林間合宿編は前・中・後・開闢行動隊・顛末編となります。
「雄英高は一学期を終え、現在夏休み期間中に入っている。だが、ヒーローを目指す諸君らに、安息の日々は訪れない。この林間合宿で更なる高みへ。プルスウルトラを目指してもらう!」
夏休みが残すところ三週間ほど、雄英高校の正門に集められたヒーロー科四十名はそんな相澤先生の文言を聞くところになる。
林間合宿。夏休み中に行う学校は少ないだろうが、全国津々浦々、どこの小中高で行われていても珍しくはない行事だ。問題は他の学校で行われる林間合宿に、更なる高みなんてないことだろう。
予想はつくし、先輩にも話を伺ったので大体の当たりは付いている。
それはそれとして、合宿先に向かうバスの準備が整うまでみんな正門でダラダラと話し出す。芦戸と上鳴、そして麗日まで加わって『合宿音頭』を取り始める始末だ。
「えぇ!? なになにA組補習いるの!? つまり期末で赤点取った人がいるってこと!? えぇ!? おかしくないおかしくない!? A組はB組よりずっと優秀なはずなのにぃ!? あれれれれれれれ──」
急に突っかかってきたB組の物間が、同じくB組の拳藤の拳で急に黙る。
こわっ……。
「あ、小森」
「アハハ、キノコ派の策束くんだ」
その覚え方なのか……。
B組、小森希乃子。個性はキノコを好き勝手に生やすことができるという、これまたヤバいヤツ。そして、オレにとって印象深いのは、なんと彼女、雄英の入試試験で同じ会場だったりする。お菓子メーカーの里だの山だのの派閥はどうでも良かったのでキノコと答えていたのだが、これで彼女がタケノコ派だったら腰抜かすな。
「そっちはなにか聞いてる?」
「場所が変更になったって聞いたわ」
「教師はイレイザーヘッドとブラドキングのみ。ヴィランに動向を探られないようにだと」
「へぇ、怖いわね」
それにしては笑顔でバスに乗り込んでいく小森。それどころかB組は気を失っている物間まで含めて全員笑顔だな。ブラドキングを信頼しているのだろう。こちらは場所の変更が告げられてからすこし【スイッチ】が切り替わってしまったやつが多い。息が詰まるな。
ちなみに、バスに乗るのは初めてじゃない。バスの荷台は真ん中にあるってことは知っている。おそらくオレたちのヒーロースーツなどもそこに並んでいるだろう。
バスに乗り込んで並んで走り出すバスが二台。
B組とはすぐ近くの交差点で左右に別れてしまった。別々のところでやるのだろうか。アッカンベーとこちらを睨みつける物間に、もはや同情すら覚えてしまう。
「お前ら、一時間後に一回バスを停車させる。その後しばらく──」
高速道路を使って都外へ出てしばらく、振り返った相澤先生は、そこで言葉を切ってしまう。まあこれだけガヤガヤと騒いでしまうとね。席順なんぞ知ったことかと仲の良い者同士で隣同士だ。十五歳程度の少年少女たちなので、こうなることは自明の理でもあったはずだ。
しかし移動が長いな。高速に乗ったまま一時間かどうかは知らないが、そうだとすれば山梨県も越えていきそうだな。
ちなみに、地図を開くことは禁止されている。携帯端末は使えるのに、雑な判断だなと思ったりもするな。
バスは長野県に入ってしばらく、高速を降りて山の中腹に用意されている、待避所に停車した。
バスが三台は停められそうな広いスペースだ。手すりも用意されているので、頂上へ向かう道すがら休憩や景気を楽しめという目的で作られている場所だろう。
問題は、そんなのんびりとした空間にそぐわない一台のメルセデス・ベンツ。しかもクラッシクカーだ。乗っているのは女性が二人。……見覚えのあるヒーローコスチュームを着こんでいる。
「降りるぞ」
峰田が真っ先にバスから降りて、追随するように相澤先生が行動を促す。
さすがに二時間近く座りっぱなしは辛かったな。みんな思い思い身体を伸ばすし、トイレを探すやつもいる。耳郎などはB組と離れていたことすら今気づいたようだった。
「なんの目的もなくでは、意味が薄いからな」
「いよう! イレイザー!」
クラシックカーから降りてきた、女性二人組のヒーローと子どもが一人。彼女たちに頭を下げる相澤先生だったが、彼女たちは気にする様子もなく、ヒーローとしての決めポーズを取った。通常の挨拶より優先させるとは……さすがヒーロー。
