二日後、朝のホームルーム前に遅れてやってきた緑谷が教室に入ってすぐ、鼻息荒く深々と頭を下げた。無事謹慎を明けたようでなにより。明日は爆豪か。
なんて思っていたら相澤先生が見覚えのある三人の先輩を連れ立って教室にやってきた。
どうやらカリキュラムとしての職場体験と、任意のヒーロー事務所でのヒーロー体験との違いを教えにきた先輩たちらしい。
「現雄英生の中でも、トップに君臨する三年生三名──通称ビッグスリーのみんなだ」
《BIG3》──名門雄英高校の学内称号。その名の通り、三人にのみ与えられている誉れある呼び名だ。ただ正式に任命されるものでもないし、ビッグスリーが曖昧なままになってしまった年度もあるだろう。
ただ、相澤先生が口にした以上、教師陣の中にもあるのだろう、「こいつが最強だ」という気持ちが。
三人のうち二人は体育祭の決勝の舞台でも見ている。通形ミリオ先輩と波動ねじれ先輩。もう一人は天喰環先輩だったと記憶している。
クラスメイトは思わぬ有名人の登場にざわついている。
ビッグスリーといえばプロヒーローを含めてもトップレベルの実力と噂があるし、雄英高校で在学する以上、目標にしている者も多いはずだ。
オレはヒーロー科として卒業できればヒーロー免許を取得できる(と思われていた)最低ラインを越えることができるので、それが目標です。
「じゃ、手短に自己紹介よろしいか? まず天喰から」
相澤先生に促され、教壇に立つ先輩方の視線が最後尾の先輩に向く。
天喰先輩は眉間に力を入れてオレたちを睨みつけてきた。うわ、なんだ、調子に乗んなよ的な──。
しばらくオレたちを睨みつけながら、まるで緑谷のようにブツブツと呟いていた彼は、反転して黒板へ頭を付けた。
「帰りたい……!」
……これまたすごい人が来たな。周囲のクラスメイトも天喰先輩の意味深すぎる発言に戸惑っている。
「あぁ! 聞いて天喰くん! そういうのノミの心臓って言うんだって! ねー人間なのにねー、ふっしぎー!」
ガチなのかネタなのかわからない天喰先輩の行動に、隣の女子生徒がケラケラと笑いながら彼の自己紹介を引き継いだ。
「彼はノミの天喰環。それで私が波動ねじれ。今日はインターンについてみんなにお話ししてほしいと頼まれてきました!」
良く通る声。朗らかな笑顔もポイントが高い。良いヒーローになるだろうなこの先輩は。なにより天喰先輩との落差から、まともそうな人ってだけで好意的に見てしまう。
波動先輩は説明の最中、最前列の障子に話しかける。
「ねぇねぇところでキミはなんでマスクを? 風邪? オシャレ?」
「これはむかしに──」
「あら! あとあなた轟くんだよね! ね!? なんでそんなところを火傷したの!?」
「それは──」
「芦戸さんはその角! 折れちゃったら生えてくる? 動くの? ねー!
「峰田くんのボールみたいな髪の毛? 散髪はどうやるの?
「蛙吹さんはアマガエル? ヒキガエルじゃないよね?
「んー! どの子もみんな気になるところばっかりー! 不思議」
恥ずかしくなって思わず顔を覆ってしまった。いや、彼女に罪はない。細かいところを気にするということは良いことだ、ただ、オレの目が節穴だったばかりに彼女のハードルを上げてしまったのが悪いんだ。
尾白の尻尾を気に掛ける彼女を一瞥した相澤先生は、髪を逆立てつつ通形先輩を睨みつけた。彼は慌てて自己紹介を始める。
「ゼントおおおお!」
……ゼント? 片耳に手を当ててオーディエンスであるオレたちの返答を待っているようだが、ゼント?
