結局階段を駆け上がりながら話すと、集中力が途切れて笑いが生まれ、それを飯田が窘める。オレだってこんな話はしたくなかったよ、もう。
「さっきのヴィランと戦ったフロアで、壊れた警備ドローンがあったんだ」
階段を登りながら緑谷が言う。
いわく、まるで鋭い岩で潰されたような傷と、爆破されて壊れた傷があったという。パッと思い当たる個性が二人分あるな。いまここにいない二人で、いまはどこにいるのか。
……いや、待て。待て待て待て。
階段で立ち止まったオレに、前を走っていた集団が停まって、声を掛けてくる。
「大丈夫!? 策束くん!」
「……あ……いや……」
いい、か……。いっか! 非常時だし! 無個性のオレが確認のために下がる? ナンセンスだ。よし登ろう!
走りながら話すのも辛いので、聞かれたとき話しやすいように状況だけまとめておこう。
おそらく爆豪と切島は、放送を聞いたときにはすでに、この防衛システムによってセントラルタワー内に閉じ込められた。エレベーターは生体認証なので使用不可。ボタンを押しただけでヴィランがやってきたかもしれない。非常階段の反対側を使っていたと仮定して、八十階の隔壁はどうした? 破壊した? ヴィランが占拠しているとわかればそうだろうな。だが放送を聞いただけでうろついている可能性は……ないな。さすがに二人ともそんな馬鹿じゃない。ヴィランと出会って、オレたちと同じように上を目指している、そう信じよう。
懸念点があるとすれば、オレたちより早くに上の階に来ていたということだろうか。いや、もうここまで不確かな情報しかなければ懸念などと言っていられない。
「や、やべぇぞみんなァ!!」
飯田に担がれた峰田の叫び声。
階段を見上げる彼の視線を追えば、うごめく影が見えた。おそらく百九十階に集結した警備ドローンだ。
警備ドローンに重火器はないが代わりにテーザーガンが搭載されている。上鳴以外が食らえば轟といえども動けなくなるし、上鳴だとしても電極の針が大量に刺されればショック死はありえる。
選択肢は二つ。壁を破壊して空から行くか、氷のトンネルを轟に作ってもらって突破を目指すか、だ。
その選択肢を、氷の防壁に隠れて作戦を練るクラスメイトに提案した。
「そんなの氷でいいじゃん! そうだよ、ロボットだから押し出せばいいんだもんなぁ!」
「やるじゃん策束!」
と、峰田、上鳴に褒められるが、轟はオレの顔を見たままだ。
「壁ぶっ壊して、上を目指すつもりか」
オレがうなずくと、氷の案に賛成していた二人からの猛反発を受ける。
「オレたちの目的はヴィランの殲滅じゃない。管理・警備システムの奪還だ。待ち構えているのは明らか。ついでに、持久戦やるような体力残っているやついる?」
オレたちヒーロー科ならまだいい。メリッサさんがオレたちに付いて約二百階昇ったのは、彼女の正義と根性に寄るものだ。オレたちの行動がどんな結果になるかわからないが、二日間くらいは筋肉痛で動けなくなるだろう。
「壁を破って、麗日の個性で昇って、壁を破って侵入。屋上から乗り込むのも悪くないな。ヘリポートだ、轟一人残しておけば空からの脱出は不可能だろう。下からはオールマイトたちヒーロー軍団。愚直に戦闘するよりは悪くない作戦だと思う」
「ウチやるよ!」
麗日が両の拳を握りしめ、強く言った。
「ウチの個性なんでしょ! 策束くん!」
「地上四百メートル以上だ。命預けるよ、麗日!」
作戦は屋上からの侵入で決定した。それでも眠たいことを言う峰田には「峰田の個性なら一人でも行けるよな?」と言うと静かになったので、賛成したと判断する。
「緑谷! 壁の厚さも方向もわからない、何度か試すぞ。骨を折るなよ!」
「わかった! メリッサさん、使わせてもらいます!!」
「デクくん、それは?」
「ああ、これはね──」
緑谷の右手には見慣れないヒーローアイテム。彼はそれを《フルガントレット》と呼んでいたが、メリッサさんの発明らしく、回数制限こそあれど、オールマイト級パワーの反動を軽減するアイテムらしい。
才媛と言えば才媛だが、クラスメイトやそこらの女性ヒーローと一括りにして良いわけがない。雄英高校サポート科の発目明と比べてみればよくわかるだろう。これが日本の学生と、世界トップのカレッジの差だ。
この《フルガントレット》を応用すれば、オールマイト級パワーを防御できる可能性があるわけだろ? これは、もしかすればデヴィット・シールドより……。
いや落ち着け、さすがにそんなこと考えている場合じゃあない。
緑谷の拳は見事に外壁をぶち破り、大きな穴をあけてみせた。
「外だよ!」
「ロープですわ!」
