第4期オリジナルアニメーション「生き残れ!決死のサバイバル訓練」前・後編より。
教師四名による必殺技開発は、セメントス考案の体育館ガンマ、通称トレーニング・台所・ランドで行われるらしい。
教員先導のもとTDLに到着すると、セメントスが個性を使って崖のような足場をいくつも作り出す。
生徒一人一人に合わせて地形や物を作り出すことができるらしい。だったらなおさら林間合宿はここでやったら良かったのに……。いや、言うまい。
飯田が仮免許と必殺技との関連性の質問を投げかけると、相澤先生がいくぶん迂遠な方向から話し始めた。
「ヒーローとは、事件・事故・天災・人災。あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになる。情報力・判断力・機動力・戦闘力。ほかにもコミュニケーション能力・魅力・統率力など、べつの適性を毎年違う試験内容で試される」
相澤先生の言葉に、控えているミッドナイト、セメントス、エクトプラズムの三名が追随した。
「その中でも戦闘力はこれからのヒーローに極めて重視される項目となります。備えあれば憂いなし、技の有無は合否に大きく影響する」
「状況に左右されることなく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有していることになるんだよ」
「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハナイ。例エバ飯田クンノれしぷろばーすと。一時的ナ超速移動、ソレ自体ガ脅威デアルタメ必殺技ト呼ブニ値スル」
なるほど、得心がいった。つまり仮免試験──延いては現場で通用する必殺技とは『困難を打破する技量』ということだろう。
プロヒーローたちの多くの必殺技がそれに倣ってのものなのは間違いないだろう。反対にオールマイトなどは、素人目には殴り方や殴る方向を変えて違う技名を叫んでいるので、その場のノリだと言われれば信じてしまう。もっとも彼は軽く振った名もない拳が必殺技の領域にある人物だ、参考にするべきではないか。
「中断されてしまったが、林間合宿での個性を伸ばす訓練は、必殺技を作り上げるためのプロセスだった。つまり、これから後期始業まで十日余りの夏休みは、個性を伸ばしつつ、必殺技を編み出す圧縮訓練となる。なお、個性の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」
「「「はい!」」」
──返事はしたものの、どうしよう。
TDLの床はいまや剣山のように地形が代わり、足場がある場所ではエクトプラズムは生徒と対峙していた。一対二十ではなく、彼の個性によって一対一ほどの感覚だろう。セメントス、ミッドナイト、相澤先生もいるが、生徒を多く受け持っているのはエクトプラズムである。
学期末実技試験で、オレは見ることが叶わなかった《分身》の個性。口から放出した煙のようなものは、エクトプラズムと同等レベルに質量を持ち、意思を持って会話することすら可能だ。
ヴィラン連合の一人、分倍河原ことトゥワイスという男が似た個性と聞いたが、戦闘力ということであればエクトプラズムの圧勝だろうな。練度が違う。
オレは平地でエクトプラズムと向き合い、まずは会話となった。……これは本物か? 《分身》体か?
