【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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※グロ・流血のシーンがあります。ご注意ください(原作にもあります)



神野区の悪夢・転

 

駆け出した距離など五十歩もない。だのに呼吸が荒れる。目の前の男に、オレは恐怖を抱いている。

オレの背後には大の字に倒れたベストジーニストがいるだけで、【あとはなにもない】。

目の前のヴィランによる一撃で街の一部が荒野になったのだ。

 

相対するのは宙に浮かぶスーツ姿の男。大柄で、仰々しい黒いマスクをつけていた。

ゆっくりと降りてくる。

攻撃する意思はなさそうだ。だがこのヴィランの気が変わっただけで、ヤツの個性によって放たれる衝撃波によって圧し潰されるのだろう。空に浮いているのも、その個性によるものか。

 

どうせ死ぬのなら──。ヴィランから視線を大きく外して、背後に倒れるベストジーニストを見る。

 

腹部には服や腹筋を貫通した大きな傷。そこから、大量の血液がとくとくと流れている。彼は白目を剥いて細かな痙攣を繰り返していた。死ぬまでに何分だ。

無様に命乞いをして、彼を引きずって逃亡することを、どうか許してはもらえないだろうか。金ならいくらでもやる、なんてセリフが通用する状況じゃあないよな。

 

クラスメイトも咄嗟に飛び出さなくてよかった。いや、まずいか、相澤先生と連絡が取れなかった。このままじゃあ責任が取り辛い。

はは、すごい、立ったまま現実逃避しているなオレ。呼吸できているか、会話で引き延ばす? ベストジーニストの【リミット】はいつだ。

 

「すごいなぁキミは、いろんなことを考えているんだね」

 

心を読まれた? サイコキネシスとかテレキネシスとかそっち系 ? 悠長なことしていたらベストジーニストが死んでしまう。どうかオレの恐怖を汲み取って見逃してくれないでしょうか。

 

──いや、いやいやまずい、やめてくれ。

 

「なるほど、クラスメイトと遠足かな。ごめんね、林間合宿邪魔しちゃったものなぁ」

 

ヴィランの両腕が膨らむ。左手はオレに──ベストジーニストに。右手は八百万たちに向けられた。

頭がガンガンと痛む。知恵熱か。緊張が限界を迎えたか。八百万たちは狙われている事に気づいていない、叫ぶべきか。ベストジーニストの傷の深度を確かめていない、背骨まで達していたらこんなところじゃあどうしようもない。

 

なによりも、オレじゃあ身体を張ったって防げない。逸らせはしないか?

 

「弔って、死柄木弔さんですよね!」

 

ああ、お願いだ、時間を稼げ、なんでもくれてやる。クラスメイトだけはやめてくれ。

土下座でダメなら、もう打つ手なんてない。

──そう思ったときだった。

 

「なんでも? そんな、悪いよ」

 

唐突に交渉のテーブルが用意された。

これは、希望か? 縋っていいのか? オレの命で、クラスメイトが助かる?

 

「キミの命なんて、ははは、いらないさ。大丈夫、僕はね【キミからもうもらっているんだよ】」

 

オレが、あげた? なんだ、いつだ? 会った記憶はない。記憶が消されている? あるいはUSJ襲撃時の襲撃犯の中に?

 

「むしろ【代わり】を用意していなくて、すまないね。【無個性】の策束業くん」

 

代わり? なんだ、なにを、言っている? いま考えるべきか? クラスメイトは逃げ切れた?

いつの間にかヴィランは両手を下ろしていた。挑発だったのか? いやオレから抜ける情報なんてたかが知れている。策束家の総資産なら知っているが、口座の暗証番号なんて覚えていない。そもそも資産に関しては策束家の人間が管理しているわけじゃない。銀行襲った方が手っ取り早いだろう。

 

オレはいま、なにを奪われた?

