死穢八斎會編は「会議編・前後」「突入編・前後」「地下ルート・前後」「顛末編」の計7話となります。
ヒーローインターンが解禁されて二週間を過ぎ、日曜日から三週間目が始まった。
インターンに参加していない者、あるいは事務所の事情で数週間遅れて参加しようとしている者にとっては、貴重な自主練の時間である。
オレと心操は朝から、オレは捕縛布を持ち、心操は素手で組み手を行っていた。
正直自分の首を物理的に絞めないか、ドキドキしながら心操の攻撃をいなし続ける。オレが強くなったのか、心操のスタミナが少なすぎるのか、いまのところは全戦全勝。個性抜きでならA組でも実技上位という自負があるので、負けなくて良かったよ。
もっとも、相手がオレじゃあなくても心操が不利であったことは間違いない。オレの捕縛布は一本だが、心操は五本分、首に巻いて戦闘をしている。おまけにヒーローアイテムのペルソナコードを装着。捕縛布が広がって視界が悪くなることもあるし、そもそもペルソナコードが重いというデメリットもある。
一方のオレは義手・義足ではあるものの、動きは生身の頃とそれほど変わらないし、右腕に関しては鈍器みたいなものだ。おまけに捕縛布を使える。
カウンター狙いで心操の動きを見続ければ勝ち筋をすぐに掴むことができた。
「そこまでだ。お前ら、シャワー浴びてこい。三十分後、正門前な」
「「はい!」」
反射的に返事をしたものの、シャワー浴びて正門前?
相澤先生から言われた事のない指示に、その場を離れた心操と疑問をぶつけあう。腹も減ったし喉も渇いた。だが、これから信じられん距離走らされる可能性もあるんだ。我慢しておこう。
なんて思ったが、正門前に行くと黒塗りの自動車が運転手付きで用意されていた。いつも車用門に停まっている雄英高校の車だろう。
「メシ食ってくれば良かった……」
こっちは朝の五時から活動中だ。いまだ十時だが、すでにエネルギーが枯渇している。愚痴が聞こえたのか相澤先生からゼリー飲料を渡された。……はあ。
車の中でどこに行くのかを問うと、「インターン気分を味わわせてやる」と告げられた。なんだかんだ、心操は嬉しそうだな。まあ相澤先生のもとでならヒーローインターンをしたいと公言しているのだ。願ったり叶ったりだろう。
ヒーローインターンなぁ。心操ならまだしもオレは仮免すらないんだけど。
車は、一時間ほどかけて見慣れた都心部へ到着。
ビルの表札には『サー・ナイトアイ事務所』と書かれていた。
「ナイトアイって、オールマイトの、元サイドキックの、あの?」
心操が嬉しそうに相澤先生を見ている。「ああ」と返答した先生に、「あの未来予知の!?」となおも言い募り、面倒臭そうに対応されていた。
一方のオレは不安でしかたがない。学外でオールマイトの元相棒と会うんだぞ? しかも緑谷のインターン先だ。オレか緑谷、どっちがスパイか確定したわけじゃあないだろうな。
相澤先生──イレイザーヘッドに続いて事務所へと入る。出迎えてくれたのは真っ青な女性のヒーローだった。
「ようこそおいでくださいましたイレイザーヘッド。ご協力感謝いたします。ナイトアイ事務所所属のバブルガールです。後ろのお二人は?」
「受け持ちの学生です。緑谷たちも呼んだんでしょう?」
緑谷【たち】も来る? 事情は教えてもらえなかったけど、オレや心操が狙って呼ばれたわけじゃあなさそうだ。
バブルガールに案内されて奥へ進むと、椅子もなにもない待機室に案内される。そこにはすでに何人かのヒーローたちが集まっていた。
ずいぶんと多いな、イレイザーヘッドを入れて十人程度。バブルガールに確認したところ、これで半分程度。あとはすこし遅れてくるメンバーと、何人かはすでに会議室にいるという。
インターンシップってこんなレベルなの?