「多難ー! つってね! よーし! 掴みは大失敗!」
高らかに笑う通形先輩を見ながら、もう一度顔を覆った。
この三人のエージェントをしているだけで十分な金額は叩き出せるだろう。
ひとしきり笑い終えた通形先輩は、真面目な顔を作って説明に戻る。
「まあ、なにがなにやらって顔しているよね。必修ってわけでもないインターンの説明に突如現れた三年生だ、そりゃわけもないよね。ふーん、一年から仮免取得、だよね……。今年の一年ってすごく……元気があるよね……。そうだね、なにやら滑り倒してしまったようだし──キミたちまとめて俺と戦ってみようよ!!」
高らかに腕を掲げる通形先輩の姿に、オールマイトを重ねたのはオレだけなのか、クラスから悲鳴が上がる。
それらは、対人戦闘の経験の少なさからくる驚きか、轟のように【ひとまとめ】にされたことへの憤りか。
「俺たちの経験をその身で経験したほうが合理的でしょう。どうでしょうねイレイザーヘッド!」
「……好きにしな」
と、相澤先生の許可も出たので、オレたちは運動着に着替えて、必殺技の訓練でもお世話になった体育館ガンマへ向かった。
……通形先輩、肝心の自分の自己紹介飛ばしてたな。
体育館ガンマの奥半分ほどはセメントス先生が造った足場で埋まっているが、どうやら平らな場所を使って、正面から堂々とやり合うようだ。
相手は通形ミリオただ一人らしく、オレたちと向かい合ってウォーミングアップをしている。
波動先輩は芦戸の角で遊んでいた。意外と感触が鋭敏であるのか、芦戸は恥ずかしそうにしているな。……あれ左右の角連動してない!?
天喰先輩は壁を睨みつけるようにブツブツと呟いている。もってきたフルフェイスゴーグルで彼の言葉を聞き取り、クラスメイトに伝える。
「ミリオ、やめたほうがいい。形式的に『こういう具合でとても有意義です』と語るだけで十分だ。みんながみんな上昇志向に満ち満ちているわけじゃない、立ち直れなくなる子が出てはいけない。だって」
代弁した言葉に引き続き、芦戸の角を弄る波動先輩が笑っていた。
「あー聞いてー! 知ってるー。むかし挫折しちゃって、ヒーロー諦めて問題起こしちゃった子がいたんだよー。知ってたー? 大変だよねー通形ー。ちゃんと考えないとつらいよ、これはつらいよー」
一人で二十名ほどを相手しようという通形先輩。それを止める天喰先輩。そして、負けることを前提に話を進める波動先輩。
クラスメイトの何人かには挑発に映ったらしい。何人かが眼光鋭く歩を進める。
口火を切ったのは常闇だった。
「待ってください。我々はハンデありとはいえ、プロとも戦っている」
「そしてヴィランとの戦いも経験しています! そんな心配されるほど、俺ら雑魚に見えますか?」
やめろ切島、本当に雑魚混じってんだから。
「うん! いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ?」
通形先輩の言葉に切島と緑谷が同時に一番槍を奪い合い、結果緑谷を先鋒にして周囲を遠距離攻撃持ちが固める作戦をとるらしい。本当に全員か。一人ひとりかとも思ったが、これは轟怒ってそうだな。
隣から伝わってくる冷気にちょっと距離を置いた。
「策束、お前はこっちにこい」
「え? あ、はい」
相澤先生の発言に、芦戸と入れ替わるように波動先輩と相澤先生の間に入る。
「オレが仮免持ってないからですか?」
「勝たれちゃ困るんだよ、合理的じゃない」
「勝てるわけがないでしょう……」
言うと、切島や常闇から睨まれたのがわかった。どうやら真剣らしい。まあ胸を借りると良い。
「ねーイレイザーヘッド! 本当にこのヘルメットくんがいれば通形にも勝てるって? 本当に? ねーイレイザーヘッド」
「……勝率一パーセントが、ゼロになっただけだ」
さようで。数値を聞いて頭を抱える。六百万円の最先端技術をもってしても勝率に変化を与えられんのかあの先輩は。デヴィット・シールドのアイテムだぞ……?
「お前ら! いい機会だ! しっかり揉んでもらえ!」
相澤先生の掛け声に合わせ、緑谷が超低姿勢になる。
──初めて見る構えだ。緑谷はシュートスタイルとやらを育てていたはずだが、広げた両手からは、蹴り特化という姿には見えない。良いカモフラージュになっていると思う。
「うっしゃあ! そいじゃあ先輩! せっかくのご厚意ですんでご指導! よろしくお願いしまーす!!」
切島の声に合わせ緑谷が飛び出した。飯田、尾白たちも追随しようと踏み出した瞬間──。
「うぉわあああああああ!!」
通形先輩の運動着が上下とも床に【落ちて】、彼は一瞬で全裸となった。
耳郎の悲鳴が体育館ガンマに響き渡る。耳郎に汚ぇもん見せやがって!