 

「あはははは、奪ったのは、いまじゃあないさ」

 

時間が関係してる? ベストジーニストはまだ生きている。会話での時間のロスを奪ったなどと表現するような、拮抗した力関係にはない。

あきらかなヒントを与え、会話を楽しんでいる仮面の男。

 

ヴィランの気まぐれで死ぬような恐怖からは解き放たれたが、ここで見逃してもらえると思うのは楽観がすぎる。

それともコイツの意図する言葉を言えば、見逃してもらえる? ありうるな。

そんなことを考えたときだった。

 

目線の高さ。なにもない空中から突如ヘドロのような黒い液体が噴出した。

びちゃびちゃと地面を濡らすように垂れた液体を潜るように、中から見覚えのある金髪を見た。

 

爆豪だった。

五体満足。ちゃんと自分の両足で立ち、「クセェ」と不満を漏らしながら咳をしている。

 

「悪いね爆豪くん」

「爆豪!?」

「──スカシ野郎!?」

 

相手の個性がますますわからない。黒霧のワープとは別物の、移動個性。あるいはヴィラン連合の誰かの個性か?

どちらにせよ、オールマイトは失敗したということだろう。

 

爆豪は背後のオレを確認して大きく目を見開いた。いまは視線をヴィランから逸らさないでほしいものだが。

次いで、爆豪が出てきたように空中から次々とヘドロが噴射される。そのヘドロの中から見知らぬ男女が現れた。そのメンバーも吐き気を堪えるように動き出す。女性メンバーは「なんなんですか」などと口にしていた。予想外の出来事? 女子高生のようだ。爆豪と同じように誘拐された──と肯定的に捉えようとしたが、明らかに見覚えのある死柄木もその中にいたので諦める。

こいつら全員ヴィラン連合か。

その死柄木が、仮面のスーツ男に向かって「先生」と言葉を向けた。

死柄木の、育成係?

 

「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ、またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね。キミが大切な駒だと考え、判断したからだ」

 

死柄木に近づきながら優しく語りかける『先生』。この子ってのは爆豪であることは明白だ。爆豪に下がってほしいが、人数差によって気圧されているのか、動けていない。

爆豪に背を向けてまで、『先生』はしゃがみ込む死柄木に手を差し出した。

 

「いくらでもやり直せる。そのために【僕がいる】んだよ。すべては、キミのためにある」

 

なんと優しい『先生』だ。

さて、どうする。どう撤退する。飯田たちが逃げていることを前提に考えれば、どうしたってプロヒーローの助けがいる。

 

「やはり、来てるな」

 

『先生』が空を見上げている。

砂塵が舞い太陽が薄暗く隠れているが、それでもなにか見えているらしい。敵の増援であったとしてもベストジーニストのことを考えれば、その混乱に乗じて逃げるのが唯一の打開策だ。

最悪、爆豪に時間を稼いでもらう必要がある。

 

それは見殺しだ。

 

訓練では何度も思考内で選択肢を用意していた。誰を助けるか、誰を見捨てるか。

声を出せばいい。爆豪、時間を稼げと。崩れた街の範囲は百メートル強。人を引きずると何分かかる? 腹部の傷が背中まで達してたら? いや、それならもう死んでいるか、冷静じゃあない。打開策は、爆豪を囮に、あるいはオレが、注意を逸らすには、『先生』はなにを見ている? 周囲のヴィランたちをどうすれば、どうすればここから──

 

──まるで、砲弾だ。

 

ヴィランたちから目を離したつもりも、瞬きをしたつもりはない。

ただ次の瞬間には、オールマイトと『先生』が手四つに組み合っていた。

空中で受け止めたはずの『先生』の足元が膝まで埋まっている。

 

だが、ヴィランの反撃かオールマイトが生み出した衝撃波か、人を浮かせるほどの突風が砂埃を巻き上げて組み合う二人を中心に吹き荒れる。

 

「すべてを返してもらうぞ! 【オール・フォー・ワン】!」

「また僕を殺すか? オールマイト」

 

背後のベストジーニストと重なるように密着し、腹部の傷を自身の腹で押さえつける。この砂塵が入れば彼が助からなくなる可能性がある。

 

思考が急激に綺麗になっていくようだ。

オールマイトが前に立つだけで、オールマイトの背にいるだけで、こんなにも、安心できる。

 