有名どころだとドラグーンヒーローのリューキュウだな。麗日と梅雨ちゃんが波動先輩の伝手を使ってヒーローインターン中のはずだ。緑谷だけではなく二人も来るのか。相澤先生がオレと心操に声をかけた気持ちがわかった。見学しろってことだな。お茶汲みとかやっとく?
心操に相談しようかとも思ったが、彼は予期せぬヒーローたちの存在にやや興奮気味だ。いつもの無関心な瞳がきらきらとしている気がする。
「よぉ坊主」
「お久しぶりですグラントリノ。ご壮健でなにより。こちらは学友の心操人使。心操、こちらはグラントリノ。オールマイトの先生だ」
「オールマイトの!? よ、よろしくお願いします!」
声を掛けられるまで気づかなかった。オレも実は浮かれていたらしい。喉を潤したいな。
そのグラントリノは心操との会話もそこそこに、オレの右腕と右耳を見ている。足もだよ、とは言わなくてもいいだろう。そういえばこのおじいちゃんヒーローとは神野区でちらと姿を確認した程度か。
「かっこよくなったじゃねぇか」
「でしょう?」
財布からコインを取り出して、義手の指の間に挟んだ。するとそれを感知したAIが指を器用に動かして、コインをくるくると移動させていく。そこにコインをもう一枚加えた。
実はAIを成長させ、コインは同時に二枚まで移動させることができるようになっている。八百万の誕生日会で一発芸を要求された場合、これを披露するつもりだ。
それを見たグラントリノは冷めた声で告げる。
「……お前モテねぇだろ」
「なんてこと言うんですか!!」
怒鳴った拍子にコインは落ちた。
「グラントリノはどうしてここに?」
「なんだ、聞いてねぇのか。おい先生よぉ」
「遅れてくる緑谷たちも事情は知らないそうです。わざわざコイツらだけに教える必要はないかと」
心操ともども肩を竦める。
インターン組もこのヒーロー群の中に来るのか……。
ヴィラン連合。オールマイト引退。内通者。どれかだったら胃痛だな。
歓談すること十分、また待機室の扉が開かれた。すでにプロヒーローたちは二十人を超えている。次はどんなヒーローだろう──。
「グラントリノ!? それに相澤先生!」
「なんで策束くんが!」
「人使ちゃんまで」
緑谷を始め、A組のインターン組である、梅雨ちゃん、麗日、切島までいる。それに雄英高校が誇るビッグスリーのお三方だ。
彼らも思わぬプロヒーローたちの多さに驚いているようで、職場体験先のヒーローであるリューキュウと、たこ焼きを擬人化したかのようなファットガムと呼ばれたヒーローが近寄ってくる。
ビッグスリーも交え話を聞こうとしたが、それより先にリューキュウが発言した。
「ナイトアイさん、そろそろ始めましょう」
事情の説明は一切なしか。
果たして、リューキュウがここでの外部リーダーということだろうか。
……オールマイトがいない? イレイザーヘッドがいるのに。
仮免持ちの学生を入れて、約三十人のヒーローを呼び出したのは、サー・ナイトアイ。緑谷と通形先輩のインターンシップ先のヒーロー。
実物は初めて見たが、長身で細身だ。眼鏡といい髪型といい、オールマイトとは正反対の、典型的な日本人という歪んだイメージを植え付けられる。
だが、オールマイトのサイドキックだ。パソコンの前にかじりついて──というわけじゃあないだろう。【擬態】かな。ただネクタイはド派手。
個性は《予知》。単純に未来を見る個性としてテレビなんかでは紹介されていた。
「あなた方に提供していただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が【なにを】企んでいるのか、知り得た情報の共有とともに協議を行わせていただきます」
しえはっさいかい?