「ソロソロ足ハ慣レタ頃カ?」
「まだ杖は手放せませんがね。慣れたと言えば、慣れましたよ」
頭一つ分は高いエクトプラズムの足元──二本の白い義足が目に入る。そのどちらもが円柱状であり、オレのものと酷似している。
そもそも義足を作るにあたって、参考にさせてもらったのが彼のものだからな。わざわざ雄英にデータをいただいたくらいだ。
ヴィランとの戦闘により両足を失い、義足でヒーローを続ける選択をしたエクトプラズム。どれほどの覚悟でいま彼が前線に立ち続けているのか、半分くらいはようやく理解できた。
そんなエクトプラズムは、一枚の紙を懐から取り出した。見覚えのある数字が並んでいる。……入学式の代わりに行われた身体測定、その結果だ。
まさか……。
「仮免試験ガ行ワレルマデノ日程デ、コノ数値ヲ上回ル身体ニ作リ直ス」
さすがに無理だろう。走るどころか、歩くことすらままならないのだ。
そのことを伝えると、傷は癒えている、あとはお前の精神面の問題だ、と言われてしまった。正直説得力が違う。
そんなわけで、一人だけ体育館から離れて校庭に連れてこられた。
まずはいまの状態での数値を計るということらしい。
結果は惨敗。四ヶ月前のオレに身体能力では大きく劣る。反復幅跳びに至っては、踏ん張れずに数度転がってギブアップしてしまった。
それを見ていたエクトプラズムは、オレの横で反復横跳びをしていたが、峰田くらい俊敏で恐れ入るわ……。残像が見えた……。
「義手は良いとしても、義足は作り直したほうがいいですか?」
「イヤ、微調整ハ必要ダガ、問題ハ心ダ。義足ハ地面二付ク先端箇所マデ自分ノ身体ダト認識シロ。切断面カラ感ジル神経ヲ、義足ノ先端マデ伸バスヨウナいめーじダ。体幹自体ハ悪クナイ。タダ心ガ受ケ入レテイナイダケダ」
ハア。
そりゃあそうだ、十日前までは自前の両足で立っていたのだ。どんなメンタルがあればあと十日で受け入れられるって言うんだ。
「槍術ヲ習ッテイタト聞イタ」
「中学の頃ですけど」
「ソレト同ジダ。槍ノ刃先マデ神経ガ通ウダロウ?」
「まあ、ええ」
空間把握能力とでも言おうか。部屋の中で振るっても家具に当てない自信はある。野球やテニス、剣道などの道具を使うスポーツを習ったことがある人は、大なり小なり感じる感覚だろう。いまの時代に経験者がどのくらいいるかは置いといて。
ただそれだって最初からできていたわけではなく、練習による賜物だ。
──つまり、やるしかないってことだ。
TDLに戻ってくるとトゥルーフォームのオールマイトに出迎えられた。クラスメイト一人ひとりに対してアドバイスをしてまわっているらしいが、オレの訓練自体は単純で、まだアドバイスをされる時期ではないだろうな。
『歩く、走る、登る』。この三つを一時間行い、次の一時間では義手を外して『歩く、走る、登る』を繰り返す。
なぜ義手を外すのかと言えば、上半身の体幹に引っ張られないように、とのことだった。それだけ腰から下の体幹が重要なのか、それともそれだけ下半身に集中するべきなのか。
午前の訓練が終わった。
昼休憩を挟んで午後の訓練が始まるようだが、午後はヒーロー基礎学のように実地訓練を予定されている。
TDLおよびセメントスは午後からB組の訓練に付きっ切りになるらしい。B組は逆に朝からヒーロー基礎学、午後に個性および必殺技訓練というところか。
初日はいつかのように、ヒーロー・ヴィランに分かれての室内訓練が行われた。ただし今回は二人チームではなく、四人一組。それに目標はお互いの殲滅だった。
おそらくは仮免試験で二十名として考えるのではなく、数人で身軽に動け、ということだと思う。もっとも仮免試験が【団体行動】であることは間違いないが、【団体戦】と言われたことは一度もないのだけれど。
