【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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主人公のガバ推理と、お金持ちエピソードとなります。不快になる方もいると思います。お気をつけください。



入れ寮

相澤先生を追いかける準備が真っ先に整ったのは、やはり轟だった。隣の席のオレの荷物まで持ってくれている。

 

「これだけか」

「ありがと、助かるね」

 

一つ頷いて歩き出す轟。教卓に置いたフルフェイスゴーグルをかぶり直し、先に進んでしまった轟の後を追う。廊下に出るとすぐに左右を挟まれた。切島と八百万である。

 

「ヴィラン連合が俺たち襲ったの、絶対お前のせいじゃないから」

「じゃあ爆豪のせいか?」

「ちげぇよ! 悪いのはヴィランだ!」

 

まあ、及第点かな。

あるいは、それが真実なのかもしれない。

善悪の話で語るならば、切島の言う通り、悪いのはヴィランだ。だがオレはずっと責任の所在の話をしているのであって……まあこれはオレの気持ちの問題なのかもな。

相澤先生も、雄英も、オールマイトも、ついでにオレも、責任は自分にある、という【言い訳】をしたかっただけなのかもしれない。

 

自分にそんな力がないことは重々承知していて、それでも、自分がもっとしっかりできていれば、自分が上手いこと動けていればこの事態は防げたはずだ。ヴィランはやってこないし、みんな平和に過ごせていた。

そんなおとぎ話に縋ってしまう。妖精の物語とはよく言ったものだ。

 

「切島」

 

背後から爆豪に声をかけられ、切島が立ち止まった。オレもついでに杖に重心を移して振り返る。

爆豪は数枚の一万円札を切島へと差し出していた。

 

「えぇ!? なにこれ!? カツアゲ!?」

「お前がもらっとるやないかーい」

「俺が卸した金だ! 小遣いはたいたんだろ」

 

どうやら、切島が買ったという暗視鏡の代金らしい。律儀な。

爆豪は、用が済んだとばかりに切島を追い越して、オレを見る。正確にはオレの手足だな。

 

「いくらだ」

「……はあ?」

「その手足はいくらかかったって聞いてんだよ!」

「それは、つまり、爆豪さんが代金を払いたいということでしょうか?」

 

八百万が爆豪の言葉を翻訳してくれた。

いや、意味は分かってるんだ。訳が分からないだけで。

 

「えっと、たぶん払えないと思うけど」

「俺がナンバーワンになりゃあ! いいだけの話だろ!!」

 

八百万と顔を合わせて笑ってしまった。

 

足のほうは百万円未満。高くても五十万だろうから、爆豪がバイトでもすれば一年程度で払えると思う。しかし義手のほうがなぁ。さすがに一千万はいっていないと思うけど、五百万円くらいかなぁ? いかん、たぶん家族の誰も金額把握していない。業者に任せっきりだし、業者が請求を出すのは策束家の会社の経理部署だ。

まあなんにせよ、新車ぐらいの金額だ。高校生の爆豪に支払い能力があるとは思えない。

だが、オールマイトに払ってくれと願えば、たしかに間髪置かずに支払ってくれるだろう。

 

「ホント、立派なヒーローだよ、お前は」

「あぁ!?」

「出世払い、確かに承りました。切島、百お嬢さん、証人ということで、爆豪が踏み倒さないように見張っていてくださいね」

 

爆豪は「すぐに払ってやるわ!」と息巻いて駆け足のように進んで行く。

三人で視線を絡ませ笑ってしまった。

 

「存外、本当にすぐかもしれませんわね」

「その前に言動の矯正ですね。ベストジーニストが復帰した暁には、彼の事務所に押し付けましょう」

「また爆豪が七三になっちまうよ」

 

さきほどまでの雰囲気を吹き飛ばすように、爆豪を雑談の出汁に使いながら三人揃って歩を進める。

寮の前につくと、すでにみんな集まってオレたちを待っていてくれていた。いつの間にか最後尾になっていたらしい。

なぜか上鳴がうぇい化していて、耳郎がそれを見て大爆笑している。なにがあった。

 

私語をして遅れたオレたちではあったが、相澤先生はそれを咎めなかった。

おそらくは雑談も、いまは【日常】に戻ろうとしている最中の行為だと理解してくれているのだろう。セラピーのようなものだと思う。

さすがにカウンセリングのお世話になるか……。いまの自分がどんな心の傷を負っているのかは想像がつかない。

 

さて、先導していた相澤先生のもと寮の説明が始まった。

 