初耳だ。どうやら切島も同じのようで、隣に立つ丸いヒーロー、切島のインターンシップ先のヒーローでもあるファットガムに質問をしている。
「悪いこと考えてるかもしれへんから、みんなで煮詰めましょのお時間や。お前らも、十分関係してくるで」
ファットガムの言葉に首を傾げたままの切島。オレも相澤先生へ質問を投げかけたかったが、ナイトアイと彼のサイドキックたちに促され、会議室へと通される。
学生はオレを入れて九人。プロヒーローは二十二人。
小さな組織……にしては、ずいぶんと大掛かりな事態のようだ。
会議の進行役はバブルガール。緊張で言葉尻どころか身体まで硬くしている。彼女が緊張しいなのか、それともこれほど大掛かりな作戦は彼女も初めてなのか……。
まあ会議に使う椅子が足りず、オレと心操が相澤先生の後ろに立つことになったくらいだ。初めての経験だとしても驚かないよ。
「えー! それでははじめて参ります! 我々ナイトアイ事務所は、約二週間前ほど前から死穢八斎會という指定ヴィラン団体について独自に調査を、進めてぇ、います!」
指定ヴィラン団体? 小さい組織というからどんなもんかと思ったが、ずいぶんと厄介だ。
ヴィラン連合は間違いなくヴィラン団体ではあるが、おそらく未だ【指定】されていない。ここでいう指定とは、国家や都道府県が定めたヴィランとしてのグループの危険性だ。もちろん雄英高校に対する執拗な攻撃や、オール・フォー・ワンという危険分子の存在を加味すれば、ヴィラン連合は事実上の指定ヴィラン団体として扱われているだろうけど。
表記上だけなら、死穢八斎會というのがヤクザで、ヴィラン連合は半グレとカテゴリ分けできる。
続きの資料を読み上げるバブルガールによれば、およそひと月前に起きた強盗事件がきっかけだという。
逃走を図った犯行グループが交通事故を起こして全員逮捕となった事件だ。そこに不信感を抱いたナイトアイ事務所が動いたらしい。
ナイトアイの背後にある電光ボードには、強奪された金銭は全て燃えたと記載がある。……怪我人なし?
たしかに、そう言われると不自然な話だな。事故と言い切るには早計な気もする。
「私、センチピーダーがナイトアイの指示のもと、追跡調査を進めておりました。調べたところ、死穢八斎會はここ一年の間に、全国の組織内の人間や、同じく裏家業団体との接触が急増しており、組織の拡大、金集めを目的に動いているものと見ています」
バブルガールの説明を引き継いだのは、同じくナイトアイのサイドキックのセンチピーダー。ムカデのような異形個性の持ち主だ。こちらは声の性質で聞き取りづらさはあるものの、バブルガールよりよほど落ち着いている。比べるのは失礼なくらいだな。
しかし、全国にいくつかの支部を持つ死穢八斎會が【小さな組織】で、かつ組織の拡大とは。ヤクザ者と呼ばれる者たちが落ちぶれたとは聞いていたが、ずいぶんと肩身を狭くしたものだ。
「そして調査開始からすぐに、分倍河原仁。ヴィラン名トゥワイスと接触。尾行を警戒され、追跡は叶いませんでしたが、警察に協力していただき、組織間でなんらかの争いがあったことを確認」
あぁあぁ、ここでその名が出るか、ヴィラン連合。
くそ、胃が痛い……。もう組織の拡大はやめてくれ。もう十分大きいよー。
「連合が関わる話なら──ということで、俺や塚内にも声がかかったんだ」
グラントリノとあの刑事さんはヴィラン連合専任なのか? はあ、あとでいろいろと謝罪させてもらおう。気にするなと言われそうだが、無理な話だ。
ちなみに塚内さんはここには来ていない。ヴィラン連合はほかにも目撃情報があり、そちらへ出向したそうな。グラントリノは緑谷へ話を振った。
「小僧、まさかこうなるとは思わなんだ。面倒なことに引き入れちまったな」
……なんだ? また秘密の会話?
