【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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仮免試験・後編

 

合格者の待機所に辿り着くころには、失格者の会場の退去完了のアナウンスが響いた。

A組は楽しそうにお互いの合格を祝い合っている。

百人中、二十一人を雄英が占めたのだ。安堵しているのだろう。

 

士傑高校はさすがだな、帽子のおかげで見つけやすいということもあって、見る限りは二十人近く合格している。受験者が何人かは知らないが、そのほとんどが二次試験を受けるはずだ。

 

公安委員会の指示に従い、一次選考で使用したターゲットを外して待機しているが、すでに疲労感が全身に回っていて立てやしない。試験が始まってまだ一時間も経っていないんだけどな……。

 

気の抜けたクラスメイトとテーブルに用意された飲み物で喉を潤していると、室内のモニターが多古場競技場の全体フィールドを映し出した。

 

『えー、一次選考を通過した百人のみなさんー、これを、ご覧ください』

 

モニターに視線を向けると、外から爆発音や崩れる音や振動が伝わってきたと同時に、モニターに映し出される競技場の建造物が、爆発に合わせ崩れていく様子が流される。

 

『次の試験でラストになります。みなさんにはこれからこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行ってもらいます。一次選考を通過したみなさんは仮免許を取得していると仮定し、どれだけ適切な救助を行えるか試させていただきます』

 

あくまで【仮免許】か……。

どういう意図だ? 責任者をその場で立てろということか、それとも本当に一般人の仮免取得者として活動しろということか。バイスタンダーとしてなら後者だが。

まあ考えるのはこの試験の突破人数を聞いてからでも遅くはない。ここからさらに極端な減らし方をするようなら、ヒーロー公安委員会に喧嘩を売ることすら覚悟しておこう。

 

モニターを見上げていた障子が慌てた様子で「人がいる」と呟いた。

周囲の受験者も不安そうにしているが、おそらくはオレたちに用意された要救助者だろう。遠目ではあるが、子ども、老人、妊婦など、移動に問題がありそうな人たちが、崩壊した地形に次々と侵入していくさまを見届ける。モニター外にもいるだろうから、何人いるかはここからでは把握できない。

 

公安員会のアナウンスでは、彼らは《HUC》という略称で活動している要救助者の演者だそうだ。素人ではない──ということは、採点も行うのか? そうなればヒーロー公安員会の採点基準が外部に伝わっている……。知りたいな。

 

『今回はみなさんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。十分後には始めますので、トイレなど済ましといてくださいね』

 

アナウンスが切れたくらいで、飯田がオレと緑谷の間に立った。

 

「緑谷くん、策束くん」

「うん……。この被災現場、神野区を模しているのかな」

「確かに状況は似ている。あのとき俺たちは、爆豪くんをヴィランから遠ざけ、プロの邪魔をしないことに徹した。その中で、死傷者も多くいた──」

「……頑張ろう!」

 

言うほど似てないと思うけど……。

この会場にはオール・フォー・ワンのような強大なヴィランがいるわけではないし、そのヴィランを足止めできるオールマイトもいない。それに加え、怪我無くまともに活動できる仮免取得者が百人もいるのだ。

おまけに山岳地帯、工場地帯、ビル群、大型ビル群、森林地帯と多様に用意されているし、救助者が素直に助けを求められるかわからない状況にある。

 

あと八分か。

耳郎と今後の対応を話し合っていた八百万に声をかけた。

願いは簡単で、拡声器を《創造》してもらうこと。フルフェイスゴーグルを手に入れてから、拡声器は装備から外してしまっていた。声が枯れる可能性もあるし、投げれば武器になる。……ならないかもしれないが。

 

背後で騒ぎ出した緑谷、瀬呂、上鳴、峰田の面々に注意を呼びかけようとしたところ、丁度いいところに士傑高校の面々が来てくれた。

雄英と士傑で合格者の半数近くを占めている。恨まれていることは承知の上だが、発言権は無視できないだろう。

 

