アニメ第4期第1話、総合64話「スクープ雄英一年A組」より。
爆豪の謹慎が明けて八時。本来ならばすでに朝食を済ませている時間だが、今日は相澤先生の指示ですこし遅めになっている。
朝食の魚を焼き終えたところで、相澤先生が談話室兼食堂へとA組を集合させた。
朝のホームルームを削ってまでの話は、てっきり仮免の話題か爆豪と緑谷の謹慎に関連したものかと思ったが、どうやら新聞社の密着取材で『雄英生の寮生活レポート』なる企画が組まれたらしい。
それを雄英側としても、隔離のようなイメージを付けないため、保護者の方へ透明性をもたせるために取材を許可したという。
ほかの学年やクラスも、べつの新聞社から取材を受けているのだろうか。正門前に大量にいる記者クラブを連れてきてあげればいいのに。
相澤先生が浮かれるオレたち(とくに峰田)へ指導していると、一人の男性が寮内へと入ってきた。
「そういうのやめましょう相澤先生。私は寮生活をしている雄英生の生の姿を取材したいんです」
「特田さん、まだ入っていいとは──」
「取材は午前八時から午後六時まで。もう始まってますよ」
細身で長身、眼鏡に切れ長の目。小道具は時計とカメラか。やや頭皮が寂し気ではあるが、うすだいだい色のジャケットが似合う中年男性だ。
雄英高校を単独で取材できる信頼度か……。一応調べておくか。
特田と名乗った男性が頭を下げたので、A組も声を合わせて挨拶をかわす。
「特別なにかをしていただく必要はありません。みなさんがいつも送っている生活の様子をカメラに収めさせてください。たまに質問するかもしれませんが、そのときはよろしく」
女性陣の評価は上々。峰田は女性記者ではなかったことに対して文句を言いながら、相澤先生に受けた指導の痕を擦っている。
──さて、密着取材に加えて今年度から急遽導入された寮生活。字面通りの取材じゃあないことは確かだが、雄英側が許可をした理由はなんだ?
「校長先生から伺っているとは思いますが、取材への干渉はどうかご遠慮ください。私は──」
「わかってます。なにかあれば連絡をください」
「なにもありはしませんよ。一年A組のみなさんは、将来有望なヒーロー候補じゃないですか」
記者の発言に何人かが嬉しそうに頬を染める。数字への執着がない生徒ほど顕著だな。
「策束、問題があったらすぐに連絡しろ」
「え」
「いいな?」
ドスの利いた声で相澤先生に言われれば、頷くしかない。こういうときこそ委員長に頼みなさいよ……。
「それじゃあ、えっと、みなさんこれからなにを?」
「朝食です!!」
代表して飯田が答えている間に相澤先生へ目配せをするも、彼はすっと視線を逸らして目を瞑ってしまった。取材へは不干渉か。はてさて──。
小学校、中学校でも行われていたが、食事の最中にカメラの被写体にはしないでほしい。オレと同じ意見はすくなくないだろう。カメラのシャッター音がするたびに、何人かが緊張で肩を震わせている。
さて、新聞の記事で使われる写真などせいぜい二枚。この取材及びカメラマンを兼務しているのなら、記事を書くのはこの人だろう。あるいは特集? いや、ならテレビか雑誌から記者がくるはずだ。
特田さんがする質問も、「朝食はいつも何時?」「誰が作ってるの?」「誰のが一番おいしい?」など、角が立つようなことはない平々凡々としたものだ。
まだ朝食の時間だから手加減しているのか、オールマイトのことや雄英襲撃、誘拐された爆豪についての質問は一切されなかった。ついでにオレの手足のことも。
青山がオレを隠すようにカメラの前に立ってくれるのは、ありがたいことこの上ない。目立つためなのか、オレに気を遣っているのかは知らないけど。
青山の奇行に困っていた特田さんには、オレのことは写さないようにお願いした。手足や耳のこともあるが、そもそも顔を売っていない。彼も快諾してくれたので一安心だ。