雄英高校学生寮『ハイツアライアンス』。

校舎から徒歩三分。雄英高校校舎の教員棟がよく見える近場に、三十三棟が並んでいる。つまり学生寮は一棟一クラス分。

三日で建築されたインスタントハウスではあるが、地下一階、地上五階のわりと大型建造物だ。学生寮でありがちな『クラスメイトで同室』ということもなく、一人につき一部屋用意されている。正面に立って右翼棟が女子、左翼棟が男子と区分され、寮の部屋数は二階から五階にそれぞれ八部屋。計三十二部屋となっている。

一階は共同スペース。食堂、風呂場、洗面所、談話室などの生活基盤が用意されていた。中庭を見渡せるガラス戸。エアコン消したら灼熱の暑さかもな……。

地下には、洗濯機が並ぶユーティリティールームと、小さなスポーツジムほどのトレーニングルームがあるらしい。

 

おもしろいのは全三十二部屋ということだろう。雄英の一クラスの定員は二十名。にもかかわらずそれを十人超分の部屋数が用意されている。これは、普通科からヒーロー科へなどの転科が、毎年五人程度は行われると予想されているのだろう。

さすがに去年の相澤先生が一クラス分を除名処分にしたのは想定外の移動だろうが、それでも心操やほかの科の学友がヒーロー科に来ることもあり得るわけだ。……逆もまた然りだけどな。

 

部屋割りは雄英側が勝手に決めているという話を聞いていたので、実はいくつか部屋を融通してもらっていたりする。

入寮に際し父からの要望という形を取ってパワーローダー及びセメントスにリフォームしていただいた。実費でやっても良かったが、さすがに雄英高校側と契約を結んでいない業者の入室はできないと言われれば、プロヒーロー兼教師でもあごで使うしかない。いやぁ、申し訳ないなぁ。

 

要望は簡単で、二階女子側をオレの部屋として四部屋借り受け、二部屋分は壁を取り除いて横長のリビング程度の広さを確保。エレベーターの位置から奥二つ分の部屋はそのままだ。寝室と物置に使う。

アメリカの学生寮のように週末の帰宅は許されているものの、申請用紙の記入や移動が億劫で私物を多く持ち込んでしまっている。

初めての一人暮らしだ、ちょっとドキドキしている。

 

改装工事によってエアコンとトイレが一つずつ無駄になってしまったが、これを機に策束家が雄英高校に出資をすることになったので、スポンサーのご機嫌取りだと思ってもらえばいいだろう。

八百万家ではどんな対処をするのだろうと思っていたが、話を聞く限りなにもしていないそうだ。……八百万との共同スペースということで許してもらえないかな。

あ、これがあれか、世に聞く上司より高い定食を注文してしまった部下の気持ちか。

 

荷解きに関しては業者があらかたやってくれたので、あとは多少の配置換えかな。ほかのクラスメイトの分は段ボールのまま置いて行ったそうで、片手足になってしまった生徒への配慮だろう。

ベッドにデスク、本棚を置けばもうなにも置けそうにない。パソコン部屋作っておいて正解だな。寝室から繋がるドアでリビングのほうへ行くと、黒を基調としたモダンな部屋が作られていた。インテリアに関しては業者に要望やらのデータを送って組んでもらったのだが、さすがプロだな。リビングにパソコンが鎮座しているのは馴染みのない光景だが、仕方ないな。

 

あとはこの現状を八百万にどう話すかだな……。

なんであっちの家はあそこまで放任主義なんだろう、金持ちの思考がわからなくなり、げんなりとした気持ちになる。

 

リビングのソファーに座って義手のデータを取っていると、ドアがノックされた。

 

「障子だ」

「どうぞ」

 

障子が入ってくると、彼はオレの様相に驚いて目を見張った。

まあ腕無いからな。

 

「す、すまない」

「いいよ、時間はかかんないから」

 

外していた義手とパソコンとを繋ぐコードを抜き取って、義手を付け直す。この足だと転ぶことが多い。そのとき両手じゃないとわりと面倒なのだ。

 

「手伝うか」

「いやいや慣れたもんよ。座ってて、なんか飲む?」

 

見栄えのためだけに杖は使わず、冷蔵庫を開けながら聞いた。障子は水でいいと言うので、水のペットボトルを放り投げる。

 

「この部屋は、えっと、どうしたんだ?」

「空き部屋を借りてる。悪くないだろ? 業者任せだったけど」

 

