【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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幕間「次は君だ」

 

策束の部屋で爆豪に「あとで表出ろ」と耳打ちされた緑谷は、クラスのみんなが寝静まった夜中、指示に従って寮を抜け出した。

寮門に佇む爆豪を見つけ緑谷が小声で呼びかけたものの、彼からの反応はない。近づけば目を瞑って立っていた。寝ているのか、緑谷がそう思ったとき、彼は薄目を開いて歩き出してしまう。

不思議なことに、声を荒らげる彼も威圧的だが、いまほどの【迫力】はないだろう。

 

普段なら──中学生までの自分なら、いまの爆豪についていくことはなかったかもしれない。それほどまでに荒々しい内面がにじみ出ている。

怯えを呑み込み爆豪の後ろをついていくものの、背中はすぐに丸まった。

 

一方の爆豪は、緑谷に制止の声を掛けられるが、すべて無視した。まるで背後には緑谷がいないように振る舞った。

そうでもしなければ、いますぐにでも暴れ出してしまいたかった。無知で無謀で、自分ならすぐにナンバーワンに成れると信じていた、あの頃のように。

我慢した理由はただ一点。緑谷から【答え】を聞きたかったから。

それまでは許容しよう、それまでは制御しよう。

だがもし、もしも自分が想像する通りの答えならば──。

 

「戻ろうよかっちゃん」

 

緑谷に声を掛けられ、思考が阻害された。

前は、むかしは、こうじゃなかった。

むかしは、もっと楽しかった。

 

ああ、くそ、俺のせいじゃない。

お前が無個性だったからだ。

 

『デクがどんな個性でも、俺には一生敵わねぇっつーの』

 

この言葉が、本当になってしまったからだ。

 

 

二十分も歩いただろうか。

爆豪はビルの前で立ち止まった。緑谷はそのビルを見上げ、ようやく施設の名前を思い出したようだ。二人にとっては、感慨深い場所のはずだ。

 

「ここって、グラウンドベータ……」

 

──そうではない。

 

「初めての戦闘訓練で、てめぇと戦って負けた場所だ」

 

爆豪にとっての認識は、そうなってしまっている。

無個性に、緑谷出久に、あのデクに、負けた場所。

 

「ずっと気色悪かったんだよ。無個性で出来損ないのはずのてめぇが、どういうわけだか雄英合格して、どういうわけだか個性発現しててよォ」

 

爆豪が人生で真正面から、初めて敗北したあの日──。緑谷は爆豪に告げた。

自身の個性が、人から授かったものだと。

 

そんなわけないだろう、と爆豪は思ってしまった。もしかしたら、慰められたのではなどとも思ってしまった。

ああ、怒りで口角が上がっていく。

 

「わけのわかんねーヤツがわけわかんねーこと吐き捨てて、自分一人納得したツラしてどんどんどんどん登ってきやがる。ヘドロんときから、いや、オールマイトが街にやってきたあの時から……どんどんどんどん」

 

まるで、オールマイトの足音が、後ろから迫ってくるようじゃないか。

その【恐怖心】で、爆豪にも気づいた事があった。

 

「神野の一件でなんとなく察しがついた。ずっと考えてた」

 

彼の口から放たれる言葉は、きっと、緑谷にとっては致命的だ。

 

「オールマイトからもらったんだろ、その力──」

 

ああ、やはりか。

緑谷は覚悟を決めるように、一度歯を食いしばった。

その表情を見て【答え】はわかっただろうに、爆豪は証明するかのように説明を続けた。

 

「ヴィランのボス野郎、アイツは人の個性をパクったり使ったり与えたりするそうだ。

「信じらんねぇが、猫ババアの一人が個性の消失で、活動中止したこと。

「オールマイトと会って、てめぇが変わって……オールマイトは力を【失った】。

「オールマイトがボス野郎に勝ったあとに言ったあの言葉──」

 

 

『次は、君だ』

 

 