二十名から四人チーム、つまりは八名なので、メンバーを変えて何度も行われる。もちろんオレは足を引っ張るし、個性の無駄打ちが多い上鳴、峰田、青山と、次々に脱落するように戦力外になっていく者も多く出てきた。
午後の訓練は、相澤先生が「コスチューム改良について専門外のことは考えてもわからん。もしなにか弄りたくなったら、校舎一階にある開発工房へ行き専門の方に話を聞くように」と言ったところで終了となった。
日が暮れたといっても、まだ夏日。すでに十八時を回って十九時に近い。
当番があるため、清掃当番・食事当番はコスチュームの相談より先に寮への帰宅となった。
「う、うぇーい」
「あはははは! もうずっとそれじゃん!」
……上鳴と耳郎がオレの前を歩いている。
昨日もそうだったのだが、耳郎は良く笑う。……上鳴に対して。
「どうしたのカルマちゃん」
「いやぁ、べつにぃ」
なんでもないんだけどさぁ。
片手足ないし、耳もないし、なんだったら個性もないし。そんなやつが告白してきたら、耳郎はどう思うだろう。
迷惑だと思うような人ではないだろう。でも、困るだろうな……。
「梅雨ちゃんってさ──いや、なんでもない」
いかん、いま普通に恋愛相談しそうになった。こんな状況なのに頭お花畑すぎる。これもそれも耳郎と上鳴の距離が近いのが悪い。肩が触れ合うくらい近いのだ、そんなものを目の前で見せられて冷静でいられるわけがない……。
受け答えが悪かったのだろう、梅雨ちゃんの興味を引いてしまったため、なにか質問をしなければならなくなった。中間択として「金持ちってどう思う?」と聞いたところ「よくわからないけど最低ねカルマちゃん」と言われた。とても悲しい。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、午後の訓練は一度教室での集合になった。
「仮免の取得試験は例年、災害時における救助を目的としたものが多く出題されている。よって今日は、クラスを十名ずつの二チームに分け、仮免試験を想定した救助訓練を行う」
黒板には、赤Aチームと青Bチームの枠で十名のチームが、電子文字として浮かび上がっていた。
この手の訓練が初日だからか、Aチームに爆豪・轟・緑谷・飯田・常闇が固まっており、戦闘力重視であることには間違いない。おまけに八百万、梅雨ちゃんまで割かれているので、隙はないな。
Bチームはオレを含め、青山、芦戸、尾白、口田、障子、耳郎、瀬呂、葉隠、峰田の十人。直接戦闘は避けて、テクニカルさを要求されるメンバーだ。
もっとも、尾白は一対一ならAチームの戦闘メンバーとも渡り合えるし、瀬呂も明らかに下地が違う。エクトプラズムを相手取った必殺技の訓練で、エクトプラズムを打倒・拘束しうるのは爆豪、轟、瀬呂の三名だけだ。
まあ今回は救助訓練。初回だし、肩パットトゲトゲマンのようなヴィラン役は出ないと信じたいところである。
「えー、じゃあ今回リーダーを務めさせてもらうけど、正直役立たずなのでよろしく」
コスチュームに着替え直し、住宅地を模したグラウンドベータへと移動。Bチームに向けて挨拶をしておく。Aチームもグラウンドベータではあるが、ここは何ヶ所かに分かれているので、別会場だと思う。
肝心の訓練内容だが、二時間前に地下六階の大型ショッピングモールの最下層にて火災が発生。火災自体は消防隊員とレスキューヒーローの活躍により鎮火しており、モール内の人々の救助も終了。──だと思われたが一人が行方不明。そのため十人の別動隊を組織、その者の救助へと向かうことになる。というものだった。
一人で確定しているということはスタッフかグループ客。どちらかはなぜか不明。スタッフなら施設の構造を把握しているだろうから、見つけやすい場所にいそうだが……。
