アニメ2期オリジナルアニメーション。
本来は、職場体験後~期末テスト未満にあたる話です。
この作品では主人公が期末試験の勉強のため八百万家に行く数日前の話としてます。
この日、ヒーロー基礎授業となる内容は、すこしばかり変わっていた。
全国でヒーロー科がある学校は多い。ヒーロー免許を持っているだけで優遇され、活動実績に合わせて報酬も得られる。なにより、個性が公然と使えるというのは、年頃の少年少女には非常にキラキラして見えるものだ。
しかし、それでも偏差値のように学校によってランク付けはされる。たとえば雄英が偏差値九十を越える超エリートだとしよう。一流高校で言えば士傑高校も負けず劣らず。そしてすこしランクは下がるが、偏差値八十の一流ヒーロー科で、勇学園という学校がある。ゴリゴリの私立学園で、成績、家柄、個性、品性を要求される。
その勇学園のヒーロー科が、A組のクラスに四人やってきたわけだ。
相澤先生の話を聞く限り、今日のヒーロー基礎学は彼らと行うらしい。B組にも四人行っているのだろうか、あとで聞いてみよう。
峰田と切島は勇学園の女子生徒に興奮している。ヒーロー科としては一枚劣るが、高校全体のレベルとしては雄英より高いんだからな……。変なところ見せるんじゃないぞ。
とくにサポート科が有名で、弱い個性、使い勝手の難しい個性を持つヒーロー科志望は、勇高校を目指すべきだと中学の頃に言われた記憶がある。オレの場合は記念受験だったので雄英を受けたが。
さて、そんな勇高校の四人だが、
眼鏡美女の赤外可視子。
太め体形の多弾打弾。
品性なさそうな藤見露召呂。
最後の一人は、完全に蛇の顔を持つ万隅数羽生子。
どうやら万偶数はA組の蛙吹と知り合いらしく、相澤先生の説明途中でもひしと抱き合っていた。
それを見ていた藤見が悪態をつき、爆豪が付き合うように怒鳴り散らす。
情けない。
チャイムがなったことで移動開始。コスチュームに着替えることになったが、どんな授業をするのだろうか。
「不良上がりのやつがトップにいるとは、雄英も地に堕ちたもんだなァ」
「なんだとこの陰気野郎が!」
着替え終わった途端、問題児二人が顔面押し付け合って罵り合いを始める。周囲の男子は気圧されるように身構えるが、止めたほうがいいだろう。他校に物真みたいなのがいても面倒だからな。
「気に入らねーんだよ雄英に入ったってだけでお前みたいなのがメディアに認められてチヤホヤされてるのがァ!」
「喧嘩売ってんなら言い値で買ってやんよ!」
「この実習で俺たちの方が優れているってことを証明してやるっ」
オレは両手で二人にデコピンを打つ。
「「あァ!!?」」
ターゲットをオレに移した二人に唾でも吐きたくなる衝動に駆られるが、ここは我慢だ。
「爆豪、彼は喧嘩を売ってるんじゃない、事実を言われただけだ。はやくその言動を直せ。藤見くんもさ、なにしに来たの? 優劣決める? 自分がピンチで、助けてくれたヒーローにさ、言うわけ? もっと人気のヒーローが良かったって」
二人の反応を最後まで見ることなく、一足先に更衣室から出る。目の前には心配そうな表情の女性陣がいた。ごちゃごちゃと言い合いしていた男性陣より、早く出撃の準備が完了している。いいね。
勇学園のクラス委員長だという赤外に謝られたが、ヒーローは気軽に頭を下げちゃだめだよと言っておく。
これは実際重要なことで、外国の話にはなるが、とあるヒーローが救助の際に民家を破壊し、その場で謝罪してしまった。後日、家の請求書が届いて裁判沙汰になったことがあるのだ。日本では謙虚は美徳とされるし、オレもそう思うが、金が絡めば人間なにをしでかすかわかったものじゃない。
集合場所に向かうと、オールマイトが空から降って今日の実習の説明を始めた。
オレたち雄英高校ヒーロー科にとっては見慣れた光景で、マンネリに気づいたオールマイトも口上に対して変化球をいくつも用意してくるのが日常になっていたが、勇学園からすればそうではなかった。
