劇場版第1作は前・中・後編となります。
木椰区の大型ショッピングモールの遭遇事件。事情聴取はそう簡単に終わらなかった。
というのも、オレが普段使いしているボールペン型カメラの無断使用についてお説教を受けたのだ。これは警察からではなく、事情を聴いて駆け付けた相澤先生から。
彼の言い分はわかる。要は彼が首に巻いている捕縛布と同じで、ヒーローの道具の一つと勘定されているらしい。コスチュームは雄英高校がお金を出して制作しているわけで、言ってしまえば雄英高校の備品だ。それを普段使いしていることも発覚し、警察には証拠品として押収され、割とガチで怒られた。具体的には夏休みに相澤先生の手が空いたら捕縛布を教えると言っていた特別授業に参加できなくなった。頑張れ、心操。
まあそもそも夏休みは夏休みで忙しい。林間合宿も含めると、例年より予定が詰まっている。はやく弟が偉くなってほしいものだが……。
事情聴取の後、緑谷は母親が迎えにきたので、挨拶だけしておく。その場にはオールマイトがいた。
……オールフォーワン。
事情聴取でも、警察は緑谷に質問をしなかった。記憶喪失の時にもお世話になった塚内さんはちらりとオレを見ただけでスルー。警察にとっては周知の単語なのか、オレだけに聞かれたくないのか。オールマイトに聞けばそれでわかりそうな気もするが。
警察はパトカーで送迎する気らしいので、よければと緑谷の母親にオレの送迎車を使わないかと提案した。緑谷の母親にはたいそう恐縮されたが、今日オレが傷一つなく家に帰れるのは、緑谷の勇気のおかげですよと伝えると、緑谷を越える号泣を見せてくれた。なるほどぉ、これかぁ。
相澤先生、オールマイトは送迎を断り、それぞれ帰路に就くらしい。
オールマイトは塚内って警察官と少し話をするようだ。そもそも死柄木弔がオールマイトを殺そうとしている狂信者の一人だ。塚内って警官はヴィラン連合の捜査を行っている一人らしいし、対策を練るのかもしれない。
クラスメイトには、事情聴取が終わったことと、ヴィラン連合の首謀者の死柄木弔の顔の画像を送っておく。それぞれ反応は返ってきたが、緑谷の心配ばかりでオレの心配がされていなかった。……悲しい。
◇ ◇ ◇
月曜日には通常の授業となった。
ショッピングモールの事件は公然の秘密となったためだろう。オレと緑谷はクラスメイトに囲まれるし、クラスはまたも他のクラスに囲まれるし、緑谷は物間から嫌がらせを受ける。金曜日は終業式なので、それが過ぎれば平和になるだろう。
「業さん」
昼休み、学食で周囲のひそひそ話に耐えている最中、八百万が話しかけてきた。サンドイッチが乗ったトレーとともに隣に座って、言いづらそうに切り出す。
「あの、夏休みの話なのですが……」
「ああ、《I・アイランド》の」
家業の話を学校でするのはやめて欲しいところだが……まあ八百万だ、しかたない。
「いかがいたしましょうか?」
八百万家は策束家関連事業の筆頭株主の一人だ。もっと言えば策束家は《I・アイランド》主催の《I・エキスポ》のスポンサー企業の一つとして名を連ねている。
《I・アイランド》とは学術人工移動都市と呼ばれる巨大な浮島だ。漁猟・採掘権こそ持たないが、七つの海をまたにかける治外法権国家でもある。
《I・アイランド》は外国であり、浮島であり、移動国家でもある。
なぜそんな国ができたかと言えば、建前は世界平和のために世界中の様々な分野の研究者が集まって英知を競い合い、ヒーローアイテムや平和維持装置などの開発をするため。
まあ、裏でどんなことが行われているか知れば、死柄木も真っ青になるだろう。言ってしまえばヴィラン連合などオママゴト。研究者が法や倫理に縛られない環境で研究を続ければどうなるか……火を見るよりも明らかだ。