周囲を見ると、各学校に分かれて作戦を練っているようだが、一人、二人だけという立場の人は多くいる。バラバラで救助するよりは効率的はなずだ。

 

士傑高校の毛むくじゃらの先輩が爆豪に話しかけている。細目の男が夜嵐に指示出しをしていたが、リーダー格は彼だったか。

肉倉という受験者が爆豪たちと戦い、雄英側の勝利だという。まあ聞けばその先輩は単騎だったらしいので、三人に囲まれればそうなるか。

その毛むくじゃらの先輩が「雄英とは良い関係を築いていきたい」というものだから、そのお言葉に甘えさせていただこう。

 

「こちらこそよろしくお願いします。一年A組の策束業です」

「二年一組の毛原だ」

 

オレたちが一年ということを考えれば、彼がこの百名の実質的リーダーになってほしいところだが、どうだろうな。高校二年生で百人への指示出しが含みなくできるかどうか。

とくにオレたち雄英に対して、どんな感情を抱いているかわからない。

 

「まず確認なんですが、協力はしていただけますか?」

「次の試験の、ということだね」

 

さきほどの謝罪はそういうことだと信じている。じゃなきゃこのタイミングで謝罪だ和睦だの話はしないだろう。

 

「合格数の発表はなし。ということは、各々の技量が審査員によって判断されると思っています。百人が百人、この会場にいる全員が合格、ということは十分に考えられる試験だと考えています」

 

すこしだけ声量を上げた。頼むから【みんな】もこちらに興味を抱いてくれよ。

 

「それで? 俺たちにどうしてほしいのかな?」

「ルールを決めてほしいんです」

 

毛原先輩をはじめ、何人かが首を傾げている。

そりゃあそうだ、基準を定めたのは公安員会。審査される側がいったいどんなルールを決めようというのか──簡単だ。

 

「エリアごとに分けて考えるか、それとも会場全体を被災地として考えるか、です」

 

簡単なのは会場全体を被災地として見ることだ。

住宅地も兼ねていそうなビル群や高層ビル群なら、ヘリは期待できない。となれば陸路でのヒーロー到着を待たねばならない。

一転、山岳地帯、森林地帯は被災者を一か所に集めてヘリでの空輸が安全になってくる。

問題は工場地帯。陸路であれば長い長い動線が必要になる。瓦礫の撤去だけで半日が終わりそうだ。

それらを解決できるのは、公安委員会が用意してあった千五百四十人を収容した開放型の会場跡地だ。広さ、ヘリポート、見晴らしの良さ、それら全てを兼ね揃えている。

 

それらのことを伝えると、傑物学園の面々も近づいてきた。

こちらは確実に敵対視しているよな、とくに真堂とやら。百人限定になってもオレたちを狙ってきたくらいだ、執念すら感じるよ。

 

「面白い話しているじゃないか。さすが雄英は違うよね。立派だよ──それで、キミはエリアごとに分けたいと考えているんだね」

「まあ、はい。各箇所二十名前後で救助活動を行うことになるので、人手が割かれます。代わりに全員に仕事を与えられます。視野を狭くしてもいいし、重傷者がいれば移動も短くて済む。点数を稼ぎやすくなるのはエリアに分けることです。エリアごとにリーダーを立て、得意な個性を割り振って──」

「点数? それがキミのヒーロー像かい?」

 

毛髪の隙間から見えるその視線は、オレに突き刺さったままだ。言いたいことはわかる。ヒーローたるもの、ってやつだ。

 

「賛否はあるでしょう。それにエリアで分ける場合は、みなさんの協力が必要不可欠です。個性の把握、連絡伝達、学校対抗の意識を捨て去ること。決めていただけませんか、あなたが」

「俺も話し合いに混ざりたいんだけど」

 

真堂の言葉を、身体を使って遮ったのはオレだ。おいおい、笑顔のメッキが剥がれてるぞ。もっと上品に笑えよ先輩。

 

