原作では神野区事件後のオールマイトの記者会見は十九時。その後「市営多古場海浜公園」で緑谷と会っています。二次創作する方はお気をつけください。
神野区の事件から一晩明け、オレは、あれから三時間程度寝て起きたら、わりと元気になった。
どうやら《治癒》の反動で眼球が動かせないほどに疲れ切っていたようだ。それか肉体的ショックのストレスだったのかもしれないが、詳しくはわからない。
一人で上体を起こせるまでには回復した。……まあ、右腕と右足は予想していた通りに失われてしまったわけだが。
現在朝七時。病院がバタバタしてきたころにその騒ぎなので、看護師たちもげっそりとしている。ただでさえ神野区から怪我人が何人も搬送されて来ただろうし。
一方、病室にやってきた母親が泣くわ騒ぐわ、腕と足の様子を見て吐いてしまったり、貧血で倒れかけ八百万に介抱されたりと大変だった。
医者の問診が、看護師や母や八百万立ち合いの元に行われた。身体の包帯はほとんど取られ、上半身の入院服も剥かれる。
病院に運び込まれたとき、本当に半死半生の大怪我だったらしい。テレビの中継で、吹き飛ばされたオレを雄英側が確認していたらしく、すぐにリカバリーガールが出動したという。あと十分彼女の到着が遅れていれば、死んでいたと言われ背筋が凍る。
雄英高校から県を越えての神野区だ。十分どころか一時間遅れたって文句はない。
──なんて見当違いの感謝をしていると、どうやら脳無との戦闘も視野に入っていたらしく、もともと警察から出動要請されていて、近所にはいたらしい。
オレの怪我は、全身の骨に数えきれない亀裂、右の肩甲骨に至っては十三片に砕けていたと言われた。リカバリーガールの指示のもと、右腕も右足も、関節を残すように切除。義手を付けやすくするための措置らしい。
ほかに目立った傷といえば、右側頭部から後頭部にかけて【削れていた】というが、いまは髪の毛まで戻ってきている。無いのは耳殻だけだ。
残念なことにもう一つ、右目のピントが合わないのだ。ぼんやりと見えるのはそのせいだった。両目のピントが合うのに五秒ほどかかる。もしかしたら【色】も抜けているかもしれないらしく、後日検査を受けてほしいと言われた。
四肢欠損。聞いていたより、実際に目にすると精神的なダメージが深い。入院服の右袖が重力によって垂れる様は、なかなかくるものがあるな。母親からすれば発狂物だ。息子がファッション刺青を全身に彫り始めるほうがマシだろう。
それでも八百万にしがみつき、真っ青な顔で必死に声を我慢している母親を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
傷口は完全に塞がっている。足も見せてもらったが、正直言うと気持ちが悪かった。傷口ではなく、あるべきものがないというその違和感に。
全身にひりつくような痛みはあるものの、動けないほどではない。違和感と、身体の疲れ、そして貧血だけが残るものだった。
問診が終わり、母さんをあてがわれた病室まで送った八百万だったが、戻ってきたときには朝食と朝刊を持ってきてくれていた。先がフォークの役割を果たすスプーンで、片手でも食べられそうだ。
彼女はベッドのサイドテーブルの設置を含め、淀みなくやってくれた。そしてベッドの横に設置された椅子へ腰掛ける。
窓側、無くなった右手のほうだった。
……帰らないのかコイツ。
自分の携帯端末を弄りながら、八百万が呟く。
「オールマイト、引退するらしいですわ」
「まあ、そうでしょうね」
左手で携帯端末を扱って、動画を浚っていく。
日本で数十年もの間ナンバーワンヒーローであったオールマイト引退。その引き金になったシーン。空撮されたその風景は、すでに昨日今日で二億回再生数がついており、事態の重さが数値化されている。
あれほど鍛え上げられた筋肉が見る影もなく、骨と皮だけになった弱々しい姿。
動画で映ったのは一瞬だ。それこそオレが吹き飛ばされ、女性を助けるときには通常の肉体美を晒している。まるで風船だ、そんなことを思った。
「オールマイトの個性がこれですか……」
失望などではなく、それが晒されてしまったことへの恐怖。
記事でもオールマイトの引退への不安を募らせる内容が散見していた。
「そういえば相澤先生たちは?」