四人とも、あの爆豪と言い争いにおいて「雄英なんかと」とまで発言していた藤見ですら、興奮で頬を赤らめてオールマイトを見ている。
そんなオールマイトの説明だと、今日の実習はサバイバル訓練。四人一組、全六チームに分かれての生き残り戦らしい。ならB組と混ぜて、全十二チームにすれば盛り上がりそうだが……戦略の数が途方もなくなるな。無個性には辛い戦いになる。六チームで良かった。
他チームと協力しても良し、戦って脱落させても良し。最後まで生き残ったチームの勝利になるらしい。
状況を考えるなら、周囲を、複数の組織に属するヴィランに囲まれて、指定された時間内まで生き残って救助を待つ……とかかな。ヴィランと協力してもいいとは穏やかじゃあないが、生き残るってことが重要視されているんだろう。
ただ問題があって、『最後まで生き残ったチームの勝利』って言葉には【時間制限まで生き残る】という意味と【最後のチームになるまで生き残る】という二つの意味があるんだ。頼むから質問コーナー設けてくれ。
期待を裏切るように、相澤先生とオールマイトが指導する場合にはそんなものはなく、あったとしても流されることが多いし、今回もやっぱりなかった。
チームは、飯田、瀬呂、常闇、オレ。これは生き残ったも同然ではないだろうか。いつもチーム分けに関しては、不利な個性をもつチームメンバーをどう活かすかみたいな場面を作られるが、今回に関してはベストメンバーに近い。
勇学園の四人は、そのまま四人組。本当にガチンコの戦闘になりそうだな。
「全チーム指定したポイントで待機。五分後に合図無しで訓練を開始する」
「みんな! 生き残れよ!」
先生二人に見送られ、時計をセットしながら移動を開始。これ行くだけで時間かかるやつだな。
「策束くん、作戦はどうする」
走りながら飯田に話しかけられる。オレが決めてもいいのか? まあ多数決で行こう。
「戦闘は無し。爆豪も、轟も好戦的な上に目立って厄介だし、隠密特化の葉隠はダークシャドウでも把握しきれない。瀬呂は孤立しているやつがいれば遠距離から捕縛を試みる。オレの意見はこんなもん」
「お、賛成ー! さすが策束ー!」
活躍の場を認められたと思ったのか、瀬呂は嬉しそうにそう言った。反面、戦闘を得意とする残り二人はすこし暗そうだな。しかたない、条件を増やそう。
「ちなみに勇学園のチームがいたら、ダークシャドウと飯田に個性の確認をしてもらいたい。二人が捕縛されても、オレか瀬呂が生き残ればチームとしては勝利だ」
「なるほど。たしかに俺が時間まで逃げるという案も考えたが、とても良い作戦に思える。常闇くんは?」
「勇学園に個性を見せることが良いことなのかがわからないが、俺も賛成だ」
乗ってくれた。これが実践なら、肉壁とか囮とか犬死とか言われそうだけど、二人は気にしていないようだ。甘いよなぁ。
待機ポイントについて時計を確認すると、すでに残り一分。とりあえず全員にインカムを渡しておく。
「開始直後、爆豪は絶対に動く。爆発音に釣られるチームはおそらく勇学園。近づくも良し、離れても良し、どうする?」
「チームを分断するのはどうだろうか。ダークシャドウなら足止めができるし、俺なら轟くんからも逃げることができる」
「そこは飯田と常闇に任せるよ。オレは生き残ることに全力を出す。だけど最低でもツーマンセルが望ましいな。戦場では孤立したやつから死んでいくのだ」
「のだって……」
瀬呂にツッコまれたので笑みを返すと、爆発音が遠くに聞こえた。連続して聞こえるということは、爆豪だろうと予想が付く。
「常闇くん行こう! 二人とも情報は必ず持って帰る! 安心して待っていてくれたまえ!」
「おう! 行くぞダークシャドウ!」
『待ってたぜ!!』
二人が、いや、自我を持つ個性を合わせて三人が駆け出す。オレたちも移動だ。
「ここで待たなくていいのか?」
「悪いけど、移動は賭けなんだよ。外周を移動するチームが出ると思う。緑谷のチームが怪しいな。あのチームに索敵要員はいなかった。あの丘くらいがいいと思うけど、どうする?」
