【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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林間合宿・中編

 

午後から行われる個性強化は、意外と簡潔に指示が出されていた。

耳郎はイヤホンジャックの先端部分、つまりプラグ部分の強化のため、延々と岩を突き続けることになる。

芦戸はその隣で、岩を酸で溶かすように奮闘している。

このようなことが十九人分用意されているので、地獄絵図を現したような光景を見せられることになった。

 

そのような形で、各々個性に沿った訓練が用意されていた。本来であれば明日の早朝からの予定だったらしいけど、本当に予想外だったらしいな。

どうせなら『魔獣の森』とやらを一往復させてくれればいいのに。モチベーションの高さは入学以来随一の訓練だった。

それに──。

 

全員の訓練を見て思うのだ。

これは、雄英高校でもできる、と。

もっと言えば施設など使わず、校庭で出来るレベルの訓練だ。

 

無論、プロヒーローが付きっ切りで指導してくれる環境とはありがたい。だが、これじゃあな。

飯田とは比較にならない短い距離を走りながら、オレの気分は落ち込んでいく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その後は長机が用意されたミーティングルーム兼食堂で夕飯となった。十四時くらいから二十時くらいまで、ほとんど通しで行われた訓練だったために、全員が疲労困憊で食欲すら低下している面々もいる。

 

「土鍋!?」

「土鍋ですか!?」

 

ただ、肉体的な疲れと、個性の疲れは別物のようで、切島や上鳴などは元気に土鍋で炊いたご飯を掻っ込んでいる。

食えなくなってるのはオレ、葉隠、麗日、青山、尾白くらいか。緑谷は個性こそ使ってこそいないものの、かなりの運動量をこなしたはずだが、ずいぶんと鍛えているんだな。

オレも自宅のトレーニングルームで鍛えていたつもりにはなっていたが、残念ながら、つもりでしかなかったようだ。

 

夕飯が終わると、お風呂の時間となる。

なんと露天風呂。温泉ではないらしいが、男湯女湯それぞれで一クラスが入れるほどの広さらしい。

ちなみに片付けを手伝おうと生徒たちがマンダレイに言ったのだが、臭いから大丈夫と一蹴された。女性陣はそそくさと風呂に移動。男たちも同様だ。

 

「まあまあ、メシとかはね、ぶっちゃけどーでもいいんスよ。求められてるのって、そこじゃないんスよ。そのへんわかってるんスよオイラ。求められてるのは、【この壁】の向こうなんスよ」

「一人で何言ってるの峰田くん……」

 

女子風呂に向かって仁王立ちする峰田に、緑谷がツッコんだ。まあ、結構危険な奴だよな。

峰田はと言えば女子風呂に耳を当て始めた。

 

「今日日、男女の入浴時間をずらさないなんて事故。そう、これは事故なんスよ」

 

その言葉に色めき立つ男性陣もいるが、情けなさすぎてため息も出ない。

 

「峰田、その壁どうやって上るつもりだ? 肩車してやろうか?」

 

オレの唐突な申し出に、周囲がざわつく。無言を貫いていた爆豪もさすがに驚いた顔でこちらを見た。

 

「それ断って個性使おうってんなら、話は変わってくるけどよ。どうする?」

 

言わんとすることはわかったらしい。峰田は悔しそうにオレと壁を交互に睨みつけながら、ゆっくりと遠ざかる。──しかし、それはフェイントだった。

助走をつけて壁に張り付き、流れるような動作で《もぎもぎ》を使って登っていく。

 

「峰田てめぇ!!」

 

オレの怒声で、さすがに笑えないと判断したらしい。

瀬呂が個性のテープを峰田に向かって発射したが、それより早く、男女を仕切る塀の上から少年が顔を出して峰田の進行方向を塞いだ。峰田は瀬呂の個性に絡まって落下して身体を強く打ちつけた。