「たーっち!!」
飯田と緑谷、轟と上鳴の二組をロープで縛り、《浮遊》の個性で屋上まで飛んでもらう。その後は垂らされたロープを《浮遊》の恩恵を受けながら登っていく。
オレは最後。ロープにしがみついて引き上げてもらった。まさか下見ただけで動けなくなるとは思わなかった。高所恐怖症は早めに克服すべきだな……。
オレが命からがら登りきると、屋上には氷漬けにされたヘリコプターが一機。パイロットも少し離れたところで氷漬けになっており、服装はヴィランたちと同じ格好だ。
「逃走用ってことで良いんだよな、策束」
轟に聞かれるが、オレは上手く答えられないでいた。轟も同じだろう。ヴィランの総数はわからないが、オレたちは二十名程度を想定して動いていた。しかし、ヘリコプターはどう見ても十人は乗れない程度の中型だ。それが、一機。
囮はどっちだ? ヘリコプターか、取り残されるヴィランたちか。
しかし、ここでヴィランが打つ一手を止められたのは大きい。事が終わったら素直に轟を賞賛しよう。
あとはヘリポートを《もぎもぎ》で満遍なく埋めてもらうために、峰田と飯田を残して、オレたちは二百階を目指す。頼むぞ、耳郎。
「保管室の扉が開いているわ……」
メリッサさんが指さす方には、まるで金庫のような厳重な扉があり、解除状態となって中の様子が見れた。
「成人男性二人、だけだね」
そういう耳郎の言葉は、どうにも歯切れが悪い。イヤホンジャックを付けたまま、彼女はオレたちに向けて、すこし怯えるように言った。
「ヴィランたちの……黒幕だ。それと……」
耳郎が言い切る前に、メリッサさんがふらふらとした足取りで、保管室へと進んで行く。
「パパ……」
轟と上鳴に入口の守備を任せ、メリッサさんの後ろを、オレ、緑谷、八百万、麗日、耳郎でついていく。
さすがにこんなゾロゾロと入れば気づくだろう。
この事件の黒幕──デヴィット・シールドと、その助手の男がこちらを向いた。室内にヴィランはいない……。
「うそ……よね……」
「メリッサ……なんで、ここに……」
親子の感動的な再会とはいかなかったな。助手の男はオレたちから発せられる殺意でも感じ取ったのか、状況を支配しようとする。
「き、キミは、オールマイトのお知り合いの子だよね! 良かった! ボクたちはヴィランに連れてこられて、このアイテムをヴィランたちに渡さなきゃいけなかったんだ! 助かったよ!」
「『プラン通りですね、ヴィランたちも上手くやってるみたいです』『ありがとう、彼らを手配してくれたキミのおかげだ、サム』……もっと前から言えるけど、聞く?」
耳郎が助手らしき男の言葉を遮った。
「手配したって、なに……?」
無防備に二人に近づいていくメリッサさんを、オレには、いや、誰にも止められなかった。
「パパが仕組んだの? その装置を手に入れるために、そうなの、パパ?」
デヴィットは観念するように目を閉じて「そうだ」と言った。
それを擁護するように、サムと呼ばれる助手の男が、ありがたく説明してくれている。
《I・アイランド》随一の発明家、デヴィット・シールドが作り出したヒーローアイテム……いや、その装置は『個性を増幅させる』という画期的な物だった。世界を揺るがすことは想像に難くない。
そんな世紀の発明を《I・アイランド》とスポンサーに奪われ、試作品と研究データは没収、研究そのものも凍結、と。すでに各国に通達済みで、闇へ葬られようとしていたらしい。
一見すると、被害者はデヴィット博士だ。だが、【それが作れる】となれば、闇に潜むものがどう思うか。ましてやヴィランが【作れてしまえば】くすぶっているヒーローたちも大きく揺れることになるだろう。
無論、デヴィットが【作れた】という事実が生まれた以上、時間の問題なのかもしれない。ただの先延ばしなのかもしれない。
だが、それでも各国が共謀し、一枚岩となって彼の装置を否定したことを、デヴィットと助手はもう少しだけ考えても良かったのではないだろうか。まあ、それができないから、指を差されて言われるんだけどな。
マッドサイエンティストと。
しかし、どうやら計画の発案者は助手のサムの方らしい。
偽物のヴィランを雇って装置を盗ませ、彼らは法にのっとって《I・アイランド》を出奔。国を移って研究を続けるつもりだったらしい。とんだマッドサイエンティストだ。その国で戦争が起きるぞ。
「私の知っているパパはそんなこと絶対にしない!! なのにどうして!?」
「……オールマイトのためだ」
は……あ? 反論する気もなかったが、あまりの言葉になにも言えなくなってしまう。
オールマイトのために、ヴィランを雇って窃盗?