爆豪に接写して怒鳴られて尻餅をつくコミカルな特田さんに、悪印象は抱かない。
それでも、制服に着替えながら特田という記者について調べておいた。ネット記事から筆者を検索しただけだが、簡単にヒットする。
特田種男。スクープ記事が多いな。……フリージャーナリスト? 慌てて相澤先生に伝え、どこの新聞社か確認すると重工新聞と答えられる。
たしかにほぼ専属と言っても問題ないくらい、記事は重工新聞に卸しているようだが、フリーランスだぞ? 雄英の内部に入れて、一日の密着取材を許可するには信頼度が低すぎる。
すこし遅れての登校。通学路には誰もいないので、ちょっと独占気分。その通学路にも、そして教室にも特田さんというイレギュラーな存在がいるのはいただけないが、まあ今日だけだ、我慢しよう。どんな記事になろうが、オレのせいじゃあない。
……圧力かける材料だけは集めておくか。
それにしても──『雄英生の寮生活レポート』にしては取材時間が朝八時から夕方六時まで。朝の分は終わったから、あとはヒーロー基礎学の時間で変動してしまう夕方の一時間。下手すればヒーロー基礎学中に彼の取材時間は終わってしまう。
授業の合間の休み時間では、特田さんは各々の個性について聞いて回っている。【個性名】で済ませるのではなく、【どのような個性】であるのかを深く質問しているようなイメージがあった。
加えて、決勝トーナメントに残ったメンバーの個性は、より深く聞かれたな。
「じゃあ緑谷くんの個性は、超パワーだけじゃなく身体能力のアップ、と……。体育の時間でも見せてもらったけど、すごい跳躍力だったもんね。ありがとう。それじゃあ最後、出席番号十番、策束業くん。キミの話を聞きたいな」
いま、このように。
昼休み、ずぅっとオレに付いて回った特田さんは、最後と言わんばかりにオレの個性について質問してきた。ほかのメンバーについては本人に聞けよと思っていたが、オレについては第三者を挟むべきだ。
口田が心配そうにオレを見ている。芦戸、葉隠も同様に。
オレの個性のこともそうだが、手足のことになると大スクープだろうからな。
「それよりランチラッシュの食事を楽しめる機会なんて、部外者の方は滅多にありませんよ?」
「ははは、そうだね。とても美味しかったよ。これだけで特集が組めるね」
「特集を組むかどうか、あなたのようなフリーランスが決められるんですか?」
「おや──私がフリーランスだなんて、誰から聞いたのかな?」
オレの隣に座っていた特田さんが、ゆっくりとした動作でメモ帳を降ろす。笑顔の彼の目は笑っていない。切れ長のオッドアイがオレを観察している。
ダメだなぁ、あんたは交渉できる立場にいないんだよ。
「秘密にできると思うんですか? オレの【個性】の前で」
周囲のA組が噴き出す。汚いなぁ。
「ふむ、【そういう個性】か」
「学校側からの要求は、あくまで生徒の私生活に対しての取材ってところですよね。個性に対しての質問が目立ってきましたが、【予測】はついたんですか?」
「弱ったなぁ」
恥ずかしそうに視線を逸らす特田さん。一緒にいるメンバーに向けて人差し指を唇に当て、片目を閉じた。
「あとすこしで取材は終わっちゃうんだ、もうすこし秘密にしておいてくれるかい?」
芦戸と葉隠が黄色い悲鳴を上げながら、こくこくとうなずいている。特田さんの秘密とやらは選択肢が多すぎてさっぱり見当つかないが、良い具合に勘違いしてくれたんだ。勘ぐらせておこう。
「これ以上雄英やA組が悪目立ちしない記事なら、嬉しいんですけどねぇ」
「あはは、約束するよ。じゃあ屋上に行ってこようかなー。轟くんの自主練姿も見てみたいし」
逃げるように立ち去る彼の背中を追っていると、テーブル越しの芦戸にからかわれた。
「すごい嘘つくじゃんー」
「んー? なんのことかなー?」
「ねえねえ、本当にそういう個性だったりしない? あたし心読まれてたりする?」