拳大のコンクリートの塊に何度か身体を打たれるが、やるべきことは【決まっていた】。なにも複雑に考える必要なんかなかった。

なにが爆豪を助けるだ。爆豪を見捨てる? 馬鹿言っちゃあいけねぇよな。

 

それはともかく、砂埃が落ち切るまではこの姿勢を崩せない。

『オール・フォー・ワン』とオールマイトがなにか話しているが、どうせならあと十分くらい話していてくれ──なんて希望が通るわけもなく、すぐさま激しい戦闘が始まった。というか、オールマイトが二、三百メートル先のビルにまで吹き飛ばされて消えて行った。

直線状のビルが倒壊しかけて、振動が伝わってくる。

 

話は変わるが、風船というものがあるだろう。空気を入れて膨らます、あれだ。不思議なことに、大きな風船を用意して、人間に当てるとなぜか踏ん張れずに人間側が吹き飛んでしまう。

いまヴィランが行った攻撃でもある。この一帯を砕き、ベストジーニストの腹部を貫き、たったいまあのオールマイトを吹き飛ばした妙技。

大気圧を利用した空気の射出。

 

「『空気を押し出す』+『筋骨発条化』『瞬発力×四』『膂力増強×三』。この組み合わせは楽しいなぁ。増強系をもう少し足すか……」

 

オール・フォー・ワンは解説までしてくれている。ああ、なんて優しいのだろう。なんて化け物なのだろう。こいつはここで死ぬべきだ。

どんな個性なのか見当もつかない。

 

「オールマイト!」

「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ。だからここは逃げろ弔。その子を連れて。ついでに彼も連れて行くといい。【欲しがっていた】だろう? ただ優しくしてあげておくれ、彼には【借り】があるんだ」

 

爆豪の悲鳴染みた掛け声に、丁寧に言葉をかぶせるオール・フォー・ワン。その子と彼ってのは爆豪とオレのことだな。

さて、ここからが本当の選択肢だ。ああ、さきほどまでは本当にらしくなかったな。

 

砂埃が落ち着いてくるのを見計らってから、上着を脱いでベストジーニストに巻き付ける。すぐに上着が赤黒く染まっていく。

 

背後を見ればオール・フォー・ワンの指先が形状変化して、倒れ伏す黒霧に突き刺さる瞬間だった。殺した? 周囲のヴィランたちもその光景を見て慌てている。仲間意識が強いのかもしれない。

 

オール・フォー・ワンがオレから「なに」を「いつ」「なんで」奪ったのかはわからないが、こいつはベストジーニストから「個性」を奪えるような発言していた。黒霧の個性を奪う気だろうか。──【オレの個性を奪った】のだろうか、なんて、いまは考えない。そんな贅沢な時間はない。

 

黒霧の個性を使われ爆豪が呑み込まれた場合、今度こそ見つけられなくなる。

 

「爆豪!!」

 

オレの掛け声に合わせて《爆破》を上手く使って彼は飛び退いた。何人かは追いかけようとしているが、半数は黒霧が心配らしい。オール・フォー・ワンに詰め寄っている。

なんと贅沢な時間の使い方だ。

おまけにオール・フォー・ワンなどは【自身のワープ個性】についても、こちらに聞こえるように話してくれている。

 

「俺を助けに来やがったのかスカシ野郎!」

 

声量こそ大きいが声に張りがない。不安なのだろう。オールマイトじゃなくて悪かったな。せめて緑谷であったのならば、期末試験のように協力して脱出も夢ではなかっただろう。

最初こそヴィランから視線を逸らさなかったが、オレがいつまでも立ち上がらないために不審感を覚えた爆豪は、真横で圧迫止血が行われているのを見て目を剝いた。

 

「ベスト、ジーニスト……」

 

職場体験で面識はあるのだろう。信頼を深めたかどうかは知らないが、知人であることには違いない。だが気を抜くなよ。頼むぜ。

 

「一リットルは流れてる。死ぬまでにあと十分と掛かんねぇ」

 