とはいえ、その裏を知るのは、《I・アイランド》の上層部や一部の政治家や金持ち、そしてマッドサイエンティストどもだけである。それに、知っている者や行っている者にも理性はあって、生み出すだけ生み出して、封印することが多い。とてもじゃあないが世間に出せない研究が多すぎる、という【噂】はいくらでも耳に入ってくるな。
はは、噂だ、噂。
「我々子どもは気兼ねせず楽しんでよろしいかと思いますよ。夏休みには、ちょうど《I・エキスポ》と重なりますし、もうご友人はお誘いに?」
「いえ、今日の放課後にお話ししようかと思いまして」
「クラスメイトをですか? よろしいかと思いますよ」
なんか、悪いことを聞いちゃったなぁ。……こいつ友だちっていう友だちが……この雄英にしか……。しかたもない、八百万家の娘レベルになると、中学まではオレたちみたいな金魚のフンしか周りにいないからな。一応オレの弟も一緒に行くが、彼女が《I・アイランド》で弟と顔を合わせることはほとんどないだろう。なにせお互いあいさつ回りで忙しいはずだ。
零れそうな涙をやり過ごし、失態を自身でフォローしよう。
「聞いた話では、爆豪にも招待状は送られているそうですね」
「まあ、そうでしたの?」
「体育祭一位ですから。二年生、三年生の優勝者にも送られていますよ」
この学校だけで言っても二十人くらいには送られているはずだ。べつに「スポンサーの息子がいるからー」とかの理由ではなく、もっと単純に有名なヒーローには招待状が送られている。轟や飯田の家にも来ているだろう。その家で誰が来るかは知らないけれど。
八百万は策束家の招待状を持っているので、プレオープンどころかレセプションにも参加できる。むしろそっちが本命の招待状だ。
ちなみに、さきほどから会話に上げている招待状とは『《I・エキスポ》のプレオープン及びレセプションの招待状』のことで、《I・アイランド》および《I・エキスポ》には招待状は必要がない。後者に必要な物は入場料だけだ。
ただ、先進国で犯罪発生率を一桁に抑える日本のパスポートですら《I・アイランド》への入国はできず、信用ある身分や推薦状などが必要になる。
雄英高校在校というのは十分に身分の証明にはなるので、同級生が《I・アイランド》に行く場合は問題なく入国できるだろう。
その信用に一役買っているのが、雄英の最高教師、オールマイトだ。この人は別格で、むしろ雄英生が多く招かれる理由が彼にある。オレの父親がオールマイトは息子の教師を務めている、なんて話をしているから、きっと盛大な歓迎を受けるだろう。
なにせ数多あるスポンサーの息子の教員ということ。それに犯罪発生率を大幅に下げた日本のナンバーワンヒーロー。エンデヴァーもそうだが、彼らのランクは歓迎されないほうがおかしい。
「申し訳ございません、お二人が大変な目にあったばかりだというのにこのような話を」
「気にしないでください。ヴィラン連合の情報が聞き出せただけ、まだ良かった」
と言っても、得られた情報は単体では意味のないもののほうが多い。ステインとヴィラン殺しの関係も、死柄木の顔写真や名前も、あくまでそれを中心に調べていく程度の情報でしかない。
あとは、やっぱりオールフォーワン。
「百お嬢さんは、オールフォーワンと聞いて、なにが思い浮かびます?」
「『みんなは一人のために』? それがどうかなさいましたか?」
「いえ、失礼しました」
まあそうだよなぁ。緑谷に聞いても八百万が答えたように誤魔化されるだけだ。暗号・ヒーロー名・ヴィラン名・個性どれをとってもなんとでも解釈ができる。緑谷の言葉尻を考えると人名とか組織名な気はするんだけど……。
深く踏み入っていいのかどうか。警察が関心を示さなかったせいで、とても聞き辛い。