神野区の悪夢と呼ばれるようになったあの日、オールマイトが現場に居合わせたテレビカメラへ向けて発した言葉だ。その言葉は、明確に誰かへ向けたものである。

 

まだ見ぬ犯罪者への警鐘だろうか。

平和の象徴の折れぬ姿を見せたのだろうか。

次世代へのヒーローに向けての掛け声かもしれない。

 

カメラに向けて指を突き付ける、満身創痍ではあるものの【いつも通り】オールマイトは笑顔だった。

真実の姿がオール・フォー・ワンによってつまびらかにされようとも、勝利のスタンディングを貫いたオールマイトの姿は、カメラを通して視聴者に刻まれたはずである。

 

それが平和を愛する一般市民であるなら安寧を。

それに反する者には、まるで呪詛のように聞こえただろう。

 

そのオールマイトのメッセージを、まったく別の意味で捉えた人間がいる。

 

神野区で空から脱出した、飯田、切島、緑谷、そして爆豪は、オールマイトの勝利の瞬間を駅ビルに設置されたデジタルサイネージを通して見ていた。

 

勝利への高揚も、ナンバーワンヒーローの活躍への興奮もなく、ただただ溢れんばかりに涙を拭っていた幼馴染。

──緑谷出久だ。

 

「あのとき、てめぇだけが、違う受け取り方をした」

 

爆豪は、さらに証明を続ける。

もう逃がさない、ここですべてさらけ出せ。

緑谷は、そう言われた気がした

 

「脳無とかいうカスどもの個性複数持ちから考えて、信憑性はたけぇ。

「それに、オールマイトとボス野郎には面識があった。

「個性の移動っつーのが現実で、オールマイトはソイツと関わりがあって、てめぇの人から授かったっつー発言と結びついた。

「──そのことをオールマイトに聞いた。けど、答えちゃくんなかった。

「だからてめぇに聞く」

 

緑谷は答えられなかった。

しかし、爆豪としては想定内。【聞くだけ】で十分だったから。

 

「否定しねぇってこたぁ、【そういうこと】だな……クソがっ……」

 

爆豪の口が歪む。緑谷にとっては、それだけで、この一方的な会話が終わったことを意味していると知った。

それでも、会話が終われば、終わってしまえばどうなるか、なんて、ここまで来た以上分かり切っている。

 

策束に追い詰められたときとは違う。

 

「聞いて……どうするの?」

「……てめぇも俺も、オールマイトに憧れた。なぁ、そうなんだよ──」

 

爆豪の声が震えている。

 

「ずっと石ころだと思ってたヤツがさぁ……知らんまに憧れた人に認められて……だからよォ、戦えや、ここで、いま──」

 

わかっていた。

わかっていたからこそ、緑谷は誤魔化すことを選んだ。

 

「なんで!? ええ、待ってよ、なんでそうなるの!? や、まずいって、ここにいることすらダメなんだし! せめて戦うっても自主練とかで! トレーニング室借りるべきだよっ! いまじゃなきゃダメな理由もないでしょ!」

「ガチでやると止められんだろうが……」

 

その態度に、さらに腹が立った。頭に回っていた血が、全身に回るかのようだった。

嘘をつくことすら拒否したヤツが、ここで誤魔化すのか?

なんで、なんで、なんでこんなやつを──。

 

「てめぇの【なにが】オールマイトにそこまでさせたのか、確かめさせろ。てめぇの憧れのほうが正しいってんなら、じゃあ俺の憧れは間違ってたのかよ」

 

一緒だった。一緒だったはずだ。

あのころ、まだ爆豪の隣に立っていたあのとき。二人の視線は同じ高さで、同じ方向を見ていたはずだ。肩を組んで笑い、肩を並べて喜んだ。

 

「──ほ、本当に戦う気なの」

「怪我したくなきゃ構えろ。そういえば蹴りメインに移行したんだってな」

 

