールマイトがそれを阻止する。
空中を殴りつけたオールマイトは、その場で軌道を変更して緑谷に体当たり。彼を弾き飛ばした。緑谷がぶつかった反動で、大型バスの模型が数メートルバウンドしている。……死んでないよな。
代わりに、対空し続けるオールマイトは、背後から迫る爆豪への対応は遅れた。空中で爆豪がもう一度特大火力をオールマイトに放つ。
それすら、ダメージがないのかよ……オールマイト……。
特大火力が何度も直撃しているはずのオールマイトは、空中で爆豪の首を掴んで落下の勢いで地面に叩きつけた。死んでいたっておかしくはないが、どうやらギリギリで生きているらしい。二人とも生命力の塊だな。
ここで意外な行動をとったのは緑谷だった。ゴールに向かうべき彼は、目標をオールマイトへ切り替えた。その拳をもって、オールマイトを殴りつけた。
緑谷は、四肢から力を抜いた爆豪を抱きかかえて、ゴールに向かって改めて走り出す。
オールマイトは……追わない。重りがネックなのか、それとも試験としては終了ということなのか。
ゴールを抜けた二人を見て、モニター室のメンバーは力が抜けてしまった。
「じゃ、あたしゃちょっと行ってこようかね。オールマイトにはお説教だ!」
「お願いします! リカバリーガール!」
麗日の声援を背負ってリカバリーガールが移動したことで、オレたちも移動となる。外に出ると夕日に目を焼かれた。
その後は教師陣から労いの挨拶と、すぐ帰るようにとお達しとを受け、帰宅することになった。
「耳、大丈夫か?」
「え、ああ、見てたの? 大丈夫、治癒してもらったから」
帰り際、耳郎に話しかけると、やはりこの前のようなモヤモヤする感じではなく、本当に友だちとしての距離感で話を出来ていることに、少し安心した。
「明日は通常授業だよね。ハードだわー」
正門までは歩いて十分もかからない。
「ついでに言えば明日期末の結果出るって」
「えっ!? 本当!? なんであんたが知ってるの」
「拳藤から連絡もらった。ブラドキング先生から教えてもらったって」
「拳藤って、B組の?」
耳郎の三白眼で怪しまれる。別にB組とは対立しているわけではないからな。
「ロボット演習のこと教えてもらったから、筆記の範囲でヤマ張ったところ教えたんだよ」
「えー? ウチらにも教えといてよ!」
「八百万が教えてたろ。スーパー家庭教師並みなんだぞ、あの授業」
そういうと、耳郎は脚を止めた。そして首を傾げて、オレの言葉を繰り返す。
「八百万……。また言った」
「あ、え、八百万家で、教えてもらってたろ」
「え、それ誤魔化してんの? なんで?」
ニヤニヤと笑う彼女に、イヤホンジャックで背中を突かれる。いかん、藪蛇だ。本当のことを言うわけにもいかないし、ここは逃げるが勝ちだ。
別れ際笑顔の耳郎を見て、オレも笑顔になれた。
うん、まあ、やっぱりオレは耳郎のことが好きなんだろうな。
だからって付き合いたいとか考えているわけじゃないが、好きな子が笑顔だと嬉しいって、たぶん当然のことなんだと思う。
正門で記者に捕まる耳郎を見ながら、オレは車の中から手を振った。
◇ ◇ ◇
翌日、期末テストの結果が発表される。とは言っても簡易的に。赤点になった生徒の名前が伝えられ、芦戸、上鳴、瀬呂がうめき声をあげることになる。
しかし、夏休みの後半にある林間合宿には全員参加であると伝えられると、三人の表情は一瞬で明るくなった。──が、林間合宿で補習がいっぱい行われると聞いて、三人はしょげた。忙しくて何よりである。
帰りのホームルームでは林間合宿のしおりが渡された。行先は雄英とさほど離れていないが、期間は六泊七日と少し長め。生活必需品はこちらで用意。なんだったらアイスを大量に持ち込んで、八百万に作ってもらったほうが荷物は少なくて済むな。
クラスメイトで持ち物について話していると、葉隠がどうせならクラス全員で買い物に出かけないかと提案した。
いつぞかの反省会同様、爆豪と轟は不参加だが、他は全員参加。オレも放課後に心操と相澤先生とのトレーニングが増えたくらいで、土日はかわらんからな。参加しておこう。耳郎の私服が見てみたいとかじゃあない。ないったらない。
◇ ◇ ◇
土曜日、やってきたのは県内最多店舗数を誇るショッピングモールだ。みんなの私服は見たことがあるし、休日遊ぶことも少なくないが、女性陣は新鮮だな。オレも金持ちっぽいなんてからかわれたが、断トツで目立つのが葉隠だ。見えないのに一番目立つ。お前、お前マジかって叫びたい。
タンクトップに短パンなので、なんというか、上から服の裏地が見下ろせるのだ。それにブラジャーが見当たらない。もういろいろ辛すぎてオレの帽子を掛けさせた。できるならおばあちゃんが農作業でつけているような首まで隠すびろびろのついた帽子を掛けてほしい。
ちなみに今回は各自集合各自解散なので、送迎バスはお休み。帰りは切島や瀬呂たちとラーメンを食って帰るつもりだ。
集合は昼の一時としたものの、欲しいものがばらけているため三時集合と切島が決め、その場では解散となった。そこから先は、モール内にある運動施設とカラオケを利用する予定である。むしろオレはそっちが本命だな。どのグループにくっついて行くのが面白そうかなと思っていると、緑谷と麗日が残っている。……えっ、まさか、もしかして!?