彼女たちが名乗ったのは「プッシーキャッツ」。
口上、決めポーズ、なにより団体ヒーロー名。見覚えがあるわけだ。連名事務所にてヒーロー登録しているので、オールマイトやエンデヴァーのように個人技が光っているわけではないが、四人一組を上手く利用したヒーロー活動をしている。ヒーローランキングでも百位内にいることも多いヒーロー集団だ。緑谷いわく、ベテランというやつだな。
「心は十八ィ!!」
プッシーキャッツの説明をしていた緑谷は、金髪ロングの女性にアイアンクローを受けている。まあ十八歳から十五年はヒーローしてるんだもんな……。
相澤先生に号令を受け、クラス全員で彼女たちに頭を下げる。今回の林間合宿でコーチングをしてくれるらしい。ということはプッシーキャッツの残り二人がB組につくのか。
「ここら一体は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設は【あの山】の麓ね」
茶目っ気たっぷりに笑うショートカットの女性。彼女が指差した【あの山】とは、直線距離でだいたい七キロメートル。しかも山の麓というか森の中だ。三つの山に囲まれた麓の平地。そこを指さしている。……言葉の使い方を間違えているわけでないのなら、合宿場は山を使うんだろうな。
明らかに不穏な空気を感じ取り、クラスメイトが怯えだす。
「いまは午前九時三十分。早ければ……十二時前後かしら」
「バスに戻れ! 早く!」
「悪いな。合宿はもう始まってるんだよ」
切島が指示を出すが時すでに遅し。金髪の女性に回り込まれ、そして、土砂に押し流された。五メートル以上ありそうな崖から落とされるクラスメイトを眺めながら、【隣に立つ】相澤先生を見やる。
「合宿場の変更をしましたね。八百万の関係者には?」
「伝えていない」
「……そうですか」
ダメだな。相澤先生は、雄英は、わかっていない。
「八百万家の一人娘です。何かがあってからでは遅いんですよ」
「万一に備えた結果だ」
変更自体は仕方がない。前代未聞のヴィラン襲撃事件があった後の、初の林間合宿だ。中止することも視野には入れていたはずである。それを中止ではなく、突発的な変更で対処した。そのため追加した指導者が四人一組の「ワイルド・ワイルド・プッシャー・キャッツ」。……情報漏洩への懸念?
崖下のA組に指示を出す女性を見ながら、どうしたものかと悩んでしまう。八百万はお人よしがすぎるので、男避けと連絡役にはオレが抜擢されている。男避けは、なんだったら最近良い感じの轟に代わって欲しいくらいだが、連絡役はそうもいかない。信用にかかわるのだ。
「県を越えてまで行う価値があるんですか?」
「なきゃやってない。不合理だからな」
「雄英高校も、ずいぶんと広い土地を持っていますが……」
それとも、雄英の敷地内で教師をコーチとして招くのに不安がある、とか?
それは、ずいぶんと、嫌な想像だな。
「あれ? イレイザー、まだ残ってるじゃん!」
「ああ、コイツはいいんですよ」
寄ってきた二人組に会話の邪魔にならぬよう、静かに頭を下げる。三人の会話内容から、ショートカットの黒髪の女性がマンダレイ。セミロングの金髪の女性がピクシーボブ。そして彼女たちと同乗していた少年は、マンダレイの甥っ子であると判明した。
「連絡はしますよ」
「……そのことだが……」
だいぶ言いにくそうだな。嫌な想像が当たっている、ということだろうか。それとも相澤先生の独断先行。あるいはプッシーキャッツの協力の条件。
可能性は多くあるが、あまりポジティブな方向ではないだろうな。
「どういう話かあまり見えてこないけど!」
「え」
襟とベルトを掴まれ、足が浮くのがわかった。
「いまは訓練の時間だぁ!!!」
高く飛ばされたのもわかった。女性の膂力じゃないだろ!
視界が空と地面とのどちらも移す。次から次へ変化していく。どうやら、バスほどの大きさのゴーレムを作り出せる個性の持ち主らしい。オレを投げ飛ばしたのは、彼女ではなくその個性生物だ。
バスから遠ざかり、空へ近づき、そして、錐揉みのように落ちていく。
「うわあああああああああああぶふぁ!!」
高さ十メートル近くから落下して地面に直撃したはずだが、思ったほど痛くない。地面が、やわらかい? なんだ、よくあるラッキースケベで、下には耳郎がいたり……?