葉隠も心配になってきたのか、オレに質問を投げかけてきた。芦戸や口田も驚いてオレを見る。残念ながら無個性だ。
その後は、特田さんの狙いとやらを聞き出そうとする女性陣に辟易しながら、ヒーロー基礎学へ備えることになった。
今日のヒーロー基礎学は、体育館ガンマを使った練習。
仮免試験を終え、各々の必殺技に足りぬもの、伸ばす箇所の課題を相澤先生から指摘を受けて、ほぼ自主練のようなものとなる。珍しく、四時には終わらせ、寮に戻るように指示を出された。
おそらくは雄英側からの、取材を積極的に受けるように、というものだろう。
寮へと戻ると、特田さんから私生活を取材させてほしいということで、各自部屋には籠らず、できるだけ談話室で過ごすよう心掛けた。
特田さんは昼間とは打って変わって、箸にも棒にも掛からぬような質問しか投げかけなくなり、みんなも彼の存在に慣れたのか、気負わずに答えている。
そんななか珍しく障子と常闇が将棋をしていたので、観戦させてもらおうかな。
「王手飛車取り」
常闇が三手前に打った3三歩を3二歩成にすると、なぜかそんな言葉を呟いた。大丈夫? ルールわかってる? 言いたかっただけだよね? 詰みだよ詰み。気づいた障子が額に手を当てている。
そんな常闇の小さなアピールむなしく、特田さんの視線は、外で型の訓練を続ける緑谷のほうへ向けられていた。
暇だからと、勝者の常闇に勝負を挑む。御家柄将棋と囲碁と花札は得意だぞ。
早々と常闇を下し、負けじと挑んで来た障子にも本物の王手飛車取りをプレゼントしたくらいで、八百万が夕食の支度を、と声を掛けてきた。ああそうか、もう爆豪が作ってくれるわけじゃないのか。
時計を見るとすでに十八時近い。特田さんは外で緑谷と話しているのか。
「うおっ!?……な、なんなん?」
部屋の隅で外を見ていたらしい麗日が雄叫びのような声を上げた。思わず八百万と顔を見合わせて麗日の様子を見てしまう。
窓に張り付いて息を荒げていた麗日の視線を追うと、オレたちの位置からでは見えないが、おそらくは特田さんと緑谷が話している場所を見ていることになるだろう。
……悲鳴上げるような事態になるか?
「外、行ってきたら? ほら、夕食だからさ」
麗らかじゃないぞ?
彼女は大げさに頷いて、忍ぶように外へと出て行った。
八百万と待っていると、外から戻ってきた二人は、なぜか大量の中華まんを抱えていた。オールマイトからの差し入れらしい。夕食前のおやつに、か。まあ育ち盛りだ、食えるだろう。
緑谷に特田さんの行方を聞くと、取材の終了時間のため帰ったという。はてさて。
◇ ◇ ◇ ◇
取材を受けた週の土曜日、眠い目を擦って談話室へ降りると朝刊が人数分、丁寧にテーブルの上に並べられていた。並べたのは飯田らしいので話を聞くと、どうやらオレたちの寮生活が記事になったらしい。
そう思って新聞を開くと、号外の小さな新聞が挟まっていた。オレたちは新聞本誌ではなく、広告のように挟まっている特集記事扱いのようだ。
おそらくは一週間くらいまき散らされることだろう。
正直、一面の上部を使って、下部は広告スペース、なんてよくある新聞記事を想像していたので、思った以上に力を入れているらしい。
重工新聞のホームページでは、オレがいま広げた特集記事が無料開放されていた。
『未来を担うヒーロー』
という煽り文句から始まり、一ページを四人分の紹介に使う気合の入れ方。名前と写真と個性、それから寮での集団生活や授業、訓練でどのような役割を担っているかの説明が加えられている。これはB組から恨まれそうだ。
ええっと、出席番号十番、恥ずかしがり屋の策束業くん、と。まあいいだろう、悪くない。峰田は不機嫌そうな顔が掲載されていたが、それよりマシだな。
最後の締めとして、特田さん自身が『オールマイト引退』について、不安感に襲われていたことがつづられていた。