ソファーに座ってきょろきょろと複製腕で部屋を見合わす障子。大型冷蔵庫はいいとしても、さすがに水道付きのバーカウンターはやりすぎたかもしれない。それ以外の目ぼしいものは特にないけれど。

ベッドがないことに気づいた障子にどこで寝るのかを問われたので、寝室はべつに用意してあると言うとげんなりとした表情になった。

 

用事を聞くと、彼は荷解きが終わったのでオレの手伝いをしようと思ったらしい。まあ多少の配置換えは必要かもしれないが、生活動線はしっかりと確保してもらっているので、おそらくはこのままだ。

そのことを伝えると、障子はすこし肩を落とした。

 

「策束は、どうしてそんなに強いんだ?」

「握力五百キロのやつに言われてもねぇ」

 

くつくつと笑いながら障子の近くに腰掛ける。義足のベルトの異物感にもそろそろ慣れてきた。

 

「強さで言えば、オレは隠密特化の葉隠以下だ。林間合宿で証明されたしな」

 

パソコンの前にあるフルフェイスゴーグルに目をやった。

 

「いつかさぁ、オレが偉そうに緑谷に言ったことあるんだけど、覚えてる?」

「わからない。なんだ?」

「体育祭のとき、緑谷が腕を骨折して、それに対してさ「お前なんか来ても市民は嬉しくなんてない」「ほかのやつ呼んだほうがいい」みたいなこと」

「そんな強い言葉だったか?」

「どうだっけな? まあ、それでさ、いざ自分が緑谷みたいになって思ったことがある」

 

この一週間。ずっと緑谷のことを考えていた。

スパイである可能性がある緑谷。だが、どうしても彼がオール・フォー・ワンの仲間であるとは思えなかった。じゃあ彼に言えるのだろうか。

『お前につけられた発信機で、行動が全て筒抜けになっている』

という可能性があることを。

 

それは侮辱だ。オレなら、スパイであるほうが百倍はマシな気分だろう。奥歯砕けるほど食いしばってヒーローを目指して、それがすべて裏目になっているなど、考えたくもない。

 

「身体が勝手に動くんだよなぁ。もうね、冷静じゃあないのよ。強さとか、弱さとか、関係なくて、助けたくて、そうすれば、少しでも自分が救われた気になっちゃうのよ」

 

義手でペットボトルの蓋を開ける。障子は静かにその動作を見ていた。

一口飲んで、話を続ける。

 

「オレは無個性だから、ずっと劣っていた。オレさ、中学のころ好きな子がいてさ、告白して、ほら、金持ちじゃん? 脈あるかなーとか思ってたけど、無個性だからって陰口叩かれてたらしくて、それがオレにまで伝わってオジャンよ。まあ、実際はどうだったんだろうな、その子に確認することもしなかった。自分から告白しといて、ひどいやつだよな」

「俺も──」

 

それは、滅多に聞かない、障子の昔話だった。

 

「俺も、小さい頃は見た目で苦しんだ。

「異形個性の間ではよく聞く話さ。

「俺自身も、親に「別の個性が良い」や「あっちの子どもになりたかった」など、残酷な言葉は平気で口にしてしまっていたがな。

「もしかしたら俺も、救われたいのかもしれない……。

「この個性で良かった、誰かのために生きられてよかった。そう、思いたいのかもしれない」

 

障子はそこで言葉をとめ、オレを見る。

 

「お前が自分自身を無個性で良かったとは思う日は来ないかもしれない。だが策束、断言しておく。オレたちの中にお前が無個性であることを馬鹿にするやつはいない。絶対だ」

「……おう」

 

優しい言葉だ。いまよりも子どもの頃にそんな言葉を投げかけられていれば、泣いていたかもしれない。障子がヒーローのように見えていたかもしれない。あるいは幼すぎて、お前には個性あるじゃあねーか! などとのたまっていたかもしれない。

 

だが違うんだよ障子。ごめんな、くそ、今は言えないんだよ。

オレに個性の話など──。

 

また、扉がノックされる。

 

障子に目を向けると、彼は肩を竦めた。彼とはもう少し踏み込んだ話もしたかったが、共同生活のデメリットだな。

ノックした人物に声をかけると、切島だった。

 

「す、すげー!! なんだよこれ!? え!? なにこれ!? ホテル!?」

 

過剰なリアクション中の切島ではあるが、なにしにきたと聞けば、障子と同じようにオレの手伝いをしたかったという。もっとも彼は障子と違って部屋の片づけは済んでいないらしい……。合理的じゃあないなぁ。

 