「リカバリーガールを残して一度お帰りに。業さんがお目覚めになったことをは連絡は致しました。いけませんわ、おばさまが入院していること、先生にお伝えしなければ」
「まあいいでしょう、おそらく父が話を通しています。百お嬢さんが気にかける必要はありませんよ」
会わせれば母がどんな言動をするかわかったものではない。すこし落ち着いてからでいいだろう。
こんなに心配させるのは、【あの時】以来だな。
「百お嬢さんは……【誘拐】のことを覚えてますか?」
「誘拐?」
話題が変わりすぎたせいか、八百万は首をかしげた。これは父親や八百万家と話す必要があるかもしれない。
六年前かな、七年前? 八百万家や策束家の防犯意識を高める【とある事件】──誘拐事件があった。小学二年生だった少年が誘拐された事件である。
個性犯罪絡みで、当時のオレの前には砂金を丸めたような小さな金と、金の化学式が掛かれた紙が用意されていた。もちろん無個性である策束少年は勘違いした誘拐犯たちにリンチされる目に遭うのだが、それはさておき。
記憶にある【奪われた】なんて出来事はこれくらいなのだ。もしかしたらほかにもあるのかもしれないが……。
どうせ事情聴取されるだろうから、オール・フォー・ワンの発言をまとめておくか。
逮捕されたヴィランへの面会の機会はあるか? おそらくはタルタロスの監獄行き。一般市民が面会できるかといえば不可能だ。
「百お嬢さんが記憶している限りで、私が個性を使ったことはありますか?」
八百万は「いいえ」と答えた。まあオレ自身もそんな記憶はないし、母親もないだろう。となれば父親に聞いても同じこと。
個性を奪われた?
オール・フォー・ワンの言葉や個性から推察するに、ありえない話じゃあない。
オール・フォー・ワンは、ベストジーニストの個性と死柄木弔を相性という表現で見ていた。
個性を抜き、与える。
オール・フォー・ワンの複雑な個性の説明もつく。
他者の個性を強制的に発動させる個性。宙に浮かぶ個性。心を読む個性。街を破壊するほどの個性。いや、言っていたな、個性を掛け合わせた複合個性であることを。
だが、半信半疑だ。口から出まかせの可能性もある。
だってそうだろう?
遺伝子の可能性は……そんな化け物まで生み出すのか?
それとは別に、【オール・フォー・ワン】。この名前には聞き覚えがある。いや、当時は名前としては完全に認識できていなかった。
──緑谷出久に、話を聞く必要がある。
「うわ、エグ」
動画をいくつか見ていると、【オレ】が空を飛んだ。高い、十メートルくらいは飛んで画角から消え去った。角度だけ計算すると二十メートルは飛んでいそうだ。なんで生きてんだオレ。
オールマイトの個性が切れた直後の映像だからだろう、これも数千回再生されていて、素性がバレた場合、ヘルメットマンと合わせて見切れヒーローとか言われ始めそうだな。
その間にオールマイトが巨大化(という言っていいのかどうか)して、瓦礫に挟まった女性を救出。間髪置かずにエンデヴァー、エッジショットのトップヒーローが戦闘に参加。しかしそれは一瞬、二人は衝撃波によって吹き飛ばされてしまう。
最後の望みはオールマイトに託されたわけだ。
結果を知っている身としては安心できる戦いだ。
オールマイトはそこからトゥルーフォームにならず、最後は一方的にラッシュのような殴りつけを見せ、最後は重たい一撃をヴィランの顔面に打ち付けての撃破。オール・フォー・ワンの上半身は地面に埋まり、テレビ局のカメラからではオールマイトの背中とヴィランの足の裏しか見えない。オール・フォー・ワンの巨大化した腕は恐ろしかったが、振るわせなければなんということはない、そんなオールマイトの言葉が聞こえてきそうな脳筋戦闘だった。
実況のマスコミは涙声でオールマイトを称えている。だが、これがスタートラインだ。夜通しの救助作業。救われた人数は五十を越えているが、その分心肺停止状態で病院に搬送された人の数も多い。テレビがそういう表現をしているということは──。
事件発生から二十時間。崩れた建造物の数を考えれば、死亡者はこれからも増えていくだろう。
食後の紅茶などの嗜好品があるわけじゃあなかったが、気を利かせて八百万が甘い紅茶のペットボトルを差し入れてくれた。
左手で受け取り、開けられないことにすこし遅れて気づく。八百万も気づいたようで、俺からペットボトルを奪ってキャップを捻った。