『──彼の消失は眠ることへの恐怖を思い出させた。同じように眠れぬ夜を過ごす人も多い事だろう。それでも我々にはエンデヴァーがいる。そして次代のヒーローの卵たちも育っている。我々大人たちにとってオールマイトが平和そのものであったように、彼が育てている若い芽は新しい時代の平和の象徴と成長していくのだ。』
締めとしては可もなく不可もなく、だな。
そう思いながら特集記事をテーブルの上に置いて新聞を開くと、中華まんを食べるトゥルーフォームのオールマイトがデカデカと特集されていた。記者は知らない人だが、カメラマンは特田種男。
やるねぇ、一度の取材で記事を二つ分。実に合理的だ。名前はしっかり覚えたからな。
土日の食事は各自で準備。食べるも良し寝過ごすも良し。
トーストにたっぷりバターを塗りこんでシナモンをふりかける。ああ至高。
紅茶で喉を潤しながらのんびり新聞を読んでいると、歯ブラシを咥えた上鳴と峰田がやってきた。
「休みだねぇ」
「特訓に仮免でバタバタしてたから、今日くらいゆっくり──」
バタバタと奥の階段から足音が響いてきたと思ったら、ものすごい勢いで緑谷が「おはよー!」と叫びながら駆け抜けて、外へと飛び出した。制服だったよな、たぶん。
「今日俺らヤオモモの予習会やんだけど、おまえら来る?」
「わりぃ、俺らも今日用あるわ」
切島と常闇はヒーローインターンかな? 緑谷は確定。轟と爆豪もどこかに行くだろう。
八百万もインターンに行きたがっていたが、企画されてしまった予習会を断ることができずに不参加。八百万って、やる気を出したときはたいがい空回るんだよ。
さて、職場体験改めヒーローインターンだが、雄英側としては一年の参加にほとんどの教員が否定的だったと相澤先生が説明していた。
反対意見も多数あり、過保護過ぎて強いヒーローが育たないという意見も一理あると見なされ、「インターン受け入れ実績が多い事務所に限り一年生の実施を許可する」という結論になったという。
轟はそのへん良いよな、たぶんエンデヴァーところに行くんだから。受け入れ実績も十分だろう。
切島のところはよくわからない。ファットガムという大阪のローカルヒーローのところへ行くらしい。CM出演する地元では大人気のヒーローだというが、切島って前の職場体験だと任侠ヒーローのどなたかに指名してもらってなかったっけ?
「フォースカインドさんな! 雄英側からストップされちまった。少数精鋭でやってきてたから、インターンの実績不足って判断されたっぽい。だから、天喰先輩に紹介してもらった」
「天喰先輩? ビッグスリーの? マジかよ」
切島のやる気に峰田が驚いている。
インターンシップの経験がそのまま実力に置換されることはないだろうが、それでも先達が行ったことを形だけでもなぞろうとするのは大切なことだ。
「麗日と梅雨ちゃんも波動先輩にお願いしたって。今日面接だってさ。まあ俺もなんだけど」
「常闇も?」
切島ともども用事があると言って、八百万の予習会に来ないのだ。インターンシップ関係だろう。
未定らしいが、どうやら常闇はナンバーツーのホークスにヒーローインターンを希望しているそうな。エンデヴァーにホークスか。たかだか十五・十六歳の子どもの職業訓練に、日本を代表するヒーローたちが関わっている。
改めて雄英高校の大きさが伝わってくるな。
雄英の大きさと言えば常闇陰踏──。
雄英体育祭後の職業訓練。常闇を指名したのは当時ナンバースリーのウィングヒーローのホークスである。
常闇曰く一週間なにもさせてもらえなかったらしいし、同時期にナンバーフォーのベストジーニスト、ナンバーツーのエンデヴァーなどのトップランカーたちの名前も上がっていた。
なによりも飯田の兄、インゲニウムの一件もあったため自粛するような空気もあったため、話題としては弱かった。
「ホークスの場合はインターン実績ほぼゼロらしいから、単純に実力だけで雄英の信頼を勝ち取ったのだろう」