施設の中央から少し外れたところに、木も生えていない山肌がある。おそらくはパワーローダーが作った丘だろう。こういう丘はいくつか存在していて、非常に目立つし、目印にもなる。だが、二人で森の中四人に強襲されることよりは、そちらのほうがマシに思える。最悪瀬呂さえ森に逃がせれば敗北することはないだろう。
見渡せるってほど高くはないが、逃げ場がないってほど狭くもなさそうだ。
警戒しながら丘を登ったが、他のチームがいるってことはなさそうだ。
爆発音が止む頃、飯田・常闇から耳郎チームの敗退が知らされた。最初に爆発音に釣られたのは索敵に優れた耳郎だったらしい。面白いのは、爆豪が単騎で耳郎のチームを捕縛まで追い詰めたということだ。
二人には、そのまま付かず離れず爆豪の監視をお願いした。勇学園チームの個性が割れれば対処もできる。あるいは、轟のチームにぶつけてもいいな。
「悪い顔するよなぁ、策束って」
「おっと、口角が。……また連絡がきた。こちら策束、どうぞー」
『爆豪がチームと合流。障子も一緒だ』
「見失ってもいいから見つからないでくれ。あとは周囲に勇学園がいるはずだ。高台から見られていると思って活動してくれ」
瀬呂に少しテープを出してもらって、丸めて双眼鏡かのように周囲の丘を確認する。
「望遠鏡も標準装備にしてもらおう」
「そんなことしなくても見つけたぜ! ミサイルだ! マジかよ勇学院!」
瀬呂が別の丘からミサイルの発射を見た。森に降り注ぎ、爆発を起こす。飯田・常闇からも爆撃を受けたと連絡が入るが、ノイズがひどくてきこえたもんじゃない。ガラスを擦ったかのような音が爆心地から響いてくる。
爆発っていうか、飛距離のあるスタングレネードだな。非常に優秀な強個性だ。
それに、誰の個性かは知らないが、大胆にも全員に場所を教えたな。
「丘を降りて爆豪たちに向かってるな、見えるか?」
瀬呂の角度からはそう見えるらしいが、オレからは見えない。インカムの復帰を待つか。
『万隅数くんの個性は弛緩だ。いま爆豪以外は地面に倒れ伏している』
『いや、二秒、三秒か。爆豪が反撃するぞ』
あの爆音でよくみんな無事だったな。耳郎がすでに敗北していて良かった。鼓膜破けてたぞ。
『勇学園からピンクのガス! 逃げるぞ飯田!』
『吸ってはいけない! 常闇くん前! ガスが周ってきている!』
『しまった!』
と、不穏な言葉を残して、通信が切れる……。思わず瀬呂と顔を見合わせて及び腰だ。どうしようかと集中力を完全に切らしていると、背後から数人の足音が聞こえてきたので、慌てて瀬呂とともに身を隠す。
背後の足音は緑谷たちだった。なぜか緑谷チームだけではなく轟もいる。合流したのか。ヴィランと素直にチームを組むとは……。
「おーい! こっちこっちー!」
麗日の声が聞こえて森から顔を出すと、彼女は崖の下方に向けて声を出しているようだった。
おそらくはガスから逃げてきたメンバーに向けてだろうが、歯切れが悪いな、そう考えたとき、悲鳴が聞こえてきた。
「「ゾ、ゾンビだー!!!」」
は、はぁ!?
瀬呂と顔を見合わせ、麗日の見ていたほうを見る。そこには、A組の連中や勇学園の三人が「アー」って言いながらフラフラ歩いている姿があった。ガスを吸ったせいだろう、肌は青白く、目は窪んで、身体に力が入っていない。そんな状態でも何人かは個性を使用できるようで、爆豪の爆発音が聞こえてくる。
オレは慌てて、胸ポケットのペンとネクタイピンを確認する。そこにはカメラが付いているのだ。加えてポケットから携帯端末を取り出して動画を録画し始める。
被写体は、八百万百。
信じてほしい、オレは決して、峰田のように彼女に肉欲を感じているわけでもないし、可哀想な目に遭っている女の子に劣情を抱いているわけでもない。
「ぶっ……ぶはっ」
いい、オレはもう負けていい。
あの座り込んだ八百万が自分の生み出した創造物で埋もれていく様を、カメラに収めさえすれればいい。
「だははははは!! 無様!! 無様すぎる!!!」
