【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

37 / 138

仮免試験は前編・後編・顛末編となります。






仮免試験・前編

 

あれから五日──試験当日。

 

林間合宿のときのように、A組、B組が校舎前へ集められていた。違うのは、最初から心操がA組に加わっていることだろう。

ブラドキングからは改めて仮免試験の説明を受け、相澤先生からは「必ず取れ」という強い脅しを受けた。ミッドナイト、セメントス、エクトプラズム、オールマイトと、錚々たる顔ぶれに太鼓判を押され奮起する一同。

 

「策束クン」

 

バスに乗り込もうとしたとき、エクトプラズムから声をかけられる。分体とはいえ、ずっとオレの世話をしてくれていた。おかげで思った以上に、身体能力を取り戻すことが叶った──。

 

「先生、オレ、正直言うとこのままヒーロー科には残れないかもなって思ってました。でもこの十日間の訓練で、希望が見えました。ありがとうございました! 行ってきます!」

「アア、ソウジャナクテ、ソレ、預カッテオクカラ」

 

エクトプラズムが指差しているのは、オレが小脇に抱えたフルフェイスゴーグル。

コレ、預カル?

 

「え? これから試験ですよ?」

「ヒーローアイテムじゃない私物は持ち込み禁止だ」

 

先にバスに乗り込んでいた相澤先生が、車内から声をかけてきた。いや、え、でも、え、ええ!?

 

「うそだろ!?」

「実践も訓練も使えるものはなんでも使え。ただこれから受けに行くのは国家試験だ。ルールには従え」

 

エクトプラズムにフルフェイスゴーグルを取り上げられ、肩を落としてバスに乗り込む。やりとりを見ていたクラスメイトからは同情の声をかけられる。

 

「まあ便利すぎたもんねー」

 

楽しそうに笑うのは耳郎だ。入寮からこちら、お互いに距離を空けてしまっていたような気もしたが、訓練を通して以前と変わらぬように会話できている。

 

「耳郎はズルすぎるって文句言ってたもんな」

「だってウチと同じくらい耳良くなるじゃん。男らしくない」

 

通路を挟んで、耳郎の隣に座った。彼女の隣には八百万、オレの隣には口田だ。入試試験を思い出すな。ここに八百万じゃなくてB組の小森がいれば完璧だったな。

 

「大丈夫なの、あのマスク?」

「困るだろ……。いやぁ、私物だけどさぁ……」

 

口田の問いに、さらに肩を落としてしまう。心操との連携は主にあのフルフェイスゴーグルを使って行っていた。訓練中、相澤先生からは無い場合も想定しておけと言われたが、まさか持ち込み禁止だとは。

言ってくれれば色々考えてきたんだけど、無くても十分だと思ってもらえたのか、この状況を合理的だと思っているのか……。

 

運転席近くに座る相澤先生を睨みつけていると、急に振り返ってきたため慌てて視線を逸らす。ちっ、勘の良いやつめ。

 

まあこれ以上ジタバタしたところで成長も退化もしないか。団体戦だと思って他力本願で挑むか。

 

 

国立多古場競技場に到着したため、バスから降りるように促される。

 

「緊張してきたー」

「意外と緊張しいだな、耳郎って」

「うっさいうっさい」

 

入試の時もそうだったなと思い出す。背後から声をかけると、恥ずかしそうに耳郎が振り返った。あのときは中学のジャージ姿だったな。

笑い合っていると、相澤先生が緊張している峰田を見つけてもう一度「取って来い」と脅しを入れた。

 

「この試験に合格し、仮免許を取得できれば、お前たちタマゴは晴れてセミプロ。ヒヨッコへと孵化できる。頑張って来い!」

「ッシャア! なってやろうぜヒヨッコによぉ!」

「いつもの一発決めて行こうぜ!」

 

相澤先生の言葉に上鳴と切島が続いた。円陣でも組むかと思ったが、その場でやる勢いだな。声だけ裏返らないよう咳払いしていると、オレの前に誰かが割り込んできた。誰だ?

 

「せーの! プルス──」

「ウルトラー!!!!!」

 

割り込み男が切島に続いて雄叫びを上げる。

いや本当に誰だこいつ!