「お前たちは知らないだろうが、彼の個性は消えかかっている……。だが、私の装置があれば元に戻せる。いや、それ以上の能力を彼に与えることができる! ナンバーワンヒーローが、平和の象徴が! 再び光を取り戻すことができる! また多くの人を助けることができるんだ!」
彼は熱い演説をそのままに、アタッシュケースを助手から奪って言葉を加える。
「頼む! この装置をオールマイトに渡させてくれ! もう作り直している時間はないんだ! そのあとでなら、私はどんな罰でも受ける覚悟がある!」
「じゃあオールマイトに渡しましょうよ」
メリッサさんがなにか言いたそうにしていたが、それを遮ってオレが話すことにしよう。正直時間がない。
おそらくはもう氷で塞いでいた非常階段の穴も見つかっていることだろう。ヴィランが最上階に押し寄せてくることは目に見えている。
偽物? 銃持って? 人質とって? 脅して? 個性使って? 偽物だって?
あ、オレ、いま怒ってるんだ。
「その装置は私が作った。だから私のものだ。取り出すためには、人質を取って銃で脅して、ヒーロー拘束して、人々を恐怖に叩き落さなきゃならなかったけど、私のものだからしかたがないって。
「それはキミのためだ、キミが個性弱くなったからいけないんだ、お前は、オールマイトじゃなきゃ価値がない。
「さあ、言いに行こう。友だちで言いづらいかもしれない。
「代わりにオレが言いましょうか? オールマイト、あなたの友人があなたのためにテロリストになりましたけど、彼はなにも悪くありません、あなたが弱くなったのがいけないんですって。
「友だちなら、親友なら、言ってやれば良かったんだ。
「少しは休めよオールマイト、それより聞いてくれ、世紀の大発明だ。この装置を使えばみんなオールマイトになっちまうんだぜ! あっはっはっは!! ってよぉ!!」
ああ、お前はずいぶん、楽な生き方させてもらえるんだな。
オールマイトが背負っているものが、少しも見えていなんだから。
「メリッサさん、思うところはあるでしょうが、もう行きましょう。オレたちの行動のせいで殺された人質がいないとも限らない」
「──わかったわ」
涙をこらえていた彼女は、それでも気持ちを切り替えてくれたようだ。
「待ってくれ! ど、どういうことだ! ヴィランは、偽物のはずだ!」
「偽物だとしてもこんなことしちゃ本物だ。オレたちに個性使ったやつらはヴィランとしても逮捕できる。まあ国家反逆罪のほうが明らかに重いけどさ」
メリッサさんにとっては尊敬する父親だろうが、いまのA組にとってはただのテロリスト兼強盗だ。さすがに策束家として擁護できる範疇を越えている。
あ、アタッシュケースを持って助手が逃げ出した。オレたちを通り過ぎて前に進んだが、上鳴が電撃を当てて動けなくしている。ケースは証拠なので念のために回収しておこう。このまま放置して誰かに取られるのが一番阿呆だからな。
しかし、天才ってのは良くも悪くも物凄い発明するよな。
「待ってカルマ! なにか変! 警備ドローンがいない! それに下から爆発音!」
「下っていうか非常階段じゃない?」
「そうだね、一体何が……」
耳郎に、「そっちは大丈夫だよ」と言って、管理システムを目指す。そこにいたゴーグルをつけたヴィランと、アサルトライフルを持ったヴィラン二人を轟と緑谷が一瞬で制圧する。
もう緑谷が爆豪より下だと思う者はいないだろうな。
メリッサさんは管理パネルの前を陣取って、次から次へと画面を切り替えながらなにかを書き換えている。……これは、まさか手打ちで修正している? ウソだろ?