緑谷がここにいる理由がグラントリノにあるのか。それとも──緑谷の個性の話か。
なんにせよ、議題としてはあまりに弱いようで、周囲のヒーローはほとんど気にかけていない。
と思ったが、通形先輩と肩を寄せ合い密談をする緑谷に、隣のヒーローが鋭い視線を送っている。私語厳禁か? コスチュームのわりに保守的な考え方をするヒーローだな。
名前はたしかロックロック。オレでも知っているということは、ビルボードチャートでも三桁上位だと思う。
話の途切れを感じたナイトアイが、バブルガールに説明の再開を促した。
「っと、えー! このような過程があり、「エイチエヌ」でみなさんに協力を求めたわけで」
「そこ、飛ばしていいよ」
「う、うん!!」
バブルガール、空回ってるなぁ。センチピーダーに指摘され、彼女が次に読むべき資料を探す間に、麗日がぽつりと「エイチエヌ?」と呟いた。すかさずおしゃべり大好きの波動先輩が丁寧に説明し始める。
「HN」とはヒーローネットワーク。仮免ではなく、正式にヒーロー免許を取得した者だけが使える、ヒーロー公安委員会公認の専用サーバー。おそらく通形先輩すら閲覧する権限はもっていない。まあ、つまり、この場で知らないのはオレたちだけ、ということだ。
さきほど緑谷を睨みつけていたロックロックが、ゆっくりとため息をつく。
「雄英生とはいえガキがこの場にいるのはどうなんだ。話が進まねぇや。本題の企みに辿り着くころには日が暮れてるぜ」
言葉の節々に舌打ちを織り交ぜるロックロック。まったくもって同感だ。
オレたち素人にこの手の会議中、口を挟む権限はない。わからないことはすべて会議が終わったあとに質問をまとめてイレイザーヘッドにぶつけるべきだ。
「抜かせ! この二人はスーパー重要参考人やぞ!」
ロックロックの意見を否定し、大げさな身振り手振りで注目を集めるファットガム。彼の言う「この二人」とは、天喰先輩と切島であるようだ。
……切島はなにも理解していなさそうだが、オレもさっきから理解が追いついていない。せめて事情は聞いておくべきだったよな。
「とりあえず、初対面の方も多い思いますんで、ファットガムです! よろしくね!」
大阪のヒーローと聞いていたが、ビッグスリーの一角がヒーローインターンに指定するには、知名度はないよな。おまけに見た目も、麗日・梅雨ちゃんの感想通り「丸くて可愛い」だ。
ファットガムの説明不足を、ナイトアイが補足した。
「八斎會は認可されていない薬物の捌きを、シノギの一つにしていた疑いがあります。そこでその道に詳しいヒーローに協力を要請しました」
「むかしはゴリゴリにそういうんぶっ潰しとりました!」
武闘派閥、ベテラン、大阪という大都市のプロヒーロー……。名より実を取る立派なヒーローだったか。ステインから見れば本物のヒーローになるのだろうか。
いかんなぁ、ビルボードチャートのヒーローたちの名前を聞きすぎたせいか、オレまで数字に偏見をもってしまっている。自重自重。
「それで先日のレッドライオットデビュー戦! いままでに見たことない種類のモンが環に打ち込まれた。『個性を壊す薬』!」
会議に参加しているヒーローが恐慌するように動揺している。
心操やオレがイレイザーヘッドを見たように、先生の隣に座るグラントリノも、相澤先生を見ている。
『個性を壊す薬』。数日前、切島からトリガーについて質問を受けたが、本当に話したかったのはこちらかな。
天喰先輩に打ち込まれたというその薬は、効果としては一日らしく、一晩寝たら個性は戻ってきていたそうな。
そのことに、ロックロックは安堵するように『個性を壊す薬』の危険性は低いと判断した。
戦闘中なら間違いなく致命的だと思うのは、オレが無個性だからか、経験の不足からくるのか──。
ここで、ナイトアイは詳しい説明をイレイザーヘッドに頼んだ。
なるほどな、イレイザーヘッドはコンサルタントか。個性の消失という言葉尻に怯えた周囲の不安そうな瞳が、イレイザーヘッドへと集まっていく。