施設は停電しているため、非常用電源が作動している。非常用電源の作動時間はおよそ七十二時間。単純に考えればあと七十時間作動しているため、モール内の蛍光灯が生きている可能性はある。しかし火災だ、当てにしてもいいものか。それに火災があって消火活動もされている、漏電、感電の恐れもあるだろう。
時間の余裕、身の安全の保障もできない。二次災害にだけは気を付けなければな。
救助者はダミー人形であるため、最悪見捨てることも必要だ。
──それがリーダーのオレの仕事だからな。
神野区と同じ轍は踏まないさ。
「あれ、電波入らない」
ショッピングモールに入る前、それぞれが装備の点検中に芦戸が慌てだした。
「試験中に携帯端末開く余裕はないと思うけどな……。マイク聞こえてない人いるー? 地下では繋がらなくなるかもしれないから、そしたら一度地上な。ルート覚えてない人いるー? 時間ないよー、そろそろ入るぞー」
指示出しは済んでいる。
崩壊の危険もあるので、上層からの確認だ。耳郎を中心に割り振ったフロアを確認させる。デパートなのでスタッフルームなどの小部屋も多い。おまけに救助者は声を上げぬ人形だ。一度見逃せば最後、死体と対面することになる。
葉隠にはフルフェイスゴーグルを持たせているし、チーム全員にイヤホンは渡してある。葉隠を現地リーダー、オレが外からの司令塔、というかマッピング担当だな。
「じゃあ、テキパキ行こう」
九人で下っていくクラスメイトを見ながら、移動用トラックの荷台に用意した簡素な指令室で待つ。
「慣れてるわねぇ」
「本当は、オレだって下に下りたいんですけどね……」
「適材適所よ」
Bチームの監察官を務めるミッドナイトと多少の私語をしていると、葉隠から連絡が入る。ショッピングモールは地上一階、地下六階となる建造物なのだが、地下一階から捜索を開始する、という連絡だった。
耳郎班、葉隠班と分け、地下一階部分を探索中だ。
『こちら耳郎、崩壊が至るところで続いている。みんな気を付けて』
『こちら葉隠ー。了解ー』
地上と違って地下は私語が少なくていいね。こちらは気を抜きすぎである。
「ねえ、好きな子っているの?」
「訓練が終わったらご相談したいことが」
「ま! いやだもう、青春ねー」
「冗談ですよ」
探索済のところにチェックを入れていると、耳郎の焦りを含んだ叫び声が聞こえてきた。
『地震! 大きく崩れるよ!!』
「まあそういう訓練ってこと。どれほど崩れちゃうかは私たちにもわからないのよね」
ミッドナイトの頬も、笑っているものの引きつっている。
「リカバリーガールは?」
「隣にいるから、三分で来られるわ」
はあ、本当にギリギリを攻めるな雄英は。
「被害状況を分かり次第報告」
十秒ほどの強い揺れで、中には地下二階まで落下して怪我をした者もいる。地図を見ながら近くの階段まで誘導、怪我人は離脱させる。
ほかには照明と非常灯が全滅に近い。大丈夫、そこは想定内だ。問題は余震による被害だな。
「ミッドナイト、判定は?」
「じゃあ一人欠けで続行、ということで」
地上に戻ってきた怪我人は尾白と口田。尾白は尻尾から出血しているため離脱、打撲程度で済んでいる口田は地下一階にて待機とした。
それ以降はとくに不慮の出来事もなく、地下六階で下半身が生き埋めになっているダミー人形を葉隠班が発見。救出が難しそうなので一度合流してもらった。
『カルマ、水の音が近い。六階より下。結構量が多そう。なにかわかる?』
耳郎からの連絡でショッピングモールの地図を見返すが、情報はなし。これは準備不足と判断されそうだな。応急処置済みの尾白に見直してもらっているものの、おそらく地図からは判断できないアクシデントということだろう。地下ということであれば地下水? いや、音がするということは空洞に沿って水が流れている可能性がある。
周囲の建造物にプールなどがあるわけでもないし、なんだ?