多分できるかもって、こういうことか。
惜しいなデヴィット・シールド。娘に全てを任せてお前が助手にまわれば、こんなことにはならなかったのに……。
「緑谷、上鳴、エレベーターが動いている」
轟に言われて、中央管理室と呼ばれるところから顔を出すと目の前のエレベーターがレセプション会場からすごい勢いで移動しているのがわかった。あと十秒かからず最上階のここまでくるだろう。なんというか、文明の利器だよなぁ。
アタッシュケースを隠しながら作業状況を見る。うん、わからん。
「書き換えはまだ時間がかかる。三人が頼りだ」
こんな閉鎖空間なら耳郎の個性で爆音流せば動き鈍らせられるんだろうけど、残念ながら可愛いドレス姿では、どちらかと言えばオレが守ってやらなきゃという気持ちが強い。
ヴィランの装備を丸ごと奪っているので、オレも念のために拳銃だけは構えておく。撃ったことなどないが、トリガーに指をかけちゃいけないということは、ヒーロー情報学の授業で習っている。というのも、素人が扱う銃や個性ほど危ないものはないからだ。
扉を閉めて、轟、緑谷、上鳴の三人での迎撃態勢を取る。削岩用の個性の持ち主は、おそらくいまでも百三十階で気を失っているし、なまじ意識を取り戻していたとしても、指を曲げることすら不可能なくらいには拘束している。そのヴィランを無理やり救出したか、それとも別の破壊用個性がなければ、この管理システムに入ることは不可能なはずだ。
「来るぞ!!」
轟の声がこちらまで届く。防刃、防弾ガラスではあるが、防音の効果はまるで無いらしい。それともわざと残してあるのか。
エレベーターの扉が開いた瞬間、轟が先制打として氷を放ち、エレベーター内を氷で埋める。体育祭ならドンマイコールが行われそうな速攻だったが、このヴィランは雄英襲撃で捨て駒にされたチンピラレベルじゃあないらしい。氷については事前に調べ、警戒していたようでエレベーター内に壁が作られ、氷を防いでいる。あれは、鉄か?
その中から男の声。
「おいおい、お前らヒーロー免許もないガキじゃねぇか。個性使っていいと思ってんのか? ああ?」
嘲笑混じりの声に誰も反応する様子はない。
良かった、こんなくだらない挑発に乗るようなら後ろから撃たれたって問題ないよねって思っていたところだ。
「はっ、お高い奴らはヴィランとはおしゃべりもできねぇか? お前らだって事が済めば逮捕だよ、逮捕」
くだらない挑発は続く。
奴も銃は持っているだろうが、オレたちの真後ろは管理システムだ。下手に当てればどうなるかわからない。もっとも、解除されるくらいならってこともある。
覚悟決めて《創造》でクロロホルム作ってもらえば良かったな。瓶ごと投げ入れれば最悪ヴィランは死ぬが、なにもできずに無力化できる。
いや、殺す覚悟さえ出来ていれば、オレたちの選択肢なんていくらでもあった。
情けないな。
「まあ逮捕より先に、ここで死んでいけよ! 偽物のヒーローが!!」
エレベーターの中から氷を突き破り、鉄の柱が押し寄せる。しかも早い。
緑谷の掛け声とともに三人が動き出す。上鳴はどうにか避けてくれたが、轟が氷で防いだものの、その氷ごと吹き飛ばされて、オレたちの視界から転がるように消えていった。
しかも、ヴィランの狙いはそれだけじゃなく、管理室の扉を三本の柱が大きく歪ませる結果となった。
防弾のためガラスこそ砕けなかったものの細かい亀裂が全面に入り、向こう側はまるで見えなくなった。代わりに歪んだ隙間は非常に大きく、オールマイトですら余裕をもって出入りできそうだ。
「さあ、そこのお嬢さん。管理システムを俺たちに返すんだ」
氷の中から、鉄板をあしらった仮面の男が現れた。肌を露出している部分など口元しかない。
「デクくん! 大丈夫!?」
「メリッサさんは続けて!!」
「上鳴! 離れろ!」
扉の隙間から耳郎が上鳴を引きずりこみ、緑谷がヴィランと一対一で向かい合う恰好となった。
「もう管理システムはこちらのものだ! 直にヒーローたちが事件解決にあたる! 諦めて投降しろ!」
その緑谷の言葉に、ヴィランは鼻で笑うことで返事をした。そして手を壁に当てると、緑谷の足元からまたも鉄の柱が伸びる。彼はそれを察知して避けたが、氷に阻まれて身動きがとりにくそうだ。
「坊主、お前は超パワーなんだってな? データベースに載ってたぜ」
さすが《I・アイランド》。雄英と違って住民、観光客の個性は把握済みか。悪い方面に働いている。
「ほら、やろうぜ? 殴り合い」
……はあ?
