【完結】無個性ヒーロー   作:南畑うり

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死穢八斎會・会議後編

 

全国各地の死穢八斎會の関連施設の調査をする。

──やはり、合理的ではないよな。

 

オレは相澤先生に発言の許可を求めた。

睨みつけるような目だったが数秒、ゆっくりと閉じられる。助かるねぇ。

オレたちを誘導しようとしたバブルガールに一度頭を下げてから、プロヒーローたちに声をかける。

 

「すこしよろしいでしょうか」

「──キミは?」

「失礼しました。私はヒーロー科一年A組の策束業です。不躾なのですが、【質問】と【お願い】があります」

「あのなぁガキ。これから大人の話し合いなんだよ。質問なら学校帰ってセンセーにしな」

「大学の参考書にも載ってなかったものですから」

 

ナイトアイはちらちとオレの義肢に注目している。右手上げたからな。反抗的な態度だと不快そうに視線を上げたロックロックも、オレの右手を見て目を見開いている。

さて、それ以上の反感はなし。

五割くらいがナイトアイからの回答を待つことになるだろうが、さっそく質問をさせてもらおうか。

緑谷、通形先輩、ファットガムが席に座り直し、その間に全員の視線がオレへと向いた。

 

「いくつかあります。まず、私は仮免ももっていない一年生です。今回の救出作戦には参加しないでしょうが、外部から通形先輩やイレイザーヘッドたちの様子を見ることはできるかと思います。【私を予知していただくことは叶いますか?】」

「却下だ」

 

間髪入れずか。オレのような全くの赤の他人ですら【これ】なのだ。彼独自のルールがあるのだろう。まあダメ元だった、問題はない。

 

「つぎに、今回の作戦と娘らしきエリちゃんという子どもですが、助けたあとどうされるおつもりですか?」

「それは、人道的な質問か、それとも誰かが引きとるという質問か」

「いえ、死穢八斎會という組織についてです」

「……つまり、キミは娘の身体を銃弾にしていない場合を危ぶんでいるのか」

「それもありますね。その場合は、家宅捜索した側が訴えられる可能性のほうが高くなりますが──まあそれを恐れていたらヒーローは名乗れませんよね」

 

笑いながらそう言うと、わかりやすいおべっかながら、周囲のヒーローが満足気にうなずいている。

 

「彼女が本当に娘なのか、ということです。出生届を出していないということはつまり、生まれたときから個性の発現があったと? どうやって個性を破壊すると確信を得たんでしょうね。それより、良い個性を見つけて誘拐したというほうがよほど信憑性が高い。血縁でもないただの道具なら今頃は──と思いませんか?」

 

グラントリノが唸る。まあ可能性を追うのなら、その程度は追っても問題はない。問題は、その場合エリちゃんという子どもがより不幸な存在である、ということだ。緑谷の表情がどんどん曇っていく。

 

「治崎の個性《オーバーホール》でしたっけ。ええと、よくわからなかったのですが、治すとはどこまで?」

 

この質問に答えてくれたのはバブルガールだった。

ヴィラン連合と死穢八斎會とが会合した際、なにがあったかは知らないが、お互いに死者が一名ずつ出ているという。一人は死柄木の《崩壊》らしき個性で壊された者。もう一人は、上半身が分解されたと思われるヴィラン連合の引石健磁のもの。

 

「程度は不明だけど《オーバーホール》は人体にも影響を与える……。ならトリガーや『個性を破壊する薬』で金儲けってのは、彼らにとってあまり頭良い選択肢とは言えないですよね」

「なぜ?」

 

リューキュウの質問には、義手と義足を見せつける。

 

「私なら数千万円。両親なら億単位出してでも治してもらいたいでしょうね。このレベルの怪我じゃなくてもいい。誰にだって全財産支払ってでも治してもらいたいと願う病気を抱えている可能性はある。健康に金を出さない金持ちはいませんよ」