 

士傑高校の制帽。ずいぶんと身体もデカい……。

見ればオレたちの背後に士傑高校の面々が揃っていた。リーダー格と思われる男性が、割り込み男を窘めると、彼はすぐさま頭を深々と下げた。下げすぎて地面へこすりつけている。

東の雄英、西の士傑とすら称される難関校の一つ。

割り込み男が謝罪とともに落とした帽子を拾い上げる。ワッペンには大きく『S』の文字。嫌いじゃあないんだよな。

子ども心に、雄英か士傑か迷ったものだ。最終的にはオールマイトを輩出したという点で雄英を受験したわけだが……。

 

「一度言ってみたかったっス、プルスウルトラ!! 自分、雄英高校大好きっス! 雄英のみなさんと競えるなんて光栄の至りっス! よろしくお願いします!!」

 

帽子を渡すと、これまた盛大な音量でお礼を言われた。耳郎だったら耳を傷めそうな声量だな。

 

「選手宣誓の人ですよね! 動画みさせていただきました! 腕は、えっと──」

「耳もないんですよ。手加減してくれます?」

「それは無理っスね! お互い全力でお願いします!」

「ねえ」

 

大声の青年の背後、すぐ後ろに控えていた士傑の女子生徒に声をかけられる。

 

「神野区にいた人?」

 

──バレたか、意外だ。映像としてオレの顔が映ったのは三フレームもない。おまけに空撮映像なので角度も悪い。

本来警戒されるべきは二年生であるはずなのに、わざわざ一年生も見直しているくらいだ、爆豪が関わった事件の映像も十分にリサーチしていたということか。

 

「へぇー、【生きてたんだ】」

 

なん、だ。

慌てて視線を下げてしまった。ただ【怖い】と、思ってしまった。

士傑高校を見送る最中、相澤先生が「夜嵐イナサ」とつぶやいた。

 

「ありゃあ……強いぞ。夜嵐。昨年度、つまりおまえらの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも拘わらず、なぜか入学を辞退した男だ」

「えっ、じゃあ一年!?」

 

緑谷が驚いて轟を見る。そうだな、確かに轟は推薦組でトップの成績を収めたと聞いていた。

 

「おい、お前あの女子生徒と知り合いか?」

 

オレの横に立つ相澤先生が、さきほどの怖そうな女子生徒を見ている。

 

「初めて会ったと思いますよ」

「……どう思った」

「全員一年ならラッキーかなーと」

 

相澤先生が鼻を鳴らしつつ「夜嵐は本物だ、マークしておけ」と全員に告げる。

おかしな話だ、彼が轟並みだとしても、この視界内にいる面々のほとんどが二年生だろう? 雑多な相手だからと、本物を見上げてばかりでは足を掬われてお終いだ。

まあ、せいぜい筆記主体の非戦闘の試験であることを願おう。

 

「イレイザー? イレイザーじゃないか!」

 

相澤先生を呼ぶ若い女性の声。珍しいな、クラス随一のヒーローオタクの緑谷ですら、初見では気づかなかったというイレイザーヘッド。それを一瞬で看破してきたのか。

 

生徒を引き連れて現れた一人の女性教師。

挨拶もそこそこに、突如相澤先生に「結婚しようぜ」とのたまう女性。オレを含めて周囲がざわついた。

 

緑谷は彼女のヒーローネームまで知っているようで、ヒーローネームと個性を言い当てる。ミスジョークか。正直聞き覚えはないが、個性は周囲の人間を強制的に笑わせるものらしい。冗談というかただの強烈なセクハラだったので、漫談家の腕は頼りにできなさそうだ。

 

そこからもミスジョークのセクハラ──もとい、相澤先生への弄りが続いたが、しばらくすると背後で様子を見ていた学生たちを近寄らせた。

 

ミスジョークが受け持っている傑物学園高校二年二組らしい。

真堂と名乗った学生が積極的に挨拶に回っている。

 

「今年の雄英はトラブル続きで大変だったね。しかし君たちはこうしてヒーローを志続けているんだね。素晴らしいよ! 不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

 

ウインクしながらきらきらとした笑顔を振りまく真堂先輩。ははは、ぬるいなぁ。

 

「その中でも、神野事件を中心で経験した爆豪くん。キミは特別に強い心をもっている。今日はキミたちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

