【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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林間合宿・顛末

 

イレイザーヘッドと緑谷は無事にマンダレイと合流したらしく、《テレパス》でイレイザーヘッドの名のもと交戦許可が届く。そして【かっちゃん】がヴィランたちの目標であることも告げられた。

かっちゃんって、爆豪だよな。

 

個性を目的とした誘拐。それは現在の超人社会において、身代金と同レベルにポピュラーな理由だ。八百万家では【ある事件の後】から、とくに力を入れて防衛体制を作っている。強力すぎる個性は危険と欲望をも呼び寄せるのだ。

だが、なぜ爆豪なのだろう。

彼の個性は両手で行う爆発の個性。たしかに強い。それは認める。ただ、それはエンデヴァーの息子である轟や、八百万家の一人娘であり、《創造》の個性を持つ八百万百よりも優先すべき個性かと聞かれると、否と答えざるを得ない。

雄英体育祭第一位? 話題性としては轟や八百万には負けていない。

雄英高校が秘密裏に行っていた強化訓練の最中、雄英体育祭で英雄となった爆豪が誘拐されたとなれば大事ではある。

──だがそれは、爆豪である必要はない。それこそオレでも十分な醜態だ。

なにが狙いだ?

 

思考もそこそこに、宿泊施設に着いた途端、室内から爆音と熱風が玄関まで届いた。

慌てて片膝をついて洸太くんを庇うため前に出る。いま塩崎の足を床に叩きつけた気がしたが、大丈夫だろうか。

進んでいいのか、非戦闘員三人だぞ。

 

「……ごめん、進む」

 

洸太くんが大きくうなずいた。手を握る強さは、覚悟か、恐怖か。

慎重に進むと、焦げた匂いと話し声が届いた。補習に使っていたミーティングルームらしい。クラスメイトの殺気立った言葉がいくつも届いたが、聞きなれない声がこんなことを言った。

 

「なんだよドンマイくんじゃないか──」

 

ドンマイ……心操と、話をした?

 

破られた扉から慎重に顔を出す。

ブラドキングの《操血》によって壁に括りつけられ、おまけに心操の《洗脳》によって脱力している火傷顔のヴィランがいた。どうやら、安全、か?

 

「策束くん!!」

「塩崎!」

 

飯田に声をかけられると、ブラドキングと物真が背負われる塩崎に気づいたようだ。今度こそ力が抜け、へたり込んでしまった。

物間が手伝ってくれて、塩崎と繋がっていたベルトを外す。

 

「麗日と、蛙吹は……?」

 

物間はともかく、室内にいたA組の人数が合わない。肝試しでオレたちの後ろを三分後に出立したはずの二人はいなかった。飯田の返答も芳しくない。

現状、行方不明ということか。ピンクの煙に巻き込まれた可能性は低いと信じたい。もしオレが宿泊施設ではなく途中の広場に向かっていたら、合流できただろうか。

 

「爆豪くんは、なんで狙われているんだと思う?」

 

青山が不安そうな表情でオレを見ている。

ヴィランに襲われながら、なにもできずにブラドキングに守護してもらって、すでに五分。オレはまだしも、彼らはずっとここにいたのだ。

なにか現状打破のヒントでもと思っているのだろう。

だが、さきほどの思考の通り、理由は判断できない。改めて伝えると、それぞれが辛そうに顔をしかめた。

 

 

それからしばらく──。

宿泊施設前がにわかに騒がしくなった。

ブラドキングが様子を見に行って、すぐに戻ってきて手伝いを要求した。どうやらヴィランではなかったらしい。緊張が解れる。

 

室内の全員で外に出るとプッシーキャッツをはじめ、動ける数人が昏睡状態の人員を運んでいる最中だった。

動けている中には麗日や蛙吹、それに見送ったはずの八百万たちが混じっていたので、一安心である。

麗日、蛙吹、鉄哲は怪我のため奥で治療。

マンダレイは洸太くんを抱きしめ、オレはようやく、お役御免となった。

 

問題は──。

 

「耳郎……」

 