おそるおそる目を開けると、砂埃が舞い散る中、地面が【弛んでいる】のがわかった。これも個性? 土を自由に操れるのだろうか。あとで緑谷に聞こう。
腰が抜けそうだ……。いまので高所恐怖症治ったりしてないかな。
「うへぇ……」
口に入った砂粒を吐き出しながら顔を上げ、広がった光景にうめいてしまう。
森の中には何体もの土くれの化け物。そして個性を使ってそれらを撃退しようと努めるA 組メンバー。なんてことはない、相澤先生が言っていた通り、合宿は始まっているのだ。
個性を使用して、直線距離約七kmに配置された土くれを倒す。
ああ、情けない。
たとえば……。
切島が個性を全力で出し続ける場合、連続使用時間は二十分。
七キロは平地であればだいたい徒歩一時間半。
森の中で障害物が多い場所で走るのは危険。
はぐれることも危険。
休憩・水分補給の油断も危険。
つまり、索敵組、戦闘組に分けて、戦闘組はA・Bチームに分ける。それを交互に入れ替えながら進んで、ようやく二時間程度で着くのだろう。おまけに、見ろ、土のゴーレムは時間が経つと復活するらしい。
自身のホームではないという不安を突き、時間制限を設けて余裕を失くし、ヴィランを目の前にしたヒーローを偽装させる。なるほど、合理的だ。せめて荷物を持ってくればよかった。
さて、オレも進むか。幸いゴーレムの復帰は遅い。二メートル強の大きさに戻るまで何分も掛かりそうだ。機動力だけ奪われている個体も多いが、それらとは距離さえちゃんとおけば十分だ。
クラスメイトを数えながら進んでいく。全員いるようだが、オレへの点呼は行ったのかお前ら……。
さて、開始から二十分程度経っただろうか。そろそろガス欠起こして息切れしているメンバーも多い。しかし、見ている限り数人単位での連携は良いな。誰に言われずともオレの近くで休憩しているし、限界値を知っているということは良いことだ。オレは最初から限界なので戦闘は一切しない。葉隠のように立ちまわってもいいのだが、それはもう少し全体の疲労がピークになったときで良いだろう。どうせ昼前には個性使えなくなった組も出てくるだろうからな。
お、珍しく爆豪も休憩か。どうやら単騎での特攻に失敗したらしい。
「どう? こいつら」
オレが話しかけると、三白眼で強く睨んでくる。爆豪としては、さぞや目障りなクラスメイトであるため、当然だろう。それでもヤツは、訥々と語る。
「動きはノロマ。脆い。ただデケェから両手から逃げられねぇ。空にいるのも厄介だ。気配もねぇ」
なるほど。それで不用意な個性の使用をしてしまい、インターバルが必要と。いいね、わかりやすい。
「気配なんてわかるもんなの?」
「ったりめーだろ」
お前は格闘漫画の主人公か。オレは背後に誰かが立っても分からず、気づかずに殺されるミステリーの第一被害者だろうな。
「チッ……おいスカシ野郎」
「なんだよ、そこまでクールになれる気温じゃないぜ?」
へらへらと笑って答えるが、爆豪は苛立ちを隠さずに、オレに聞いた。
「作戦はねぇのか」
「それは森を抜ける作戦? それとも、昼までにつく方法?」
爆豪はもう一度、舌打ちをした。彼も、そして何人かは気づいているだろう。このままでは昼を大きく過ぎる進行速度だということに。
「三時くらいにはつけるかな? 荷物があれば食料も少し入れていたんだけどね。昼飯は抜きだな」
「……作戦は……ねぇのかって聞いてんだ!」
「ああ、なるほどね。この土くれは個性だ。なら森全域ってことはないだろう。可能な限り迂回して進むってのはどうだ? 五時くらいになるかもしれんが、安全に抜けられる」
「馬鹿にしてんのか!!」
爆豪がオレの胸倉を掴もうとするが、周囲の警戒も怠っていないようで、数歩引くと追いかけてくることはなかった。
「昼までに抜ける作戦はない。全員協力すりゃあなんとかなるけど、爆豪、お前全員に頭下げる気あるか? 「オレは安全策捨てて昼までに抜けたい、だから危険だけど協力してくれ」って、頭下げれんのか?」
結局はそこだ。爆豪が単騎で抜けられなかった以上、それを成せるのはこの環境下では緑谷、轟の二名だけになった。その二人が協力戦を選んでいるのなら、昼までに抜ける方法はない、と断言できる。爆豪を含めた全員で抜ける方法ならいくつか思いついてはいるが、夕方までには着くし、わざわざ危険を冒す必要はない。
