翌日、いつかのようにマイクロバスでクラスメイトを回収し、雄英高校へ向かう。
雄英バリアこそ展開されていないが、マスコミは車用門にすら押し寄せていた。まあ正門から出入りする教師なんてほとんどいないからな。
バスのカーテンは開けないように指示を出し、単身総務部にお邪魔した。一応職員室にも顔を出したが、教師陣の多くは巡回と会議に出払っているらしく、クックヒーローのランチラッシュだけポツンと座っていた。相澤先生の居場所を聞いたが、答えられないと言われてお終いだ。こちらから通話もしたが着信できる状態にいないようで、繋がることはなかった。
しかたがないので書類にサインだけして、ペンは胸ポケットにしまう。
バスに戻るとみんなから「なにをしに行ったんだ」と聞かれたが、あとで話すと誤魔化しておく。実際に数人にはあとで話すことになるのだ、面倒は避けよう。
病院までは片道一時間半ほど。昼には到着できるだろう。
残念なことに、林間合宿に行くまでにあった陽気さは感じられない。切島は集中した様子で、上鳴に声をかけられても上の空だ。こうなるとムードメーカーは瀬呂や芦戸なのだが、まあ無理だろうな。
病院に着いたが、まだヒーローも警察も多数いるらしい。駐車場には何台か関係者の車両が停まっていた。
ぞろぞろと連れ添って病院を歩く。昨日と同じように、昏睡状態の友人の病室も覗いたが、やはり寝たままらしい。ただ覚醒の兆候自体は出ているようで、目覚めは近いと医者が言っていた。すこしだけ救われた気分になった。
最後は緑谷の病室だ。
そして、これがスタートラインにもなるのだろう。
上鳴が扉をノックして隙間から病室を覗いている。緑谷の母親の姿はないようで、先陣切って室内に入っていった。途端嬉しそうな声を出す。さきほどまでの暗い雰囲気を吹き飛ばそうとする明るい声だった。
「あー緑谷! 目ェ覚めてんじゃん! テレビ見たか!? 学校いまマスコミやべーぞ」
「メロンもあるぞ、みんなで買ったんだ!」
峰田はいつも通りかな? しかし緑谷のあの腕……あの怪我から二晩だぞ? リカバリーガールの個性のすさまじさがわかるな。
ともかく、ベッドに寝ている緑谷は疲れ切った表情で目を開けていた。
「起きたばかり? なにがあったか覚えているか?」
「うん、ついさっき。えっと、うん、【覚えてる】……」
ならまずは医者だな。看護師に医者を呼んでくれるよう頼まないとな。
ついでに緑谷の携帯端末から彼の母親の連絡先を見つけ、いまのうちに連絡しておこう。緑谷は両手が使えないし、代表してオレでも良いかと緑谷に聞いて、そのまま待合室で通話した。
緑谷の母親の心配そうな声を聞いて、心が痛くなる。自身がクラスメイトであることと、緑谷が目覚めたことを伝える。一転、嬉しそうな、泣きそうな声でお礼を言われる。
……お礼を言われるようなことは、何一つしていないんだけどな。
病室に戻ると、飯田と切島の言い合いが廊下にも響いてきた。
扉を強めにノックすることで無理やり会話を途切れさせる。
「病院だ、冷静になれよ」
なぜか飯田に強く睨まれた。おそらく八百万の受信機の話しやがったな。発信機つけたのも、わかりやすく会話していたのもオレじゃあないんだけどさ。
「切島、冷静になれないんだったら、オレはお前を連れて行かない」
「なんだよ! ふざけんなよ策束!」
「大声出すなって。悪いなみんな、順番狂ったけど説明するわ」
襲撃時、八百万が脳無に発信機をつけていたこと。
その発信機の受信デバイスを八百万が昨日警察に渡したこと。
確実にプロヒーローが出動要請されていること。
爆豪が【誘拐】されたことで、生きている可能性が非常に高いこと。
これらを説明すると、飯田が挙手した。彼が冷静であるとは言い難いが……。
「警察に、プロヒーローに任せてはいけないのか」
「いいや、任せるべきだ。オレたちが遊びに行って何ができる?」
「なら──」
飯田の言葉を切島が遮った。
「──けどよ、なんも出来なかった……。しなかった!」
感情の渦だな、過度なストレスを溜め込んでいる。冷静じゃないのは、誰の目から見ても明らかだな。
「ここで動けなきゃ俺ァ! ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!!」
「べつにお前の男上げるために爆豪が誘拐されたわけじゃねぇだろ。冷静になれないんなら連れて行かない。邪魔でしかない。轟もそれで良いよな」
「……ああ」
切島がなにか言いたそうに、それでも飲み込んで俯いた。偉いぞ。
「ちょっと待ちたまえ策束くん。キミは、行く気なんだよな」