ベストジーニストは細身に見えるものの身長があるぶん、体重が八十くらいあってもおかしくはない。

目安の一つとして、体重六十キロの人間の血液量は五リットルで、一・五リットル流せば充分に命の危険の範疇と言われる。

時間はない。圧迫止血と言っても、腹部の大穴に効果は薄いだろう。むしろ逆効果なのではないかと心配ですらある。敗血症などになれば、オレが殺したようなものだ。

指の隙間から零れてしまう血液から視線を逸らし、爆豪へ語り掛ける。

 

「爆豪、勘違いすんな。助けに来た? 馬鹿言うんじゃあねぇよ。いいか?」

 

ああ、情けなくて笑ってしまった。

 

「──お前がオレを助けろ」

「はは」

 

爆豪の乾いた笑いだ。ああ、そうさ、オレはそれでいい。

情けなくて、無個性で、守られる立場で、いまはそれでいい。

 

「笑顔を見れて嬉しいぜ、爆豪」

「うるせぇスカすな!」

 

爆豪が中腰に構え、彼の手のひらは臨戦態勢であることを証明するように、小さな爆発を繰り返している。だが、さきほどの表情よりはずっといい。

歯茎が見えるほど無理やりに笑う爆豪に、オールマイトの笑顔を重ねてしまった。

 

「個性強制発動!」

 

オール・フォー・ワンの掛け声とともに、寝そべったままの黒霧から《ワープ》が出現した。どんな個性だってんださっきから!

 

「来るぞ爆豪。オレは【ついで】で攫われる器じゃあないからな」

「言ってろクソが!」

 

死柄木たちも動き出す。脱出の目途が立ったようでなによりだ。ベストジーニストがいなければさっさと逃げていたのだが、無個性がヒーロー活動してもろくなことにならないな。

 

背後から爆発音。遠くのビルから人影が飛び出したのが見えた。遠すぎて見えないが飛ばされた場所から察するに、十中八九オールマイトだろう。復帰が遅いように感じられる。

崩れかけたビルで人命救助を行っていたのなら良し。もし、違うのならば……。

 

『彼の個性は消えかかっている』

 

デヴィット・シールドの言葉を思い出す。あり得るのか、あのオールマイトの動きが鈍っているなんてことが。

だとすれば、悠長にヴィランが倒されるのを待っているわけにはいかないな。とくにあのオール・フォー・ワンは、オールマイトを倒せる可能性すらあるわけだ。ではければこんな作戦立てずにさっさとワープで逃げ切るだろう。

 

オール・フォー・ワンが空中に浮かんでオールマイトを迎え撃つ。

その間に六対一の状況をヴィランたちが作り上げる。

 

オールマイトもこちらへ来ようとしているが、それはオール・フォー・ワンに止められる。状況は好転せずだ。

 

「ん?」

 

ヴィランの一人が輪から外れてオレを見ている。ヴィラン連合の女子高生──トガ、だろう。惚れた腫れたか? こんなときに勘弁してくれ。それかベストジーニストのフォロワー? ありえるな。

 

「──ヘルメットマン」

 

彼女が腕を振るうと、なにかが投擲される。顔、近、

 

「いっ!?」

 

衝撃と激痛が左肩から伝わってくる。なんだこれ、クソ、パイプ? チューブのような線が彼女の背中から伸びて、筒状のなにかがオレの肩に刺さっていた。痛みから察するに極太の注射針だ。針金だろこんな太さ!

歯を食いしばって、手の位置をベストジーニストの腹部へと戻す。

 

「爆豪!!」

「さっそく足引っ張りやがって!」

 

だが、爆豪も動けない。そりゃあそうだ。五人に囲まれている。

 

ナイフを投げては掴む、そんな曲芸を見せながらトガが近づいてくる。暗い目だ。口をすぼめて、ストローでジュースでも吸い上げているように唇を鳴らせている。

 

「ステ様を汚したヘルメットマン……。ずっと、会いたかったんですよぉ?」

 

ステインのフォロワーかよ! ああ、くそ、これはショッピングセンターで死柄木に言った事が返ってきたのか。組織拡大の影響が最悪の状況を生み出したわけか。

いや、オレのせいで林間合宿の襲撃が起きた可能性まであるな。

 

「本当はあなたの血なんていらないんですけれど。まあメイレーなので」

 

血? 命令?