オレに気づいた八百万が立ち上がり、こちらにノコノコと歩いてくるが、途中なにかに引っかかったのかコケた。コケたまま創造物がポロポロと生まれていく。
「策束くん! 早くこっちに!!」
緑谷がオレに声をかけてくるが、そんなのは無視だ、無視。瀬呂は緑谷と合流することを選んだので、伝言だけはしておくか。
「機動力はひどく低下しているけど、力が強いな、それに皮膚の硬化もあると思う。すごい個性だな」
「お前も逃げろよ!」
「チームで瀬呂が生き延びていればいい。飯田と常闇がああなった時点でオレは失敗しちまった。ごめんな瀬呂……あとは……まかせたぞ……」
「それカメラ止めて言ってもらえる?」
ともかく、オレはできるだけ八百万に近づいて撮影を試みる。
「八百万! 一足す一は?」
「アー……ニー……」
「言えるのかよ!!」
もうダメだ、もう面白い。お腹痛い。
まあ《創造》の個性を発動できるくらいだ、根っこの部分では思考出来ているのかもしれない。
……記憶……ないよな……。
なんか、急激に不安になってきた。それでもカメラは構えたまま、のんびり歩く彼女の足を払う。そのまま右足と左手をテープで固定すると、彼女は滑稽な格好で地面を蹴りつけ、寝転んだまま回り出す。
……なんて面白い個性なんだ。
緑谷が上の方から心配そうに声をかけてくるが、教師が止めに来ていない時点でまだ個性戦の範囲内。つまりは轟が誰かを氷漬けにしたようなものだ。いつもの光景すぎるな。
戦闘継続ならば捕縛テープでの固定がベターだ。
つまりオレが危険を冒してまで、敵の個性を分析するために八百万をカメラに収めることは、決してルール違反じゃあない。
「こうして見ていると、可愛いのになぁ」
時計の針のように地面で回る彼女の頭を撫でてそんなことを呟くと、彼女が痙攣して動かなくなった。鳴き声は「アー」のままなのでガスは効いているだろう。それはともかく、上の緑谷たちを追ったゾンビとオレの周囲のゾンビの二手くらいに分かれている。八百万をこのまま一時間くらい眺めていたいところだが、囲まれるのは良くないよなぁ。なまじっか身体の制限が外れて攻撃力が増しているのもよろしくない。当たり所が悪ければ死んでしまうし、障子あたりに手を掴まれたら骨折してしまう。
幸いにして動きは遅いので、立ち止まらなければどうということはない相手だ。無差別にひどいことを引き起こすなこの個性は。ヴィランの組織に単騎突撃して個性発動させれば、どんな組織も壊滅するだろう。
ゾンビたちを森に誘導して、捕縛テープを木に結ぶ。大き目の円ができるように木をぐるぐると捕縛テープで囲ったら、木の上に登ってテープを押し上げる。ゾンビたちが円の中に入ったら、入口になったテープの位置を元に戻して、足元のほうにも円を作る。これでここのやつらは動けないだろう。さらば耳郎。
ここにいるゾンビたちは八人。轟と緑谷のチームはガスを吸っていないし、オレと瀬呂、そして個性の発動者を混ぜれば合計十一人がまだ生存している。誰から潰すべきか。
そう思って丘に向かったが、離れたところで坂を下りていく、緑谷、轟、芦戸、麗日、蛙吹の姿が見えた。残り六人……いや、いま蛙吹が……感染して……ゾンビに……。
バイオハザード発生してる!?
ウイルス感染!? 噛まれたり引っかかれたりしたらオレまであの無様な姿に!?
慎重に緑谷たちがいた丘では、ゾンビがフラフラと緑谷たちを追いかけ始めている。葉隠もいるが、あれは……ゾンビなのか?
まあ緑谷たちが見捨てて逃げたのだ、わざわざ近寄ることもないだろう。
そんな緑谷たちに追いつこうとしたとき、空からの笑い声が響き渡った。オールマイトだろう。訓練中止? この感染に対して後遺症が残るとか……? おいおい冗談じゃあないぞ。
耳郎や八百万のこともある。
事情だけでも聴きに行こうと笑い声のほうを向くと、緑谷たちの前にスーツ姿のゾンビが……いや、あの人、保須事件のあと職員室で見た血を吐いた人だな! まずい、囲まれる!