「それは、伝手がないとか?」

「あはは、腕は作れて伝手が作れない? 合法的な金稼ぎを捨てて、違法であるネズミ講のコネクションを使っている。そこに意図を見出すべきです」

「……全国のヤクザと協力しとるっちゅーんか?」

「協力、と言い切るにはすこし情報が足りませんね。私が作戦の中心、あるいは付け入る隙を隠すなら、調べられそうなところではなくほかのヤクザのところに母親役と一緒に旅行させます、とだけ。逃げられる心配はない」

 

ヤクザに奪われる心配はあるけど。

 

「金よりコネかいな……。きな臭くなってきよったわ」

「まあ《オーバーホール》の性能が不明瞭ですからね。たとえば包帯まみれだというエリちゃん。彼女の怪我を治さなかったのは? 治せなかったからかもしれませんね」

 

分解と再構成と言われてもな。

たとえばリカバリーガールの治癒は、治癒させる相手の体力を使っている。自然治癒力の前借か時間短縮といえばわかりやすいか。

分解した場合は再生できるが、怪我は治せないなんて縛りがあるかもしれないし、そもそも人体に影響はない、なんて可能性も消しきれない。

 

「そちらはもう少し情報が集まってからでもいいとして。ヤクザや半グレが持てる銃って、せいぜい拳銃程度を想像しているのですが、どうですか?」

「せやな。グロッグ、トカレフなんかはいまだ安ゥ出まわっとるで。環を撃ったんはリボルバーやけど」

「……麻酔銃としてではなく、弾丸で出回っているんですか?」

「トリガーのほうは針が二センチくらいある筋肉注射。こっちは手ェで打てる。個性無くすんは針が一センチもなさそうな皮膚注射の銃弾やったわ」

 

銃弾の製造元は専門業者か、そういう個性の持ち主か。特定は早いだろう。

切島や麗日はピンときていないようだ。ロックロックには申し訳ないが、説明しておこう。

 

「たとえば、麻酔銃には銃弾は使われません。猟銃に麻酔銃の針を入れても発射できません。逆もまたしかり。互換性がないんですよ、当たり前ですけど。でもその『個性を破壊する銃弾』は違う。薬莢、火薬、薬品、薬品の保護容器、薬品を注入する針。しかも三十八口径といったら一センチにも満たない銃口です。弾のサイズはより小さい。死穢八斎會の中にそういう個性持ちがいなければ、どこかの業者へか個人への受注生産しかありません。おまけに全国のチンピラの末端が手に入れられるくらい安価で大量に捌いている……。なるほどなるほど、トリガーもセット売りとはいえ、やはり商才は無いに等しいですね」

 

説明とはいえ話過ぎたかな。プロヒーローたちを黙らせてしまった。あまりしゃべるやつも金は稼げない。

 

「さて、これは最後の質問ですが、一年後オールマイトが私物で持っている超高級外車を半額で買う権利を手に入れたとして、お金は貯めますよね。でも、一年間オールマイトのご機嫌を取り続ければ高級外車が無料で手に入るとわかれば、金を貯めずにオールマイトのご機嫌取りに使うのではありませんか?」

「──目的は組織の拡大か……」

 

ロックロックはご機嫌取りか。オレはちゃんとご機嫌取りしたうえで購入し、彼から次の物をねだるだろう。稼げないやつは父に怒られるんだ。

 

さてと。本当はもっと質問があるのだが、学校に帰ったら相澤先生に聞くことにしよう。

とくに《オーバーホール》という眉唾の個性。創造と破壊だぞ、世が世なら神様だな。まあオレが直接対面することはないのだ。プロヒーローたちに任せよう。

 

「最後に【お願い】なのですが、ナイトアイ」

「なにかね」

「【私を予知していただくことは叶いますか?】」

「私相手に学生が交渉とはな……」

「お願いですよ」

 

質問は全部撒き餌だ。

聞きたくなかったといえば嘘になるし、プロヒーローたちには有意義だったかもしれないけど、それでも一介の学生には不必要な話である。

そのヒーローたちもナイトアイの返答を待っている。イレイザーヘッドの言う通り、下手に全国各地を調べるより彼の《予知》の結果は合理的のはずだ。時間短縮にもなる。

 

分解と修理ができるというのなら、子どもの血液と細胞で作れるというのなら、子どもが逃げ出したというのなら──手足はいらないだろう。いまこの瞬間にも、そうなっていてなにもおかしくはないんだ。

一分一秒が惜しい。

ああ、義手のAIを改造した価値がある。どれほど激情に駆られようとも、こいつは静かなままだった。

 

「……メリットは」

 

フィィィィィッシュ!!