言いながら彼も準備があると立ち上がった。切島は大阪なのでいいとしても、ホークスの事務所がある福岡は遠いよな。
週明け、インターン組とも呼ばれるようになった切島たちから話を聞けたが、どうやら麗日や常闇も面接には受かったらしい。
下手をすれば平日の宿泊や遅刻・早退で補習するはめになると聞いて遠慮していた面々も、ホークスやリューキュウなど、日本を代表するヒーローたちの下で【経験】を積んでいるクラスメイトには焦り出しているようだ。
焦っているといえばB組か。彼らは体育祭での指名がほとんどない。
切島も鉄哲からの紹介を乞われファットガムに口利きしたらしいが、果たしてどうなることやら。
ちなみに心操もヒーローインターンには行かないらしい。
それをオレは捕縛布の訓練中に聞くことになった。
「俺にはこっちのほうが合理的だ」
三十メートル離れた目標に向かって捕縛布の端をぶつけ続ける心操を尻目に、オレはからまって毛玉のようになってしまった捕縛布を解くのに必死である。
相澤先生はそんなオレたちを視界に収められる位置で、寝袋に包まっている。熱中症で死ぬのではなかろうか。
夏休み前、多少使い方を教えてもらっていた捕縛布の扱いは、夏休み明けてみるとすっかりと使い方を忘れていた。いや、多少は覚えているが、現在の心操の扱いと比べると雲泥の差だ。
どれほどの差として表れているかというと、心操はすでに捕縛布をヒーローアイテムとして持ち出せる手続きをしており、一方のオレは心操から【二本】借りて練習している。
「イレイザーはすごいよ。俺はまだ四本が限界だ」
そう言いながら的当てを繰り返す心操の捕縛布は【一本】に見えるが、実際は三本繋がっている。いまは準備運動程度の行動だが、これから五か所同時に捕縛布を当てる訓練を始める。精度も日に日に増しているので、彼の限界値が上昇する日も近いだろう。
そんな相澤先生は、二十本以上の捕縛布を首に巻いているはずだと言う。オレからすれば、ふた月程度の訓練で四本をからませることなく振るえるだけでも十分すぎると思うけどね。
捕縛布改め捕縛玉をどうにか解きほぐしながら、遅れて自主練に参加する。
まずは二本を一本にするやり方を、もう一度教えてもらおうか。
◇ ◇ ◇ ◇
そんな訓練と勉強続きの最中、インターン組に動きがあった。
彼らがヴィランを逮捕したことで大きな注目を集めたのだ。
『新米サイドキック 烈怒頼雄斗爆誕!』
『リューキュウ事務所に新たな相棒』
活躍具合から切島の記事のほうが多いが、フロッピーとウラビティのペアもヴィラン確保に貢献したとして、しっかりとした扱いだ。容姿への賞賛も多く、すでにファンがついているのではないかと芦戸は予想している。
「全身刃物男から市民を守る新ヒーロー! 熱い男だレッドライオット! ひゅー!」
「やめろよ!」
記事を読み上げる瀬呂にからかわれ笑い合うクラスメイトを見ながら、爆豪が歯ぎしりしている。彼は今回の職場体験には不参加だ。雄英高校としての判断だが、そもそも受け入れ先がないという裏事情もありそうだ。ベストジーニストが復帰していれば入れてもらえただろうが、爆豪本人は嫌がりそうだな。
「あ、策束。ちょっといいか?」
切島に声を掛けられる。
勉強会の予定でも聞かれるのかと思ったが、彼の言葉は『ちょっと』で済ませるような内容ではなかった。
「個性をブーストさせる薬品について聞きたいんだけど」
「穏やかじゃあないなぁ」
捜査中の、しかもヒーローインターン中の出来事で詳しくは言えないと言われたので、ますます穏やかからはかけ離れている。
まあ薬品ならこのクラスには八百万というスペシャリストがいる。
内容が内容なので大声で話すわけにもいかず、夜の勉強会が終わってから八百万と切島がオレの部屋に再び集まった。
八百万が淹れてくれたハーブティーを飲みながら、切島が出会ったというヴィランの話を聞く。