「こっちだこっちー!!」
大声を出すと、足取りの重そうなゾンビたちが、丘を目指して歩いてくる。何人かは緑谷たちを追いかけたし、なぜかスーツ姿の教員はスルーされているし、なんか声かけなくても良かったかもしれないが、まあ引き付けただけ良しとしよう。
「これを持ってください!!」
オレたちの前に飯田が残ったのは幸いだ。下手に個性を使って緑谷たちを追った場合、彼らも感染しかねない。それはそれでオレの勝利になるわけだが……まずはこの教員から話を聞かなければ。
教員が投げた捕縛テープの端っこを拾い上げ、反対側を持つオレが、ゾンビの足を引っかけるように円を描く。
転がったヤツの装備から捕縛テープを抜き取って、手首と足首を縛り上げていく。さっきみたいに木で檻を作れれば楽だったんだが。
勇学園の赤外の胸を堪能していた峰田だけは蹴り飛ばし、ぐるぐる巻きにしておく。まったくコイツはゾンビになっても……。おっと、飯田の場合は膝のほうがいいか。瀬呂もいやがる……お前なぁ……。
縛りながら、教員に話しかける。
「えっと、お久しぶりです。教員の方でよろしいでしょうか?」
「あ、ああそうだよ!」
「訓練は中止でいいんですか?」
「そうだね、話で個性のことは聞いていたけど、効果も範囲も規格外。調整のためにも一度中止しなければ」
なるほど、言葉の意味をくみ取っても、そこまで危険性があるわけじゃあないらしい。いや、八百万の姿を見るに、ある意味危険な個性だけど……。
この教員は、止めに来たはいいが、無計画に飛び込んでしまって個性が使えない状態にあるという。しかも、前も血を吐いていたが、いまも咳き込んでいて辛そうだ。しかたがないので、一人一人捕縛していくか……。
見たところここに勇学園のやつは二人。赤外と多弾。《ゾンビウィルス》の個性を持つという藤見はここにはいない。緑谷たちを追いかけて行ったのだろう。
効果は個人差あれど三十分ほど。早い人たちはそろそろ解けるそうだが、こうなってしまえば確かに実習の意味はほとんどないからな。教員が止めるのもしかたがないだろう。
「しかしオールマイトや相澤先生は……?」
「い、いやぁ、私の個性が、本来だったら有効なはずだから、来たんだけど、なぁー」
「あ、いえ、不満があるわけじゃなくて……。すみません」
名前と個性を聞いておくべきだろうか。いや、まあいいか。必要があれば相澤先生が機会を作るはずだ。無理に個性を聞くのはおこがましい。
彼の体調に気を遣いながら走ると、氷が張られた洞窟を、ゾンビたちが叩いているのが見えた。力が強く、氷がどんどん剥がされていく。
それでも、さすがに轟の氷だ。大声を上げても返事がないってことは、それだけぶ厚い氷なのだろう。
個性の制限時間が迫っているので、生臭からまとめて縛り上げたいが、やはり檻のようにはいかず、一人一人縛り上げていく。なんか、ちょっと、胸がざわざわするんだよな。なにかに目覚めそうだ。
笑顔になっていたのか、背後の教員にストレスの心配をされてしまった。
残り、爆豪と藤見の二人になったが、二人は氷を叩きながらも取っ組み合いをしていて手が出せない。さすがに彼らの暴力に晒されれば、打撲や骨折は覚悟しないとな。
いっそ効果切れまで待ってみますか、と提案した時だった。
氷を砕くように炎が洞窟から噴出する。轟のやつ強行突破しやがったな。──だが、ここで面白いことがおこる。
炎が直撃した爆豪と藤見の身体から白い湯気のようなものが立ち上り、みるみるうちに蒼白い肌から健康な肌へと色を取り戻していく。
なるほど、呼気から内部に侵入するウイルスではなく、表皮にも関わってくるウイルス?
ガスマスクでも……防げない……? い、いやいや、そんな……。それよりは、熱で内部のウイルスが消え去ったとかのほうが、よほど精神的に良いな。さすがにそんな強力な個性聞いたこともない。
まあ、なんにせよ、だ。
怒り狂った爆豪が放った爆発が見事にオレを巻き込んで、吹っ飛ばされてしまった。
ヒーロー基礎学の講評はクラスで行われた。オレと緑谷は包帯を巻かれているが、動けないほどではない。治癒で体力を削られて気怠いけどな。
「はいみんなお疲れ様。緑谷も策束も、無事でなにより」
始末書は免れた、と相澤先生が笑い、講評を始める。
と言っても、爆豪のスタンドプレーと、仲間を巻き込んで使用した藤見の個性が注意されただけで、これと言って話すことはない──と思ったのだが、珍しくプロジェクターを使うらしい。
相澤先生は、見覚えのあるペンを取り出して蓋を開け、中からデータを取り出している。オレの胸ペンカメラでは、ないだろうか。
ない……だろうか!?