切島と同じようにオレの手伝いにきたのか、同階の峰田、青山、常闇、そして、緑谷がやってきて、もう一度オーバーリアクションを見せられる。

 

「僕の部屋のほうが輝いているけどね!」

「なんだよこれ! ずっけーよ! 金持ちずっけー!」

 

と青山と峰田からは文句を言われた。部屋の輝きってなんだよ。

 

七人も部屋に集まったので、ついでに昼飯の相談をする。

ルームシェアとまではいかないが、共同空間もある生活なので朝食や夜飯の準備なども気にかけなければならない。皿洗いからゴミ出し当番もどうするか、まあ委員長である八百万に決め方をぶん投げてもいいのだが、彼女のことだから下手すれば全部自分でやりそうなんだよな。

 

週末、家に帰らないクラスメイトもいるし、昼食もある程度は気にしなければならないな。直近で言えば今日の昼だ。緑谷が一階の冷蔵庫を確認してきてくれたが、なにも入ってなかったらしい。店屋物でいいかな?

 

金を出し合う算段をしていると、切島が財布を取り出した。爆豪からカツアゲした金か。「今夜は焼肉だ」といっても五万で肉かぁ。三人前がいいところじゃないのか?

 

まあ楽しければいいか、と任せることにする。

昼は出前をしてくれる店を調べ、そのメニューをクラスメイトに聞いて回ることにした。

女子の部屋は障子と青山に任せたが、峰田は激怒していたな……。反省の色がねぇ!

 

 

昼食、荷解きの最中楽しそうに食事するクラスメイトだったが、二人、あきらかにいつもの様子とは違う表情をする人物がいた。

耳郎と、蛙吹だ。

暗いというか、なんというか……。まあ理由は一つしかないよな。

 

「そういえば策束ー」

 

一方、蛙吹同様にオレを警戒していたはずの芦戸と、耳郎と同じように昏睡状態にあった葉隠が、楽しそうに近づいてきた。

 

「部屋すごいことになってるって聞いたんだけど!」

「ホテルって聞いたよ!」

「えー? なになにー?」

「業さんのお部屋が?」

 

女性陣が集まってくる。

いかん、とくに八百万はいかん。

 

話を逸らすために、食事の当番制を提案した。二十人いるし、アレルギーや味の好み、パン派ライス派など聞かねばならぬことは多々ある。二週間分くらいの献立は用意しておきたいものだ。ほかのクラスはどうなっているんだろうと心操に電話してみたが、向こうもそれで困っているらしい。二十人いて全員が料理作れないという確率もゼロじゃあないだろうからな。

幸いこのクラスは半数以上のメンバーがある程度の料理ができるという。夕食は料理できる二人と、料理できない一人の三人一チーム作って経験積ませるか? 炊き出しくらい一人で作れる技術は欲しいよな。

 

 

昼食も終わり、みんなが自室に戻る最中に蛙吹を見つけて声をかける。暗い目をして顔を背けられる。それでも距離を取らなかったのは、彼女の優しさにほかならないだろう。

 

「……どうしたの?」

「謝りたい」

「謝ってもらったわ」

「そうじゃない」

 

すこし目立ってしまったか。だが、きっといまのタイミングでなければならない。

爆豪は早々に部屋へ戻ったが、昼食の片付けに爆豪救出メンバーは残っている。全員でまとまった謝罪ができれば、蛙吹も【許しやすい】のではないか、という打算的な考えだった。意固地になった場合、クラス全体にどれほど悪影響があるかわからないんだ。

 

「芦戸も、いいか?」

「あー……うん……」

 

葉隠とこちらの状況を見守っていた芦戸に声をかけると、彼女もそこが立ち位置であるかのように蛙吹の脇へと立った。

気づいたクラスメイトが私語をやめて事態を見守っている。八百万や切島などの救出メンバーも全員がやってきた。

 

「まず、二人の心配を無下にしたことを謝りたい」

「本当だよー! 学校辞めるとか言い出したからどうしようかと思ったもん!」

 

芦戸は歪んだ笑顔で言った。

 

「梅雨ちゃんだってさ、ちゃーんと言ってくれたのにさぁー。策束はさぁー……」

 

彼女の目じりに涙が溜まっていく。それでも笑顔を作ってくれるのは、彼女の生来の優しさだろう。

二歩、三歩と近づいて、オレの右手を握った。高分子材料、チタン合金、アラミド繊維で組み上がっている義手だ。人工筋肉が動くたびに圧がかかる音がする機械の腕だ。

 