「まあほら、よくわかんない状況にも対応しなきゃね」
「……雄英の悪ふざけってことですか?」
口笛を吹くミッドナイトを見ながら、尾白とともに頭を抱える。
住宅地の地下に大量の水……。うーん、前日の雨で下水道がパンク寸前になっており、それが流れ込んできた、とでも想定するか。
「多分時間がない、救助はどうだ?」
『あとすこしで救助完了』
葉隠の声がすこし上ずっている。水が浸水でもしてきたのか? いや、それならこちらに情報を送るはずだ、脱出の別ルートは考えている。
状況の画像が見れないのが辛いな。受信機を作るべきか? いや、あのフルフェイスゴーグルは改造できないか。ほかのアイテムがあれば解決はするが。
詳しく状況を聞くと、芦戸がダミー人形を圧し潰している瓦礫を酸で溶接しつつ、周囲の隙間を確保しようとしているらしいが、酸がダミー人形に触れ、怪我をさせているという。それに加え、右足が抜けずにいる。
おそらくは【右足】のほうだな……。彼らの脳内には切断も入っているだろう。挫滅症候群も彼らは習っている。火災発生から二時間、その手の症状の可能性は低くない。
切断、という選択肢は取りづらい。誰にやらせるかという問題にもなるし、やらせたらやらせたで精神が蝕まれることを視野に入れれば……。
オレの右足をわざわざ連想させることをするなんて……。
「さ、どうするのリーダー?」
「決まってますよ、助けます。五体満足でね」
とは言っても、こちらのチームに瓦礫を退かせるほどのパワー個性はいない。テクニックで勝負しろ、という相澤先生が作ったくじ引きにまんまとハマっているな。
「瀬呂は壁の補強をやめてテープの準備。全員で引き抜く。芦戸は被害者の足を酸で覆ってくれ、毒性、酸性弱めて、皮膚がやられてもオレが責任を取る、滑りやすくしてくれ。耳郎は瓦礫に振動を送って粉砕、できるか?」
『やる。信じて』
「もちろん。チャンスは一回。そこには命がある。訓練だと思うな、耳郎、タイミングは任せたぞ」
こちらからは通信を一度切った。
尾白が両手を強く握りしめている。ミッドナイトもさすがにからかいは止めたようだ。まあニヤニヤと笑っているのは気に食わないけどね。
しばらくしたのちに、葉隠から連絡が入る。
『こちら葉隠──要救助者一名! 確保!』
「最高だ!! ルートは指示した通り! 口田!!」
『うん! 大丈夫!』
怪我で無理をさせていない口田は、個性を使って動物による瓦礫撤去をお願いしていた。主力がネズミなので大きい瓦礫は退かせないだろうが、ルートから小さな瓦礫が退かされている。暗い中でも多少足元の安全は確保できるだろう。目が慣れていれば、葉隠ではなくとも瀬呂のテープは目視できるはずだ。
「耳郎、水は?」
『まだ時間あると思うけど、水位は確実に上がってきてる』
問題はなさそうだ、が、雄英だからな。
そんな不安を抱きながら、陽の光を浴びる彼らを笑顔で迎え入れた。
一方、それから一時間としないうちにAチームも要救助者を救い出して終わりになったのだが、なぜか要救助者が三人に増えた結果となった。
どうやらこちらとまったく同じ試験内容らしいが、瓦礫に埋もれかけた飯田と爆豪がそれぞれ足に軽度の亀裂骨折。加え、水音に気づけずに時間が大幅にロスされる形になったという。
結果を見比べた八百万がしょげているが、ヴィランが出てくる試験でもあるまいし、ここまで戦闘個性が偏ってしまえばこんなもんだ。
へへへ、と笑っていたら、こっちの結果も相澤先生からすれば満足行くものではなかったらしく、ミッドナイトのフォローも聞かずにボロカスに酷評された。ちくしょう。
◇ ◇ ◇ ◇
三日後、TDLの訓練も昼に近づいてきたとき相澤先生に呼ばれ、エクトプラズムから離れる。
「策束、どうだ」
「まあまあ行けますね。崖登りはまだかなり不安ですけど、走るだけなら生身と変りません」
まあそれでも百メートルは十七秒フラット。遅いと言われればそれまでだ。着地の瞬間に足が義足と【くっつく】感覚がまだ慣れないんだよね。
崖登りは体重をかけると腕が抜けそうになるし、テンポ良く登れるときはいいのだが、一度詰まると降りることすらできなくなる。
「そうか、今日は午後から付き添いをしてもらう。午後の訓練は抜けろ」
「はあ。え?」
なんだ、時間があるわけでもあるまいし、付き添い?