奴はいま個性を見せた。発動条件はわからないが、周囲の金属あるいは鉄を自在に動かせる個性のようだ。
これが鉄の柱を、緑谷の個性でぶっ壊せってことならわかるけど、ヴィランのとった体勢は、まるでひと昔前のボクサーのように構えているのだ。
「デク! 挑発には乗るな! ショートの復帰を待て!」
「いいのかぁ? 応じないなら、もう一度お見舞いするぜ、その扉によぉ」
俺の声とヴィランの発言で、緑谷はヴィランに向かって駆け出すことを選択したようだ。しかたない、確かにもう一度あんな鉄の柱をぶん投げられたら、今度は管理パネルにまで穴が開くだろう。
ヴィランから提案された案じゃあなければ、緑谷にとっては理想的な状況だ。遠距離は圧倒的に不利。近距離はヴィランの個性の使い方や拳銃の懸念さえ除けば圧倒的有利。緑谷の間合いと言っても良い。
それなら、とオレはすぐに寝転がされているテロリストから仮面を奪って顔を隠す。手にはアサルトライフル。思っていたより重くて、構えられるのか焦燥感はある。しかもこれ実弾が入っているんだぜ?
正直ペイント弾なんかを《創造》すればやり方は増やせるが、装填されている弾ってどうやって抜くんだよ。知らないよそんなこと。
非戦闘員で作戦を練っていると、変形していた扉をぶち抜いて、緑谷が転がり込んできた。腹を押さえて大きく咳き込んでいる。まさか撃たれたのかと慌ててヴィランを見るが、ヤツは自身の拳を見ながら笑っていた。
なんの、個性だ?
緑谷の個性は超パワーと身体強化だ。骨折するほどの出力を拳に乗せるか、それを分散して身体全体を強化するか。その身体強化はヒーロー科全体として見ても非常に強力なものだということが共通認識だ。
その緑谷に、パワー勝負を挑んで、勝った……。
「ははぁ! こりゃすげぇ!」
なんだ、その言い方は。
まるで初めてもらったおもちゃを使った感想だ。もしかしてどこかのパビリオンからヒーローアイテムを盗んできたのかと当たりをつけるが、それはヴィランによって否定された。
「実践でもちゃんと使えるじゃねぇか! 【この個性】はよぉ!」
ゲラゲラと笑うヴィランは、膝を震わせながら立ち上がる緑谷に余裕を持って近づいてくる。なんのことだ、なんの比喩だ。
問題は、発言より、身体強化している状態の緑谷を一撃で倒すパワーを持っているということだ。
ここで八百万に催涙ガスなどの刺激性ガスを《創造》してもらえれば反撃には繋がるが、ついでのようにガスマスクが必要になる。
耳郎は個性で轟と上鳴を追ってくれているだろうが、焦燥の表情からは希望は見いだせない。
唯一攻撃個性を持つ八百万が立ち上がろうとするが、オレは彼女を抑えることにした。
彼女の頭に、銃口を当てることによって。
「ボス!! 待ってください!」
「ああ? 誰だお前」
ヴィランがオレを見る。周囲のみんなからも驚愕の表情で見られているが、ここは許してくれ。名前も呼ぶなよ。
「助かりました! わざわざ最上階にまで!」
「水差すんじゃねぇよ。んで、さっさと殺さないのはなんのつもりだ? 撃てよ」
仮面を被れば誰かも判断つかないのか。ずいぶんと浅い関係だな。
「一つ聞きたいんですが……ヘリが、使えないそうです……。どうやって、逃げるつもりですか?」
「ヘリが? ……ガキどもか。クソ……。まあいい。デヴィット・シールドはどこだ?」
「まあいいって!? 脱出できなきゃどうするんですか! 計画はもうお終いだ!! 発明家になんの用があるんだよ!」
ヴィランはオレとの受け答えに、面倒くさそうに顔をしかめる。マスク越しでもわかってしまうとは、よほどの表情筋の使い方だな。
「ヤツの発明があれば、オレの個性でどうとでも出来るようになる。それより、オレからも質問があるんだがよぉ──」
ヴィランの口が歯茎までむき出しにして笑みを浮かべていた。
これは、失敗したようだ。
「俺は部下に! 船で脱出するって伝えてあるんだよぉ!! クソガキがぁ!!」
バレてる!!