いや、耳郎だけではなく、B組はそのほとんどが昏睡状態であるため、屋外に《創造》してもらったブルーシートを広げ何枚か広げ、その上に寝かせていく。

その際、拳藤がピンクの煙の個性主である少年の話を語った。オレたちより年下だとさ……。複雑な気分だ。

 

詳しく聞くと、八百万たちはオレと別れてから戦闘を行ったそうだ。

拳藤、鉄哲、骨抜の三人でピンクの煙を放出していた少年と対峙。まずは骨抜が地面全体を《柔化》させて機動力を奪い、続けて鉄哲が飛びついたらしい。彼の怪我はその際に拳銃で撃たれたものだという。どうやらピンクの煙の内部にいると動きが伝わってしまうという個性でもあるらしく、拳藤が巨大な手を団扇のように振って攪乱。最後には鉄哲が相手も使っていたガスマスクを破壊して昏倒させたという。本人にもガスマスクが必要だったのか、それとも推定七十キロの鉄の塊に殴られたからなのかは、話を聞く限りはわからないな。

 

八百万側では、オレが渡したゴーグルが役立ったらしい。暗闇の森の中でも昏睡している人間を次々に見つけ、リヤカーを《創造》して載せていったという。

 

なら戦闘は、というと、暗闇に潜む脳無とのものだった。

あまりの出来事に頭を抱えてしまう。

 

ゴーグルのおかげで先に脳無を認知し、奇襲を防ぐことに成功。幸いにもリヤカーに乗っているメンバーに危害を加える様子はなく、動き回る八百万、泡瀬、小大にターゲットを絞っていたらしい。

USJ襲撃時の脳無と同等のサイズだったが、別個性だと彼女は言った。障子同様に複製腕を背中から展開し、その手の先端はドリルやチェーンソーといった工具類に変化したとのこと。彼女には伝えないが、おそらく再生個性も持っているのだろうと推測する。

遠距離攻撃の類はなく、十分に距離を空けることで逃げに徹することができたようで、そのうちに脳無が撤退してくれたのだと、すこしだけ誇らしく言う八百万だったが、それは別の見方ができる。

【急な撤退】。爆豪、誘拐されてないよな……。

 

その後はリヤカーと拳藤たちの協力で昏睡している学友たちを回収し、ここまでもどってきたらしい。

その八百万に耳打ちされる。

 

「実は、泡瀬さんの個性で脳無に発信機を結合しましたの。相澤先生が戻ってきたら相談します」

 

さきにブラドキングにも言っておいたほうがいいと思うが、彼はいま室内で青い炎を出すというヴィランを拘束中だ。洗脳がいつ解けるかわからない以上、上等な判断だろう。

しかし、あの脳無を相手に大胆なことをするな。

 

さておき、八百万たちが連れてきたメンバーは全員寝かし終えた。

B組は全員揃っているので、あとはA組だ。

緑谷、轟、障子、常闇、そして爆豪。相澤先生も戻ってきてはいないが、おそらくはいまも緑谷と一緒にいてくれているはず。

 

 

それから十分もしない間に、行方知れずだったメンバーが戻ってきた。

その中に……爆豪はいない。

 

緑谷は戻ってきてすでに痛みによる覚醒と失神を繰り返している。……危険だ。洸太くんには見せられないな。

ほかのメンバーでは障子が複製腕を切られるという重傷。麗日、蛙吹の傷も浅いわけではない。ほかのメンバーは擦り傷程度の軽傷のようだ。

 

切島が爆豪の行方を聞こうと怒鳴り声をあげるが、ブラドキングを連れて外に出てきた相澤先生が止めた。疲れ切った表情でオレたちを見渡し、深いため息を吐く。

ここにいないのはマンダレイと洸太くんだけ。洸太くんが消火活動に参加したいというもので、マンダレイが室内で説得中だ。

これで、全員?