 

緑谷、上鳴、耳郎に続き、爆豪への握手を願い出た真堂だが、その手は爆豪に振り払われた。

 

「フカしてんじゃねぇ。セリフと面が合ってねぇんだよ」

 

……なぜオレを見る。もっといい演技するだろうオレは。

その後は傑物学園の面々と談笑をする。学生交流したのは、オレを含めて十五人ほど。体育祭にて第三回戦にまで登った者は全員だった。

体育祭一年生代表の選手宣誓も効いていた。手足が無いのは向こうにとっても予想外だろうが、名前と顔は周知されていたな。

ミスジョークと密談をする相澤先生に呼びかける。

 

「【イレイザーヘッド】」

「……度胸だけは一人前だな」

「使えるものはなんでも使え、そう教えていただいておりますから」

 

オレたちを見る相澤先生の髪が逆立った。正確には、真堂を見てくれているはずである。

 

「……これで十分か?」

「ええ、おそらく」

 

とくに緑谷、上鳴、耳郎、轟は真堂と接触までしたからな。轟も女性にファンサービスをしていたが、その女性が接触したのは轟だけ。オレは夜嵐イナサと接触。

《抹消》の個性が事前接触の個性を断ち切ることができるのかは知らないが、手を洗うよりよほど安全だろう。

まあ夜嵐の場合は轟と勝負できるくらいだ、戦闘・移動に寄っていると仮定する。

そして真堂といえば、A組の面々と分け隔てなく会話を引き出し、笑い合っている。

 

「それ、個性関係じゃないよな?」

 

ミスジョークがオレの右手を見る。

オレは杖をくるりと回してから答えた。

 

「どう見えますか?」

「電動アシスト自家発電機」

 

ワオ! ブラック下ネタジョーク!! なんてハイセンス! 破天荒な言葉遣い!

 

「ぶわっはっはっはっは!!」

「ははー! 笑い顔ぶさいくー!」

 

ツッコミすら的確だ!! すごい! こんな面白い人見たことがない! 人間国宝だ!

 

「お腹! お腹痛い! あはははは!!」

「こいつぁ良い笑いっぷりだな、なぁイレイザー、チャック空いてるぞ?」

「ひっひっひっひっひっひ! チャックー!!」

「……おい、コスチュームに着替えてから説明会だぞ。時間を無駄にするな。起きろ策束」

 

──オレはいま、なにが面白かったんだ……?

髪を逆立たせた相澤先生に声を掛けられた途端、急に思考がはっきりしてくる。自分に起こった事実が信じられなくて、原因であろうミスジョークから距離を置く。

慌てて周囲のクラスメイトを見ると、みんなが引き気味にオレを見ていた。

 

「あまり生徒をからかうな、ジョーク」

「なんだよ、嫉妬か? んー?」

 

教師陣のそんな会話を聞きながら、自身の震える肩を抱きしめた。こんな魍魎跋扈の空間にオレは行かねばならぬのか……。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

多古場競技場の中央。選手入場ゲートから進むと、競技場に向かって簡易通路が周囲の光景を見せぬように伸びている。その簡易通路を進むと、体育館ほどの部屋で学生たちがすし詰め状態に押し込められていた。

それぞれが思い思いのヒーローコスチューム。風格がある連中が多い。

 

教壇のような高台にはヒーロー公安委員会が十三人。教師陣はなし。

委員会の一人が、疲労感を隠さずにダラダラと話し始める。

肝心の試験内容だが、この会場にいる千五百四十人での勝ち抜き演習らしい。一対一の模擬戦というわけではなさそうだ。七百人を超える合格数であるならば、オレにも勝ちが見えてきたな……。雄英の試験よりはよほど簡単だ。

 

「現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する向きもすくなくありません。

「まあ……一個人としては、動機はどうであれ、命がけで人助けしている人間に、なにも求めるなァは……現代社会にとって無慈悲な話だと思うわけですが。

「えーとにかく。対価にしろ義勇にしろ、多くのヒーローが救助・ヴィラン退治に切磋琢磨してきた結果……事件発生から解決に至るまでの時間はいま、引くくらい迅速になっています。

「キミたちは仮免許を取得してその激流の中に身を投じる……。

「そのスピードについていけない者。はっきりいって厳しい。

「よって試されるはスピード」

 

目良と名乗った委員会の背後の電光掲示板に、『一次試験通過者100名』と映し出され、目良の説明は続く。

 

「条件達成者先着百名を通過としまーす……」

 

──あまりの数字に鳥肌が立つ。

なんだそれは。なんだそれは!?