八百万が明らかに動揺してしまっている。いや、まあオレも予想以上に現実を受け入れていないらしい。腕がないことを思い出したのは、開けようと右手を動かしたときだ。数日後、本当に誰かに当たり散らしそうだな……。
「まあ、すこしずつ」
自分で言って、なにを言っているんだろうと思ってしまった。
暗い目の八百万が視線を下へ──オレの右手に向けている。
「ところで、そろそろお帰りになっては? ご両親が心配しますよ」
「いえ、大丈夫ですわ。ちゃんと連絡はしておりますし、業さんのご両親ほど心配はされておりません」
暗に「お前めちゃくちゃ心配されているんだからもっと親を大切にしろ」と言われてしまった。大げさにオレの右手から視線を逸らせ、それでも普段通り接する努力をする八百万に、すこしばかり申し訳ない気持ちが湧いてくる。ああ、もう。
気まずい空気をどうすべきか考えていると、ドアがノックされた。
誰だろうと声を出す前に、八百万が「少々お待ちを」と立ち上がってドアへ向かう。
八百万がドアを開けた人物を確認したのだろう、素っ頓狂な声を上げた。
「オールマイト先生!?」
ほお……。
記者会見は昼からのはずだ。本来であれば準備時間に当てるはずの忙しい時間に、オールマイト?
八百万に案内されて病室に入ってきたのは、そうだな、間違いなければ、オールマイトだ。
ぶかぶかのスーツ姿。窪んだ眼、ぼさぼさの髪、コケた頬。昨日、見たあの姿だ。
「私が、本当の姿で来たよ」
オールマイトの、本当の姿。
日本の平和を守り続けてきた男が、変わり果てた姿でオレの病室にいる。
奇妙な気分だった。
「ところで、えっと、八百万少女と策束少年ってそういう関係だったりする?」
「ええ!?」
「そんなわけないでしょう、下世話ですよ、オールマイト」
早々のセクハラ攻撃に思わず笑ってしまった。きっと彼は慣れている。怪我にも、怪我をしている人にも──。
「それで、どうしました?」
「いや、まあね、お見舞いに来たのさ。無事だと聞いてね。……無事とは、言い難いが」
「まあ、それはほら、お互い様ということで」
二人で小さく笑っていると、八百万がパイプ椅子を用意してくれた。昨日は轟もいたので、たぶん彼が使っていたのだろう。オールマイトが席に着いてから、彼女も席へ戻ろうとして、オールマイトに止められた。
「八百万少女。すまないが、しばらく席を外してくれないか?」
八百万は逡巡する素振りを見せ、頭を下げて出て行った。
「オール・フォー・ワンのことだよ」
八百万が出て行ったことを確認して、さっそく本題に入るようだ。
ああ、喉を潤したいね。
「もしかしたら、今日の記者会見で話すことになるかもしれない。追及をかわし切れないかもしれない。だからこそ、キミには直接話したかった」
「……お願いします」
オールマイトが言うには、オール・フォー・ワンとの因縁は彼がヒーローになる切っ掛けになるほど遡るらしい。
オールマイトは年齢不詳であるが、活躍した年代から大体の年齢がネットでは割り出されていて、すでに六十歳近いという。十八歳からプロヒーローだとしても、四十年のベテランだ。しかも、そのほとんどをナンバーワンヒーローとして過ごしている。
そんなヒーロー相手に因縁とは、つくづく恐ろしい相手だったようだ。そんな相手によくも鉄筋片手に立ち向かったよオレは。
三十年以上かけて、オールマイトは仲間とともにオール・フォー・ワンが作り上げた組織を削り、そして六年前にはヤツを殺したとまで発言した。
プロヒーローがヴィランを殺害。それだけでもかなりのスキャンダルになるが、触れずに話を進めてもらう。六年後の昨日の段階では生き返っているわけだからな。
「本題はここからで……キミも大きく関わっているんだ、策束少年」
オールマイトは目を伏せる。
言いづらそうにしばらく黙っていたオールマイトだが、それでもどうにか口を開いた。
「キミは、ヤツに個性を奪われている」
──アイツはそこまで語ったのか。
あの状況下でそんな悠長に会話をするなど、オールマイトへの精神攻撃以外には考えられない。執念、なのだと思う。
「確証がある話ではない。ヤツの口から出まかせである可能性はある。だが、もしそうなら、説明がつく」
「説明?」