なんて悩んでいると、オールマイトが体育館に顔を出した。……オールマイトの付き添い? まさかオール・フォー・ワンがらみじゃあるまいな。
「進捗どうだい、相澤くん」
「また来たんですか……。ぼちぼちですよ」
相澤先生がため息をつきながらオールマイトへの対応をしていた。彼がお目当ての人物ではないらしい。
「オイ! 上!!」
慌てる爆豪の声がした。瞬時にオールマイトの背中へ隠れながら上を見上げると、大きなコンクリートの塊が降ってくる様と、それを砕く緑谷が見えた。
蹴り方が綺麗だ。ここ数日で切り替えたにしては上等だろう。
緑谷とオールマイトが楽しそうに談笑している最中、相澤先生に睨まれる。
「お前……」
「い、いや、だってオールマイトいたら隠れるでしょう!?」
トゥルーフォームですね本当に申し訳ございません。
瓦礫を落とした犯人の爆豪が、当てつけのように崖上で巨大な爆炎を上げている。それを見ながら相澤先生にさきほどの話の続きを促そうとしたときだった。
「そこまでだA組!!」
体育館の入口にブラドキングの姿。その背後にはB組が控えていて、ぞろぞろと入ってきた。
相澤先生はあと十分あるとブラドキングにクレームを出し、ブラドキングも言い返す。そんな中、B組の一人がこちらに歩いてきた。
コスチューム姿の物間だった。タキシード姿……。シンパシーを感じる。
「ねえ知ってる? 仮免試験って半数が落ちるんだって。キミら全員落ちてよ。ハハハハハ! どっちが上かハッキリさせようかぁ!」
なんてストレートな奴だ。逆に清々しくなってきたわ。
「しかし彼の意見はもっともだ。同じ試験を受ける以上、俺たちは蟲毒。潰し合うさだめにある」
オレが最初に毒で死ぬ。やめてくれ。
そんな悲しみに、相澤先生とブラドキングが合わせて答えてくれた。
「だからA組とB組は別の会場で申し込みしてあるぞ」
「ヒーロー資格試験は毎年六月と九月に、全国三か所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避けるため、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになっている」
A組B組で協力してもいいはずだが、そんな甘い試験じゃないってことか。協力していることがデメリットになるのか、阻害されるのか。それとも【デカい的は狙いやすい】ということか。
そんなことを考えていると、物間が安心するように息を吐いた。
「直接手を下せないのが残念だ!!」
そう言いつつ、オレの肩に手を置いた物間。
同一人物なのか疑うくらい感情の起伏激しいな。精神状況に難ありだと拳藤に視線を送ると、すっと逸らされた。ダメかもしれない。
彼を尻目に相澤先生は説明を続ける。
「一年の時点で仮免取るのは全国でも少数派だ。つまり、キミたちより訓練期間の長い者、未知の個性を持ち、洗練してきた者が集うわけだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であるのは間違いない。意識しすぎるのは良くないが、忘れないようにな」
相澤先生の掛け声を持って、午前のオレたちの訓練はお終いとなった。オレは相澤先生に呼ばれているためみんなと昼食、ってわけにはいかないけれど。
先生を追いかけようとしたとき、物間に引き留められる。
「あー、策束くんさぁ」
「ん?」
「無個性って本当なんだねぇ」
……さっきオレの肩に【手を置いた】ときに、か。
彼の個性は《コピー》。オレの個性をコピーしようとしたわけだな。いいね、実験の手間が省けた。
──ああ、オレは無個性だ。
「やめときなよ、ヒーローなんてさ」
「そういうのは、もっと薄ら笑い浮かべて言うもんだぜ」