と一人で勝手にドキドキしていると、麗日は虫よけがどうとか言いながら走り去ってしまった。
オレの勘違いだったか。最近本当に脳内ピンク色だな……。
まあいいや、とりあえず男たちと合流するか。
「緑谷、一緒に行こうぜ」
「あ! うん! ありがとう」
オレが一瞬、緑谷から目を離した隙だった。
「お、雄英の人たちだスゲェ」
ドン、と緑谷と肩を組む馴れ馴れしい男性。
「サインくれよ」
この暑い日に、フードを被って長袖で腕を隠す、白髪の優男。
彼は緑谷を見て笑っている。
あまりにも怪しい風貌だ。明らかに人と顔を合わせたくない、そう全身が表現している。
「たしか体育祭でボロボロになってたやつだよな」
「ハイィ」
「んで確か、保須事件のときにヒーロー殺しと遭遇したんだっけ? いやホント信じられないぜ! こんなところで【また会うとは】」
男の口調が一転する。
「ここまでくるとなにかあるんじゃないかって思うよ……。運命、因縁めいたもんが……」
彼は、緑谷の胸に回していた腕を抜いて、後ろ首を握りしめる。なぜか、中指は浮かせたまま。
緑谷も気づいて、顔を上げようとする。それに合わせ、ヤツはオレから緑谷へと視線を逸らした。チャンスなどとは思わない。ヤツはもう準備を整えたのだろう。
最初、緑谷が腕を回された段階で声を掛けるべきだったか。いまこの瞬間にも携帯端末を使うべきだろうか。
たとえ、緑谷の命を犠牲にしても──。
「まあでも、お前にとっては雄英襲撃以来になるか。お茶でもしようか、緑谷出久」
ヤツは、あのUSJに現れた仮面の男──死柄木弔なのだろう。
「自然に、旧知の友人のように振る舞うべきだ。決して騒ぐな、落ち着いて呼吸を整えろよ。オレはお前らと話がしたいんだ。それだけさ。少しでもおかしな挙動を見せてみろよ。簡単だ、俺の五指がすべてこの首に触れた瞬間、喉の皮膚から崩れ始め一分と経たないうちにお前は塵と化すぞ」
男の中指が、不自然に浮かせていた中指が、緑谷の首へ触れる挙動を見せつける。個性も発動条件も教えた? ブラフか、あるいは真性の阿呆か。なんにせよ、触れられて得るオレたち側のメリットなどたかがしれている。
降参の証に、ポケットに入れていた手を出して、両掌を向けた。ポケットに入れた携帯端末はあくまでオレ個人が購入したもので、緊急出動ボタンなんてファンシーなものはついていない。電源を入れ、画面を付け、雄英に関連する誰かに連絡? オレはそこまで携帯端末を使いこなせてはいない。
「こんな人混みでやったら、すぐにヒーローが、来て、捕まるぞ」
緑谷の虚勢は見抜かれているだろう。完全に命を掴まれて、それでも説得を試みる彼は立派だが、状況は好転しない。
それを証明するかのように、男の口元はつり上がった。
「だろうな。でも、見てみろよこいつらを」
残る腕を使って、周囲を指さす。
「いつだれが個性を振りかざしてもおかしくないってのに、なんで笑って群れている。法やルールってのはつまるところ、個々人のモラルが前提だ。【するわけねぇ】と思い込んでるのさ。捕まるまでに二十、いや、三十人は壊せるだろうなぁ」
それで、緑谷の心は折れたのだろう。力のない声で状況を把握し、対話を受け入れた。
男の目的は本当に対話か? 情報を引き出すだけ引き出して、緑谷を殺すってことも考えられる。
なんにせよ、俺と緑谷は、この男のあるかどうかもわからない個性一つに怯え、敗北したのだ。
男が対話のスペースを望んだので、独断で二階のオープンカフェに入る。
オープンテラス側は時間が早いせいか誰もいない。助かったな……。