 

「あの、質問が」

 

相澤先生がオレに視線を向ける。まるで睨みつけられているようだ。

 

「すみません、ラグドールは?」

 

相澤先生が目を伏せた。ブラドキング、プッシーキャッツの面々にも視線を向けたが、それぞれが生徒たちと顔を合わせようとしない。考えたくない事態のようだ……。

 

「まず、爆豪が誘拐された……。俺の責任だ、すまない」

「先生のせいじゃない! 俺がちゃんと爆豪を見てさえいれば──」

 

常闇が涙を流している。障子も辛そうに目を閉じたままだ。

相澤先生はそれを慰めるでもなく淡々と遮った。

 

「この一件は、すべて俺の責任だ。交戦許可と、目の前でみすみす生徒を誘拐されたこと」

「じゃあ俺はどうなる」

 

ブラドキングが辛そうに眼を細めた。彼の目は相澤先生ではなく、地面に寝かせられた生徒たちへ向けられている。

 

「生徒を昏睡させられて、ヴィランには逃げられて! 俺の、責任はなしだってのかイレイザー」

「ああ。責任はすべて俺がとる。すまんなブラド、この方が合理的だ。……説明を続けるぞ。まずラグドールだが、おそらくは誘拐された」

 

誘拐? 予想もしていない言葉だった。

重傷、あるいは死傷なら、可能性としては考慮に入っていた。相手が脳無であるならば、それらは想像に難くない。

 

「八百万の話だが、肝試しルートの中間地点で大量の血痕を見つけたという。だが、生徒の怪我じゃないのは見ての通りだ」

 

八百万が目を伏せている。

たしかに、今回の大怪我は緑谷ただ一人。障子も軽傷ではないが、複製腕からの出血であるため、大量の出血とは言い難い。昏睡しているメンバーは多少擦り傷や打撲があるかもしれないが、軽傷の範囲から出ることはない。

 

未確認のヴィランの血痕や、ラグドールが大怪我をして森の中を彷徨っている可能性もゼロではない。

だが、ヴィランの場合はラグドールが戦闘を行ったということになり、彼女の猫のグローブは大量出血を促すような武具ではないため、可能性が低い。仲間割れしたヴィランたちが~ってことも考えられるが、楽観がすぎる。

ラグドールが森を彷徨っているだけならば、どこかで動けなくなっているのは明らかで、移動距離も短いだろう。血痕を見つけた八百万が、マルチセンサーを使用してラグドールを発見できなかったとは思えなかった。

 

「生徒一名、プロヒーロー一名の誘拐」

 

虎の呟きが、暗い森へ響く。

それが、全てだ。

オレたちはヴィランにおめおめと出し抜かれ、敗北したわけだ。

 

「警察到着後、俺とブラドは事情聴取を受ける。委員長として八百万、お前に──」

 

訥々と指示を送る相澤先生の言葉を、誰しも顔を上げることができずに従う。

しばらくすると、遠方から大量のサイレンが聞こえてきた。エアタンカーが頭上を通り過ぎ、山火事へと向かっている。

 

到着した警察車両に割り振られ、オレたち生徒は最寄りの病院へ向かうことになった。

 

 

オレと八百万は途中で、八百万家に引き渡される。

簡単な検査をするために病院へ向かう。簡単な検査をし終えると、結果が出るまでということで、二人で個室に案内される。ベッドは一つだが、ソファーと、椅子がいくつか用意されていた。……はあ、胃が痛い。

 

案の定、検査結果が出る前に八百万の両親、オレの両親が個室に入ってきた。立っていようかとも思ったが、八百万の隣に腰掛けるように指示を出され、子どもが揃って謝罪を述べる形となった。

八百万の母親も、母さんも、どちらも涙目だ。化粧もすこし崩れているので、泣いてきたのかもしれない。

謝罪と、事情の説明、怪我はお互い無いということで、とりあえずは納得してもらえたようだ。雄英からは正式な謝罪が出るだろう。

あとは、八百万がヒーローになることを諦めていないことだな。ご両親を必死に説得中だ。まあ八百万家の一人娘。しかも個性・頭脳・才覚・人格は申し分ないし、なにより安全だ。跡を継がせたい気持ちは強いだろう。

 

オレも水を向けられた。

言葉に詰まる。

 

「私は……」

「業さん、もう、やめましょう」

 