準備運動にすらならない簡単な肩の柔軟を緑谷に見せつける爆豪。スタートを告げる合図などないが、【始まっている】ことは緑谷にも十分に伝わっているだろう。

 

だから、これを防げなかったらただの慢心だ。

 

数歩下がりながら腰引いて制止を叫ぶ緑谷に、爆豪は左手の爆発を推進力にして駆け出した。

緑谷が注視したのは、ロケットスタートで使用しなかった側の、爆豪の右手。

もし両手の爆発を推進力にしていた場合、初速はさらに上がり及び腰の状態では対応しきれなかった可能性が非常に高い。それに一度、彼の大振りの右を、このグラウンドベータで打ち破っているのは記憶にあるし、それを思い出させたのは爆豪自身。

つまり右はフェイントで、飛んでくるのは爆破を含めない【蹴り】──ではなかった。

 

緑谷が全身に張り巡らせたフルカウルで跳躍すると、爆豪の右手が最大級の爆発を地面に叩きつけた。跳躍の反応が遅れたせいで、右足が爆発に呑まれ肌の表面に火傷を負う。

 

「深読みするよな、てめぇは」

 

読まれていた。それも見て決めた行動ではなく、あくまで緑谷自身の思考パターンを把握した上で、攻撃方法を決めていたのだ。

 

「マジでか、かっちゃん」

 

爆豪の攻撃の手は緩まず、ビル十階分の高さにもなる爆発が緑谷を襲う。

二度、三度、四度の爆発を経て、緑谷は十メートル程度の距離を取ってから、爆豪と見合う。この程度の距離さえ空けてしまえば、フルカウルであれば十二分に対応できると判断した。

すでに、緑谷にとって爆豪の大振りの攻撃は、脅威ではなかった。

 

「待ってって! 本当に戦わなきゃいけないの!? 間違っているわけないじゃないか! キミの憧れが間違っているなんて誰も──待ってってば!!」

 

説得の最中でも爆豪の攻撃は続く。舐めているのか、自信があるのか、空に飛んでから落下を利用して攻撃を放つが、緑谷は後退することで十分に対応し、そして説得を続けようとする。

 

「──逃げんなっ! 戦えっ!!」

 

緑谷は、いつでも爆豪を留めようとする。常識を押し付けようとする。

 

オールマイトを見ればわかる。誰が彼の心配をする? 誰が彼を止めようとする?

なんで、お前が俺を縛り付ける!?

 

『自尊心ってのは大事なもんだ! キミは間違いなくプロに成れる!』

『キミが苛立っている理由はわかる。緑谷少年の急成長だろう?』

 

違う、違うんだよオールマイト。

自尊心? あるよ、俺はナンバーワンヒーローに成る。

成長? 急? ふざけんな、アイツをずっと見ていたのは俺なんだ。

 

コイツはずうぅっと【緑谷出久】そのままだ。

 

なのに、なんで──。

 

右の大振りをフェイントに使い、次は左の大振り。しかしその左は緑谷によって止められた。彼は両腕を使って爆豪の両肩を抑え込む。

押し倒そうとでも言うのか、力の籠め方を察知した爆豪は、すぐさま自身と緑谷との間で左足を蹴り上げる。膝が緑谷のあごに当たって、たまらずのけ反った緑谷に、ゼロ距離から諸手突きのように爆破を叩きこむ。

 

緑谷は、爆豪の蹴りは見えていたのに反応しきれなかった。それでも自分自身で頭を背面に送ることで衝撃を逃し、勢いをそのまま背面へと向かわせた。同時に地面を蹴り上げ、サマーソルトへとつなげて爆豪の両手首を蹴り上げる。

 

火柱が空を赤く染めるなか、爆豪はよろめいて尻餅をついた。

 

「だ、大丈夫!?」

 

緑谷は慌てて、右手を差し出しながら爆豪へ駆け寄るが、その手は振り払われた。

爆豪は自力で立ち上がるが、四肢に力が入っていない。地面を睨みつける眼力に、痛みによる怯えなど一つも含んではいなかった。

 

