【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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林間合宿・後編

 

「補習組大丈夫か?」

 

早朝から補習組が死んでいる……。

三日目ともなり、作業的な精神的苦痛を感じている面子は少なくないものの、オレに関しては普段より運動量が減ったので元気が有り余っていた。

昼食の炊飯器はセット済み。夕食の唐揚げの下ごしらえも終わっている。油をひっくり返す阿呆がいないとも限らないので、今日は室内で食べようと提案したところ、教師陣・コーチ陣からはあっけなく許可が出た。どうやら昨晩のカレーは彼らにも満足が行く出来だったらしい。

 

そんな折、【秘密兵器】を片手に午前中の走り込みをしようと準備運動をしていたのだが、A組の補習三名と、心操が眠そうな目を擦らせながら相澤先生のしごきを受けていた。昨日から、真夜中まで勉強会が開かれているらしい。心操は自主参加とのこと。B組からも物間が参加しているらしく、非常に険悪とは聞いている。

 

「みんなもダラダラやるな。なにをするにも原点を常に意識しておけ。向上ってのはそういうもんだ。なんのために汗かいて、なんのためにこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いておけ」

 

という相澤先生の有難いお言葉とともに、周囲の士気が上がっているらしい。

 

原点……。原点か……。

 

考えることが億劫になり、小脇に抱えていた【秘密兵器】──《I・アイランド》で手に入れた至高の逸品をかぶる。

三十六種類のセンサーで遠近・夜間関係なく周囲を見渡すことが可能。小型の酸素カプセルをセットすることで数時間であれば水中も活動できる呼気循環システム搭載。そしてなにより拡声器標準装備。

マルチセンサー搭載フルフェイスゴーグル。

世紀のマッドサイエンティスト、デヴィット・シールドの特許をふんだんに使用した珠玉の作品──の、オーダーメイド品。お値段おおよそ六百万円。

 

まるでロボットになったかのようだ。

どういうシステムか、密閉されたヘルメット内部でも息苦しさも閉塞感も感じない。内部に映るモニターは、遠くを見ようと意識すればその場を拡大し、逆に指紋でも見ようと思えば溝一本の途切れ方すら確認できるほどの倍率になる。

これはとある訓練の最中、拡声器も望遠鏡もセットになっていたら楽だなと思っていたところ、デヴィット・シールドの履歴確認をしていたときに見つけたアイテムだ。《I・アイランド》に行く前にオーダーメイドで作成を依頼していた。

《I・アイランド》であのような事件があったため、受け取れないかとも思ったが、手に入れられて本当に良かった。

割とカッコいいので気に入っている。

ちなみにヒーローアイテムではない。なぜなら現状、【ヒーローアイテム】として登録できないからだ。《I・アイランド》の事件も関連しているのだが、あくまで《I・アイランド》の秘匿性の問題である。万が一これが国に没収された場合、製作者や構造を公式機関が調べることはできない。《I・アイランド》の中の試供品の一つとして扱われる。もし調べようとすれば《I・アイランド》と日本の政治屋が戦争のような血なまぐさい書類の投げ合いをすることだろう。非公式にならどこでもできるけど。

 

合宿に向けて、というわけではないが、正式な手順を踏んで雄英側にもオレの所有物として登録している。言ってしまえば、金で個性を買ったわけだな。

さすがに耳郎や蛙吹の個性のように応用力はないが、バッテリー式の視力と水中呼吸を手に入れたわけだ。日本で修理できないのが珠に瑕。

余談ではあるが、これがあれば心操の個性を無効化できる特典がある。

 

「なにそれ、かっこいー」

「だろ? 【意外と髪短かったんだな、葉隠って】」

「え!? え!?」

 

午前中はランニング予定だった障子と葉隠が、オレの言葉に驚いた。

三十六種類のセンサーの中には葉隠に無効化される光電センサーのほかにも、超音波センサーが搭載されている。結果を映像化されたものの一つがヘルメット内のモニターに映し出されている。

逆に言えば超音波センサーを葉隠が無効化できる状態になった場合、彼女を特定する手段がないということにもなる。一応臭気センサーもあるが、屋外では人間の発する匂いの感知は難しそうだ。

プロの個性を完成度として見るのならば、葉隠はすでにプロの域だな。

しかしこの超音波、耳郎にはうるさいと言われそうだな。あとで聞いておこう。あと上鳴には近づかないでおこう。

……さっそく欠点が多そうだ。

 