「すみませんが、この話し合いは点数になりません。責任者は一人で十分です」

「じゃあ言わせてもらうけど、この話し合いってバイスタンダーとしての域を越えてんじゃないかな? どう思うみんなァ」

「我々には【偶然居合わせた】という設定しか用意されていません。この会場がもし被災地を再現しているというのなら、日本のどこにこんな複雑な地形があるか教えてほしいものですね」

「ああ、なるほど。雄英は二十一人残ってるんだ。エリア一つ分だねぇ」

「おやエリア一つ分をいただけるほどに信頼してくださっているのですねぇ、センパイ」

「カルマ! 顔、顔!」

 

おっと。耳郎に注意され、仮面を付け直す。

そんな中、毛原先輩がぽつりと呟いた。

 

「試験官の意図と違う場合は──外れた場合はどうなる?」

 

しまった、見誤ったか。この先輩は予想以上に冷静で臆病だ。二年生のリーダー格なら真堂先輩くらい思い切りがあると踏んだが……。

この人も良いヒーローになるだろう。

 

「人を救う。それ以上の判断基準はありますか? エリア別か全体かはさして重要なことじゃあないんですよ。今回用意された試験会場では、その二択で動線や個性の配置が変更になります。べつに雄英に一つの場所をくれと言っているわけではなかったのですが──すみません、時間をとりすぎました。もう全員の個性を聞いて配置する、という作戦はとれなくなりました」

 

残り三分。ここから百人の個性を分けて五か所に割り振る時間はない。せっかく全体の視線を集めることに成功したのに。

ちくしょう真堂め。

 

「全体に切り替えましょう。その場合、どのような動きをしていただいても構いません。みなさんの幸運を祈ります。ただ一点、正式な免許を持っているヒーロー及び警察の移動経路だけ、始まり次第【指示】を出します」

 

さて、従うか否か。どのみちエリアを統一するなら話はこれで終わりだ。

さすがに突発的な被災現場を想定しているのなら、これ以上の話し合いは審査員からの心象は良くないだろう。

それに言質を取ったわけではないが、オレの発言に重みをもたせることができた。まあ最初だけだけどな。

 

残り百八十秒もない時間だ。もうトイレに行く余裕を見せる人はいないな。すでに肌がピリピリするほどの緊張感が会場を支配している。

喉を潤しているのはすでにオレだけ、かと思ったが良い見本がいた。受験者には切島を見習ってほしいものだね、いつまで食べてるんだコイツは。

 

良いものだな、起こるとわかっている災害に備えられるのなら。インカムを通して「気負うな」と全員に伝えると、A組は息を吐いて肩の力を抜く。いつもやっているだろう、まずは状況の把握だ。

 

「オレたちは、そうだな、ショッピングモールに行こうとしていた。仮免合格おめでとうの打ち上げだ。ショッピングモールが目の前で爆発。大人たちは逃げ出している。逃げられないのは誰だ? オレたちはなにをすればいい?」

 

オレの近くにいる受験者も、すこしは力が抜けたようだ。

 

「さあみんな──ヒーローに成ろう」

 

十分が経過したのだろう。待合室にサイレンが鳴り響き、続けて公安委員会のアナウンスが流れた。

 

『ヴィランにより大規模テロ発生。被害はマルマル市全域。建物倒壊により傷病者多数。道路の損壊が激しく救急先着隊の到着に著しい遅れ。到着するまでの救助活動は、その場にいるヒーローたちが指揮をとり行う。一人でも多くの命を救い出すこと。それでは──スタート!!』

 

一次選考と同じように待機所の天井が解放され、状況開始だ。

 

「仮の対策本部をここにします!! 救助向きではない自覚がある個性主は残ってください!!  要救助者は見つけ次第周囲に連絡!!」

 

走り出すヒーローたちの背中に拡声器の音をぶつける。

 

「ヴィランによるテロ! 爆弾がすべて爆発したとは限らない! 【爆弾とも限らない】! 索敵個性は慎重に! 爆音鳴らすなよ爆豪!!」

 

遠方から「うるせぇ!!」と聞こえてきた。

周囲に集まった先輩方と相談しながら簡単な市の想定を行う。多古場競技場内を一つの市の縮図として考える場合、どこが避難所として正解だ?