「俺の《抹消》とはちょっと違うみたいですね。俺は個性を攻撃しているわけじゃないので」
妙な言い回しに首を傾げるヒーローもいる中、イレイザーヘッドの説明は続く。
「基本となる人体に、特別な仕組みが『+α』されたものが個性。その『+α』が一括りに『個性因子』と呼ばれています。俺はあくまで、その『個性因子』を一時停止させているだけで、ダメージを与えることはできない」
「環が撃たれた直後、病院で見てもらったんやが、その『個性因子』が傷ついとったんや。幸いいまは自然治癒で元通りやけど──」
撃たれたって、銃かよ。麻酔銃のようなものか。コストかけるなぁヴィランも。
「その撃ち込まれた物の解析は?」
「それが環の身体はほかに異常なし、ただただ個性だけが攻撃された。撃った連中もだんまり。銃はバラバラ。弾も撃ったきりしか所持してなかった。ただ──切島くんが身を挺して弾いてくれたおかげで、中身の入った一発が手に入ったっちゅーわけや」
「うおっ、俺っすか! ビックリした! 急にきたー!」
同じA組だけでなく、何人かのプロヒーローも切島の活躍に嬉しそうな反応を示している。下手すれば無個性のような状態で銃を持ったヤクザと対面することになるのだ。一晩寝れば治ると聞いていても、あまり好ましい状況ではないだろう。
イレイザーヘッドを含め、半数以上の視線はファットガムへ突き刺さるように向いたままだ。
「そしてその中身を調べた結果、むっちゃ気色悪いもんが出てきた。──人の血ィや細胞が入っとったッ」
う……お。
「つまり、その効果は人由来。個性ってこと? 個性に依る個性破壊……」
「うーん、さっきから話を聞いて見えてこないんだが、それがどうやって八斎會と繋がる」
さすがプロ。先の見据え方がオレたちとは段違いだな。麗日なんてドン引きしたままだ。まあオレもだが……。
「今回切島くんが捕らえた男、そいつが使用した違法薬物な。そういうブツの入手方法は複雑でな。いまでこそかなり縮小されたが、いろんな人間、グループ組織が何段階も卸売りを重ねてようやっと末端に行き着くんや。【八斎會がブツを捌いていた証拠はない】けど、その中間組織の一つと八斎會は交流があった」
「……それだけ?」
「先日リューキュウたち退治したヴィラングル-プ同士の抗争。片方のグループの元締めが、その交流があった中間売買組織だった」
ほぼ全員が目だけでリューキュウのほうを見る。
「巨大化した一人は、効果の短い粗悪品を打っていたそうよ」
「最近多発している組織的犯行の多くが、八斎會につなげようと思えばつながるのか」
「八斎會をどうにかクロにしたくてこじつけてるような。もっとこうバシッとつながらんかね」
ヒソヒソと互いのサイドキックと話し合うヒーローたちを尻目に、ナイトアイの背面に一人の男の画像が映された。
「若頭、治崎の個性は《オーバーホール》。【対象の分解・修復が可能】という力です。分解、一度壊し直す個性。そして『個性を破壊する弾』。……【治崎には『エリ』という名の娘】がいる。【出生届もなく詳細は不明】ですが、ミリオと緑谷が遭遇したときは、手足におびただしく包帯が巻かれていた」
「まさかそんなおぞましいこと──」
「超人社会だ。やろうと思えば、だれもがなんだってできちまう」
遭遇者である緑谷、通形先輩は言わずもがな、プロたちも最悪の状況を想像して顔を曇らせている。
一変した空気に理解が追いつかず、切島は周囲の光景を気にしながらファットガムに状況の説明を要求したが、答えたのはロックロック。
「やっぱりガキはいらねぇんじゃねーの。わかれよな。つまり治崎って野郎は、娘の身体を銃弾にして捌いてんじゃねーってことだ」
「実際に銃弾を売買しているのかはわかりません。現段階では性能としてあまりに半端です。ただ、仮に【それ】が試作段階にあるとして、プレゼンのためのサンプルを仲間集めに使っていたとしたら──。確たる証はありません。しかし全国に渡る仲間集め、資金集め。もしも弾の完成形が完全に個性を破壊するものだとしたら──悪事のアイデアはいくつでも湧いてくる」