「協力ってのはそういうことだ」
「無個性ヤローが俺たちに依存してんのは、協力なのかよ」
「いいや爆豪の言う通り、他力本願だよ」
オレにはこの土の塊を倒す力なんてない。罠を仕掛けても、あんな巨体じゃあたかが知れている。
だからもし、クラスメイトが協力してくれと言えば、いくらでも協力しよう。オレの力でもなにかできるというのなら……。
だがそのためには爆豪の協力も必須である。ここで甘やかしてはいけない。爆豪に協力する場合は作戦を言うだけで、爆豪を協力させる場合はこちらが必死にご機嫌を窺わなければならない、なんて、彼のためにならない。少なくともヒーローを目指す仲間であるというのならば、対等であるべきなのだ。
これ以上言葉を重ねることはないらしい。十分な休息を取らないまま、前線の崩壊の兆しを見た爆豪が駆け足で進んで行った。
代わりに緑谷と切島が戻ってくる。轟も氷だけじゃそろそろ辛そうだな。
ちなみに緑谷の場合、個性の発動時間はとくにないらしいが、身体への負担がない時間、というものがある。具体的に言えば、集中力が切れたあとは、力加減が難しく、骨折する可能性があるという。
爆豪が前線に復帰してしばらくすると、クラスの半数が戻ってきた。
どうした、いままでは休憩していても、多くて三人だったのに。
首を傾げていると、飯田が戻ってきたメンバーを数えて、オレを見る。
「策束くん。作戦があるんだろう」
「……はあ?」
「いやな、俺と緑谷と飯田が戻るとき、言ってたんだよ。策束に作戦あるって。それで飯田が回ってメンバーかき集めてきた」
「戦闘は?」
補足説明してくれた切島に聞くと、代わりに肩で息をしている芦戸が答えてくれた。
「爆豪が足止めしてくれてる。ここまできてあの出力って、やっぱアイツすごいなぁ」
……それは、つまり……。
思わず笑ってしまった。急に笑顔になったオレに、周囲の面子が不審そうな視線を向ける。
しかし、笑わずにはいられない。クラスメイトの成長とは、ヒーローを目指す者の一歩とは、見ている者を喜ばせるのだと思った。
爆豪は、クラスメイトより、一歩先を進んだのだと思った。
「オーキードーキー。じゃあまずはここにいるメンバーに話す。キーマン五人。移動役の飯田と緑谷。それに索敵の常闇と耳郎。そして守護神の峰田だ」
この場には飯田と緑谷しかいないが、それでも周囲のメンバーは少し意外そうな顔をしている。クラスメイトの中で、爆豪、轟、緑谷はやはりスリートップという扱いなのだろう。ただの戦闘ならその考え方でもいいだろうが、個性の脅威度など考えれば、その限りではない。
それに単純に、峰田は優秀だ。短絡的な快楽主義で、立派な思想もない小物。
だが、それはヒーローとしての有能さを示すものではない。
峰田は優秀なヒーローになるだろう。
「土くれはいくら倒しても意味がない。なら通路の確保とヴィランの足止めが最も大切。ヤツらは脆いとは言っても自壊するほどじゃない。足を縫い付ければ十分だ」
すぐさま部位だけ取って向かってくるときは、残念ながら優秀なヒーローで守護神の峰田は役立たずになる。
この作戦における、危険な賭けの一つはそこだ。
「常闇には空からの視界の確保。目的地との距離感だな。峰田の個性で足止めの進行方向の確保。峰田を運ぶのは、飯田と緑谷お前たちだ」
二人が頷く。峰田の個性は使えば使うほど自傷のダメージが入る。この作戦が成功しても長くは続かないかもしれない。どこかでショートカットが必要だ。物理的な短縮ができない以上、素早い行動が要求される。
峰田と常闇と耳郎の回収に出た緑谷と飯田を見届け、残ったメンバーを割り振っていく。いまここにいるメンバーをAチーム。いま戦っているメンバーをBチームとして扱うか。バランスは悪いかもしれないが、楽でいい。
「A組で個性を分ける。戦闘と索敵。戦闘個性はA・Bチームに分かれてもらう。Aチームが戦っている間はBチームが休憩。切り替えの連絡は緑谷か飯田に走ってもらう。個性は使いすぎるな!! 広がりすぎるな! 囲まれたって構わない! 前へ進むぞ!!」
気合を入れ直すために発破をかける。