問題はそのあとで、塀の上から女子風呂を覗いてしまったらしい少年が、咄嗟に離れようとバランスを崩したのだ。落ちると判断した緑谷が個性を使って空中で掴みかかる。

 

「緑谷! 大丈夫か!」

「洸太くん! 大丈夫!?」

 

一瞬で風呂どころでは無くなってしまった。

横に寝かせた少年は鼻血を流しながら気を失っていたため、叔母であるマンダレイに見せに行くと、タオルを巻いたまま緑谷は出て行ってしまった。

女子風呂からも声をかけられるが、男性陣の不始末なので、そのままゆっくりしてくれと言葉を送った。

 

「離せよ瀬呂! あと少し! あと少しなんだよ!」

 

興奮しながら床を転がる峰田の頭を掴む。

 

「お前、いまなにやったか理解してないよな」

「男の夢をかなえようって──」

「軽犯罪未遂および個性犯罪未遂。判断は相澤先生に任せるが、退学も覚悟しておけよ」

 

言うが、へらへらとした表情を作り、引き攣った笑いを浮かべる峰田。そうだな、さすがに冗談みたいな話だよ。

冗談みたいな話だが、お前のやったことは立派な刑事事件の案件だ。

 

「まさか庇うヤツはいねぇよな」

 

ヤバそうな空気を感じ取る男性陣だが、睨みつけるとそれなりに大人しくなる。いまの峰田は現行犯の被疑者だ。庇うというのならそれなりの覚悟をしてもらおう。

 

「いくぞ峰田」

 

峰田は絡まったままなので局部は隠されているものの、オレはそうも行かないので脱衣所で着替えておく。ついでに緑谷の着替えもそのままだったので、峰田を引きずりながら緑谷を探す。

この施設に医務室はなかったが、管理室があったなと立ち寄ると、案の定緑谷とマンダレイが話をしているようだった。しかもピクシーボブまで現れたらしい。

深刻な話をしているため、慌ててノックをして顔を出す。

 

「すみません、立ち聞きしそうだったので。緑谷。せめてパンツくらい履いておけ」

 

一瞬ピクシーボブの目がキラキラと輝いたものになったが、話が話だっただけに、それらの表情は隠したようだ。

 

「ね、エロガキくんも聞いていきな……」

 

地面に転がる峰田にマンダレイが言った。

素早く着替えた緑谷が戻ってくると、彼女は語り出す。

 

「洸太の両親は二年前、ヴィランから市民を守って殉職した。ヒーローとしてこれ以上ないくらい立派な最後だし、名誉ある死だった。物心ついたばっかりの洸太にとって、そんなことわからない。親が世界の全てだったんだよね。『両親がボクを置いて行ってしまった……』なのに世間は【ヒーロー】として、良いこと、素晴らしいことと褒め称え続けた」

 

それは、そうだろう。どこのキャスターが言うんだ。『このヒーローには小さなお子さんがいるんだ。なんて無責任なのだろう、勝手に死ぬだなんて!』と。

 

「同じヒーローであるあたしのことも、良く思ってないみたい。でも他に身寄りもないから、従ってるって感じ……。洸太にとってヒーローは、理解できない、気持ち悪い人種なんだよ」

 

話はそれで終わりらしい。

緑谷もなにも言えず、峰田は口を噤んでいる。

ならばせめてオレがなにか言うべきか。

 

「ヒーローを憎む気持ちは、オレの中にもありますね。むしろあなた方より、洸太くんに近いかもしれません。それでも、故人のご冥福をお祈りいたします。マンダレイ、あなたにも……」

「うん……ありがとう」

 

その後は相澤先生に峰田を託す。

どうなるかと思っていたら、評価を最低にまで下げ、学校に戻ったら保護者召喚と、カウンセリングを受けさせるらしい。

むしろ峰田にとっては幸いだっただろう。その程度で済むんだから。ずいぶんと寛大なお沙汰だ。

 