しゃがみこんだ男が手のひらを床に触れさせると、オレの足元に鉄の壁が生えてきた。足をとられながらも八百万に覆いかぶさり衝撃に備えるが、復帰した緑谷がヴィランの攻撃を押し返して、廊下まで前線を上げてくれた。
「いまのは!」
「【流したわ!】」
メリッサさんは【すでに管理システムの掌握は終えていた】。警備システムの解除と並行して、管理システムを使ってセントラルタワー全域に流してくれている。
これは一種の賭けだ。逆上したテロリストたちが銃を乱射する可能性もある。しかしこれはテロリストどもが暴れるかどうかの賭けではなく、オールマイトが制圧するかしないか、という賭けなのだ。
そして、オレたちはそれに勝利する。
「来るよ!! すごい笑ってる!!」
耳郎のいい笑顔が見れたので良しとしよう。死ぬかと思ったが……。
なんて、考えたのも束の間。
「私がーーーー!! 通り抜けてきたーーーー!!」
ヴィランの足元を突き破り、天井すらも突き破り、空高く上がっていく一人のヒーロー。
日本が誇るナンバーワンヒーロー、オールマイトその人が見えた。
緑谷でも、扉ならまだしもフロア層を突き破ることはできないだろう。
オールマイトはそれを二百階層分ぶち抜くのだ、これでデヴィットは、オールマイトの個性数値が下がっていると……? 素直に機械の故障を疑うべきだろう。すくなくとも、消えかかっているとしても人の手には余る個性なのは確かだ。
「イヤホン=ジャック! あのヴィランは生きてる!?」
「生きてるよ!」
オールマイトが突き抜けた衝撃で、緑谷とヴィランは弾け飛んでいる。緑谷のほうは上手く受け身を取ってくれたようだし、オールマイト側で避けただろうけど、ヴィランは見事に轢かれている。ぐちゃぐちゃにはなっていないが、痙攣するように気絶している。
「クリエティ! 拘束具!! 鉄はダメだ! ロープと結束バンド!」
「はい!」
「ウラビティはショートの確認! イヤホン=ジャックは索敵!」
八百万から拘束具を受け取って、ヴィランの手と足の指を縛り上げていく。さきほどの行動を見るに、鉄に手が触れていないと発動しないのだろうと思ったのだが、どうだろうな。
手を合わせるように結束バンドを幾重にも指ごとに巻き付け、ロープで関節を縛り上げていく。服も上着とズボンをナイフで破きながらぬがせ、靴と仮面も外しておく。パワー系の個性になるようなアイテムも無し。身体の中を改造したとか?