「み、見えるの!? 恥ずかしい!! 恥ずかしいよー!」

「シルエットだけな。まあ服着てるからあんまり関係ないけど──」

「それが恥ずかしいんだってー!」

 

途端、葉隠が脱ぎだした。

 

「あの……」

「見ないで!」

 

見えない……わけではない。服の動きからも想像できるが、全裸になった彼女のおおまかな立ち方も見えている。肌色こそ見えないが、人型としてセンサーが認識している。

脱いだ靴の上に、綺麗に畳んだジャージを置いた葉隠がこちらを向いた。

 

「ね! 今日は二対一やらない? 私が一側ね」

 

それは、願ってもない。昨日までの障子と葉隠の戦績は葉隠の圧勝だと聞いた。視覚、聴覚、触覚、嗅覚で、実質葉隠に対抗できるものが聴覚だけだからな。風が吹いて舞い上がった埃で一度だけ特定したというが、それは言ってしまえば運だ。葉隠にとっては敗北かもしれないが、障子にとっては勝利ではないだろう。

 

しかし、障子以上の聴力があれば。しかもそれを視覚化できるのならば。確かに彼女の土俵に立つことができるのだろう。

おまけに、金さえ積めば、誰だって。

なるほど、燃えないわけがないか。

ランニングで呼吸の感覚を掴んでおきたかったが、それは二人との訓練でも問題はない。

 

「オーケー。殴っても良いのか?」

「へぇ? できるのぉ?」

「えっ!?」

 

声が背後から聞こえた。

超音波は出したままだった。彼女は純粋にオレのモニター外まで素早く移動して、背後に周ったらしい。裸足の利点か、ちくしょう、彼女のシルエット作成にタイムラグがあるのかも。

だがその分、障子が複製腕で作った視界から、彼女の足の動きが追いやすくなる。

 

「そこだっ!」

 

障子がその巨腕を大きく広げ、葉隠の予想位置へ覆いかぶさるように飛び掛かる。だが遅い、彼女はすでに移動してしまっている。

 

「わっ!!」

「超音波なめんな!」

 

オレの目の前で彼女は大声で発声した。超音波を声の振動で無効化しようと思ったのだろう。

タイムラグと言っても一秒とない隙だ。今日初めて見た装備の、小さなラグを彼女が認識をしているわけがない。

つまり、彼女はこうなることも覚悟していたわけだ。立派じゃあないか。

 

葉隠を認めると同時に、その彼女とまともな勝負ができているというだけで、ぞくぞくとしたものが背中に走る。

このヘルメットは金で買ったものだ。だが、どうだ。まるで個性を手に入れたかのように動けている。

 

彼女の顔面に向けて拳を振るう。小さな悲鳴を上げてすぐさまオレのモニター外から消えてしまう。

 

「ひどい! 顔はひどいよ!」

「障子! 右! 四メートル!」

「くっ!」

 

さきほどの反省からか、障子も位置の特定を急いでいる。だが悪手だった。障子はなにかに押されたように尻餅をついてしまう。不意打ちからの諸手突きか? 警戒に注意を払っていたとはいえ、障子の巨体を転がすほどに彼女は【踏み込める】のか。

人数の差も、男女の差も、力の差も、体格の差もあるはずだ。組み合えば負けるわけがない。だが、聞こえていても、見えていても、彼女の動きに翻弄される。

 

『見ないで!』

 

なるほど、なるほど。

葉隠が個性に慢心していないことがよくわかる……。

オレは大馬鹿だ。正直言うと舐めていた。

女だから。攻撃的な個性じゃないから。

──違う。彼女はよく見ているのだ。そしてその個性に関わらず、【見られていること】に鋭敏だ。

 

尻餅をついた障子の肩を支点に、飛ぶように蹴りを繰り出す。空振り。

 

「あぶな!」

「余裕で避けといてよく言うな」

 

モニターで、彼女が顔を上げてオレを見ていることはわかっていた。障子を飛び越えて身構えるのか、蹴りを出すのか、その予備動作すら見られていたのだ。

これは彼女の実力だ。見ているから、わかるのだ。

 

ファイティングポーズをする葉隠に向かって、砂を巻きこみながら蹴り上げを放つ。当たればラッキー。本命は砂だった。のに。

 

「とりゃああああああ!」

 