「腕、無くなっちゃったじゃん」

「うん」

「足だって」

「うん」

「耳、もう生えないの?」

「ちょっと無理かな」

「反省してる?」

「次は全員を巻き込むよ」

「ふざけないの」

「耳が痛い」

「ふざけてるじゃん!」

 

頬を引っ張られ、すこしだけ腰を落とす。さきほどよりもずっと明るく笑ってくれた芦戸には感謝しかない。あとは──蛙吹だ。

オレたちのやり取り中でも、彼女はずっと俯いたままだった。

 

「『冷静になろう。どれほど正当な感情であろうとルールを破るというのなら、また戦闘を行うというのなら、その行為はヴィランのそれと同じだ』──覚えてるよ。ありがとう、あの病室で、誰よりも蛙吹がヒーローだった」

 

オレの言葉に肩を跳ねさせた彼女は、声を震わせながら自分の意見をゆっくりと口にする。

 

「心を鬼にして、辛い言い方をしたわ……。それでもみんな行ってしまったと今朝聞いてとてもショックだったの……。止めたつもりになってた不甲斐なさや、いろんな嫌な気持ちが溢れて……なんて言ったらいいのかわからなくて、みんなと楽しくおしゃべりできそうになかったのよ……」

 

顔を上げた彼女の、大きな瞳から涙が零れていく。

 

「でも、それはとても悲しいの」

 

瞬きなどせずとも溢れ出す大粒の涙を見て、心がずきずきと痛んでしまう。オレだけではなかったようで、隣に立っていた八百万が蛙吹に駆け出して抱きしめた。

 

「蛙吹さん!」

「蛙吹! すまねぇ!」

 

八百万だけでなく、切島や緑谷駆け寄っていく。八百万の肩にあごを乗せた蛙吹は、声を上げて泣き出してしまった。

ったく、こっちまで泣けてしまうよ。

 

「本当に、ごめんな……。【梅雨ちゃん】」

「カルマちゃん」

 

嗚咽で途切れるように名前を呼ばれた。

義手を八百万に引かれ、切島と八百万、芦戸と塊になるように梅雨ちゃんを抱きしめる。

わんわんと泣き終えたあとは、気まずさと恥ずかしさから、お互いをからかうように冗談を言い合い、部屋へと戻ることになった。

 

「あ、緑谷、すこしいいか?」

 

緑谷に声をかける。お互い目の周りが真っ赤で、ちょっと恥ずかしいな。

 

「どうしたの?」

「これからのことでちょっと話したい」

「うん?」

 

なにも疑問に思わずついてくる緑谷を部屋へ入れ、ソファーに座ってもらった。その緑谷を見ながら【部屋の扉を強く閉め】、鍵をかけた。

意味のない行為だ。彼が本当にオール・フォー・ワンと繋がっているのならば、この話題はタブー。最悪ここで殺されることすら考えられる。

 

冷蔵庫から水を出して彼に渡す。

冷えたペットボトルで目の周りを冷やそうとする彼の行動が演技だとは、正直思いたくもない。

 

「──オール・フォー・ワン」

 

緑谷が固まった。

ペットボトルの隙間から、斜めのソファーに座ろうとするオレに、彼の視線が突き刺さる。

 

「個性を奪い、与えもする」

「策束、くん」

「どうした? 喉が渇いてる?」

 

オレもカラカラだ。涙を流しすぎた。

 

「緑谷は、いつ個性をもらったんだ?」

「ま、まってよ、ぼ、僕は、その、そんな──」

「調べたよ。経歴はまごうことなき無個性だ。ただ一回、雄英高校受験に合わせ、個性が更新されていた」

 

緑谷が声を震わせ、誤魔化そうとしている。その態度に不快な想いが溜まっていく。

 

「オレの部屋、扉もすこし変えているんだ、ガラスと合わせて防音仕様。だから多少声を荒らげたって、外に漏れない。──んでさぁ緑谷、お前はヴィラン側か?」

「ち、違う! 違うよ!!」

「個性をもらったことは否定しないんだな」

「それは──言えない……」

 

立ち上がった緑谷は俯いている。罪悪感か。ここまで核心を握られて話せないとはどんな料簡だ?