鳥肌が? いやいや、面白いジョークだ。ミスジョークのセンスよりよっぽど輝いている。

 

周囲の学生たちも、A組も動揺が隠せないでいる。

公安委員会の言い分によれば、社会であった様々な要因で、今年からヒーロー資格合格者の幅を思い切り狭めるらしい。

あまりにも愚かじゃあないか……。

 

説明は続くが、すでに集中力が削がれてしまった。

頭が悪い連中が上層部にいるだけでおぞ気が止まらない。ここが会社なら一年後には倒産だ。

 

周囲の連中が百名という数字に踊らされて慌てふためいていることに、同情すら覚える。

 

ヒーロー飽和社会? そんなことを言っているのはマスコミと政治家くらいなものだ。前者は金になるし、後者は金がないからな。投資ができないやつらの戯言だ。それを真に受けるのか、公安委員会は!?

 

義手にギリギリと力がこもってしまう。無駄に高性能なAIのせいだ。

もっとふてぶてしく、自堕落で、間抜けであれ──。

【鈍感】であれば、人の痛みなど気にせずに済む。

 

「ふぅー……」

 

試験内容は単純で、参加者は全員『的』を身体のどこかに三つ装着。そして配られた六つのボールを他者の的に当てる。三か所当てられた人は失格になり、三つ目の場所にボールを当てた人物が倒したと判定される。

そのルール下で二人倒した者が一次試験突破となる。

 

用意された試験内容がそもそも三分の一にするような試験か。五百人ですら多いと思ったのか? だからって三会場で合格者が三百人? それを今年から毎回やるつもりかよ。

オレが個性を持っていれば、こいつら全員ぶっ飛ばしてヴィランとして捕まえてやれるのに。

 

そんなことを考えていると、体育館ほどの四角い部屋の天井と壁が割れていく。紙の箱でも開けるかのように、壁と天井が地面へと広がった。

多古場競技場の競技場には、岩場、工場地帯、ビル群、高速道路、水辺付きの森林などの実物大ジオラマが組まれていた。雄英でやれば金も浮くのに。

見渡していると、観客席に座る何人かが見えた。教師や公安委員会のメンバーだろう。

 

ボールと的を手渡される受験者たちを見ながら、A組を集める。爆豪は切島に掴まれて無理やりだったが。

予想と完全に別試験だ。作戦の仕切り直しが必要になった。

雄英組を集めて全員にインカムを渡しておく。

 

「先着順。同校生徒を切り捨てても合格したいってヤツは出てくるぞ」

 

そう言うと、緑谷をはじめ何人かが驚いた顔でオレを見た。

意外か? なんだよ、高校受験の厳しさを忘れているらしい。

簡単に説明するといままでが年二回、半数合格ってことは、この会場に集められた千五百人の中に、三年生も混じっているということだ。三年で仮免取得が難しい場合、大学か、ヒーロー事務所で助手でもしながら仮免の機会を待つほかない。

それか、夢を諦めるか、だ。

オレなら、なんでもやるだろうな。

 

「合格者五十人を超せば、加速度的に同士討ちが起こる。逆に付け入る隙もありそうだけど、そこは個人でよろしく」

「いまのうちにやっとくか?」

 

心操に聞かれるがやめておこう。フライングが失格になる可能性がある。心操の個人戦であれば推奨していたが、読み間違えで心操がチャンスを奪われるなどあってはならない。

 

それにしても周囲の受験者は、わかりやすくこちらへの聞き耳を立てている。随分と余裕だが、いいのかな? 合格者上位七パーセント以下。気遣い程度の優しさなど捨てろと言われたばかりだぞ。

 

「装備受け取った連中はすでに移動を開始している。得意な場所で待ち構えての罠が定石。個性分かってるやつの方が狩りやすいよな」

 