その日の夜には八百万から連絡があって、麗日と耳郎が招待状にあやかることになったらしい。聞けば《I・アイランド》には女性陣全員まとまって行くとのこと。《I・エキスポ》のプレオープンは三人なので軽く見学するに済ませて、翌日の一般公開からみんな集まって見て回るそうだ。
策束家が送った招待状は三枚。八百万の両親は来ないつもりだな。娘に譲ったか、《I・アイランド》に興味がないのか、これはあとで聞いておく必要がある。雄英が夏休みに長期長距離旅行を制限した反動か? いままで八百万家が欠席したことはないんだよ。
その可能性を思惟していればもう何枚か融通したものを……。
しかし、女子は全員《I・アイランド》に向かうのか。電話越しの八百万に話す内容ではないので黙っておくが、金がないという上鳴と峰田に「雇ってくれ」と言われている。生憎オレ自身の仕事は人手が必要なわけじゃあないので、《I・アイランド》の施設の一つでバイト募集していないかの確認だけ取らせてもらった。オレが推薦するってのが唯一のデメリットだが、二人にとってはいい経験になるだろう。
他の男子メンバーは合同でホテル予約など節約旅行をするようだ。これが中学校時代ならオレや八百万が金持ちだからと言い寄ってくるやつらがいたんだけど、まあこのクラスメイトなら大丈夫か。
男性陣はグループ行動で一般公開日から参加する予定だ。一般公開日じゃあ一日周っても三つのパビリオンが限界だろうな。全部は、とてもじゃあないが一日じゃ周り切れない。
八百万も《I・エキスポ》は初めてらしく、ヒタチには行けなくなったので楽しみにしているらしい。招待状は毎年送っているのだが、言われてみれば《I・エキスポ》と同時期に送るのは初めてか。ビーチや森林浴でゆっくりって場所でもないので、確かに彼女向けではないだろう。
電話の内容は《I・アイランド》から離れ、昔家族同士で行った旅行先や、子どもの頃の思い出話へと移って、夜も更けていった。
◇ ◇ ◇
本来、策束家の長男として夏休みが始まってすぐに《I・アイランド》へ出立となるはずだったのだが、今回は弟の挨拶回りが主軸となるため、オレは八百万家長女のご機嫌とりを行うことになった。
それは本来、弟の恨めしい眼差しさえ置いておけばいいのだが……。
「策束! 履歴書これでいいかな!?」
「俺のパスポートどこだっけ!? 鞄出していい!?」
挨拶より先に、上鳴と峰田のせいで一日早く《I・アイランド》に乗り込むことになった。プライベートジェットだって所有している策束家の長男を掴まえて、エコノミークラスに連れ込むとは……。小学校、中学校とどちらも飛行機を使った修学旅行などはなかったので、産まれて初めて乗るエコノミークラスだ。
飯田と一緒に乗った電車を思い出す。クラスメイトと乗るっていうのも新鮮だ。正直わくわくしている。へへへ。
《I・アイランド》に入国後、上鳴と峰田をバイト先のカフェへと案内して、両親のもとに向かう。
少し身内の話になるが、策束家の家業は投資であり、そして投資とは、する方、される方、どちらの信用も欠かせない。
それが日本国内、あるいは先進国ならばどうにでもなった。
《I・アイランド》で投資をしようと思った場合、事務所すらないのではお話にならない。
ただ、《I・アイランド》はどこもかしこも一等地。おまけに土地はすべて上層部に牛耳られていて、公衆トイレを作るスペースすらない。
そのため、策束家が《I・アイランド》で研究者のパトロンになるにも足場が必要だった。その足場の一つがホテルである。祖父が晩年、他国なら三ツ星を獲得できるレベルのホテルを購入し、《I・アイランド》の拠点を作り上げたのだ。金額的には、金持ちを自負しているオレですらドン引きしたとだけ言っておこう。もうちょっと具体的にいうと、元を取るためには弟の子どもの代か、弟の孫の代まで踏ん張る必要がある。