デカい魚が食らいついた。

 

「今後、なにかしらの媒体で死穢八斎會の記事を見つけた場合、五分ほど動きを止めます。死亡者リストや、救出の結果などが記載されているかと思います。もちろん個性の無駄打ちになる可能性が高い。お任せしますが、今日個性を使う予定がなければ、どうか一考を」

 

短い沈黙のあと、ナイトアイはオレの未来予知を了承した。

ロックロックが「明日は俺のも見ろよ」などと野次を飛ばすが、そちらは却下していた。あくまで救出作戦とまったく関係ない状態だからこその許容だと思う。

個人的には、あまり近い将来の死は見てほしくないものだし、将来は耳郎と結婚したい。あ、やば、なんか恥ずかしくなってきた。

 

ただ、発動条件が社外秘であるため別室へと移る。

 

「どこまで見られるか、それは私にも予測不能です。運良く死穢八斎會の情報が得られれば良し。ただキミのプライベートを覗き見るだけになる可能性もあります」

 

ナイトアイの補足説明。フィルムという言葉を口にした通り、途切れ途切れの映像なのだろう。フィルムの映像見たことないけど。

説明の最中、彼の言葉がどもり出す。

 

「もし──もしも……」

 

言いづらそうに視線を逸らすナイトアイ。

なにを言えないというのか。いや、わかっている。彼の畏れは、見えた映像だ。

 

「近い将来の死。……歓迎するわけではありませんが、それは私が信念に準じたものです。かまいません。まあ、ついでに私の妻になる女性の情報と、あとは子どもの個性なんて見えたら教えていただきたいものですね」

 

こう、耳たぶが長い女性だと、大変に嬉しいのですが。

言いながら恥ずかしくなって視線を外していると、ナイトアイに笑われた気がした。ずっと不機嫌そうな表情だったので気になって視線を戻すものの、そこには口元を隠すナイトアイ。気のせい、だろうか。

 

「見る範囲は作戦内に留めると約束しよう」

 

彼と視線が合う。いま、【見られ】ているのだろか。

ナイトアイが瞬きをして、二度ほど肩を叩かれた。終わった? いまの一瞬で、オレの生涯が確認できた? しかもここから一時間は見放題? よくわからんなぁ。

 

「……はぁ」

 

ため息!? オレの人生ってそんなつまんなかった!?

雄英に入ってからはだいぶ奇想天外な人生なんだけど!

 

「貴様……」

 

睨まれている。まさか結婚相手がバブルガールとか言わないよな。

ナイトアイは「そこにいろ」と指示を出し、彼は会議室へと戻っていった。不安感や焦燥感が増していく。救出作戦には参加しない……ということは、交通事故とか……。ヴィラン連合に誘拐される、オレがスパイだった、個性に目覚める……とか?

 

不安になっていると、別室に入ってきたのはバブルガール。

会議室を通らないルートから移動を促されると、そちらは事務所の一階、待合室だった。テーブルに雄英組が座っている。

真っ先に心操に気づいてもらい、声をかけられる。

ビッグスリーもこちらにいるということは、会議室の中はHNを使えるプロたちだけの会議がされているということだろう。

 

緑谷と通形先輩は死にそうな表情だったが、オレの姿を見た途端こちらに駆け出して、どんな予知だったのか教えてくれと頼みこんできた。

残念ながら予知の内容を使って会議中だ。

この二人の余裕の無さは、おそらくエリという少女に会ったことが原因だろう。どうやらほかのメンバーにはそのことを説明していた最中だったらしい。

 

オレならどうしていただろうな……。

 

しゃべりたがりの波動先輩は、通形先輩のことを遠慮がちに励まししている。おかげでさきほど失礼な発言をし続けたことに対して、先輩たちからのお咎めはなかった。

 

「どうした、通夜でもやってんのか」

 