ただ、これが『早着替えの個性』などではないことは明らかだよな。
彼自身も焦っているのか、おたおたと床に落ちたジャージを拾って、せめて股間だけは隠そうとする。
緑谷はそれを油断と判断。跳躍して蹴りを放つ。
ジャストミートしたと思われたその蹴りは、通形先輩の頭部を【通り過ぎた】。オレの間抜けた声に、隣の波動先輩がけらけらと笑う。
通形ミリオ──ビッグスリーの一角である彼は、顔面を抉るような蹴りを受けても朗らかだった。
「顔面かよ」
と笑いながら緑谷を振り返る通形先輩に、芦戸、瀬呂、青山が続けて遠距離からの攻撃を放つが、それらも緑谷の攻撃同様明らかに【通り抜け】、奥の足場が崩れるだけだった。
しかも青山のネビルレーザーが足場に当たると砂埃が舞って、通形先輩の姿を隠してしまう。みんなはただ見えなくなっただけだろうが、オレの驚きは誰よりも勝るだろう。
オレの視界内──ゴーグル内では、走り出した通形先輩が地面に沈んでいく様までしっかりと見えていたのだから。
まるで水面を走ろうとする小学生のような姿のまま消えてしまった通形先輩は、次の瞬間には地面にプラグを差し込んで周囲を探っていた耳郎の背後から【飛び出してきた】。
耳郎の無残な悲鳴が体育館に響き、周囲のメンバーが異常事態に気づく。通形先輩がスタート地点に残っていると思っていたクラスメイトたちも振り返って、サッカーボールを追いかけるように走り出す。
間近にいた常闇が《ダークシャドウ》を纏う必殺技、《ブラックアンク》で迎え撃とうとするも、【ワープ】するように懐に入り込んだ通形先輩にみぞおちを打ち抜かれて、呼吸もできずに倒れ込んだ。
次いで反撃を試みた瀬呂と峰田も、目にもとまらぬ移動速度を保つ通形先輩に、みぞおちに一撃。
すり抜けとワープ。一見まるでべつの個性だが、ゴーグル内では一応理解できた。とはいっても、通形先輩の動きに戦いながら気づけというのは無理がある。
……それに、あの動きは理解しているからとて回避できる範疇にはない。
彼は【弾き出されている】と推定。
水面にボールを投げたときのように、【一度沈んで戻ってきている】。問題は沈む速度も戻る速度も速すぎて、間近で見ればワープしたように見えるということだ。
その速度が意図しての速度であれば良し。違うのなら、通形先輩の視点も恐ろしい速度で移動していることになる。
おまけにあの腰の入った拳。飛び出す速度に身体を合わせている。防御、移動、攻撃を一連の流れに組み込んでいなければできない動きだ。
絶望的な練度の差。二年後、オレたちの代で彼ほど個性と身体を仕上げている者は現れるのか。
中遠距離を得意とする個性持ちが後方に固まっていたことも、一年A組にとっては良くない方向に働いた。
急所に当てられ崩れ落ちる峰田・瀬呂を尻目に、青山、芦戸、障子、上鳴、耳郎、八百万が容赦なく拳を受ける。
最後の八百万がうずくまったのは、瀬呂とほぼ同時なのだから悲鳴も上げられない。言葉通りに、「あっという間」を使うことになるとは思わなかった……。
耳郎、上鳴は復帰を抑えるためか、耳郎のイヤホンジャックでお互いが絞められている。
オレこの先輩嫌いだな!!