「先生それは!!! それだけは!!!!」
「キミらのスーツは学校の備品だ、こういうときのためにお前に持たせているところもある。遠くから見ていたが、活躍しただろう」
いや、いやもうそういうことでは!!
オレには家庭があるんだ!!
八百万家との関係が悪化したらどうしてくれる!!
先生の配慮か、八百万の無様なシーンはカットされ、耳郎たちが木の檻に閉じ込められるところからスタートだった。でもあのゾンビっぽい教員の姿はカットされている。なぜだろう、その次にある峰田や飯田の拘束シーンは収められているのだが。
拘束に成功するごとにクラスメイトから感心や負け惜しみの声を受け、縛るポイントの評価なども相澤先生から受けて、気分は有頂天だ。いやぁ、本当、食らわなきゃとても良い個性だよなぁ! 八百万の滑稽な姿は、しばらく寝る前に見ようじゃあないか。
ちなみに赤外は顔を真っ赤にして峰田のことを睨みつけている。クラスの女子たちも同じだった。峰田のほうは絶望の表情で、涙を流しながら「覚えていない」と繰り返している。
最後に爆豪に吹っ飛ばされてお終いかなと思ったのだが、爆弾シーンが含まれていた。
爆発シーンのあとに爆弾シーンって面白いよね……。ははっ。
『ぶっ……ぶはっ』
スピーカーから笑い声が聞こえてきた。
スクリーンには、座り込んだ八百万が自分の生み出した創造物で埋もれていく様が映し出されている。
『だははははは!! 無様!! 無様すぎる!!!』
カメラに向かってノコノコと歩いてくる八百万は、途中なにかに引っかかったのかコケた。コケたまま創造物がポロポロと生まれていく。
「業……さん?」
いつの間にか隣に立っていた八百万がオレを見下ろしている。その声は、あまりにも冷たい。
『八百万! 一足す一は?』
『アー……ニー……』
『言えるのかよ!!』
無遠慮な笑い声がクラスに響き渡る……。さきほどまでのクラスメイトや、勇学園からの拍手も聞こえてこない、ただただ、無様な笑い声だけが教室に響く。
「これは……どういう、ことでしょう?」
カメラの中で八百万を縛るオレは、なんで携帯端末なんて持っているのでしょうね……。不思議ですね……。
無言の圧力で携帯端末を彼女に差し出した。受け取った彼女の手の中で、携帯端末がミシミシと音を立てている。
その四角くて薄っぺらい携帯端末が、なぜかオレの頭に見えてしまった。どうすればこの状況を切り抜けられるのかと考えたその時、
「「きゃあああああ!!」」
「「うおおおおおお!!」」
と黄色い歓声と野太い歓声が聞こえてきた。何事かと思ったが、なんてことは無い、プロジェクターで映し出されているオレが八百万の頭を撫でただけだ。
『こうして見ていると、可愛いのになぁ』
その言葉で、女性陣がより一層盛り上がる。
なぜだろう……。
念のために言っておくが、セリフこそ女子の琴線に触れるかもしれないが、ゾンビになっている八百万なので、そんなロマンチックなシーンではない。目はひどく窪んでいるし「アー」しか言っていないのだ。A組のマスコットを決めるときは、まずモモゾンビを推すね。可愛いじゃあないか。
「業さん!!!!」
ごめんね、父さん……。父さんの会社、倒産しちゃったよ。
遠い目で隣に立つ八百万を見上げるが、真っ赤な顔でプルプルと睨みつける彼女の姿が目に入って、今日どうやって父親に謝罪すればいいのかとてもじゃあないがわからない。とりあえず相澤先生は巻き込んでおこう。
「これは!! 没収です!! ので!! 許します!!」
オレの携帯端末を持った八百万は席に戻って、オレはどうやら許されたらしい。理由は不明だが、どうやら首の皮一つつなぎとめたらしい。
何度でも繰り返すが、八百万を撫でたし可愛いとも言ったが、あくまで可愛いのはモモゾンビなのだ。
携帯端末を取られてしまったので勇学園の藤見とは連絡手段が無くなったのだが、赤外は他のクラスメイトと交換していたので、あとで聞き出そう。
「策束……」
轟が、真っ青になっているであろうオレを見ながら、
「席、変わろうか……?」
頼むからもうやめてくれ……。
その日から妙に不機嫌な対応になった耳郎の機嫌を伺いながら、期末テストに向けて準備を行うことになったのだった。