「ヤツはキミの《複製》を奪ったと言っていた。その《複製》で、個性を複製したと言っていたよ」
たしかに『筋力増強×四』とか言っていたな……。
父親の個性は《複製》。生物以外の物質を複製する個性だ。複製するのに体内エネルギーを使うらしく、《複製》しすぎると栄養失調でぶっ倒れる。
そう思っていた。
生物は増やせないから、誰かに触れて《複製》なんてことはもちろんできない。じゃあ《複製》を《複製》するなんてどうやってやるんだ? 誰にもできないだろう。もしできたとしても、誰も、本人すら気づかないと思う。
それがもし、個性を《複製》可能ならば──。
「オレの個性が、あの惨状の手助けをしたと……」
「そうじゃない、キミも被害者だ」
失くした右手を見る。かけられたシーツからは、右足の部分の存在も無いことがわかる。被害者……そうだろう。オレは間違いなく被害者だ。
「だからって被害者面はできんでしょう。人が、死んでるんですよ?」
死んだ人間にオレの個性が関わっているなんて、正直右腕を失くしたこと以上に現実味がない。十五年間オレは無個性だったんだ。
これが公表されれば、オレ個人を攻撃したがる人もいるだろう。いや、それで言えば、オール・フォー・ワンに個性を奪われた人間全員が当てはまる。
でもそれはおかしな話だ。
そんな強大な、化け物のような個性があるだなんて、誰も知らないんだから。
「なぜ、あんなヤツが野放しに?」
「それは、私の責任だよ」
「あ、いえ、そうではなく……。凶悪犯程度では済まないですよね」
個性を奪う個性。しかも口ぶりから察するに、与えることもできる。発動条件はわからないが、この個性社会にとってあまりにも脅威だ。もしオールマイト、エンデヴァー、ホークスなどのトップヒーローたちの個性が奪われでもすれば、日本の平和はとうに終焉を迎えているだろう。
「ヤツの名前も、素性も、国家にとって機密事項なんだよ。それに、殺したと思っていた。だから情報統制にかけられ、闇から闇へと葬られた……はずだった」
ネットに溢れかえった映像や記事でも、ヴィランの名前は出ていない。今日の記者会見ではオールマイトの引退と、ヴィランの詮索、どちらが優先されるのだろうか。無理には隠せない、隠せば隠すほど国民の不安は大きくなる。調査中と誤魔化すのも一つの手ではあるが──。
まあそこはいい。
「いくつか、質問しても?」
「いいとも」
聞きたいことはいくらでもある。だがまだ整理しきれていない。なにから聞こうかな。
「オール・フォー・ワンは、個性を奪い、そして与える個性だと考えています」
「ああ、そうだ」
「脳無も、死柄木ではなく、アイツが?」
「そうだね。オール・フォー・ワンはあの倉庫を吹き飛ばしたのには理由が二つあると考えられる。一つは戦いやすくするため、もう一つは脳無の製造の秘密を隠すためだと思う」
「あそこが脳無の製造工場?」
あまりの事態に頭を抱える。奴らにとっては大切な拠点かもしれない。だが《複製》があれば、スペースさえあればどうにでもできるじゃあないか……。
悪夢であれば覚めてくれ。
「……製造工場。そう言えるほどに、警察とプロヒーローは情報を掴めているのですか?」
オールマイトは頷いて、ヴィラン連合のメンバーの話をし始めた。
引石健磁。迫圧紘。伊口秀一。渡我被身子。分倍河原仁。罪状や登録個性も教えてもらった。爆豪誘拐から三日……。カメラ映像も少ない中で、よくそこまで調べたものだ。
火傷の男、黒霧、死柄木弔の三名に言及がなかったのは、情報がつかめなかったということか。
死柄木に至っては、六年間生きていることを隠し続け、闇に潜み続けたオール・フォー・ワンの生徒だ。簡単に尻尾は出さないだろう。サイドキックの黒霧も同様に。
気になったのは渡我被身子だ。彼女の登録されている個性は、対象のDNAを一定量摂取することで、その対象に変身できるというものだった。一定量というものがどれほどわからないし、変身状態がどれほど持続されるのかも不明だが、渡我が【オレに変身できる】ことは十分に考えられる。もしかしたら麗日にも《変身》できるかもしれない。
しかも命令を受けて血を抜いた。あの戦いの状況下で? 誰からの命令だ? 死柄木? オール・フォー・ワン? あるいは林間合宿の命令が、まだ生きていると思った、とか?