「通形ミリオ……。あの男は俺の知る限り、もっともナンバーワンに近い男だ。──プロも含めてな」
そんな化け物と戦わせるんじゃあないよ。
おまけに──隣に立つ波動先輩をスキャンする。
雄英体育祭三年の部決勝戦。映像を思い返しても、おそらくいまの通形先輩より【高度な動き】をしていたのは間違いない。予測も経験も覚悟もない子ども相手だ、だいぶ手加減しているだろう。
にもかかわらず、映像の技術より【高度な使い方】をしている気がする。つまりは、個性を魅力としながらも、それを世間一般からは隠し通しているとも言える。
【困難を打開する技量】でもある必殺技より、あきらかに先へ進んだ技量。彼がエンデヴァーに誰よりも近いと言われても理解はできないが、彼がプロヒーローに成ることは確信できる。
「遠距離はこれだけ! あとは近接主体ばかりだよね!」
通形先輩が近接戦闘メインのグループを見る。その中で唯一、轟だけが遠距離含めた範囲攻撃もできるが、氷、炎、どちらも効果としては未知数だ。氷に至ってはチーム全体の邪魔でしかない。
セメントスが残していった足場を訓練場所にしなかったのは、おそらくは手加減なのだから。
「なにしたのかサッパリわかんねぇ!」
「すり抜けるだけでも強いのにワープとか……」
「それってもう、無敵じゃないですか!」
残ったメンバーから不満の声が上がるが、同意見だな。正直、A組の個性で彼に対抗できるのかどうかで言えば、かなり怪しい。轟の炎、爆豪の爆破、耳郎の音、芦戸の酸、そして、すべてこなせる八百万の《創造》。
これらの個性でせめて動きが鈍らなければ、反撃のしようがないな。
笑いながら構え直す通形先輩。こちらも緑谷同様に姿勢が低く、行動の先読みが難しい。おまけに彼には緑谷と違って下への動きも加わることになる。
「なにかからくりがあると思うよ! すり抜けの応用でワープしてるのか、ワープの応用ですり抜けてるのか。どっちにしろ直接攻撃されるわけだからカウンター狙いでいけば、こっちも触れられるときがあるはず。なにしてるかわかんないなら、わかってる範囲から仮説を立てて、とにかく勝ち筋を探っていこう!」
緑谷の言葉に周囲で気圧されていたメンバーが立ち直る。やはり緑谷は、ヒーローとしてオレたちより頭一つ分高いところにいる。
「探ってみなよ!」
それがスタートの合図とばかりに走り出した通形先輩だったか、今度は肉眼でも把握できるように【走りながら沈んでいく】。運動着の下は下着とともに置き去りにされた。
多くのメンバーが床を警戒するように構える中、誰もいない背後を警戒したのは二人。緑谷と轟だ。耳郎の背後を奇襲したときと同じように、地面から飛び出した全裸の通形先輩。狙いがバレ、緑谷と目が合ったというのに、彼は一切動揺していなかった。
躰道の海老蹴りのように背後を蹴り上げた緑谷だったが、通形先輩の手と緑谷の右足が通り抜けるように交差していく。その先輩を覆うように炎が通過した。
「あっつ!?」
通形先輩の悲鳴──。炎が消えたとき、そこに彼はいなかった。
緑谷は上体を起こしながら周囲を警戒していると、地面から飛び出した通形先輩が唇を二度、三度を擦っていた。……唇? なんで?
それを隙と見たのか、不用意に距離を詰めた尾白が攻撃を透かされ、地面に倒れ込んだ。
「わぁ! すごいね一年生! 通形に一撃与えちゃったよ! すごいねー! ねー天喰ー!」
能天気な声が体育館の端から聞こえてきたが、どうやら【それ】すらない可能性も想定されていたらしい。
それにしても《硬化》した切島を一撃? カウンター狙いもいいが、防御ないし回避の技術がなければ、その攻撃力で圧殺されるぞ。
通形先輩が走り出したが、今度は沈まなかった。代わりに【跳ねている】。押されていると言い換えてもいいが、まるで見えないなにかに背中でも叩かれているかのように加速し続けて一瞬で後方の麗日まで詰めると、彼女を庇おうとした口田ともども麗日の鳩尾へと拳を叩きこむ。麗日の手のひらは確実に彼の腕を通り過ぎたので、玉砕覚悟のカウンターとしては成功だが、効果はなかった。
流れるような動きで、葉隠もおまけのように落とされてしまう。
残された飯田、緑谷、轟は三人まとまって走り出すものの、緑谷と飯田の地面から生えてきた通形先輩。左右にいた二人が攻撃を仕掛けどちらも空振りに終わる。そのまま二人へと攻撃するかと思いきや、【二人を使って】加速した通形先輩は後方で立ち止まった轟を沈める。いくら炎と氷が範囲攻撃で使いづらいとはいっても、近接戦闘に備えて距離を詰めすぎていた。そこを狙われたらしい。
倒れかけた轟に大振りな蹴りを放つが、それは轟の胴体を【通り過ぎ】、そして【加速】した。
その速度に飯田は反応できないまま吹き飛ばされ、反撃を試みた緑谷は眼球へと【指を突き立て】られて目を瞑り、その隙にアッパーを鳩尾へ叩きこまれた。
あー……あら。
たった一人に十八名が三十秒とかからず全滅……。これは情けないとか、そういうレベルの実力差じゃあないよな。
保須市でエンデヴァーの戦闘を間近で見る機会があったが、感覚としてはそれに似ている。無個性だ個性だ関係なく、それ以前に技量の差が大きすぎた。
「そこまでだ。策束、行け」
「……は?」
手を叩いて注目を集めた相澤先生が、オレの名前を呼んだ気がした。馬鹿なの? 合理的じゃあないよね。
「えっと、相澤先生、勝率一パーセントは?」
「ゼロに決まってんだろ、行け」
まあ十九人で勝率一パーセントだもんな……わかってるけど、わかってるならやらせないでほしい。
「最後はキミだよね」
なんで通形先輩まで乗り気なんですかね?