どのタイミングで蹴りを避けられたかすらもわからずに、オレは彼女の拳を腹に受けたらしい。そのまま連撃を肩や胸にも受けていく。打撃としての威力はお世辞にも高いとは言えないが、その一切が見えない。苦し紛れに放った拳も命中することはなく、体勢を崩された。

背中を服ごと引っ張られ、後方に尻餅をつく。それを成したのは障子だった。

 

「策束! 立て直せ! 」

 

オレを守るように立つ障子だったが、その隙に葉隠はもう一度障子の索敵範囲外へ逃げていく。

 

「三時! 七メートル!」

「これも見つかっちゃうの!?」

 

移動しながらの発言で、障子の複製腕が一斉に葉隠の予想進行方向へ向いた瞬間、彼女は踵を返した。おまけに障子を使ってオレの視界を切りやがった。

 

「しょ──」

「いだだだだだ!!」

 

前方注意を促そうとした段で、聞こえてきたのは葉隠の悲鳴。

なにごとかと立ち上がると、障子に腕を掴まれた葉隠のシルエットが見えた。なるほど、複製腕で彼女を誘ったのかな? やるねぇ。

 

「捕まっちゃった」

「じゃあ、今回はオレたちの勝ちってことで」

「えー! いっぱい攻撃したのに!」

「じゃあ、障子の勝ち?」

「いや、勝てたのは策束のおかげだ。見失うたびに助けられた」

 

障子に引き起こしてもらうタイミングで、葉隠は真剣な声色で、でも楽しそうにオレたちに提案してきた。

 

「んじゃ、引き分けってことで。もう一戦やらない?」

 

モニター内の時計では、昼食準備にはまだまだ時間がある。異存はないな。

障子を見ると次は勝つぞという強い視線とともに頷いた。異存なんてあるか。

 

「葉隠! 次勝ったら昼好きな物なんでもお前にだけ作ってやる!」

「え! 本当! えー! えへへー、良いのかなぁ?」

「勝ったらな。この下手打撃」

「言ったなぁ! 次は関節行くからね!」

「やってみろ!」

 

三人向き合って、誰からともなく動き出す。

ああ、こんなことなら昨日のうちに出せば良かったな。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ねえ、なんで透ちゃんだけドリンクが豪華なの?」

 

昼食を終わらせてミキサーを洗っていると、わざわざ外からやってきた蛙吹に質問された。羨ましいのだろう。なにせ渾身のキャラメルクリームのフラッペだ。

見ればA組とB組の女性陣が何人か混じっている。おにぎりには合わないので完全に別で作っていたが、それが目立ってしまっていたらしい。

葉隠がオレが製作者だと告げると、女性陣の目が色めき立った。レシピ教えるから自作してくれ。

 

「えへへー。夜のぶんも楽しみだなぁ」

「くっ」

 

夜にはデザートとドリンクをセットで提供だ。クリームはいまから準備してしまうか。

 

それにしても、反省点が山盛りだ。見えていた、聞こえてきたにも関わらず、本気になった葉隠に終盤手も足も出なくなった。彼女がオレのヘルメットのタイムラグに気づいたのが致命的だったな。良い意味でも悪い意味でも遠慮がなくなった。

良い意味としては、早く、素早く、バレてもいいから、という遠慮のなさ。

悪い意味としては、雑になったのだ。呼吸が荒くなり、汗を掻き、存在の痕を残した。

そこを突けば、確かに二人なら勝てたはずだ。その場面は何度もあった。

だが、二人一組という練度の無さが邪魔をした。悔しいが、オレは足手まといになった。障子の表情を見る限りは、オレと同じことを彼の視点でも思ってしまっているだろう。それが練度のなさということだ。

 

しかし、問題が明るみに出てしまったな。

攻撃力不足。それが葉隠の問題だ。

彼女に百発殴られたって、気絶する成人男性はいないだろう。関節技を極めようにも、動き回っている最中に、壁や地面を使わずに極めるほどの技量が彼女にはなかった。それに女性の中でも小柄なほうに属するため、体格差で掴まれても負け、殴られても負けが決定しているようなもの。

武器は使えない。拳の中に隠しても手のひらを貫通して見えてしまう。唯一口の中は隠せるので、そこに刃物でも隠しておくべきなのだろうか。毒霧とか?