【実践でも使える個性】ってどういう意味だよ。
「策束少年! 素晴らしい捕縛術だな!!」
「助かりましたオールマイト!」
地獄に仏とはまさにこのこと。
オールマイトは気を失ったヴィランを改めて捕縛して、
メリッサさんは警備システムをも完全に奪還すると、緊張の疲れと、階段を登り続けた疲れで、完全に動けなくなってしまった。
屋上で待機する飯田・峰田、そして警備システムが通常運行に戻っても非常階段を埋め尽くす警備ドローンを破壊し続けた爆豪・切島とも合流する。
ちなみに、爆豪の手には腕を刃のように変貌・硬化させる個性を持つヴィランの首が握りしめられていた。本当、戦闘のセンスはクラス随一だな。
デヴィット・シールドはどうなったのだろうか。
オールマイト、そして《I・アイランド》上層部が彼を連れてどこかに行ってしまった。
解決したはずのオレたちは警備のチームによって拘束、聴取を受けている。一時間少々で二百階の階段を昇り切ったと言ったら信じてくれるだろうか。
◇ ◇ ◇
今回の顛末になるのだが──。
まず、幸いにも死傷者はゼロ。
ヴィラン以外の負傷者はオレたち雄英組が打撲や裂傷。せいぜい全治一週間から二週間といったところか。緑谷も骨折はしていないので、動けなくなる人はいないかと思いきや、メリッサさんはこむら返りで入院らしい。オールマイトは病室が湿布臭かったぞと、メンタルケアルームで過ごすオレたちに話してくれた。
一転、父親のデヴィット・シールドのことをオールマイトは黙秘を選択した。付き合いの長さは違えど、オレたちが大人になったとき、クラスメイトの中からヴィランが生まれているようなものだ。笑う気にも、深く聞く気にもなれない。
被害額はわからないが、セントラルタワーは建て直しかもしれないな。
これは物損の側面だけではなく、《I・アイランド》は設立以来ヴィラン犯罪が一度も発生したことがないというお触書だったせいだ。安全神話と言っても良い。それが崩壊した以上、《I・アイランド》側は今一度安全性を問われることになる。いままで安全を保障していた管理・防衛システムのどちらもヴィランに乗っ取られたとなれば、《I・アイランド》は技術力を使い珠玉の新・管理システムを作ろうとするはずだ。それには既存のシステムが邪魔になる。
となれば、システムを一から作り直したのち、既存のセントラルタワーを処分したほうが隙はない。
どうでも良いが、オレの父親を含め、レセプション会場にいた人たち、つまりVIPたちは怪我一つない状態だ。一人ひとりが、国に直接影響力のある人脈をもつ連中だ。
テロリストのしでかしたことより、オレたちA組たちの命より、会場の連中に怪我がなくて《I・アイランド》側は安堵しただろう。
もっとも、被害はあまりにも多い。金額はともかく、とくに先ほど挙げた安全神話の崩壊に、VIPのフォロー。そして日本を含めた海外メディアの対応だ。
解決したオレたちには少額とは言えない謝礼金と、守秘義務の契約書が与えられた。
『発見された爆弾の解除と民間人の警護のために警備ドローンを放出した隙をついて、個性を使用してヴィラン十八名が侵入。人質を取ってセントラルタワーを占拠しようとした。管理システムの解除に手間取ったことをレセプション会場に居合わせたオールマイトが感じ取り、会場と管理システムにいたヴィランを一網打尽にし、事件は解決した』
という筋書きである。
そして──赤いソファーに座り、テーブルをはさんで向かい合うデヴィット・シールドに笑いかける。オレの隣には、父親もいる。オレは完全に秘書役だな。
「あなたが、ヴィランを手引きしたということは、事実として公表されることになります。まあ、本当のことですからね」
事件から三日後、彼とはようやく面会できるようになった。ずいぶんと疲れた顔をしているが、思いつめている表情ではない。どちらかと言えば諦めているようにも見える。
本来であれば、オレのような部外者が彼と会うことなど不可能だし、緑谷たちも会うことはできない。
それを可能にしたのは、デヴィットだ。もっと言えば、メリッサさんに繋ぎをつけてもらったのだが。
デヴィットの部屋はセントラルタワー地下にある聴取室。ベッドや冷蔵庫を始めとする、家具完備で、ドア側の面が強化ガラス張りであることを除けばオレの部屋より居心地は良さそうだ。
「キミにはずいぶんと助けられた……。礼を言うよ」
「よくもやりやがったなクソマッドサイエンティストが、と殴りたいところですね」
「メリッサにも、オールマイトにも殴られてない……。殴ってくれるやつを探していたんだ」
口角は上がっているが、目は笑っていない。力もないので、これ以上世間話をしても意味はないだろうと判断する。オレとしては事件の真相も、彼の精神状況にも興味はない。
現状の問題は、デヴィット・シールドの資産と特許の行方だ。