母さんがオレの答えを聞く前に遮ってきた。この四人が集まった場合、自分の意見など述べることがない人が、だ。強い視線で俺を見ている。

 

「あなた、無個性なんですよ。今回だって、百お嬢さんに守られていなければ、大変なことになっていたのかもしれない」

 

目じりに溜まっていく、でも、零すことを拒否するような涙に、なにも言い返せない。体型も泣き方も全然違うのに、緑谷の母親を思い出してしまう。

 

「もう、いいじゃない。雄英のヒーロー科に合格したっていうだけで、もう、十分じゃないの?」

「……すこし、考えます」

 

頭を大きく下げる。十分。そう、十分なのかもしれない。

今回のことでよくわかったじゃあないか。

八百万に託した、イレイザーヘッドに託した、緑谷に託した。

塩崎や、洸太くんのことを忘れたわけじゃない。塩崎の体重も、洸太くんの手の暖かさも、ちゃんと覚えている。オレに託したイレイザーヘッドや、鉄哲たちの気持ちだって、わかっている……つもりだ。

 

わかっている?

 

わかっているのか? 個性をもっているヒーローが、オレに逃げろと言ったのだ。無個性のオレに、察しろと? 託した? そう、思っていいのか? それは、押し付けただけじゃ──

 

「業さんがどうお考えになっているか、私にはわかりません」

 

八百万の手が、痛いくらい握りしめていたオレの手を優しく包んだ。ほぐすように指先を掴まれて、手の力が抜けていく。

彼女はオレを見ていなかったが、それでもオレを心配してくれていることは十分伝わってきた。

 

「すくなくとも、私たちA組の誰もが、彼は立派なヒーローになると信じています。おば様の心配もわかりますが、どうか、業さんを信じてあげてください」

 

深々と頭を下げながら、今度は彼女に痛いくらい指を握りしめられている。

フォローなのか、本心なのか、それとも、同情だったりするのだろうか。

 

なんにせよ、ヒーロー科に留まるかどうかの話は、八百万の言葉によって先送りとなった。

 

 

次の日、雄英高校には多くの報道陣が押し寄せたようだ。しばらくは雄英体育祭以上のマスコミが押しかけることだろう。

日本が世界に誇るヒーロー養成機関で起こった、ヴィラン襲撃および誘拐事件。事件から十二時間と経たず、テレビのニュースも、新聞の一面も、ネット記事も、オレたちの記事で埋まってしまった。

 

八百万の病室で新聞とテレビを確認し、二人してため息を吐きながら記事に目を通す。合宿参加生徒四十一名に対し、負傷者二十名。行方不明、二名。

テレビでも『ヴィラン連合開闢行動隊』と『雄英高校の管理体制』の二点を挙げてお祭り状態だ。

 

「お迎えが参りましたわ」

 

八百万は持っていた予備の携帯端末を確認し立ち上がる。私物は用意してもらった着替えだけなので、身軽なものだ。

 

八百万家の送迎車に乗り込んで、林間合宿近くの庵木総合病院へ向かう。

A組、B組、怪我人などに関わらず、生徒は全員がその病院で一晩を明かしたと八百万のご両親に教えてもらっていた。オレたち同様に検査を受けたかは知らないが、健康体の者は、今日か明日にでも雄英の判断で帰省となるだろう。

 

午前中の内に病院に到着。

駐車場にはプロヒーローと見られる改造された車が何台か停まっている。絶賛警戒中なのだろう。

 

受付で雄英高校の名を出すと、スーツの中年男性が対応するために奥から出てきた。おそらくはこの病院の経営陣だろう。VIP待遇だな。しかし、説明はされず、入院患者の容体について質問しても、改めて説明するとだけ言われてしまった。雰囲気からすると、それほどひどいってわけじゃないと思うが……緑谷はどうだろうな。

両腕の粉砕骨折をしたあとも走り回る愚行。医者があの場面を見ていれば発狂していたかもしれないな。

 

案内されたのは会議室。外には警官が二人立っていた。護衛なのか、監視なのか。

男性がノックすると、聞き覚えのある声が返答する。

飯田だ。

病院側の男性とは別れ、オレと八百万が入室すると、安心するような歓声が聞こえた。

 