「俺を心配すんじゃねぇ! 戦えよっ、なんなんだよっ、なんで──なんでずっと後ろにいたやつの背中を追うようになっちまったっ!」

 

絞り出すような声。

 

「クソザコのてめぇが力をつけてっ、オールマイトに認められて、強くなってんのに! なのになんで、なんで俺はっ、俺は──」

 

これは、悲鳴だ。

 

「俺はオールマイトを終わらせちまってんだ!?」

 

本当に助けを求めている人の悲鳴を、緑谷は初めて聞いた──。

 

「俺が強くて! ヴィランになんて攫われてなんてなけりゃあ! あんなことになってなかった……。オールマイトが秘密にしようとしてた、誰にも言えなかった、考えねぇようにしてても、ふとした瞬間湧いてきやがる! どうすりゃいいのかわかんねーんだよ!!」

 

爆豪が泣いている。

拭いても溢れ出る涙に、叫んでも溢れ出す言葉に、溺れるように苦悩し続けていたのだ。

 

涙とは、弱さに似ている。泣き虫だったからよくわかる。

情けなくて、みじめで……そういった気持ちが自分の中でどんどん大きくなっていって、心の力が弱いから、溢れ出てきてしまう。

なんで、そんなふうに考えていたのだろうか。

緑谷にとって、強さの象徴がオールマイトだったから。そして緑谷にとってオールマイトに誰よりも近い人が、爆豪だったから──。

 

「【アイツ】手がねーんだよっ。足もっ。仮免落ちて! それでも笑ってたっ!! なぁ!? なんで誰も言わねーんだよ! 俺のせいだって! 俺が弱いからだって!」

 

『──お前がオレを助けろ』

 

神野区で爆豪に助けを求めた策束の姿。

そのあとになにも成せなかった、自身の弱さ。結果、自分は助けられ、彼はオールマイトを助けた。それを知ったのは、現場にいたのに、ネットに上がっていた動画からだった。

訓練で策束に負けることなどありえなかった。

多少成績優秀であろうとも、策束がナンバーワンヒーローになることはない。なら、彼がヒーローになろうがどうでもいい。それを証明するように、個性を封じた一対一の戦闘訓練ですら、爆豪に分があることが多かった。

 

なのに、結果はどうだ。

思い上がっていた自分を助けにきた無個性に、ヘドロ事件の苦い記憶が蘇っていた。

なにも成長などしていないじゃないか。

 

爆豪は走り出す。

初撃を繰り返すような左手の爆破を使った突進は、緑谷の足刀蹴りによっていなされる。

蹴られた衝撃で、爆豪の涙が空へと散った。

 

さきほどまでの取り乱す緑谷は、もういない。

戦う覚悟は決まった。覚悟があれば、行うことは限られる。

 

「……丁度いい……シュートスタイルがキミに通用するかどうか、やるなら、全力だ! サンドバッグになるつもりはないぞ! かっちゃん!」

 

世にも珍しい緑谷の挑発行為。ここにきて【初めて】二人は向き合ったのだ。

戦わなければならない相手として。

 

先手を取ったのは、やはり爆豪。だが、それはさきほどの焼き直しである。

空へ昇り、落下しながらの攻撃。

緑谷の対処は教科書通り。それが爆豪の下した評価だった。

 

案の定、緑谷は大きく跳躍し、後方へ下がるだけだった。警戒心を増したのか、さきほどの倍は距離をとられている。

戦闘中、無理攻めすることなく冷静に周囲を観察しよう、などと、余裕を持たせなければなんの対処にも繋がらない行動だ。

 

(考えさせるな!)