 

「言えない? 個性の発現方法なんてオレに教えられるわけねぇよな! お前だって、無個性だったんだ」

 

……挑発には乗らずか。オレが感情を振りかざせば付け入る隙はあると考えるのが普通だ。それこそ言えばいい、『個性を与えよう』と。

 

「オレが無個性であることをどう思ってたんだ? 可哀想にってか? 個性はどうやって手に入れた? 金か? 情報か?」

「違う」

「個性を手に入れてどんな気分だった? さぞや楽しいだろうな、ヴィラン殴って、骨折しても心配してもらえて、一転オレはなんだ? まるでピエロだ」

 

オール・フォー・ワンがオールマイトにしたようなひどい挑発行為を緑谷へ行う。両親指を両頬に当てて、笑うように口角を持ち上げた。

 

「ピエロもヒーローもいつだって笑顔だ。楽しいなぁ、緑谷」

「策束くんっ!」

「オレに個性があったら、もらえるチャンスがあったら──。ああ、いつか言っていたよな。諦めてる? 無個性が個性? あははははは、さぞや滑稽だっただろう? 言ってくれれば良かったのに。【僕の個性はもらったものだ】ってよ」

 

ここまで言っても反応がない。まるでオレが悪者のようだ。俯いて肩を震わせる緑谷を見下ろしながら、これからの話をどうもっていくか戸惑ってしまった。いくつか会話分岐は用意してきたが彼のこの挙動は、なにも知らないかのようではないか。

 

……本当に関係ない? まったく別の人から個性を与えられた? それらの可能性はゼロではない。オール・フォー・ワンは個性を奪い与え、増やすことのできる個性だ。【奪い】【与える】個性が複製されていたとしても不思議ではない。

そして脳無のような被験者にそれを与え、裏切った人物が緑谷に個性を与えた。その人物は死んでオレには与えることはできない、なんて……飛躍しすぎか? だが被験者とオール・フォー・ワンとの関係があるのなら、緑谷の反応は辻褄が合う。

だがそれを話せない理由はなんだ? 遺言? なんにせよ、これ以上情報は引き出せそうにない。

 

「……隠し事をしているやつに、オレは命を預けられない」

「……うん」

「お前があのクソヴィランの関係者なら、いますぐ殺してやりたいところだ」

「違うよ、誓って。オール・フォー・ワンを見たのは神野区が初めてだ」

 

緑谷の視線がオレを真っ直ぐに見つめる。

まあ、脅しはこんなもんでいいだろう。

実際、彼がオール・フォー・ワンの仲間だと思ったのは消去法だ。確信があっての追及じゃあない。

 

「お前の位置情報がヴィラン連合側に筒抜けである可能性はある。その個性はいつ手に入れた?」

「位置情報?」

 

緑谷が首を傾げたので、ヴィラン襲撃と、オレ・緑谷の二名の行動が重なりすぎていることを説明しておく。オレの個性の話は、緑谷が話してくれたとき、必要があれば、でいいだろう。

いまの彼の信用度は八割程度かな、二割は信用し切れない。無自覚に位置を伝えている可能性はある。だがその場合は今日にでも、みんなが寝静まった夜中に黒霧が誰かを誘拐するという事態になるだろう。

緑谷を拘束するのはそれからでも遅くはない──いや、どう考えても後手だよな。

だが、ああそうさ、認めるよ。オレにとっても緑谷はヒーローなのだ。彼を信じたいんだ。

 

話を聞き終えた緑谷は口の中で言葉を転がすように、独り言の高速詠唱を行う。部屋の中でやられるとなかなか不気味だな、コイツ。

 

「ちょっと、相談してきてもいいかな?」

「誰に?」

「それは、その、えっと、安全な人」

 

はあーと嫌味のように強いため息を吐く。緑谷はここまできても隠し通すつもりなのだろう。

いいのか、行かせて。

いや、答えは出ている、行かせるしかない。

そもそもこんな雑にこの話題を出した時点で、オレは緑谷を信用してしまっているのだ。これで緑谷が本当にスパイなら自殺ものだな。くそ。

せめて相澤先生に立ち合いを頼むべきだったか? いや、単なる責任の押し付けだ。

 

【やり方】を考え直すべきだな。

 

「策束くん」

 

さきほどの緊張を吹き飛ばすように緑谷は言った。

 

「いまは全部言えないけど、僕は策束くんのことを信頼しているよ」

「お前がヴィラン側だったら、刺し違えても殺してやるよ」

「うん。ありがとう」

 

あーもー。くそ、上がるな口角。

緑谷のことを笑顔で見送ってしまったじゃあないか……。

飯田や麗日どころか、オレまで誑し込みやがって。

 

 





寮に関してのオリジナル設定として、
・週末は帰宅可能(本来は不可)
・地下のトレーニングルーム(本来は不明。相澤先生の仕事部屋?)
となっております。
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