その言葉にファットガムがいきり立って突撃を指示し、ロックロックは呆れるように隣に座る緑谷と通形先輩を睨みつける。
「こいつらがその子保護してりゃあ一発解決だったんじゃねーの」
「すべて私の責任だ。二人を責めないでいただきたい。知らなかったこととはいえ、二人ともその子を助けようと行動したのです。緑谷はリスクを背負いその場で保護しようとし、ミリオは先を考えより確実に保護できるよう動いた。いまこの場で一番悔しいのはこの二人です」
ナイトアイの言葉を証明するように、緑谷と通形先輩は立ち上がって、二人同時にエリという子どもを保護すると宣言した。
相澤先生が小さくため息を吐いたな。今回なにかがあっても、責任を取るのはナイトアイと仮免許を取得した緑谷だ。下手すれば学校側は関与できない。
ナイトアイは二人の考えに同調するように、今回の作戦の最終目標を【エリちゃんの保護】と宣言した。
熱くなった二人とは正反対に、周囲のヒーローたちはファットガム以外ずいぶんと冷静だな。ロックロックが議題に口を出す。
「へっ! ガキが粋がるのもいいけどよ。推測通りだとして、若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった核なんだろ? それがなんらかのトラブルで外に出ちまってた。あまつさえにガキんちょヒーローに見られちまった。素直に本拠地に置いとくか? 俺なら置かない。攻め入るにしても「その子がいませんでした」じゃ話にならねーぞ」
「たしかに。どうなの? ナイトアイ」
ロックロックの考えに納得するメンバーはリューキュウを含めて多いだろう。今度は爆豪救出とは違う。この場で見学していいのはオレくらいだろうな。
またもナイトアイに視線が向く。
バブルガールは慌てながら電子モニターを操作し、日本地図を映し出す。その地図には北海道、青森、宮城、福島、東京、富山、愛知、大阪、愛媛、福岡の十か所に点がつけられていた。
「問題はそこです。【なにをどこまで計画しているか】不透明な以上、一度で確実に叩かねばならない。そこで八斎會と接点のある組織、グループ、および八斎會の持つ土地。可能な限り洗い出し、リストアップしました。みなさんには各自その箇所を探っていただき、拠点となりうるポイントを絞っていただきたい」
なるほどなぁ。周囲のヒーローたちも、そこで初めてなぜこの救出作戦に地方から呼び出されたか理解が及んだようだ。北海道のプロヒーローお疲れ様すぎるだろう。
だが、まあ、困ってる人いれば来ちゃうよな。
「オールマイトの元サイドキックのわりにずいぶんと慎重やな……。回りくどいわ!! こうしてる間にもエリちゃんいう子泣いてるのかもしれへんのやぞ!!」
「我々はオールマイトに成れない。だからこそ分析と予測を重ね、助けられる可能性を百パーセントに近づけなければ」
「焦っちゃいけねぇ。下手に大きく出て捕らえ損ねた場合、火種が大きくなりかねん。ステインの逮捕劇が連合のPRになっちまったようになぁ」
ぐっ……。憤るファットガムを説得させるためとはいえ、流れ弾が大きすぎる。崩れそうになった……。はーお腹痛い。
「むしろチンピラに個性破壊なんつー武器流したのも、そういう意図があるのかもしれん」
「考えすぎやろ! そないなことばっか言うとったら身動きとれへんようなるで!」
即断即決は良い事だが、意見が割れたな。プロヒーローたちも足並みを揃えようと声を出し始めたとき、イレイザーヘッドが挙手をしながら言い合いしているヒーローたちの会話を遮った。
「どういう性能か存じませんが、サー・ナイトアイ。未来を予知できるなら、俺たちの行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々、合理性に欠ける」
「それは……できない。私の予知性能ですが、発動したら二十四時間のインターバルを要する。つまり一日一時間、一人しか見ることができない」
今日の分は終了した、ということかな?