戦闘個性は素直に護衛に回らせたいが、もし採点方法が加点だった場合、それだけではダメだ。避難・誘導・護衛。その三つを行ってこそ点数になる。まあそれを言い出せば、この仮拠点にいる我々も落ちる可能性があるわけだけど。

 

「爆豪、中央の都市部近くに大きい避難所を作る。その付近で救助された人の誘導を頼めるか?」

『なんで俺がそんなことしなきゃならねぇんだ! 勝手に助けてくるわ!』

「ヴィランがいた場合、狙うのは壊れた街か? 護衛だよ護衛」

『戻るから待ってろクソワイリー!!』

 

なんて扱いやすい。

士傑と傑物にも協力してもらい、戦闘個性を何人か呼び戻してもらう。彼らは基本、救助された人を避難所に誘導する係りになるだろう。

山岳地帯、森林地帯にも小さい避難所を作成中。ここでも人を割かねばならない。百人中、いま何人が救助に回っている? 

 

大きい方は中央、一次選考の待機所に作る。第一救護所と題し、そちらは士傑がリーダー。小さい方はついさっきまでいた二次選考の救護所に作った。陣頭指揮は傑物の真堂。

さて、用意されたものをそのまま使うのは、ちょっと卑怯かな。

 

第一救護所では爆豪が到着して、瓦礫を撤去してくれているらしい。それが済めば、第二救護所と繋ぐ道路を作ってほしいと指示を出した。実際距離は二百メートル無い程度だけど、市内として考えれば五キロほどはあるだろう。この想定不足はどのように評価されるのか。

 

「五十代女性! 頭部に裂傷!」

 

受験者に連れてこられた女性だが、頭部を抑えている。指の間からはポタポタと血のりが零れていた。口を開けて目は虚ろ……。意識が朦朧になっているという設定だろう。

 

「すぐに寝かせてください!」

 

女性を寝かせた受験者は、心配そうに女性を見ている。目配せだけで次の救助へ戻るよう指示。それで戻らなきゃ減点されるだろう。

 

寝かせた女性の頭部を、用意しておいたガーゼで抑える。このガーゼは八百万に《創造》してもらったものや、他の受験者が用意していたものだ。オレも少しは用意していたが、焼け石に水だな。

 

「もう大丈夫ですよー! 安心してくださいねー!」

「ここは……」

 

──最初からこのレベルを要求されるのか。くそ。

 

「お名前言えますかー!」

 

女性はなにかを話そうとして、何度か目を瞑る。

 

「意識レベル十! 頭部出血止まりません!」

 

周囲の受験者がオレの言葉にざわつく中、呼びかけ続ける。

しかし、要救助者は彼女だけではない。

 

百人が余裕で入れたこちらの待機所も、人を寝かせれば三十人程度で一杯になってしまう。おまけに第二救護所にいる受験者は十名未満。

雄英組にインカムで語り掛けるが、救助が難航しているため応援は期待できそうにない。むしろ他校から、この避難所に人数を割きすぎだと文句を言われてしまう。それほどまでに要救助者が多いのか。

 

しかたがない、要救助者の力を借りるか。

足の負傷をしている中年女性がいたため、彼女に声を掛け続けてもらうことを提案。バイタルチェックのため定期的に様子は見なければならないが、オレも動けるようにしておく。

 

その二人の女性から「ヨシ」と声をかけられ、複雑な気持ちにさせられる……。

 

さておき、次から次へと運び込まれてくる要救助者ではあるが、最初に連れてこられた女性が一番の重傷。それ以外は意識レベルが二桁になる人は少なく、三桁はゼロ。トリアージの必要なくて助かるよ……。