ひとまずは納得し、オレからも条件を出した。

なんてことはない、今日だけ補習を受けさせるというものだった。

睡眠時間は極端に短くなるだろうが、頑張ってくれよ峰田。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

早朝、眠そうに目を擦るクラスメイトを見ながら、オレもあくびを噛み殺す。朝食はトースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、サラダ。プロヒーローのピクシーボブとマンダレイが、昨晩の食事の時に「世話を焼くのは今日だけだから──」などと発言していた通り、本当になにも準備されていなかった。

慌てて二十数人前作ったが、果たしてオレが作ったとコイツらは認識しているのだろうか。こっちは昼飯の炊飯まで準備完了している。おにぎりで良いよな。

 

訓練は昨日とほぼ同じで、個性を使った訓練だ。変わり映えしないと言えばそうだが、爆豪などは天高くまで爆炎を放出しているし、八百万は素早く、数多く、と正確性とは無縁の作業をこなしている。いい意味で遠慮のない訓練になっている。

A組が与えられた課題に取り組んでいる最中、見覚えのある一団が森の中から現れた。

 

「お、B組」

「よお、A組」

 

B組、鱗飛竜。身体の皮膚を自在に爬虫類のような鱗で覆うことができる個性の持ち主だ。一見、同クラスの鉄哲徹鐵やA組切島などの劣化個性のようだが、鱗を飛ばす攻撃など、防御、牽制、遠距離と対人戦では油断ならない存在である。

彼とは入学試験で一緒だったこともあり、B組では一番仲が良いと自負している。

その飛竜は、A組の光景を見ながら「地獄絵図だ」と言い切った。同感である。

 

「お前に挨拶したがってるやつがいるぞ」

「オレに?」

 

物間だったら勘弁だな。

鱗の視線の先にはB組がいて、特別挨拶するような仲のやつは──いた。

 

「ウッス」

「なにがウッスだ普通科このヤロー!」

 

B組に紛れていた心操人使に駆け寄ってヘッドロックをする。ん? こいつ背がでかくなってるな。成長期かよ羨ましい。

 

「心操くん!?」

 

滅法遠くから緑谷の声が聞こえてきたが、さすがにトレーニングをサボれるほどの出来事ではなかったのか、とか思ったら、周囲にいたA組が軒並み心操を取り囲む。

 

「B組だけじゃなくて心操もかよ!!」「前言ってたヒーロー科編入!?」「B組入ったの!? えー! おめでとうー!」「でもA組のほうが良かったなぁ!」

 

オレ含め、もみくちゃにされていた心操だが、相澤先生の一喝が聞こえてくる。

 

「話なら休憩時間にしろガキども! B組も心操も早く準備しろ」

 

A組は慣れたもので、素早く解散するに至る。

プッシーキャッツの二人がそこにきて、B組の世話を焼いていた残り二人と合流したことで、改めて「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」とポージングを決めて名乗った。

四人チームの彼女たちではあるが、土を操る個性《土流》を極めたピクシーボブ、《テレパス》を使うマンダレイ。そして《軟体》という個性を没個性にするかのようなムキムキのオッサン(女性)虎と、《サーチ》と呼ばれる個性と弱点と位置を見抜くラグドールが全員揃ったらしい。

……一人オッサン混ざっていると思っているのだが、緑谷曰く彼女は女性で、最近男性になったらしい。

 

それはともかくB組もいまからこちらの施設に参加らしい。共同訓練とは珍しい。いままで合同授業は一度もなかったのだが、合宿でいきなりか。

 

「昼飯は?」

「え、いや、わかんないけど」

 

鱗は困惑気味である。そりゃあ高校一年生が四十八名分の昼飯は気にしないよな。文句も言えんわ。二十一名分追加して炊かなきゃ。大型炊飯器があって助かった。土鍋での火加減なんてわからない。

二時間だけ走り込みをして、昼食の準備に向かう。

──途中、ラグドールと呼ばれるヒーローに出会った。というより、待ち構えられていたのか?