見れば肩に刺さったパイプと、チューブ部分に赤い線が現れていた。オレの血液を抜き取っているらしい。まさかこれで出血死を狙っているわけではないだろう。いや、ヴィランの狙いを考えるのはあとだな。

どいつもこいつもベラベラ喋りやがって。是が非でも爆豪を連れて生きて帰らねばならない。

 

「首と心臓、どっちがイイですか? カアイクしてあげますよ」

 

そう言って彼女は口の端を歪ませるように薄く笑った。たかがナイフだ、この一帯を破壊した個性と比べると生き残るチャンスはあるだろう。それでも、太陽の光を反射するその刃に恐怖を覚える。

本当に笑っているのか? 肉食動物が獲物に噛みつこうとしているだけな気がしてきた。

 

「まてトガ! そいつヘルメットマンか!」

 

トカゲの異形個性、スピナーだったか? こっちはステインのコスプレか。爆豪を取り囲むヴィランが一人減ったのはありがたいが、それでも四対一。プロヒーローを相手取るために集められた面子だ。爆豪でも荷が勝ちすぎている。

爆豪を救うために駆け出そうとするオールマイトも、オール・フォー・ワンとの一騎打ちで動けずにいる。

この状態では、たとえベストジーニストを見捨てたとしても、ヴィランの狙いはオレから離れないだろう。死に体のトップヒーローだぞ? 雄英の失態を叩くよりもマスコミのおもちゃになることが確定している人材なのに、本当に爆豪が自分たちの味方になりえると思っているんだなコイツら。

あるいは、そう、子どもなのかもな。

 

「シュクセーしてやる」

 

口を歪めながら近づいてくるスピナー。いまは正義の味方ごっこか? 悠々と歩きやがって、王様気取りか? さぞや気分がいいだろう。

ああ、悪い爆豪、足引っ張るだけ引っ張ったわ。くそ。

 

ちらりと背後を確認し、崩れたビルまでの距離を計算する。だいたい二十メートル。成人男性を引っ張りながら進んで、二十秒以内かどうか。そこに着いても安全ではない。ただ、あそこに誰かいれば──。警察、プロヒーロー、なんにせよその人を叩き起こして個性で戦闘してもらわねばならない。拳銃があればそれも使おう、それしかこんな状況抜ける方法なんて──。

 

見ていた方向とは別の壁がはじけ飛んだ。それは視界の端っこで、予想外の位置。ヴィランたちもオレと同じように視線を逸らせただろう。

壁をぶち抜いてきた影だけは見えた。

その影が【氷壁】で隠れる。音から察するに壁には滑り台のような傾斜がついており、その上を滑るように登っているのだろう。飯田、緑谷。それにこの氷は轟だろう。

 

ベストジーニストの腹部から手を離し、肩に刺さったパイプを無理やり引き抜いた。針が長い、傷口からオレの血も溢れ出すため、腹部の傷口に血が触れないよう、彼の襟を掴んで走り出す。目指すは氷の発生源。

 

「爆豪! 行け!!」

 

トガ、スピナーにすぐさま追われそうになったが、上から降ってきた氷塊が行く手を遮ってくれた。

 

「来い!!」

 

上空からも声が聞こえてきた。切島だ。その声をきっかけに爆豪は爆破の個性で空を飛んだ。行方は追えないが、これで捕まったらもう諦めだ、どうしようもない。

というか、そんな跳べるんだな、クソ、足でまといはオレだけじゃあないか。

 

「氷!!」

 

緑谷たちが崩した壁の近くまで行くと、轟と八百万がいた。轟はベストジーニストの傷の大きさを見て、すぐさま氷で彼の腹部を覆う。重くはなったが、これで傷口は塞がった。脈は速く、弱い、頻脈だ。

 

背後ではトガとスピナーがこちらを追うことを諦め、眼鏡の大男を中心にヴィランの男性たちが集まって話し合いをしている。一人が空を飛んだ。

執念のような追走は、しかし、プロヒーロー、マウントレディによって防がれる。瞬時に巨大化した彼女によって、空を飛んだヴィランがマウントレディの顔面にぶつかり落下していく。マウントレディももう一度倒れ込んで縮んでしまう。おそらくは気絶している。距離があるだけまだマシか。