このことをオールマイトに伝えると、知り合いの刑事に電話をしてくれた。
しばらくは警官が自宅に付くらしいが、策束家も八百万家同様、警護はしっかりしている部類だと思う。さすがにオール・フォー・ワンに襲われればひとたまりもないだろうが、USJ襲撃の脳無程度であれば、警察やプロヒーロー出動までの時間稼ぎはできる人員だと思う。
あとは雄英高校への侵入だが、五体満足のオレを入れるほど雄英も頭悪くはないだろう。
怪我の功名と言えるほど、メリットは大きくないけどな。
しかし、ヴィラン連合の面々に個性を与えていたとしたら、厄介なことになるな。いままでの個人情報が半分程度しか役に立たなくなる。
全く関係のない個性を二つも三つも抱えて襲って来てみろ、対抗手段がオレには思いつかない。ヴィラン連合一人ひとりが、轟を相手にするつもりで挑めってことだろう? とてもじゃあないが──。
「──あの……《I・アイランド》の!?」
いや、まさか、そんなこと。
だがあの仮面の男、たしかに二つの個性を持っていた。一つは触れた鉄を自由に動かせる個性。
そしてもう一つ、緑谷をも圧倒した筋力の増強だ。鉄とはあまりに隔絶した関係の《筋力増強》という個性。つい最近聞いた覚えがある個性だ。
「ああ、調べで《I・アイランド》のヴィランも裏が取れている。やつもオール・フォー・ワンに個性を与えられた形跡があったよ」
両手で顔を覆おうとして失敗した。右腕の軽さに驚いて上半身のバランスを崩し、オールマイトの細腕に支えてもらう。
「すみません。予想外で」
「いや。いいんだ」
あのヴィラン。誰にデータを売るつもりだったのかと思っていたが、まさかのヴィラン連合にか。いや、もうヴィラン連合などどうでもいい。
オール・フォー・ワン……確かに国家の機密になるほど危険な人物だ。
「死柄木は、何者なんですか?」
言うと、オールマイトの表情が曇る。
オール・フォー・ワンの愛弟子? あのヴィランのすべてを引き継ぐ存在だとでもいうのか? ナンセンスだ。
死柄木の精神が若いというのもあるが、関係性に歪さを感じる。まず死柄木の個性はいくつもはないはずだ。
一つの個性の修練に時間をかけていると言えば聞こえは良いかもしれないが、五本の指で触れれば相手を殺すという個性であれば、そもそも練習など動き方だけで良い。その動きをサポートするような個性を与えられているようには、あのショッピングモール内では見られなかった。
「聞いては、いなかったんだね」
「聞いて?……はい。そんな余裕はありませんでした」
黙り込んだオールマイトの背が丸まって行く。床を見つめるオールマイトは、ゆっくりと重たい口を開いた。
「死柄木弔は……。私の師匠の、孫だよ」
「オールマイトの師匠? グラントリノですか!?」
「え!? 違う違う! まあグラントリノも私の先生ではあるけれど──」
慌てて否定したオールマイトだったが、そこで言葉は止まってしまった。
……因縁、なんだろうな。
まあそちらについては詳しく聞かなくてもいいだろう。どうせオレなんかが半端に大量の情報を与えられても処理しきれない。オールマイトの師匠の孫を、ヴィランが半グレのリーダーとして育てている。まずはその認識でいいだろう。
ほかに知るべきことはある。
「あとで根津校長とも話がしたいのですが……」
「え、そうなの? じゃあちょうどいい。いま廊下で待っててもらっているんだ」
「先に、オールマイトにも。……そのショッピングモールのこと、だったんですけれど」
立ち上がろうとしたオールマイトを、言葉で押し留める。
あまり喧伝したい内容ではない。怒られることが好きな人間なんて、そうはいないだろう?