 

着地した爆豪は腕の角度を変えて構え直す。直線から曲線へ。三角のような直角の動きを捨て、円をなぞるように。

足による機動を捨てて、《爆破》のみを使った読まれることのない高速移動を選択した。

 

空中で対処を考えていた緑谷にとっては、悪夢のような光景だった。

縦回転する火の玉が自身の着地地点に飛んできている。しかも【縦回転】ということは、爆豪は地面に水平になって、両腕の《爆破》を推進力にしているということ。火柱に遮られて彼の姿勢が、次の一手が想像できない。

 

この滞空時間ではひと動作が限界だ。緑谷が選択した防御方法は、爆豪の右の大振りへの対処。

緑谷の読みは見事に的中したが、爆豪の選択のほうが上手であった。

リーチの長いシュートスタイルで迎撃した緑谷のつま先が、爆豪の手の平をかすめるように空を切る。爆豪の狙いは直撃ではなく、プルスウルトラ──さらに、上へ。

 

《爆破》を地面に叩きつけ、反動と熱波で緑谷の上に昇ると、空に向けてもう一度《爆破》した。推進力に重力が加わり、緑谷が着地する前に彼の背後を奪う。

 

緑谷は空振りした蹴りで姿勢を崩し、目にもとまらぬ変則的な動きで背後を取られ、ただ落下するのみ。彼の脇腹目掛け爆豪の強力なフックが突き刺さる。

 

フルカウル状態ですら受け流せない衝撃。おそらくは着地の瞬間に発生した反動を、無理やり拳に流したというところだろうか。

ガードレールを曲げるほどの威力で叩きつけられた緑谷は、立ち上がることもなく背後の鉄筋を掴んで、腕力だけで空を飛ぶ。

 

渾身の一撃に満足することなく、爆豪が突っ込んできたからだ。

まず空に逃げ、建物に逃げよう、爆破は彼自身の視界すら──。

 

逆上がりのような姿勢から爆豪に腕を掴まれ、振り回される。

 

(息つく間もない!)

 

しかし、爆豪の追撃はここで終了となる。

さすがに連撃に次ぐ連撃、緑谷の運動エネルギーも相当な加重になっただろう。酷使した腕では緑谷を支えきれずに、爆豪はよろめいてガードレールに身体を打ちつけた。

 

緑谷もただ手放されるとは予想しておらず、受け身も取れずにうつ伏せのまま地面へと落ちる。お互いのダメージを考える前に、緑谷は膝をついて上体を起こす。

思考内にあることは、べつのことだった。

 

緑谷がフルカウルを使いこなせるようになって、なによりも驚いたことが、自身の動体視力の向上だった。

これは考えれば当たり前で、オールマイトが本気を出せば一秒間で百発のパンチを繰り出せるのに、それが無意識で行われているわけではない。

一秒というあまりにも短い時間で、百通りの殴り方を一般人が考えられるわけがない。それも《ワン・フォー・オール》という力の一端であるのだ。

 

だからこそ、緑谷は距離さえあれば爆豪の攻撃に対応できると思っていた。いや、実際にできていたのだ。それこそ、林間合宿前までは。

知らぬ間に口角が上がっていた。

 

「当たり前だけど、強くなってるっ」

「なに笑ってんだァ!!」

 

爆豪がとった行動は直線の突進。緑谷は脚の力だけで背後へ飛び、尻餅をつきながらも反動を利用して立ち上がる。

 

「サンドバッグにゃならねぇんじゃねぇのかよ!」

「ならない!」

 

相手の行動を見ながらの戦闘を拒否して、今度は緑谷自身から突っ込んだ。

 

「どうせまたなにか企んでんなぁ!」

 

直線であるならば爆豪は十二分に反応できる。

オールマイトすら足止めに成功した小手先技、《スタングレネード》。

 

緑谷にとっては初見ではないし、対処としても爆発と同じで重要な器官である眼球を最優先で守る。

企んでいると言われればそうだ。対爆豪の思考はずっと行っていた。体育祭で麗日が爆豪と戦ったときのように、どうすれば爆豪に打ち勝てるのか、考えなかった日のほうがすくないだろう。

出た結論として、被ダメージは覚悟しろ、だった。

 