もっとも、ホテルの金額を無視すれば十分プラスにはなっている。そもそも《I・アイランド》で策束家が行いたかったことはホテルの経営ではなく、研究者のパトロンだ。
祖父の代ですら、出資した研究者は十名を越している。
今回のレセプションでも父は何人かに当たりをつけて交渉するはずだ。オレが秘書代わりだろう。つまりは影に徹せよということである。弟が家業を継いでも放逐されることはなさそうで一安心だ。
まあオレが雄英体育祭で選手宣誓しただけで会社の株出来高が上昇したからな、雄英にいる間は重宝してもらえるかもしれない。
ちなみに、オレと入れ替わるように弟と母親は明日一時帰国するらしい。
八百万の娘が明日入国と聞いて弟の疲れていた表情が晴れたものの、帰国の話を父から聞かされた弟はどろりとした目をオレに向けていた。
一晩明けてホテルでパーティー参加者の名簿を見ていると、《I・アイランド》に入国した八百万が真っ先に顔を出してきた。会う約束はしていたが、行動力の塊だな。
彼女はなぜかヒーロースーツで、弟は嬉しいやら恥ずかしいやら。クラスメイトの兄が恨めしいらしく、百面相を作っていて非常にいい気味だ。
八百万の背後には麗日と耳郎。二人もヒーロースーツである。オレはペンを持ちだしただけで雄英の備品がどうとか怒られたわけだけど、その辺どう思うの?
予定を聞くと、ドレスを見繕ってから《I・エキスポ》に行くらしい。
耳郎のドレスか……。
いかん、ピンク色になりそうだったので、現実的な話をしよう。
「貸衣装でよければこのホテルにもありますので」
「そんな悪いですわ!」
「とは言っても、購入するのはなかなか……。百お嬢さんが代わりに購入してプレゼントなんて、二人とも遠慮してしまいますよ」
ホテルのラウンジで紅茶を楽しむ。耳郎と麗日はこのホテルが策束家の所有物と聞いてから萎縮しっぱなしである。このホテルは負債の塊だ、紅茶の匂いで落ち着き給えよ。
それにしても、本当に購入するとなるとピンキリではあるが安くても五万円はする。耳郎ならまだしも麗日にはつらいだろう。なにせ金銭面で親を楽にさせるためにヒーロー免許が欲しいと公言しているからな。住んでいるアパートだって学校から遠く離れた郊外だ。バイトこそしていないだろうが、「特売の日だから早く帰るね!」と放課後慌てて帰宅する彼女の姿は何度か目にしたことがある。
かといって、じゃあ二人が一着五万するドレスを渡されてお金はいりませんわ! となると、遠慮するに決まっている。よしんば受け取ったとして、後日お金で返却する気がする。余計な善意は二人にとっても辛かろう。
「二人も貸衣装で良かったら、下手に店行くより種類は豊富だよ。あと安くしておく」
「おいくら!?」
「一着四千円。ものによっちゃあ二千円」
「買ったァ!!」
借りてくれ麗日。
まあ別に売りつけてもいいんだけど。記憶が正しければ販売価格にして二十万円以下の商品は全部弾いているはずだ。借りるにしても一着十万とかザラに用意してある。下手に金額は言わないでおくけどさ。友だち価格だ。
「良かったぁ……。本当はちょっと不安やったんよ。どこもかしこもすごい一流のオーラ出てて……多少無理してでも日本の貸衣装屋行けば良かったかなぁって」
「ウチも助かるかな、旅費とお土産の金額考えると今月ちょっと厳しくてさ」
「お二人がそういうのでしたら……」
不服そうな八百万。彼女は知り合いをお人形にして遊ぶ気だったらしい。最終的には《創造》の個性で作り出すつもりだったかもしれないが、今回はオレの勝ちだな。