「おごり? ありがてぇなぁ、さすがヒーロー、太っ腹だな」
「……あなたは、なんて呼べばいい?」
「あァ?」
「オレは、策束業。そっちは緑谷出久。適当に呼んでいいんですか?」
店員に頼んだ飲み物が来る前に、オレはそう聞いていた。
「……死柄木弔だ、ヘルメットマン」
その程度のこと調べてきてるか……。あるいは実際見ていたかもしれない、なんせコイツのサイドキックの黒霧はワープ個性。仲間のステインの動向を見ていたとしてもおかしくはない。
ところで、緑谷と死木弔の距離が近すぎて、男性カップルに見えなくもないんだが、これ痴情の縺れみたいに思われてそうだな。
「だいたいなんでも気に入らないんだけどさ……」
飲み物が運ばれてくると、死柄木弔はそのように本題を切り出した。
コーヒーのグラスに指を入れ、カランと氷を遊ばせる。その指を舐めてから話し始めた。
「いま一番腹が立つのはヒーロー殺しさ」
これにはオレと緑谷が視線を合わせて驚いてしまった。オレは可能性の範疇には収めていたが、緑谷は寝耳に水のようで「仲間じゃないのか」と聞き返す。
「俺は認めちゃいないが、世間じゃそうなっている。問題はそこだ」
『認めちゃいない』? 死柄木弔がヴィラン連合のリーダー? 八十人近くの大所帯をまとめ上げて脳無を何体も……? 見えないねぇ。器じゃないと言い換えても良い。
「ほとんどの人間がヒーロー殺しに目が行って、雄英襲撃も、保須で放った脳無も、全部やつに食われた……誰も俺を見ないんだよ……」
承認欲求に飢えている?
どうなってんだコイツの精神状況……。
例えば、コイツがさっき言っていた壊すだなんだの個性。それが完全にブラフで、脳無みたいな生物を生み出せる個性だとしよう。オールマイトを殺すためだけに雄英襲撃を試みて、脳無は一体。逆にステインの活躍を奪うために保須に脳無を三体。普通に考えればあり得ないことだが、思考が破綻しているのなら……? 承認欲求のための愉快犯?
「なぜだ……? いくら能書き垂れようと、結局ヤツも気に入らないものを壊していただけだろ……。俺と、なにが違うと思う?」
死柄木は余裕の表れか、オレから完全に視線を外して緑谷を見つめる。緑谷に固執している? 単に顔が割れているからか? いや、選手宣誓とヘルメットマンのことを考えれば、オレを気に入らなくてもおかしくはないけれど。
「なにが……違うかって……」
緑谷……。頼む、冷静になれ……。
彼は恐怖と焦燥で極度の緊張状態だ。常人ならパニック障害を起こしていてもおかしくはないだろう。彼をこの状況下でも彼たらしめているのは、周囲の人間の命も、同時に握られているという事実だろう。
「僕は、お前のことは、理解も納得もできない。……ヒーロー殺しは、納得はしないけど、理解はできたよ……」
次に何を語る……。もしもの場合はオレが口を挟まなければならない。現状、緑谷は自分の状況を冷静に把握しているとは言いづらい。
いや、あえて……あえてか?
「緑谷、お前それ本気で言ってるのか?」
このまま状況が好転しないのなら、混乱させておいたほうがまだマシだと判断する。
「飯田……って言っても知らないか。ステインの被害者の親族がいまして、そいつがね、ステインを『信念の男』だって言っていて、ぶん殴ってやろうかと思いましたよ。信念? 街頭演説で心折られたヤツに向けて使う言葉じゃないでしょう? 緑谷、お前さ、理解できるって本気で言ってるの?」
緑谷を掴む指の強さは変わらない。だが中指が挑発するように動いているわけじゃない……。好感触か?