A・B組の男女が混合で、思い思いにリラックスしていた。床にはマットレス。机は壁へと寄せられ、合宿の荷物たちが塊のように積み上げられていた。

なるほど、さすがにこの人数を一部屋にまとめるのは苦労するか。ただでさえ二十名分近くのベッドを占領しているんだ。

 

「百ちゃん、大丈夫だった?」

「大丈夫ですわ。蛙吹さんこそ、怪我は?」

「まだ痛いけど、喋れないほどじゃないの。それより響香ちゃんと透ちゃんが……まだ眠ったままなのよ」

 

女性陣が八百万を囲んで、疲れた表情を見せた。

 

「飯田、こっちは大丈夫だったか?」

「怪我人以外検査結果も異常なし。障子くんたちもさきほどリカバリーガールが来て治癒してくださった」

「雄英の対応は?」

 

飯田は首を横に振った。生徒にも詳しいことはなにも伝えていないらしい。まあ大事件だからな、慎重にならざるを得んか。

もう少し事情を聴くと、A・B組の保護者も何人か訪ねて来ているらしい。送迎は雄英が準備したそうだ。この会議室にいるメンバーは問題ないので保護者としては安心できるだろうけど、耳郎をはじめ、昏睡状態の学友たちのことを考えると、気が気ではないだろう。いまも病室にいるのだろうか。

ただし、携帯端末は、生徒・プロヒーロー合わせて警察に回収されているという。情報漏れの心配なのだろう。

でも【それ以外】だったら──。

 

「策束、いいか」

 

轟から声をかけられ顔を上げると、障子、常闇がみんなを見渡すように立っていた。

深々と頭を下げる二人に轟が向かっていき、事情を語り出す。

 

「爆豪の誘拐された状況だ。昨日簡単には話したけど、八百万たちが来たから、ちゃんと話したい」

 

三人はゆっくりと語り出した。足りない情報は、オレも含めて現場にいた面々が補助しよう。

まずは、状況の整理からか。大丈夫、ヒーロー基礎学で散々やってきただろう。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ヴィラン連合開闢行動隊を名乗る一団。

その隊員がどれほどいるのかはわからないが、林間合宿で襲ってきたメンバーは、USJ襲撃にも加わっていた黒霧も加えて十一人。内、逮捕者三人。

 

青い炎を放出し、身体を泥にできる火傷だらけの男。

黒い全身タイツで身を包み、支離滅裂な発言を繰り返す男。

大柄な巨体と、人体にも影響する磁場を作り出す個性の男、引石健磁。

ステイン信者であり、トカゲのような異形個性の男、スピナー。

女子高校生らしき、接近戦闘に長けた女、トガ。

爆豪の誘拐を決定付けた、『空間を切り取って圧縮できる個性』らしき仮面の男。

そして、黒霧と脳無。

この脳無は八百万いわく「USJとは性能が別物」だったという。

 

逮捕者の内訳だが、

ピンクの靄の発生させた個性の持ち主の少年。

歯を、刃のような形状にして移動・攻撃を同時に行う男。

最後の一名は、どのような個性か見た目かもわからない。緑谷が単独で撃破したヴィランがいるため、推測だがそいつが気絶したまま逮捕されたのだろう。

 

話を聞いているうちに、時系列もハッキリとしてきた。

 

A組待機所を襲ったスピナーと引石。

B組待機所にピンクの靄を充満させた少年。

宿泊施設を強襲した継ぎ接ぎの男。

そして、緑谷が戦闘をしたヴィランか。

多少の誤差、距離はあるが、ほぼ同時刻に先手を取られたわけだ。

 

宿泊施設は、どうやらオレが来る前にも一度、襲われているらしい。それも同じ男であり、一度目は泥のようになって消えてしまったという。

 