「ああ、切島と轟の三人で行く」
「ふざけるのも大概にしたまえ!」
飯田がオレの胸倉を掴んで引き寄せた。
眉が吊り上がっている。まるで殺意を向けているかのようだった。
「ふざけちゃいない。大真面目だ。プロヒーローの救出活動眺めてるだけかもな、だけど行く」
「なぜ、キミが──!」
オレと飯田の間に、蛙吹が割って入ってきた。飯田の手が服から離れる。オレも飯田も胸を強く押されて数歩離れた。
「みんな、爆豪ちゃんが攫われてショックなのよ。でも冷静になりましょう。どれほど正当な感情であろうとルールを破るというのなら、また戦闘を行うというのなら──、その行為はヴィランのそれと同じなのよ」
良いことを言う。
でも、蛙吹は一つ忘れている。いいや、前提がいくつも狂っている。
「なので用意しました。退学届」
務めて明るい表情で、オレは笑った。
轟からすらも驚いた表情で見られている。
「な、切島、言ったよな? ヒーローでも男でもなくなっちまうって。立派だ、格好良いよ。じゃあヒーローか、男か、選べ」
鞄から、雄英高校の総務部からもらってきた退学届を取り出して、切島に見せる。ちなみに原本一枚だ。あとはコピーしなきゃな。ああ、個性が欲しい。
「これ書いて個性使ったらヴィランだな。もちろんオレも書く。轟も行くのなら書いてもらう。もちろん素直に辞めるつもりはない。爆豪だって嫌だろ、自分が誘拐されて、ただ救出されるの待ってたらクラスメイト三人いなくなってしました、とかさ」
これは特殊な保険なのだ。
相澤先生の責任から切り離すためのもの。いざ雄英側に見つかって除籍だ退学だの状態になったとき、責任の所在を明らかにするためのもの。そのために書いてもらわないといけない。
「……ダメだよ」
芦戸の小さな声に、切島が顔を上げる。
「行くだけになっちゃうかもなのに、退学って馬鹿じゃん。切島も、みんなも、轟もすごい個性持ってるじゃん……、策束だってすごい頭いいし、切島だってさ……頑張ってるじゃん」
声が震えている。泣きそうだ。みんなも責めるようにオレを見ている。
切島は、退学届と芦戸の顔とを引きつった表情で交互に見ていた。まあ友だち助けに行くだけで人生棒に振るとは思わないよな。
ただオレたちがする行為ってのは、そういうことだ。
ひらひらと見せびらかせていた退学届を、八百万に奪われた。
「あっ」
間抜けな声が零れる。
彼女は至極丁寧な所作で退学届けを二つに破いた。
「お馬鹿な話し合いはこれでお終いですわね。ご安心を。創りませんから」
「百お嬢さん……」
周囲の面々、飯田すらも安心したように八百万を見ている。
【ここまでが作戦なので、上手く行ったとみていいだろう】。
丁度良くドアがノックされ、医者が緑谷の診察にきてくれた。
タイミングに救われたかな。
全員で病室から出て瀬呂や上鳴から本気だったのかを聞かれるものの、「百お嬢さん次第だったからな」と答えると「そうだよな」と返されて終わった。
芦戸には大変に睨まれるし、蛙吹にもちらちらと見られている。警戒されてるなぁ。
耳郎と葉隠の病室に顔を出し、最後は緑谷へ挨拶だけして全員で帰ることになった。医者に両腕のギプスを外してもらえたようで、傷だらけの右手を掌握運動させていた。すでに退院はできるらしく、帰宅準備をしつつ、いまから母親に電話するのだと弱々しく笑った。
──巻き込めんよな、これは。
でも、それは、もしかしたら、緑谷への対抗心や、嫉妬とか、羨望だったりするのだろうか。
両腕を砕きながらも、イレイザーヘッドにヒーローとしての存在価値を見出された、デクに──。
「あの、策束くん」
「ん?」
周囲のクラスメイトが挨拶を終え、病室から連れ添って出て行ったタイミングで、緑谷は折りたたまれたノートの切れ端をオレに見せた。
「これ、洸太くんから。策束くんにもお礼言いたいって」
「あの子が?」
読ませてもらうと、多くは緑谷に向けての謝罪と感謝の言葉だった。だが確かに一行、『あのおにいさんにも ありがとうって いいたいです』と書かれている。
まあ、オレになるのかな。
……助けられたのがオレとも知らないで。
みんなを、それぞれの近所にまで送り届け、自身も一度帰宅する。
昼食に、珍しく家族全員が揃っていた。
──たわいもない会話をした。
雄英高校の話題には触れず、家業のことや紅茶のこと、八百万がどうとか、体育祭でお姫様抱っこしていた女の子の話題も。纏はヒーロー関係の授業の内容をどうにか聞き出そうとし、母さんは不満気な表情で子どもたちを睨む。父親はメリッサ・シールドのアメリカ亡命の目途が立ったと、穏やかじゃない話をし始め、とうとう母さんが怒ってしまった。