まあ生きている人間には心肺蘇生はできないから──なんて思ってたら、困惑顔の受験者が『男性・二十代』と顔に掛かれた人形を持ってきた。意識レベル三百、トリアージレッド。くそ、用意がいいな。

 

「すみません! 自分義手です!」

 

察した近くの真堂が人形を受け取り、心肺蘇生を試みる。その間に、人形を運んできた受験者に詳しい話を聞く。第二救護所初のトリアージブラック候補だ。ここで基準を間違えば今後は人形全部をブラックにしかねない。

 

「いつ見つけましたか。ここに来るまでに何分?」

「五分くらい……。近くにいたんだ。誰も、気づかなくて」

 

物言わぬ人形だ、耳郎ですら聞き逃すだろう。むしろ良く見つけてくれた。

真堂が提示した時間は三分。それでダメならトリアージブラックとして【処理】することになる。トリアージブラックとは【処置しない】という判断だ。助かる・助からないではなく、処置を考えずに見捨てるという基準だ。

正直、毛原先輩より頼りになるな真堂先輩。好きじゃあないけど。

 

「策束くん!」

 

背後から緑谷の声。見れば五歳くらいの少年を連れている。……少年にしては、目つきが悪いけど。

 

「頭怪我してる! 出血多いけど、傷は浅いし受け答えはハッキリしている!」

「わかった! キミ、もう大丈夫だからねー。傷見るよー」

 

緑谷から引き渡された少年に声掛けすると、「ヨシ」と小さな声が聞こえてきた。

祖父とともに来ていたそうなので、少年の名前とともに声掛けするが、反応はない。しかたがないので、さきほどの朦朧とした要救助者とともに固まっていてもらう。足を負傷した女性に感謝の言葉を贈ると、こちらからも「ヨシ」と小さな声を掛けられた。

 

その時だった。

 

競技場内の様々な場所で同時に爆発が起こり、建物が崩れる轟音がいくつも聞こえてきた。第一救護所と合わせるとすでに百人近く救助している。おそらくは、全員の救助ないし主要な箇所からの救助が完了したため、次の局面に移行したと見るべきだ。

 

『ヴィランにより大規模テロが発生──』

 

第二救護所近くの競技場と客席を隔てた一枚の壁も無残に爆破され、一本の道が作られている。

そこから要救助者を避難させて、なんて易しい状況じゃあないらしい。その証拠に、その穴からは砂塵越しで視認できるほど多くの人影が動いているのが見えた。その中でも特に大きな影の持ち主──ギャングオルカが見えたときは、何人もが息をのむことになる。

 

『ヴィランが姿を現し追撃を開始。現場のヒーロー候補生はヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください』

 

JP ビルボードチャートトップテン。ギャングオルカが、ヴィランとして登場か。手下のように全身黒いコスチュームで身を包んだ雑多なヴィランもいるが、彼ら一人ひとりがオレが一対一で相手するには荷が重い相手だろう。

おまけにこちらは五十人を超す大所帯。さきほどの爆発で、捜索隊が把握していた地形も変化しただろう。

 

「第二救護所、策束! テロリスト集団と遭遇。ヴィランは三十人以上。距離は百メートルもない。第二救護所は捨てる。新たに見つかった要救助者は第一救護所へ。周囲と声を掛け合って新造救護所を作れ。爆豪、すぐに来い。戦闘だ」

『四十秒!!』

 

直線距離で二百メートル程度だが、凹凸の地形を四十秒と断言するとは、さすがの安心感。ヴィランが素直に合流を許すか否かだが。

オレが呑気に状況を伝えている間に、真堂先輩が走り出した。ヴィランと接敵寸前でしゃがみ込むと、軽い揺れが身体に伝わるとともに、彼の前の地面が大きくめくれ上がった。

なるほど、一次選考の地割れもアイツの個性か。てっきり心操のように洗脳寄りの個性かと思ったが、警戒しすぎたな。確かにあの個性では探索向きでもない。

 

ヴィランに背を向けて要救助者の避難に力を入れようとしたが、緑谷が悲鳴のような声を上げた。

 

「真堂さん!!」

 

振り返り、ギャングオルカの頭突きによって後方へ倒れ伏す真堂に、頭を抱えることになる。

 

救護所の避難民は動かせない者もいるし、十人背負って移動させたとして、足止めは誰がする?