『被弾覚悟で初撃に賭けろ。どうせ爆破の瞬間には手のひらが向く。それを掴んじまえ』

 

まさに友人の言う通りだった。

惜しむべきは、この攻撃が爆発ではないことだ。策束の言葉には続きがあって『自分の攻撃の煙幕で敵を見失うことが多い。そこを狙え』だった。

 

緑谷の狙いは、爆発で見失わせて煙の中から飛び出すこと。

結果は失敗だった。

 

光を防ぐだけ防いで、爆豪の追撃を許してしまう。

ガードした左手の上から拳で殴られ、アッパーのように繰り出された爆発で上空へ放り出される。

 

「【そういうの】が気色悪かったんだ! なに考えているかわからねぇ、どんだけぶっ叩いても張り付いて来やがって! なにも無ぇ野郎だったくせにっ、俯瞰した目で見てきやがって! まるで! 全部見下ろしてるような、本気で俺を追い抜いて行くつもりのその態度が!! 目ざわりなんだよお!」

 

意外、だったのだと思う。

爆豪にとって、緑谷は取るに足らない存在だと思っていた。

いじめられていた自覚はある。その理由も考えた。

【無個性】だったから、だと、思っていた──。

 

「そんなふうに、思ってたのか……」

 

だが、なにかが違う。歪みがある。

いや、当たり前のことなのかもしれない。

 

彼らの関係は幼馴染ではあっても、もはや友人ではないのだから。

 

「そりゃあ普通は、馬鹿にされ続けたら、関わりたくなくなると思うよ。でも、前にも言ったように、なにも無かったからこそ、嫌なところと同じくらい、キミの強さが鮮烈だったんだよ! 僕に無いものを沢山持っていたキミは、オールマイトよりも身近な! すごい人だったんだ!!──だから!」

 

緑谷は駆け出した。

さきほどと同じように、愚直な特攻。フェイントすら交えず走り出す緑谷に、爆豪は反応できなかった。いや、反応に迷ってしまった。

 

(さっきより数段速ぇ!)

「キミを! 追いかけていたんだ!」

 

明らかに緑谷の初速が違う。元々速さでは上を取られていたが。それを《爆破》を利用した変則的な動きを交え、相手と自分のスピードを制御し続けていた。

空に逃げる──却下だ。ジャンプされた。上を取られる。

下がる──却下だ。被弾を恐れていない。確実に追撃を許す。

なら防御しか、残されていないじゃないか。

 

顔面を守るように両腕を交差する形で防御態勢を取ったが、緑谷の跳びかかと落としが腕に突き刺さる。あまりの衝撃に下がる両腕に、がりがりと靴底で削られる爆豪の顔。

 

そのまま数メートル後退する爆豪。奇跡的なバランス感覚で防御姿勢を取ったままの彼は、いまの緑谷の速さに、吐きそうなほどの気持ち悪さを感じていた。

 

『すごい人だったんだ!!』

『キミを! 追いかけていたんだ!!』

 

 

『待ってよかっちゃん!』

 

 

(──追い越したってか!?)

 

指の感覚がなくなるほどのダメージ。アドレナリンの分泌によって痛みこそ曖昧だが、衝撃から思うにヒビが入っていてもおかしくはない。

それでも、じゃあ終わりにしましょうね、などとは誰が口にするだろうか。

 

「「ああああああああ!!」」

 

どちらも、相手の動きを見てから、などという悠長な行動ではなかった。

ここにきてお互いが、空気で火傷しそうなほどの最速で相手に向かう。

爆豪は上体を反らして緑谷の蹴りを避け、緑谷は外れても動揺は見せずに振った足の勢いで軸足を回転させる。

 

互いに振り向きながら、回し蹴りと《爆破》をぶつけ合う。先に届いたのはリーチ差で緑谷の蹴りだった。たたらを踏んで後退する爆豪に、回転で威力を加えたかかと落としを繰り出すが、爆豪が地面に倒れるようにかわしていく。

空中にいた緑谷は、下からの熱風で背後へと吹き飛ばされた。

自身も《爆破》の反動で地面を転がる爆豪は、道路の上を転がりながら緑谷を警戒する。

 

(直当て! 間に合わなかった!)