 

「ネーコネコネコ! キミって本当に無個性なんだね! すごいね! すごいねキミ!」

「ええ、絶滅危惧種ってやつですよ」

 

どうやら《サーチ》されたらしい。洗米するオレの周囲をラグドールが、面白がるように見ている。

 

「魔獣の森を三時間で抜けたのは、キミのおかげなんだってね?」

 

言葉の節々で特殊な笑い方をする女性だ。おまけにこちらを真っ直ぐ見ている。苦手かもしれない。侮蔑も同情も敵意も愛嬌もない、そういう真っ直ぐさだ。

 

「オレはただ走って──」

「うんうん、キミはなーんにもしてないね。聞いたよ聞いたよ、他力本願って名前なんだって? ネーコネコネコ! 可愛いね!」

「ありがとうございます」

「んー? 心がこもってないなぁ。あと自己評価が低いねー。すごいことをしたんだよー。それともなにかなぁ? 『無個性が頼って個性持ちが打開したところでアチキの評価は変わらない』ってところかなぁ?」

 

ああ、読まれている。こういう手合いとの付き合いはお家芸みたいなものだ。自身の心がじわじわと死んでいくのがわかる。

 

「まさかそんな。オレがいなかったらアイツらきっと夕方までかかってましたよ! なんて、言ってみたいものですけど。みんな成長したってことですよ」

 

ラグドールの口角がひと際上がる。まるでおとぎ話のチェシャ猫だ。

 

「アチキの個性は《サーチ》。なんでもかんでもお見通し!」

「へぇ? 個性だけじゃなくてですか?」

「まあ、個性だけなんだけどさ。ね、お昼はなに作ってくれるの?」

「おにぎりくらいです」

「定番だね! みんなのためにする行動って好きなの?」

「好きですよ。お腹が空いたままってのは好きじゃあないですかね」

 

……つまり、四人の中でもっともオレを探りやすいのはラグドールということだ。もっと言えば、オレのコーチとして割り振られたのが彼女なのだろう。まあ無個性だから、合宿の恩恵がほとんどないだろうからな。葉隠も同様に。

 

たわいもない──オレの心理面を探るような会話が三十分ほど行われ、最後には具材の指定をされて食堂兼ミーティングルームからラグドールを見送る。

疲れた……。思ったより緊張していたらしい。

 

炊きあがりのご飯で大量のおにぎりを作っていくと、匂いに釣られたようにマンダレイが入ってきた。

 

「驚いた。こんな風に気を回せる学生は初めてだよ」

「まあ、そうでしょうね」

 

どうやらラグドールからはなにも聞かされていないらしい。グローブを外しておにぎりの作成を手伝ってくれている。具材の多さにも驚いていたな。半分はラグドールの指定したものだ。おにぎりなんて梅とおかかでいいだろうに。炊き上がるまで暇だったから作れたけれど。

 

「キミん家ってお金持ちなんでしょう? なんでこんなに料理できるの?」

「料理って趣味の一つになるくらいメジャーですよ」

 

マンダレイにじろじろと見られた。一から説明してほしいらしい。

 

「習い事の一つですよ。無個性でしたから、得意分野を見つけて欲しかったとかですかね」

「なるほど。他には?」

「習い事ってことですか?……槍とか?」

「槍!? 槍術? すごーい!」

「策束家がもともと武家なので。剣道も少しはかじりましたが個性を伸ばすこの時代に、なんの役にも立ちませんよ」

 

料理だって、槍だって、個性には勝てない。

茶道も、弓道も、乗馬も、絵も、ピアノも、指揮も、勉強すらも、オレが行ったオママゴトは、全てが個性に劣るのだ。

 

単純な作業は良い。考えずに済む。今の自分の情けなさを。

 