 

あるいは手のひらの中だけ屈折率を変更などできないのだろうか。下手に崩すと取り返しのつかない個性だが、提案だけはしてみるか。暗器の一つや二つ持ってさえいれば、オレたちを殺せる場面は何度もあった。ヒーローとしては明らかにマイナスになるが、それでも無手であることと武器を持つことは大きく違う。

それか麗日に弟子入りするかだな。

 

そんなことを考えていると、午後の訓練も終わりに近づいてきていた。

午後はランニングに切り替えとなった。

一度午後も相澤先生監督の下、模擬戦を行ったのだが、歪だしクセになる可能性があると言われて基礎練習に切り替わってしまった。葉隠の体力の低さも問題あったからな。明日は相澤先生がオレたちのクセを見抜きながら指導してくれるとのこと。ありがたい。

 

身綺麗にしてから夕食の準備だ。

つまみ食いに来た学友たちに手伝ってもらいながら準備を進めていくと、夕日を眺めながらの晩御飯となりそうだ。すこし早すぎたかな。

 

「策束くん」

「ん?」

 

緑谷か。すでに私服へと着替えて、完全にオフモードだな。

 

「ちょっと、話したいことがあってさ……」

「珍しいな。このままでいいか?」

「うん」

 

喧騒と、油が跳ねる音で、多少の雑談なら周囲には聞こえないだろう。それに彼の声色は真剣だった。

 

「洸太くんのことで……」

「ああ、昨日夕飯届けに行ってたな。今日もか。合宿が終わっても世話し続けるわけじゃないんだから、あんまり甘やかすなよ」

「あ、あはは」

 

緑谷が笑って誤魔化した。甘やかしている自覚はあったようでなによりだ。

万が一緑谷に懐いても、洸太くんが高校を卒業するくらいまで世話をするのはマンダレイなのだ。生活を正す立場にあるマンダレイに「緑谷だったらそんなこと言わないのに」などと吠えようものなら目も当てられない。

 

「その洸太くんがさ、個性ありきの超人社会そのものを嫌ってて、僕はなにもその子のために言えなくてさ。……策束くんなら、なんて返しただろうなって」

「そりゃあ話が合いそうだ」

「……殺し合って、個性見せびらかしてって、言われちゃったよ」

「ははっ、いいねぇ」

 

それを真に受けているわけじゃないだろうな緑谷。

言い返す必要なんかどこにもない。洸太くんは、いま必死に自分の心を守っている最中なのだ。

親が憎い? そんなわけがない。ヒーローがいなければ、両親が死ぬことはなかったってノットイコールで頑張って心を強くしている。ヒーローである両親が、もしヒーローじゃなかったら……。

 

「んで、どうするのが正解なんだ? 緑谷の中ではさ」

「……わかんない。だけど、洸太くんが前のように、ヒーローに憧れていたときの気持ちを思い出してくれたらって──」

「やめとけよ」

 

すげない否定に、俯き始めた緑谷がオレを見ている。目を真ん丸にしているため、よほど意外な言葉だったのだろう。

ヒーロー志望だものな。傷ついた少年の心を慮って当然だと思う。

しかし、押し付けは良くない。

 

「洸太くんの感情は知らないけどさ。両親がヒーローだったんだ。ゆくゆくは自分も、って考えていても不思議じゃあない。でもさ、それって両親ありきの感情だろ? ヒーローになりたかったんじゃない、親と一緒に居たかったんだよ」

 

なら、答えは簡単だ。

 

「ヒーローに憧れていた気持ち、無くなっているなんて思わない。それは両親に対する憧れだ。両親のようなヒーローに成りたい。でも、ヒーローって制度さえなければ両親は死なずに済んだかもしれない。ヒーローに成ったところで、両親はもういない。ならヒーローも無くなるのが当然の流れだ。そう思っても、文句は言えないなぁ」

 

実際のところはわからない。ちゃんと理解していて、自分の感情にもケリがついていて、それでも少しだけ不満が出ているだけなのかもしれない。

 

「感情に区切りをつけられるのは本人だけだ。どんな影響を受けたって、どうにかできるのは本人だけなんだよ。ヒーローへの憧れ? 違う。そんな概念に頼るな。【お前たち】だ。この合宿を乗り越えて、雄英をちゃんと卒業して、お前が、憧れになるんだ」

 

前から思っていたが、緑谷って歪なんだよな。

自信がないと言えばそれだけなんだけど、あまりにもヒーローに頼りすぎている。

 