「いまから三人で見て回るけど、策束くんは?」
「オレは……そうだなぁ……」
プレオープンとはいえ《I・エキスポ》の資料は手元にある。いま脳内で考えているのはレセプションの参加者のことだ。
是が非でも会いたい人物がいる。
名前を『デヴィット・シールド』。
名実ともに《I・アイランド》を代表する天才だ。学生時代から様々な逸話を残す生粋の科学者だ。常識人ぶっているらしいが、資料で見る限りはぶっちぎりのマッドサイエンティストだ。
彼が持つ特許の数は、おおよそ一万。
オレも門外漢だが、製造系の一流企業が持つ特許の数が五千に満たない程度と聞けば、どれほど異常な数値かわかるだろう。研究の種類にもよるが、一人の科学者が一つの特許を生み出すために生涯を捧げることは珍しくない。
特許が研究の成果の一つと考えれば、デヴィット・シールドという男は単純計算一万もの分野で研究を成功させていることになる。
この《I・エキスポ》が成功すれば、デヴィットは巨万の富を手に入れることになるだろう。策束家の家業は投資家だ。金持ちには金の効果が薄い。どうにかして《I・エキスポ》終了までにコネクションを作らなければ……。
もっとも、彼にはすでに十分すぎるほどの研究施設とスポンサーが付いているはずだ。おまけにいままでの特許で稼いだ金額もある。総資産で言えばオレ個人とは比べ物になるわけがない。
彼の要求水準が不明瞭すぎる。現状に不満があれば良し、無ければ【作ることも】視野にいれなければな。
「策束くんって、たまーにすごい悪い笑顔になるよね」
「昔はあんな子ではなかったのですが……」
散々な言われようだ。まあ悪い方向に考えていたのは確かだな。なにはなくとも信用と信頼をされなければ誰も話をさせてはもらえない。レセプション会場が勝負だな。八百万にも協力してもらおう。
紆余曲折を経て《I・エキスポ》のプレオープンに向かう三人に加わった。
ちなみに三人がコスチュームなのは、《I・エキスポ》に見合った装備がある可能性を含め、学校側に許可を得ているそうだ。
見合った装備なぁ……オレには関係なさそうだ。
──なんてことは、もちろん無い。
むしろオレみたいな無個性や弱個性、ピーキーな個性こそ科学の恩恵を最大限享受できる。逆にオールマイトやエンデヴァーのように完成してしまったときこそ、コスチュームしか恩恵を受けられないだろう。
「え!? なにそれ!? めっちゃ書いてある!」
「パビリオンのカンニングペーパー。購入できるアイテムもあるから」
麗日が肩を寄せて、オレが見るパンフレットを覗き見る。
それどころか耳郎に奪われた。
「これ自作? だよね? コピーしていい?」
「あ! 欲しい欲しい!」
「明日みなさんにもお配りしましょう!」
三人はオレのパンフレットを見ながら大通りを闊歩する。ちなみにオレが作ったのはデヴィット・シールドが手掛けた、あるいは彼の発明した特許を使用しているブースが多く入っているパビリオンのデータがメインだ。
散策と敵情視察を兼ねた物なので、一人で回れば良かったと若干の後悔。
耳郎とデート……なんて気分が味わえるんじゃないかと思ったオレが悪かった。
「そういえばこのデヴィット・シールドって人、どんな人なの?」
麗日の指さす目次のないパンフレットには、表紙を開いた箇所にデヴィット・シールドの写真が印刷されていた。
「デヴィット・シールド博士。日本でも、ノーベル個性賞とか、オールマイトのコスチューム作ったとか、割と有名だよ」
「ノーベル個性賞!? え、どんな個性なの!?」
耳郎が聞いてきたが、指でバッテンを作って興奮を抑える。というか耳郎と麗日は知らないのか……。