「ステインは結局はやりたいことをやっただけ。しかも悪に吹っ切ればいいのに、『信念』って言葉を使って人を殺した。それが自分の利益を追求していないように、世間には映ったんでしょうね」
「……なるほど」
死柄木が面白そうにオレを見ている。不快な気分にさせやがる。
「さっき言ってましたよね、『誰も俺を見ようとしない』……。それって当たり前なんですよ。だって──映す価値がないんだから」
「さ、策束くん……」
案の定、死柄木の視線が冷たくオレを貫く。だが続けよう、それが交渉のテーブルってものだから。
「ヴィラン連合の、ヒーロー七名とエンデヴァーに処理された脳無。ヴィランなのにヒーローよりヒーローみたいな思想を持っているヴィラン。どっちが数字になると思ってるんですか?」
「数字だァ?」
「そうですよ。雄英襲撃だって結局のところ、マスコミはヒーローのスキャンダルとして扱った。民衆が見たいのは、そういうものってことですよ」
実際はそうじゃないかもしれない。雄英側は、あるいはもっと上層部はヴィラン連合の脳無に対して民衆が恐怖を抱かないように画策したのかもしれない。だが、このオレたち二人の命が危機的状況なので、正直真実なんてどうでもいい。
「マスコミは、記事は、ヒーローのスキャンダルを狙っているんです。失態、不義理、暴力。そういったものをね。その点、ヴィラン連合の狙いは間違えていないですよね。オールマイトの殺害。これ以上にヒーローのスキャンダルはない」
アイスティーを一口飲んでから、死柄木と同じように指で氷を転がす。
「もし、ここで緑谷を殺して、まあついでにオレも殺して、で、何人かを【壊して】捕まったとするじゃあないですか。どんな記事になると思います?」
死柄木はしばらくつまらなそうにして、舌打ちをした。まあそうだ、当ててやろうか。
「『白昼堂々の通り魔殺人! ヒーローは間に合わず!』とか『ヴィラン逮捕! お手柄ヒーロー!』とか……。まあ、よく見る記事ですよね。ヒーローってのは商品です。それを売るつもりがあるのか、あるいは入れ替えたいのか、それは新聞を読めばたいてい伝わってくる」
「クソだな」
「ええ。まあ、ステインの言う事は結局それですよ。本物のヒーローがいるのに、偽物のヒーローもいる。勝てるヒーローより数字のあるヒーローがもてはやされる。そして彼は、きっと個性柄、偽物になったでしょうね。あるいは本当に高校一年にして、そう教育されたのかもしれない。結果、世界を偽物と本物だけに区別して、本物に逮捕あるいは殺害されることで、自分も本物になろうとした」
喉を鳴らせて死柄木が笑う。不気味だが、緑谷の首を掴む手は強くはない。それほど悪い感触ではないだろう。
「じゃ、お前の言う通りマスコミでも襲って記事書かせるか」
そんなこと言ってねぇ。
「そんなことすれば、テロリスト扱いだ。ステインの作った人気も宣伝もなくなりますよ。それよりも、利用するべきだ」
「どうやって」
「放置すればいい。動画は良い出来だった。信者が集まれば組織が大きくなる。大きくなれば、そうだな、この前雄英を襲ったチンピラたちよりはまともな手駒が増えている……」
……かは、どうかは、わからん。むしろ肥大化した組織なんて、見つけてくださいと喧伝しているようなものだ。その可能性はあると死柄木も思っているだろう。
「それで、俺たちはどうすりゃいいんだよ」
試すような問いに、オレは肩を竦めて返事をする。
「さあ」
「お前な……コイツがどうなってもいいのかよ」
ぎゅうと首を絞められ、苦しそうにする緑谷。握力が強いな、個性柄鍛えているってことか?