一応、他校の体育祭もチェックはしておいたが、ネットの映像は切り貼りされた加工済が多く、全国中継の雄英ほど情報の露出は多くない。他校同士も、狙いは雄英だと思っているだろう。士傑も全国放送組ではあるが、あちらは三年がメインだ。夜嵐など名前すら出ていない。

 

公安委員会の黒服に装備を渡されたので、A組揃って走り出す。

 

「みんな! あまり離れず塊で動こう!」

 

緑谷は事前の作戦通り団体行動に移したいようだが、それはもう古い作戦だ。爆豪が作戦を拒否して別方向へ走り出す。慌てて切島と上鳴も爆豪へついて行った。せめて索敵向きである障子か耳郎を連れて行ってほしかったのだが……期待はするまい。

 

轟も一人で移動を開始しようとしたので、心操を連れに指定した。普通科を押し付けたなどと思うなよ。本当はオレがお世話になりたいくらいだ。

 

「足手まといにはならないからな」

「お前の怖さは俺も知ってるよ」

「言ってろ」

 

そう言いながら駆け出すドンマイチーム。

氷漬けにして洗脳。洗脳して氷漬け。どちらにしろ二人がいればどうとでもなるだろう。あー羨ましい。

 

緑谷が先陣切って進んだのは山岳地帯。周囲の建造物への破壊・森林火災などの戦闘被害を考えずに済むし、林間合宿およびTDLで必殺技を編み出した地形と似ている。

まあ、正直どこに行っても同じだからな。ここ以外で待ち構えている学生諸君には悪いな、としか言いようがない。

先着百人でオレたち狙い? 作戦が古いんだよ作戦がよぉ!

 

公安委員会のカウントダウンが終わる直前。周囲を埋め尽くすように受験者たちが顔を出す。だいたいの人数は耳郎のおかげで把握済み。そして作戦も、把握済だ。

 

「自らをも破壊する超パワー……! まぁ出る杭があればそりゃ打つさ!」

 

傑物学園、真堂を筆頭に囲まれる。一クラス分どころの人数じゃないな。人海戦術? ミスジョークの受け持ちクラスならもうすこし迂遠な手を使ってくると思ったが、ずいぶんと舐められたものだ。

 

周囲の受験者がボールを投げつけてくる。

 

みんなが思い思いの手段を使って飛来するボールを防ぐ。

とくに輝いたのが瀬呂で、八百万の盾に守られたこちらに、ボール付きのテープを投げてくれた。とりあえずボールの数だけはほかの受験者よりも余裕が持てたな。

 

「また来るぞ!」

 

複製腕の目で周囲を見ていた障子が声を出す。彼が見ている方向には、変なダンスをしながらこちらにボールを投げる男の姿。そのボールはなんと地面に埋まってしまう。ボール自体は軟球程度だ、オレが地面に埋めることは不可能、個性はなんだ、地面に向けてか、ボールに向けてか。

 

「下がって! ウチがやる!」

 

みんなが下に意識を向けている最中、耳郎が先頭に躍り出た。

両手の甲につけた新装備『音響増幅』をジャックしたことにより、プレゼントマイクの個性にすら匹敵する攻撃技を作り出した。

『音響増幅』のスピーカー部分を地面に当てることで、前面の地面が抉れ、めくれ上がる。

 

「ハートビートファズ!!」

 

TDLでの訓練では、個性の使い方の延長で必殺技を作り上げた者が多い。だが耳郎と上鳴は、アイテムを使うことによって、いままでできなかった戦闘の指向性を格段に上昇させた。具体的に言えば、攻撃向きになったのだ。

とくに耳郎は索敵、範囲妨害攻撃、範囲破壊攻撃の強みを兼ね揃えた。クラスでも上位に登っただろう。

 

耳郎が砕いた地面から四つのボールが峰田に迫る。それを芦戸が『アシッドベール』で防ぐ……もののオレたちの足元にまで酸付きのボールが飛び散って、地面から煙が出る。もうすこし完成度を上げてほしいな……。

 

隙を見て常闇が『ブラックアンク』の中距離攻撃で反撃を試みるが不発に終わった。

こう距離を空けられては多くのA組がボールを投げ返すのがせいぜいだな。瀬呂のテープからボールを引きはがしつつ周囲の面子に守ってもらっていると、地面が揺れた。

 

前方、傑物学園らしき面々が固まっている方向から、さきほどの耳郎の必殺技とは比にならぬ範囲と深度で地面が砕け始めた。足元が崩れる!