「個性に逆らわないのって、性格? それとも抑えてるの?」

 

個性に逆らわない──。

その言葉に、遅ればせながらようやっと気づく。

これがラグドールとの会話の続きであると。

訓練はまだ終わっていなかったようだ。なにが「ラグドールからはなにも聞かされていないらしい」だ。チームプレーの練度が非常に高い。完全に騙されていた。

マンダレイの個性でラグドールや教員に、リアルタイムで伝わっている可能性は非常に高い。

 

「無個性でヒーロー科ですよ? まずは自分を抑えなきゃ。ほら、他力本願ですし」

 

笑ってそう答えた。

いまは冷静だ。マンダレイが目をすこしだけ細めたのがわかる。彼女はその目に力を入れたらしく、笑うように瞑って誤魔化した。

 

「そんなに自分を抑えなくていいんだよ。本当、すごいことをしたんだから。自信もってね!」

 

そこからはさきほどのラグドールとの焼き増しのような会話だ。たわいもないが、明らかに探られているのがわかる。

 

その後はマンダレイとともに大量のおにぎりと麦茶を作り終え、訓練している中央に置いていく。《I・アイランド》で購入した【アイテム】の性能チェックでもしてみようかと思ったが、気づいた生徒が他の生徒に呼びかけ、自然と昼食の休憩になった。どうやらみんなやる気に満ち溢れているようで、早朝からこの時間までぶっ通しの訓練だったらしい。すごい勢いでおにぎりが消えていく。三升は炊いたのだが、食い盛りの少年少女だ、明日は余ってでも四升は炊こう。

 

「そういえば、明日の夜の具材とか大丈夫なんですか?」

「ああ、その辺は大丈夫。買い出しにも行くし、地面の中にも埋めてるんだ」

 

なるほど、便利だな《土流》。

冷蔵庫や暗室に野菜と肉がぎっちり詰まってはいたが、おそらくギリギリだろうなと思っていたのだ。この林間合宿はそこそこ長いからな。

 

「でも合宿の夜はカレーとかだし、意外と大丈夫じゃないかな?」

「カレー、ですか」

 

それはそれは。是が非でも美味いカレーをみんなに食べて欲しいものだ。

昼食の片づけが済んだあと、オレは野菜を切り始めた。

カレーってのは煮込み時間がなによりも大事なのだよ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「うめぇ!! なんだよこのカレー!! 最高に美味い!!」

 

当たり前である。

B組の鉄哲の誉め言葉に自惚れることはない。オレの作ったカレーが美味いのは、当たり前のことなのだ。

 

「本当美味しいー! これって策束が作ったって本当!? ねえねえ、作り方教えてよー!」

 

ウェーブをかけた黒髪の女子生徒、取陰切奈。個性名は本人いわく《トカゲの尻尾切り》で、身体の一部あるいは全体を切り離す個性だ。そして、B組推薦組の一人でもある。

 

物間からは睨まれ続けているが、ほかのB組メンバーからは上々の反応をいただいた。隣に座る心操には「シナモンはかけないのか?」などと茶化される。合宿にシナモンパウダーは持ってこないだろう……。調味料にもシナモンはなかったし。

 

「しかし、すごい量を用意したな。策束一人で?」

「訓練も兼ねてるんだよ。疲れちまった……」

 

小さめの寸胴鍋三つ分だ。カレーを作っている最中も思考の単純化を許してもらえず、ラグドールやマンダレイ、果ては先生方とも会話を展開させられた。一度も口は滑らせなかったと思うが、気が休まる時間がなかったな……。

 

「明日はもっと昼飯多くしてくれよ! ヤオモモじゃねーけどさ、腹減って腹減って死にそうだわ……」

 

早々にご飯のおかわりの列に並んだ瀬呂が言い募るので、了承しておく。

走り込みの最中、瀬呂の訓練も見たがずっとテープを出し続けている。おそらく彼自身の質量と同等のテープを出していると思われた。死ぬぞ……。

 