既存の法律では、国際法ですら特許はデヴィット・シールドの物だ。
しかし、いまデヴィットは資産・研究・通信関連、すべて《I・アイランド》側に凍結されている状況にある。ありていに言えば無一文の監禁状態。
さすがマッドサイエンティストが集まった国、しかも初めての事例になる事件なので、すべての状況を精査するらしい。一年二年で終わるとは思えない。たとえ軟禁されているこの聴取室から出ても、彼には《I・アイランド》を脱出する方法がない。脱出したとして、パスポートもないので密入国として強制送還は必至。あるいは理解ある官僚を味方につけ、どこかの大使館で一生を過ごすのも手か。
それが今、メリッサ・シールドにも当てはまってしまっている。
《I・アイランド》の守秘義務を大きく破り捨てたデヴィットの、唯一の肉親だ。逃がすわけがない。
本来なら彼女もこの聴取室で軟禁される予定ではあった。
それを止めたのが策束家である。
最初は父親も難色を示した。デヴィットを抱えていたスポンサーは契約違反だとして多額の違約金を発生させているし、今後、彼が《I・アイランド》で研究できるかどうかもわからない。
それにこの個性犯罪の黒幕だと公表したため、彼を抱えることは途轍もないイメージダウンに繋がる。
──だが、娘ならどうか。
幸い彼女はまだ学生。父親の大きすぎる存在感によりコンクール以外では表に出ることもなかった。カレッジや研究者の間でならともかく、世間一般では彼女は認知されていない。
策束家が《I・アイランド》で所有するホテルの一室をメリッサさんに提供することで、実質的に彼女のパトロンになることに成功。ここから先のことはそれほど煮詰めていないが、デヴィットのもつ特許をすべてメリッサさんへ譲渡。特許で稼いだ資金を違約金に充てていく、なんてのはどうだろうな。特許の年数は二十年だ。その間にどれほど稼げるかわからないが、特許の数を考えれば、百個くらい売ったっておつりがくるだろう。
惜しむべきは《I・エキスポ》中止の影響だな。彼が申請していた特許が差し押さえになる可能性はあるし、ほかの研究者が自分の物だと偽って申請すれば通ってしまう可能性もある。
まあそっちは置いて話しても、結局シールド家の金銭事情は、シールド家で解決できるということだ。時間はかかるし、目標はデヴィットの身の自由だけどな。五年くらいは覚悟してもらおう。
「我々から提示できる条件は、裁判であなたの助手と争ってもらうことです」
「それは……だが……」
「裁判で真実を語ってもらえれば良いと言い換えますか? コスプレ集団登場で時間を稼ぐつもりだった。研究データを持って日本かアメリカへ亡命、研究を続ける算段もつけていた。それを助手が金欲しさに本当のヴィランを引き入れてしまって、多くの命を危険に晒した。これを法廷で言えると約束できれば、メリッサさんは我々が保護とサポートをし、このままカレッジを卒業することができる」
そこから先は微妙なところだがね。
《I・アイランド》との契約上、メリッサさんはそもそも出国を許されていない。無理に亡命しようとすれば口座から契約から、すべてが凍結されてしまうだろう。
そもそも《I・アイランド》とは、どんなことでも研究できる代わりに、すべて《I・アイランド》に支配され、軟禁される国なのだ。研究できない状況になってしまえば、この国に価値がないどころか、現状の監禁されたデヴィットのように人生がお終いだ。
それが娘にまで及ぶことを想像すれば、彼はオレたちが作成した契約書にサインせざるを得ない。
父親はデヴィットのサインが入った『奴隷契約書』を自身の個性で複製。一枚をオレに渡して、部屋を後にした。
「これでメリッサさんのことは心配しないでください。カレッジ卒業後は、策束家が土地も金銭も全面的にサポートします。老後にはなるでしょうが、あなたが娘さんの助手に成れるよう、こちらも全力を尽くします」
まあ策束家では金を出すだけで、あとは弁護士にまかせっきりになるんだけど。
父親が用意した弁護士は十五人。俗にいう最強の弁護士軍団だな。無罪は百パーセント無理だが、実刑判決を受けた場合は五年以下で済むように作戦を練ってもらっている。
その場合助手の方は首謀者として死刑になるだろうが、実際そうなのだからしかたがない。そもそもの問題として、偽ヴィランを雇ったとしても計画が露呈した時点で内乱罪が適応されて日本でも首謀者は死刑。
この事件の場合、当初の計画が実行されていた場合はデヴィットが死刑。しかし計画を変更したことにより首謀者がサムとなり、彼は死刑になるだろう。あるいは、秘密裏に処理されるか、かな。
オレはデヴィットが項垂れる様子を見ながら、テーブルの上の、冷えてしまった紅茶を一口飲んだ。
後味の悪さだけが残る、甘いミルクティーだった。