捲れ上がった岩に片足では太刀打ちできず、すぐさま両ひざをついて次の策を思索する。

 

揺れが収まる頃には初の合格者が出ていた。おまけに百二十名を不合格にしたらしい。強くて鈍い、良いリーダーになるだろう。

 

「策束くん……?」

「青山?」

 

大きな岩場の間に身体を隠す、体育座りの青山と目が合った。周囲を窺いながらその隙間にお邪魔して、二人で体育座りをする。

 

「こちら策束、青山と合流」

 

インカムを使って呼びかけるが、反応は薄いな。おそらくは自分のことで精いっぱい。先着百名だもんなぁ。

 

「その手」

「ああ、ごめん、痛かった?」

 

狭い空間なので、体育座りを二人ですると腕が重なるくらい密着する必要があった。義手が青山の腕に触れていたらしい。彼の視線がそちらへ向いていた。

青山が首を振る。

……こんな殊勝なキャラだったか? それとも思った以上に【鋭敏】なのだろうか。ナルシストは仮面? まあ、いまは置いとこう。

青山の個性は攻撃個性としては非常に優秀だが、拘束にも長期戦にも向かない。もう一人二人と協力したいな。

 

A組の様子を聞くが、轟が工場地帯で一人。爆豪、切島、上鳴が高速道路の橋上に向かって三人。大型ビル群には八百万、耳郎、障子、蛙吹、飯田。残りは山岳地帯にいるらしいが、この乱戦だ。大声を出せばターゲットはこちらに向いてしまうだろう。

 

オレがこの会場にいる連中と一対一で戦って勝つ可能性は低い。乱戦なら隙はあるかもしれないが、一人落としたところで二人目に届かない。

青山の必殺技の一つに、周囲にネビルレーザーをばらまく混戦特化の無差別攻撃もあるが、二度使えばコスチュームを着替えねばならぬ諸刃の剣だ。瀬呂か緑谷がいればなぁ。

 

「飯田が向かってきてくれているな。合流したら反撃だ。つっても、もう過半数を越えそうだけど……」

 

A組にはいまだ合格者からの連絡は入ってこない。

さてどうしたものか──そんなことを考えている時だった。

 

「その手……痛くないのかい」

「はぁ?」

 

さっきの言葉の続きを、青山が口にした。

あのなぁ、いま試験中なんだけど。まあ飯田が来るまでは付き合ってやろう、見つかったら青山に頑張ってもらうしかないな。

 

「痛くないよ」

「殴られたよね……。あの……ヴィランに。あの時は? 怖くはなかったの?」

 

それが、ここで体育座りをしている理由かな。

峰田がいつか言っていたことだ。

 

『今度こそ誰か死んじまうぞ』

 

あれは《I・アイランド》で、テロリスト集団を相手取るか、逃げるか。そんな選択肢の中の話だった。

あのときはオレが殺されかけたUSJ襲撃事件の話が、峰田の頭の中にあっただろう。そして今回は神野区の映像を見た青山が、か。……なんか申し訳なくなってくるな。

 

「めちゃくちゃ怖かったよ。死んだと思った。っていうか、なんなら今も怖いっつーね」

 

周囲からは怒声や爆発音。受験者全員の【必死さ】が伝わってくる。

 

その必死さは、きっとオレたち一年生や、無個性のオレにはないものだ。

失格になる彼らに、来年もあるだろうなんてオレは言えない。オレが失格させた先輩に「来年も頑張ってください」なんて言えるわけがない。来年も合格者が百人だったら? この会場だけで失格者は千四百四十人。その多くは二年生だ、来年も受験するだろう。

だが、来年の受験者、その多くが失格になる。

歴代のヒーローたちが証明しているように、確かに雄英や士傑高校はエリートだ。

だからって、ああ、くそ、それ以外の三年間も無下にしていいわけがない。

 

いっそ譲るか? 青山に。

一年だ、来年もある、再来年もある。言えばいいじゃあないか、「オレ昔はヒーロー科にいたんですよ、しかも雄英に!」なんて、ははっ、話のタネや信用作りにはちょうどいい。