会話下手な男たちで申し訳ない。
申し訳なさついでに、もう一つ。
今日は友だちの家に泊ると告げて、オレは家を出た。
◇ ◇ ◇ ◇
午後一時。だいぶ早くに駅へとついた。伊達眼鏡にマスクと、まるで芸能人のお忍びデートだ。相手が三人で、しかも誰も顔を隠していないということを除けば、だが。
「マスクくらいしてこいよ……」
「なんで?」
駅前の喫茶店の二階。窓際を陣取った切島が首を傾げる。八百万、轟も不思議そうにオレの変装を見ていた。
コイツらって体育祭の本戦出場者だよな? 頭も良いよな? いま雄英高校が全国区で注目されてるんだけど?
喫茶店の店長に二階の貸し切りをお願いして快く許可が出たのも、オレの後ろに轟がいたからだ。サインと内部事情を要求されたが、サインだけで満足してくれてよかった。
さっそく人選を間違った気がする。いっそ八百万家に協力要請すれば良かった。引退したヒーローも金で頬を叩けば多少は協力してくれたかもな。……もう遅いが。
「んで、退学届は?」
切島がペンを片手で回しながら聞いてきた。オレの代わりに八百万が《創造》した退学届をテーブルに広げる。一字一句間違いはないし、これが個性で生み出したものだとはバレないだろう。
「良いのかよ、本当に」
破られた退学届をテープで貼り付け、封筒に入れながら聞いた。印鑑はなし。雄英側に送り付ける、あくまで覚悟の確認の記入だ。コイツらを退学させる気は一切ない。とくに八百万の経歴に傷をつけることはできない。
「書かなきゃ連れて行ってもらえないんだろ。なら書くよ」
「俺もだ」
切島と轟から退学届を受け取り、八百万も記入した退学届とまとめて封筒に入れ直す。
「それより、八百万は……その、受信機だけ創ってくれれば──」
「オレたちが保護されたとき、どう言い訳するんだよ。百お嬢さん脅して無理やり創らせたってか? 毅然とした態度が求められるヒーローに?」
そもそも今日病院に行かなければ、みんなを巻き込むことはなかったんだ。
オレたちが爆豪救出の行動を取ろうとしている状態で、みんなが見過ごしたと学校側にバレた場合の対処が面倒だ。処罰の内容はともかく、連帯責任になることを回避したい。
とくに、相澤先生。
体力測定時、彼は除籍処分なる言葉を口にした。そして何度か、冗談のように口にしていたことがある。多くの生徒は聞き流していただろうが、雄英高校に数か月もいれば、相澤先生の口にする除籍処分が本気であったことがよくわかる。
きっかけは拳藤だった。彼女の知り合いの先輩に、現状の二年A組の話を聞いたのだが、どうやら全員一年生の間に除籍処分を受け、二年生になったと同時にヒーロー科として復学したそうだ。
詳しくは誰も語ろうとしなかったものの、相澤先生に非があるわけではないという。
この状況が露見した場合、二年A組と同じ運命を辿ってもおかしくはない。
そういうわけで、この退学届が【特殊な保険】になるわけだ。それに緑谷の病室であったことを確認してもらえれば、オレたちが諦めたと他のクラスメイトが認識していたことになるからな。
……たぶん大丈夫だ。朝方通話できていれば楽に責任とれたんだけど、いまからでも遅くはないはずだ。
とは言っても、べつに八百万に来てほしいわけじゃあないけどな。
彼女の身体能力はオレたちと比べると頭一つ分は低い。彼女の評価はあくまで個性込みなのだ。
「ところで、どうですか?」
「……まだ動きはありませんね」
八百万がテーブルの上に発信機の受信デバイスを置いた。
携帯端末よりも大きめのデバイスの画面には、簡易的な地図と、発信機ビーコンが光っているように映っていた。轟たちが場所を聞けば神奈川県横浜市神野区と返答していた。
……やっぱり、いくらなんでも発信機のエネルギー強すぎないか? バレてない? 大丈夫?行ったら行ったで脳無に迎え撃たれました、となりそうだな。
多少不安要素もあるが、もともとプロヒーローや警察の救助を見学する予定なのだ。
発信機がヴィランによって外された可能性もあるし、すでにプロヒーローが制圧した可能性もある。
じゃあ、なぜ行くのか。
合理的じゃあない、ナンセンスだ。なによりも、ただの自己満足だ。
正義でもなんでもない、ただ自身の欲望を満たすためだけのもの。ステインに言わせれば、ニセモノのヒーローとなるのだろう。
それが、オレの答えだ。
「んで? オレたちはいつまでこうしていればいいんだ、切島」
窓の外を眺めている切島が、すこしだけこちらを見る。しかし、すぐに窓へ視線を移した。
外になにかあるのか?