呼吸が落ち着いてきたのか、最初に倒されてしまった遠距離グループたちもこちらを心配そうに見ている。
「その手足って、どうしたのって聞いていい?」
通形先輩に、まるで波動先輩のような質問を投げかけられる。
なんと答えればいいだろうか。一応神野区に行った事は公然の秘密ではあるんだけどさ。
神野区でオレは雄英生徒としての負傷者としては勘定されていない。あくまでオレが個人的に行って、事件に巻き込まれただけなのだ。
オールマイトを庇ったシーンは全国放送もされたし、映像もネットを探せばいくらでも出てくるが、【あれ】がオレであると認識できるのは限られた人間だけだ。
一般生徒からすれば、オレが夏休み明けたら手足が義肢になっただけ。林間合宿での怪我という可能性すら否定できずにいるだろう。
無論、噂で真実が飛び交っているのは知っているが、明確に【あれ】がオレであるとは公言していない。
ちらりと相澤先生を確認するが、反応はない。好きにしろ、ということか。
「まあ、不幸な事故で」
「キミさ、無個性って聞いたけど、本当?」
「ええ。あるいはこの手足が個性的と言われればそうですけれど」
あとこのゴーグル。見た目だけならいまのA組でもトップクラスで目立つだろう。
言うと、通形先輩はふふと笑った。
「いいね、サーが好きそうな答えだ」
サー? 騎士? ヒーローネームっぽいが、オレは知らないな。ちらりと緑谷を拡大するが、復帰には時間がかかりそうだ。
「通形、話してないでそいつにも教えてやれ、【経験】を」
相澤先生に促され、通形先輩が慌てて戦闘準備を始めた。
さあ、すこしは善戦──
「かひゅ」
数分後、オレを含め全員が起立させられた。
腹部を押さえるオレたちと、ビッグスリーが向かい合っている。天喰先輩はそっぽを向いたままだが、緊張しいも物凄いな。
「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど、すみませんね女性陣!」
見えてたよちんちん。
「とまあこんな感じなんだよね。俺の個性、強かった?」
どんな感じかも個性も不明瞭のままだったが、格の違いはしっかりと教わったな……。
通形先輩の個性に対して、A組から不満が噴出する。とくに葉隠としては死活問題だろう、彼女が効果を及ぼしているのは光だけ……だから……ん? あれ?
【葉隠が効果を及ぼしているのは光だけ?】
オレの疑問はさておいて。
芦戸が轟のように複合個性であるかを聞くと、通形先輩は「一つ」と答えた。
答え合わせのように、波動先輩が挙手をする。
「はーい! 私知ってるよー! ねね、言っていい? 言っていい? 《透過》!」
「そう、俺の個性は《透過》なんだよね。キミたちがワープというあの移動は、推察された通りその応用さ!」
緑谷が個性の原理を聞くと、彼の《透過》への解説が始まった。話したそうにしていた波動先輩の出番はなかったな。
《透過》──簡単に説明すると、個性の発動中『あらゆるものが身体を通り抜ける』状態になるらしい。一見地面に潜りながら移動しているように見えたあの移動は、単に地面すらもすり抜けて落下していただけだという。
その状態──物質と重なり合った状態で個性を解除すると『空間に向けて弾き出される』ことになるという。弾き出される方向は、いわく身体の向きや角度、果てはポージングで狙いすませることができるというが……。神業のようだな。
通形先輩はいましがた、『あらゆるもの』という言葉を使ったのだが、それは嘘だ。嘘、というか勘違いかな。彼は【光】と【空気】を《透過》させていない。
曰く、『個性の発動中は吸っても透過していて酸素を取り込めない。鼓膜は振動を、光は網膜を《透過》する』らしいが、光と空気に関しては、【遮断】していると言っても面白いだろう。
なぜってオレのゴーグルは、彼が地面の中へ沈んだとき以外、【ずっと通形先輩を捕捉できていた】のだから。光を《透過》していればそもそもオレたちオーディエンスの視界に映ることも不可能になる。このゴーグルや雄英体育祭の決勝戦を映していたカメラも同様に。
……しかし、そうか。【それ】が葉隠の個性との最大の違いか。
ついさっきまでオレも勘違いしていたのだが、葉隠の個性は《透明》じゃなくて《光の透過》だ。
MRIとレントゲンに映るって話からも推測できたが、同一視してしまっていたな。ということは彼女の必殺技《集光屈折ハイチーズ》は、周囲の光を全反射した状態……。光を、操れる? これ本人知ってるのかな?