あと一人分、青山に責任を取ってもらえば──。

 

「──……いってぇ……」

「だろうね、どうしたんだい」

 

気合を入れ直そうと両手で頬を叩いたのだ。おかげで右側の顔から感覚が消えた。オレの奇行に青山が驚いている。

 

また楽をしようとした。しかも今度は責任を押し付けようともした。

 

「自分の情けなさに驚いただけだよ」

「……情けない? キミが?」

「立派に見えるの? オレが?」

 

緊張感が途切れたわけではないが、笑ってしまった。この辺はまだまだ高校一年生だな、命懸ければヒーローか?

オレはオールマイトに認められた。認めてもらって救われた。耳郎もそうだ、オレは彼女のヒーローに成れたという。

 

でも、ヒーロー免許がなければヒーローではないし、ヒーローは強くあるべきだ。

今回の百人という数字。どうやって導き出した数字かは知らないが、弱いヒーローを量産するやり方を止めて、精鋭部隊を作ろうとしているのは明白だ。

 

「キミは、立派だよ」

「ははは」

「どうしたんだい?」

「いや、緑谷ともそんな話をね、いつだったかな。……青山?」

 

体育座りの青山が、ぎゅぅうと両ひざに顔をうずめてしまった。

いかんな、彼の集中力が完全に途切れている。

フルフェイスゴーグルもないオレの索敵能力は一般人レベル。片耳であること、もう片耳にインカムを挿していることを考えると、総合値で言えば会場でも一、二を争う低さだ。

オレに任せてくれるなよ青山。

どう声をかけようと逡巡していると、轟から連絡が入った。

 

『こちら轟。工場地帯で十人確保。俺と心操で一抜けさせてもらう。残り三人分、誰か来られるか?』

 

行きてぇ! さすがっス轟さん!

山岳地帯と工場地帯は隣接している。走れば三分もかからないだろう。

しっかし、ようやくA組からの合格者か……。

連絡ではすでに半数以上の合格者が出ていて、轟と心操を入れれば残り合格枠は四十三人分。雄英組が残り十九人……これを逃せばオレにチャンスは回ってこないよなぁ。

 

「行くぞ青山」

「え──」

 

岩場から周囲を見渡す。この乱戦を抜けて山岳地帯か……。賭けか、覚悟か。

 

「轟、オレと青山が行ける。時間はありそうか?」

『近くにはいなさそうだが、音はするぞ』

 

ほかの面々も山岳地帯にいるはずだが反応が薄い。それぞれが戦闘中であることは想像に難くない。

 

見渡す限りで、この山岳地帯に五十人は見える。

炎も、爆発も、光の柱も、それ自体で見ればA組でも見たことのある個性が多い。きっと誰が免許を取得しても、強いヒーローになるだろう。

 

……光の柱?

 

「なにしてんの……待って! 本当になにしてんの!?」

 

ブリッジのポージングを決めた青山が、空に向けてネビルレーザーを放出していた。天まで届くキラキラとした光の柱に周囲が照らされている。

 

「目立ってる!」

「え、ええ、そうでしょうとも!」

 

周囲の受験者も戦闘を止めてこちらを見ている。そりゃあそうだ、こんな目立つ個性なにしてくるかわからないもんな! オレもわからない!

 

「走って策束くん!」

「はあ!?」

「僕を気にしていたら共倒れ。キミに、譲っちゃう」

 

気を遣われたのだろうが、オレだけ合格したって意味がない。

 

「轟! 作戦変更! さきにゴールよろしく!」

「策束くん!?」

『策束! あの光って青山だよね! 見つけたよ!』

『俺も向かっているぞ策束くん!』

『こっち三人も合格できるわー!』

 

あーあーあー! もう一斉にしゃべるんじゃあないよ!