次いで戻ってきたBチームにも同じ内容を説明。轟は不満そうだったな。そりゃあ個人で突破できるものをわざわざ団体で倒す意味がわからないだろう。だが爆豪が諦めてオレに声をかけ、それどころかクラスメイトに協力を求めた。それだけこの森に配置された土くれの数が多いと判断したのだろう。
「上鳴……お前……」
「うぇい?」
なんでも峰田が足止めした敵に個性をぶつけたらしい。その結果、思考力の低下でこのザマとは……。
開始三十分程度だぞ、情けない。
その後は峰田を先頭にして、最短距離で進んで行く。奇襲で恐ろしいのは空と土の中からだが、空は方向を見る係に抜擢した常闇が。土の中は耳郎のイヤホンジャックが対処した。
腕時計はすでに十一時近く。まだ半分も進んでいない。休憩を挟んでいるとは言え、さすがに一時間半もの間個性を使っての戦闘は、授業ですら未経験だ。
おまけに上鳴を筆頭に、個性の無駄撃ちが多く個性使えなくなった組が多い。八百万もその一人で、七kmの進行だっていうのに、早々に固定砲台と弾を作って土くれを撃破したそうだ。
「十二時半ってところだな」
「ああ!? テメェ! 昼前っつったじゃねーか!!」
「昼までに、な。十二時半なら予定調和だ」
爆豪がオレの後ろで喚いている。
まあ、十二時半で昼飯は食えるのかという不安はある。
すこし迷ったあと、爆豪は舌打ちして前線に向かった。素直に休憩すればいいのにな。まあ団体行動が出来ないのは大きなマイナスポイントだが、限界を知っている事は良いことだ。
しかし、各々の攻撃力の上昇は目覚ましいな。急所への攻撃が的確だ。機動力の大切さがわかるな。次から次へ撃破報告が聞こえてくる。
「策束」
「ん?」
今度は轟だった。彼の個性も限界が近いようで、右手の一部に霜のようなものを纏っている。左の炎を使えば溶けるだろうに。
「もっと、早く着かねぇか?」
「……マンダレイは十二時くらいって発言していたのは覚えているか?」
轟の表情が固まる。オレは慌てて「短い、黒髪の、赤いコスチュームの」と付け加えると、轟が再起動し、「ああ」と答えた。
「まあ十二時が十二時半くらいになったって、別に悪いスピードじゃないだろ。それとも、その三十分のためにクラスメイトを危険に晒すのか?」
「……ああ」
お、言い切った。
「やりようはある」
ならオレも答えよう。
「幸い、残り三km程度だよ。だよな、常闇」
「ああ」
そばにいた常闇が答えた。彼の背には空に続くダークシャドウが伸びている。
「三km程度なら、森の中でも三十分くらいだろ? 全員で走ることは不可能だ。だが、誰かなら行ける。瀬呂が良いんだけどな。道標も奴なら出せる」
森林破壊していいのなら、轟と爆豪でも良いんだけど。
「いま走れば三十分の強行になるけど、残り一km、あるいは二kmで走れば、全員のタイムも縮まるな。もともと五百メートルくらいでは個人で走れって言おうと思っていたんだ。どうせ待ち構えられてる」
オレならそうする。その場合は乱戦だ。AチームBチームなどと言っている暇はなくなるだろう。
まあ、そもそも最初三十分のロスが無ければ、もう少し早かっただろう。
十時の時点で残り六km。現在十一時で残り三km。いまから更に落ちる体力と、最後の乱戦を考えると、やはり十二時半がおおよそのタイムだな。
主要メンバーの切島が抜けたのも痛い。この二十分くらいはチームから離れてずっと休憩タイムだ。ちなみにA・Bチームの入れ替えは十分毎。本当はもう少し休憩時間を長く取らせたいのだが、十五分間身体を動かし続けられない個性主は割と多い。
「わかった」
そう言って、轟は前を向いて歩き続ける。
なにがどう「わかった」のか、オレがわからない。
ともあれ、あとは限界まで進み続けるだけだ──。
◇ ◇ ◇
結局到着は十二時四十分。ほぼ予定通りだが、不満げな表情を浮かべたメンバーのほうが多いだろうな。最後は土くれの大群に襲われ──なんてこともなく、素直に抜けさせてもらったのだが、残念ながら個性使えなくなった組が、三分の一に達してしまった。
最後の方なんて常闇に守ってもらわなければ、オレは確実にやられていたくらいには押し込まれてしまった。
まあそれでも、充分に合格ラインだったらしい。