笑うでもなく、睨みつけるでもなく、真っ直ぐにオレを見据えている物間。
B組も、ブラドキングも、足を止めたA組も、こちらを心配そうに見ている。視線は、右手足に伸びているよな。おっといまはゴーグルも付けていない。耳はさぞ不気味がられているだろう。
「テレビ見てたよ。家で。家族と──安全な場所で」
「……おう」
「友だちが、B組が何人眠らされたと思ってる? 僕が悔しがってないと思った? 腕失ってさ、自慢のつもり? ヒーローらしい自己犠牲って? もう十分じゃない? もう十分、傷ついたろう? 本当、A組って、考え無しだよね」
物間は、一切笑うことなくオレの隣を抜けていく。
「あとは任せてよ、無個性くん」
「頼もしいよ、ファントムシーフ」
鼻を鳴らす音が聞こえた。こいつ本当、素直じゃあないなぁ。
鉄哲を始め、B組の面々からも手足を心配するように挨拶を受けていたが、相澤先生に呼ばれて慌ててついて行く。
昼食に向かうA組と分かれ、相澤先生はとある部屋の前で足を止めた。
室名札には『Development Studio』──通称開発工房。オレ自身も何度かお世話になっているし、A組・B組問わずヒーロー科はここ最近足しげく通っているだろう。
訓練を中止してまでこんなところで付き添い?
「お前はA組で唯一【実戦】を経験している。個性抜きで考えれば、うちのクラスでは一番仮免に近いところにいる」
「……個性抜きで考えていいんですか?」
「数値的にも義肢を使いこなしていると判断した。捕縛布の訓練はさすがに間に合わないからな。雄英高校からのプレゼントだ。【使いこなせ】よ」
「はあ……。え、いま無視しました?」
相澤先生が扉を開けると、中から話し声。不満を隠そうともしない、若い男性の声だ。
相澤先生の脇から中を覗く。
サポート科の名物・発目明と、開発工房の責任者パワーローダー。
そして、心操人使。
「おっす普通科」
「ひさびさヒーロー科」
中断した林間合宿以来の再開だったので、手足のことや、心操の現状を含め、軽い雑談を交わす。
個性の変化や成長はなし。かわりに捕縛布の訓練を行っていたので、そちらはいくらか使いこなせるようになったらしい。
必殺技開発……。正直《洗脳》が初見殺し特化なので、すでに必殺技の領域には入っているが──課題はある。
まず、《洗脳》が初見殺し特化である、ということだ。
仮免試験。規模こそわからないが、ヒーロー公安委員会の発表によれば、前年度の合格者は約五千人。相澤先生や物間の発言を信じるなら、一万人以上が全国三か所、六月、九月の仮免許試験に参加していることになる。
その一万人の誰もが、雄英高校体育祭を見ていない、なんて、楽観がすぎる。例年仮免を申請するのは二年次で行うので、一年生の参加自体が全体的に見れば意外なことだろう。
……だが、一年優勝者の爆豪誘拐。映像媒体を見返す学生は多いはずだ。
ドンマイコールを受け悪目立ちした心操だ。初見殺しとしては死に技だと思った方がいい。
二つ目は、彼のヒーローとしての考え方だ。ヒーロー科はヒーロー基礎学として一日三時間ほど『ヴィランとの対峙』『災害時の行動』などの『対処』を学んで五カ月が経っている。基礎中の基礎であるとはいえ、基礎であるからこそ、この差は大きい。
とくに心操の個性は災害の対処に直接かかわることはない。パニックになっている人物を落ち着かせることには使えるが、瓦礫に挟まっている人や怪我人を前にできることは、オレと同レベルだろう。
最後に捕縛布。
訓練を進めていたといっても、捕縛布を使った戦闘訓練で心操が相澤先生に勝つことは不可能だろう。実戦で使えるのかどうか──。
話し終えると、怒るでも悲しむでもなく、心操は頷いた。
「俺もそう思う。……イレイザーは策束に頼れって言ってた。俺は、どうすればいい?」