エレベーターを使って降りてきたイレイザーヘッド。梅雨ちゃんが先生と声を掛けるも、ヒーロー名で呼ぶようにと指導されている。

ずいぶんと早いな。オレの予知からまだ五分程度だ。

 

「いやしかし、今日はキミたちのインターン中止を提言する予定だったんだがな……」

「ええ!? いまさらなんで!」

「ヴィラン連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ、話は変わってくる」

 

声を荒らげた切島も、イレイザーヘッドになにか言い返そうとした麗日も、大人しく座り直してしまう。

イレイザーヘッドは、歯を食いしばっている緑谷へと声をかけた。

 

「──ただなぁ、緑谷、お前はまだ俺の信頼を取り戻していないんだよ。残念なことに……ここで止めたらお前はまた飛び出してしまうと確信してしまった」

 

ゆっくりと、【相澤先生】が膝を曲げて緑谷と視線の高さを合わせる。

 

「俺が視ておく。するなら正規の活躍をしよう、緑谷。わかったか、問題児」

 

緑谷の胸に拳を当てる相澤先生を見ながら、小さく「ああ」と呟いてしまった。

問題児一号は緑谷か。

 

「ミリオ、顔を上げてくれ」

「ねえ私知ってるの! ねえ通形! 後悔して落ち込んでもしかたないんだよ! 知ってた!?」

「──ああ!」

 

顔を上げた緑谷と通形先輩に向け、イレイザーヘッドは言葉を重ねた。

 

「気休めを言う。掴み損ねたその手は、エリちゃんにとって必ずしも絶望だったとは思わない。前向いて行こう」

 

A組が感極まったようにイレイザーヘッドへと声をかけていると、通形先輩が立ち上がって緑谷へと声をかけた。

 

「緑谷くん。今度こそ必ず!」

「はい! 必ず!」

 

──必ず、エリちゃんを助けよう。

そんな二人の決意を確認していると、イレイザーヘッドは立ち上がってオレたち一年生を見る。

 

「とは言ってもだ。プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグスリーはともかく、お前たちの役割は薄いと思う。【答えは聞かなくてもわかっているが】、蛙吹、麗日、切島、心操。お前たちは自分の意思でここにいるわけではない。どうしたい」

 

……オレいま名前呼ばれたか?

 

「イレイザーヘッド! あんな話聞かされてもう、やめときましょうとは言えません!」

「イレイザーがダメと言わないのなら、お力添えさせてほしいわ!」

「俺らの力がすこしでもその子のためになるなら! やるぜイレイザーヘッド!」

「俺もです! イレイザー! お願いします!」

 

オレも同意の声を上げようとしたが、イレイザーヘッドに睨まれ、慌てて引き下がる。

 

「……わかってるならいい。警察やナイトアイの見解では、ヴィラン連合と死穢八歳會は、良好な協力関係にはなく、今回のガサ入れでやつらも同じ場にいる可能性は低いと見ている。だが万が一見当違いで、連合にまで目的が及ぶ場合は、そこまでだ」

「「了解です!」」

「で、だ。策束を予知した結果、ヴィラン連合が関係してくる未来は見えなかったそうだが……お前どこで銃の扱い方習った」

「──え?」

 

え、なに、なんで? キラーパスがすぎるだろう。

 

「カルマちゃん……」

「お前……」

 

梅雨ちゃんと心操からまるで犯罪者でも見るかのような目を向けられる。ち、違うんだよ! あれは反省を生かすために……え、なんで?

 

「予知、です、よね?」

「……お前の未来を見たことで作戦が決まった。ここから先は一切の口外を禁じる。わかったな」

 

ビッグスリーを含めた生徒全員の了承を得ると、イレイザーヘッドは作戦の概要を説明し始めた。

 

作戦は単純明快。捜索令状が取れ次第、死穢八斎會本部の地下空間へと隠されているエリちゃんの救助へと向かう。

明後日には裁判所から許可が出るからと、上階ではいま慌ただしく準備をしているそうだ。

 

オレのことを予知した結果にしては、ずいぶんと急な話だ。

 

「《予知》の内容は……」

「見えない部分もあったそうだが……お前が拳銃で治崎を撃つそうだ」

「なんで!?」

「知るか。で、どこで銃の撃ち方を習った」

 