「言っとくけど、夕方までには行きたいからな。本当はいますぐ出たいんだからな」
「わかってるよ」
新幹線は三十分に一本だ。
移動時間に二時間はかかり、爆豪は誘拐されて二晩経っている。こんなにのんびりしている意味がわからない。
だが、警察突入前にオレたちが到着した場合、そしてそこに爆豪がいた場合、選択を迫られる。判断するのはオレだ。合理的だからな。
個性の使用も、使用した戦闘も視野には入れている。いやだなぁ。
そういう意味ではここでのんびりすることは悪いことではない。
のんびりと、「よーしやるぞー!」と息巻くことに時間をかけて、正義の心だけ抱くことは、きっと悪いことじゃあない。
……オレはごめんだがな。
もう、独りで良いかと考えていると、テーブルに置かれた切島の携帯端末が振動し、画面が点灯した。
『緑谷出久』
その文字を見た瞬間、切島を睨みつける。
「なんで、緑谷を──」
「あいつが一番、爆豪を助けたいだろ」
ああ──いやだ。
ああ、なんて、なんて【贅沢】なんだ。
押し殺せ、黙殺しろ、合理的であれ。
『なんで、緑谷を頼るんだ。オレがいるだろう』
無個性がリーダーぶった反落がこれだ。
去年まで無個性だったんだぞ? なにが違う? オレと、なにが? 個性があるってのは、そんなに違うのか?
両腕が潰れ、それでも誰かのために走る緑谷の背中に英雄を重ねた。
オレだって認めたい、認めたいのに、矮小な自分がそこにいる。
爆豪、本当、オレとお前はそっくりだよ。
緑谷が喫茶店に入ってくる。
まだ《治癒》されたばかりなので疲労は色濃い。利き手を上げたものの痙攣するように震えている。緑谷はあわてて左手で挨拶しようとするが、そちらも似たようなものだった。
頭と両腕の包帯が痛々しい。
「まずオレは緑谷を連れて行きたくない。理由はいくつもある。話すか?」
オレの内面はさておいて、だ。
隣のテーブルを陣取った緑谷を見る。
この理由は緑谷に言うべきか、切島に言うべきか。
「かーちゃんのことだろ」
「……ああ」
切島もわかっているじゃあないか。緑谷も、自身の母親の話題を出されて萎縮している。
「二つ目は体調だ。オレも《治癒》されたからわかるけど、階段一段上がるのにも体力がいる。爆豪見つけても逃げるときに走れなかったら──」
「そのときは、見捨てていいよ」
緑谷がオレを見ている。迷いのない瞳だ。
考え無し、と言ってしまえばいいのだが、今回ばかりはオレもそうだ。爆豪を助けに行きたいって気持ちは痛いほどわかる。
もちろん、その返答に納得するメンバーではない。動けない緑谷を残して爆豪を救出? 頭が悪いどころの話ではない。
切島も八百万も緑谷の意見に反論している。おおむね同意見だ。
オレもなにか言おうとしたとき、聞き慣れた男性の声が聞こえた。
「なにを、しているんだ──」
喫茶店の店長、ではないな。
眉を大きく吊り上げてオレたちを睨みつける飯田の姿。緑谷の後をつけたのか。
「なんでよりにもよってキミたちなんだ……」
飯田の視線が、オレと轟を貫くように強められる。
「俺の私的暴走を咎めてくれた策束くんが、共に特赦を受けたはずのキミたち二人が、なんで俺と同じ過ちを犯そうとしている!? あんまりじゃないか! 俺たちはまだ保護下にいる。ただでさえ雄英が大変な時だぞ。キミらの行動の責任は誰がとるのか、わかっているのか!」
「責任はオレがとる。そう仕向けた。あとは相澤先生と連絡が取れれば完璧だ。保護下? 爆豪が誰に保護されてるってんだ」