「あー……ぶん投げたなあの人……。まあコスチュームは頼んであるんだよな、あとはヒーローネームかな? 考えてやろうか?」
「お断りだ。あとヒーローアイテムの件なんだけどさ──」
「呼ばれて飛び出しました! 私のベイビーちゃん! いかがですかぁ?」
両手にコードむき出しの未完成開発品を抱えて、会話に立ち入ってきたサポート科の発目。パワーローダーに視線を向けると、肩を竦めて視線を逸らされた。
「その義手、どうです? 成長させてみませんか!?」
そう言って手渡してきたのは、明らかになにかを排気するノズルが付いている腕パーツ。
わざわざオレの腕の長さを計って、もともとあったアイテムを改造してくれたというので、ありがたく義手を付け替える。
上半身裸になったのだが、彼女はそんなことを気にすることなく、最先端の義手に夢中になっている。壊すなよ、改造もするなよ。
「腕、痛いか?」
「いや、すぐリカバリーガールが治してくれたから。幻肢痛もないし、違和感くらい」
「そっか……」
まあ気を遣うな、というほうが無理だよな。全人類が発目ほどの没頭人間ではない。
そんな発目に渡された腕パーツだが、なんというか、ジェットノズルだ。
「それはロケットベイビーです」
「ロケット」
楽しそうに笑う彼女の右手には、赤いボタン付きのレバーのようなものが握られていた。
嫌な予感しかしない。
「ポチッとな」
「そんなんリアルで初めて聞いたあぢぢぢぢぢ!!!」
右手のノズルから噴射される熱風に顔を焼かれる。慌てて壁に向けて右手を向けるが、時すでに遅し。熱風は止まらないし、裸になったことで上半身が焼かれていく。
「やめろ発目! また壁壊す気か!」
大概なパワーローダーの言葉に腹立たしい気持ちだが、無事に吹き飛んでいく腕を見ながら、発目がいるうちは二度とここに来ないと心に誓った。
だいぶバタバタしたが、パワーローダーが心操のヒーロースーツ……というかアイテムの調整を終わらせたらしい。
マスク型のアイテム、その名もペルソナコード。
肉声を電子音に変換させないよう、口元を塞ぐように大量の薄いプレートを重ね、それらを微調整することで【声色を変える】機構を持たせているという。
言ってしまえば変声機だが……恐ろしいまでの効果を発揮するのは目に見えている。
まず、心操への警戒が強まる中で味方との連携が取りづらくなる。さすがにすぐに特定の声を真似ることはできないかもしれないが、それでも心操の声ではないというだけで警戒は薄れるな。
自動で誰かの声にできないかと聞いたが、パワーローダーの返答は自身での微調整を含め「可能」であるとのことだった。恐ろしすぎるな雄英……。なんだったらオレですら欲しい。
彼らの話はペルソナコードの仕組みへと移り、有声音・無声音の話をされるが、オレはまったく未知の領域。心操は真剣にメモをとっていた。
素人が話を聞いてなんとなく理解したのは、男女関係なく声の質をパターンして認識。それらの音を心操が手動でペルソナコードに認識させることによって、自動でその声を生成する、という。
仕組みはわからないが、使い方はいくらでもある。いいなぁ、便利そうだ。
「スーツのほうはすまないな、仮免には間に合わなそうだ」
「いえ、こちらこそ、提出が遅れてすみません」
ということは、心操はジャージか。ふふ、コスチュームマウントが取れるな。自慢するように心操に見せびらかすが「スーツじゃん」と鼻で笑われた。
さあ、仮免試験まであと五日。
オレと心操、どちらがどちらを【使いこなす】のかな──。
物間寧人。出身地──神奈川県。
※峰田実・塩崎茨も神奈川県出身。
ネタで言えば、なぜかウルトラマンがモデルの円谷場成は香川県、小大唯は島根県出身。