イレイザーヘッドがナイトアイの個性をよく知らなかったように、周囲のプロヒーローたちも彼の説明を聞き入っている。
「そして、フラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから一時間の間、他人の生涯を記録したフィルムを見られる、と考えていただきたい。ただし、そのフィルムは全編、人物のすぐ近くからの視点。見られるのはあくまで個人の行動と、わずかな周辺環境だ」
「いや、それだけでも充分すぎるほどいろいろわかるでしょう。できないとはどういうことでしょうか」
「──……たとえば、その人物に近い将来──『死』。……ただ、無慈悲な死が待っていたらどうします」
……『どうする』? ど、どうする!? えー……見てしまったものは、しかたないんじゃあないかな。
いや、しかしそれでわかった。彼の個性は融通が利かない。
たとえば、オレ、緑谷、切島の三人で救出作戦に乗り込むにあたって、緑谷の未来を予知したとしよう。その場合、【オレはいない】はずだ。かわりに轟か爆豪、あるいは八百万がオレの代わりにいると思う。
作戦成功おめでとうか失敗かはこの場合どうでも良いが、彼の言う予知とは、【オレが作戦で死亡したことを考慮した予知】が見えてしまうと思う。
「この個性は行動の成功率を最大限まで引き上げたあとに、勝利のダメ押しとして使うものです。不確定要素の多い間は闇雲に見るべきじゃない」
と、まあその通りなのだろう。
オレと緑谷、切島の三人の救出作戦を予知し、オレがいないだけならまだしも、切島までほかの誰かと入れ替わっていた場合、仮想『最初の予知』でナイトアイが見たものすら不明瞭になる。
『オレが死んだからだれかと入れ替え』ならまだしも『オレと切島が死んだ、あるいは重大なミスを犯した、あるいはどちらかが裏切った、あるいは重大な障害を負った、あるいは──』
なんてことになったら目も当てられない。作戦は一から作り直しだ。
もしここでイレイザーヘッドを《予知》して、イレイザーヘッドが救出作戦に不参加だった場合、イレイザーヘッドが作戦内で死亡したか、救出作戦自体が無くなったのかも判断がつかない。個性は無駄打ちだしイレイザーヘッドを再度作戦に組み込むこともできなくなる。
ロックロックはそんな及び腰にも見えるナイトアイの姿勢にいら立ったのか、「死は情報」だとして、もし自分が死ぬ未来だとしても回避してやると豪語した。
個人的には同感だが、ナイトアイはそれを拒否。
有無を言わせぬ声だ。
ロックロックは悔しそうだが、個性は強制的に使わせるものではないし、作戦内で死んだ場合のナイトアイの心境を考えれば、な。
ナイトアイの──オールマイトの元サイドキックの個性が当てにできないと思ったのか、それともこの空気にか、リューキュウが話をまとめた。
「とりあえずやりましょう。困っている子がいる。これがもっとも重要よ」
「娘の居場所の特定、保護。可能な限り確度を高め早期解決を目指します。ご協力よろしくお願いします」
その後は学生たちを一度追い出して、日本地図のポイントになにがあるのか、どのヒーローがどこへ向かうのかなどの話し合いになるらしい。
「──すこしよろしいでしょうか」
オレが挙手したのは、そんな折だった。