「だって、オレヒーロー側ですし。そんなオレがそれ以上のこと考えていると思います? あと、さっき言っていた二十人三十人壊すって……おそらく無理ですよ。オレと緑谷、あとは数人に触れて逮捕ですね。緑谷一人【壊す】のに一分。急所に触れ続けて二、三十秒ってところですか。動き回る民衆を相手取って? それが不可能なことは、過去の通り魔殺人から判断できる。まあそれでも、何人かは殺せるでしょうけど……。それが本当にあなたのしたいことなら、すればいい。オレは否定しません」
「ヒーローのくせにひでぇこと言うんだなぁ、なあ緑谷出久。オトモダチに見捨てられちゃったよぉ? 見てみるかガキ。十秒もかかりゃあしねぇよ」
「ぐっ……くっ……」
親指を起点に、三本の指で緑谷の首を絞める死柄木は、どういう勘違いをしているのだろうか。おそらくはオレの言動がブラフか時間稼ぎだと思っているのだろう。
見捨てる? 緑谷を殺したあとはオレだと、すでに伝えているのだが。
ため息を一つ吐いて、アイスティーを飲み干す。
「その結果、ヴィラン連合のリーダーは通り魔として逮捕。名前も出ないでしょうね、適当にフェイスマンとか付けられるんじゃないですか、オレみたいに。……付け加えるなら、民衆が笑っていることにもイラついているようですが、そりゃあ誰かのおかげでも、誰かのせいでもない……。自覚がないんだよ、みんな、みぃんな」
オレも、笑った。
「死ぬことに対しての自覚がねぇの。全く足りねぇ。死ぬんだよ、人ってのは。転んで頭打っても死ぬし、氷飲んで喉に詰まらせても死ぬし、寝不足でも死ぬ、疲れてても死ぬ、風呂場で溺れて死ぬ、力んで脳の血管切れりゃあ死ぬ、風邪で死ぬ、殴られて死ぬ、蹴られて死ぬ、簡単に死ぬ。そうだろう? 死柄木さん」
いつの間にか、緑谷の首から手は離れていた。咳き込む緑谷は、それでも隣に座る死柄木からは目を放していなかった。偉いぞ。
「お前、ヒーローよりヴィランのほうが向いているよ……」
冷静な決めつけに、オレは鼻で笑うことになった。
「覚えておいてよ、死柄木さん」
──オレは、ヴィランには成れないんだよ──
その言葉で死柄木は「追ってきたりしたら怒るよ」と言いながら立ち上がる。オレのことを面白そうなやつだと思っているだろう。残念ながら緑谷のために半分くらいはお前の興味ありそうな話をしただけだ。豆腐の角に頭ぶつけて死ぬといい。
「待てっ! 死柄木弔!」
ここにきて緑谷が呼び止める。やめてくれよ、脳無が出てきたらどうするんだ。
「オール・フォー・ワンは! なにが目的なんだ!」
──なんだその単語は。
逆上する死柄木の姿も幻視しかけたが、彼は小さな声で「知らないな」と呟くように言った。いまのは【オールフォーワン】という意味を知らないということだろうか。しかし、目的? 人名ってことか? オールマイトと字面が似ていなくもないが……。
「それより気を付けておけよ。次会うときは、殺すと決めたときだろうから」
すぅっと人混みに紛れていく背中を見送って、追うことは諦める。携帯端末を操作しながら、テーブルのペーパーナプキンに『生徒、先生に連絡』と書いて緑谷に手渡す。ちなみにこのボールペンは、オレの胸ポケットの物だ。
もっと言えば、ヒーローコスチュームに装備されているカメラ付きボールペン。実際映像を見て見ないとわからないが、ヤツの顔はあらかた写っているはずだ。
証拠を片手に警察へ緊急連絡をする。
「ヴィラン事件です。住所は木椰区の──」
警察にヒーローの出動要請をしてもらうと、次にショッピングモールの事務所へ掛けて状況を伝えた。すぐにも警察とヒーローが駆け付けるだろう。惜しむべきはアイツがコーヒーに手をつけなかったことだ。DNAも指紋も取れなかった。音声と表情はカメラに収められたが、命まで懸けて得られる情報じゃあなかったな。
緑谷の連絡で、クラスメイトが買い物袋片手に駆けつけてきた。悠長な……全部捨てて身軽になってきなさいよ。とは言わないが……。店に預けてこいくらいは言ってやりたい。
その後は警察とヒーローに軽い事情聴取を受け、ショッピングモールは一時閉鎖。死柄木はすでに悠々と脱出しているだろう。黒霧の個性を使った可能性もある。
みんなへの説明もそこそこに、オレと緑谷は警察署に出頭し事情聴取をされることになる。とは言っても、会話内容も人相も、ボールペンに仕込まれたカメラで保存済。全国指名手配になるかもしれないな。
事情聴取は夜までかかって、八時過ぎにようやく解放されることになった。