「個性の話はNG。彼の一人娘が無個性なんだ。それに彼がノーベル個性賞を受賞したのは個性に依るものじゃなく、彼の手掛けるヒーローアイテムの品質が評価されたから。このパビリオンを最初に周ってもらった理由の一つ。このパビリオンのおよそ九十パーセントのアイテムにデヴィット・シールドの特許が関わってきている」
つまり彼はいまや、金の生る木だ。
彼が稼げる金額を考えると、さすがに自分がやっていることが無駄な努力に思えてしまう。彼に投資してパトロンになる? 彼自身が会社を立ち上げて資金運用したほうが百倍は儲けられるだろう。
唯一、彼に投資への意思や金への執着がなかったことが幸いだったな。付け入る隙があるとするならそこしかない。もっとも、そういった俗世から離れて《I・アイランド》へ移住した彼にとって、オレは厄介なコメツキバッタも良いところだろう。
「この建物の中のアイテムのほとんどがその、なんとかシールド博士が作ったの!? すごすぎない!?」
「特許を使って作られている、だな」
「それでもすごくない!?」
はい、とてもすごいです。
なにがすごいって、そういったパビリオンがあと三つ四つあるのだからたまらない。
戦闘向きではなく、完全にサポートに徹しているヒーローアイテムにはデヴィット・シールドの特許が関わってきていると言っても過言ではない。
それほどまでに彼が打ち立てた特許は多いのだ。
もし彼と渡りをつけることができれば……。投資経済の状況が一変すると言っておこう。少なくとも策束家の家格は一段、いや二段は上昇する。オレが家長になることも夢ではないだろう。ぐふ、ぐふ、ぐふふ。
「麗日、この話題はやめよう」
「そやね……。悪い顔になってきた……」
「まったくもう……」
顔を背けた八百万が、「あら?」と声を上げた。
八百万の声に顔を上げた麗日の手から、パンフレットが落ちる。
パビリオンの一角で、緑谷と金髪の女性が連れ立って歩いていたのだ。
「やるなぁ緑谷」
素直な感想だったのだが、女性陣はお気に召さなかったらしい。耳郎には足を蹴られ、八百万には肘で突かれた。
床に落ちたパンフレットを拾い上げ、麗日の顔を見上げたのだが……なんというか、悟りでも開きそうな表情をしていた。
おまけにぶつぶつと何かを呟いており、「デクくんとはそういうんじゃないし、全然そんな気ないし」と聞こえてくる。
四人でコソコソと緑谷たちとの距離を詰めていく。
さきほどは遠くてわからなかったが、かなりの美人でナイスバディーである。本当に恋愛関係になりそうなら、緑谷は本当に見事としか言いようがないな。同じ男として尊敬と若干の悔しさはある。
隠密行動のせいで耳郎と肩が何度か当たってドキドキするオレの気持ちも察してくれ緑谷。
「名前はメリッサだって!」
《イヤホンジャック》で二人の会話を捉えたようだ。耳郎が立て続けに情報を落としていく。
メリッサと呼ばれた女性は《I・アイランド》のカレッジの三年生。オールマイトのことをマイトおじさまと呼んでいるらしい。……なんだそれは……。
「カルマ、いくよ」
考え事をしていたら、脇にいた耳郎に腕を引かれて駆け出すことになった。麗日がふらふらした足取りで、すでに緑谷とメリッサのそばに立っている。
麗日はなんとも言えない表情で「楽しそうやね」と繰り返している。まるで浮気現場でも見られたかのように動揺する緑谷に、八百万が咳払いすることで注意を引いた。
緑谷はそこでようやくオレたちの姿を認識したようだ。
──そして、そこでオレもようやく、彼女の姿を真正面から捉えた。
《I・アイランド》カレッジ生、オールマイトとも親しい間にある、メリッサ。
そして、初めて会うが間違いはない。写真では何度か確認したことがある。
彼女は、メリッサ・シールド。
世紀の発明家、デヴィット・シールドの一人娘。
正真正銘、幸運の女神だ。