頼むぜギャングオルカ……時間はくれよ……。

 

真堂を除いた受験者たちに戦闘の意思はない。おそらくは戦闘に向かない個性であることと、救護所の避難民の移動を優先するべきだと考えたのだろう。

護衛がいればそれも悪くはないが、このままではヴィランに蹂躙されることが予想される。

 

緑谷がギャングオルカに駆け出している最中、氷がギャングオルカに突き刺さるように出現する。その氷自体はギャングオルカが腕力か超音波を使って砕いてしまうが、足元にまで回った氷が真堂を弾き飛ばして、彼の身体が後方へ飛んだ。轟め、ずいぶんと器用な芸当をする。

 

背後から尾白や芦戸などのA組がいち早く駆けつけてくれた。

 

常闇には戦闘に加わってほしかったが、ダークシャドウと本人合わせて三人は運べる。だが、逃げるのが正解なのかどうか……。

せめて芦戸に真堂を迎えに行くようお願いしたかったが、そばにいた少年を抱えて、すでに走り出すところだった。

 

真堂を見捨てるわけにはいかないが……オレが残るべきか? 余剰戦力は周囲にない。

しかたない、戦闘は緑谷と轟に任せて、爆豪が来たら轟と入れ替え。その隙にオレが真堂を回収。よし、それで行こう。

もっとも、緑谷、轟、爆豪がギャングオルカに勝てるとは思わない。足止めできたとして、ヴィランはギャングオルカだけではないのだ。

 

「吹き飛べええええええ!!」

 

突風に吹かれ、氷が砕けるわ飛んできた氷が頭に当たるわ、受験者の攻撃か。

 

「ヴィラン乱入とか! なかなか熱い展開にしてくれるじゃないスか!」

 

周囲のヴィランにかまけて上を見てなかったっ! アイツがヴィランだったら取り返しがつかなかったぞこの間抜けめ!

自身の失態にほぞを噛む思いだ。

まさか地面にはいないよな……。くそ、せめてフルフェイスゴーグルがあれば。

 

なんにせよ状況は好転。あの夜嵐とかいうやつの個性、轟の氷を吹き飛ばすほどの威力だ。さきほどの一撃で周囲のヴィランたちも氷同様吹き飛んでいる。

 

そして真堂先輩も吹き飛ばされ、気持ちオレたちに近くなっている。

緑谷に手信号を出して、二人揃って真堂先輩へ駆け出した。最悪オレを囮にするか。

 

氷の効き目が薄いと思ったのだろう、轟が炎に切り替えてギャングオルカに放ったところ、夜嵐の風と相殺されて炎はオレの頭上、風はギャングオルカの頭上を通り過ぎていった。

 

周囲のヴィランが呆気にとられるが、いやはやまったく、試験官としての自覚がないらしい。それとも彼らはバイトかな。

急造のチームなどこんなものだ。一度二度息が合わなかったところで──。

 

「なんで炎なんだ! 熱で風が浮くんだよ!」

「さっき氷が防がれたからだ! お前が合わせてきたんじゃねぇのか!? 俺の炎だって風で飛ばされたっ」

「あんたが手柄を渡さないよう合わせたんだ!」

 

──ああ、本当に、自覚がないヤツは──。

 

拡声器を握りしめ周囲に指示を出す。

 

『炎は出すな! 相性が悪い! 氷で周囲の足止めよろしく!!』

「策束! でも──」

『敵がわざわざ人数用意してポイント獲得しろってよ! ボス倒せばお終いか!? 一人逃がせば一人殺される! 緑谷! ギャングオルカの足止めを頼む! シャチの個性だ! 必殺技は知ってるな!』