B組待機所は、おそらくオレがサイレンを鳴らしたときには靄によって昏倒させられていただろう。それにラグドールの誘拐も終わっていた可能性がある。この待機所の近くにはヴィランの少年以外にも脳無がいたのだ。並大抵の個性や肉体では太刀打ちできない。ましてラグドールは《サーチ》。戦闘向きではないし、彼女の細腕では脳無の腕力に対抗も難しいだろう。

嫌な妄想を振り払う。ラグドールが脳無に改造される、嫌な想像をしてしまった。

 

A組待機所ではマグ姉と呼ばれていた引石とスピナー。スピナーのほうは初犯かもしれないな。ネットで名前を入れてもそれらしい名前も個性もヒットしなかった。ステインの動画を見てヴィランになった? 笑いのセンスはなさそうだ。

この二人には、心操の《洗脳》で一時優位に立ったはずだが、捕縛したのはイレイザーヘッドかもしれない。その現場を見ていた生徒はいなかったものの、時系列を整理するとそういうことになる。

 

イレイザーヘッドと緑谷はオレと合流してからマンダレイに会いに行っている。そのあとすぐにマンダレイから《テレパス》が届いて爆豪勝己が狙われていると全員が知ることになった。

例えば、虎、マンダレイ、ラグドールが複数のヴィランに侵入されている最中、引石とスピナーを捕縛し、その場にとどまるだろうか。そんなこと考えるほうがナンセンスだ。もっともその場合、引石とスピナーのコンビは、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツとほぼ同レベルの戦闘技能ということになる。あり得ないと一蹴したいところだが……。

 

さておき、プッシーキャッツとイレイザーヘッドは二手に分かれた。

プッシーキャッツはラグドールと合流のためB組待機所へ。

イレイザーヘッドと緑谷は森の中へ。すぐに負傷した障子と、ダークシャドウを暴走させてしまったという常闇の二名と合流。

イレイザーヘッドは障子と緑谷を宿泊施設に移動させようとしたが、すぐ近くで戦闘を開始していた爆豪、轟、昏睡している円場と合流。

そこで逮捕されたヴィラン三人の内、一名の確保に成功。個性を《消失》させたのち前歯を蹴り砕いて捕縛布で鼻以外を完全に塞いだそうだ。話を聞くだけでイレイザーヘッドの苛立ちが伝わってくる。

 

宿泊施設に向かう彼らだが、進行方向で、トガと名乗るヴィランに襲われている麗日と蛙吹と合流。

 

そして同時に、脳無が現れたという。

その話を聞いた八百万は、自分の不甲斐なさから顔をしかめた。八百万、泡瀬、小大の三名が脳無を捕縛出来ていれば、誘拐には繋がらなかった可能性があるからだろう。

 

脳無は《消失》させてもパワーによって対抗され、戦闘が長引く。そしていつの間にか爆豪が誘拐されていた、と。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「脳無、トガ、仮面の男に邪魔されて。追いついたは良いが、最後は黒霧ってやつのワープで逃げられた」

 

淡々と語る轟だったが、握りしめた両こぶしは真っ白になっている。昨晩のオレだな、ありゃあ……。

見れば、みんながみんな、なにかを我慢している。

 

「仮面の男が言うには、爆豪はヒーロー側にいるべきやつじゃねぇとか、もっと輝ける場所へとか、なんとか」

「なんだよ、それ」

 

ぽつんと、切島のつぶやきが響く。話自体は終わりのようで、障子と常闇の謝罪が続いたが、誰も彼らの責任だとは思っていない。それはイレイザーヘッドやブラドキング、プッシーキャッツがこの場にいても同じことだ。

それでも、場が憎しみに支配されているような錯覚をしてしまう。

 

「どうにか──」

 

切島がなにか言おうとしたときだった。

会議室の扉が強く開けられ、みなが視線を上げる。会議室の扉には、肩くらいまで見切れている巨漢の男。ヒーロー科にとっては見慣れた、それでも心操が警戒心を露わにする程度には威圧感のある肉体美。オールマイトがそこにいた。

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

それは、なんて安心感のある言葉だっただろう。

オレが生まれる前から日本を支えた、真の英雄の言葉だ。慰めなどでは決してない。そう予感させる、強い信頼。

 