 

対応が早かったのは、緑谷だった。

倒れそうになる身体を、空中で必死に足を動かしてバランスを保ち、着地すると同時に爆豪に向かって走り出す。

 

「こんなもんかよぉ!!」

 

罵倒しながら跳躍する緑谷を見て、爆豪は寝そべったまま《爆破》で空を飛んだ。さきほどから何度も見せられた跳び蹴りの数々。腕での防御は限界が近い。ならば空中での機動戦で有利に立つ。

緑谷の軸足は左足。いままでの蹴りも右足から繰り出されていた。なら左手は捨てて頭部へのダメージを最小限へ──。胴体に攻撃されることは【捨てて】右の大振りで……そう、思っていた。

 

空中にいる緑谷の姿勢が変だった。右足は彼の背面で高く上がり、そのまま繰り出そうと思えば、爆豪の予想通りにガードを貫通するような威力で飛んでくるだろう。

 

なのに──彼の重心が移動しているのが見えた。

 

爆豪が守っていたのは頭部の左側だけだ。無防備な右顔面に緑谷の拳が突き刺さる。

見事なカウンターだった。爆豪の首が大きくねじれ、視線も緑谷から大きく外れていた。にもかかわらず、爆豪は右の大振りを攻撃には使わず、緑谷の服の袖を掴んだ。その地点を軸にして、殴られた勢いで回転──。緑谷の上を取った。

 

シュートスタイルを何度も見せて、最後は拳に切り替える。その作戦がはまって渾身の一撃を叩きこんだ緑谷は、油断していた。

いや、実際にA組のクラスメイトが緑谷の拳をまともに受けて、即座に反撃できる者などいないのだから、それは油断ではなく、見誤っていたというべきなのかもしれない。

 

爆豪の、勝利への欲求を。

 

「負けるかあああああ!!」

 

身体を丸めて緑谷の上を取った爆豪は、空に向けて左手を高らかに掲げた。

空に向け、緑谷に向け、《爆破》が放たれる。

 

上空十メートルから地面に背中から叩きつけられた緑谷は、気づけば道路に寝転がって、爆豪にマウントを取られていた。爆豪の手が、緑谷の顔面と右手首を掴んでいる。

もし彼がこのまま《爆破》すれば、緑谷の命を簡単に奪えるだろう──。

 

勝負、有りだ。

 

「俺の……勝ちだ……」

 

爆豪は脳震盪で気を失いかけながらも、勝利の宣言を行った。

荒い呼吸のまま、ぎりぎりと両腕の力を込めていく。

 

「オールマイトの力……そんな力持ってても……自分のモンにしても……俺に負けてんじゃねーか……なぁ……なんで負けとんだぁ……」

 

落下した衝撃で呼吸もままならず、意識が朦朧としていく緑谷。

なのに、この状況下ですら、お互いが力を籠め続けている。

ただ、勝利のために。

 

「そこまでにしよう。二人とも。悪いが、聞かせてもらったよ」

 

見かねた誰かが声をかける。

その声の主は、いまの二人にとって予想だにしない人物だった。

 

「オール──」

「──マイト」

 

爆豪はあれほど敵対していた緑谷からすぐに手を離し、こちらへとゆっくり歩いてくるオールマイトを見つめる。

学校でも良く見るようになってしまったトゥルーフォーム。もしテレビで神野区が放送されていなければ、誰も気づかなかっただろうほどの変貌だ。

 

「気づいてあげられなくて、ごめん」

「今更……」

 

立ち上がった爆豪は、オールマイトから視線を大きく外した。目をぎゅうと閉じ、歯を食いしばって、溢れ出そうな言葉と涙を我慢している。

 