 

貴重な逆転の一手がこんなことで、と思わなくもないが、それよりも血で濡れた手で携帯端末を取り出し、ベストジーニストの血液型がどこかに出ていないか調べる。有名人は良いな。ただAB型であり、オレと八百万も違うし、轟に聞けば違うと言われる。血と言えば結構抜かれたんだよな。なにに使われる? 個性絡みであることには違いないとは思うが。

 

担架を《創造》してもらい、八百万と轟にベストジーニストを託す。さきほど携帯端末を開いたときに、雇った引退ヒーローから複数回電話がかかってきていた。運が良ければさきほど停めた場所で待機してくれていると思う。逃げ出した可能性もあるが、それでも大通りにまで出られれば、救急車もしくは民間人に協力を要請できる。

 

携帯端末を八百万に持たせて、オレはオールマイトとオール・フォー・ワンの戦闘地区に戻ると提案。

 

「いけませんわ!」

「俺たちの手に負える状況じゃねぇだろ!」

「ヒーローと警官を叩き起こしてくるだけだ。放置はできない。それよりもベストジーニストだ、早く行ってくれ」

 

案の定引き留められるが、救助活動は必須だ。

本当はオレがベストジーニストを運び、轟が救助活動をするべきだが、肩の傷が思ったよりも深く、人を安全に運べるほどの力が入らない。よってすることは本当に気絶している人間がいれば顔を叩いて起こすだけだ。

 

納得したかどうかは置いておいて、二人はベストジーニストのために走り出した。担架使えば轟一人でも人運べたりしないかな。今度訓練に組み込んでもらおう。

ああ良いね、余裕が出てきた。

 

できるだけ崩れそうなビルを避け、オールマイトたちの戦闘を避け、大声で呼びかけながら進む。いつの間にか、おじいちゃんヒーローのグラントリノも参戦していたようでなによりだ。足からジェットのように空気を噴射して空中を駆けている。残念なことにほかのヒーローはいない。

 

真っ先に目に入ったのはプロヒーローのギャングオルカ。顔を叩いても反応が無く、しかしその巨体を運ぶことは困難だ。運動会の綱引きのように、彼の服を掴んで大きくのけぞりながらゆっくりと後ろへ進む。肩から溢れる血が背中に垂れるほどに重心を移動させてもこれだ。牛歩すぎる。

 

視界内ではヴィラン連合たちが次々と黒霧のワープの中へ吸い込まれていく途中だった。死柄木がオール・フォー・ワンへ縋るように手を伸ばしている。その手はなにも掴むことはなく、そして追撃しようとしたグラントリノを残し、ゲートは消えてしまった。こうなると追跡は困難。オール・フォー・ワンを捕縛することが唯一の勝ち方になった。

 

「キミ! 大丈夫か!」

 

後ろから声をかけられる。頭を少し後ろに倒すだけで反転した人が見える。警官だった。腕を骨折しているようで、ベルト一本で腕を固定させている。

 

「声をかけあってもっと離れて!」

 

爆豪がいなくなったいま、戦闘は激化する。あの周囲にはもっと倒れている人間がいたはずだ。プロヒーロー、警官のほかにも、建造物の中に埋まっている人もいるだろう。

平日だ、人通りもあった。警察が封鎖していたとしても、大掛かりな避難活動はしていないと思う。崩れたのは廃倉庫の向こう三軒両隣どころではない。戦闘の余波で崩れた建物は、五十で済むか、もっと多いだろうか。全ての建物が避難完了しているなど、まるで夢のような話だ。

 

皮肉なことに、重傷であったベストジーニストから離れたことで被害の大きさがよくわかってしまった。

 

それでも、助けてくれる人はいる。

骨折の痛みを堪えてオレとともにギャングオルカを牽いてくれる警察官は、オレにとってはまるでヒーローのようだった。

 





原作No.343「Let You Down」で判明しましたが、AFOに心を読む個性はありませんでした。
二次創作する方はお気をつけください。
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