ファットガム、サンイーター、レッドライオッドの三名でヴィランの確保をしている最中に発砲され、そのヴィランを追いかけた先で【カッター程度の刃物を出す個性】をもったヴィランが【全身刃物男】になったらしい。
八百万と顔を合わせる。いろいろとツッコミしたいところはあるが、詳しくは話せないだろう。しかたなく、切島の質問にだけ答えることにした。
「『トリガー』でしょうか」
「まあ、おそらくは」
数年前、市民に対して無差別に『イディオ・トリガー』という個性因子誘発物質がばら撒かれるという事件があった。トリガーを摂取してしまった市民は突発性ヴィランと呼ばれ、理性を失くし個性が本人の制限を越えて暴走したという。
その事件以降、当時未認可だった日本でも禁止薬物に指定され、世間一般に出回ることはなくなった。だが拳銃をこの日本で入手できる連中だ。一人分のトリガーくらいわけないだろう。
「ファットガムは黙っちゃってさ、俺も天喰先輩もそれどころじゃなくて」
まあ極秘情報というわけでもなさそうだからな。相談しても咎められることはないだろう。そしてどうやら【聞きたいこと】はそれだけじゃあなさそうだが、そっちは極秘情報なのか言葉を噤んだ。
八百万はすこし黙り込んでから、オレに指示を出した。
「業さん、頭痛薬もっていますか?」
「ええ、市販薬なら」
彼女が頭痛を訴えているわけではないだろう。
寝室から未開封の頭痛薬と、ついでにいくつか風邪薬や胃腸薬を持って行く。
彼女は箱の側面を見て、テーブルの上に分けて置き始めた。最後に頭痛薬の薬を左側へ置いて「こちらはすべて個性因子誘発物質が入っています」と言った。
切島と顔を見合わせ、八百万が左側へ置いた市販薬の箱を手に取る。成分──と言ってもはっきり言って似た名前が並んでいるなぁとしか思えない。すくなくともトリガーなんて単語は一つもない。
だが、彼女の言いたいことは理解できた。
「どのような薬でも副作用はあります。普通はとても小さなものですけれど、アナフィラキシーやスティーブンス・ジョンソン症候群などの重篤化する副作用もゼロではありません」
「なに? 人名?」
切島が首を傾げた。指定難病の一つで、すごく簡単に説明すると、薬剤がその人の遺伝子と致命的に合わないと、皮膚や粘液、眼球に重篤な悪さをする病気である。
咳払いを一つ加えた八百万は、薬の説明へと戻る。
「正確に言えば、トリガーとは個性を強化しているわけではありません。イディオタイプとあるとおり、その人の持つ免疫力を強めるため、その人の持つ個性を制御するエネルギーが割かれ、結果的に個性が暴走すると言われています」
あー、切島が完全に置いていかれた。
八百万の説明はオレも知らない専門的な論文への考察へと至り、個性因子の説明へ繋がっていくのだが、《創造》で英文の論文を作り出したことでオレも置いていかれた。あー。
「あ、ちょっと読める」
「だねー」
八百万の呪文を聞きながら、彼女に専門的な話をするときの手順を教えようと心に誓う。
頭痛薬は切島と分け合うことになった。
アニメオリジナルキャラクターの一人、特田種男。
重工新聞にスクープ記事を卸すフリージャーナリスト。前髪がすこし後退しているが、それを補ってあまりあるイケメン。オッドアイ。個性は《全身レンズ》。
『雄英生活の寮生活レポート』という記事を書くというお題目ではあったが、真の目的はオールマイトが放った「次は君だ」の言葉を正確にくみ取り『オールマイトの後継者』を探し、記事にしようとした人物。
事実、緑谷がオールマイトの後継であることを見抜いた唯一の部外者でもあるが、「心配しなくていいよ。裏が取れてない憶測で記事を書くつもりはないから」とすべて自身の胸の内に秘めて雄英高校を後にした。
なお、この回の朝食では、砂藤はカレー、耳郎はオムレツ、爆豪はアジなど多様な食事が用意されていたので、ランチラッシュのデリバリーである可能性が高い。二次創作する方はご留意ください。