「うん!」

『夜嵐! てめぇ次ヴィランから視線切りやがったら後方下がってろ!』

 

真堂先輩のコスチュームを掴んで後方へ引き摺ろうとしたとき、彼は手を振り払って、フラフラと立ち上がった。なんだ、意識あるのか。

 

『ここが境界線だ! 押し留めるぞ!!』

 

インカムでA組に呼びかけるが、爆豪からの返答がない。どうした、四十秒はとっくに過ぎているぞ。

第二救護所は全員が避難しているが、完了まではまだ時間がある。

くそ、オレの点数はなくなるばかりだな……。

 

しかたない、戦闘の振りだけでもしておくか。

拡声器を捨て、腰に差してあった杖を抜いた。

九十センチのすこし長めの杖。先端はすこしだけ尖っているので人に向けたくはなかったため、端と端を両手で持って、片肘を引いて地面と水平に構える。

 

「緑谷! 応援がくるまで無理するなよ!」

「うん!!」

 

真堂先輩が地面を砕くタイミングに合わせ、二人で走り出す。

夜嵐がヴィランの誰を狙うのか、【手柄】という言葉を考えるとギャングオルカだろう。案の定、突風がギャングオルカの懐に入り込んだ緑谷の邪魔をする。

経験不足か自己顕示欲が激しいのか……。二度、三度程度なら見逃そう。

 

割れた地面を氷が覆い、不安定の足場にしがみついていたヴィランを何人も氷の彫像のように動けなくする。

いいぞ、避難民との距離が空いていく。

 

公安委員会が出した指示はヴィランの制圧。鎮圧でも捕縛でもない。

要はヒーロー到着までは要救助者の離脱が優先されているということだ。タイムリミットと言い換えてもいい。

読み間違えていても、第一救護所まで押し込まれなければテストとしては十分な活躍ができる。……まあ、オレ以外は。

 

本当なら夜嵐に要救助者との距離を測ってほしいところだが、ヴィランから目を離すなと指示を出したせいか、それとも戦闘狂なのか、前しか見ていない。緑谷も迂闊に近づけないほどの突風だが、それはそれでいい。

問題は──ああ、やっと来たか。

 

「ヴィランはどこだぁ!!」

 

後方から爆発音をまき散らしながら現れた爆豪。何人かのヴィランが気を取られたので、油断している間近のヴィランの装備に向けて攻撃を放つ。杖程度じゃ凹みしか作れなかったが、泥のようななにかが周囲のヴィランに命中。その泥はセメントのように急速に固まっていった。……いいなぁあれ。

 

周囲のヴィランから攻撃を受けつつ後退。おかげで義手がセメント塗れだ。重さで身動きが取れなくなるぞこれ。

 

「目標ギャングオルカ! ほかのは轟にまかせろ!」

「ハッ! 雑魚狩ってろ半分野郎!!」

「夜嵐! 氷砕いても構わない! 一人ひとりを後方に追いやれ!」

「──……」

 

あ、無視された。まあしかたない。【手柄】は仲良く分け合ってくれ。

夜嵐の突風すら利用して、爆豪がギャングオルカに肉薄する。面白いことに、個性を乱発した爆豪と、夜嵐が意外と噛み合っている。

爆風が風でかき消されていく様は、なかなかの見物だ。薄い煙幕がヴィランたちに流れて行くのも非常に効果的だと思う。

 

「もう一度氷を合わせろ!」

 

真堂先輩が個性を使ってもう一度地面を砕く。ヴィラン側の地面はもはや縦の面のほうが多いな、お見事な個性だ。合わせて氷が地面を覆い、今度はギャングオルカの足元すら覆って足止めをする。

緑谷も負けじと、突風・爆発のどちらも掻い潜り、ギャングオルカの頭部へと蹴りを放つがそれは腕貫に防がれる。だが高威力だ、もう一度攻撃すれば砕けるのではないかと思えるほどに損傷を与えている。