「ふーん」

 

ラグドールの意味深な笑みがオレに向いていた。いまの会話が聞かれていたらしい。無個性に向けて個性持ちが侮蔑の感情が無いことについてか、それとも無個性のオレがどんな反応するのか見ていたか。

 

「策束のカレーは最高だな! この状況も相まって最高にうめぇ!!」

「これおかわり何杯まで?! いくらでも食える!」

「みんな食べるの早いわー。あたしの分も残しておいてねー」

 

なかなか嬉しいことを言ってくれるクラスメイトたちだ。明日は定番の唐揚げでも作っちゃおうかな。

そんな中、ご飯をおかわりしてきたらしい八百万が席に戻ってきた。間髪入れず食べ始める彼女を見て、背後の席に座っていた芦戸が茶化す。

 

「ヤオモモがっつくねー」

「ええ。私の個性は脂質を様々な原子に変換して創造するので、たくさん蓄えるほどたくさん出せるのです」

 

チョコを食べながらマトリョーシカを《創造》し続けるくらいだものな。補い切れていないため夕食が必須なのだろう。そもそも脂質が必要なら油でも飲み続けるしかない。オリーブオイルでも差し入れてやろうか。

 

そんなことを考えていると、正面に座っていた瀬呂がカレーを食べながら言い放った。

 

「うんこみてぇ」

 

周囲が一斉に吹き出し、耳郎は拳を振り上げ、八百万が落ち込んだ。

 

「あはっ、あははははははは!」

 

ヤバいと思ったのも一瞬で、あまりの下品さに笑ってしまった。

策束家がお取り潰しの憂き目にあったら、間違いなく瀬呂が要因の一つだろう。しかし瀬呂め、言うに事欠いてうんこかぁ。まあ、八百万の説明もあれだな、食ったら出るみたいな言い方だったものな。

 

ヤバい、笑いが堪えきれない。周囲の目も痛いし、八百万が信じられないような目でオレを見ている。殺されるかもしれない。どうにか堪えようと心を落ち着かせているものの、笑いのツボというものを体感している。これはひどい。

 

「うんこ」

「ぶふぉ!!!」

 

切島の呟きにもう一度噴き出した。

もうだめ、ほんとう、おうちなくなっちゃう。あとふっきん、いたい。

 

「すげー。策束って笑い崩れるキャラじゃなかったのに」

「ヤオモモ見たことある?」

「い、いいえ。とても珍しいですわ」

「へぇー」

 

八百万はすでに精神的ショックから立ち直ったらしい。オレの醜態を見て微笑んでいやがる。強く咳払いして、残りのカレーを行儀悪く口に掻っ込んで席を立つ。切島がもう一度下品な呟きをしていたが無視だ無視。ああくそ腹が痛い。……くそって……。

 

「んふふ」

「あ、笑った」

 

うるさい。

皿を洗っていると、行儀悪い組をもう一人見つけた。緑谷だ。

みんなの輪を離れ、カレーが盛られた皿をもって森へと歩いていく。みんなで食べることを忌避するような人間ではないので、実に不可解な行動だ。声をかけるには遠すぎるし、追いかけるにはお節介がすぎる。

どうしたものかとその場で立ち往生していると、食事を終えたらしい女性陣が皿を洗うために近づいてきたらしい。棒立ちのオレに声をかけてきた。八百万や芦戸ならまだしも、個性柄、消費の少なかったものはカレーのおかわりは出来なかったのだろう。

 

「どうしたの策束くん」

「……口の端にカレーついてるぞ、葉隠」

「や、やだー! 恥ずかしい!! 見ないでー!」

 

見えないんだよなぁ、と、周囲のメンバー全員で分かち合った。

 





心操は普通科として合宿に合流しただけで、現状B組として加入したわけではありません。
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