「学生が責任を問われるわけじゃないだろう! 退学届? つまりはまだ雄英高校の保護下にあるんだ、俺たちは!」
飯田に胸倉を掴まれ、無理やり立たせられる。八百万や切島が止めようとするが、視線で二人を押し留める。
「俺だって悔しいさ! 心配さ! 当然さ!……緑谷くんの怪我を見て床に伏せる兄の姿を重ねた。キミたちが暴走した挙句、兄のように取り返しのつかない事態なったら、僕の心配は、どうでもいいっていうのか! 僕の気持ちは──どうでもいいっていうのか……」
それは悲鳴なのだろう。
「飯田、俺たちだって、なにも正面切ってカチ込む気なんざねぇよ。戦闘無しで助け出す」
「要は隠密活動。それが俺ら卵にできる、ルールにギリ触れねぇ戦い方だろ。な! 策束!」
轟と切島が眠たいことを言い始めた。ああ、そういえば昨日のバスの中でそんなこと話してたな。あまりにも阿呆な作戦なので聞き流していた。
「いや、そりゃあ無理。無理だよ切島。隠密活動? ははは、ヴィラン連合が危険を冒して誘拐した爆豪を、少人数で取り返せるわけがないだろ。警備は厳重、建物の構造も不明。この発信源に行けば全部解決か? ははは、冗談がうまいなぁ」
飯田の手を軽く叩いて、離してもらう。襟元を直しながら改めて作戦を告げる。
「飯田、オレが想像しているのはな、警察やプロヒーローが突入したあと、保護される爆豪を見送ることだけだ。たったそれだけのための退学届だよ。隠密? 駅からこの店に入るまでに、いくつの防犯カメラに映ったんだろうね」
鼻で笑うように語ると、切島は顔半分を手で覆って俯いた。轟も視線を逸らしている。自分の思考の甘さに気づいたのだろう。主導権は握れたかな。ついでにこれからの作戦も伝えておこう。
「現地で車を用意してある。運転手は活動休止中のヒーロー免許持ちだ、引率者扱いにして個性使っても、法律上は問題ない。……雄英からすれば同じことだけどな」
法律上、プロヒーローが未成年者を引率していると認知され、個性の使用が認められた場合、咎を受けるのはプロヒーローだ。無論オレたちも注意は受けるが、これはインターンの時もそうだ。罰則はおそらく罰金や活動制限になるが、金額で納得してもらっている。
さすが横浜だったな。副業、それも探偵の真似事をして生計を立てているヒーローは相当数いるようで、電話一本で簡単に雇う事ができた。ある意味フリーランスなのかもしれない。
ただ車は向こうで準備してもらっているんだよな、乗用車だったら変更が必要だ。レンタカーには詳しくない。どうせ移動に二時間だ、一度連絡しておくか。
「じゃあ、行かなきゃいいじゃないか! 行ってなにをするんだ!?」
飯田が歯ぎしりをするように絞り出す。
ああそうだ、彼の言う通り、実に合理的な言い分だ。
「僕も──自分でもわからないんだ」
反論したのは緑谷だった。すぐそばに立つ飯田を見上げ、しっかりと彼の目を見ている。
「手が届くと言われて、居ても立ってもいられなくなって──助けたいと思っちゃうんだ」
やはり切島あたりに煽られたか。ちらりと切島を見ると、気まずそうに視線を逸らした。
しばらく緑谷とにらみ合っていた飯田は「平行線か……」と説得を諦め、同行を決意した。
「俺は、キミたちの行動に納得いかないからこそ同行する。少しでも戦闘の可能性を匂わせれば即座に引き戻すからな! 言わば監視者! そう、ウォッチマン!」
ならオレはロールシャッハか。彼に正義を問われる立場になってしまうがな。くわばらくわばら。