「八百万くん。警察が呼んでいる、少し良いかな?」

「はい!」

 

奥には何人かのスーツ姿の刑事たち。

八百万を見送ると、何人かが呼ばれた。轟、障子、常闇以外にも、麗日、蛙吹、残るB組メンバーと心操だ。さきほどの話から察するに、交戦した生徒たちってことだろう。事情聴取か。

しまった、B組と八百万、あと緑谷は相澤先生の許可なく戦闘したことになるのか。話をすり合わせておくべきだった。正当防衛が適応するとはいえ、余計なこと喋らないでくれよ。

 

残されたのは、オレを含めて戦わなかったメンバー、ということになる。

オールマイトも出ていって、さきほどあった不安な空気が戻ってきたかのようだ。……一番不安に感じているのはオレってことかもな。

 

暗い雰囲気の中、部屋に積み重ねられた荷物からオレと八百万の私物を見つける。フルフェイスゴーグルもあったが、いま用があるのは財布だけだ。

 

「切島、飲み物買って来ようぜ」

 

目で「こんなときに」と睨まれた。こんなときだからだ。このなかで一番メンタルをやられているのは、さきほどの様子を見る限り切島なのだろう。

彼が緑谷たちを追いかけていれば、脳無を足止め程度ならできた可能性は低くない。そうなればイレイザーヘッドが自由に動けた。黒霧のワープさえ《抹消》することができていれば──いや、やめよう、オレまで暗い気分になる。

 

会議室の外では、いくつかの部屋で事情聴取が行われているようで、全部の扉が開放され、中から話し声が聞こえてくる。密室で事情聴取ができないからといって、これはいくらなんでも無防備すぎる。

 

「──B組の泡瀬さんに協力していただき、脳無の一人に発信機を取り付けました。これがその信号を受信するデバイスです」

 

どこかの部屋から流れてきたのは、八百万の声だった。オレも存分に間抜けすぎた。

やばいな。切島の足が止まっている。

強く腕を引くと一応は付いてきてくれたが、腹を括った表情は筆舌しがたいものがあった。

 

やらかしはしたが、切島を落ち着かせることには成功したのだろう。

彼はさきほどまでの、どうしようもない焦燥感を薄れさせ、代わりに危うい覚悟をオレに語った。

 

「助けに行きたい」

「オレもだけどさ……」

「作戦、考えてくれ」

 

お手上げだ。大人に任せる、プロヒーローに任せるって選択肢を失っている。気持ちはわかるが……。なんにせよ情報は必要だし、気分転換はさせなきゃならん。しばらく外の空気を吸ってくれ。

 

手慰み程度の薄っぺらい作戦を語り、会議室に戻ると事情聴取も終わったようでみんなが帰り支度をしていた。どうやら雄英の指示のもと、警察車両で一度帰宅になるらしい。

最後にお見舞いしていこうと提案を受け、了承した。耳郎を始め、昏睡している生徒たちの病室へぞろぞろと向かう。

 

何人かは保護者が見舞いに来ていたので、その場合は代表者として八百万や拳藤に任せた。マナーだな。

緑谷の病室では、彼の母親がまどろんでいた。扉をノックしても、開けても起きなかった緑谷の母親は、彼のうめき声ですぐさま顔を上げて緑谷の様子を窺っている。

 

オレたちは、緑谷の部屋に入るどころか、声をかけることすらできなかった。

無性に母親に会いたくなったのは、たぶんオレだけではないのだろうな。

 

病院を出ると、制服警官に警察車両へ誘導された。

中型のバスだな。切島はオレの隣を陣取って、明日もみんなで病院へ来たいとのたまう。電話じゃ済まないのかね。まあ済まんか。

しかたない、とバスを手配するというといたく感謝された。すぐさまA組の連絡網に明日集合し、お見舞いに行きたい旨の書き込みがされた。

 

片道一時間を優に越す帰路の中、頭が痛くなるほど切島が爆豪救出作戦をオレに語るものだから、近くに座っていた轟までもが話しかけてくる始末だ。

二人は完全に八百万の《創造》を頼りに作戦(とすら言えないなにか)を考えている。

はてさて、スパイでもやろうかな。

 