「その……夏休み前のショッピングモールで、オレは死柄木と話をしました」
「ああ、映像を見たよ」
「渡我、あと伊口でしたっけ。あの二人がヴィラン連合に加わったのは、オレのせいです。それに、合宿の襲撃も、オレが死柄木を嗾けました。本当に、すみませんでした」
左手で身体を支え、オールマイトに頭を下げる。
「……映像を見たのは、昨晩でね。あ、もちろん当時も見たんだけど、その、師匠の孫だから、ちゃんと見直そうと思って。キミのおかげで、死柄木弔の顔をハッキリ見ることができた。感謝しているんだぜ」
顔を上げられずにいると、強い力で肩を叩かれた。
「あんな会話でヴィラン連合が雄英襲撃を目論んだわけじゃないさ。警察だってそんなことは百も承知だ。そんなこと言い出したら、私なんかキミたちが襲われている最中、一日中半身浴していたんだ。情けなくて涙が出たよ」
オールマイトは「こんなナンバーワンでごめんな」と繋げた。
オレはなにも言う事ができなかった。涙を見られたくなくて、精一杯だ。
本当は、手足を失ったことにそこまで動揺していなかった。
その理由が、オレ自身にあるから。
責任を取りたい。楽になってしまいたい。
嗚咽が漏れる。
なにがクラスの試金石だ。なにが爆豪の成長が嬉しいだ。なにが特殊な保険だ。
オレのせいだった。
死柄木を煽り、ヴィラン連合の仲間意識を高め、爆豪の誘拐にオールマイトの引退。
果てはオレの個性が、死傷者千人を超える被害を出した切っ掛けを作った。
手足で済むのなら安いものだろう。そんなもので済むわけがないじゃあないか。
そんな現実が、受け止められなかっただけだ。
感情がぐちゃぐちゃになって溢れ出す。
「オレは、ヒーローに成りたかったんです。あなたみたいなヒーローに! 誰かを守れるヒーローに! 無個性だ、無理なのは知ってる! それでも、諦めるなんてできなかった! あなたは、みんなの憧れなんだ!」
顔を上げ、オールマイトへすこしでも身体を寄せた。
「なのにこれですよ! 力のないやつがなにを言ったって、やったって! 全部最悪の結果になりました! なんで、なんでなんですか! なんでオレは、こんなっ、こんなに、情けないんだ!」
上体が崩れ、ベッドに突っ伏した。良いんだ、涙を見られずに済んでいる。
喉が震え、嗚咽が零れる。情けないうえに子ども丸出しだ。あのときの洸太くんのほうがよほど強い心を持っているだろう。
オレの背中を、オールマイトは何度か撫でた。一分もせずに心が落ち着いてくる。
そんなオレに、彼は言葉をくれた。
「私はね、むかし、ちょっと、むかしに、無個性の少年に言われたことがある」
その言葉に顔を上げる。
彼はその当時を思い出すように外を見ながら語り始めた。
「その無個性の少年は、私みたいな最高のヒーローになりたいって、言ったんだ。いまのキミのようにね。
「でも、私はさ、馬鹿だから。プロヒーローは命がけだから、力がなければ成り立たない。そう言って突き放した。そのときは確か、警察官でいいじゃないか、そう言った記憶があるなぁ。もちろん、立派な仕事だろう?
「でも、少年が言ってほしかった言葉は、そうじゃない。
「それどころか諭してしまったよ。……相応の現実を見ろと、無個性がヒーローに成れるわけがないと。そんなことを、考えていたんだろうな──」
ああそうだ、分かりきっていた。
記念受験が上手く行って、調子に乗って、この始末だ。馬鹿々々しい。こうなるってわかっていただろう。なにも成せずに、ピエロにすら成れない。それがオレだ。
「──笑わせる!!」
背中を強く叩かれた。
「キミを見て誰が言う! 無個性だからヒーローは無理だと、諦めろなんて誰が言う!! 勇気と蛮勇はもちろん違うさ! じゃあキミが、命を懸けてあの女性を守ったのは! 私をオール・フォー・ワンから守ってくれたのは蛮勇か!? 策束少年! 現実を教えてやる!」
オールマイトに抱き寄せられた。筋肉なんて欠片もなさそうな骨ばった身体。安心感なんて一切ない、オールマイト。
その彼の言葉が、耳元から届く。
「ありがとう、無個性ヒーロー! キミは、私のヒーローだ!」
そんなの、卑怯だ。
我慢なんて、できるわけがない。
溢れ出す涙も、声すらも、止める術など知らなかった。
子どものように大声で泣き出したオレは、さぞかし迷惑な存在だっただろうが、それでもオールマイトは、優しく、泣き止むまで抱きしめてくれた。