【空気】の件も、轟の炎で理解できた。通形先輩は個性を解除したときに【口】は残してった。喋るため、呼吸のため、どっちでもとれるが、それはつまり彼の【肺の中の空気】はそのままなのだろう。胴体が透過している最中でも話すことができていたのは、それが理由か。
説明は続き、自身の個性の性質を掴み切れなかった彼は、二年の半ばまで落ちこぼれであったことを告白する。
「この個性で上に行くには、遅れだけは取っちゃダメだった!
「『予測』! 周囲よりも早く、ときに欺く! なにより予測が必要だった! そしてその予測を可能にするのは『経験』。経験則から予測を立てる。
「長くなったけど、これが手合わせの理由! 言葉よりも経験で伝えたかった!
「インターンにおいて我々は、お客ではなく一人のサイドキック! プロとして扱われるんだよね!
「それはとても恐ろしいよ。プロの現場ではときに人の死にも立ち会う。けれども怖い思いも、辛い思いも、全てが学校では手に入らない一線級の『経験』!
「俺はインターンで得た経験で力に変えてトップを掴んだ! ので! 怖くてもやるべきだと思うよ! 一年生!!」
周囲のクラスメイトはおおむね好意的だ。オレも思わず拍手を送る程度には同意見である。
『賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ』という言葉もあるが、これは失敗した人間への当てつけで使われるものだ。彼が言っている経験とはその程度の話ではなく、自分の将来へ投資をしろという意味だろう。
実力差を見せつけられた相手から、その実力を育てた方法を聞いたのだ。職場体験に対する緊張感も増している。いいね。
相澤先生が指示を出し、ビッグスリーへお礼を言うと、その場で解散となった。
ちなみに一限は余裕をもって遅刻。拗ねるように授業を始めたプレゼントマイクには、きっと相澤先生がなにか奢ってくれるだろう。
ヒーロー基礎学の訓練も終わって寮へ戻ると、女性陣が談話室という名のオレの部屋に集まってインターンについての話で盛り上がっていた。
とくに相澤先生が帰りのホームルームで言っていた内容。
『ビッグスリーからインターンの意義を教わったが、お前らがまだプロの現場に行けると決まったわけじゃない。職員会議で是非を決める必要があるし、やるならやるで、マスコミなどへの対応も考えなきゃならん。しばらくは様子見だ──』
朝も話していたが、一年での仮免取得がそもそも珍しいのだ。オレたちの仮免取得は、おそらくヴィラン連合などによる襲撃に備えたリスクマネジメントの一つ。
襲撃に際して自らの判断・責任をもって個性を使用して戦闘を行えるようにしつつ、最終的な責任は雄英高校と、そして免許を発行したヒーロー公安委員会が取れるようにする措置だ。過剰防衛であればその限りではないだろうけどな。
要するに、仮免取得者限定の職場体験であるヒーローインターンは、第三者からすればおまけの要素でしかない。
職員会議がどれほどの決定権を持つのかは知らないが、もし職員による多数決ならば、反対派も多くいるだろう。責任を負いたくないという職員もいれば、一年生たちを心配する人も少なくないはずだ。
差し当たって、オレの仮免発行の目途もついたので、そのあたりも詰めていかないとな。
通形ミリオ・葉隠透の個性の解釈に関しては、考察活動をしている蒼三日月さんと素知らぬ猫さんの意見を大幅に取り入れています。お二人の意見がなければたどり着けなかった答えでもあります。この場をお借りして、お礼申し上げます。
ただこの考察には致命的な欠陥があり、青山のレーザーを通形が遮断ではなく透過しています。それを解決するために青山のネビルレーザーが《輝くヘソのゴマ》であるという考察を用意しました(IQ2)
※考察や解釈に関しては、一人ひとりに考え方があるので、正解を提示しているわけではありません。