 

その間に戻ってきてくれた常闇はギャングオルカへ向かわせた。爆豪との相性の悪さはあるが、それでもダークシャドウはダメージを受けない無敵の中距離攻撃だ。緑谷を突風やギャングオルカから守ってくれる盾でもある。

いや、常闇だけではない。梅雨ちゃん、芦戸、尾白がそれぞれヴィランの装備を狙って破壊していく。

 

氷で足場も悪いだろうが、これはTDLの訓練の成果が出たな。芦戸、尾白の動きに淀みはない。梅雨ちゃんに至っては都合の良さそうな地形になっているのだろう、氷の無い壁面を移動して、時間を稼いでくれている。

 

「イサナを向かわせたはずだが、士傑の名折れよ!!」

 

オレの横を大量の毛髪が通り抜け、ヴィランたちを次々と拘束していく。一瞬で十人ほど確保して、さらに伸びる。背後には士傑の毛原先輩。この人めちゃくちゃ強いなっ!

 

周囲に強者が来たことで安心して下がろうとしたとき、ブザーとアナウンスが同時に流れた。

 

『えー、ただいまを持ちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。誠に勝手ではありますが、これにて仮免試験全行程終了となります。集計ののち、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ。他の方は着替えて、しばし待機でお願いします』

 

──ふう……。

多くのヴィラン役がギャングオルカを「シャチョー」と声かけに行くが、何人かはオレの様子を見に来てくれた。怪我はないが、義手がなぁ。

義手を外すと、オレの代わりにセメントを剥がしてくれて、さらには、なぜか感謝までされた。不思議な現象に首を傾げていると、どうやらギャングオルカには、オレが神野区で救助活動をしていたと認知されていたらしい。

 

奥からギャングオルカが歩いてきて、左手で握手を要求される。

 

「やっと挨拶ができたな、策束」

 

ナンバーワンのオールマイトに続き、ナンバーテンのギャングオルカに名前を憶えられた。嬉しくて頬が赤くなっていくのがわかる。

 

「すでに仮免試験でのヴィラン役は決まっていたからな、雄英側に事情だけ聴いて保留していた。試験お疲れ様」

「いえこちらこそ、胸を貸してもらい感謝しています」

「なに。部下にもいい刺激になっただろう、豊作の年だ」

 

──豊作ねぇ。ギャングオルカすらヒーロー公安員会のやり方には賛同しているらしい。千五百人を百人にまでふるい落として、豊作もなにもなかろうに……。

 

「我々は試験官ではないので、キミたちの行動に点数はつけられないが、いい動きだったぞ。キミがいなければあの轟と夜嵐は間抜けを晒していただろう」

 

あ、そういえば。なんか仲悪そうだったな。夜嵐のことは知らないが、轟がああいう感情を出すなんて珍しい。

その後は手足の心配をされつつ、全員で試着室へ向かう。

第二避難所以外の受験者は、ギャングオルカの姿を見て高揚を見せていたな。女性陣なんて黄色い悲鳴だ。

 

雄英組以外からは手足に奇異の目を向けられつつ、制服に着替えてから競技場へ戻ると、巨大な足場とモニターらしきパネルが用意されていた。

 

念のため雄英組で固まって集合する。三次選考がないとも限らないからな……。

 

しばらくすると公安委員会のアナウンスが流れ、気怠い空気を纏っていた受験者たちが、一瞬で緊張を取り戻す。

 

アナウンスによれば、二次選考は減点方式。持ち点は不明だが、HUCとヒーロー公安委員会との二重に審査されていたらしい。二重か、一つの【ミス】が二つ分の減点になると受け取っていいのか。

 

そんな【淡い期待】がすぐさま裏切られたのは、次の瞬間だった。

 

『合格者は後方モニターに五十音順に名前が表示されます。どうぞご確認ください』

 

公安委員会が提示した巨大なモニター。

そのモニター内に、『策束業』の名前は載っていなかった。

 

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