出迎えてくれたマンダレイとピクシーボブに、物凄く驚かれてしまった。
「イレイザー!! なんなのこの子たち! すごいね!! 唾つけておかなきゃ!!」
「ホントびっくりした。他の二人信じるかなぁ?」
ピクシーボブに物理的に唾を付けられながらよく話を聞いてみると、どうやらプロヒーロー四人が力任せで突破する場合、三時間で抜けられるということだった。日が暮れることも想定して準備を進めていたらしく、昼食がありません、と言われてしまった。
これにはさすがのクラスメイトも絶叫しかない。雄英の食堂は本当においしいんだよ……。
「おい策束」
「はいはい」
相澤先生に呼ばれた。用件はわからないが、楽しい話題ではなさそうだ。
「どんな魔法使いやがった」
「魔法? もしかして八百万家から連絡でも?」
「違う。早すぎる」
ああ。さっきもプッシーキャッツが驚いていたが、本当に速かったんだな。
「特別なことはなにも。あえて言うなら、日ごろから訓練を頑張っている成果が、魔法に見えただけでは?」
「三時間ってのは、個性云々でどうにかできる時間じゃねぇんだよ」
「そういうことですか。なら、魔法を使ったのはオレじゃあない。爆豪ですよ」
顔にかけられた唾を拭いながら、切島を盾にピクシーボブから逃げようとする爆豪。まだ子どもだ。まだ愚かだ。まだまだ情けない。でも、成長した。
「あとは人数差ですかね。プロヒーロー四人とセミプロヒーロー二十人なら、本来ならオレたちに分があったはずです。負けましたけどね」
「いや、期待以上だよ」
期待されていたのだろうか。まあ、大人三人の鼻を明かしたことは気分が良い。もっともオレがなにかした記憶はないんだけどな。無個性の限界というところだ。
「なんにせよ、早く到着出来たのならやるべきことはいくらでもある……。お前ら! 休憩はお終いだ! 各自荷物を部屋へ運べ。飯だけ食って午後の訓練を始める!」
「あの、昼食はなかったんじゃ──」
「芋を蒸かせば充分だろう。訓練だと思え!」
緑谷の質問は、大人の理不尽な回答を得る。絶望しかない。蒸かした芋ってなんだ、食べ物か?
八百万が巨大な蒸篭を作り、大量のジャガイモが投入される様子を見ながら、カルチャーショックを隠せないでいた。
一人二つの蒸したジャガイモ……。ワイルドにバターが皿に一緒に盛られている。
不味くはないが、芋と塩と、バターの味だった。
蒸かし芋を二つきっちり食べ終えて、オレは改めて相澤先生に提案することにした。
「保護者に連絡させてください」
「……そいつは他言しないだろうな」
「します。八百万グループの各部署にしっかりと連絡が入るでしょうね」
却下された。
素直に言うべきじゃなかったな。
仲間を増やすために八百万に相談を持ち掛けた。さすがに味方してくれるだろうと高を括っていたが、見事当てが外れ孤立無援となる。八百万としては、オレの立場も、目的地の機密性を守ろうとする相澤先生の立場も理解できるとのこと。一応彼女の父に口添えしてもらえることは約束したものの、万が一彼女がこの合宿中重大な怪我を負えば、なにかしらの形で責任は取らされるだろう。
はあ、胃痛だ。
さて……あまりにも質素な昼食の時間が過ぎ、午後からの訓練に入る。
相澤先生が爆豪に、入学式を欠席してまで行った個性把握テストのボールを手渡した。前回も爆豪が最初に投げて、七百メートルばかりの大記録を打ち立てたわけだが……個性の成長度合いがわからないが、わざわざこれを行うってことは、だな。
案の定、爆豪の記録は入学当初とさほど変化がない。とは言っても、ソフトボールを七百メートル投げられるって、時代によっては神様だからね?
爆豪の、思ったよりも伸びていない記録にざわつく中、相澤先生が話し出す。
「入学からおよそ三ヵ月。様々な経験を経て、確かにキミらは成長している。だがそれは、あくまでも精神面や技術面、あと多少の体力的な成長がメインで、個性そのものは今見た通りでそこまで成長していない。だから今日からキミらの個性を伸ばす」
相澤先生の口角が上がる。
「死ぬほどキツいがくれぐれも──死なないように」
なるほど。つまりこれは個性強化合宿ということだったのか!
……帰っていいですか?