それから雄英高校近くの警察署に寄り、そこから個別にパトカーでの帰宅になった。

 

 

夜、八百万と通話し、事情を話しておく。おそらくは明日にでも切島・轟から受信機のデバイスについてお願いされるだろうけど、どうするかと聞いた。

 

『業さんは、どうされたいのですか?』

「え?」

 

予想外の返しだった。

なぜオレに聞く? 協力することにメリットはない。警察に発信機の存在を教えた以上、プロヒーローの出動は確定事項だ。そんな中、仮免許ももっていない学生が遊びに行ったところでなにができるっていうんだ。

そのことを伝えると、八百万からやんわりとした否定を受けた。

 

『いつもの業さんだったら、私に相談しますか?』

「いつものオレって……」

『A組の策束業という人は、その程度のことを誰かに判断を任せる人間なのですか?』

 

その程度とは失礼な。オレが受信機を《創造》できない以上、決めるのは八百万だ。協力するもしないも、彼女次第──

 

『なぜ、お二人に馬鹿な考えは捨てなさいと仰らなかったんですか?』

「え、それは……」

『なぜ、否定することに誰かの協力を仰ぐのですか? 私に判断を任せたのですか? それは轟さんや切島さんと同じ、《創造》頼りの選択ではないのですか?』

 

そりゃあそうだろう。オレに決定権などない。轟たちに受信機デバイスを創るなと言えば、彼女は創らないのか? いや、違うだろ、彼女次第だ。だから少しでも独自行動の可能性を減らしただけだ。

それをなんて伝えればいいのか迷っていると、八百万はさらに言葉を続けた。

 

『言い方を変えますわ、業さん。では仰ってください。【爆豪さん救出は諦めましょう】と』

 

くわん、と頭を叩かれたような錯覚。

そうか、オレに決定権を委ねたのなら、そうだ、伝えよう。

 

「プロヒーローはおそらくオールマイト含め、数多くの出動が見込めます。雄英高校の教師陣も相当数動く可能性はあります。なにせ大事件ですからね」

『業さん』

「警察も連携して動くでしょうね。林間合宿のように到着が遅れるなんてことはありませんよ。そんな場面に遭遇してオレたちになにかできると思いますか?」

『……業さん』

「それに交戦許可はもうありません。なまじ爆豪を前にヴィランと遭遇しても、切島が硬化で耐えて、ヴィランが拳を傷つけたりしたら──」

『業さん。仰ってください』

 

八百万の顔は見えない。だが、ガラスに映ったオレの顔はまるで泣いているように情けない表情だった。

 

「──爆豪は、良いヤツじゃあありませんよね」

『ええ、乱暴狼藉ですわ。とくに緑谷さんには』

「あれがヒーローになるのか、よほどヴィランのほうが似合ってるじゃあないか、そう思ったこともあります」

『まあ、ひどいですわ業さん』

「ヴィランすらそう思ったんですよ? まったく、馬鹿馬鹿しい」

『馬鹿馬鹿しい?』

「そうですよ、あの爆豪がヴィランに? ありえませんね」

『ふふふ、そうですわね』

「アイツはヒーローになりますよ。それもただのヒーローじゃない、強く、頼れるヒーローに成れます。保証しましょう」

『私のことは?』

「もちろん。百お嬢さんの個性は全世界のヒーローを見てもトップレベルの優秀さです」

『……トップレベルのヒーローに成れるという意味ですか?』

「それは百お嬢さん次第ですね」

『一心精進いたしますわ』

「なので、そうですね……。こんなお願い、もう二度としないと誓います」

『──ええ』

 

小さく息を吸う。

 

「【百】、お願いだ。爆豪を助けたい」

 

使えるものはなんでも使う。個性も、彼女の優しさも、警察も、プロヒーローも、雄英生としての立場も、金も、アイテムも、全部使う。

全部使って爆豪を助ける。

 

笑顔で頷く八百万の顔を思い描きながら、オレは、オレの答えに辿り着いた。

 

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