「ヒーローってのは職業だ。そんなものへの憧れが蘇ったって、洸太くんが抱える両親への喪失感は埋まらないだろ? それでも、デクに憧れるのはべつだ。もちろん折れた心を持ち直せるのは、そりゃあ洸太くんだけだけど、「アイツがいたからオレは元気になれた」なんて、この世にごまんと転がる奇跡の一つだ。その「アイツ」ってさ、ヒーローって職業なのか? それとも、デクなのか?」

 

話ながら、塩おむすびを何個か握る。飲み物はペットボトルでいいだろう。アルミホイルに何個も唐揚げを入れて、ビニール袋に全部詰め込んで緑谷に手渡した。

いまから彼が行く場所に机がないのだとすれば、カレーよりは食べやすいだろう。

 

「行ってこい」

「……うん!」

 

迷いを振りほどくように、袋を抱えた緑谷が走り出した。

こうして見ると、二人で食い切れる量じゃなかったな。サービスしすぎたか。

 

周囲の学友たちが緑谷の行方を心配しているが、大丈夫だろう。

問題は洸太くんか。

メンタルケアには限界がある。思考の間違いや矛盾点を突けば良いって話ではないし、そもそも話をする段階になっていなければならない。たとえばこの数日、ラグドールを筆頭に心を鍛えさせられたが、オレは彼らとの会話で本心を話したつもりはない。向こうとしては洸太くん同様、やり辛い相手だったと思う。心を閉ざした人間から本心を聞き出すには並大抵の努力では収まらないだろう。だから緑谷には奇跡だと言っておいたのだが。

 

それでも、ストレスで味覚がおかしくなっていなければ、上手い飯を食えば少しは気持ちが和らぐだろう。

 

幸いなことにまだこの合宿でストレスを感じている人間は少ないらしい。大皿へ山盛りにされた唐揚げがテーブルへ届けられたようで、歓声が聞こえてきた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ストレスと言えば、今日は娯楽が設けられていた。

食事が済んだ頃には陽もすっかり沈んでしまったが、もう一つのイベントのために真っ暗の森の中、A組B組入り乱れての大行進だ。

オレは後方からみんなについて行きながら、ゴーグルをかぶりながらセンサー類を調整中だ。暗闇だと忘れるくらい、地面に落ちている葉っぱすら良く見える。すげぇなこれ。もっと早く試しておくべきだった。

 

「策束……だよな」

「そうだよ」

 

心操を筆頭に周囲に不審な視線を向けられながら、森の中を歩いていく。合宿場から六百メートルほど離れた広場に着くころには、蒸し暑さもあいまってほんのり汗を掻いてしまった。また風呂に入らねば。

 

広場にみんなが集まることを確認したピクシーボブが楽しそうに声を張り上げ、そのノリに任せてA組の賑やかしたちが嬉しそうに騒ぎ出す。まあ朝と昼と夕方を訓練に充てられ、夜中は勉強。楽しい合宿ではないだろう。そんな中、補習組の解放感はひとしおだろう。

 

「その前に、大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と授業だ」

「……うそだろおおおお!」

 

相澤先生から捕縛布が三本放たれ、補習組である芦戸・上鳴・瀬呂が拘束される。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたので、こっちを削る」

 

謝罪しつつも、拘束した三人を引きずっていく相澤先生の背中を見ながら、どうしても思ってしまう。

なぜ連れてきた! あまりにも可哀想じゃないか! と。

緑谷も深く深刻そうな顔で握りこぶしを作っていた。

 

さて、肝心の肝試しだが。

A組とB組が分かれて、お互いの組を驚かせ合うらしい。物間が喜びそうな話だが……彼は補習組か。

最初にB組が森の中に潜み、A組は二人一組を作って三分置きに森の中へ入っていく。ルート上に配置された名前の書いてある用紙を入手して戻ってきたらゴール。実にシンプルだ。

A組は補習で三人抜けているため奇数になってしまう。B組も一人抜けで奇数だ。その補填に心操が加えられるらしい。

心操を馴染ませるための第一歩だと見ていいだろう。

オレと同じように、肝試しに対して深読みしている飯田を見ていると、なんか間違っている気がしてきた……。

 

B組が森へと入っていくのを見届けて、くじを引いていく。

四番か。さて、誰だろう。

そう周囲を見渡したとき、このクジすら意図されたものを感じて舌打ちしそうになった。

 

「業さん、よろしくお願いいたしますね」

 

八百万百が、四番のクジをもって楽しそうに笑っていたからだ。

 





本来、三日目は昼からです。
二次創作する方はお気をつけください。
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