一応守秘義務を課せられているため、ビッグスリーに伝わっても良い範囲で言うと《I・アイランド》の一件で暇になった時間に教えてもらっていたのだ。

弾の抜き方はしっかりと覚えることができたので、弾倉と、装填されている弾を抜くくらいはできる。

撃ち合いには一切自信がないけど……。

 

「オレ、殺したりしてないですよね……」

「さあな」

 

そのことを聞くと、イレイザーヘッドは肩をすくめた。

 

「詳しいことは上で話し合っている最中だ。突入班と後方支援班の班分けも行っている」

「イレイザーヘッドは?」

「お前たちの意思確認のために抜けてきた。緑谷以外はインターンとしても部外者だからな。心操、お前の両親に会わせてくれ」

「はい!」

 

心操が着実にヒーロー科へ転科しそうだ。

……いや、それよりも、え、オレが治崎を撃つの? エリちゃん救出?

 

「それと《予知》では、まるで【策束がエリちゃんを救出したような状況だった】と言われたぞ。いったいなにすんだお前」

 

いったいなにすんだオレは……。

 

オレたちに帰宅を命じたイレイザーヘッドが会議へと戻ると、緑谷と通形先輩からまるでヒーローのように扱われるし、梅雨ちゃんからは危ないことはしないようにと釘を刺されてしまった。

 

予知されたこととはいえ、なんでオレが救出作戦に加わっているのか……。だって今日ここに来たのも、相澤先生の気分一つだったろう。それとも事前に予知で見ていて、実物が気になって相澤先生に呼び出してもらったとか?

 

なんにせよ、ここにいる全員が救出作戦に加わることは間違いない。

頼りにしているぞ、みんな。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

この日は結局、予知の内容を聞かされることなく帰されることになった。

緑谷と通形先輩はこの事務所がインターン先であることもあって、会議が終わるまで待つらしい。エリちゃんの情報はすこしでも欲しいだろうからな……。

心操は寮に直帰せず、一度相澤先生と実家に戻るそうだ。

その三名に予知の内容を聞いてくれるように頼んだが、残念ながら空振り。

 

次の日、相澤先生にも確認を取ったが、作戦に関わることは言えないと一点張り。

その代わり今後の予定を軽く教えてもらった。

今日明日には捜索令状が発行されるから、準備しておけとのこと。フルフェイスゴーグルや杖などは用意しておく。

 

その日の夜、準備の最中、携帯端末にナイトアイ事務所から連絡が届いた。

明日の朝六時にナイトアイ事務所へ集合。

逆算すれば、捜索令状が発行されたのは今日。エリちゃんの逃亡未遂が確認されて早二週間以上。本来であれば一日どころか一秒だって惜しいだろうに、万全の体制を整えるということかな。

 

リビング側のドアをノックされ、準備を中断して対応する。

 

「──よぉ」

 

部屋の光に、暗い廊下に立っていた緑谷、切島、麗日、梅雨ちゃんの四名が照らされる。それぞれ携帯端末を握りしめて、肝の据わった表情だ。

用件はわかっているので、全員部屋へと招き入れ防音扉用に二重ロックする。

 

「策束くん──ありがとう」

「べつに、緑谷のミスのフォローをしたつもりはないし、そもそもミスだとも思っていないよ」

 

ロックロックが言った「二人がエリちゃんを保護していれば解決だった」という想定は、感情としては正しい。だが、死穢八斎會の企みを潰すという意味では少しもかすっていないのだ。

なまじエリという少女の身体を切り刻んで銃弾に流用していたとして。

その銃弾に含まれているDNAとエリちゃんのDNAが一致したとしても、治崎は、死穢八斎會は認めないだろう。むしろ緑谷の言う場面で二人がエリちゃんを保護していれば、死穢八斎會は証拠を死ぬ気で潰しまわっていただろう。それでは、第二のエリちゃんが産まれるだけだ。

話を聞く限り、治崎は緑谷と通形先輩を殺そうとした。それを感じ取ったエリちゃんが自分を犠牲に二人を助けたという構図だと思う。

 