「……なんでデクだ。ヘドロのときからなんだろ。なんでコイツだった」

「非力で、誰よりもヒーローだった。キミは強い男だと思った。すでに土俵に立つキミじゃなく、彼を土俵に立たせるべきだと思った」

「──俺だって弱ぇよ……あんたみてーな強えーヤツに成ろうと思ってきたのにっ! 弱えーから! あんたをそんな姿にっ!」

 

勝利を誇ることなく、爆豪は慟哭する。

あの日からずっと、いまでも、彼は自分の弱さと戦っていた。

誰もそのことに気づいてあげることはできなかった。クラスで誰よりも前向きだったから。誰よりも高みを目指していたから。

それが、どん底にいるからだとは、誰も気づいてあげられなかった。

 

「【これ】はキミのせいじゃない。どのみち限界は近かった。こうなることは決まっていたよ……。キミは強い。ただね、その強さに私がかまけていた。抱え込ませてしまった。……すまない。キミも少年なのに──」

 

オールマイトが爆豪を自身の胸に引き寄せる。涙が流れていなくとも、その表情は、神野区を自分のせいだと責め立てる策束にそっくりだったから。

弱い自分が腹立たしい。情けなくて呼吸ができない。

それは、オールマイトが誰よりもわかってあげられることだった。

 

爆豪はオールマイトの腕を振り払って離れる。

それでも、オールマイトは言葉で爆豪へと近づこうとしていた。

 

「長いことヒーローやってきて思うんだよ。爆豪少年のように勝利に拘るのも、緑谷少年のように困っている人間を助けたいと思うのも、どっちが欠けていても、ヒーローとして自分の正義を貫くことはできないと。

「緑谷少年が爆豪少年の力に憧れたように。爆豪少年が緑谷少年の心を、畏れたように……。気持ちをさらけ出したいまならもう、わかっているんじゃないかな。

「互いを認め合い、真っ当に高め合うことができれば──。

 

「『助けて勝つ』『勝って助ける』──最高のヒーローに成れるんだ」

 

爆豪は言葉からも身体からも力を抜いて、悪態をつきながらゆっくりと緑谷の隣に座り込んだ。

丸めた膝の間に顔を埋める爆豪の姿は、年相応の少年の姿だった。

 

「お前……一番強え人にレール敷いてもらって、負けてんなよ……」

「……強くなるよ、キミに勝てるよう」

 

一度大きく息を吐いた爆豪は、顔を上げて話題を変えた。

ある意味、答えのない問に、区切りをつけたのかもしれない。

 

「デクとあんたの関係を知ってんのは……?」

「リカバリーガールと校長……。生徒では、キミだけだ」

 

膝の間から視線だけオールマイトへ向ける。

 

「あの、スカシ野郎は」

「策束少年かな。言ってないよ……。バレそうだけどね」

「……バレたくねぇんだろ、オールマイト。あんたが隠そうとしてたから、どいつにも言わねぇよ。クソデクみてぇにバラしたりはしねぇ。ここだけの秘密だ」

「秘密は、本来私が頭を下げてお願いすること。どこまでも気を遣わせてしまって、すまない」

 

頭を下げようとしたオールマイトだったが、それよりも先に爆豪が立ち上がり、彼の発言を訂正する。

 

「遣ってねぇよ! 言いふらすリスクとデメリットがデケェだけだ」

「──こうなった以上は爆豪少年にも納得のいく説明が要る。それが筋だ」

 

三人は寮へ帰り道で、ワン・フォー・オールとオールマイトの関係。オール・フォー・ワンの存在。それらの経緯の話をすることになる。

そして、緑谷出久が《ワン・フォー・オール》の器──後継者として選ばれたこと。

 

三人の秘密と呼ぶには、あまりにも重いものだ。

それでも、彼らは神野区の悪夢から、あるいは緑谷が無個性と判断された日からようやく、正しい在り方に立ち戻ったのだ。

 





推薦いただきありがとうございます。これからも頑張りますので、お付き合いいただければ幸いです。
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