えーっと、第一突破確定が爆豪・切島・上鳴・轟・心操の五人。八百万たち四人は戦闘を終えてポイントを分配中。あと一人いれば四人が揃って合格できるそうだ。

となると、残り席は四十人分を切るだろう。

 

一分一秒が惜しい。

ああ、しまった、轟たちに全員不合格にするよう指示出しするの忘れてたな。ここからさきは同士討ちにも目を配らねばならない。

 

「見つけたぞ! 雄英だ!!」

 

他校に先に見つけられたか……。まあA組のほかの面々もオレたちに向かって来てくれているとはいえ、距離はあるよな。動き出せば周囲から足止めされるかもしれないし。

 

「逃げるぞ青山!」

 

青山のコスチュームを両手で掴んで、跳ねるように走り出す。ビームの角度が変化して、追ってくる受験者たちに当たる瞬間に霧散していく。危なかった……。

 

距離を稼ごうと思ったが、目の前に白い壁が──鳩だこれ!

大量の灰色の鳩がオレたちの周りを旋回している。そして背後から、さきほどオレたちを追っていた受験者たちのうめき声。

 

鳩の中から常闇の『ブラックアンク』に捕まれて、気を失っている受験者二人が差し出される。間髪置かず、青山とオレで仲良く二人を失格に追いやる。

──悪いな……本当に。

 

「助かった常闇! 口田!」

『合流の礼だ、あとは頑張れ』

 

鳩の包囲が広がって境界線を作り出す。上手い、壁は薄くなったが、遠目からなら中の様子は半端にしかわからないはずだ。

そして、その包囲網の中に気軽に乗り込んでいけるのはA組のみ──。

 

峰田が絶叫しながら《もぎもぎ》をばら撒いていく。センサーは点滅していないのに、頭部からの出血が物凄くて満身創痍の様相だ。

峰田の個性に足を取られた受験者を、尾白、口田、峰田が競うように失格にしていく。その一団とは別方向にいる受験者たちの一団が、目を覆わんばかりの光に照らされた。

 

「集光屈折! ハイチーズ!!」

 

目を瞑って光を防ごうとした受験者たちに、葉隠が単騎駆けして悠々と合格していった。

 

次々と雄英組が一次試験を突破する掛け声がインカムから響いてくる。

同時に、残りの合格枠の減っていくアナウンス。すでに二十を切っている。

 

向こうも必死だ。オレたちに向かって破れかぶれのボールが遠方から飛んでくる。

それを防いだのは飯田に背負われて現れた、芦戸の『アシッドベール』。飯田のヘルメットからすこし煙が出ている……。

 

「みーんな焦って! 大雑把になってきて! 敵も味方もぐっちゃぐちゃで! 周り全然見えなかったんだよ!」

 

「でも──」と彼女はサムズアップで青山を振り返った。

 

「青山のおへそレーザー見えたから! また集まれたねー!」

 

オレが地面の《もぎもぎ》に新しく引っかかった受験者にボールを当てていると、飯田は一人で青山の元へ。芦戸は飯田から離れた勢いのまま突進する受験者に飛び掛かり、ボールを紙一重で当てていく。

 

そして青山と飯田が同時に受験者にボールを当てた──。

 

まだ枠は残っている! 緑谷の三人組に連絡すると、三人はどうやら一足先に合格できていたようだ。安心するように地面へ大の字に倒れ込む。

 

「こちら策束……。A組全員の合格を確認……。で、良いんだよな」

 

返答は聞こえず、しかし、無情にも百人目の合格者が出たことで、一次試験の終了アナウンスとなった。

 

青山がオレを引き起こそうと手を伸ばしてくれたので、ありがたく引っ張り上げてもらう。いまだ立ち上がるのは苦手なんだよ。

合格者が向かうべき小屋があるらしいので山岳地帯にいた面々と向かう。途中、緑谷、瀬呂、麗日とも合流した。雄英組は合格枠が五十人超えてからの突破だった、綱渡りだったな。

隣を歩く青山が、オレに聞こえる声量でつぶやいた。

 

「これで僕も、対等になれるかな」

 

視線は緑谷に。言葉はオレに。

いや、独り言だったのか、オレに語り掛けたのか。それはもう、わからないのだけれど。

 

「全員合格したのは、青山が作ってくれたチャンスのおかげだよ」

 

青山がオレを見る。

その彼に、これ以上かけるべき言葉は一つしかない。

 

「──ヒーローに成ろう」

 

周囲の泣き崩れる受験者を置き去りにして、オレたちは進むことしかできないのだから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。