優しい子だ。そして、怯えている。

彼女を本当の意味で助けるためにも、死穢八斎會を崩壊させるほかないとオレは考えていた。

 

──冷静であろうとすればするほど、理想のヒーローとはかけ離れていく。

おそらくは通形先輩も、同じような気持ちだろうな……。

 

「オレもその場では助けなかっただろうな。足止めして児童相談所と警察に連絡。あとはヒーローだけど、来るかなぁそんなことで」

「カルマちゃん……」

 

やるせない気持ちが高まっていく。そんな情けないツラしてたかな、オレ。

でも、だからこそ、緑谷がいる。

 

「だれも来ないような状況で、唯一緑谷だけがエリちゃんを助けようとした。だからこそ彼女は、お前が殺されないように動いた。でも、詳しいことは直接聞かないとわかんないよな。助けよう、緑谷」

「うん──お願い!」

 

お願い、か。

ナイトアイの話では、【エリちゃんを救うのはオレ】だと言う。明日のことながら、盛大なネタバレも良いところだ。どう動けばいい? どうすればいい?

 

「当日、策束って?」

「さあ。なにも聞いてないよ」

「それ大丈夫なん?」

 

切島と麗日に指摘されるが、大丈夫かどうかなんて知らない。

そもそも【分岐点がわからなければ】変えようがない。わかりやすいところで言えば、オレがこの場で自殺するということだな。もちろんありえないことだが、本気で未来を変えたいというのならそうするべきだ。

そのような奇想天外な選択をしないのならば、おそらくナイトアイの《予知》通りになる……のだと思う。

寝坊だ事故だ、本人の認識外の事象は《予知》の範囲内に収まるのだろう。

 

厄介な個性だ。軽はずみに見たくないと言うナイトアイの気持ちもわからなくもない。

世界が固定されたかのような違和感。

 

エリちゃんを救うこと。

それまでオレが生きていること。

すくなくとも、この二つだけを信じるしかない。

 

案ずるより産むが易しということわざもあるくらいだ。どうせ未来は決まっているのなら、覚悟を決める。それだけだ。

 

 

「おえぇぇぇぇぇぇ……」

 

……失敬。

喉が痛い。あれから一睡もできていない。寝室どころか一晩トイレにこもってしまった。

 

もうさぁ……。ヒーロー二十人いる作戦でオレの行動にエリちゃんの命がかかってるってなんだよー……。

込み上がってきた吐き気を便器に叩きつける……元気ももうないよ……。

 

緑谷たちを部屋に帰したあと、一度は眠ろうと考えたんだ。ただなぁ、想定以上にメンタルが……。

まず眠れなかった。万が一雄英組が全員寝坊した場合、作戦はどうなるんだ? いや、それすらも《予知》の範囲内か? そんなことを考える必要などないはずなのに、オレの行動一つで一人の命に影響があるというプレッシャーに耐えきれなく──おえぇぇ……。

 

便器に顔を突っ伏しながら、一晩中顔も見たことがない少女のことを考え続けた。

ああ、くそ、予知を頼むんじゃあなかった。でも頼まなかったら作戦の決定に時間がかかった可能性がある。無論、運だ。たまたまオレが救出に関わったから作戦が決まった。たまたまってなんだ偶然? 運命? 変えようがないんだよな、信じていいんだよな。なにしてもエリちゃんは助かる運命にある。そういうことでいいんだよな。

 

でも予知ってなんだ? オレを《予知》することで作戦が決まったというが、オレが作戦に加わったのは《予知》の結果だろう? 卵が先か鶏が先か。まるで哲学だ、くそ、そんな余裕がいまのオレにあるわけがない。

吐きすぎて頭が痛いし、貧血だし、脱水症状も出ている。思考の海に流され何度も気を失っているのに、そのたびに恐怖に掻き立てられて吐いて覚醒させられる。

 

エリちゃんが治崎の娘かどうかなんて関係ない。ただ、理解できてしまう。

信用できない大人たちに囲まれた、無力な子どもという気持ちを。

 

その子を救う。

あと数時間で、すうじかん、で──

 

「うっぷ……」

 

気持ちだけが、ただただ逸っていく。

 

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